東方狸囃子   作:ほりごたつ

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子供の頃は雪ではしゃげたな、そんな話


幕間 戯れ

 深々と降り積もる大粒の雪をぼんやりと眺めながら、大きな番傘の立てかけられた長腰掛けに座り煙管を燻らせる。暖かい季節なら店先から出されている腰掛けだが、今のような寒い時期は店の入口に並べられ軒下から里の景色を眺めるような位置取り。

 妖怪の山を飛び立って真っ直ぐに命蓮寺へと向かっていたのだが急に吹雪いてきてしまい、これはマズイと速度を上げて帰路に着いたのだが、速度を上げたのが更にマズイことへと繋がってしまって、体に当たる程度の雪だったのが黒いぬえを真っ白の固まりにしてしまった。

 あたしは雪を逸らして寒さに耐えるだけですんでいたのだが、ぬえが耐え切れなくなりぎゃあぎゃあ喚きだした。可愛くお願いでもしてくれればぬえのほうも逸らすことが出来るのだが、今のぬえは寒さと雪に負けて冷静に考えられないのだろう。

 見た目の通り体も真っ白頭の中も真っ白な状態では思いつけないのだろう。

 少し冷静さを取り戻しあたしとぬえの今の姿を見比べればわかるはずなのに。

 

 喚いていたのが静かになり何か吹っ切れたのか今度は笑い出した。

 失くすには惜しい友人を亡くしたと悲観の表情で見つめていたら急に静かになり地面へと降りていくぬえ、次は何をするんだろうとあたしもついて降りていくと、飛ぶと雪だらけになるから歩きで帰るんだそうだ。あたしはなんでも構わないが、帰宅の時間に遅れると聖とナズーリンがうるさいんだと騒ぎ飛んで帰ると提案したのは誰だったのか。

 このまま帰ってもずぶ濡れだとお小言言われるんだから、どうしたってお小言言われるならもういいやと諦め道草食って帰る事になった。

 

 人里に戻るまでは元気だったが命蓮寺が近づくと少し口数が減ってきた、今更気にしても後の祭りだろうに、元気付けるというものでもないが道草ついでだと思い、この雪でも馴染みの甘味処が開いてるのを見かけたので二人で一服することにした。

 暖簾をくぐり雪にまみれたぬえを見て、いつもは真っ黒なのが真っ白になって閻魔様にでも仕分けされたのかなんて笑う店主の爺さん。 

 いつもここで昼寝している赤いのと一緒にしないでと笑い火鉢に近い長腰掛けに座った。

 

 あたし達が注文する前にタオルと温かい玄米茶を出してくれて湯のみを手に取り暖を取る。

 なんてことはないただの湯のみだが、何も言わずに笑って出してくれた事が嬉しく余計に暖かなものと感じられた。注文したおしるこが席に届くまで先に出された玄米茶を啜り待つ少しの時間、なんでもない時間だが待つだけなので景色や気分を楽しむ。

 もうすぐ正午というところか、寺子屋が終わって子供らが雪景色の中傘も差さずに走り回り雪球を投げて遊んでいる。

 

 あれも弾幕ごっこの一つかね、後数年もすればあの巫女や黒白みたいに飛び回り弾幕ごっこを始めるのだろうか、雪球をぶつけられても笑顔で反撃し互いに笑う子供ら、元気が有り余っているのか先生にまで雪球を投げ始めている。

 ぶつけられても叱りもせずに笑いながらその環に加わり雪の弾幕ごっこに混ざる先生、ああいう所が里で慕われる理由かもしれない。

 

――早く来ないかしら

 

 誰に向けるでもなく景色を眺めたまま呟いた言葉。

 いわゆる独り言なのだが、ぬえには聞こえているだろう。

 それでも歯をガチガチと言わせ震えるぬえに会話をする余裕などなく、正しく独り言として消えていった。

 少し待つと奥から出てきた爺さんが一人分のお椀をぬえへと手渡した、中身を覗いてみれば、暖かそうに湯気を立てて優しい甘さだと見た目で知らせてくれているおしるこ。

 一人分? と言葉にはせず爺さんに目をやると、今はつぶ餡しか用意がないから狸の姉ちゃんはもう少し待ってろとの事だった。

 文句も言わず煙管を燻らせて待つ、あたしがここの店主を急かすことなどはない。

 急かさなくても一番いい時を見計らって出してくれる事を知っているから、今はあたしより震えるぬえ優先だというのもわかる。

 

 視界の先で戯れる子供らの動きが更に激しくなってきた。

 雪の弾幕ごっこも佳境に入ってきたのだろう。

 着ている服にも髪にも所々白い雪飾りを付けてきゃあきゃあと笑い遊ぶ雪ん子共。

 あれに付き合うんだから教師とは過酷な職業だ。

 

――待つだけってのもいいわね

 

 さっきから定期的に発している独り言。

 だが先程の独り言とは少し変わって、何かに語りかけるような穏やかな口調、なにか同意を求めるような声色。それでもさっきと同じようにぬえとあたしの視線の先にあるもう一人からの返答はなく、言葉は消えてしまった。

 

――寒くないの?

 

 ぬえではなく視線の先、あたし達の座る長腰掛けに立てかけられてその身の半分を雪に埋めてしまっている紫色の番傘に問いかける。言葉はないがブルブルと震えるとバサッという音を立てて傘を開きいつもの見慣れた姿を見せた。

 問いかけに対して返答はなかったが蒼い瞳をさらに蒼く、赤い瞳を寒さに耐えていたからか充血させてさらに赤くしながらこっちを睨む少女。

 丁度見つめ合う形になったところで爺さんがお椀を二つ持ってくる。

 二つともあたしに手渡され、二つ? と視線を送ると笑いながらこう言った。

 もうずいぶんと前からそこから動かなくて邪魔なんだ、どうせ知り合いだろう? これ食わせて帰らせてくれと。

 

――邪魔だって

 

 お椀を手渡しながらそう言うと何も言わずに受け取って、静かに座り食べ始めた。

 邪魔だという意識はなかったのかさっさと食べて立ち去ろうという雰囲気、だがおしるこを食べきり温かさと余裕を取り戻したぬえがあたしを挟んで絡み始めた。

 

「なにしてたの?」

「驚かそうと待ってたの」

 

「こんな雪の日に通行人なんていないじゃない」

「墓場よりはマシだと思って、ぐすん」

 

「腹減ったなら何か食べればよかったのに」

「私には唐傘としてのプライドが」

 

「それがそのざまなのね」

 

 話す二人に視線は向けずにお椀を見つめてボソッと呟いた。

 すると食べる手を止めてしまい俯いてプルプルと震えだす小傘。

 それを見て指を差し笑い始めるぬえ、さすがに泣き出すとは思わずすこし困りどうしたもんかとあたしも手を止める。

 昨日までこの程度の事は気にしない連中と話していたせいなのか?

 あたしの感覚はズレてしまったのだろうか?

 笑うか怒るかするぐらいだろうと思ったがまさか泣き出すとは思わなかった、あやすつもりで小傘の肩に手をかける瞬間、ガバっと勢い良く体を起こしあたしに対してあっかんべーとする小傘、不意打ちに一瞬呆けたがすぐにやられたとわかり軽く睨んだ。

 

「やった、わちきやってやった!お腹が満ちた!」

「鬼でもからかえなかったのに、やったじゃない!」

 

「してやられたわ、やるわね小傘」

 

 素直に褒められると思わなかったのか笑顔のままで固まる小傘、小傘に向けていた指先をあたしに向け直して笑うぬえ。

 ぬえの笑い声に惹かれて見ていたのだろう、普段化かす側の狸の姉ちゃんは化かされ慣れてねぇななんて爺さんも店内で笑っていた。

 

「小傘、その調子であっちにいる風祝も驚かせてみせてよ」

 

 視線を小傘の背の先へと移しそう言ってみると風祝!?と焦り振り向くように小傘の意識を逸らして背を向けさせる。そのまま気が付かれないように静かに動き雪球の用意をする、ソロソロと近づいて雪球を小傘の内ももへと突っ込んだ。

 

「ひゃあああぁぁぁぁ」

 

 黄色い悲鳴と共に体を反らせ飛び上がる小傘。

 

「こんな天気で生足晒してるのが悪いのよ」

「そう、足を出してるのが悪い」

 

 小傘を指さしながら腹を抱えて笑うぬえ、こっちも上手く気が逸れてくれているようだ。

 同じように背後から音なく近づいて、小傘にやったようにぬえの内ももにも雪球を突っ込む。

 

 ひょおぉぉぉぉぉと騒ぎ出し小傘と同じく飛び上がるぬえ、二人を眺めてゲラゲラと笑っていると二人が顔を見合わせ頷いた。

 捕まる前に逃げよう、そう考えた時にはすでに遅くあたしはぬえに捕まってしまう。

 両手に雪球を携えてニヤニヤと笑い近寄る小傘、助けてくれる者などおらずあたしの着物の襟口に雪球が突っ込まれた。

 

 静かな雪景色の中の甘味処、そこから黄色い声が上がり少しだけ周囲を騒がしくした。




雪責めなんてさでずむ? な話


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