初日の出など見られないというのに浮かれ気分で騒ぐ町並み。
あっちを見れば鬼たちが大笑い、こっちを見れば女連れで角を消えていく者。
そんな男を引っ掛けようと派手な着物を開けさせる女達。
どこもかしこも浮かれて笑い大いにはしゃぐ妖怪ばかりがいて、ここは本当にあの地獄の三丁目だった場所なのかと疑わしいくらい。
赤提灯が立ち並び、男も女も老いも若きもどんちゃん騒ぎ。
もはや騒げればなんでもいいといった雰囲気だ。
それでも横に広がりながらたらたら歩くあたし達の集団が近づくと、皆が皆目を丸くして足を止めては途端に静かになっていく。
木桶を抱えて笑う土蜘蛛、それと並んで笑う鵺。
迷惑そうな顔した橋姫に体重を預けてくっつく化け狸。
狸の尻尾にゃ小さい二本角がくっついて、その隣にも豪快に笑う一本角がいる。
こんなちぐはぐな集団が狭い狭い地獄街道のど真ん中を歩いてるんだ、誰だってなんだって足を止めて眺めるだろう。何かの拍子にちょっとぶつかって誰かの機嫌でも損ねた日にゃあ、どこまで死ねば許されるのかわからないような集団。
自殺願望があってもお断りするような集団だ。
「いい加減重いわ、離れなさいよ」
「あたしも尻尾が重いのよ、だからこれはお裾分け」
誰に冷やかされても気にせずに、あれからずっとパルスィの腕を捕らえて離さずに歩いているが、あたしの思いに比例してか体も少し重くなった。
それもそのはずだ、今のあたしは二人分‥‥いや一人分と言うには少しばかり小さく軽めの体か、それを尻尾にくっつけている。初詣で多少は潤っただろうあの妖怪神社で巫女と一緒に呑んだくれていると思っていたが、まさかこっちにいるとは思わなかった。
あたしの尻尾に張り付く小鬼、分銅三つを引きずりながらあたしの歩みを妨げる者。
勇儀姐さんも見ながら笑ってるだけで済まさないで助けてくれればいいのに、萃香さんを力尽くで引き剥がせるこの場で唯一の人なのに。
豪快に笑う度に下がっては直している着物の肩口、ギリギリなその着物の肩口を思い切り良く下げてやりたい気分だ。
「年始の祝に勇儀の所へ会いに戻ってみれば、アヤメがいるとは思わなかった。もふもふへの埋まり始めにゃいい日だ」
「萃香が飽きたらあたしも座るかね、いつもの服より歩きにくいんだ」
「所有権はあたしにあるんだけど‥‥でも、ダメね。今のあたしは人のモノなの、順番ならこっちに聞いてからにして」
「ヤマメ、助けて」
煙管咥えて見上げてみれば、いつもの瞳とは違った意味で瞳を濁らせた橋姫がいる。
ヤマメに助けを求めているがあっちはぬえと楽しそうだ、助けて欲しい相手に抱えられる木桶からは哀れな者を見る目線を感じるが、そんな事は気にはしない。
しかし大所帯になったものだ、最初はぬえと二人でしっぽりと温泉めぐりをするつもりが気がつけば盛り合わせなのだ。アクの強い者達が寄り集まってしまったこの集団で地霊殿へと赴いて、あのジト目の主と会うのがとても楽しみだ、どんな目を見せてくれるのか……
想像するだけで楽しくて堪らない。
「鬼の四天王が二人並んで歩くなんて、何年ぶりに見る景色なんだか」
「こっちに来てから二人で出歩くなんてなかったからねぇ」
「勇儀の家で飲む以外なかったからね、ここにあいつらがいれば鬼の四天王揃い踏みだ。懐かしいねぇアヤメ」
あたしは三天王しか知らないが、あの人もこの鬼達のように笑うんだろうか。
たまに顔を合わせればなんだかんだと説教三昧でやかましいから困るのだが、あたしに対してありがたいものを説かれても妖怪がそれを聞くわけないというのに。
萃香さんがこっちにいて神社にいない今を狙って今頃神社にでもいるのかもしれない。
しばらく姿を見てないが、新年早々ガミガミ言っておめでたい巫女の呆れる顔がすぐに思いつく辺り中々印象深い人。
「あんた達以外は見たことないけど、二人で四天王じゃないのね」
「まだ外で人間達と真剣勝負をしてた頃は四人だったのさ、気がつけば一人ずついなくなって今じゃ二人だ」
「アヤメを追いかけまわしてた頃は三人だったね、萃香との喧嘩は良い肴だった」
〆
強いと聞けば追いかけて喧嘩を売っては呆れる毎日。
どこかに面白いのはいないのかと暇を持て余す日々が続く。
あたし達の噂を聞きつけて我こそはと声高に叫ぶやつほどつまらない。
己の力量も弁えられない、相手をするのも面倒な輩達。
たまに楽しいものと言えば心を磨き上げ瞳に炎を宿す人間くらい。
妖怪連中も見習ってくれないかと酒を煽って愚痴をこぼす。
そんな変わり映えしないつまらない毎日を過ごしていた時に、萃香が面白いのを見つけたと騒いで五月蝿くなった。今度は何を見つけたのかと聞けば、萃香を差し置いて霧の怪異だと人間の里で騒がれる妖怪がいるとの事だ。
またつまらない半端者なんじゃないかと、気にも留めずに酒を煽った。
萃香があんまりに騒いでうるさいからあたしとあいつの二人も混ざり、霧を探してあっちこっちへとぶらついた。行く先々で話を聞けば、人を化かして笑っては酒と煙管を楽しんでいる人間好きの人食わず。
随分とちぐはぐな奴もいるもんだ。
ちぐはぐな奴を少しだけ気にしながら酒を煽った。
あちこち探してついに萃香が見つけたらしいが、あたしは違う妖怪違いだと言われしょぼくれて帰ってきやがった。噂を便りに見つけた相手は霧の怪異なんて大それたもんじゃなくただの化け狸だったらしくて、口ばかり達者で弱そうな半端者だったそうだ。
喧嘩を売る気にもならなかった、そうぼやく萃香を横目にしながら酒を煽った。
萃香がまたまた騒いでいる、今度は惑わす煙がいるんだそうだ。ゆらゆらと漂って人を惑わしてはおどけて笑い煙管をふかす、人間好きの人食わず。
前にどっかで聞いた話だなと、少しだけ引っかかるモノを酒で流し込んだ。
またまた萃香がしょぼくれている、どうやら噂は本当にただの噂だったようだ。 聞いた話を素直に信じて都の近くへと顔を出してみれば、楽しそうに鵺と語らう狸しか見かけなかったと。
いつかの噂も狸だったな、そんな事を気にしながら酒を煽った。
今度はあたしが噂を聞いた、霧に紛れ煙を纏い高らかに笑う化け狸の話。
これだけ噂が繋がれば疎いあたしでもさすがに気付く。
萃香は体よく化かされて笑われていたんだと。
鬼を相手に化け勝負、面白いのを見つけたと萃香とあいつに教えてやった。
噂の元へと辿って行くと、やっと見つけた化け狸。
萃香が散々探してようやく追い詰めた相手、喧嘩を売っても暖簾に腕押しな態度のつれない女。鬼を相手にやる気のやの字も見せないこいつがなんとも可笑しくて、可笑しくて。あいつとあたし二人で笑い、萃香と化け狸に嫌な顔をされてしまった。
萃香と喧嘩おっぱじめて随分たったがようやく決着。
結果だけなら萃香の勝ちだが負けた狸は気にしていない。
負けて笑うとはどういうことだい?
真っ直ぐ見つめ本心を聞けば、生き残ったからあたしの勝ちと高笑いしやがった。
なるほどそういう勝負もあるか……
高笑いするこの狸、あたしはこいつを気に入った。
鬼しかいない毎夜の酒盛り、田楽踊りを披露する鬼を眺めて笑う一匹の化け狸。
萃香が瓢箪を薦めてもつれない返事ばかりのようだ、その酒は強すぎてゆっくり楽しめない、酔いつぶれるから自前でいいわ、そう言い捨てて右肩からぶら下げている白徳利を煽り笑うこの狸。
その酒の味は如何なものか。
あたしの首と白徳利を賭けての一勝負‥‥挑んでみたが売れ残る。
酒は旨いがあたしの命は飲めないし、飲んでも旨くなさそうと言いやがった、これを聞いてたあいつと、言った狸が笑い始めて喧嘩をする気もなくなった。それでもあたしは諦めず、いつかはあの白徳利を拳一つで奪ってやろう。
そう誓い酒を煽った。
人攫いをしては毎日笑って過ごしていく中で、人間が少し変わり始めた。
正面切っていざ勝負!
そんな喧嘩がなくなっていき、人に騙され死んでいく身内が増えてきた。
少しずつ小さくなる宴会の輪、それを見つめ酒を煽った。
あいつも人を見限って山を離れて姿を消した、残るは少しと萃香とあたし。
あたしも萃香も冷め始め酒宴の機会も減っていった。
久々に人間たちが現れた、たった四人の人間に身内は討たれ山は燃えた。
あたし達に毒酒を盛り正面から切りかかってくる。
今と昔両方を混ぜ込んだ人間達の戦い方。
昔はよく見られた正面から喧嘩を売ってくる人間達を思い出したが、毒が回り動かない体ではまともにやり合う気にならない。萃香もあたしと同じ気持らしくて、わざと切られて体を散らし消えていった。
あたしも大袈裟に切られて見せて、大袈裟に逃げてその場を去った。
行くアテもなく喧嘩を続け流れに流れて行き着いた少し明るい地面の底で、死にぞこないの同胞と毎日酒盛りをする日々。
よくある日のよくある宴会の最中、あたしの薦めた酒が飲めないと、珍しく反発してみせた気概の見える若い鬼。よく言ったと笑って軽めに吹っ飛ばすと、鬼が転げて店が揺れた。
揺らした店が傾いて、開けてもないのに戸が開く。
ふと眺めるといつかのあいつ。
まるで走馬灯でも見たように昔の景色が頭のなかで回り出す。
妖怪違いとは思えなくて、昔良く見た長羽織を叫び止める。
つれないのも相変わらずか、変わりないままにいた化け狸。
嬉しくなり、嬉しさついでに肩を掴んだ。
いつもつれない狸が初めてあたしの喧嘩を買ってくれて、見事にあたしに勝利した、いつかの賭けの景品だと笑って首を差し出すと、どうせなら酒が旨くなる盃を貸せと言われてしまった。そういやあたしの命は飲んでも旨くないなんて言われたなと思い出して、その場で笑い転げた。
〆
いつもの酒場がやけにうるさい、誰ぞ面白いのでも来たのかと期待を胸に戸を叩く。
そこにいたのは化け狸、あの橋姫に絡み酒とはやっぱりこいつは面白い。
混ざって飲んで笑っていると、気がつけば一人二人と増えてきた。
この狸の周りには何かと面白いヤツが集まりやすい気がする。
類は友を呼ぶのかね‥‥あたしもその類なのかね、そう思い酒を煽った。
新年だからと萃香が来て、久々のふたり酒。
久しぶりにこういうのもいいねと、笑う度に崩して着ている着物が下がる。
私に対するあてつけかい?
そう言う萃香を笑い倒して吹っ飛ばす。
いつかのように店が揺れ、いつかのように戸が開く。
いつかのように目をやると、橋姫に絡むアヤメが見えた。
萃香を起こして教えてやると、言うが早いかアヤメの尻尾に飛びついた。
右肩からぶら下げた白徳利を揺らし萃香を叱るアヤメを笑い店を出た。
類ばかりのその集団。
今はそこに混ざり、たらたらと歩いている。
あいつって誰なんですかね。