東方狸囃子   作:ほりごたつ

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隣の芝生は青く見えるか、そんな話。


第四十四話 ぶらり温泉巡り ~四~

 〆年末も大概騒がしかった都だけれど、新しい年を迎えてもその騒がしさは変わらないままだ。

 ここに住む者達は血の気が多い者ばかりだが、楽しんで騒ぐことに長けた者も同じく多い。

 年の暮れには年忘れだと馬鹿騒ぎ、新年を迎えれば騒ぎ始めだとどんちゃん騒ぎ。

 喧嘩が始まれば殴り初めだと我先に混ざり、最終的には大乱闘。

 あの勇儀さんが現れるまでそれは続いて、たまに勇儀さんが混ざり昔の旧都の姿を取り戻すこともある。そんな喧騒に少しだけ惹かれる事もあるけれど、私がその場に混じる事はなく、混ざれもしない。私がそういう者だからだろう。

 知らずに恐れられ、知らずに疎まれて、最後には山を追われる事になった過去を思えば足を踏み入れる気にはなれない。一方的に相手の心を読み取れて、それをネタににズケズケと踏み入れられたくない心の領域に踏み込んでいく。そんな種族が受け入れられるわけがなく、忌み嫌われても仕方がないことだと悟って山を離れた。

 読まなければいいだろうなんて言ってくれる者達もいたが、私達はそうあるべき存在でそれをしない訳にはいかない。少しだけ歩み寄り理解を示してくれたそんな者達の心も読み、それを元に傷つく前に私から離れていった。

 

 中途半端に近づいて互いに傷つくなら、近寄ることなどやめよう。

 私は理解者はいらない必要ないと考えて強がっていたが、同じ力を持つ妹はそう考えてはいなかった。

 心を読むせいで周りから嫌われる。

 それを嫌がりあの子は瞳を閉ざし今は私とは違って酒宴で笑い楽しんでくる。

 そんなあの子を私は‥‥〆 

 

 途中まで書き記して赤いハードカバーの本を見つめ溜息と同時にパタンと閉じる。

 落ち着いて手記も書いていられない。

 めでたい年の始だというのにペット達が騒ぎ始めてしまって収拾がつかなくなっており、旧都の喧騒も真っ青なほどに地霊殿が騒がしい。お燐達年長のペットが騒ぎ立てている若いペット達を宥めて沈めようと頑張っているが、あの勢いではしばらく収まらないだろう。

 お空がいつも以上に目を輝かせ楽しそうにはしゃぐという事は‥‥扉を開けなくてもこの騒ぎの原因がなんなのか、うっすらとわかってしまう。

 この扉を開ければきっといつものようにやる気のない表情でいるのだろう。

 私のペット達に母のような思いを向けるあの変人がいつものようにいるのだろう。

 騒ぎや面倒事を引き連れて唐突に訪れるのはいつもの事だ。

 今日もいつもの通り唐突にふらりと来て泊めろ鬼が怖いなどとわざと思い込むのだろう。

 たまには素直になって今夜泊めてと言葉にして言ってみてもいいのに。

 そう考えてほんの少し口角を上げたところをお空に見られてしまった。

 

 私の表情から何かを察したのかお空からの引きが強くなる。

 そんなに慌てなくてもあの変人なら逃げない‥‥逃げずにいやらしく笑うだけ。

 性格の悪さを表情に表して、私との会話を楽しむ様子を見せるあの変人。

 出迎えてもいいとほんの少しだけ思える少ない私の会話相手の一人‥‥なのだが、今日はなぜだか私の歩みが早まることはなく、いつもの様に迎えられず扉を開けるのに躊躇してしまう。

 そんな自分に少しだけ戸惑うが、可愛いペット達の心が気になってしまう。

 

――あの扉を開けると終わりです――

――開けちゃだめですさとり様――

 

 お燐が宥められる、外から戻ったペット達から聞こえてくる声。

 これがとても強く発せられるモノで、それが私の足取りを重くする。

 早く早くと先へと手を引くお空、周りを沈めながら私に気を使い引き留めるお燐。

 引かれて止められ阻まれて、先に進むも後へ戻るも出来ない私。

 どちらにも行けないこの状況が、異変が終わっても旧都や地上との関わり方を変えられずにいる今の私のように思えた。

 誰かとの関わり方などおいそれと変えられる物ではない。

 相手の考えることがわかるから余計に変えられないし変わろうともしない。

 他の妖怪と関わり生きていた頃から変わらずにこうだったのだ。

 今更こいしのように心を閉ざす気も起こせず変われない私。

 

 私は以前に、あの子は読心から繋がる嫌悪を嫌って目を閉じた、などとあの人に話したが‥‥今にして思えば変わりたくとも変われない自分がイヤで瞳を閉ざしたのかもしれない。

 瞳を閉ざし無意識下での行動をするようになってからこいしは変わった。

 変なところばかり目立つ事が多いけれど、それ以外の部分が私には強く感じられた。

 何かを気にすることなく誰かのところへ行くようになり、それが当たり前だというように誰かと交わるようになり、色々なところで誰かと笑うようになった。

 この間などは誰かの酒宴に混ざり酔いつぶれて背負われてきた。

 相手に粗相をしてしまうほど酔い楽しむ妹をその時初めて見た。

 その時に私は初めて思ってしまった。

 心を閉ざして好きなところで生き好きな所に行く妹が羨ましいと。

 臆病なのはこいしだったのではなく私なのかもしれないと。

 

 少しの思考に囚われている間に私の綱引きの決着はついていたようで、後は扉に手をかけるだけという状況になっていた。

 気がついたら移動していて我に返ったら扉を開く寸前。

 まるで無意識で動いたかのようでこいしは毎日こんな風に過ごしているのかなと、少しだけこいしの心に触れられた気がした。

 目を輝かせるお空がもう限界寸前だ。

 私達姉妹とは違う第三の瞳がランランと輝きその興奮具合を表している。

 招き入れる者などほとんどない引き扉を引いてこの騒ぎの原因を迎え入れようと、扉を開いた瞬間だった。

 

~瞳混乱中~

 

「その目が見開くところを初めて見たわ、ジト目以外も出来たのね」

「予想していたよりもその‥‥多くてさすがに驚いてしまったのですよ」

 

 ゲラゲラと笑いながら新年の挨拶をするこの変人を中心としたよくわからないこの集り、変人の態度の悪さはいつもの通りだが今日はそれが気にならなくなるくらいに騒がしい。

 土蜘蛛や釣瓶落としに橋姫それと勇儀さんはまだ理解できるが、何故そこに萃香さんがいて以前に封印されていた鵺まで伴って、私の屋敷に来ているのかわからなかった。

 

 冗談半分で言ったのが真となり、鵺と二人で地獄温泉巡りついでの年始回りらしいが、この変人ならそれくらいはあると予想できるが……まさか年始の挨拶相手をそのまま引き連れてくるとは思わなかった。

 動機を聞いてみればたった二言だけ読み取れた。

 

-反応が見たくてやった、愉快で堪らない-

 

 簡潔に答えられ、溜息すらつけなかった‥‥それでも招き入れてしまったものは仕方がない。

 あれだけ騒いでいたペット達を、軽いひと睨みで黙らせた勇儀さんには少しの感謝と多大な注意をしてお茶の準備に勤しんだ。

 

 誰かへと淹れるもてなしのお茶。

 最近は二人多くても五人分しか淹れないポットでは一度の湯量では人数分に足りず、何度かに分けて淹れたため時間を取られてしまった。手が足りないので手伝いにと呼んだお燐も来れくれず配膳に困ってしまったが、変わりに手伝いに来てくれた案内係に手伝わせてなんとか移動を始めた。

 普通なら応接室での対応となるのだろうが入りきれずに食堂へ来客を通し、お茶を用意しそこへ戻ると静かな食堂が随分と様変わりしていた。

 まるで我が家のように寛ぎ酒を煽りだす鬼にそれを見て笑う土蜘蛛と鵺、橋姫に絡むが逆に両肩を抑えられ拒否されても笑うあの変人。

 そんなあの変人を楽しい見世物でも見ているような目で眺める燐とお空。

 

 一人静かにこの風景に混ざらない釣瓶落としと目が合い同情されてしまった。

 皆の心が飛び交い見た目も中身も騒がしい景色。

 ここは本当に私の屋敷なのか、愛しい妹と可愛いペット達と毎日を静かに過ごしている地霊殿なのかわからなくなりそうだった。

 部屋の者達が私に気がつくと今度は私一人に向かう心だけで騒がしくなる。

 私の第三の目までも閉じてしまいたい、そう思えるくらい騒がしくてあっけにとられた。

 

      ――へぇ、さとりのくせに面白い顔をするじゃないか―― 

――旧都でもこんな顔してれば声かけてやるのに――

    ――視線を浴びて人気者ね―― 

         ――さとり様変な顔! さとり様お腹すいた!―― 

  ――さとり様‥‥これはもうどうしたら――  

   ――あの顔……今なら覚りの考えがわかる、私釣瓶覚りになるの?――

      ――さとりはよ~温泉はよ~酒はよ~!――

 

 それぞれがそれぞれに、私に対して声を聞かせてくる。

 遠い昔、お山にいた頃以来の騒がしいこの空間の中で、一人だけ故意的で確実に言葉として考えている思いをぶつけてくる人がいる。読みたくなくても聞こえてくるここの誰かの声の中で一つ、聞き慣れたいやらしい笑い声と共に私の事を考える変人がいる。

 

――これだけいたら能力使っても煩くて読めないでしょ?――

――普段騒がしいだの言われてるから、お年玉の意趣返し、気に入った?――

 

 抵抗強い橋姫をしぶしぶ諦めて今度はお空に抱きついていて、私の位置からではその表情はわからないがどんな表情なのか容易く想像出来る声の主。

 全く本当にこの変人は……きっといつものようにいやらしく笑っているのだろう。

 読み取れる心がいつもの笑い声と変わらない雰囲気で、それを少しも隠そうともしないで‥‥それがなんだか可笑しくて、私はつい笑ってしまった。 

 

               ――なんだ、笑えたんじゃないか――

           ――いい顔するじゃないさ――

     ――可愛らしく微笑んで妬ましい――

            ――さとり様笑った! うにゅ? なんで!?―― 

 ――さとり様が楽しそうに‥‥―

               「お姉ちゃん笑ってるほうがいいよ」

     ――赤い方の目、いつもより赤い――

 ――なんだいなんだい、笑えば姉妹そっくりじゃないか――

 

 私に向かって今までに感じたことのない心が飛んでくる。

 こんな場合どうしたらいいのか体験したことがなくてわからなかった。

 考えるうちに少しずつ笑っている顔も目もいつものモノに戻っていくのがわかったが、それ以外知らない私はどうしたらいいのだろうか?

 慣れた表情に戻りきる前に、意地の悪い声が聞こえてくる。

 

――お年玉が気に入ったならそれなりの表情をして欲しいわ――

――さっきまでそれなりの表情を見せていたくせに――

――すぐに戻るなんて冷静ね、お母さんは妬ましく思うわよ――

 

 戻りきる前にやられた最後の不意打ち、耐え切れず再度笑ってしまった。

 それを皆に見られてしまって、今度は心のほうだけではなく声として笑いが聞こえてきて、私も混ざって皆で笑った。

 瞳を閉ざしてこんな雰囲気の中に毎日身を置く妹がさらに羨ましく思えた‥‥が、思い直して。

 閉ざさなくとも同じ雰囲気の中にいる私をあの子は私と同じように羨んでくれるだろうか?

 いつの間にか帰ってきていて、輪に混ざり笑う妹を見つけてそう思った。


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