久々に手料理なんぞしてみたけれど思いの外好評で鼻が高い、いつも手伝ってくれるお燐はもちろん他の地霊殿の住人には何度も振舞っていて、すでに悪くない評価を頂いていた。
鬼連中も大昔の宴会が懐かしいと喜んでくれたし、以前は酒の肴ばかり作っていたが最近はあの女将に教わったりもしていて料理の幅を広げておいてよかった。
覚えた料理を喜んでくれたのも当然嬉しいのだが、なによりもその他の連中の顔が中々にいいもので一人ほくそ笑む事ができた。キスメは素直に美味しいと褒めてくれた、ぬえとヤマメは騒いでいたのがもっと五月蝿くなったし、パルスィも静かに驚いてくれたようだ。
あたしが作ると言った時にはものすごくひどい顔をされたが、実際に食わせてみて予想外だという反応を見るのも楽しいもの。
種も仕掛けもない物で簡単に驚かせられるんだ、狸としては複雑だが女としては上々だろう。
後で他の場所でもやってみるか、どんな顔されるのか少し楽しみだ。
大いに飲んで楽しく笑い、腹も満たせば目的地。
あたしが地霊殿に泊まる楽しみの一つ、地底世界名物旧地獄温泉。
その大元に一番近い地霊殿の大露天風呂。
頻繁に泊まってはお空やお燐と並んで入っているが、今日みたいな大人数で入ることはまずないけれど、それでも今日の人数くらいは余裕な広さの風呂だろう。
外の一番景色のいい場所にある大露天風呂をメインとして、他に露天風呂が一つと内風呂一つ、古明地さん家ってのは結構な風呂好きなのかね?
それともお空の発熱に対する冷却機関として多めに備えているのだろうか、どちらにせよ楽しみが多くてありがたい。
いやそれにしても絶景かな絶景かな。
雪が食事中に降りだして積もるほどの勢いだったが、今は勢いを弱めて眺めるには最高な小雪のちらつく地獄の大露天風呂。
そこの湯船に集って盃を交わし語らうは揃いも揃った妖怪少女。どれから眺めて肴にしようか選り好みしてもそれでも余り、見ながら選んで揉める余裕があるくらいだ。
大露天風呂の端から華のさかづき大江山が二つ、ついで小粋な地獄烏の大二つに赤い小山。
そこから横であたしとパルスィ、ここはほとんど標高の差がない、以前に化けた機会にしっかりと確かめた事もあるから間違いない。大露天風呂から少し離れた小さい露天風呂の方に見えるのはぬえとお燐とヤマメの六連山、活発でスレンダーな割に意外とあるなという感じか。
三つ目の姉妹は大差がないように見えるが姉が遅いのか妹が早いのかわからないね。
後に残るは大江山と並んで湯に浸かる小江山、いや山じゃないな平原か絶壁か。
そして驚いたのはあの専用木桶風呂にいるあの子。
意気揚々と小江山が自ら風呂場に運んでいった木桶、運ばれる方は全く気にしていなかったが小江山は唯一勝てると思っていたのだろう。
あたしもさすがにと思っていたが、あの木桶‥‥意外と。
そんなキスメのおかげで大江山の横で煩く絡んで飲んでは騒いでいる鬼っ子、あたしはこっちに飛び火しないようお空の方へパルスィと一緒に逃げ込んでる形だ。
しかしお空はこの屋敷で人の形を成せる妖怪で一番若いのに一番成長してるってのは、これでいいのか屋敷の主殿?
そこからでも読めるんだろう?
大人数に慣れてないから妹とお燐の影に隠れてるくせにそんなに睨むな、面白いじゃないか。
「しかし、綺麗よねその‥‥目でいいの?」
「綺麗でしょ! 八咫烏様の目なの!」
「そっちも綺麗だけどこっちも綺麗だと思うわよ」
たわわに実った瓜二つ、その片方を揉んでみる。
あたしと風呂に入るお空にすればよくある事で互いに気にしていないが、小さい露天の目が多いヤツから視線を感じてこそばゆい。
さとり様が女同士は不潔って言ってた! なんてお空が言うから不潔なら体洗って綺麗にすればいいのと教えたら、確かに! 洗えばいいか! なんて感心された。
「確かに妬ましいサイズね」
「パルスィも綺麗だと思うけど? また合わせ鏡してあげようか?」
「一度見たからもう驚かないわ、いきなり混ざるとか紛らわしいのよ」
あいてるもう片方の瓜をパルスィが収穫し始める。
お空は不思議そうな楽しそうな顔をしてあたし達を見比べているが、一人より二人、二人より三人の方が楽しいわの一言で納得してくれた。
ちなみにパルスィのスペル云々の話だが、こっちに遊びに来てる時にあの山の神さまがやらかしてくれて見事に異変に巻き込まれた時の事だ。
ヤマメと二人でパルスィの所でくっちゃべっていたらあの人間の少女たちと出くわしてって話。
とりあえずそのときの話は今はいいか、今はこっちの瓜の収穫が面白い。
「そういえばアヤメは飲まないのね、珍しい」
「いつか酒風呂でお空が溺れたからね、一緒の時は当分やめたの」
「あー! あの気持よかった時の事?」
酒風呂って単語だけでパルスィに何か誤解されていそうだが、酒風呂にしたのはあたしじゃなくてお空の自爆と言えるものだ。
訂正してもいいけれど放っておいても構わないか、タダの笑い話の一つだ。
「まさに酒に溺れてさぞ気持よかったでしょ?」
「ちがうよ? 熱くてなって起きたら膝枕されててそれが気持ちよかったの!」
「私の心が何かを感知したんだけど、お空詳しく話して」
これは逃げられる雰囲気ではないな、というよりもあたしの事を散々邪魔だ重いと言っておきながら今腕を搦めてきているのは一体誰だろう。
こんなにくっついてくるなんて皆が見てて恥ずかしいなんて色っぽく言ってみても解いてくれないし、これは困った。
「起きたらアヤメの膝枕だったの!冷たくて気持ちよかった!」
「そう、冷たかったの。お空が気がつくまで体が冷えても気にせず膝枕だったのね?」
「そう! アヤメ冷たかった! 浴衣直してくれた手も冷たくて気持ちよかった!」
あれから恥ずかしがってずっと笑いかけてくれなかったのに、今日一番の笑顔を何故今あたしに向けるのかわからないわ橋姫さん。
確かに風呂場で水場だけど、なにもそんな水を得た魚のような表情をしなくても・・あたしは今まな板の上の鯉なわけなんだが。
「そう、ずっとそうしてくれてたのね。良かったわねお空」
「うん!バスタオルのままで太ももが冷たくて気持ちよかった!」
「あ、でもね一回じゃないよ! 前にもあったはずなの!」
過去のモノでもちゃんと覚えているのか、力のないただの地獄烏と言って馬鹿にされていたのが随分前の事のように思える。
この子が馬鹿にされ帰ってくる度に黒煙を上げて延焼する家が増えたのはいつ頃だったか、さとりが複雑な表情であたしを睨んだが何も悪いことはしていなかった頃だ。
「お空、実はね‥‥私も膝枕してるところ一度だけ見たことがあるのよ」
「えっ!!?」
「見た? なんの事かしら?」
「私の弾幕に混ざって二人共負けた後、アヤメは帰らなかったでしょう?気になったのよ」
……あの後か、いつものようにヤマメ達と一緒にパルスィの橋へ遊びに来ていた時に突然始まって否応なしに巻き込まれた異変。
あのあたしの苦手な方の山の神さまがエネルギー革命だって叫び、お空に八咫烏の御力を授け、暴走したお空が地上を灼熱地獄に変えようとしたあの異変。
~少女帰想中~
いつものように地底を訪れてキスメで笑いヤマメと話した後、橋で佇むパルスィを見つけて貴女はいつでも暇なのねなんて言われていた時。
不意に地が揺れ火柱が上がり、そこかしこから怨霊がわき出した。
何が起きたかわかっていないあたし達が何事かと周囲を見ていると、見慣れた脇の開いた装束を着たおめでたい巫女が飛んで来た。
地底から吹き出す怨霊退治にやって来た異変解決にまじめに動く博霊の巫女に、ヤマメとキスメが問答無用で撃墜されて旧都の空を飛んで行くのをパルスィと二人見送った。
次は誰が喧嘩売られるんだろうと話していたら、パルスィが妬ましい何かが来るといって騒ぎ出し黒白の魔法使いがやって来た。次はパルスィか頑張れと煙管ふかして眺めていたが、いつもと違う黒白の動きが気になってまじまじと見ていた。
いつかどこかであたしを貫こうとした人形達が黒白の周りでサポートするように動いていて、パルスィに聞かずともあたし一人で妬ましい原因に気がつくことが出来たと笑った。
しばらくパルスィの瞳の色に似た弾幕やスペルを眺めて楽しんでいたんだが、随分と追い込まれて劣勢になった頃パルスィがスペルカードをあたしの近くに落としたんだ。
舌切雀『大きな葛籠と小さな葛籠』というスペルカード。
たしかこれは‥‥と思いつき、パルスィに届けるために途中乱入する形で横槍を入れた。
1VS1を邪魔するな。
二人の魔法使いから言われてお前らには言われたくないと思ったんだが、パルスィの邪魔をする気は毛頭なかったので煙管咥えて煙を纏いパルスィにウインクして合図を送ってみた。一瞬怪訝な顔をされたがうまく伝わってくれたようで、仕方ないという表情のパルスィがスペルを宣言。
黒白の魔法使い達はパルスィ三人を相手取ることになった。
小玉弾が本物パルスィで大玉弾がスペルで出した分身パルスィ。
追加の三人目は緑色の妖気塊から緑のレーザーを放つどこか胡散臭いパルスィ。
本物と胡散臭いので分身に隠れながらスペル効果時間ギリギリまで使い粘ったが撃墜することは出来ず、魔法使い達の切り替えながらの連携弾幕で三人仲良く落とされた。
分身を派手に爆発させて目をくらまし、あたしもパルスィも手傷を負うことなく撃墜という形になったんだがその後が大変だった。
見送った博霊の巫女が勇儀姐さんとさとりを破り、異変の原因であるお空へとたどり着いたらしく、地霊殿の庭にあるお空の仕事場やその近くから火柱が立ちっぱなしになってしまった。
あの子はどれだけの力をつけてどれほど暴走してるのかと。
このまま放っておけばお燐や他のペット達も危険な目に会うかもしれないと考えて、撃墜されたヤマメとキスメをパルスィに任せ飛び立った。
火柱を避けつつ地霊殿に接近すると黒白にやられたお燐を見つけたが、まだ動けるくらいの傷に見えたため酒で消毒だけ済ませると、ペットやさとりをここから連れて離れるように指示した。
お空お空と泣き喚いたが何とかする大丈夫とだけ伝え、お空の元へとあたしは駆けた。
お空がいるだろう地霊殿の最深部、灼熱地獄跡へと向かう途中こいしを見つけて不思議に思ったが、お空の居場所を誰かに教えるために敢えて姿を見せていたそうだ。
こいしに聞いた通りに向かうと、博霊の巫女が優勢でもうすぐ決着するかという雰囲気だったが、最後の暴走を始めたお空に呼応するように灼熱地獄跡の炉内温度が高まっていった。
弾幕ごっこの決着事態はついたのだろう、博霊の巫女が飛び去り炉内から脱出する姿が見えたのだが、少し様子を見ていてもお空が脱出する姿は確認出来ず、あたしは炉心近くへと降りていった。
もう本当に炉心の近く、ただの化け狸だったならとっくに焼け死んでいたかもしれないような場所でお空が横たわる姿を見つけた。
着物も体も熱に耐え切れなくなってきており、少しずつあたしも燃え始めていたが、立ち登った煙が集まればまたあたしとして復活出来るかもと、安直な思い込みをして高温の炎を纏うお空を担ぎ炉心を離れた。炉の半分くらいまでどうにか戻れて少し安心した頃に、さっきまでいた炉心方面が明るくなるのが見えた。
この核融合炉の核であるお空がいなくなり、暴走という形で歪な安定をしていた炉心が崩壊でもしたのだろう。さすがにあれに焼かれればあたしでもダメだろうな、それでもこの子ならどうにか焼けずに生き残れるかも‥‥それなら来た甲斐があったもんだと覚悟を決めて、灼熱地獄跡からの脱出を急いだ。
出口が近づきもうすぐ出られるという時に崩壊の余波があたし達を襲った。
成るように成れと思いお空を力の限りぶん投げて出口から放り出して、あたしにしてはやるだけやったわと満足しながら炎に飲まれた。
少しして痛いのか熱いのかわからないモノが全身に奔り気が付いた。
あたしの半身以上が焼けただれて黒煙を上げている。
その見た目は生きているというより動く死体のような姿だったが、動く度に全身を奔るモノを理性で押さえつけ無視する形でどうにか動くことが出来た。
全力でぶん投げたお空はどうなったのか?
それだけが気がかりで、焼けた足と皮膚が剥がれ血塗れとなった足を交互に動かし歩き探し回ると、少し探してやっと見つける事が出来た。炎に飲まれず済んだのか炎事態が効かないのかわからなかったが見た目だけは無事に見えたお空が倒れていた。
痛みを我慢する事に耐えかねた足がもう動きたくないと言い出す前に、横たわり動かないお空の真横までどうにか引きずり歩いてそこから動けず座りんだ。
息はあるが触れれば熱く、どうやら放熱しきれていないらしい。
熱さにうなされ顔を歪ませるお空。
なんかないかと周りを見たが徳利はお燐に預けてしまっていたし、冷やせる水分のようなものは見当たらなかったのだが自分の血で濡れて真っ赤な半身を見て思いついた。
今のお空よりはひんやりとしているかもしれないと。
この体で保つかという不安も確かにあったがこれだけ焼かれているんだ何を今更と納得というか諦めというか、そんな境地にいたりお空の頭をまず冷やす為膝枕することにした。
予想通り、いや予想以上にあたしはひんやりしていたらしく、お空の頭を載せた腿から少しの焦げる匂いと血の蒸発する匂いが混ざる煙を上げながら冷却することが出来た。
少しの間そのままお空を冷却し、熱さからか血を失い過ぎたからか朦朧とする視界の中ほんの少し動いたお空を確認するため声をかけた。
「お空‥‥大丈夫?」
「うにゅ……あっつい……」
「今お燐が助けに来るからそのまま‥・寝てなさい」
火照る額と頬を撫でながら声をかけたら反応が返ってきてくれた、これならとりあえずは大丈夫だろうと力を抜いて、お空の頭を上から覗き込む姿勢のまま意識が途切れた。
〆
「パルスィの見間違いじゃないの? あたしは知らないわ」
「そう‥‥ならそれでいいわ」
「そ。それでいいのよ」
「うにゅ? 二人だけでわかってずるい! パルスィさっきの教えて!」
「私の見間違いらしいわ」
先程の笑顔を消していつも見ている呆れたような表情はせず、少しだけ真剣で珍しく真っ直ぐなパルスィの瞳を真っ直ぐ見つめ返し答える。
一瞬だけ真剣味の増した表情を見せたがすぐに見慣れた表情に戻ってくれた。
「見間違い? でも私は覚えてるよ!?」
「熱さで頭やられちゃったんじゃないの、お空」
「そんな事ない!覚えてるもん!」
アヤメひどい事言う! なんてプンスカと騒ぎ出しさとりやお燐の方へと行くお空を見送ると、パルスィがあたしに冷酒を薦めてきた。
「火照った体は冷やしなさい、のぼせるわ」
「お空も戻ってこないだろうし、もう飲んでもいいわ」
パルスィのお酌を受けて盃を煽る、話を盗み聞きしていたのか勇儀姐さんや萃香さんもこちらに加わって鬼神三人相手の酒盛り。
「アヤメはあの後自分がどうなったか知らないだろう?」
「目が覚めた時には勇儀姐さんの家で動けないようにされていたけど?」
「あたしの家に来た時にはすっかり冷めた体だったのさ、綺麗な流水の近くを縄張りにしている奴がどうやらアヤメを冷やしたらしい」
旧都で綺麗な流水なんてあったかなと少し考えていると、体の支えにしていた右腕を引っ張られて滑り底までガボっと沈み込む、こんな子どもじみたかわいいイタズラ誰がするんだ?
と考えたが鬼連中は正面にいて、あたしの腕を引っ張れる位置にいたのは一人しかいないわけで‥‥
「早くのぼせてすべて忘れたらいいわ」
「そうなったらまた誰かが冷ましてくれるかしら?」
湯船に横になり体のほとんどを沈めて、空気が吸える程度にだけ顔を出してそう伝えたらまた沈められた、これじゃあのぼせる前に溺れるわ。
もしそうなってもまた誰かが助けてくれるのかなと、誰かの体の動きに合わせて波紋の揺れる水面を湯船の底からぼんやり見ていた。