東方狸囃子   作:ほりごたつ

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一人称視点って難しい、そんなお話。


第四十弐話 ぶらり温泉巡り ~弐~

 今日は静かで珍しい。

 こんな静かな時間すぐに終わってしまうのはわかっている。

 けれどたまには川のせせらぎだけを聞くのもいいわ。

 誰もいない私一人橋の上、静かに流れる川のせせらぎ。

 

 誰かを待つ時はいつも一人だ、静寂には慣れている。

 それに橋の上が騒がしい時は妬ましい誰かがいる時だけ。

 この旧都はいつも騒がしいけれどこの橋だけは静かなもの。

 

 好き好んでくる奴なんてヤマメとキスメ、後は勇儀くらいかしら。

 いや、あの喧騒よりも騒がしく喋り懐っこくいやらしい笑顔を浮かべるやつもいたか。

 

 それでもあいつは地上の妖怪だし、いつもいつも来るわけじゃないわね。

 それに来ても大概は大勢で集まり酒だなんだと騒ぐことばかりで、ほんとにうるさいやつ‥‥なんて考えるんじゃなかったわ、思った通りの姿で来たわね。

 

 女ばかりで集まって新年早々から姦しい事この上ないわ‥‥

 まったくあの狸も地底と地上両方の妖怪侍らせるなんて妬ましいわね。

 ヤマメもキスメも楽しそうに笑っているし‥‥

 あら、ぬえじゃない?

 また封印されたの?

 懲りないわね。

 なに?

 違うの?

 年始回りついでに地獄観光と温泉めぐりって、あんた達旧都をなんだと‥‥まぁいいわ、早く行きなさいよ。

 

 え?

 私はいいわよ‥‥なんで連行される形になるの?

 旅は道連れ?……断っても連れて行かれるんでしょう?

 なら自分で歩くから早く離しなさいよ。

 貴女と腕なんて組んで歩いてる所を見られたら私が勇儀に妬まれるわ。

 そうよ、他人の嫉妬も私の力。

 だから離さないと後が怖いわよ?

 痛いのもたまにはいいって‥‥貴女そっちの趣味があったの?

 さっきはヤマメに穢された?

 お盛んね、妬ましい。

 

 いいからそろそろ離したら?

 だから私にはそういう趣味は……もういいわ、諦めた。

 

 貴女の白い着物といいその背格好や髪の長さといい……

 あの女を思い出すのに……

 

 そんなに親しそうな顔をしないで。

 

~少女想起中~

 

 いつからだろう、あの人が私の元に戻らなくなったのは……

 

 いつからだろう、私の衣を敷いてあの人を待つようになったのは……

 

 いつからだろう、あの人を待つのが辛くないと思うようになったのは……

 

 いつからだろう、この橋を渡る仲睦まじい男女を妬み憑り殺すようになったのは……

 

 いつからだろう……

 唯一人の女を妬み殺したいと思っただけなのに、全てを殺すようになったのは……

 

 今頃は牛車に揺られて橋を渡る頃でしょうか、私の住まう屋敷までもうすぐですね。

 今日もきっと参られるのでしょう、迷わぬように盛り塩をして私の所へ訪れていただけるのをお待ちしております。

 

 あの御方と今日はどんな話を致しましょう、あの御方は何を話してくださるのでしょう。

 牛車の止まる音がして屋敷の門が開くのが楽しみでならない。

 

 昨晩はどうされたのでしょう、お姿を見せてくださらなかった。

 お体でも悪いのでしょうか?

 原因のわからない流行り病の話を聞くけどあの御方は大丈夫でしょうか?

 もしご病気なら私の元へ来るよりもまずはお体を治していただきましょう。

 私はいつまででもここで貴方様をお待ちしておりますので。

 

 最後にお姿をお見せになられたのはもう何時頃だったのでしょう?

 屋敷の者もあの御方の話を私に届けてくれなくなりました。

 心配で心配でたまりません、例え許されなくてもお姿を見て安心したい。

 そう考えてしまう私を貴方様ははしたないと罵るのでしょうか?それでも不安なのです……

 

 ご病気ではなかったのですね、元気なお姿を見られて安心致しました‥‥

 ですがその隣の女はどなたなのですか?

 私には仲の良い男女に見えてしまって‥‥

 

 お元気なのに私の所に来てくださらないのは何故なのでしょう‥‥

 あの女ですか?

 あの白い着物の似合う女のせいで私の元へと来てくださらないのですか?

 なら私は……

 

 屋敷の者から聞きました、あの女と身を固めたと‥‥

 祝福すべきと思っておりますが私の頬を伝うものは止まってはくれません‥‥

 

 久方ぶりに貴方様のお姿を見かけることが出来ました……

 貴方様と女との間にいたのは御息女様でしょうか‥‥

 どこかあの女に似た瞳‥‥

 近くをすれ違ったのですが気が付かれましたか?

 私は瞳に映りましたか?

 

 屋敷を飛び出してしまいました、でも貴方様の元へは参りませぬ‥‥

 私を写さない貴方様の瞳を‥‥今の私は見たくはないのです‥‥

 

 貴方様は貴船明神様を存じ上げているでしょうか?

 私の足は今そこへ……

 報われたくば思いを示せとの言葉を頂き私は今身を沈めております……

 叶わぬモノならばいっそ私が‥‥

 いつか再び貴方様にお目通り叶う時が楽しみでなりません。

 

 なんと単純な事だったのでしょう、妬み嫉みに身を焦がし苦しんだのが嘘のようです。

 妬みや嫉みとはこんなにも心地の良いものであったなんて。

 これを知らずにいる者はつまらない生き方をされておりますね。

 

 貴方様にもわかっていただけたのですね、久方ぶりに貴方様の瞳に私が写っております。

 白い着物を赤に染めて動かなくなった女など、川に流してそのまま身を委ねてよいのですよ。

 

 何故なのです?

 私ではなにが足りなかったのです?

 それほどまでに死んだ女が良かったと?

 私を瞳に宿しておきながら死んだ女の元へ行くなど‥‥

 

――死を越えてその先まで一緒にいようだなんて……

――妬ましい――

 

 この男もあの御方のように女の後を追うのだろうか?

 さぁその愛情試してあげる。

 女を殺して涙するならすぐに逢えるようにしてあげるわ。

 さぁその首に宛てがうだけよ。

 

 あの男なら来ないわよ?

 今頃別の女といるわ。

 私の仕業と言いたいの?

 それは違うわ、貴方の思いが届かなかっただけ‥‥そう届かなかっただけなのよ。

 

 私の身を案じてくれるの?

 優しい殿方なのね、ならそうね……

 贔屓の場所があるのよ、少し離れた愛と名の付く綺麗な山なの‥‥

 か弱い女の腕を断ち切るなんてつれないお方だわ、妬ましい。

 これでは優しく抱擁も出来ないわ、本当につれないお方‥‥

 

 落とされた腕が疼くわね‥‥力も戻らないし私の橋へと戻ろうかしら‥‥

 私の橋は何処かしら‥‥変わらずあるのは朱色の橋だけ‥‥

 

 そう、壊されてしまったのね。

 私を思ってそこまでしてくれるなんて‥‥

 思って欲しかったあの御方は、私に思いを届けてくれる事はなかった‥‥

 あの女と共に生き共に逝ってしまわれた‥‥それがとても……妬ましい。

 

 あの女もあの御方が私の元へ来ている時には同じ思いを味わったのかしら‥‥

 あの御方と共に過ごし笑う私は確かにいた……それすらも妬ましい。

 

 いつからだろう、あの御方を想う私自信が妬ましいと思えるようになったのは‥‥

 

 

 気が付いた時にはこの橋に立っていて、通りを行く鬼や妖怪を妬む暮らしになっていた。

 誰も彼もが私を遠巻きにした、近づく者などいなかった。

 妬まれて快くなる者などいない、これで当然だ。 

 

 妬み始めて少しした頃、鬼の女が笑いながら私に近づいてきた。

 目障りとでも言われるかと身構えていたけれど、相手の美徳をすぐ見つけるなんて聞いた話よりいいやつだなと。豪快に笑い豪快に連れられ酒を飲まされ、文句を言っても笑い飛ばされ最終的には諦めた。その宴会の席にいた土蜘蛛やつるべ落としにも何故か懐かれてしまい、頻繁に私の元へと訪れるようになった‥‥行動的ね妬ましい。

 

 来ない待ち人を思うのには慣れていたし、待つことを苦しいとは思わないが彼女達が来て私は少しだけ笑う機会が増えた。たまに面倒であったり妬ましく思えることもあるが、少し話して笑えるならそれもいいかと思えるようになってきた。

 

 いつものように橋でヤマメと過ごしていると、見慣れない者が現れた。

 私と話していたヤマメと楽しそうに話す、見慣れない、妬ましい地上の妖怪。

 ヤマメに向かって相方だなんて、何処をどう見ればそう映るのよ、ヤマメも私のことを勝手に紹介しないでほしいわ。

 

 誰かが誰かを強く思う丑の刻参りを邪魔するなんてこの狸なんなの?

 それを楽しいと笑うこいつは誰かを思ったりすることはないの?

 楽観的だわ妬ましい。

 褒めてなんかいないのにそんなに嬉しそうに……親しそうに笑うなんて妬ましいのよ。

 またそのうちに私に妬まれに来るなんて言うけど‥‥そんな奴がいた試しはないわ、つまらないことを言わないで‥‥

 

 私の橋で優雅に煙管なんてふかしてなんなの?

 何個も煙草の焦げ跡を橋に作ってくれて風呂敷敷いて……どれだけ待っていたというの?

 それでも以前に言った通りにもう一度来るとは思っていなかったわ、それに妬まれついでのお礼とか何を考えているの?

 感謝されることなどしていないというのに‥‥

 

 私が妬ましいとはどういうこと?

 それも笑いながら言うなんて‥‥

 妬みは誰かに対して抱く思い、笑いながら言うことではないのに。

 下手な芝居はいいわ、袖を濡らすような思いなんてとうの昔に忘れてしまったもの。

 それともまた誰かを思って袖を濡らす事になる‥‥のだろうか?

 

 使うなら正しく使ってほしいわね‥‥ただただ妬むだけでは伝わらない。

 相手を理解しその上で発してこそ意味があるのよ。

 お礼の変わりにお酒だなんて‥‥言ってることは全く違うのに勇儀みたいに微笑まないで。

 その背格好で微笑まれると少し……ざわつく。

 

 

「ヤマメに続いてパルスィなんてアヤメちゃん手が早いね」

「いい女を放って置くのが悪いのよ、ぬえちゃん嫉妬? そこは妬ましいって言うのよ?」

 

 またアヤメは調子に乗って、それでもこれも正しく使えているから怒るに怒れないのよね‥‥調子がいいのね妬ましい。

 それにぬえもヤマメも笑ってないで、なにか言い返せばいいのに。

 せめてキスメのように睨むくらいの事はされて当然とアヤメは考えているわよ。

 

「でもぬえちゃんは地上でも抱けるから、続きは戻ってから。今はあたしはパルスィのモノなの」

 

「いらないわよ、ぬえにあげるわ」

 

 その姿で私にそう笑いかけないで。

 そんな風に顔を見上げて微笑まれると、あの女があの御方を見上げるように見えるのよ。

 私はそれを見つけても何も言えなかったのに‥‥

 こんな風に見られて何を言えばいいのかわからないというのに‥‥

 あの御方の声は私には届くことはなかったのに‥‥

 あの女を写した瞳と優しい笑みしか見えなかったというのに‥‥

 

「パルスィもいい女が腕にいるのよ?もう少し笑ってもいいのよ?」

「自分でいい女って言ったよ」

 

「笑う?……そうね、アヤメもたまにはいい事言うわ」

 

 何故全員が歩みを止めるの?

 そんなにおかしな事でもあったかしら?

 みんなで私を囲んで顔を覗きこんでなんだっていうの?

 そんなに可笑しい?

 引き攣っているかしら?

 

 ニヤニヤと楽しそうに……妬ましいわ。

 

 




道中BGMで一番好きかもしれません。
ボスBGMも当然好きです、どちらも何故か儚い気がして。

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