東方狸囃子   作:ほりごたつ

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第三十一話 季節の終わり

 夏は夜がいい、綺麗な満月の夜ならなおさらだ。見通せない闇のような夜でも蛍が多く飛び交う景色はとてもよいものだろう。多くなくても一匹二匹だけが光っているのも素敵だし、雨が降っても趣がありいいわね。

 

 昔こんな事を書に著した人間がいたが、今の光景を見ていると良い体験談として随筆したくなる気持ちもわかる。珍しく霧が晴れその全貌を覗かせる霧の湖、お月様は満月とは言えないが、何かに囓られたような綺麗に欠けた下弦の月で見応えがある。雲もひとつとして見当たらず星がよく見える良い夜空だが、あたしの周囲を漂う煙が時たま視界で混ざり、一瞬だけ朧月のようにも見える。春の季語らしいが幻想郷はもうすぐ涼しくなっていく頃。気候だけなら春に近い爽やかさのある夜だ、この景色になら似合うだろう。

 波紋の立たない綺麗な夜の湖面には数十匹の蛍、もうすぐ彼らの季節も終わる頃合いだというのに結構な数の蛍が淡く光りながら漂い湖面に反射している‥‥淡い灯りを点滅させる彼らのおかげで静かな、良い夜だ。

 息をのむ景色を何も話さず見ていると、隣で両膝を抱え座る蛍の少女も黙ったまま、同じくこの景色に目を奪われているのだろうか?

 

「今年最後の夜のから騒ぎって感じかしら、リグルは混ざらないの?」

「私は混ざらずに同胞の最後を看取る事にしてるので。今年は最期の集まりかもしれませんが、また来年も変わらずありますから」

 

 彼女にお願いすれば何時でも見られる景色なのかもしれないがそれでは余り意味がない。

 今日のようにたまたま見つけて景色がとても綺麗だったと感じた方が、願って作られた物よりも綺麗に見えたりするものだ。それに無理に頼んで変に気を使わせるのも悪い、ただでさえ臆病というか気の弱い子なのだから。

 それでも今年はこれが最後のものか、なおさら今日見られてよかった、これならばこの湖まで案内してくれたあの闇の妖怪に感謝してもいいところなんだが、少し前から姿が見られない。きっと食事でもしているのだろう、野太い悲鳴が湖周りの森から聞こえてきていた。夜中のこんな時間にこんな場所にいるのだ、食べてもいい種類の者だろう。

 助けてぇぇなんて喚いていたが危険が迫ってから助けてと叫ぶならそうならないようにすればいいだろうに、知恵があるのにその辺疎い者達で見てて飽きない。

 感謝したいと先ほど述べたが特に釣れられてここまで来たわけではない、ただふよふよと漂う闇の後をついて来ただけだ。太陽の光を嫌う宵闇の妖怪らしく昼間も真っ黒い玉となって湖周辺を漂っているが、日光のない夜でもそのままなのはなぜなのだろう。理由を聞いたところで答えが聞けるとは思わないが。

 

「紅魔館に用事ですか?」

「いんや、闇の妖怪に案内されて夜のお散歩よ」

 

「案内って割にはルーミアいないですよ?」

「案内を頼んだわけじゃあないからね」

 

 よくわからないといった顔であたしを見つめ質問を投げかけてくるが、なにかを話す度に頭に生やした触角がピコピコ揺れる。

 失礼だとは思うがどうしてもその動きが気になり、顔を見ずに触角の方を見て話してしまう。

 視線に気が付いたのだろうか、上目遣いで自身の触角とあたしを見比べて恥ずかしそうにするリグル、その仕草も中々に愛らしい。

 

「どうしても気になるのよね、四足の名残かしら?」

「猫でもないのに気になりますか?」

 

 確かにあたしが猫だったらじゃれついていたかもしれない、それくらい気を取られるものだ。あまり目の良くない狸でもこう気になってしまってるのにあの藍の式やお燐が見たら我慢出来ないんじゃないだろうか。

 そんな事を考えながら愛用の銀縁眼鏡に指を添えて少し位置を直す。眼鏡がなくても目は見える、掛けなくても過ごせるくらいで特に視力補正のためのものじゃない。

 気がついたらいつの間にかあった。憶測だが、狸は目が悪いから狸の妖怪も目が悪くて眼鏡を掛けている。とでも人間達が考えられるようになったのだろう。

 あたしとしてはマミ姐さんの真似ができているようで少し嬉しい。

 

 リグルと少しの会話をしながら景色を楽しんでいると、眺める景色に黒が交じる。食事を終えた闇の妖怪だろう、彼女の過ぎる辺りだけがお月様や蛍の光を写さず不自然な景色となる。

 

「宵闇の妖怪なのに、夜の景色に紛れずわかりやすいってのもどうなのかしらね」

「本人気にしてないからいいんじゃないですか」

 

 そうだな、と。気にしてないなら外野が騒ぐものでもないか。

 いつかの霧の異変で出くわしてしまったおめでたい巫女に、今日のように人間を襲うのが妖怪の仕事!なんて言って襲ったらしいが逆にボコボコにされ、最近人間が襲われてくれない!という捨て台詞を言って逃げていったようだ。

 代案としてあげられた待ち伏せという提案を面倒くさーいと却下してしまうくらいだ、その姿に似合わず何事も気にしないおおらかさがあるのだろう。

 

「でも周りが見えなくなる事くらいは気にしてもいいと思うんですけどね」

「ヤツメウナギでも食えば見えるのかしらね」

 

 共通の友人が営む屋台名物を思い出し、このまま二人で向かうことにした。

 

~少女移動中~

 

 見慣れた八つ目と灯る提灯に慣れ親しんだ屋台、タレの焦げる香りがこちらに届き始めなんともたまらないものがある、先ほどまでは目の保養をしてこれからは食欲を満たす、肉体精神共に満たされる日なんてそうそうなく今日は大当たりといえそうだ。

 屋台の様子が見られるくらいまで近寄り、リグルと二人降り立つと、見慣れぬ人影と見慣れぬエモノが視界に入る。持ち主が立てればあたしの身長と同じくらいはありそうな大きな鎌が屋台の端に立てかけられて、その持ち主と思われる女性は一人屋台で飲んでいるらしい。

 声が聞こえる距離まで寄ると、癖のある赤い髪を揺らして楽しそうに女将と話す声が聞こえてきた、あの鎌にあの髪色、気風の良い話調子から顔を見なくとも誰かはわかる。

 連れたリグルに向かい、口元に人差し指を立て静かにするよう伝えると、触角が縦に揺れ理解したと示してくれる、理解も得られたし久々に会う飲み仲間もいる、一つ驚かしてみよう。

 

「全く貴女はいつもいつも、またですか小町!」

「声色は少し似せられてるが言葉が逆だ、四季様はまたですか!から入るよ、アヤメ」

 

 自分が叱られた事は気にかけず、笑いながら言葉の凡例を指摘してくるあたしが小町と呼んだこの女性、地獄の閻魔様の部下で、死者の魂を彼岸へ運ぶ三途の川の船頭死神さん。お話し大好きおしゃべり大好きな川霧の水先案内人、小野塚小町である。

 こちらも見ずにコップを眺め薄く笑って返答をくれるが全く堪える気配がない、言われ慣れている言葉だから驚かなかったのか、バレバレだったからなのかわからないが普通の反応しか見られず拍子抜けである。

 そこはともかく、挨拶もなしにサボりと言ったが小町にとっては挨拶のようなものだろう。それくらいにサボっている姿を見かける、人里にもいるし今日みたいに迷いの竹林にも現れる。サボり場所で小町を見られる場所では同時に閻魔様が見られて、小町が怒られている姿も見られるらしいがそんなに頻繁に抜け出して来られるほど閻魔様は暇なのだろうか。

 今日は休み前で閻魔様に怒られる事もなさそうだが、それは怒られる姿が見られないのと同義で少し残念だ。

 

「久しぶりね。今日もいつものサボり? それとも女将のお迎え?」

「まだ行きたくないから夜目が効かないようにしないと、いらっしゃいお二人さん」

「残念、今日は終いで明日は休み。今は休み前の有意義な時間を過ごしてるのさ」 

 

 いつもの仕草で微笑んでくれる女将に対して随分ひどい事を言ってみたが全く気にされてはいないようだ、まぁいつものあたしを知っている相手だそんなものだろう。

 こっちの死神も、死神らしく現世の終わりを迎える者の所へお迎えに来たのかと思ったがちがうようだ。そもそも彼女はお迎えの死神ではなく三途の川の船頭を担当している。管轄外か。

 三途の川の船頭に休みがあるのか疑問だが、彼女以外の死神もいるらしいし交代でもするのだろう。出なけりゃ休みは嘘でいつものサボりになり、ありがたい閻魔様のお説教も拝めるのだが。

 

「あたし達はいつものね。小町が休みなら明日は死人が出ないのね」

「あたいが運ぶ魂はいないが他の誰かが運ぶかもしれんからそこまではわからんよ。暇な方がありがたいけどね」

「小町さんが忙しい時は虫も騒がしいから私もそのほうがいいなぁ、花がうるさいと虫もうるさいので」

 

 花の異変の話か、季節関係なく花が咲き乱れ幻想郷が名の通り幻想郷と呼べる美しさを見せた異変。

 あれは素晴らしかったけど常にぐうたらな紅白が珍しく張り切ってしまって長くは続かなかった。

 次の周期はどれくらい先か、確か60年くらいの周期で訪れるんだったか。まだかまだかと期待を膨らませて待つ楽しみの一つ。

 

「あれは簡便だ。あんなに霊魂溢れてくれちゃあ、あたいの船じゃあ沈んじまうよ」

「距離をいじって向こう岸までってのはダメなのよね、てっとり早いのに」

 

「それをやっちゃあ船頭なんていらなくなる。商売上がったりは困るのさ」

 

『距離を操る程度の能力』なんて便利な物を持っているのに使わない、変なところは真面目な死神小町。小町の操る能力で船に乗せた死者の魂がこれまで現世で積んできた善行に応じて、三途の河の彼岸までの距離を変えることに使っているらしいがそれしか出来ないわけではなく、普通の道でも距離を操れる。

 サボって逃げるにゃとても相性がいい能力だが、小町は逃げずに必ず説教されている。まるで閻魔様のお説教が楽しみだとでも言うくらい必ずだ。物好きなのか何か思うところがあるのか。

 

「変な所で真面目よね」

「そりゃあそうさ、他人の魂なんて重いもん運ぶんだ。仕事については私は真面目」

 

 仕事態度はサボマイスターと言われるくらい不真面目なのに、それでも口調が変わるくらいに仕事内容については真摯に取り組む姿勢を見せる。普段はあたいと気風のいい話し方をするが、真面目な時は私というこの死神。

 オンとオフのメリハリをきっちりつけられるんだからそれを仕事に向けても、とそこまで思ってなんだか藪蛇になりそうだと気付き黙る。

 

「真面目だけど不真面目なんて面倒なだけだと思うわ」

「真面目に不真面目しているお前さんに言われたくないねぇ、アヤメよ」

 

 別の藪から蛇が出てきたとクスクス笑い酒を飲む。

 タイミングよくいつもの肴、ヤツメウナギの白焼きもきたことだし真面目な死神と軽く乾杯して今日を楽しむとしよう、正しい出会い方はまだまだご遠慮したいが、それ以外で会えば楽しい飲み仲間との再会に乾杯。


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