東方狸囃子   作:ほりごたつ

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特にない日のお話




第五話 退屈と天狗

 住み慣れた我が家で煙を漂わせ微睡んでいる。

 とくに何事も考えずに煙管を咥え、一呼吸。

 筒先から上る煙が周囲をゆっくりと漂った。

 眠りから覚めて一番に行われている習慣、特に思い入れもない、思い入れられるような事もなくなった、習慣になっている事だ。何も思わず吸いきって葉が燃え尽きると、煙管をカツン一叩きして燃え残りを捨てた。

 

 今しがた楽しんでいた物を卓に置き、立ち上がって軽く背を伸ばす。

 寝起きの気怠い体を動かしてから着替え、なんとなく外に出た。

 今日も特に予定はなく、高く登ったお日様を見て、なにをするかと首を傾げていた。

 

「こう毎日やることも行くとこもないと、何か事件でも起きないかと考えてしまうわね」

 

 誰もいない自宅前で一人愚痴る。

 すると、眺めていたお日様とは逆の方向から聞き慣れた声が返ってきた。

 またうるさいのが来たと声の方へ振り返ると、ゆっくりと降りてくる見慣れた姿の少女がいた。度々見る光景なのだがそのたびに、短いスカートがなぜめくれないのか不思議に思っていた。何時だったか聞いてみたところ、私のスカートは鉄壁なのよ、なんて言われたがどうやら自身の能力でめくれないように抑えているだけらしい。

 せっかくの能力をそんな事に使うなんて勿体ないわ、残念そうに言ってみたが、アヤメならわかるでしょう? とふわりと回転しスカートを靡かせながら返答された。

 

「それならばご自身で何かしたらいいのですよ、暇を持て余しているのでしょう? 楽しく事件を起こして、楽しく退治されましょう、そうして事が終わった後に私の取材を受けましょう。うんそれがいいですね、さ、それではなにから始めましょうか?」

 

 なにも言わずにいると、ひとりで騒ぎたて盛り上げようとしている。

 新聞記者として来ると大概こうで、煩い。

 

「そうですね、何を致しましょうか? そうだ、狸の妖怪なんですし火をつけた薪を背負って山中を走り火事を起こされてはいかがですか? それとも泥船を浮かべて霧の湖を汚されてみては?」

 

 同胞の有名人を例えに使いあたしの興味を惹こうと頑張る新聞記者。

 顔を見せたと思えばのっけからこれである、一人なのに姦しい事この上ない。

 

「共食いを見て楽しむ趣味はないわ、火傷に唐辛子を塗りつけられるのも嫌だし。あたしに異変を起こせってのなら期待するだけ無駄ね」

 

 あたしはやる側ではない、眺めている側だ。

 やる側に回ったら眺めて酒を楽しめない。

 

「あやややや、せっかく有意義な時間と力の使い方を提案したというのに。それでは私が記事にできないじゃないですか」

 

 そう言って手帳を開き何かを書き加えていくが、どうせ大した内容ではないだろう。

 

「他人にばかりやらせないでたまには自分からなにかしたらいいんじゃないの? 普段は騒ぎを知らせる側なんだから、一介くらい起こす側になってみればいいじゃない」

 

 言ってもやらないと分かりきっているこの天狗に少しばかり煽りを入れてみる、すると普段は見せない、ほんの少しだけ真面目な表情で見つめ返された。 

 

「私は山の天狗です、行いを見守る観察者で何かをするわけにはいかないのですよ」

 

 真面目な表情は一瞬だけで、すぐにいつもの記者の顔に戻る。

 凛としていれば冴える美しさが垣間見えるくらいなのに、毎回毎回下手に出てくるから三枚目役が多くなる。そんな事はわかっているようだが本人は気にしていないようだ、その潔さには共感出来るものがある。

 

「観察者? 見てるだけって言う割にはあることないこと書いてバラ撒いてくれたじゃない、あたしに対する風評被害はどうしてくれるんだろうね?」

 

 仏頂面で煙管をふかし煙を記者に向けて吹く、煙が届く前に風で掻き消えてしまった。

 

「あや? ご本人が被害と感じていらっしゃらないのに何か問題があるのでしょうか? 訂正してもキリがない、そうおっしゃるなら訂正記事を書いてもよいのですが」

 

 にやにやとそう言いながら手帳になにか書き留める、ちょっとの文句を書き留めている動きにしてはやたら長く走るペン先。

 さっきの物言いがどんな面白いデタラメに書かれたのか、一度見せてもらいたいくらいだ。

 

「あー困るわー、ない事ばかり言われて傷ついてるわー」

「棒読みでおっしゃられても何も感じませんねぇ、はぁ‥‥少しは長く生きてる妖怪らしくされてはいいんじゃないでしょうか」

 

「そっくり言葉を返せるんだけど」

 

 軽く微笑んで言葉を返すと、同じように微笑んで返答される。

 

「いいでしょう、これ以上お話しても貴女からネタは出てきそうにないですし、今日のところは諦める事にします」

 

 そう言って手帳を胸元のポケットにしまいあたしの隣に並び腕を絡めてくる。

 

「そう言えば聞いたわよ? にとり騙して儲けたんですってね」

 

 さっきまでとは口調も雰囲気も変わって話しかけてくる。

 仕事モードとプライベートで使い分けているようで、こちらがあまり見ることのない本来の彼女だ。明るく活動的で魔理沙とは違った快活さをもっている。

 さっきの話の続きではないがとても齢千年を超える大妖怪とは思えない明るさだ。

 

「またそれか……とりあえず中に入りましょ、お茶ぐらい出すわよ」

 

 二人共砕けた雰囲気で住まいへと入っていく。

 なにも知らない人が見れば妙齢の少女二人が笑いあって見えるだろう。

 実際は幻想郷では年上の方が少ないかもしれない烏天狗と古狸の二人なのだが。

 

~少女移動中~

 

 二人分の茶を淹れて向かい合わせに座る。

 てゐ以外で我が家にお茶しにくる数人の内の一人が慣れた手つきで湯のみを受け取った。 

 

「で、それ誰から聞いたの? 前にも訂正したけどあれはあの子の自爆よ?」

 

 卓に頬杖を突き正面に座る友人の顔を見る。

 

「目のいい部下からよ、あの娘が言うには何かに促されたように投了したって言ってたわ」

 

 いつも真面目にお勤めをこなす白狼天狗の事だろう、あの娘も厄介な上司を持ったもんだ。態度悪く出来のいい上司に度々振り回されて、気苦労の絶えない毎日なんだろうなと思う。

 

「‥‥あぁあの狼ちゃんか、あの娘はあたしの能力知らないでしょ? ならあたしから仕掛けたと勘違いしても無理はないわ」

 

 あたしの能力を知っている者はあまりいない、能力を使わねばならないような荒事にはなるべく首を突っ込まないにしているのもあるが、使用してもあまり気が付かれないというのもある。あの白狼天狗もあたしの『逸らす程度の能力』を知らないはずだ、気がついたとしてもあたしが何かして河童が促されたようにしか見えていないだろう。実際何かはしているのだが、そこに気がつけるようになるのはいつ頃だろうか。

 

「なるほど、能力は使ったけど気が逸れたのはにとり自身だものね、相変わらず狡い能力よね、それ」

 

 記者の仮面を外すとなかなか辛辣な事も言うので非常に面白い。

 こちらの顔で取材をした方が面白い話を聞けそうなのに。

 

「タネが割れてる相手には中々使いにくいんだけどね、あんたの能力みたいにバレても気にならないものならもっと良かったのに」

「風向き逸らして扇風機変わりにするアヤメに言われたくないわ。それより山に入るのに私をダシにしないでよ、後で大変なんだから」

 

 この天狗の記者の有する『風を操る程度の能力』は非常に厄介なもんだと思う。

 あたしの能力も相手にバレても対応を変えれば困るような事はないのだが、この天狗の能力はバレてもそのまま好き放題に出来るくらいのものだ。

 それはそうだ、だって風だもの。防ぎたければ絶対に壊れない壁でも周囲に立てて籠もるか、あたしみたいに逸らせるなどやり過ごすくらいしかないだろう。

 

 能力の話になったのでついでに語るが、この天狗の部下。白狼天狗の狼ちゃんも能力を有している、なんでも千里先まで見通せるとか。目のいい部下との評価はここから来るのか、悪巧みしては見つかり小言を言われることから来るのか。後者だろうな、そう思っておこう。

 真面目すぎて苦手だわ、なんて言ってはいるがこうして話題にしても嫌な顔をしないのだからそれなりに気に入っているのだろう。

 話が逸れた、本筋に戻そう。

 

「狼ちゃんにはこれから入るよって教えてるわ、いつもこっちを見てるんだし。土産受け取って挨拶してくれるのよあの子、かわいい所あるよ」

 

 山に入ると真っ先に顔を合わせるのは彼女だ、恐らく侵入者の監視でもしているのだろう。毎回毎回ご苦労さんと思って土産を持って行くこともあるのだが、その度になんやかんや文句を言いながらも土産を受け取る彼女は中々によい性格だと思う。

 いつも真面目に対応してくれるのだが、抑えられるだろうに隠さず尻尾をぱたぱたと振る様は愛らしい、がそれが狙いなのか天然なのかわからない。狙いなら真面目どころかしたたかで、あたし好みではあるが。

 

「それも嫌な顔してたわよ、歓迎の出迎えじゃないのに! って。私も呼んだ覚えのないあんたのせいで上から叱られるのよ」

 

 叱られるという割には大して気にしていない顔だ。

 実際気にしてないんだろうな、上とは言っているけれどそれは立場上の上役というだけで、実力ではこいつの方が高い所にいる気がするもの。

 

「狼ちゃん以外は頭が硬くてダメだね、おかげで嘘つくハメになる。それに叱られるのはいつもの事でしょ? たまには山にいたらいいじゃない、そうすりゃ呼んだのも嘘じゃなくなるもの」

 

 たまに会いに行ってもいつもいないのに、と言うのは少し恥ずかしいので遠回しに言っておく。

 

「ネタが私を呼んでいるの、山に篭っていたら記事にされない事件がかわいそうだわ」

 

 遠回しな表現には気が付かれずに話が進んでいく、その辺拾って記事にすればとも思うが、自身にも被害がありそうなネタはあまり好まないようだ。

 

「あたしからすればネタにされるほうがかわいそうだわ」

「あら、知られるって事はいいことじゃない、誰かさんなんか楽に恐れてもらえるって喜んでるし」

「その話に戻るの?あれを良しとしない人のが多いって話よ、実際迷惑被ったって人も多いんでしょ?」

 

 この天狗が発行している『文々。新聞』の購読者は結構多い。多いと言っても天狗の新聞を山以外に発行しているのは文ともう数人くらいなのだが。

 他紙は山の天狗だけで読む身内限定の物ばかりだが、文々。新聞は幻想郷全体の記事が多くそれなりに楽しめる記事もたまにはある。

 あまり褒めると購読しなさいとうるさいので本人に伝えたことはないが。

 

「火のない所に煙は立たないのよ? 十割が真実ではなくても少しの事実が入ってれば‥‥それは報道する価値があるわ」 

 

 少しだけ新聞記者の顔を覗かせ目を輝かせる。

 

「嘘を付くのに少しの真実味を混ぜると信憑性が増すって話ね」

「多少の嘘から出る真も往々にしてあるってことよ」 

 

「多少、ねぇ‥‥あんたの常識という尺定規を一度見てみたいものだわ」

「私のは巻き尺だから伸び縮み自由な使いやすい尺定規よ」

 

 ああ言えばこう言う、である。

 ひらりひらりとかわされてからかい甲斐がなくて困る。

 

「そろそろ行くわ、近く博麗神社で宴会があるって話だし今日はこれから顔を出してネタを仕入れるつもりだったのよ」

 

 そう言うと湯のみを置き席を立つ。

 

「せいぜい退治されないようにね、あの巫女おっかないし」

「善処するわ、それじゃあまたね」

 

 言い残し飛び立つと、風に乗り一瞬で姿が小さくなった。

 天狗を見送り二人分の湯のみを洗い桶に浸し、やることないな、なんか起きないかな、と、どこかの誰かに期待しながら煙管をふかすのだった。 


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