東方狸囃子   作:ほりごたつ

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さらに続いてしまいました、そしてまだ続くようです。


第三十六話 縞尻尾の長い夜 ~三杯目~

 竹林と人里の間で始まった妖怪の営む屋台で飲み語らう妖怪の宴会。

 その宴会は話題をコロコロと変えながらまだまだ続いている。

 時には昔の馬鹿話をしてその場の者達全員で笑ったり、時にはほんの少しだけ真面目な話をして一人の縞尻尾が細くなってみたり、取り留めもない話から昨今の妖怪事情、幻想郷事情など、彼女たちには酒の肴になれば何でも良かったのだろう、ジャンルを問わずに話しては盛り上がっていた。

 

 そんな少女達の風景に少しの変化があった。

 時間も随分と進んで時計の針が天辺から二回くらいは動いた頃に起きた小さな変化。

 夜の歩みと共に気温も下がってきて、少し前から冷酒から燗酒へと変わっていたようだ、屋台のおでん鍋とカウンターに並ぶお猪口からは薄っすらと湯気が立つようになっていた。

 暖かなお猪口を空けていく少女達。肴も随分前に出揃っていて、今は女将も屋台の長椅子へと移っており、小さな屋台の席は全て埋まることとなっていた。

 だらだらと飲み始めてから数時間、それでも雰囲気は相変わらず姦しいままで人妖どもの飲み会は続いていたがその風景にはまた変化が訪れていた。

 狸が二人に夜雀一人。

 しばらくはこの絵が変わらないままで騒いでいたのだが、いつの間にか頭数を一人増やしていて四人での酒盛りとなっていた。年の瀬も迫り寒さも厳しくなってきたこの時期に急激に需要が増える炭、八藤丸印の炭を里へと卸していた人間が里で過ごしたその帰りに顔を出してそのまま合流、という形だ。

 

 丁度話があたしの方に流れ始めた頃に合流してくれて助かった、少し前に昔話をしたものだから他にもなにかあるじゃろ? と姐さんに言い寄られて逃げ場を探していたところだった。

 これはいいところに来てくれたと、都合よく姿を表した友人に新しい話題を提供してもらう事にした‥‥のだが、どうやら現れたのはあたしを救う正義の使者ではなく、あたしをさらに追い詰める悪の幹部であったようで、意地悪な笑みを浮かべながら言い寄ってくる相手が増えただけになってしまった。

 ここへ来る前に里で一杯引っ掛けてきたのか、いつもよりも饒舌なその友人。あまり飲み過ぎて調子に乗ると頭が痛くなるわと言っても理解されず伝わることはなかった、後で告げ口してやろう。

 さすがに三対一では分が悪すぎる。

 そろそろあたしも聞く側に回りたいと思い皆の気を逸らし話を流そうとしてみたのだが、女将と妹紅はウマイこと気が逸れてくれたのに、隣に座る姐さんだけは雰囲気が変わらない。

 あたしの頭が上がらない相手だとしても、能力が効かないというのはそうはない、マミ姐さんでも無効化は出来ないはずだ、だというのに何故効かないのか、不思議なので様子を見てから聞いてみることにした。

 ついでに言っておくと、あたしの能力が効かなくなるのは今のところあの鬼の方の姐さんくらいだ。

 もっとも、あの鬼の姐さんの場合は効かなくなるというよりも姐さんの能力であたしの能力をぶち抜いてぶん殴るといった、無効化に近い力技だが。

 

 うまくあたしから気が逸れた女将と妹紅が二人で何か盛り上がっている時に、二人には気付かれないよう小声でマミ姐さんに少し聞いてみた。

 儂はアヤメを煽っているだけで話を聞けるか聞けないかはどうでもよい、だから気が逸れないんじゃろうなんて笑って言われてしまった。

 話が聞けるかなど本当はどうでもよくてあたしを気にはしていなかったのだ、逸れるものなくては逸らせない。

 簡単な話だった。

 スッキリと謎も解けて、二人で盛り上がっている妹紅達の話に聞き耳を立ててみると、どうやら妹紅炭の話で盛り上がっているらしく、ウナギ焼くのにもいいんですよなんて女将が言っていた。

 妹紅が焼いた炭だから妹紅炭。

 からかってもこたんと可愛く言ってみたことがあるが、本気で嫌なものを見る目で両腕には炎を宿したので、素直に謝り難を逃れたことがあった。

 あたしも以前に売り物にならない小さなもこたんを譲ってもらったことがある、高温で焼かれただろう固く、火のつきにくい竹炭だが一度火が付けばゆっくりと燃えて長時間保つ良い炭だった。

 まぁ、あたしの場合は燃やさずに和箪笥に着物とともに入れ込んで臭い取りと防虫に使っているが、その方面でも良い効果を得られているようで、もこたんが人気になるのもわかる気がした。

 結構な上品のもこたんだが、人里でも女将と同じように調理や風呂などの生活など広く使っているらしく、特に寒さ厳しいこの季節に長時間保つもこたんは風呂焚きで大活躍しているそうだ。

 そんなもこたん話で姦しくしていると、外の世界では炭も火もなく勝手に湯が出てきたりと便利になっとるよ、と姐さんからポロッと外の世界の話が出てきた。

 あたしも幻想郷に来る前は人間の生活を見ていたが、あたしが知っているのは幻想郷とほぼ変わらない生活模様、炭も火も同じように使われていた。

 姐さんの言うものは知らないし、それがどういった物なのかと少し興味を持った。

 

「撚るだけで湯の出る蛇口に、撚るだけで火起こし出来る調理台ねぇ。まるで魔法か妖術ね」

「人間は科学と言っとった。ほれ山の河童のあれに近い、河童連中のよりも特化しててな。それにしか使えない物も多いが便利な物ばっかりじゃった」

 

「普通の人間がそんな事出来るなら、あたしはただの長生き人間になっちゃうわね」

「さすがに道具なしで火は出せないと思うけど。それとその話題はもう話したわよ、妹紅さん」

 

 そうなの?

 という視線をあたしに向けるが、あたしはそれを話題にする事は出来なかった、また要らぬ喧嘩を売られては身がもたない、その話題は華麗に避けて別の物へと目を向けた。

 話をさっきの外の世界に戻し聞くと、外の人間たちは以前に山の神様が仰っていた新しいエネルギー源を使い、普段の生活を格段に便利にしているとの事だった、あたしが外にいた頃は電気が新しいエネルギーと言われていた、エレキテルを見つけてそれをどうにか制御し使えないか悩んでいる者を笑っていた時代だった外、たかだか数百年でそうも変わるものなのかと不思議に思った。

 

「そうじゃな、電気も作り方が色々あってな、燃やして作ったり水で作ったり。自分達で作ったのに制御出来ずに事故を起こして石の棺で閉じ込めて放置しての、時間任せで後始末出来てない。そんな変なのもあるのぅ」

「最後のはともかく、火や水から電気ねぇ。あたしが消されかけた蒸気機関ってのもそんなやつなのかしらね」

「アヤメさんが消されかけたって‥‥あああの大きな樽の実験?」

「蒸気なんて茶釜でお湯でも沸かしたの?」

 

 それはちがう狸さんだと一言で流しておいて、もう片方は放置した、思い出したくもないからだ。

 それよりも外の技術は色々あるんだなと、ひと通り関心していると姐さんが懐から何かを取り出した、くすんだ金属で出来た小さな鍵のように見える物、のこぎりのようにギザギザとした面とつるりとした面がある物だ。きっと外の世界の物だろうが、なんの鍵なのか判らずくすんだ銀色の鍵を見ていた。

 

「これも人間達が科学で作った物の一つでな。『軽トラック』という乗り物を動かすための鍵じゃ、人が二人乗れて後ろに荷台の付いた鉄の箱。それをエンジンという小型の動力機械で走らせる。便利な物の鍵なんじゃよ」

「けいとらっくねぇ。それにえんじん?動力ってことは馬や牛の変わりかしら?でも鉄の箱なんて錆びるし重いし不便そうね」

 

「それがの、特殊な塗料のおかげで風雨にさらされても錆びにくくエンジンの力だけで軽々動く。歩きや馬より早く遠くへ行くこともできる便利な物じゃった。欠点を上げるとするなら操作に慣れがいる事かのぅ、儂も動かした事があるが難しくて海に沈めてしまったわぃ」

「器用なマミ姐さんでそうなのにそれを人間が操るのね、ホント脆弱な癖に変なとこだけ賢いわ」

 

「脆弱だから賢いんじゃよ」

 

 狸二人で話していると女将と妹紅は静かに何か考えていたらしい、女将のほうはそんな便利なのがあれば屋台の移動も楽出来ると笑っていたが妹紅の方は昔を思い出していたそうだ。

 妹紅の思い出す乗り物なんて牛車か姫様くらいだろうに、後者は乗り物というより乗ってから上で暴れる物だが。

 

「乗り物といえば初めてアヤメを見たのは父上の牛車の中からなのよね」

「そんな事言ってたわね、あたしは見たのに覚えてないとかひどいって。妹紅だと知らなかったし気にもしてなかったもの、覚えてなくても仕方ないわよ?」

 

「いやそれはいいんだけどさ、その親分さんの沈めたって海のほうよ。海なんて聞いて懐かしいなと思ってさ」

 

 そういえばそうだった、幻想郷には海はない。

 あたし達は外出身で疑問に思わずに聞いていたが、女将にはわからない事かもしれない、そう思って女将を見たが特に疑問を持っているような顔ではない。

 きっとそこは女将にとってどうでもいいところだったのだろう、興味を持ったものに対しては強い関心を示しそれ以外はどうでもいい、その辺りは人に関わりながら暮らしていても変わることのない、女将の妖怪らしい面だろう。

 海なんていつ以来見てないのだろうか?

 海のような三途の川はいつでも見にいけるが、本物の海はこっちでは見られないだろうなと思うと少し残念に感じられた。

 海の幸は食べられなくもないのだが、あのスキマ妖怪にお願いでもすれば。

 あたしが幻想郷で鯛やヒラメを食べたのはいつだったか……不意に目が合った妹紅の顔を見て思い出した、あの終わらない夜の異変後、解決した後に馬鹿騒ぎする宴会での食事で食ったのだった。

 

「なに?そんなに見つめて?」

「いや、海の話から思い出したのよ。いたずら好きのうさぎさんの口車にノッてしまったせいで巻き込まれた異変の事」

「思い出しついでに話してみぃ、次に焦がされたのは巫女か? 魔法使いか?」

「魔法使いではあるけど、モノクロじゃなくて青金? の魔法使いだったわ」

 

 永遠亭が人里と交流を持つようになり幻想郷との関わりを始めた時のお話、天才医師が己の仕える姫様の為に起こした月がおかしくなった異変を思い出し始めた。

 

~少女回想中~




軽トラ便利です。

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