東方狸囃子   作:ほりごたつ

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妖怪リモコン隠しの正体、そんな話


第四十七話 ぶらり温泉巡り ~七~

 主の命だと言いながらどこか楽しげに、炊事洗濯住まいの掃除にとくるくる動き回る九尾の尻尾を眺めながら煙を漂わせる。

『貴女の好きな物見遊山よ、楽しんできて頂戴』

 なんて言われて行ったはいいが、大昔の喧嘩の続きだとノリノリの一本角に絡まれて両腕を失い散々だった。

 

 地上に戻り言われたとおりに自宅で待っていたら現れた八雲の使い。

 言われた通りに見てきたもの感じたものを伝えると、ご苦労だったと一言だけ言って動かなくなった八雲の式。仕事も終わったし主の所に戻らないの? と問いかけると、式の隣にあの見慣れた気持ち悪い隙間が開き胡散臭いのが顔を出す。不便そうで可愛そうだから少しの間貸してあげるとだけ言って、すぐに隙間は閉じた。

 

 隙間の後ろでゆかり~? なにしてるの~? どこのぞいてるの~?

 と聞き覚えのある声が聞こえたが、多分あの友人にでも会いに行っていたのだろう。

 閉じる隙間から揺れる九尾の方へと目をやると、ほんの少しだけ苦労が伺える瞳になった。

『そういうことだ、しばらくは面倒見てやる』と藍に言われて呆けた顔で見つめたら、

『そんな顔をしないでくれ、いつもの気まぐれなんだ』と目を伏せて話していた。

 ‥‥藍は出来た従者だわ本当に。

 

 藍の甲斐甲斐しい世話のおかげで、あたしが思っていたよりも随分と早く腕を生やせて左腕は完全に元に戻った。片腕一本あればなんとでもなると藍に伝えて追い出しにかかったが、両腕が戻るまでという命を受けたから帰れんと居直られた。

 毎食の時の事さえなければ藍との生活はそれなりに楽しいものだし、息抜きにでもなっているのか笑顔も見るしまあいいかと追いだすのを止めた。

 すべての家事をこなしてくれて非常に助かるのだが、一つだけ不便が出来た。

 

 風呂上がりに使うタオルが二人分では足りなくなったのだ。

 九本も生やした尻尾の水気を取るだけでも毎回大変そうに見えた。

 ふわふわの九尾も水分含むとこうなるのかと笑ったら怒られた。

 

 そんな共同生活も両腕が戻るとすぐに終わり、藍に感謝を伝えまた一人暮らしに戻ったのだが少しおかしい事が続いた。あたし一人のはずなのに茶葉の減りは早いし、勝手に竈の火が起きていたり風呂が湧いていたり食事のおかずが減ったりする事が続く。

 地霊殿から戻り藍と暮らしていた頃も度々あった事だが、互いにどちらかの仕業だろうと何も言わずにいたけれど、よくよく考えれば藍はつまみ食いはしないだろう。

 タオルもいくらあの九尾が水分たっぷりだとしても日に十枚近くも使うことにはならない。

 なにかおかしいと思い始めた。

 

 多分今も家にいるだろうに姿を見せず、あたしや藍に感付かれることもない‥‥

 座敷童でもいるのかと思い炙りだしてみようと考えた。

 まず罠の準備から始めた、仕掛けは簡単で食事のおかずを並べてあたしが隠れるだけ。

 そして周囲にあたしの妖気を薄くのせた煙草の煙を漂わせる、これでなにかいればわかるだろうと思い罠を仕掛けた。

 

 結果は成功したのだが想定外の見つかり方だった。

 煙の妖気に反応はなかったがおかずが浮いて何処かへ消えていく時だけ、あたしの煙の中に見えないなにかのシルエットが浮かんだのだ。

 なんだあれ?

 少女くらいのシルエットがその日のおかずの焼き鳥の串を掴んでそのまま串以外を消していくのだ。座敷童子は見かける事が出来ないのではなく姿が見えないものだったのか、一人でそう納得して罠の次の段階へ移った。

 2段階目は焼き鳥の串に能力を使い、摘む指から逃げるようにしてシルエットがあたしの近くへ来るまで待つ作戦。

 

 しばらく踊る焼き鳥を眺めていたが、あたしの方へ串が向きシルエットが近づいてきた。

 今だとそのシルエットの腰回りに尻尾を巻いて、座敷童を捕まえる事に成功した。

 幽霊の正体見たり枯れ尾花、さてこの枯れ尾花の正体はなんだろうか‥‥

 捕らえたと認識した瞬間にシルエットが色づいた。

 

「あはは、ついに見つかった」

「どこの子かしら?というよりいつから居たの?」

 

 捕まった事を気にせずあたしの尻尾にじゃれつく少女。

 大きなリボンの付いた黒い帽子に袖にフリルの付いた長めの黄色いブラウス。

 綺麗だがどこか捉えにくい緑眼に、瞳と同じ色合いのスカートを履き体から管を伸ばした姿。

 

「お姉ちゃんすごいね、なんでわかったの?瞳を閉じてからバレたことないのに」

「正確にはわかってないわ、捕まえてからはわかったけれど。それより瞳?」

 

 問いかけると笑顔で管に繋がる球体を指さす座敷童。

 言われて気が付いたがその球体には睫毛のようなモノがある。

 それを認識して思い出した、地霊殿に向かう道すがら勇儀姐さんから聞いたあの地底のジト目の妹の話・・覚りの癖に心読めなくなった瞳を閉じた妹の事。

 

「さとりの妹? 座敷童じゃなかったのね」

「覚りだけど覚りじゃないようなものなのよ、心は読めなくなったし読まれなくなったもの」

 

 姉の方はジト目が三つだったが、妹の方は一つ閉ざしていて可愛い目が二つだ。

 なるほど、この瞳を閉ざした結果そうなったのかと一人納得してると楽しそうに質問された。

 

「狸のお姉ちゃんも私に似てるわ、そこにいて動いているのに誰も気がついてない感じがするの。私と同じように何か閉じたの?」

「貴女とちがって閉じるようなモノがないわ。それにあたしの場合は気がつかれないのではなくて、気にされなくなるって感じね」

 

 多分能力の事を言っているんだろう。

 地底について勇儀姐さんに会いたくない一心であたしに向かう意識を逸らした。

 勇儀姐さんにはあのよくわからん能力で突破されたが、そうなるまでは地底の住人があたしを気にすることはなかった。

 

 確かに似ているところがあるかもしれないが少し違う、あたしは受動だがこの子は能動?

 いや無反応か?難しいな。

 それよりもだ、この子はあたしの能力に反応せずあたしを見つける事が出来るのか・・

 幼いなりしてやるじゃないか。

 

「あたしは見られても気にされなくなるだけ、貴女は見つけるのも大変だからちょっと違うわ。妹妖怪さん」

「う~ん、変わらない気がするけど‥‥それより妹妖怪って誰のこと?私は覚りの古明地こいしよ?」

 

 座敷童が座敷童じゃなかったことに驚き、そのまま会話に入ってしまったため紹介を忘れてた。

 紹介前にこの子が誰かは検討が付いたが、きちんと名前を聞けたんだしあたしも紹介しないと失礼というものだ。

 

「あたしは囃子方アヤメよ、霧で煙で狸さん」

「霧? 煙? 面倒くさいからアヤメちゃんね、それでお姉ちゃんと何話してたの?」

 

 アヤメちゃんと呼ばれるほど若くないつもりでくすぐったいがここはいいか、かたっ苦しいのよりはいい、それよりもさとりとの会話が気になるなら直接聞けばいいのに、何故あたしに聞くのだろうか?

 姉妹仲でも悪いのか?

 

「さとりから何か聞いたりしてないの?」

「アヤメちゃんと同じタイミングで出てきちゃったから、お姉ちゃんとは話してないのよ」

 

 ということは地底からここに帰るまでずっといたのか。

 なるほど、つまみ食いやタオルはこの子の仕業というわけだ。

 

「少し話して騙せないか考えたり、一緒に鬼を馬鹿にしたりかしら」

「覚りの前で覚りを騙す事考えるとかなにそれ面白い、あのお姉ちゃんと一緒になって鬼を馬鹿にするのも面白いねアヤメちゃん」

 

 心は読めなくなり覚りとしての本能は捨てたが、何かを楽しんだりする心までは捨ててはいないのか。

 あの姉とは対照的にコロコロと表情を変えて、なにか浮つきっぱなしといった感じで笑う子だ。

 

「あのなんて、姉に向かって結構言うのね」

「だって心読めるから家の人以外近寄らないし、お姉ちゃんも自分から誰かに近寄ることがないもの」

 

 心が読めるのに敢えて他人から離れるとは勿体無い、色々と楽しいし遊べることも多いと思うが。同じように他者の声を聞きそれを私欲に利用した人間とは間逆だ、妖怪と人間の立場としてはそれこそ真逆な気がするが。

 

「友達少なさそうだものね。さとり目付き悪いし」

「ものまね? 似てるね、一個少ないけど。お姉ちゃん友達いないのに部屋から笑い声が聞こえたからびっくりしちゃった」

 

 あたしのジト目も結構いけるようだ、あの姉に似てると言われてあまり嬉しくないのが残念なとこではあるが。

 それより会話での笑い声が珍しいなど、思っていたよりつまらない暮らしをしているようだ。

 

 お屋敷で飼われている大量のペット達は友人の変わりかね?

 言葉が交わせなくても心が読めればそれでもいいか、話せるお燐のようなのもいるし。

 

「家で笑い声なんて聞かないからね、アヤメちゃんやっぱり面白いのよ」

「褒められたのか微妙だけど、ありがとうでいいのかしら?」

 

「褒めたよ? それよりもまたお姉ちゃんと遊んでもらえる?せっかく笑える友達出来そうなのに多分お姉ちゃんは何もしないから」

「心を読んでいる癖に付け入る隙があって面白いからたまにならいいわ、ペット達も可愛いし・・でも一つ約束してほしいわ」

 

「約束? お姉ちゃんじゃなくて私に?」

「さとりはイヤですって言うもの、それにここにいないわ。約束の内容はあたしが遊びに行く時はこいしも家にいる事。あたしにお願いするならあたしのお願いも聞くべきよ?一緒にお姉ちゃんからかって笑うのも楽しいわよ?」

 

 それは楽しそうねと笑う妹妖怪、なんだきちんと覚りしてるじゃないか。

 心を揺さぶってそれを楽しみ笑う、十分に覚りだ‥‥影は薄いが。

 

「でもずっとアヤメちゃん見てるほど暇じゃないし、意識も出来ないよ?私はふわふわしてるから」

「ずっと覗かれてるのはあたしもイヤだわ、じゃあこいしが家に居たら泊まっていく。いなかったらさとりで遊んで帰るわ‥‥それでいい?」

 

 さとりで遊ぶと言ってみても気にされずそれでいいわと身内の承諾を得られた、これでいくらでも遊べるというものだ。それともわかった上で承諾したのだろうか、そうまでして他者と触れ合わせたい姉思いの妹ともとれる気がしないでもない。

 

「じゃあなるべく地底かアヤメちゃんの周りにいればいいのね?」

「さっきそれほど暇じゃないって言ってなかった?こいしも友達のところでも行けばいいじゃない」

 

「私も友達いないよ?気が付かれないからできないわ。だから毎日ふらふらしてるの」

「変なとこだけ姉妹なのね」

 

 あんなに目つき悪くないわとぶすくれてはいるがまんざらではないようだ、表情は明るいまま。

 身内同士なら仲が良くて当たり前とまでは言わないが、親しい者で争ってもつまらん事しかないし仲が悪いよりはいいだろう。

 

「アヤメちゃん、次はいつ来るの?」

「うん?暇な時ね」

 

「いつ暇なの?」

「そのうち」

 

「いつ?」

「‥‥じゃあ今から」

 

 普段気が付かれないから見つかると反動でもあるのだろうかこの子、しつこい上にやかましい。

 

 

 鬼神三人相手の酒盛りはぬえを生贄にして抜け出して、お空の逃げた先であるこの宿の主人と妹女将のいる小露天風呂に潜り込む。

 さすがにこっちは狭いのでこいしはあたしの腹の上に座り、肩を寄せあって湯に浸かっている。

 以前の約束通りにこいしとあたしが一緒にいる時は姉で遊ぶことが多い。

 妹の心は読めないがあたしの心を読んで何をされるのかはわかるが、あたしと楽しそうに笑う妹を思うと止められないらしい。 

 ただ、こいしの方はペット達やあたしで遊ぶことも多くて、今も好き放題に揉まれている、アヤメちゃんはお空にしてるから私にされてもいいのよね?

 そう聞かれてダメとも言えずにされたい放題だが、お空よりも張りがあるよと嬉しい事を言ってくれるいい子だ

 

 地霊殿に通い始めてこの住人と付き合うようになってから、こいしには触り癖や弄り癖があると知った。今は案内係のあの鳥も、以前はこいしの遊び専用ペットだったらしく、あのデカイ羽やトサカの羽毛を乱れさせていた事があった。姉の方に似て表情を変えないあの案内係だったが、そうなっている時は何がいいたいかあたしでも心が読めた。

 

 好きに揉まれてそのまま気にせず隣のヤマメやお燐と話していると、さとりに不意に聞かれた。貴女達そんなに仲いいんでしたっけ? と聞かれたので、あの後あたしが地上に戻ってこんなことがあったのよと妹と二人で話した。

 

「そういう理由なのよ、さとり」

「そういう事なのよ、お姉ちゃん」

「アヤメさんが押し掛ける理由と、妹を家や地底で良く見かける理由はわかりました。質問に対する答えではなかったですが・・」

 

 ジト目に睨まれながらこいしと声を合わせて事後報告を済ませる。

 諦めた表情をしてはいるが第三の目は妹を見つめたままだ、妹やペットを見つめる瞳はいつも穏やかな物で、誰にでもそんな目が出来るなら友人の一人くらいすぐに出来そうなものだが中々難しいらしい。他人の心読んでうまく誘導するだけだと思うが、それをやって追われた苦い思い出があるからやりたくないんだと。

 読みたくないならなら読まなきゃいいし、読まれても気にしない相手でも見つけろと言ったら素直にそうですねなんて頷かれた。

 前に同じ事考えたらそんな奇特な友人はいらないなんて言ってたくせに‥‥

 こんなあたしの思考を遮るようにお湯かけられてしまった。

 なんだ照れてるのか?

 こいし見てみろ、あのお姉ちゃんが照れているぞ‥‥

 なんだいいつもの顔にもどるなよ、つれない。

 

 妹の方はあれからも稀にあたしの家に来ているようだ。

 知らないうちに茶葉が減っていたりすることがある。

 てっきり勝手に我が家を休憩場にしている性悪うさぎのせいで減りが早いのかと思っていたが、私もいるよ? なんてあっけらかんと言われた。

 それでもここで飲んで食って遊んでいる分を考えれば安いものだと思えたので、どうせならあたしの分のお茶も淹れろとだけ言っておいた。

 素直にわかったと聞いてくれたしそのうち我が家で急須と湯のみだけが浮く風景、もしくは楽しそうにお茶を用意してくれるこいしが見られるか?

 我が家での小さな楽しみが出来そうだった。

 


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