東方狸囃子   作:ほりごたつ

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最近酒を飲ませてなかったな、そんな思いから。


~異変小話~
第三十四話 縞尻尾の長い夜 ~一杯目~


 サクサクと竹葉の黄色い絨毯を歩いて行く、吐く息が真っ白で煙管に火を入れてもいないのに煙草を吸っているようだと、一人でクスクスと笑いながら歩いて行く。

 足元を見れば枯れ落ちた竹葉が視界一面を覆ってしまい、地面がどこかわからない状態になってしまっているが、視線を少し上に戻せば変わらぬままに青々とした竹林が、同じく視界いっぱいに広がっている。素人が一見しただけでは竹林の変化は感じ取れないのだが、寒さの厳しくなる冬場はここの竹でも休眠期に入るらしく、ほんの少しだけだが成長が遅くなる。

 成長が遅くなるとはいっても、一時間に二尺以上もにょきにょき伸びていたのが二尺弱くらいになるだけだ、毎日をぐうたらに過ごして、長く伸びていく竹を日々眺めているような者にしか違いはわからないだろう。

 そんなほんの僅かな違いに気が付いて、確かな季節の移り変わりを横目にしながら、サクサクと軽快な音をたてて黄色い絨毯を歩き竹林を抜けて行く。

 

 迷いの竹林にはほんの少しの変化が見られたがあたしには変化が全く見られない、今日も今日とて通い慣れたあの夜雀の屋台へと足取り軽く歩いて行く。

 移り変わる景色もよいものだが、決して変わらずにあるものも同じくよいものだろう、そんな風に自分を遠回しに褒め称え、今日の屋台も変わらずに美味しいもので溢れているはずだと向う。

 美味しいものを食べられる事に違いはないのだが、屋台に並ぶ食材が季節と共に移り変わっていて、今の季節にヤツメウナギが焼かれることはなくなった。

 屋台名物はまた来年、ヤツメウナギの旬が来てからだ。

 そんな夏場の名物の代わりには冬場の名物が並ぶ。

 コトコトと長時間トロ火で煮こまれて、出汁の旨味を十二分に含ませた熱々のおでんが屋台の看板メニューとなる。どのおでんダネを頼んでもハズレなどはなく、どれもお箸がサクサク進むおでん、今晩は何を頼んでみようかなと期待に胸を踊らせてサクサクと歩いてゆく。

 

 この辺りまで歩いてくるともう迷いの竹林とは呼べないのかもしれない、相変わらず伸びる竹は生えているのだが夜雀の屋台はもう少し先だ、迷いの竹林の入り口と人里へと続く道が繋がって、ほんの少しだけ視界が開ける広場辺りにいつも屋台を開いている。

 竹林住まいのあたしからすれば竹林からギリギリ出てない辺りの場所で、里の人から見ればギリギリで竹林に入らない場所、静かな竹林を肴にも出来るし、ポツポツ灯る人里の灯りも肴に出来る、中々うまい場所に屋台を出す女将は商売上手と言えるだろう。

 同じ商売人なのに自身の名前の通りに森の近くに構えて、絶賛開店休業中になっているあの店の男にも少しはミスティアの商売気を見習ってもらいたいところだ。

 この前だって黒白は勝手に台所に入り込んでなにか怪しい料理をしているし、紅白はあの脇の見える装束が破れたと店主の着物に一瞬で着替えて縫われるのを待っているし、あの店は本当は何屋なんだろうか。

 散々文句を言うくせにしぶしぶと裁縫したり味見をするから居着かれているんだと思うが。それでも彼女達が来なければ本当に誰も来ないのだからまだいいのか?

 あの店で見た客なんて黒白と紅白以外メイド長と半分庭師、後はなんだかよくわからない売り物の本に腰掛けて、売り物の本を読む朱鷺くらいしか見たことない。

 最近朱鷺が増えてきて朱鷺鍋が美味しいなんてあの紅白は言っていたが、そんなに朱鷺は美味いものかね。味は悪くないがあたしには少し生臭く感じる、鴨辺りのが好みだ。

 

 ん、なんだ、結構客を見かけているな。

 思っているより繁盛しているのか?

 いやいや、思いついた人のほとんどが客ではなかったか。

 やっぱりあの店は寂れているな。

 はて、流行らない店のせいで思考が逸れてしまったが何を考えていたんだったか。

 ああそうだ、あの遠くにぼんやりと浮かぶ提灯の屋台の事だった。

 

 いつのまにかサクサクという足音は消えていて、夜雀の屋台の屋根に付けられたおでんと書かれた提灯がうっすらと見えてきた。

 提灯の字がはっきりと見えると、もうすぐ楽しい楽しい晩酌の時間だとあたし自身に教えるようにあたしの腹太鼓が騒がしくなってきていた。

 

~少女来店中~

 

「こんばんは、今日も一番客ね。景品はなにかしらね?」

「いらっしゃいアヤメさん、景品に一節なんていかが?」

 

 もうそろそろただいまと声をかけてもいいかもしれないなと少し考えながら、いつもの挨拶と共にのれんを潜って、カウンター前に置かれた長椅子のあたしの指定席に腰掛ける。

 女将を正面に見て右手の方、二つ並んだ長椅子の右端があたしの指定席。理由は簡単で気兼ねなく右手でお箸を動かせるから。右利きだからではなくあえて右手でと言ったのはあたしは左手でもお箸は使えるからだ。

 でもお箸は右と決まっている、あたしの左手は常に煙管で予約が入っているため、お箸やお猪口を持つのは右手の方ばっかりで慣れているのだ。

 同席する人の事を考えれば左端に座るのがいいのだろうけど、煙が嫌ならあたしより早く屋台にくればいいのだ、一人でそう納得し煙管を取り出しながら注文しようとした、ところを一節唄い終えた女将の声で遮られる。

 

「ご注文は、いつも通り?」

「そうね、でもお酒は温燗で」

「温燗だなんて珍しい、アヤメさんなにかあったの?」

 

「寒いからゆっくり温まるの、たまにはいいでしょ」

「はいはい、後ろの人はなんにします?」

 

「儂ゃお燗でええぞ、肴は女将さん任せでよいわぃ」

 

 慣れ親しんで聞き馴染み良いが、この場では聞き慣れないこの声と喋り方は‥‥つい最近ボロボロと泣かされたばっかりだ、間違うはずがない。しかし、なんでここに来るんだろうか?

 いつもだったら、幻想郷の木っ端妖怪やら化け狸やらをテキトウに集めてどんちゃん騒ぎしているはずなんだけど?‥‥

 呆けた顔で眺めていると、ドカッと肩を組まれあたしの座る長椅子が揺れる、肩に回された腕から顔に視線を移すと見慣れた笑顔が目に入る。

 

「こっちに来てからお主とはゆっくり晩酌してないからの、たまにはよいじゃろ?」

「マミ姐さんが呼んでくれるならどこでも行くのに、出来ればここがいいけれど」

「フフッ毎日毎晩とは言わないけど、半分ここが住まいと言えるくらいには来てますからね」

 

 狸が二人、似たような縞尻尾二本を揺らして笑い合っていると、二人で頼んだ燗酒はおでん鍋の横で湯船に浸かっているのにお銚子が二本並ぶ。

 揺れる二本の縞尻尾を微笑みながら見つめる女将がお通しと、頼んでいない冷を出してきた、少し不思議な顔をして女将を見るとこれは新しいお客さんを連れてきれたサービスだそうだ。

 最初から燗酒で暖を取ってしまい早めに酔うよりも、冷でも飲んで頭を覚ましてゆっくりしたらという女将の粋な計らいだと思えた。

 

 

「女将さん悪いのぅ、気を使わせたか?」

「いいえ、悪いと思うならまた来てくれれば」

「今日だけと言わずいつでも連れてくるわよ、いつでもね」

 

 もういつでも会えるし頼れるのだ、晩酌の相手くらいちょいと頼めば仕方がないのぅなんて言って笑顔で引き受けてくれるだろう、本当にありがたいことだ。

 思った事をそう言ってお猪口を渡し酒を注ぐ、あたしのお猪口にも注がれて飲み始めようとしたところでマミ姐さんがミスティアにも酒を進めた。今日は借り切るから女将さんも飲めと、金子なら貸すほどあるから気にするなという言葉に乗っかり三人での酒宴が始まった。

 

「マミ姐さんとゆっくり酒盛りなんて何時ぶりかしら?」

「ぬえに呼ばれてこっちに来た時以来じゃな。ほれ、巫女にお灸を据えられた後の宴会」 

「どっちの巫女かわからないけど、どっちでも変わらない姿が見えるのよね」

 

 紅白と青緑、たしかにどっちでも変わらないわと三人で笑って、お猪口をゆっくりと空けながら巫女に焦がされた時の事を思い出していた。あたしの初めての弾幕ごっこは黒白が対戦相手で、初黒星もその時の黒白、そしてあたしが初めて弾幕とスペルカードを使って遊んだのは、あのおめでたい巫女が対戦相手だった。

 少し近くから眺めて花火酒と思ったのに、あの喧嘩っ早さと手癖の悪さはなんなんだろうか?

 本当に、この辺りの飛ぶ種類の少女は怖いのばっかりだ。

 

「なんじゃ、そんな遠くを見るような顔で、呆けたか? お?」

「呆けるほどまだ飲んでないわ。初めて弾幕打ってあの巫女に丸焦げにされた事を思い出したの」

「そういえば異変でのアヤメさんの話って聞かないわ、面白そうな話なのにおかしいわ」

 

 あたしが自ら首を突っ込んだ異変はまだない。

 あたしは異変や催し物は眺めて楽しむ物だと思っている、確かに参加して弾幕ごっこもいいものだろう、実際に何度かやっているんだ、その楽しさはわかっている。

 それでもあたしは参加するより眺めている方を選ぶ、忙しく遊ぶよりゆるりと酒と煙管を楽しんでいる方が性に合っているからだ。

 血の気の多い幻想郷の少女達にはあまり理解されない考え方だが。

 

「眺めながらやいのやいのと囃し立てる方がいいのよ」

「やる気がないのは変わらんのぅ、たまにゃ騒がしくせんと老けこむぞ」

「豊聡耳さんよりもおばあちゃんですからね、アヤメさんって」

 

 やるな女将、その言い草はマミ姐さんにとっては尻尾を踏む行為と同じかそれ以上だ、あたしに代わって綺麗に踏んでくれてありがとう。

 神霊、というにはちょいとちゃちで木っ端な霊が溢れたあの異変、解決後の宴会で太子に狸の媼と言われてから、マミ姐さんはちょっとだけ気にしているんだ。

 あの時は珍しく可愛い顔が見れて面白い宴会だったんだぞ、女将。

 

「そうよ、あたしはちょっと長生きのおばあちゃん狸」

「おぅアヤメ、喧嘩なら酒の席が終わってからでいいかの? 久々に揉んでやるわぃ」

 

「おおぅ尻尾を踏んでいたのはあたしだったか、また化かされて後ろからぶん殴られたくないです! 女将もはやくあやまって!!」

「お酒飲んだアヤメさんが素直に謝るなんて珍しいわ。親分さんも面白い狸さんなのね」

 

 マミ姐さんのちょっと可愛いところを女将にも見てもらおうと思って藪を突付いたら、えらいおっかない狸が出てきた。このままだとあたしの寿命がマミ姐さんの圧力で保たない。まだ遊び足りていないからここでひっそりと幕を閉じる事になるのは勘弁したい。

 女将も後で覚えてなさいよ?

 軽口はあたしにとっては天からの贈物だが女将にとっては地獄の宴だからね、いつか夜雀に豆鉄砲食らわせたような顔にしてやる。

 

「まぁええわい。それで、その巫女に焦がされた話をしてみぃ」

「なんてことはないわよ? 眺めていたら目をつけられただけ、そのまま退治されたって話よ?」

「酒の肴じゃ。笑えればなんでもいいわぃ」

 

 カラカラと笑うマミ姐さんとニコニコと微笑むミスティア二人の前で、あたしは自分が丸焦げにされた時のことを思い出しながら話した。

 

~少女回想中~ 


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