東方狸囃子   作:ほりごたつ

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帰るまでが遠足 そんな話


第四十八話 ぶらり温泉巡り ~帰~

 小雪と湯煙の中普段は集まることすらないメンツで楽しく語らった露天風呂の時間も終わり、今は各々が湯冷ましに何処かへ行ったり寝たり飲み直したり。

 鬼二人は当然飲み直していて食堂が笑い声で騒がしい、ヤマメキスメにパルスィは地霊殿が珍しいのかお燐の案内で屋敷の探検に出かけた。

 お空は降り出した雪のせいで灼熱地獄跡の温度が下がってしまったらしく一人だけ仕事だそうで新年早々大変だ、屋敷に戻ったらうんと甘やかしてあげよう。

 

 さとりは長時間続いた慣れない集団行動に疲れたのかもう寝たらしくこいしはそれに付き添っているようだ、こいしからありがとうなんて言われたがあたしは楽しんだだけだ何もしていない。

 この企画の発案者であるあたしとぬえは鬼に捕まって食堂の騒ぎの中に混ざっている、メンツを見れば外の世界で当時騒いでた連中ばかりになってしまった。 

 

「あの頃と比べれば一人足りないが、私がアヤメを追いかけていた頃のメンツで懐かしいね」

「またそれ? あたしはぬえちゃんとだらだらしてたのに追いかけられて苦い思い出だわ」

 

「アヤメちゃん、一度逃げると中々戻ってこなかったもんねぇ」

「萃香はしつこいからな、目を付けられたのが悪いんだ」

 

 人の知らないところで勝手に目を付けておいて喧嘩を売り歩くような連中の道理など理解できそうにないししたくもない。

 鬼連中の道理に比べればまだ隣のぬえの正体のが理解できるだろう、正体と言っても伝説のような猿? 虎? 雷獣? ではなくこの見たままの可愛い娘が正体なのだが。

 ぬえの能力は正体を知られている者には効きにくいらしい、ただ曖昧にしか知らない者には十分効果があるようでぬえとしてはそれでも遊べるからいいんだそうだ。

 自力も年期も格も十分にあるし、能力が多少効きにくかろうと大概の遊びなら確かに問題ないだろう。

 

「なに? 人の顔よぉく見て?‥‥あぁやっと私の素晴らしさに気が付いた?」

「ぬえちゃんの良さも可愛さも十分わかってるわよ?」

 

 地底に二人揃っているせいか少しだけ外での頃を思い出してぬえの顔を眺めていたら気付かれたが、何も問題はない。

 ちょろっとこんなふうに、可愛いとか素敵とか言うだけでも背中の赤いのと青いのが揺れるわかりやすい可愛い旧友。

 正体不明を売りにしているくせにこんなにもわかりやすいんだもの。

 人間に封印されても仕方がない気がする。 

 

「あの都を騒がせた鵺がこんなのだとは思わなかったねぇ」

「ああん? こんなのとはどういうことよ、勇儀」

 

 ぬえがあたしと同じように勇儀姐さんや萃香さん達鬼連中に気後れしないのは、同じ時代を外で過ごし人間の脅威となっていた同胞だからだろう。

 鬼が喧嘩をしたって話は聞かないがやり合えるくらいの大妖怪ではあるのだが、如何せんその見た目に取られて威厳がない。

 鬼連中もあたしと同じように見えるのか、何かにつけて面白がってよくからかう。

 

「アヤメちゃん今酷い事考えたでしょ?」

「怖い怖い鬼に楯突くぬえちゃんはかっこいいって思っただけよ」

 

 さとりのように心を読むわけでもなくただあたしの表情から思考を当ててくる。

 それくらい他人の事をよく見ている。

 そうした方が能力の効きがよくて惑わしやすく楽だからと本人は言うが、そっち方面以外でも細かいことに気がつける聡いやつだ。

 

「アヤメがあんまり逃げるから変わりにぬえに喧嘩売りに行ったりしたんだぞ?」

「そうなの? どっちも元気に生きてるけど、引き分け?」

 

「萃香が会いに行く前にぬえが封印されたのさ」

「してやられたのよねぇ、なんでか正体バレて怖がられなくてさぁ封印されちゃった」

 

 可愛く舌を出しながら封印されちゃったなんていうが‥‥萃香さんを撒いてから探し回っても見つからず、こっちは気になって仕方がなかったというのに。

 あたしがぬえとつるんでいた頃は丁度萃香さんに追いかけられて逃げまわっている最中で、あっちこっちへ逃げつつ動いてたせいでぬえの封印理由は知らなかった。

 妖怪としては大物の類に入るぬえを封印したと聞いて、どれほど身と心を磨きあげた人間なのかと見に行ったら、これといった特異なモノのない鍛えあげられたお侍で拍子抜けした。

 こんなのにぬえはと思ったが、いつの時代も普通の人間のせいで妖怪は消えていったのだったと気付き、一人で呆れた後に一人で見なおした覚えがある。

 

 ぬえが封印されていた頃もあたしは地底に遊びに来ていたけれど、あまり顔を会わせなかった。

 後々聞けば地底に封印されてたなんてあたしに知られたら笑われるからだそうだ。

 確かに当時の私はぬえのヤツやらかしたなと予想通りに笑ったのだが、幻想郷で封印が解け元気にしているぬえの姿を初めて見た時には柄にもなく喜んで抱きついてしまった。 

 

 その時の事を今でもぬえに笑われるが、あたしと二人でいる時に笑い話に出すだけで他の誰かがいるときには言わない辺りぬえも再会を喜んでくれていたのかもしれない。

 

「勇儀知ってるかい?アヤメが幻想郷でぬえ見つけて泣きそうな顔で抱きついた事」

「萃香さん、なんで知っ……ぬえ?」

「私だって恥ずかしいんだから言うか!」

 

「私をなんだと思ってるのさ?霧の怪異よぉ?」

 

 そうか幻想郷中に散らばっているんだったかこの幼女‥‥

 どこかから見られていたのか、あたしとした事が迂闊だった。

 それでもあまり恥ずかしいとは思えないのはぬえとの話だからだろうか。

 他の誰か、例えばマミ姐さんなんかでもきっと恥ずかしく感じると思うがぬえならまぁいいかと考える今の気分がよくわからない。

 わからないなら実践して試してみようと思い、ぬえに小さな目配せをするとノッてきてくれた。

 さすがだ相棒。

 

「ぬえちゃんバレちゃったね‥‥あたし達の事」

「そうねアヤメちゃん‥‥あまり広めちゃダメだよ萃香?」 

「ええぇぇ‥‥お前らそんな関係なの‥‥」

 

 あたしとぬえの手を重ね合わせてそのまま体を寄せて頬も合わせた。

 もう唇が触れるかという距離まで顔を寄せて瞳を潤ませる。

 そのままの姿勢で目線だけ萃香に向けて色香をのせたまま二人で見つめてみると、あたしの予想以上にドン引きしてくれた。

 これは期待以上のものだった、萃香に向けた視線をぬえに戻して次の行動に移る。

 

「なわけないでしょ? この幼女馬鹿なのかしら?」

「馬鹿なんだよ、仕方ないよ幼女だもん」

 

 その体勢のまま二人で萃香に畳み掛けると飲んだ酒が戻ってくるんじゃないかといくらい口を開いていた萃香さんがプルプルと震えだした。

 あたしもぬえも伊達に何百年も人を嘲りながら高笑いし続けているわけではない。

 これくらいなら打ち合わせなどなしでも余裕で合わせられる。

 喧嘩よりもこっちを本職としている二人なのだ、喧嘩と酒しか頭にない鬼っ子程度を騙すなど何ということはない。

 しっかしさっきの萃香さんの顔は良かった、これは滅多に見られないものだろう。

 勇儀姐さんは耐え切れずに腹を抱えてプルプルしたまま声も出ずに笑っている、人をからかうのだから正面から仕返しされても文句はないだろう?

 

「お前ら表出ろ、二人共ぶっ殺してやる」

「たとえ死が訪れても二人は一緒よね? アヤメちゃん」

「そうよぬえちゃん、死程度ではあたし達を分かつことは出来ないわ」

 

 調子に乗って続けてみたら萃香さんよりも先に勇儀姐さんが声もなく笑い潰れた、こいつは予想外だった愉快で愉快で堪らない。萃香さんも笑い潰れた勇儀姐さんを見てこの勝負の負けを確信したらしく、立てた片膝を戻してドカッと座り直した。

 勝ち誇りぬえと二人で笑いながら酒を煽ってついでに萃香さんも煽った。

 

「からかったり脅かす事で私達に張り合おうなんて、五百年は早いのよ」

「鬼の四天王の内二人を同時に打ち取れるとは、今年はいい年になるわね」

 

「でもアヤメちゃんなら本当にそうなってもいいよ」

「ぬえちゃん、あたしもそう思っているの」

 

 耐え切れなくなった萃香さんがお前らいい加減にしろ!

 と、伊吹瓢をあたし達二人に直撃させて静かにするまでこれが続いた。

 勇儀姐さんはこの間に復活する兆しを見せたのだが、不意打ちで標的を変えたあたし達の連携の前に再び沈んでいった。

 

 

 あの後はあたし達の笑い声と萃香さんの怒鳴り声に釣られた皆がぞろぞろと集まってきて、遅くまで騒ぎはしゃいだ。久々に笑い疲れるほど笑い、汗もかいたので皆で風呂に入り直しまた騒ぎはしゃいだ。幻想郷に来て一晩だけでこれだけ笑ったのは初めてかもしれない、いい旅行になったと連れだしてくれたぬえに感謝した。

 特に決めたりはしていなかったのだが朝餉も勝手に集まってきて、またお燐と調理場に立った。出来た料理を昨晩のように小さい萃香さんに渡していくつもりで皿を出すと古明地姉妹が受け取りに来た。

 こいしはともかくさとりが自ら誰かに配膳するとは思わなかったが、何か感じるところでも出来たのかもしれない。さとりが受け取ろうとした大皿を取り上げて全員分のお箸と取り皿を渡すと、ジト目を一瞬だけ丸くしながらそれを受け取った。渡さなかった大皿をこいしに渡してペット達に見せるものと同じ雰囲気で笑うといい笑顔が返って来た、昨晩のありがとうの意趣返し、うまく伝わったようだ。

 食事を済ませて地霊殿を出ると来た時と変わらない旧都の喧騒があって、それぞれその場で挨拶し喧騒の中に帰っていった。まただの次回だの余計な事は誰も言わずにいたが、その気になればまたいつでも集まれるのだからあたしも気にせずぬえと二人帰路に着いた。

 

 帰り道の旧地獄街道、ぬえもあたしも同じように誰かしらから声を掛けられるがあたしは軽く流す程度でぬえはちがった。少し前まで地底に封印されていたものだからこっちの妖怪連中の間でも顔が効くようで、久しぶりだのまた埋まりに来たのかだのと歩くだけでも声を掛けられていた。

 この見た目にこの性格だ好かれこそすれ嫌われることなど殆どなくて、誰からも気安く話しかけられ笑って挨拶している。単純な力だけでなく人柄なんだろう、周りに笑いかけながら歩くぬえを見てそう思った。

 ちんたら歩いて帰ったからか先にいつもの橋へと戻っていたパルスィに会って手を振ってみた。まさか振り返されると思わなくて一瞬固まったが、目が揺れだしたのですぐに離れた。 

 ヤマメとキスメがいつも通りセットでいたから二三会話しその場を去った、ちなみに帰り道だとキスメは襲って来ない。

 

 地上に戻り妖怪の山、たった一泊だったが随分と久々に感じる山の冬景色を眺め太陽の光を身に浴びて命蓮寺へと飛び立った。

 何故あたしまで命蓮寺へ行くのかって?あそこのご本尊は財宝の神代理。

 だから今年の金運と賭け事を祈りご利益を得ようと考えているからだ。

 祈ってから気が付いた、この本尊様に祈ったら失くすばっかりじゃないのかと。




大江山と鵺関連は正確な時代背景としては結構ずれるんですよね。
詳しくは書かないので、気になられた方は調べてみると結構面白いですよ。


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