東方狸囃子   作:ほりごたつ

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やる時はやるし、そんな話


第四十五話 ぶらり温泉巡り ~五~

 普段の地霊殿では考えられないような品数の料理を一緒に作り、みんなで美味しく頂いた。

 いつもは三人前、たまに多く作っても四人前か五人前になるくらいで十人前以上を作る事なんてなくて手こずった。それでも一緒に調理場に立っていたお姉さんはテキパキと料理を作り、小さい萃香さんを使って運ばせていた。

 鬼をそんな風に使うなんてあたい達には考えられず、最初は怒られて食べられると思ったんだけど萃香さんは当然のように千鳥足で運んでいく。大昔のどこかの宴会で少し振る舞ったら割りと好評で、作る代わりに並べるくらいしろと叱ってから手伝わせるんだって言ってた。

 あの勇儀さんも同じように扱うこのお姉さんだけど、そんなに長生きのお姉さんには見えなくて素直には信じられなかった。 

 

 みんなでいただきますとごちそうさまをして、今はカチャカチャと音を立てながら尻尾を三本並べての洗い物。お夕餉の洗い物はあたいの仕事の一つなんだけど、このお姉さんが遊びに来た日にはこうやって二人で洗い物を済ませる。あたいもお姉さんも互いに慣れたもので洗う側とすすいで流す側、何も言わずにサクサクと済ませていく。

 

 さとり様やこいし様にはあんなに意地悪に笑って楽しそうにしているのに、あたいやお空に見せる顔はとても柔らかい。さとり様達にもそんな顔見せたほうが喜ばれるよって言っても、それじゃ面白くないわといって柔らかく笑うお姉さん。一番最初にこの狸のお姉さんとあったのは結構前で、まだあたいくらいしか变化できるペットがいなかった頃だったはず。

 

 

 髪は血塗れで両の腕を失くし体は血だらけ、これはもうすぐ死ぬんじゃないかと期待に胸膨らませて近寄ったのが初めましてだった。何か話しかけられたけど、そんな事は気にせずにこれが死んだらあたいの物だときっちりとマーキングをしていた。臭い付けも済ませてもう後はいつ死んでもいいよ、早く死んでよと鳴いて知らせ見上げたら、このお姉さんの肩におっかない顔が生えてた。

 

 いつもの冷静なあたいだったらすぐに気付いていたんだけど、そん時は新鮮な死体が手に入ると舞い上がってしまっていた。猫のあたいに猫かぶってないで正体見せな、出でないと取って食っちまうと恐ろしい事を言う鬼のお姉さん。

 被っているもの剥がしたらあたいは猫じゃなくなっちまう、それは困ると変化して鬼のお姉さんに泣きついたんだ。

 

 ビリビリと刺すような視線の鬼のお姉さんを尻尾に乗っけた狸のお姉さん。

 何も言わずにあたいを見ていて鬼のお姉さんに言い訳するあたいを眺めていたんだ。

 見知らぬ狸のお姉さんにちょっと甘えてみただけさって、鬼のお姉さんに言い訳したんだ。

 でも言ってから気がついたんだ。

 この鬼のお姉さんは嘘が大っ嫌いだったって事に。

 それに気がついたもんだからもう焦って鬼のお姉さんに泣きついたんだ。

 それでもこの狸のお姉さんはあたいを見て微笑んでいるだけで何も言ってこなかった。

 もうダメかさとり様ごめんなさいって思った辺りで、やっと狸のお姉さんがあたいに何かを聞いてきたんだ。

 

 さとり様に呼ばれて来たらいなくて困ってる。

 早いとこ腕を治したいからさとり様を呼んでこいって話だったと思う。

 鬼のお姉さんが怖くて怖くてこの辺りはあんまり覚えていないんだ。

 それでもあたいの本能が覚えていたモノもあるけど。

 

 狸のお姉さんが普通なら腕が生えてる所を見ながら言った、腕落っことして困ってるって話。

 これを聞いて二の鉄は踏まないよう十分に注意しながらあたいの自己紹介をしたんだ、火車だから腕探してきてやるって。勿論返す気なんてサラサラなくて、中々死にそうにない狸のお姉さんは諦めて腕だけでも拾ってこようと思ったんだ。

 ついでに鬼のお姉さんからも逃げられてこれはいい作戦だ。

 そう思って矢継ぎ早に狸のお姉さんに言ったんだ、そうしたらもっとおっかない事になっちまったのさ。このお姉さんが落とした腕なんてもうない、形になってない、あたしの腕はこの背中の鬼がどっかに飛び散らしたって言うんだ。

 あたいはびっくりしちまった。

 だってあの鬼のお姉さんとやり合って無事でいるお人だったんだ。

 さっきまで早く死ねと思っていたのに、そんなにすごい妖怪だとは見えないのにそれを聞いておっかなくなっちまってさ。もうどっちのお姉さんも恐ろしくて恐ろしくてガタガタ震えてたらさ、狸のお姉さんがニヤニヤしだしてさ、さとり様さようならって考えたんだ。

 

 でもそのタイミングでさとり様が来てくれた、あたいを助けてくれたんだ!

 さとり様、あたいは生きた心地がしなかったです。

 それからお茶を淹れてこいと逃してくれて、なんとかそこから離れることが出来たんだった。

 きちんとお茶を用意してさ、頼まれた部屋へと行ってさあ入ろうとしたんだけどなにか話し声が聞こえたんだ。さとり様が二人に向かっていっぱい話す声が聞こえてきたんだ、楽しそうな笑い声まで聞こえてきて、あんなに誰かと話すさとり様をあたいは知らなかったんだ。

 どんな話をしてるのか気になって、お茶なんてそっちのけで後で叱られるなんて気にせずに聞き耳を立てたんだ。

 

 しばらく聞いていたんだけど、どうやら狸のお姉さんはさとり様に心を読まれてるってのに騙すことを考えてたみたい。やっぱり悪くておっかない妖怪だったんだと思ったんだけど、何かを話して鬼のお姉さんの大笑いが聞こえてきた。

 何を話せばそうなるのかなんて知らないけど、小さく八雲がどうとか形式がどうとか聞こえて八雲って言えばあの胡散臭い紫色のやつと九尾の狐くらいしか思いつかなくて、それを知ってる狸のお姉さんはやっぱり悪いやつだと思ったんだけど‥‥

 

 もやもやしてたらさとり様があたい達に言うような優しい声で、それなりには、とか聞こえてきてさらにわからなくなっちまった。

 判断出来なくて扉の前で悩んでいたら、さとり様に呼ばれた。

 聞き耳立てているのを怒られると思ったんだけど何もなくて、お姉さん達が帰るまでその日は叱られなかったんだ。

 

 

「お燐おいで、洗い物済ませたご褒美あげるわ」

「お、なんだいお姉さん? 今日は何をくれるんだい?」

 

 小さな小鉢に入っていたのは削り節まぶした少しの猫まんま。

 あたいはこれが好きなんだけどさとり様はよく思ってなくてはしたないなんて言うんだ。

 でもこの狸のお姉さんはたまにこうして色々とあたいにくれたりする。

 最初の印象なんて吹っ飛ぶくらいいつも優しいんだ。

 あたいだけじゃなくて、あの目つき悪くて話せないし飛びもしないデッカイ鳥の案内係にも同じように優しいしお空にはもっと優しい。

 

 確か、このお姉さんが酔いつぶれたこいし様を背負ってうちまで送り届けてくれた時だ、こいし様が耐え切れなかったのかお姉さんの着物に粗相をしても、お姉さんは酔っぱらいなら仕方ないとやさしく笑いながら言うだけだった。

 さすがに悪いと思ってさ、いつも綺麗にしてる着物だったし。

 さとり様がお姉さんを風呂へ誘っている間にあたいは着物を掃除してさ、どうにか綺麗になったから後から一緒に風呂に入ったんだ。そうしたらさとり様はもういなくて変わりにお空が大はしゃぎしてて、お姉さんはそれ見て酒のんで笑ってた。

 お空が風呂で泳ぐ度に何本もお銚子の乗ったお盆が揺れてさ、溢れそうになっても叱らないで静かに笑ってた。実際何本か溢れても叱られることなんてなくて、これじゃあたし達はお鍋の具みたいね、なんて言って笑うんだ。

 それからあたいは笑うお姉さんと一緒にちょっとだけお酒飲んでたんだ。

 そうしたらお空が静かになった。

 沈んじまったんだ。

 酒風呂で泳いですっかり湯当たりしたみたいでさ、さとり様を呼ぼうと思ったんだけど、その前に冷水って言われて急ぎで取りに行った。

 持っていった桶が小さいから何度か汲みに行ってる間にさとり様に出会ってお空の事を伝えてさ、大きな桶で持って行きなさいって言われてさ、探して持っていたんだ。

 

 そしたらお空の看病するのがさとり様に変わってて、お姉さんはいなかったんだけど少ししてバスタオル一枚から浴衣になって戻ってきた。寒い季節じゃなかったけど濡れたままでずっといたからすっかり冷め切っててさ、それでもそのまま帰るって言うんだ。

 お空を見てて貰ったしさすがに悪いと思ってさ、着物は洗ってまだ乾かないから帰りに来ていく着物がないって嘘ついたんだ。それでも浴衣で帰るって言うお姉さんなんだけど、さとり様があたいの心を読んだんだろう、泊まっていってと仰ってくれたんだ。

 いつもは狸のお姉さんが泊めてと来る事ばかりで、さとり様から泊まっていってと言う事は今までなかったからあたいは少し驚いた。

 それを聞いたお姉さんもそれなら泊まっていくと言ってくれてさ、冷えた体をもう一回温めに風呂場に歩き出してさ、あたいに酒盛り付き合えって言うんだ。

 あたいもお姉さんと同じで濡れたまま走り回ったから冷えてたんだけど、お姉さんはそれに気がついててあたいを誘ってくれたんだけど‥‥お空が心配だったしさとり様だけに任せるわけには行かなくてさ、悪いと思いつつ断った。

 それでお姉さんが浴場に消えてからさとり様があたいを撫でてくれたんだ、行ってもいいって言われたけどさとり様が優しかったから、一緒にお空の看病をしたんだ。

 

 

「食べたなら渡して、洗うから」

「ご馳走様お姉さん。でもあたいがやるからいいよ」

 

 出された手には小鉢を渡さず、あたいが洗い物をしようとしたんだけどその時にちょっとお姉さんとぶつかって小鉢に張り付いた鰹節がお姉さんの着物にくっついちまった。

 さとり様の差し上げた真っ白な着物なのに小さな醤油染みができてしまった。

 これはさすがに叱られると思った。

 とても大事にしてくれているみたいだったから。

 あっちの部屋の人達にわからないよう声を殺して泣きながら謝ったんだ。

 

「ごめんよお姉さん、綺麗な着物なのにほんとにごめんよ」

「お燐、よく見てて」

 

「えぇ!?なんで染みが消えるんだい!?あたい化かされたのかい!?」

 

 泣くあたいを撫でながら狸のお姉さんが染みの所を同じように撫でたんだ。

 そしたら染みが消えちまった。

 化かされて泣かされたのかと悲しくなったんだけど、お姉さんが言うにはそうじゃないみたい。

 この着物貰ってからはずぅっとこっちしか着なかったら、あたしの着物はこれなんだと皆に刷り込まれたんだって。でもそれだけじゃ染みが消えるのがわからなくってさ、納得出来ない顔してた。

 そしたらちょっとわかりやすく教えてくれた。

 

 お姉さんは元は狸なんだけど、誰かが霧やら煙やらだ! きっとそうなんだ! と思ってそれが形になった混ざりモノの妖怪だから、誰かが綺麗な着物のままの姿で思い出してくれるなら、綺麗な格好に戻せるらしい。着物や煙管なんかはいつでも戻るけど、腕や足は時間がかかるんだってのも言ってた。

 ずっと狸のお姉さんだと思ってたって素直に言ったらさ、あたしは霧で煙な可愛い狸さんなのよって笑ってくれた。全部は長くて言いにくいから全部言わなくてもいいかいって聞いたら、撫でながらなんでもいいわって言ってくれた。

 自分の事なのになんでもいいとか、お姉さん案外テキトウだねって言ったら笑ってデコピンされちまった。偶におっかなくていやらしく笑って、さとり様の目が怖くなる事ばっかりするお姉さんだけど、なんでかあたい達には優しい不思議なお姉さん。

 テキトウっていうか、見る人によって色々変わる人なのかなってあたいはその時思った。

 


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