東方狸囃子   作:ほりごたつ

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あいも変わらず続きものです。
珍しく戦闘描写があります。


第三十七話 縞尻尾の長い夜 ~四杯目~

 綺麗に整えられた庭園から眺めるお月さんも趣があって良い。

 縁側に腰掛け見やると一枚絵のような静の風景の中に少しだけ見える動の景色。

 風に揺らされて小さく葉を鳴らす竹林。

 水面に月を落としもう一つの月を描く池も、ときたま吹く風に揺らされてその月見窓を不意に歪ませている。

 そんな月の水辺に佇む月の頭脳とお姫様。

 いやいやこれは良い風景を収められた、たまには他人の悪巧みに乗ってみるのもいいものだ。

 

 素晴らしい風景を眺めながらであれば、どんな安酒でも質の悪い煙草でもうまくなろうものだ、これだけでも呼ばれて来た甲斐があった。

 しかし本番はこれから、今夜は特別な月夜になるはずだ、きっとこの風景よりも素晴らしいものを拝めるに違いない。誘ってくれた事に感謝しないと、まさか朝の目覚めと寝起きの茶以外であの性悪ウサギに感謝する日が来ようとは思っても見なかった。

 

 ~毎日毎日何もせずに過ごして暇じゃないか?

  たまには一緒にイタズラ仕掛けてみないかい?

  それも今回はとびっきりのイタズラさ

  なんといっても主犯はあたしじゃない。

  あの月の頭脳が仕掛けるとびっきりのイタズラさ。

  近くで見たいと思わないか?

  おぉ顔つきが変わったね。

  いつもの眠い顔じゃない心躍るおもちゃを見つけた子供みたいだ。

  そうそうそれでいい。

  何をするのかは細かくは聞いてないよ。

  聞いたのはうちの姫様と鈴仙の為にちょっとしたイタズラをするって事だけ。

  少しの見物料は払ってもらうけど、一等席にちゃんと道案内するウサ~

 

 数日くらい前に唐突に聞かされたイタズラ大好きな兎詐欺からの誘い。

 普段ならこんな事を言ってくることなどはない。

 あたしがイタズラを仕掛けることなどないとわかっているから。

 てゐのイタズラにかかった獲物を眺めて笑う事はあっても、一緒になって何かをすることは今までなかった。

 

 ところが今回は話がちがう。

 あの八意永琳が自ら手がける大仕掛けだ、今回これを見逃しては後々後悔するとあたしの小さな好奇心が反応してくれた。

 何をしでかすのか?

 どんなものなのか?

 事の成り行きはどうなるのか?

 そんな事はどうでもよかった、なぜならあの八意永琳がイタズラするのだ。

 身内以外はどうとも思っていないあの女医が何を思って仕掛けるのか、それがとてもとても楽しみでたまらなかった。

 

 期待に胸踊らせて話題の女医を眺むと、その顔は空から主へと向き直っていた、何やら空を見上げながら怪しい術式を施していたが終わったのだろう、この身に浴びる月光が心地よいものに変化している。

 眺め見上げるしか出来ないものを変質でもさせたのか、やはりあの従者はただの医者ではなかった。

 姫様が永遠のお供とするのもわかる。

 二人も屋敷に戻ったようだしあたしも屋敷へと戻るとするか、お月様のおかげで周りも少しだけ騒がしくなってきた、舞台は整ったらしいし、後はこれから起きるだろう素晴らしい事に期待してゆっくり眺めることにしよう。

 

~少女移動中~

 

「どうだった? 師匠の手がけたイタズラ。悪くないだろう?」

「そうね、素直に来てよかったと思うわ。輝夜もてゐも楽しそうだし」

 

 煙管を携え一服中。

 会話の相手は今夜あたしをエスコートしてくれた幸運の素兎、因幡てゐ。

 今は今夜のデート相手であるこの兎と優雅に屋敷で休憩中だ、デートと言ってもお月見とはいかず屋敷の廊下に座って語らうデートだが。

 それでも今夜は場所など関係ない、今ならてゐにこの身を委ねてもいいとさえ思える。

 

 ぐうたらなあたしにわける幸運なんてないと言うが、今夜はまさしく幸運だ、いままでくれなかった分をまとめて寄越してくれたと思えるくらいにいい夜だ。何をしたのかは知らないし興味もないが、月が気持ちよくなり、あの永琳が真剣な眼差しを見せた、紛うことなき良い夜だ。

 

「それで、来るかわからないお客様はいつ御持て成しすればいいのかしら?」 

「慌てるなんてらしくないね、そのうち来るし来てから考えればいいのよ」

 

 今回の見物料。

 永琳のイタズラに釣られて訪れるだろうお客様を屋敷で一緒にもてなしてほしい。

 一言でいうならこんなところだ。

 実際にあの月を見るまではどんなお客様が来るか想像も出来なかったのだが、あれを見た今は少し予想出来ている。

 

 紫が来る。

 それも本気で。

 

 あの月自体はとてもいいものだ、見て美しく浴びて心地よい。

 まるでいつかの赤い月のよう、あれよりも随分と影響力を感じないのは永琳がそうしなかっただけだろう、まぁ今はそれはいい。

 贅沢を言うならば満ちすぎているくらいか、満月もよいがあたしとしては欠けたお月様の方が好みだ。風情がある。なんて見た目の話も今はいいか、問題はあの月の放つモノなのだし。

 魔力。

 今お月様より降り注ぐのはソレだ。

 あたし達妖怪の妖気や神様連中の神気、稀な人間の放つ霊気とは少しちがうが、少しだけでも十分に効果のある魔物や魔女の力。

 ちょっとぐらい浴びるだけなら気持ちが昂ぶり心地良くなる程度のものだろうが‥‥それがいつまで続くのかが問題だ。月が入れ替わり魔力を流すようになってすぐ、夜空に輝くお星様たちが動きを止めた。星が流れないということは空が流れないという事だ、つまりは夜が流れない、心地よい魔力の波動がいつまでも終わりなく降り注ぐ夜。 

 

 そんな終わりのない高揚感をこの幻想郷の妖怪達が耐えられるだろうか?

 力のある者なら問題ないだろう。毎日心地よく過ごして終わりだ。

 だが、魔力にアテられ魅せられてしまうような木っ端妖怪では到底耐えられるものではない、気が触れて暴れるようになるだろう。そうしてそのまま耐えられない妖怪達は幻想郷のルールなど忘れ去ってその気分のまま人を襲い、肉を食らう。

 人が減れば思いも減る。

 そうしてそれが長引けばこの幻想郷の危ういバランスが崩れ……

 幻想郷が幻想になる。

 あたしでも思いつく簡単な結論だ、あの紫が思いつかないわけがない。

 ならどうするか?

 その身の全力で原因を探り全霊で解決に当たるだろう、多少の死などお構いなしに。

 当然博麗の巫女やあの黒白の魔法使いも異変解決へと動くだろうが今回は規模がちがう、他にもお客様が増えるかもしれない、紫に関わりある者やこの月が目障りに映るような者達が招待状なしで訪れてくるはずだ。

 

 思いつくお客様を思い浮かべてみれば、どれもこれも厄介なお客様しか浮かばないが、今夜はそんなお客様を御持て成しせねばならない。高い見物料に思えるがまあいいだろう、風景を楽しめたし輝夜からも珍しくお願いねと言われてしまった。古い友人の頼みだ、断る理由はない。

 友人から頼られる事などまずないんだ、たまには役に立ってやるのも一興。

 

「てゐ、何かないの? 暇よ」

「まぁ見てなって。そろそろ面白くなるウサ」

 

 不満をぶつけるとこちらも見ずに何かを指さすてゐ。

 何があるのかとちっちゃなお手々の先に目を向けると、廊下の壁が奥へ奥へと下がっていき終いには見えなくなった、どこまでも床と襖が伸び続け奥には暗い闇しか見えない、これも永琳のイタズラの一つなんだろうか?

 答えを聞くようにてゐへ視線を戻すと、静かに答えを教えてくれた。

 

「これは姫様のイタズラ、なに、少し屋敷を広げただけさ」

「大工いらずで便利なものね」 

 

 輝夜の能力というと『永遠と須臾をあやつる程度の能力』ってやつか。

 新しい物が始まらず終わりを迎える事もない永遠と、誰にも認識される事がない須臾の時間を操る、輝夜らしい大袈裟で小難しい能力、それを使って屋敷を広げたというがあたしにはこれは認識出来ているしてゐも認識している。

 ならこれは終わりのない、永遠に部屋へとたどり着けない永い廊下ってところか、さっきまではいつも通りの廊下だったが、いきなりこうなったということは‥‥そうせざるを得なくなったという事だ。

 

「来客かしら?」

「そうみたいね、あたしはお客様のお迎えに行かないと」

 

「てゐ、年上が減るとあたしが年寄り側になるわ。それはイヤよ?」

「長生きには自信があるから大丈夫、いざとなったらとんずらするウサ」

 

 両手を頭の後ろで組んで足を投げ出しながら歩く妖怪兎の背中に声をかけると、いつも通りの調子で言葉が帰ってきて少し安心出来た。

 そのまま闇に吸い込まれながら小さくなる背中を見送り、煙管に葉をこめて煙をふかした。

 

~少女起動中~

 

 闇に消えたてゐを見送り静かな廊下で一人煙管をふかしていると、てゐの消えた方向とは別の闇からこちらへ向かい歩いてくる音が聞こえる。

 御持て成し相手は誰かしらと、音の方へと視線を向けると少しずつ姿がはっきりとしてきた。

 

「誰かと思えば、人里の人形遣いさんか」 

「魔法の森の人形遣いよ、何故ここにいるの?」

 

「お客様の御持て成しを頼まれてね」

「そう、なら案内してくれる? 魔理沙とはぐれて困っているの」

 

「あっちの心配は大丈夫よ、運が良くなってると思うから」

「なら私は不運ね、あなたじゃ道も尋ねられない」

 

「そうね、かわりにお喋りを楽しめるわよ?」

「あなたと話すと調子が狂う。魔理沙と合流させてもらうわ」

 

 互いの言葉を言い終えると人形遣いが構えを取る、しかし思っていたものとは少しちがう。

 スペルカードの枚数指定もないし、あたしにそれを聞くような素振りも見せない。

 周囲に浮かぶ三体の人形と同じような無機質な表情で構えて動かない。

 

「楽しく華麗に弾幕ごっこ、という雰囲気に見えないわ」

「あなたもわたしも人じゃない、ならこっちの方が手っ取り早い」

 

「そうね、でもいいの? 怖いスキマに怒られるわよ?」

「私と知られなければ怒られる事はないわ、それにここなら見つからない」

 

 ふむ、どれも正論だ。

『妖怪同士の決闘は小さな幻想郷の崩壊の恐れがある。』

『だが、決闘の無い生活は妖怪の力を失ってしまう』

 なんて紫は言っていたが、バレなきゃそんなものわからないか。

 今のこれを察知出来ているなら今ココにスキマがないわけがない。

 

 一つ、妖怪が異変を起こし易くする。

 一つ、人間が異変を解決し易くする。

 一つ、完全な実力主義を否定する。

 一つ、美しさと思念に勝る物は無し。

 

 とも言っていたがあたしが起こした異変じゃないしあたし達は人じゃない。

 ならどれにも当て嵌まらないか、中々言うじゃないか。

 そこまでして先を急いであの黒白にたどり着きたいのかね、あまり入れ込むと後で泣きを見るのは置いて逝かれる側だというのに‥‥

 

「可愛くて仕方がないのか、タダの世話焼きなのか」

「何が言いたいかわからないわ」

 

「わかるわ、自分の事って理解しにくいわよね」

「もういいわ。もてなしてくれるならお願いがあるの。死んでくれる?」

 

 言葉と共に人形達に命が宿る。

 アリスの左右に浮かんでいた二体が両の手に槍を携えて不自然な軌道を描きながらアヤメの眼前へと迫る。

 迫るそれを薄く笑ったまま迎えるアヤメだが構えて見せる事はない。

 体に触れる事なく逸れていくことがわかっているからだ。

 鋭い輝きを見せる槍がアヤメの両側から迫るが狙いの体を槍が貫く事はなく、人形達の体ごと左右に弧を描いて逸れていった。

 

――狙いが外れた? いや狙い通りに動いてズラされた? そういう能力?

 

 操者であるアリスがそう命じない限り人形が狙いを変えることはない。

 ならばアヤメの能力によって動きを変化させられた、アリスの考えは正しかった。

 だがアリスに次の考察をする時間が与えられることはなかった。

 アヤメから逸れて、何もない宙へと向かう人形にアリスが一瞬視線を動かした隙に、アヤメが床を這うような低い姿勢で迫っていた。

 警戒を取り戻したアリスが視線をアヤメに合わせると見上げるアヤメと目が合う。

 目が合っても表情は先程の笑みを浮かべたまま。

 薄い笑みがブレると視界にアヤメの背とブレた縞柄が映る。

 それを認識した時、アヤメの尾がアリスに向けて振り抜かれる瞬間だった。

 

――受けるのはマズイ

 

 アヤメを認識した瞬間に残していた人形をアヤメと交差する宙へとねじ込む。

 それに構わず尻尾が振りぬかれると人形が無数の部品と布切れとなり飛び散った。

 破砕された人形の破片を避けるよう片目をつぶり顔と首を腕で庇う。

 その瞬間にまたアヤメを見失う。

 

――消えた、何処に?

 

 消えてなどいなかった。

 回転し尾を振り抜いた勢いを殺すため、煙管を床に刺し強引に勢いを殺し屈んでいた。

 その場に残るアヤメにアリスが気がつけた瞬間、アリスの視界がブレた。

 煙管を軸に周り、再度勢いをのせた尻尾がアリスの右腕を撃ちぬいたのである。

 吹き飛び奥の襖へ衝突する事で止まるアリス。

 勝負は一瞬かと思われたが衝突し抜いた襖から抜け出すようにアリスは立ち上がった。

 アヤメの狙いは首を庇う腕。

 隙だらけの腹や足ではなく防御の姿勢にあった腕だった。

 

「ツゥ‥‥何のつもり?」

「加減される気持ちを知ってもらおうと思って」

 

 折れたのか、右腕をダランと力なく垂らしてアヤメに殺意を向けるアリス。

 対するアヤメは振りぬいた尻尾を軽く振り煙管を口に宛がっている。

 表情は変わらぬままだ。

 

「気に入らないわ、舐めないで」

「そうは言うけどもうボロボロよ?」

 

「舐めないで、と言ったの」

 

 言葉と同時にアリスの瞳がオレンジから深い緑へと変色する。

 変色しきると暗い光を灯らせる、瞬間周囲の空間がかすかに揺らぐ。

 揺らぎが大きくなると共に周囲に人形達が召喚され展開されていく。

 数え切れないほどの武装に人形がアリスを守るように広がりその空間を埋めていった。

 

「もう一度言った方がいいかしら?」

「言われてもやめないわ、死にたくないし殺しはしない。後で怖いから」

 

 誰に似せているのかアヤメの物ではない胡散臭い笑みをアリスは冷たく睨む。

 睨んだ瞬間に武装人形の武具が一斉にアヤメに向き人形達が突撃した。

 アヤメの数倍に及ぶだろう人形の軍勢がそれぞれの獲物に殺意を込めて迫る。

 だがアヤメは先ほどと同じように余裕を見せたままで、動こうとはしない。

 

――あの能力、まずはそれを見極める

 

 槍を構えた人形達をアヤメの心臓一点に向け走らせる。

 けれど人形達が互いに当たらぬよう花開いたように周囲へ逸れていった。

 花開く人形達に合わせるように両手に剣を構えた人形達がアヤメを囲う。

 まるで人形で作ったドームのよう、そのまま中央のアヤメへと突撃するがドームのままに突き進むそれも、さきほどと同じく開花するように外へと逸れてしまった。

 

――同じ動き、あいつから弧を描き逸れていく

 

 一つの答えを導き出したがそこからが本番。

 まだ仮説を立てただけで正しいかはわからない。

 そうだった場合の攻略法を思いつかなければならない。

 出来る事考えつく事を試していくしかアリスには出来なかった。

 思考を整え冷静さを取り戻す。

 まずは発動を見極める、逸らすで正しいのか。何を逸らすのか。

 意識せず常に逸れるのか。狙った物だけを逸らすのか。全てを逸らすのか。

 

 散れ、と人形達に命を下すと表情のない人形がアヤメの全周囲へと奔り浮かぶ。

 まずは数体、先ほど避けられた槍の人形三体を奔らせた。

 真っ直ぐにアヤメに向かうと一体は今まで通りに逸れる。

 一体はアヤメの足元へと突撃し、残りの一体はアヤメの肩の上を真っ直ぐ抜け尾で破砕された。

 地に突撃し体のほとんどを埋めた人形をアヤメは見ることもなくパキャンと踏みつぶした。

 

――やはりそうなのね

 

 さっきまでの一方的な攻防にみえる行動だったがアリスはここから答えを探していた。

 まず『逸れる』は概ね正しいという事。

 心臓狙いは逸れて最初から狙いを外していた二体はそのまま、『外す』や『ズラす』であれば三体とも狙いを外すかズラされているはずだろう。

 次に肩を越え破壊された人形、これも狙いを外さずに『真っ直ぐ』進んだ。

 曲げられたり弾かれた様子はなかった。

 最後に埋まる人形、これも狙い通りアヤメの足元へ突撃した。

 これらの点を踏まえて考察すると、この場で起こされる現象は『逸れる』という言葉が当てはまるだろう、アリスはそう結論づけた。

 眼前で余裕を見せつけるつもりなのだろう煙管をふかし煙を漂わせるアヤメへと、答えを得たという思いを込めアリスは睨む。

 

「謎解きは済んだ? 人形遣いさん?」

「ええ、加減してくれているおかげで」

 

「そう、じゃあ答え合わせをしないとダメね」

 

 言葉と共にアヤメの姿がブレて、周囲の人形が五体をバラされた。

 愛らしい人形から壊れた部品の姿へと変えられていく。

 尻尾を振るいその勢いのまま煙管も振るうとアヤメの周囲で警戒していた人形が砕け爆ぜた。

 破壊された人形で動ける物を盾にしアリスは陣形を整える。 

 アリスの周囲に配置し外敵から身を守るよう、アヤメを見失わないように隙間を空けた陣形に組み変え展開させる。

 

「あたしは殺されるんじゃなかったの? 守っているように見えるけど」

「すぐに殺す、今ではないだけ」

 

 アリスの精一杯の強がりから出た方便。

 能力や作用はある程度目星をつけたが突破する方法が思い浮かばない。

 そもそも考察通りなら人形での攻撃や物理的なダメージのある魔法は逸れていく。

 攻め手のないアリスの思いついた精一杯の精神攻撃だったが・・・強がりからの方便などアヤメに効果があるわけがなかった。

 

「じゃあいつまで待てばいいの? 異変の終わり?」

「それでは‥‥意味が無いわ」

 

 アリスは現実に引き戻され焦りを感じた。

 今は異変中、それも異変の中心部でパートナーとはぐれた状況だと。

 睨み合いを続けていられるほど時間の余裕などもない。

 それに思考の隅の追いやっていたが不意に意識を呼び起こされたからか、共に異変解決に出たパートナーの無事が気になり始めてしまい心の余裕もなかった。

 

「普段見せない表情ね、あっちは運がいいから大丈夫と言った気がするけど」

「あの子は悪運ばかり強くて安心は出来ないわ」

 

「フフッなんだ、面白い事も言えるんじゃない」

 

 クスクスと笑い煙管の火種を落とすアヤメ、その瞬間煙が立ち上りアヤメが増える。

 四体に増えたアヤメがアリスの人形壁へとおもいおもいに奔りだした。

 突如複数に増えた狡い難敵に一瞬戸惑いを見せるも警戒は解いていない、人形へ送る魔力を滾らせると反撃に移る。

 二体のアヤメは人形を気に掛ける様子なく真っ直ぐにアリスへと向かい、もう二体は空間を利用し壁や天井で反射しながらアリスへと迫る。

 アリスの人形達の間合いに近い二体のアヤメには攻撃の意志を込めた人形を配し、盾を構えた残り僅かな人形を周囲に展開し反射し迫るアヤメへと構える。

 

――どう来る?

 

 まずは間合い近くまで迫る二体、人形など見えていないように突貫してくるアヤメを迎え撃つように剣と槍を突き立て抗う。

 しかし、剣も槍も無視しそのまま突撃するアヤメ。

 多数の人形達の獲物をその全身に受けハリネズミになると人形もろとも大きく爆ぜた。

 

――自爆!?    

 

 予想できないことではなかった、アリスも人形を自爆させ攻撃する事があるからだ。

 だが予想は出来ていなかった、分身といえど自分と同じ姿の者をなんの感情もなく爆破させるとは思わなかったのだ、悪趣味だとアリスはアヤメを嫌悪した。

 しかし手駒のほとんどが潰され残る手勢は防御用の盾人形のみ、ただでさえ少ない攻め手をさらに減らされたがアリスはここで攻め手を打つ。

 

 まずは、移動。

 目的地は地に埋まったままで肩だけが踏み潰された、まだ使える人形の場所。

 アリスの描く攻め手とはアヤメにやられた攻め手、自爆狙いだった。

 とはいってもアリス自信が分身のアヤメのように自爆するわけではなく、埋まり動けないように見える人形を自爆させる手だ。

 アリス自信も傷つくが位置取りで最小限に出来るし覚悟も防御も出来る、不意打ちになるアヤメよりもダメージは少ないはず。

 インドア派で肉体的に強い方ではないアリスにしては随分と物騒な攻め手だった。

 

――まずは釣り出す

 

 移動を開始するとともに防御人形を一体のアヤメに向け展開する。

 アヤメの性格を逆手に取る動きだった、あの性格の悪い狸ならこの人形も破壊し更にアリスに力の差を見せるだろう、と。

 盾を構え突進行軍する人形達、一体のアヤメに触れるとアヤメと人形達が合わせて爆ぜてアヤメだけでの爆発よりも大きな炎となった。

 アリスはこれを予想し動くが、アヤメは盾を捨てた敵対者に一瞬惑ったために速度を落とす。

 移動のための一手を成功させ無事目的地へと到達した。

 

――もう一度釣り出す

 

「まるで私が予想外の事でもしたような顔よ? 一杯食わせることができたのかしら?」

「予想外だけど想定外ではないわ、少し関心しただけ」

 

「関心?」

「意趣返しなんて面白い事をするな、と」 

 

「ならもう一つ見せてあげる」

「じゃあ期待するわ」

 

 余裕のある言葉を吐き終えるとアヤメがふわりと舞い空中からアリスへと突貫する。

 

――釣れた

 

 ここまではアリスの狙い通り、最後の詰めを誤らなければ勝てる。

 小さな確信を得ると爆破への覚悟を済ませアヤメに対して身構えてみせる。

 アリスの構えを気に留めず速度を増してアヤメがアリスの眼前へと迫り煙管を振りぬく瞬間。

 

 床に埋まったままの人形が輝きとともに爆破された。

 

~少女爆破中~

 

「仕留めきれた?」

 

 立ち上る爆破の煙の中一つの声だけが響く。

 爆破の瞬間に自信の防御へと魔力を回して爆心地にいながら直撃を避けてみせたアリスだ。

 だが直撃を避けたとはいっても防ぎきれず、垂れ下がった片腕は全てが血濡れで、その身に纏う青い洋服も血を滲ませている。

 しかしその身を犠牲にした攻撃は成功したらしくアヤメの姿は綺麗に消え去っていた、血を飛び散らすこともなく。

 なにかおかしい、アリスが違和感に気が付いた瞬間。

 

「もう少し自愛の心を持つべきよ」

 

 アリスの腰に方手を回し首すじにも片手を添えて、まるで無傷のアヤメが現れた。

 

――無傷? そんなはずは? 何故?

 

 覚悟を決め魔力を防御に回したアリスですら血を流さねば耐えられないほど至近距離での爆破。

 それなのに爆破の瞬間まで防御する素振りなく完璧な不意打ちとなったアヤメが無傷で今アリスの首に手を掛けている。

 傷つき消耗したアリスの思考ではうまく考察しきれなかった。

 

「答え合わせ、ハズレね」

 

 アリスの細首を掴む手に少しだけ力を込めると、アリスは一瞬の抵抗を見せるがすぐに気を失い力なく崩れかかる。

 糸の切れた人形のようなそれを抱きとめると、優しく床に寝かせて静かに離れアヤメは永く続く廊下の闇へと紛れていった。

 

~少女帰想中~

 


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