東方狸囃子   作:ほりごたつ

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前回からの続き物です。




第三十五話 縞尻尾の長い夜 ~二杯目~

~少女回想中~

 

 昨晩も深酒して帰宅、着ている物を脱ぎ散らかしいつものように生まれたままの姿で布団へと潜り込んだのだが‥‥普段では当然目覚めない時間に目が覚めた。

 今朝のあたしは華奢な膝も立派な縞尻尾も両手で抱えて、まるで冬眠中のリスかのように丸くなっている。今縦方向の回転を加えられ転がされたならばそれはそれは素晴らしい勢いで遠くまで転がって行くことだろう、それくらいに丸い。

 こう丸くなっているのも毎年寒い時期のあたしの姿で、すっかり慣れてはいるのだがそれでも寒いものは寒い、雪山の登山中に遭難してしまうとあまりの寒さから眠くなっていくというが、それは嘘だとあたしは思う。

 あまりの寒さでたった今眠りから叩き起こされたのだ、現在進行形で自宅で遭難しているような寒気を味わっている。

 

 あの霧の湖のガキ大将である氷精が、何かを原因として強い力を身につけ妖怪化してしまい暴走でもしてるのだろうか?

 いや、あの氷精がもし暴走しても霧の湖をまるごと凍りづけにして高笑いするくらいだろう。それに、そうなったとしても原色二色刷りの格好をしているどちらかの人間がすぐに退治してくれて、氷精は一回休みを食らう事になるだろう。

 ダメだな、目が覚めただけでまだまだ頭の回転が鈍い、発想力が低下しているな、でも仕方がない、それくらいに寒くて寝ていられないし考えられない。

 いつもの薄い掛け布団の他に毛布をもう一枚追加しているがそれでも耐えられないほどの寒さ、暑さが苦手なあたしは致し方と毛布を使ってみたけれど、これは諸手を挙げての大成功とは言えなかった、確かに毛布は暖かいが敷布団側が冷たくてたまらない。底冷えする寒さとは今まさに感じているこの状態を言うのだろう。

 

 ちょっと前の年の暮れにそばをたぐり、少し前には新年を祝ったばかり、暦の上ではすでに春だというのに暖かくなる素振りが見えず本当に困ったものだ。本来であれば冬は過ぎ去って今はもう春真っ盛りとなり、皆で騒がしく桜を眺めて花見酒に舌鼓を打つ頃合いのはずだが、季節と気候が逆にでも流れているのだろうか?

 今頃これだけ冷え込んでたら、これから来るだろう夏はどうなってしまうというのか?

 真夏に雪でも見られるのかね?

 そんな身も凍るような風景を妄想すると、布団の中で吐いた息がいつもよりも白い物に見えた。

 

 こう寒い日はあれだ、あの流行らない店にあるストーブだったか。

 あれが恋しくなる、あれと同じような物がうちにも欲しいな、紫に頼めばくれたりするだろうか?

 いや、タダでくれるわけがないな。

 確実にもらわないほうが良かったと思える厄介事がストーブのおまけでついてくるだろう。

 変な期待をするのはやめておかないと後が大変だ。

 しっかし、この寒さがまだまだ続くようなら頼みようもないな、こう寒くては紫が起きてくる事などまずない。今頃はぶ厚くてふかふかの布団でも頭から被って惰眠を貪っているはずだ、獣上がりでもないくせに冬眠するなんてどんな体をしているんだろか?

 初冬の寒さが厳しくなり始めた頃から寝始め、暖かい春を迎えるまでは管理人のお仕事を従者に任せっきりにしているのだ。

 普段から大変そうだが、留守を任される藍も毎年毎年大変だと思う。

 あちらこちらと忙しなく動き、結界の管理だ維持だと幻想郷を飛び回っている藍を見ていると、あの時に式の術式を逸らしておいて良かったと心から思える。

 一人で見るのは大変だとは思うが、愚痴ぐらいならいくらでも聞いてあげるから、どうかこっちに仕事が回ってくることがないようにしてくれと願う。

 しかし完全に頭が冴えてしまった。いや冷えてしまったんだろうな、妙にスッキリとしてきた。

 まだまだ眠るつもりで布団で丸くなっていたのに一向に二度目の睡魔は訪れず、逆に色々と考えてしまい覚醒してしまった。

 こうなれば致し方ない、寒くて眠っていられないのなら‥‥

 起きよう。

 

~少女支度中~

 

 愛用の着物に袖を通し、目覚めの一服をしながら外を眺めてみれば住まいの外が真っ白だ、見慣れた竹林の景色が一面きれいな白一色になっている。昨晩までは残雪と呼ぶくらいの量しか積もっていなかったはずだが、今朝になってまた真っ白だ。

 こうなった原因はなんとなくわかっている、多分毎年寒くなると元気にやってくるあいつだ、寒さを強化するとかいうはた迷惑な能力を、わざわざ寒い時期に振り回すはた迷惑なあの冬の妖怪だ。

 毎年毎年寒くしてくれて、飽きないのかね、あの人も。

 普段のあたしならあのおめでたい紅白とおめでたくない黒白の原色コンビがどうにかするまで眺めているが、今日は珍しく、直接出向いてあの顔を見ながら文句を言おう。

 そして、ちょっとだけでもいいから寒気を和らげてもらおう、寒気が厳しくなる方へと向かって行けばそのうちに逢えるはずだ。

 といっても、いつ出会えるかわからない、すぐに見つけられれば御の字だけどそう上手くはいかないだろう。

 あの黒幕に辿り着くまでにどれくらいの時間がかかるかわからないから冷え対策はしないとまずい、雪に晒して濡らしたくはないけれど長羽織も引っ張りだして少し着込んで出かけよう。

 夏場は暑くて羽織ることもないが、一面真っ白なこの景色に紫の長羽織なら色合いも悪くない。

 ひらひらと、少し動きにくくはなるがこの際だ仕方がない、全て寒いのが悪いのだ。

 

 雪に埋もれた我が家を後にして目的地も判らずに少し飛び上がる。ある程度の高度まで来たところで北の方で暴れる妖気と寒気を感じられる。

 行く宛もないのでとりあえず目立つモノへと向かい飛翔、どうやら当たりだったようだ。しかし寒いから北の方とか少し安直じゃあないだろうか、レティさん。

 安直なんてひどいわと、少し間延びした調子でおっとり言ってくる顔が浮かぶ、冬の妖怪なのに笑顔は春のように朗らかで、なんだかちぐはぐだがそれがいいところだろう。

 

 局所的な大寒波 冬の妖怪レティ・ホワイトロック。

 毎年冬が始まると何処からともなくやって来る冬の権化。

 好き放題に冬を暴れさせるだけでは止まらず、ただでさえ寒い冬の寒気を強化してあっちこっちに振りまく冬の妖怪さん。

 冬以外は何処で何をしているのと聞くと、春は涼しいところで寝こけて夏もすずしいところで寝潰れて、秋になってようやく寝ぼけながら起きだして冬になるといきなり全力全開になるらしい。

 低血圧で起きられないなんて言うが、低血圧じゃないあんたは低気圧だ。

 そんな嫌味混じりの軽口を聞いてもアヤメはウマイ事言うのね、なんて微笑む可愛らしい迷惑おちゃめさんだ。

 

 北に向かい飛ぶと段々吹雪が強くなってきた、強くなってきたというか強すぎて前も後ろもわからなくなってきた、これは少しまずいんじゃなかろうか?

 この季節のこの寒さで遭難なんてしたら洒落にならん‥‥

 が、見えないのだ、どうしようもない。

 このままだと氷精が凍らせていた湖のカエルを笑えなくなる。

 本格的にどうにかしないとまずいのだが……ああそうか雪を逸らせば良かったのか、あたしは何をやっていたんだろう。頭が冷えてバッチリだなんて思ったがすっかり失念していた、感じる寒さを逸らしたところで雀の涙だろうからそっちは仕方ないが、雪だけでも逸らせば体に積もることもなくなり、幾分かはマシになるだろう。

 

~少女遭難中~

 

 雪が逸れて少しだけ快適になったが、全方位が真っ白で視界はどうにもならない、具体的な解決策も思いつかず困り果てる寸前だったが、急に視界が晴れてきた。

 これはもしや、レティさんがどうにかなったのか?

 雪は降っているが勢いは随分と落ち着いてきた。

 多分彼女の能力が切れて寒さが弱まったのだろう。

 ということは、あのおめでたいコンビがすでに動いていて解決されたのだろうか?

 それならば都合がいい、吹雪の弱まっている今のうちにレティさんを探そう。

 

 さすがに体の感覚がなくなってきた、ちょっと気を抜けば穏やかに眠れそうだ。

 ああなるほど、これが本当の遭難だったのか。

 あたしが自宅で丸くなっていた時はまだマシだったんだな。

 なんだか幻覚も見えてきた。

 真っ白な吹雪の中ぽつんと赤いひらひらしたのが浮かんでいる。

 ん?

 赤いの?

 おお、おめでたい巫女か。

 あの巫女がここにいるという事はやっぱりレティさんは退治されたのか?

 ならあの巫女に聞けば何処にいるかわかるだろう。

 ちょいと訪ねてみるとしようか。

 

「白銀の景色に赤が映えていいね、博霊の巫女さん」

「冬妖怪の次は狸?冬なんだから冬眠しなさいよ」

 

「古い知り合いは冬眠するがあたしはしないよ、雪見酒が楽しみでさ」

「それはいいわ、あんたを倒してその徳利で温まりましょ」

 

「出会い早々から喧嘩腰とは随分やんちゃな巫女さんだ、あたしは少し訪ねたいだけ。この寒さの黒幕がどこにいるのか」

「そう、でもあたしは寒いの。いいからその酒置いてって」

 

~少女起動中~

 

 少しの会話を済ませると霊夢が懐に片手をしまう。

 あの格好じゃあ寒いだろうなとアヤメが少し哀れんでいると、霊夢の懐から御札が生き物のように舞い飛び出してきた、霊夢の周囲で少しの間漂うと標的を決めたとでも言うように十数枚の破魔札がアヤメに向かい一斉に奔り出す。

 いきなりの攻撃に面食らうアヤメだが、破魔の御札は全て同じ軌道を描きながらアヤメに向かって真っ直ぐに飛んでくる。アヤメは後方へと下がりつつ体を捻りながら上昇する事で一点に集中して放たれた攻撃を難なく避けてみせた。

 

 なるほど本気で徳利を狙っているのか。どの時代のどんな相手にもお前は人気者だな、と右肩に下げた白徳利を小さく撫でた。

 やすやすと愛用品を手放すつもりはない。いきなり弾幕ぶっ放して派手な挨拶をしてくれたんだ、これは返事をしないと野暮じゃないかと。

 

 アヤメも自身の周囲に青い妖気塊を4個展開する。ふよふよとランダムに漂いながら霊夢へ照準を合わせると、発射時間に少し緩急をつけてレーザーを奔らせた。

 青く灯る妖気塊から順次照射された青いレーザーが4本。アヤメと対峙する霊夢の体の中心目掛けて奔っていく。

 このレーザーの軌道は素直に真っ直ぐ伸びるもので、速度と勢いだけで相手へ向かう自機狙いのレーザー。

 緩急をつけられた4本のレーザーが少しの時間差で迫るが霊夢に焦る様子はなく、ちょいちょいと軸をズラしていくだけで余裕を持って躱した。

 

「いきなりとはご挨拶じゃない?」

「弾幕あるじゃない、あいつに嘘つかれたわ」

 

 あいつとは誰か一瞬考えたがあの黒白だろう、アヤメが弾幕ごっこをした相手はまだすくなく両手で余るほど。そのうちの一人があの黒白だ。

 異変解決に動く原色コンビだ、仲良く会話するような間柄なのかもしれない。

 

 言葉を交わし終えたアヤメは先程の青い妖気塊を同じように3個、そしてさっきは見せなかった赤い妖気塊も2個展開する。

 赤青交互に並びアヤメを中心に漂うと円を描いて霊夢を補足する。青からは先ほどと同じ発射時間に誤差のある青レーザーが照射され、赤からは中心を白く輝かせたレーザーよりも遅い赤い妖気弾がばら撒かれた。

 

 アヤメよりも下方を飛ぶ霊夢に向かい同じように奔る青レーザー、これを先ほどと同じちょい避けで霊夢は避けていくが、2本目を避ける時に速度の遅い赤弾が追いつき眼前で爆ぜた。

 爆発自体は小さなモノだが爆ぜて小さな弾幕になり飛び散る、アヤメにしては音と見た目が少し派手な事にほんの少しだけ関心する霊夢。

 レーザーを躱しきり、飛び散った赤弾幕も気にならないという様子で悠々とこれを避けた。

 

 お返しと言わんばかりにさっきの倍の破魔札が霊夢から展開されるが、これは先程と見た目は同じだが性質がちがうようでアヤメに向かい空中を翔けることはなかった。

 アヤメが破魔札の性能を考察し見極めようと少しだけ速度を緩めると、霊夢は破魔札を周囲に展開したままアヤメに向かい飛翔する。

 速度を緩めていたアヤメに追いついた霊夢が、指だけで小さな指示を出すと破魔札が一斉にアヤメに襲いかかる。

 奔る破魔札を確認しすぐに体を翻すが。一瞬早く霊夢が右手に携えた封魔針を投げ放ちアヤメに追撃を仕掛けた。

 

 アヤメの足を死角にして霊夢が迫るが、アヤメの妖気塊はまだその力を失ってはいない。後方へ飛翔しながら回避行動に専念するアヤメの周囲を回りながら、展開された青赤からレーザーと赤弾が発射された。 

 追撃を仕掛けた霊夢はこれに合わせるように上下へ高度を変化させ、近くで飛び散る赤弾幕を錐揉みしながら上昇し回避した。

 カリッという霊気の干渉音を鳴らしながら躱した霊夢が自身の放った破魔札を追うようにアヤメへと迫った。

 

 自身の弾幕が全て回避されるのを後方へと回避しながら見たアヤメに破魔札と封魔針が迫る。破魔札は同じ体の中心狙いの軌道、直撃する寸前に宙返りしどうにか回避に成功する。

 だが破魔札を避ける際に出来る隙を狙って放たれた封魔針の数本が肩口を薄く削る。だが命中したのは最初の数本だけで直撃はどうにか躱しほとんどを掠らせ回避する。

 アヤメの妖気から大きな干渉音と光が走り周囲にはカリカリという音が響いた。

 

「黒白より容赦がなくていっそ清々しいわ」

「退治するのに容赦もないわよ」

 

 違いない。

 一人愚痴るアヤメが再度妖気塊を展開する動きを見せると、それを制するように霊夢が仕掛けた。

 左手に掲げたスペルカード、宣言と共に提示される。

 

夢符『封魔陣』

 

 宣言すると霊夢を中心として全方向に赤い破魔札が現れアヤメの視界を埋めるように連続的に放射される。

 アヤメに迫りながらその軌道を変えて途中交差する破魔札、回避する隙間をどんどんと潰してゆく破魔の波。カリカリとけたたましく鳴る干渉音を振り払うよう気合で避けながら攻略法を探るため思考を巡らせる。

 回避を重ねていくと少しずつ霊夢の放つ破魔札の動きが捉えられるようになってきた。破魔札が一度軌道を変え交差してからは、再度交差する事も軌道を変化させる事もないように見えた。

 

(そうね。距離をとればどうにか)

 

 と、アヤメは新しく妖気塊を周囲に展開し後方ヘと翔ける。

 下がるアヤメを追うように霊夢から破魔札とともに全方位へ弾幕が張られるが、展開された妖気塊と相殺していくばかりで弾幕はアヤメの回避速度に追いつけずスペルの効果時間の最後を迎えた。

 

「さっさと退治されてよ、寒いわ」

「なら少し暖を取るといいわ」

 

 返答し煙管を取り出すと一枚スペルカードを掲げる。

 

煤符『緩煙侮難』(ばいふ・かんえんあなどりがたし)

 

 掲げられたスペルカード宣言が済むと、アヤメが携えた煙管に少し力を込め鋭く振るった。煙管の過ぎた軌道上には黒い煙がもうもうと沸き立ち霊夢の視界を埋めていった。

 けれど、でかでかと大きく育っていく黒煙からは少しの黒い弾幕が放たれるだけで、霊夢はそれを余裕で回避していく。

 大きく育ちきって霊夢の周囲へと広がった黒煙からも変わらず少しの黒い弾幕が飛んでくるだけで大きな変化は見られなかった。

 

――目眩ましだけ?

 

 さらに広がりを見せる黒煙は密度こそ薄くなっているが、いつの間にか霊夢の周囲にまでその広がりを見せている。

 大した攻撃もなく緩く静かに広がったため危険度が薄く感じられたからか、霊夢は取り囲まれるまで全周囲に煙が広がっていると気が付かなかった。

 煙をかき消すように霊夢が弾幕を放つが渦を撒くような動きをするだけで煙は晴れず視界は悪い、これでは霊夢からアヤメの姿が確認出来ない。

 ここからの次の手は・・・煙の動きを警戒し集中する霊夢に何処からか声が聞こえてくる。

 

「さぁ侮って巻かれた罰よ」

 

 

 それはアヤメの声。

 声の方向へ霊夢が視線を向けると、先端に炎を灯した煙管を咥えたアヤメが霊夢へとその炎を放つ瞬間だった。

 導火線を伝うように空中を奔る炎が黒煙に触れると、そこから小さな爆発が始まり連鎖式に多く大きく爆発を繰り返してはランダムに弾幕を垂れ流してくる。爆発音といまだ残る煙が霊夢の視界と耳を奪い弾幕が迫る。

 

――これくらい!

 

 爆ぜるそばから煙は薄くなり掻き消えていくが、まだアヤメの瞳にも爆発と煙が吹き飛ぶ映像しか写らず霊夢の姿を捉えてはいない。

 ただ、爆発と弾幕の合間にカリカリという干渉音が鳴るのは聞こえてくる。

 最後の爆発が起きて煙が綺麗に晴れると、少し煤けた霊夢がアヤメと睨み合うように浮かぶ姿があった。

 

「一泡くらいは吹いたかしら?」

「ほんの少しだけ驚いた、お礼にほんの少しだけ本気出すわ」

 

 アヤメのスペルに関心でもしたのか、少しだけ霊夢の瞳に熱い物が宿る。

 

夢符「二重結界」

 

 スペルの宣言と共に霊夢の側に博霊の秘宝・陰陽玉が現れ出る、8個ほどが周囲に展開されるとそのまま霊夢を中心として陣を敷きそれぞれが急速に回転していく。

 回転と共に白く光輝き力が集まるのを感じる、それを見たアヤメが身構えるが光は更に輝きを増して白と赤の混ざるピンクへと変わった。

 

――あれはやばい

 

 輝きが変色した瞬間にそう確信したアヤメだったが動くにはすでに遅く、アヤメの浮かぶ中域を包み込むように霊夢を中心点にした結界が張られた。

 

――周囲に結界‥‥逃げ道が潰された

 

 突如閉じ込められた事にアヤメは一瞬気を取られたが、すぐに冷静さを取り戻し結界の要となっている霊夢へ迫るが、それを遮るようにアヤメと霊夢の間にも結界が展開されていく。

 

――前も!? 

 

 前後の結界に阻まれて完全に動きを止めてしまったアヤメ、その硬直した瞬間に霊夢から紅白の渦巻く弾幕の滝が垂れ流される。

 

――あれに触れても結界に触れてもダメか!?――

 

 アヤメと霊夢の間にわずかにある結界の隙間で、渦巻き迫る濁流を渦の方向に逆らわずに翔けながら強引に回避していく。

 だが、前方だけに集中していたアヤメに後方から逆に渦を巻く弾幕の濁流が迫る。

 アヤメが一度は回避した弾幕が周囲の結界で反射して再度後方から迫り来る。 

 想定外の位置からも垂れ流される弾幕に慌てるも諦めずに回避を続けるアヤメだが、激流のような弾幕に押され次第に避ける事が出来なくなっていく。

 ついには避けきれず破魔札の波が体を掠めプスプスと煙を上げていくアヤメ。逃げ道も突破策もなくこれは負けると確信し霊夢を見た、丁度前方からの渦と後方からの渦が重なり逃げ場を失った瞬間だった。

 

――これは無理ね

 

 前後から迫る濁流と追加の弾幕の光の中、アヤメの姿は霞んで見えなくなっていった。

 

~少女帰想中~

 

 小さな身振り手振りを織り交ぜながら全身真っ黒に丸焦げにされたあの時の事をポツポツ話すと、ミスティアとマミ姐さんの二人に見つめられる。

 その視線が何故かあたしの顔ではなく、今は綺麗で愛らしい縞尻尾に向けられている気がして二人から隠すように背に回した。

 大丈夫、あの時のように真っ黒でボロボロではないと触れて確認する。

 

「自分のスペルカードでこんがり焼くつもりが逆に焼かれて真っ黒焦げなんて、アヤメさんらしくなくて可笑しいわ」

「霊夢相手じゃ仕方ないわぃ、儂も散々な姿にされたもんじゃ。よく無事じゃったな」

 

 女将のほうは事実そうなってしまっているから言い返す言葉もない、強いて言うならあたしは喧嘩の押し売りを受けただけのかわいそうな狸だったってとこを強調するだけだ。

 それよりもマミ姐さんの視線の先、あたしの肩からぶら下がる愛用の白徳利。

 無事か。

 確かにあの時紅白はこれを狙って喧嘩を売ってきたのだが、撃墜されて気を失い目覚めた時にも奪われたり乱暴されたような形跡はなく変わらずにあたしの側にあった。

 最後の弾幕を受けて激しく吹っ飛んだんだ、遠くに転がっていてもおかしくはないしまず紅白に奪われてなくなっていたはずだろう。

 それでも気絶したあたしの懐に収まっていた白徳利、何故奪っていかなかったのだろうか?

 

「わからないのよね、異変の後に顔を合わせても何も言ってこないし。追求すると取られそうだから何も言わないけど」

「まぁ、気にするな。結果無事ならそれでいいじゃろうて」

「結構美味しいお酒だから、味覚えたら狙われそうですよね」

 

 女将にそう言われて少しだけ鼻が高くなり徳利を小さく揺らす、チャプンと音を立てる徳利がいつもよりも誇らしげに見えた。

 同時にあの神社に行く時は必ず住まいに忘れて行こうと心に誓った。

 そういえば、あたしより先に撃墜されただろう冬妖怪は意外と近くにいたらしくて、お互い真っ黒になった姿を見比べて笑った。

 笑いついでにこんなに寒くちゃ寝ていられないわと文句を言ったら、私ももう眠りたいんだけど春が来ないから力が弱まらなくて、目が冴えて辛いわ。

 と困っているのかわからない微笑みを浮かべながら言っていた。

 

 レティさんと少し話すと、この終らない冬の原因は冬妖怪ではなく幻想郷に春が来ないから、ということだったらしい。

 それでもあのふわふわとした巫女が喧嘩を売って回っているんだ。放っておけばそのうちにこの異変も解決するだろうと思い、レティさんに周囲の寒さを少しだけ和らげてもらい真っ黒な二人で真っ白な景色を肴に雪見酒と洒落こんだ。

 

「それにしても‥‥異変に関わるのも珍しいんだろうけど、アヤメさんが格好悪く負けるのも珍しいわ」

「そうじゃな、こやつは負ける前に逃げるからのぅ」

 

「起こしたりしていないけど、巻き込まれてはいるのよね‥‥それに弾幕ごっこの時はいいのよ、遊びだしあたしの能力も使わないし。でも本気だと少しは格好いいのよ?」

 

 腕を肩から切り落とすような仕草をしておでこにお箸を立てると女将には伝わったのか、あれからどうなったの?挙式の話を聞かないけどと五月蝿くなってしまった。

 それを聞いていたマミ姐さんに鬼とちょっと激しい弾幕ごっこ(物理)をしたと伝えたら盛大に笑われた。

 

「なんじゃぃ、どうでもいい時は上手く逃げるくせに本気の時は逃げんのか」

「あんなのとやり合いたくなかったわ。でも、まだ取り決めの内だったからマシな喧嘩だったのよ」

 

「親分さんその時の話って聞いてますか?両腕がない時にどうやって飲み食‥‥」

 

 女将の口を摘んで塞ぐ、マミ姐さんに聞かれると更に笑われるだろう。

 狐と狸の色気のある話なんて。

 外の世界にいる頃も今もマミ姐さんは狐をあまりよくは思っていない、けれどその考えをあたしに押し付ける事はなかったしこれからもないだろう。

 当人が気安いなら生まれが何でも構わんじゃろうて、儂はまだ気に入る狐と会うてないだけじゃ。とはマミ姐さんの弁だ。

 

「しっかし懲りんのぅ、あのちっこい鬼で懲りると思うたが」

「あたしはコリゴリ相手はノリノリ、参ったわ」

「ちっこい鬼ってあの年中べろべろの鬼? あんなのとも喧嘩したの?」

 

 したかどうかと聞かれると、した。

 それも外の世界にいた頃の随分と前の話だが本気で狙われた。

 逃げても逃げても追いかけてきて逃げるのを諦めさせられたのはあの幼女が初めてだった。

 何度かこのままだと死ぬと感じた事はあるが、あの時は死んだと思った。

 

「そっちの話でも腕なくなっちゃったのかしら?」

「腕ってか身体半分くらい? ぁ消えるってこういう事なのねってわかったわ」

「喧嘩からしばらくしてもこやつが相手に売りつけた妖力が戻りきらんでな。人に化けられんで泣きついて来てのぅ、狸の姿だとこやつらしくないめんこい狸なんじゃよ」

 

 そういう事を言うとまた騒がしくなる女将の口を塞がなきゃならなくなるのだが、それをわかってて言ってるだろう。

 昔からそういうお人だ。

 それでもあたしの愛らしさをわかってくれる希少な身内だ、ここは素直にありがたい言葉として受け止めておこう。

 

「ねぇ女将、わかったでしょ? あたしが常々言うとおりに愛らしい狸さんだったでしょ?」

「なぁ女将、わかったじゃろ? こうだから『狸の姿だと』とわざわざ飾り言葉をつけたんじゃ」

「同じような事を同じような姿勢で言われても、どっちも説得力がないなぁ」

 

 二人並んで両手で顔を支えてカウンターに寄りかかっている。

 ちらりと見ると目が合って同時にゆらりと尻尾を揺らす。

 また目が合って、そして笑ってお猪口を空けた。

 化かす二人が馬鹿な話をだらだらと続けながらこうして夜は更けていく。




アヤメのスペルの説明を少し。
煤符『緩煙侮難』(ばいふ・かんえんあなどりがたし)
煤とはあの黒い煤(すす)ですね、煙はいつもの煙管からの発想。
爆発は粉塵爆発、黒いのは黒色火薬の色からのイメージです。
以前の話でボツになったスペルカードの一枚。
ボツ理由は綺麗じゃないから。


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