人の手が一切入っていない生まれたまま育っただろう木々や、苔むして自然に生きるもの達と共に時間が流れた大きな石の転がる川。
そんな美しい自然を眺めながら景色とは少し溶け込みきれていない参道を歩く。山道といっても整えられたものではなく、ただ誰かが歩き踏み固められて草が生えにくくなっている道だ。
かつて天狗が修験者だった頃に歩いたものなのか、このお山が外の世界にあった頃に歩まれていた道の名残なのかわからないが今もこうして道としてある。
ただこのお山の神社はこのままにしておくのをよしとせず参道を整えたいと天狗側に申し立てたことがある、参拝者を増やして信仰が欲しいという実に単純な理由からだ。
申し立ての結果は言わずもがな。
山を荒らす為に道を作るわけではないし山への信仰が増えて天狗も力をつけられる、一石二鳥なものだと神社の神様は言ったが元々ない所に新しく何かを作れば間違いなく荒れる。
目に映らないくらい小さな荒れか手に負えないような大きな荒れ方かはわからないが、確実に何か変化はあるだろう。
この山の天狗は変化を嫌って山に引きこもっているのに、おまえらも信仰で力がつくよ!なんて安い餌で動くわけがない。
お山の監視を任されている白狼天狗の勢いに負けて、この参道整備案は下げられたのだがこの神様は懲りない。
先ほど述べた参道はまだ可愛い案件と言えるもので、外の世界と比べると随分と遅れているお山の技術を見た神様は『山の産業革命計画』を企て、河童に『間欠泉地下センター』をどこかの地面の下に建設するよう指示して実際に造らせた。
完成した施設で河童たちに動力源となる核融合について研究させていたが、センターと核融合炉のエネルギー源が離れすぎていて、まるで使い物にならない物だとわかるまであれやこれやと実験したようだ。
エネルギー源と言ったがこれはあの地底のお空の事で、本来のお空はただの可愛い地獄烏で大した力もなかったのだが、この神様が上手い事利用しようとして八咫烏の力を与えたのだ。
あんなにも素直なお空を騙し、核融合のエネルギー資源にしようとしていたのだ。
まぁ最終的な結果としてはエネルギー源としての利用など出来ずお空が暴走して地底から大量の怨霊が吹き出す異変となってしまい、あのおめでたい巫女やおめでたくない魔法使いが赴き解決された。
あの可愛いお空になんてことを、と思ったがお空本人は力を得られて満足しているし山の神様に力をくれてありがとうと感謝しているらしい。
利用されたのに恨むどころか感謝など、どれほど素直なのか。
そこが良いのだが。
少し話が逸れかかったが、今まで述べたようにあの神様は新しい物を取り入れることを好む。
同じ神社に祀られるもう一柱から技術革命が好きなんて言われるくらいだ。
以前に引っ越してきたと話したが、この神様は外の世界出身の神様で外の技術や科学知識を有しているからかお山の河童と仲良く何かを作っては実験し、人々に披露していたり知識を自慢していたりする。
披露したところで文化レベルが外とはちがう幻想郷の者達が理解できるとは思わないが。
そんな新しもの好きのあの神様を、あたしは苦手としている。
嫌いというわけではないが、真新しい物好きというところがとても面倒で厄介で苦手なのだ。
もう片方の祟りの神様はまだ親しみやすさがあるのだが。
~少女登坂中~
「そこなおわすはこちらの守谷神社にて崇め奉りたる洩矢神でござりませふか」
「形だけの言葉は嫌いだよ、狸? それとも蛇に睨まれて緊張してるのか?」
参道を登りきり鳥居を潜ってすぐの境内にある手水舎、その上には見慣れた麦色の市女笠。
そこに目をやるとその市女笠に付いた目と少女の目の四つと目が合う。
その場で膝を着き背を伸ばし凛とした正座から一礼。
少し前のような縮こまるものではなく背を伸ばしたきれいな礼。
普段のだらけっぷりが嘘のような今のあたしの凛とした姿、この場に普段のあたしを見知った人がいたらなんというだろうか。
だがそれも一瞬だ、面を上げる頃にはいつものやる気ない表情に戻るだろう。
「どちらかというとあたしは蛇を食べてた方よ、久しぶりね諏訪子様」
「うむ、うちの引っ越し以来か」
何処でも誰にでもこんな態度で挨拶しているように取られるかもしれないが、その見解は正しいものだ。誰に対してもあたしは大体こうだ。
そして挨拶を受ける側の態度もこんなもん、もう一人の神様以外は。
それにしてもうちの引っ越し‥‥豪快にお邪魔しますと現れて、この山はウチラのもんだと叫び、麓の神社もついでに寄越せと騒いだあの異変。あたしもなんでか巻き込まれたあれだ。
あの時もいつもの様に山に来て、いつものように椛に見つかり、いつものように椛に暗い顔をされていた頃に突然お山の空が光輝き出した。
いつもではありえない事に文が山にいたから原因は文だろうなんてあたしと椛で笑っていたら、轟音と共に空が割れたあの日。空から神社が降ってきたあの日だ。
河童は騒ぐし白狼天狗はおおわらわだし文は隣で煩いし。
最終的にはお山の騒動に巻き込まれあの紅白の巫女にしばかれた。
しばかれた後の宴会に呼ばれて行ってみれば、神社で祀られる神様は外で見たことのある神様だったし、散々な目にあった日だったがそれなりに印象に残った面白い日でもあった。
「うちの早苗に会ったんだ、その後いくらでも時間はあったろうに何故顔を出さなかった?」
「そうね、諏訪子様だけならいつ来てもいいのよ?でも神奈子様はどうにもねぇ」
「あははっ相変わらず苦手なのか」
「ご自身は変化のない神霊なのに、新しい物を求めるところは面白いけど」
声を上げて笑う諏訪子様は里の子供達より少し育ったくらいの無邪気な少女に見えるが、実際はおっかない祟り神様。
最初の挨拶で見せた物が本質だろう、いつものおふざけとわかっちゃいるが本質そのものは隠し切れないものがある。
まぁその辺を詳しく思い出して、今目の前にいる諏訪子様を蔑ろにすると本格的に怖い思いをするので後回しにしておこう。
触らぬ神に祟りなしの権化みたいな方だ。
「今は考えていないみたいだから気にすることないよ、それより早苗はどうだった?」
「ならいいけど‥‥早苗ってあの巫女よね。真っ直ぐな感じで素直な子ってのが第一印象よ?」
「そうなんだよ、まだ頭が硬くて思慮が浅い」
「気長に待ってあげたら? そのうちどうにかなるんじゃないの」
確かに行動や言動からは思慮が浅いと取れる面がある、だが真っ直ぐに自らの信じるものへと向かう姿勢は評価出来るものだろう。
思う通り真っ直ぐ言った結果を読めてないのは残念だと思うけど、それは経験を踏まえて少しずつ覚えるものだ。最初から期待するものじゃない。
ここの神社の保護者はどこかのお屋敷の保護者とは違って期待する物が少々大きい気がするが、他人様の家庭の事情に首を突っ込むのも野暮というもの、何か関わる事でもなければ自ら行かないほうが良い。
ただでさえ保護者の片割れは面倒なのだし。
「そういえば一人なの? 常に三人一緒にいるもんだと思ったわ」
「早苗は里で勧誘活動に忙しい、神奈子は河童のところで悪巧み」
「そうなの、なら三人揃っている時にでもまた来ようかしらね」
「思ってもいない事を口にしてもダメだね。神奈子が帰ってくるまでには帰してあげるからさ、もう少し付き合いなよ」
いないとはありがたい、そしてなるべくなら出会わずに帰りたい。あたしがそう思っている事くらい諏訪子様もわかっているだろう、だからこそ会話を切り上げようとしてくれない。
本当に、なぜ八百万の神様というのはこうも俗っぽく人間臭い事を楽しむのか。
一緒に酒を楽しんだり冗談で笑いあったりといい面もあるのだけれど、どうしたって神様だ、道理よりも己の心に正直に行動することが多くて困る。
あの緑も現人神と言っていたし、死んで神霊になった後こんな感じの厄介な神様になるのだろうか。
なるんだろうな、身内なのだし。
「はぁ‥‥次は何をするつもりかしら?」
「架空索道って知ってる? 里からここまで直通のを走らせるんだってさ。今日はその計画会議」
参道がダメなら直接ここまでの道を敷くのか、参道整備は諦めたが別の路線で攻めてきた。さすが両腕を失っても抗った神様だ、本当に懲りない。
しかしどうやって動かすのだろう、神奈子様の風で発電でもするのだろうか?
エレキテルくらいしか知らないが神奈子様ならそれよりも進んだ知識を有しているのだろうし、何か原動力となる新しいなにかがあるのだろう。
「お空のエネルギーはダメなのに、他に何を使うのかしら?」
「さぁ? 私は興味ないけど、もしかしたらまたアヤメに話が来るかもしれないよ?」
「もう帰ってもいいかしら、諏訪子様」
あたしが神奈子様を苦手とする原因である。
お空のようになにか与えてもらったりはしていないがあたしも新しいエネルギーの原動力にされかけた。
なんでも外の世界では蒸気を圧縮して噴射し圧力や温度の変化で回す動力源があり、それを霧やら煙やらでどうにか代用出来ないかと考えたわけだ。
思いついてからの行動が早くて、逃げる間もなくとっ捕まりえらい目にあった。
河童が作ったのか知らないがやたらデカイ桶?筒?に打ち込まれて体から汁が分離するかもってくらい回され、霧だって完全に霧散するわってくらい炙り熱せられ、気体から液体通り越して個体になるくらい冷やされるわと、実験中に何度かこのまま消えるんじゃないかと思った。
あたしの本質は間違いなく狸で自分でも化け狸と思っているが、妖怪としての力の本質や成り立ちは霧や煙だ。多少の事なら体が霧散しようが問題ないし苦痛や疲労といえる物も薄い。
だからといって好きにされていい気分であるはずもなく耐え切れるものでもない。開放されてからもしばらく酒も飲まずにおとなしく過ごす羽目になった。
まぁそれはまだいい、肉体的なものだけだ。
そのあたしでの動力実験なんておもしろ恥ずかしい物をあの清くも正しくもない三流記者が見逃すはずはなく……泣きついて写真を回収するハメになった。
散々いじり倒されたのに最終的な実験結果としては
『動力源として使うには力不足で不安定』
という烙印を押され、散々弄ばれ汚されたあたしは一人で枕を濡らす事になったのだ。
「もうね、あたし汚れちゃったの諏訪子様。あれは嫌なの‥‥」
「まぁ次は止めるよ、多分」
少し思い出して泣きそうだった、ただでさえ最近涙腺が緩いんだ、勘弁してほしい。
本気で凹んだあたしを見るのがよほど可笑しいのか、諏訪子様は楽しそうに笑っている。
耐え切れずほんのちょっとだけ泣いた。