東方狸囃子   作:ほりごたつ

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昔は町内会などで小さなお祭りがあったな、そんな話


第三十二話 秋思い

 里の入り口を抜け中央を走る川沿いに色々と商店が並んでいる。

 まずは里の中心部の辺りに大手道具店の霧雨店。

 その店構えの正面通り、右手側には福の神が訪れて大繁盛する蕎麦屋があり対面には団子屋が開かれている。山の仙人様も買いに来たりするあそこ、以前にてゐに土産として買っていった団子屋だ。そのまま進んで行くと豆腐屋や飲み屋等の食料品を扱う店。たまに藍が油揚げを買う姿を見られるところだ、あたしの贔屓の甘味処もこの並びにある。

 

 里の中央を流れる川にかけた橋を渡って右手側に行けば寺子屋、慧音の家もその近く。あのおよそ人間らしくない職漁師の爺さんもこの辺りに住んでいるんだったか。

 その寺子屋からさして歩かずにあるのは馬鹿でかい稗田のお屋敷、大きなお屋敷とは対照的な小さな体の弱い娘が住んでるあの家だ。ああそう、確か近くに貸本屋があってそこの娘と稗田の当主が良く一緒にいるとマミ姐さんとけーねが言ってた。

 他にも妖精贔屓で妖怪の通う花屋や里人の住居等が並んでいるがそこは割愛して、今は里の少し外れ、小さな林に囲まれた神様のいない社を訪れている。

 翌月くらいには収穫出来るだろう米の豊作祈願が行われている様子を眺めている。

 

 収穫が近くなってからの豊作祈願なんて遅すぎやしないかと思われそうだが、幻想郷ならではの理由がある。普通なら鎮守社に祀られる鎮守神や氏神、産土神様へ祭りを奉納するものなんだが、この幻想郷には野良の豊穣神様がおわしその方を里の社にお呼びして祭りを奉納する。

 この秋を司る豊穣の神、秋穣子様は秋の作物にしか作用しないのと秋本番になると少し、そう少しだけ、テンションが上って面倒なのだ、逆に秋から遠すぎるとやる気がない。日本におわす八百万の神様らしい俗っぽい性格をしておられる御方である。

 

 そんなわけで夏が終わりかけ、野山が秋になる準備をし始める前の、なんとも中途半端なこの時期に豊穣祈願は行われている。豊穣祈願と言ってもお祓いや祝詞を上げるような仰々しいものではなく、里の人たちが作ったお神輿に穣子様を乗せて里内を練り歩くといった、田舎の祭りくらいの規模の物なので派手さにはかけるものなのだが穣子様が楽しそうなのでいいだろう。

 これほどまで人間への恵みに関わる神様なのだし、神様のいないお社もあるのだから祀ってはと思うが、幻想郷には他にも豊穣の神様はおわせられるし、何より穣子様本人がこれくらいの方が仕事が少なくていいと仰っているのでこの形でいいのだそうだ。 

 

「今年の秋も頑張って育てるわぁ~!お姉ちゃんに負けないのよ~!」

 

 豊穣祈願する時期が少し遅かったのか、甘い匂いを周囲に振りまきながら面倒くさい事になりかけている穣子様には一人の姉がおわせられる。

 穣子様と同じ秋神様であらせられる秋静葉様、このお姉様はこの豊穣祈願にそのお姿を見せる事はそうはない、直接的に秋の恵みに関わる方ではないのでこういった神事で呼ばれる事はないのだそうだ。紅葉と落葉を司る神様であたし個人としてはお姉様の方が好みだ、口に入れ味わえる秋の恵みもよいが、目で見て楽しみ散り際の美しさや寂しさを味わい思いふける事を楽しめる紅葉は風情があり、なんともいえないものがある。

 

 幻想郷の紅葉は静葉様が一枚一枚丁寧に葉を塗って紅葉させる為、枯れ方に差や染まり具合に斑が出来るのだが、その斑具合がよい景観になるのだ。職人の彩る手塗りの味と言って差し障りがないだろう。そして圧巻なのは落葉のほうで同じように一枚一枚葉を散らしていくのかと思いきや、木を蹴っ飛ばして豪快に散らして回っていく。この時の静葉様が輝いているように見えてあたしは好きだ。

 

 今この場では御姿の見られないお姉様を思い考えていたら、少し前に練り歩きに出た神輿が一周し戻ってきたようで、楽しそうな声が聞こえてくる。外の世界では妖怪の山に済む河童達のように科学の力を使い農耕や畜産をするというが、こうして神々へと願いその恩恵を得る姿の方が良いと思えるのは、あたしが獣上がりで自然に近いからなのだろうか。

 

 妖怪の山と述べたが、このお山には秋の姉妹神のような野良神様はほかにもおわしになられて、その方も人間の暮らしによいものを与えてくださる方だ。

 正確に述べるなら与えるよりも取除くなのだが、その方は人間たちの厄をその身に引受け自身の力とされる方で、厄を溜め込んだ姿は非常に怪しく見えるのだが、目に見える黒い瘴気のようなものを纏いくるくると回る姿は美しくも見える。

 このように、人間にとってとてもありがたい厄神様の鍵山雛様だが、実際は妖怪かもしれないとも言われている。普通の神であるなら求める信仰を彼女は欲さずただ厄のみを求める。

 信仰を必要としないから妖怪だと極論を言うのなら、相手を思い間接的に救いを授けている姿も神様だと呼べるものだとあたしは思うのだが。けれどその辺りの事はご本人は気にされてないし別にいいか。ご本人がおおらかな性格の為気にされないのをいい事に、あの清くも正しくもないパパラッチは雛様をえんがちょマスターなどと呼んでいた、厄にやられて羽毛が禿げればいいのに。

 そうなったら面白いのに。

 

 ついでに少しだけ述べておくが、お山には野良ではない神様もいる。片方は祟り神もう片方は軍神と人の暮らしとは余り関わりがないようなので、今は家持ちの神様もいるとだけ述べておこう。

 ぐだぐだと色々述べたがそろそろ祭りも終わる。穣子様もお帰りになられるようだし土産でも持ってついて行き静葉様へご挨拶でもしてこよう。

 穣子様ご自身が調理される焼き芋ほど甘くなく、甘味が苦手な人にも好評なみたらし団子でも持って。

 

~少女移動中~

 

 景色はまだ緑の強い夏といったところだが、空気には少し秋らしさのある冷たさを持ち空には赤とんぼが飛ぶようになってきた、後は山の木々達や人里の稲穂がお色直しして、水に触れる事を億劫だと思うようになれば秋本番というところだろう。

 この季節は花も美しい種類が多いが、やはり斑に染まる葉が主役だろう。地から見上げ視界いっぱいに広がる赤や黄も素晴らしいし、空から眺み景色の一角が全て赤や黄になる様相も素晴らしい。

 このお山に住む白狼天狗の千里眼で眺めれば、いつもの見え方と変わり紅葉の美しさも変わって見えるようになるのだろうかと、少しだけ気になった。

 白狼天狗も木の葉天狗と呼ばれる事があるのだから、この季節くらいは普段の真面目な面とは違う姿を見せてくれてもいいのだけれど、あの娘はつれない娘だ。

 見せてくれたとしてもあたしやあのうるさい新聞記者に対する青い顔くらいで、なにか頬を染めるような色のある話の一つくらいはと思うのだが浮いた話もない。

 真面目なのだからそういった方面も真面目に恋するなどすればいいのに、秋は繁殖期でもあるのだから。

 

「当然のように侵入されては困るのですが、囃子方様」

「あたしには問題なんておきないから大丈夫よ、心配しないで椛」

 

 噂をすればなんとやら、毎回ご苦労様だと思える勤務態度だ。山住まいの癖にほぼ山にいない誰かに椛の爪の垢を煎じて飲ませてあげたいくらいだ、そうすれば少しは山で行動する姿も見られるかもしれない。

 

 効き過ぎて引きこもるようなあっちの新聞記者のようになる‥‥事はないな。

 山生まれで山にいない者と山どころか家からも出ない者、どちらのほうがマシなのだろう。

 両者とも新聞を発行するのを生業、いや趣味なのか?まあいい。

 それを生業にしていて記事内容や発行部数で競うらしいが方やあたしの件を知っての通り脚色強く面白おかしく騒ぎ立てるもので、いつだか女医殿に学級新聞と評価された物。

 方や引きこもりの能力頼りが念写した写真を元にそれっぽい記事に仕立て上げる物、実際に見ている分あっちのパパラッチの方が信憑性があると思えるがたまにぶっこ抜いた写真で面白いものもあるようだ。

 

 いつか博麗神社でご神体として崇められて河童の手、あれを念写して記事として仕立て上げ発行したら見事に山の仙人様が釣られてた。そんな風に本当にたまに面白いものがあったりする。

 実際のところはどんぐりの背比べに思えるが、どうなのだろう。

 あたしとしては‥‥

 

「あの、侵入される事が問題で‥‥聞いてませんよね、もういいです」

「ん? 今日はやけに素直ね、なに? 悩みでもあるの? 恋わずらい?」

 

 椛そっちのけで別のことを考えるあたしにそんな事はありませんと落ち着いた顔で話すのはいいが、そんなだからいつまでも初心なままだと上司に馬鹿にされるのだ。

 科を作って実はなんて少しの方便でも言える柔軟さがあれば、少しはあれに振り回される事が減るのだろうに。

 真面目過ぎて少し惜しいわ。

 まあそれでも手間が省ける、今日の探し人静葉様を探してもらうこととしよう。

 

「何故私を残念なものを見るような目で見るのか、わかりませんが」

「素直な椛だと関心してるのよ、そういえば秋神様のお姉さんの方は何処かしら」

 

「静葉様なら紅葉の下準備の為篭もられているようで見かけてませんよ」

「そうなの? 少し遅かったか、ならいいわ」

 

 持参した土産を椛に手渡しして、近くの切り株に腰掛け煙管をふかす。

 渡した土産、みたらし団子を受け取るとその場で開けて食べてくれるこの娘。少しはしたないと思われるかもしれないが住まいの宿舎に持ち帰ると周りがうるさいのだそうだ。

 また侵入を許したのかと騒ぐ者もいれば、椛だけ毎回ずるいと妬む者もいるらしい。妬むなんて少しは話のわかるのもいるんだと思ったが、天狗も一枚岩ではないのだそうだ。

 

「そういえば、最近また二柱が騒がれておられて‥‥なんでも、宴会で早苗とは会ったのに私らの方に来ないとはなんだ。と」

「あぁ‥‥また面倒くさいのが‥‥諏訪子様だけならいいけれど……行かなきゃもっと煩いだろうし行くしかないのね」

 

 緩く尻尾を振りながら土産に舌鼓を打つ椛を愛でて気を良くしていたが、その一言で興が削がれた。宣言なしに神社ごと引っ越して来て騒がしくするわ、麓の巫女に神社からの立ち退き要求して騒がしくするわと何かと話題の絶えないこのお山に建つ神社。

 その神社を遠くに眺め、また面倒なのに呼びつけられたと気を落としながら、とぼとぼと一人歩き出した。


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