東方狸囃子   作:ほりごたつ

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今更感にあふれておりますが、新年明けましておめでとうございます。
まったり話を続けていければいいなと思っております。


~地霊組小話その参~
幕間 年かさね、話をかさね、肌かさね


 冷たい縁側に腰掛けてお茶を啜りながら空を眺める、遠く高く澄んだ夜空。両手で持った湯のみから立つ湯気が少しだけ頬に触れると、一瞬の暖かさをくれた。

 新しい年の幕開けにふさわしい雲のない綺麗な夜空だ。はぁと小さく息を吐くと煙のように広がり消えた、特に言葉はなくそのまま星を眺める。

 夏の夜空はなんとなくだが騒がしさや鮮やかさが感じられるが、冬の夜空は精悍さや雄大さを感じられて、長く見ているなら冬の夜空のほうがあたしの好みではある。

 

 しばらくの間無言で夜空を眺めていると頭にポフッと手が置かれる。そのまま手の持ち主はあたしの隣に寄り添うように立ち同じ夜空を見上げていた。あたしよりも少し華奢な手、普段は騒がしく振り回したり荒っぽい動きや誰かにイタズラするくらいにしか使われていないが、今は少し優しく暖かい手に感じられた。

 

「鐘撞きに来たんじゃないの?」

「煩悩を払うなんて勿体無いと思わない?」

 

 頭に置かれた手に向けて話しかける、会話の裏では定期的にゴォーンと大きな鐘の響く音、ここのご住職かご本尊辺りが撞いているのだろう、静かな寺にその音だけが響いた。

 もうすぐで日付が変わる頃、そうすればあちこちで新年の始まりを祝い騒がしくなるだろう。普段は夜中になると住居の灯りしか見えない人里も賑わっていた。

 

 川沿いにはにとり達河童連中の屋台が並び変な物を商品として並べていたり、あの夜雀の屋台も今日は里に店を開いていた。もう直に満員御礼となるだろう。あのいつも混み合っている蕎麦屋は並ぶのも面倒な混み具合を見せているし、向かいの団子屋や贔屓の甘味処も餅の準備に忙しそうだった。

 

 一番忙しなくしていたのは霧雨の大道具屋。松飾りを始め羽子板や破魔弓など、里の人よりも多いんじゃないかというくらいに準備して店先に並べていた。季節物の売り物なんぞ売れ残ったらゴミにしかならないだろうにと眺めていたが、里の人たち以外に妖怪連中も買っていく姿が見られた。

 

 

 日中に里の準備に追われる先生は妖怪が姿を見せる度に毎回警戒していたが、文が現れてしつこくされ最後には警戒を解き呆れていた、文の取材方法には粘り勝ちという手法もどうやらあるらしい。あんまりしつこく騒ぎ過ぎて出くわした紅白と黒白、それと一緒に来ていた元上司の萃香さんに見つかりしょぼくれていたところを捕まっていた。いい気味だ。

 紅白は忙しくなったりはしないのだろうか?

 いくら寂れていても神社なんだから新年の参拝客くらい来そうなものだが、山の巫女は忙しそうに初詣はうちへとビラを配るくらいなのに。

 

 永遠亭の小間使いが飾りを買っていく姿も見かけた。確かに永遠亭なら正月飾りも似合うしあそこのお姫様も祝い事を楽しむようなお人だ、なんら不思議な事はない。てゐ主導のうさぎ達のお餅つきでも眺めながら迎える新年はどういったものだろうか、変化をなくした人間でも新しい年は嬉しいものなのか?

 喜ぶ永琳など想像出来ないが。

 機会があれば遊びに行って一度あそこで新年を迎えてみてもいいかもしれない、新年早々難題のお年玉をせびるのも面白そうだ。

 

 ついでというわけではないが新年飾りとは縁遠いあの赤いお屋敷のメイド長も買い物に来ていて、破魔弓や羽子板を買い揃えていたがあの屋敷に飾るのかね?

 羽子板を突いて墨を塗られる姉の方とそれを見て笑うフランや美鈴、離れて見守る魔女やメイド長に司書殿。中々楽しそうでそんな風景にでもなるなら見てみたいものだ。年の瀬には吸血鬼の怨敵の誕生日にケーキを焼いて酒宴を開いていたが、あの主は結構ミーハーなのかもしれない。

 

「山の神社はうるさいし、麓の神社は騒がしい。ここなら静かに過ごせるしぬえちゃんもいるわ」

「とってつけたように言われても嬉しくないよ? アヤメちゃん」

 

 素直に旧友と新年を迎えたいと言ってみても旧友の言葉はつれないものだ。

 言葉は少し冷たく感じるが、その代わりに背中がほんのり暖かくなる。

 頭に置かれた手はそのまま肩まで下がり腕が首に回される、視界の端に夜風に揺れる黒髪と、同じく優しく揺れるよくわからない赤いなにかが映る。あたしがぬえちゃんとその名を呼ぶと必ずあたしの名前も呼んでくれる、確認するわけではないがそれが嬉しくて名を呼んでしまう。

 

「ぬえちゃんはあたしと一緒じゃ嫌なのね、また泣いたら優しくなる?」

「アヤメちゃんの本気の嘘泣きで優しくなるほどわかりやすい妖怪じゃないよ? 私」

 

「今でも十分優しいからいいわ、やっぱり」

 

 いつかあたしはぬえに素直で可愛らしいなんて思った気がするが、今のあたしも十分に素直で可愛らしくなってしまったと、自己分析してみた。旧友といえどこんな風にぬえと過ごす事などなかったし、過ごそうと思うこともなかった。

 夏に訪れた向日葵畑であたしは変わったのかもしれないと感じたが少し訂正しよう‥‥あたしは変わった、大きな変化ではない小さなものだが。

 

「ぬえちゃん、あたし変わったかしら?」

「そうねぇ‥‥取っ付き易くなったしよく笑うようになった?」

 

「前者はともかく後者は変わらないと思うけど?」

「そういう所も変わったよ、前なら嫌な笑い方しながら嫌味が飛んできたけど素直に人に聞くようになったもの」

 

 言われてみればそうかもしれない、嫌な笑い方の方はともかくとして素直に色々聞くしそれを嫌だとも思っていない。

 この寺で泣いたからか?

 大事な約束を自然に忘れるくらいの自分でも気づかない蟠り、それがなくなったからなのだろうか。なら改めてマミ姐さんにも感謝すべきか、そうだなこんな風に誰かのおかげで等と考えられるようになったのだから一言くらいいいかもしれない。

 なんとなく、今なら飾らずに言えてそのまま伝わる気がした。

 

「ぬえちゃん、ありがと」

「どういたしましてよ! アヤメちゃんどうしたの? なんか可愛いよ?」

 

「今頃気が付いた? ぬえちゃんの友達は可愛いのよ」

 

 照れ隠し。

 

 何故だろうか、言わせようとして言われるとなんとも思わないのだが不意打ちはこうなんだ‥‥照れてしまう。相手がぬえだから照れるのか、誰に言われてもこうなってしまうのかはまだわからないけれど‥‥少しか弱くなったように思える。この手も色々遊ぶのに使えるかもしれない、でも最初に使うのは鈴仙か妖夢にしよう。あの子達相手なら照れてもなんとかなる。

 

「嘘も下手になったアヤメちゃん、可愛い」

「バレバレだから嘘じゃないの、本心であたしは可愛いと言ったのよ、ぬえちゃん」

 

 嘘もばれるか困ったな、これでは馬鹿にする相手を選ばないとならなくなる。

 ここのご本尊やご住職相手ならバレても構わないがネズミ殿や一輪、村紗辺りにバレてしまうのは困る。そうか、頑固親父殿みたいに黙して語らなければいいのか‥‥無理だなそれこそ怪しまれる。

 

「可愛い姿もいいけど、見ててなんだかむず痒いよ?」

「ノミでも貰ってきたの? 毛づくろいしてあげようか?」

 

 ぬえの髪を指で梳くと柔らかな指ざわりが心地よくて自然と髪を撫でてしまうが、動いたり離れたりされることはなくそのままにいてくれる。いつかミスティアがあたしの髪を妹紅のリボンで結って遊んでいたが、遊ぶ側もそれなりに心地よいものなんだと気が付いた。

 誰かに気安く触れられるというのは存外心地よい。

 昼間に墓場で娘々にいじくり回されていたキョンシーも心地よいと感じるのだろうか‥‥さすがにそれはないか、いじる側の娘々は楽しそうだったが。

 

「そういえば、寺以外の友達。アヤメちゃんと地上で新年迎えるのは初めてかも」

「地上って‥‥あぁぬえちゃん埋まってたっけか」 

 

「正しく封印と言ってほしいわ、埋まってたのはここの船の方よ」

 

 二人で寺を見上げると少しだけ寂しい表情をしたぬえの顔が見えた。

 地底に封印されていた頃でも思い出していたのだろうか。

 あっちの友人も恐れられてはいるが一度気に入ればとことんまでという人が多い。

 中々極端な考えのばかりが揃っているが。

 他の人より目が多いけどよく周りを見ない姉や多い目を閉じて見る世界を変えた妹、それを慕う愛らしい素直なペット達。新年を祝い明るく騒ぐヤマメやキスメ、それを眺めておめでたいわね妬ましいなんて目を光らせるパルスィの姿が目に浮かぶ。 

 勇儀姐さんはそんなパルスィを見ては笑って、酒を煽っていそうだが。

 

「顔出したら? 喜ぶかもよ?」

「なら一緒に行こうよ、多いほうが楽しいわ」

 

「そうね、温泉入りに寒いうちに行きましょ」

 

 遊びはみんなで楽しくか、いつか紫も言っていたな。

 神社の鳥居を見上げていたら藍からお叱りを受けた時だったか。

 確かにあの晩は楽しかった、赤く輝く月が綺麗で珍しく食い散らかしてあたしも紅く染まってしまった。あの時は紫に口を拭われたな、幼い頃の藍や赤子だった博麗の巫女にも同じようにしていたのだろうか、母親でもないというのに。

 この時期は寝ていて姿を見せないが来ないとわかっていると少し寂しく感じられるのは何故だろう、面倒事しか持ってこないというのに。あの厄介な管理人の従者達は面倒事に巻き込まれてもなんとも思わないのだろうか、困り顔の橙をあやす藍の姿が見えた気がした。

 

「機嫌いいのね、尻尾揺れてる」

「大好きな友達に抱きつかれてるからね、気分いいわ」

 

 少しだけ回された腕に力が入るのを感じた、背中にかかる重みが増え心地よい。

 あたしとぬえとまとめて尻尾で巻くと真冬でも暖かく感じられ、こういうのもいいなと思った。

 これだけ長く体をくっつけているのも何時ぶりだろうか。

 外の世界で出会って一緒にいた頃以来か、思えばあの頃からぬえはこうだった。

 昔の事か‥‥いつかアリスの所で見た夢のあたしも今の気持ちを感じていたのだろうか。

 

「いつの間にか新年みたいよ、鐘が聞こえなくなった」

「本当だ、明けましておめでとう。またよろしくねアヤメちゃん」

 

「明けましておめでとう‥‥ぬえちゃん、今年もよろしく」

 

 鐘の撞かれる音がなくなると、かわりに人里のほうが騒がしくなってきていた。

 もう少しだけここで過ごしたら次は里の騒ぎに混じりに繰り出してみようか、きっと今年も楽しいはずだ。 


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