東方狸囃子   作:ほりごたつ

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何も考えていなさそうな人ほど話の芯を突いてくる そんな話


~神霊組小話~
第四十九話 考える死体


 最近訪れる頻度が多いなと考えながら砂利の敷き詰められた庭先で煙管燻らせる。

 あの時は思いついただけで行動には移せなかった金運と賭け事の願掛けをしようともう一度この寺に訪れている。願掛け前にきちんと挨拶と思い、星を正面に見据え綺麗に三指ついて恭しく年始の挨拶をしてみたら何故か驚かれてしまった。普段の態度や言い草からまともな挨拶なんて出来ないと思われていたらしい。

 確かにそう思われても仕方ない暮らしぶりだが挨拶や躾には少しだけうるさかったりする。

 見えないつまみ食い犯人捕まえたり、初対面なら挨拶からと叱ったり。

 教えるべき者がいるのに何故変わりに教えなければならないのか、理解に苦しむ事もあるにはあるけれど、結果面白おかしい事に繋がっているため強く言えないでいるが。

 少し話が逸れてしまった、今に戻そう。

 

 今はもう二月の終わり。

 正月気分はとうに過ぎ、少し前にはイワシの頭を玄関に飾り付け炒った豆をあのウワバミ連中にぶつけて笑う行事があったばかり。ちょうど人里の団子屋で見かけた古い知り合いがいたので、団子屋で炒り豆を買いそのままぶつけてやろうと思ったのだがいつの間にか豆を奪われてしまった。

 あの右手、本人は何か気にしていて、包帯で隠し人目に晒さないようにしていたが、気づかれないうちにイタズラするには羨ましい腕だと思う。

 奪われた炒り豆をポリポリと食べながらあたしに説教する姿を見てそんなことを考えていたんだが、説教に集中しろとさらにうるさくなってしまった。現役の頃は自分だってこっち側だったくせに、不良上がりがいいコトするとよく見えるもので、今はすっかり仙人様が板につきガミガミうるさい説教の似合うお人になっていた。

 あたしは思うだけで口には出さないが当時の同僚たちがこの姿を見ればきっと腹を抱えて笑うだろう、それが嫌で顔を合わせないようにしているのかね。

 一本角のほうはともかく幼女の方はその辺に薄れて居てもおかしくない、隠れようがないからバレバレだと思うのだが‥‥

 

 その辺りもわかっていて直接顔を合わせないようにしているだけなのかもしれない、当時を見ていれば小さなを事気にする間柄だとは到底思えなかった。

 本気で正体を隠すつもりがあるのならあたしに接触することもないだろうし多分そうなのだろうと一人で納得した。納得したあたしの姿から何か勘違いしてくれたのか、満足気な顔をして今日のところは説教をやめてくれた。

 団子屋の店先で長々説教する自分に酔っていたと気がついたのか、少しだけ気恥ずかしそうな顔をしてその場を去って行ってくれた仙人様、あの人の説教はねちっこくてあたしは苦手だ、これならまだあの時命蓮寺で一緒に住職から説教されたほうがマシだったと思えた。

 

 雪降り積もる中妖怪少女三人で少しの雪遊びをしつつ命蓮寺へと戻ったあの時、案の定ぬえは捕まり聖やネズミ殿にガミガミと言われていた。しばらくの間はそのありがたい説教を眺めて笑っていたのだが、話の矛先があたしへと向かいそうだったので小傘の方へ意識を逸し逃げ出した。

 うまく逃げ切れて命蓮寺の庭先で煙管咥えて雪を眺むと、あたしと同じように雪を眺めて思いに耽る頑固親父殿を見かけた。

 深い思考の海に潜っている風に見えたので声も掛けずに眺めていたんだが、同じく雪に降られているのにあたしとは違って親父殿に雪が積もることはなかった。

 やっぱり積もらないんだなと思うと同時に、これなら飲んだ酒は本当にどうなっているのだろうかと、首を傾げて悩んでいたら気が付かれウインクされた。

 その見た目に似合わない茶目っ気たっぷりな親父殿は相変わらずだ。

 

 門を出て山彦からあけましておめでと~ございます!と元気よく不意打ちされ一瞬ビクッとしたが、何事もなかったように挨拶を返した。

 温泉巡りに出た日、元旦の朝はここに居らず挨拶しなかった山彦ちゃん。

 大晦日に人里で行われていた音楽祭の疲れがあったらしく夕方まで寝こけていたそうだ、あの女将も一緒になって騒ぎ結構な見世物だった、ぎゃーてーぎゃーてーぜーむーとーどーしゅーと騒いでいただけに思えたが、観客は盛り上がっていたし細かいことはいいのだろう。

 観客の姿の中には寺の住職も見えた。

 いつものように微笑みながら山彦と女将を眺める姿はどこか母のようにも見え、その姿は優しく褒めも叱りもするいかにも包み込む者らしいなと思えた。

 

 山彦に見送られ人里を離れるかという時にふと目に留まるモノがあった、真っ白い雪景色の中一箇所だけ壁に空いた穴、なんだこれ?

 と、覗きこんで見やれば寺の墓場で見慣れた者達が、ふわふわゆらゆらと漂いながら堅牢な石畳の中を舞うように動く姿が見える。顔には薄い笑みを浮かばせて軽やかなステップを踏みながら、どこまでも続くような堅い石畳の通路を華麗に飛び回る仙女、その横にはふわふわと宙を舞う仙女の周囲を同じように、ふわふわと揺れながら舞う半透明な衣と眼差しをゆらゆらさせたキョンシー。

 

 動きこそどこまでも広がる花畑にでもいるような雰囲気なのだが、ここは花畑と呼ぶには随分と暗く陰気なところ、生命活動を終えた人間が死後安らかに眠りにつく為の最後の寝床、命蓮寺の墓場下にどこまでも広がる大空間、夢殿大祀廟。

 なるほど。

 これが娘々から話だけは聞いていたあの人間の新しい住まいなのか、随分と暗い場所に新居を立てたもんだ、あの明るい太子にしてはジメジメした場所に住んでいるなと眺めていると首だけをこちらに回すキョンシーに見つかった。

 

「ちーかよーるなー! これから先はお前が入って良い場所ではない!」

「新年一発目からなってないわ、まずは明けましておめでとうじゃないのかしら?」

 

「おぉ!? おめでとう! そしてちーかよーるなー!」

 

 大昔のこの国でも新年を祝う事はしていた、その当時には生きていたのだから挨拶くらいは覚えていてもよさそうだが腐った頭にそれを期待しても無駄だったか。

 やはりこのキョンシーはモノを考えていない、娘々早く助けてくれ‥‥あたしたちを眺めてあらあらうふふなんて笑っていないで。

 あたしとしては会話が成立しにくいこのキョンシーは非常に厄介なのだが。

 

「我々は崇高な霊廟を守るために生み出された屍尢(キョンシー)である」

「我々って貴女以外は何処にいるのよ」

 

「ん?一は全、全は一なのだ、故に我々でも良いのだ」

 

 何をいきなりわからないことを。

 全一と言いたいのか?完全に一つにまとまっている?なにが?このキョンシーの事か?

 何かで壊れては変わり部品を寄せ集めて、その度にちがうものを取り込みながら修復される体。

 一というこのキョンシーの為に全から部品を寄せ集め、全から集めて一へと組み込んでいく、

 だから一は全で全は一?

 

 だめだ‥‥全く意図がわからない。

 娘々‥‥にはこの言葉の答えは期待できないな、表情を変えずに微笑んだままだ。

 

「お前は何しに来たんだ?」

「特に何も、あえて言うなら変なのに絡まれて困りに来たわけではないわね」

 

「おー! 困っているのか、私も関節が曲がらず困るぞ!」

 

 まぁ死体だから曲がらないだろう。

 いやそれとも死んで随分立つだろうから死後硬直なんて解けているか?

 娘々は柔軟体操で多少は柔らかくなっているのよと言っていたが、活動してない体組織を刺激して変化があるのだろうか?

 そもそも痛みといった反応もないはずだ、頭のタガが外れているんだから力技で曲げることは可能だろうに、それでも曲がらないのか?

 強引になら結構曲がるはずなんだが、娘々の防腐の呪で止めているから新鮮なままの死体で硬直したままなのだろうか?

 自分で言っておいてなんだが、新鮮な死体とはなんだ?

 死んでいるのに新鮮?

 まるで魚だな、新鮮な魚の死体とかお燐が喜びそうだ。

 

「困っているって言うくせになんか楽しそうだぞ-」

「いや、知人に死体好きがいるのよ。貴女なら良さそうだし死になおしてみない?」

 

「死ぬのはいかん。あれだけはいかんのじゃ」

 

 すでに死を迎えているくせに死を恐れるのか?

 こいつの語る死とは肉体的な意味での死ではない?

 肉体ではないなら内面的なものか、心の死?

 心を閉ざした子なら知り合いにいるが死んでいるとは思えないな。

 むしろ今のほうが活き活きとしていて生活に張りがありそうだ。

 なら魂の死?

 キョンシーってのは魂だか魄だかどちらかを失くして成り果てるモノ。

 以前の異変の時に墓場でこいつの修繕をしながら娘々が言っていた。

 魂は心や精神を支える気を司るもので、魄は肉体、その人の形や骨組みなんかを司るものだ。

 こいつに合わせて考えるなら既に魂は滅している。

 魂というものは人間の成長を司る部分そして心を統制する働きをするものだというが‥‥

 よくわからないな。

 

「静かになってどうした-?」

「貴女の事を考察していたの、結果よくわからなくなったわ」

 

「芳香は芳香だぞー、わからなくなんてないぞー」

 

 ふむ、腐った脳みそで自己を理解しそれを他人に発するか。

 これはあたしの思い違いだった、こいつはしっかりと考え思考しているっぽい。

 ただ断片的な思考過ぎてよくわからず伝わらない、伝えられないのだろう。

 

 それでもキョンシーが操者の命令以外で動けるのか?

 それとも娘々の術を用いれば自我を芽生えさせることもできるのだろうか?

 死から繋がる腐敗を止めて自我も芽生えさせる。

 道教の目指す不老不死に近い気がしなくもないが娘々はこれを目指してるのか?

 なら娘々はすでに道教を極めているのか?

 太子が不死化を願っていた頃もよくわからない怪しい何かを練っていたりしたからなぁ、さすがの太子も自分で飲む前にあの残念な子で試したりしていた、生前は中々狡猾であたし好みだったのに復活したら残念な雰囲気になったのはあの薬の影響なのか?

 だとしたら勧められても口にしないでよかった、さすがにああはなりたくない。

 まだもう一人の幽霊のまま中途半端に復活した方のがマシというものだ。

 

「アヤメちゃんダメよ? あんまり頭使うと芳香ちゃんみたいになってしまいますわ」

「腐るのは困るわね、腐った鯛より鮮度のいい鯛でいたいもの」

 

「そうですわ、鮮度のいい鯛のほうが色々と手を加えられてよろしくてよ」

「娘々に手を加えられるのは御免だけどね、元々混ざりモノのあたしなのにさらに混ぜられたらよくわからなくなるわ」

 

 あらあらうふふと笑う娘々と軽い会話をしながら少しだけ考えた。

 なんだあたしも芳香も大差ないじゃないかと。

 あたしはどっかの誰かが考えた霧やら煙やらといったモノが混ざった結果の者。

 芳香は娘々が思い描いて部品を混ぜ込んだ者だ。

 全の思いから生まれたあたしも、一の思いから生み出された芳香も大差ない。

 一は全、全は一ってこういうことかね。

 腐った鯛になりたくないあたしが脳みそ腐った者から何かを教わるとは思わなかった。

 


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