東方狸囃子   作:ほりごたつ

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ガールズのトークその2



第二十九話 月見て笑う

 いつもはそれなりに見えるよう小奇麗にしている少女。ただの灰色に見えるが部分的に白も混ざり濃淡を見せる灰褐色の髪と耳。今はその半分を赤く染めている。

 召し物もマメに手入れされ、その髪よりも少しだけ明るい無地で髪と同系色のもの。今はその半身を髪と同じく赤々と染め上げてしまっている。

 掛けている銀縁眼鏡にも血痕が残り、視力を補うという眼鏡としての機能をなしてはいないが、そう気にしている素振りは見られない。なぜなら今は食事中。気にしていては進まない。

 

 普段の食事は質素なものでもっと少なく食べ散らかす事などないが、今日ばっかりは事情が違う。この少女にしては珍しく血を浴びる事などお構いなしに食事をしている。

 夜空にはお月様、いつもよりも少しだけ赤く輝いて見える綺麗な満月。妖かしなら眺めるだけで気が昂ぶり抑えが効かなくなるような夜だ。

 この少女も少しだけその影響を受けているように見える。

 

 先程まで襲いかかってきていた相手を喰らい、その臓腑を口に咥えたまま月を見上げる姿。

 猟奇的な光景だが、恍惚とした表情を浮かべ月を見上げる少女は美しく怪しかった。

 もしこの姿を見る者がいれば足を止め、少女から目を離せなくなっているかもしれない。

 夜に輝く銀の瞳と目が合い虜になるかもしれない。

 そんな、夜の少女。 

 

 木っ端ばかり次々と。もう何人目になるのか。これで喰らったのは二人、散らしたので五人だからこいつで合わせて七人かね。もう相手するのも面倒だから先に死んでから来てくれないかね。

 これはきっとあれだ、紫の怠慢だ。あのスキマ、人には散々手伝えだのお使いしてこいだの面倒で厄介な話しか振ってこないくせに、こっちが面倒に巻き込まれても助けになんて来やしない。

 それにしても良い夜だ。普段は喰おうとも考えない相手を喰らい、それが美味だと感じられる。夜空に輝くお月様が素晴らしくて少しだけ気持ちがよい。

 けれどそろそろ喰い飽きた。

 最初に現れたあの者達、綺麗に仕立てられた洋装に背に生やした皮膜の翼。

 高慢で、さも高みに私はいますよとでも言い出しそうな表情。

 それが歪みあたしの体にすがりながら命を乞う姿は滑稽で楽しめた。

 ああいう者相手なら面倒事でも今夜は許せる。

 それがどうした事か、最初に現れたやつ以外はろくに会話も出来ず人の形も成せないような半端でどうでもいい妖かしばかり。

 少し散らされた辺りで逃げ惑えばまだ楽しめたものを、互いに仲間とも思っていない奴らが数を頼りにしたところでどうにかなると思われたのだろうか。まぁ仕方ないか。

 相手の力量がわかるような頭があるなら姿を見せずに逃げ帰っただろう。それくらいに今夜のあたしはノッているし、我慢する気もない。

 願わくば来世では穏やかに楽しく暮らせますように。生き物だったかも怪しい眼前に広がる血や肉片に向かい微笑みながら、咥えたままのモツを喰らった。

 

「随分と楽しんだのね、アヤメ。口の周りくらい拭ったら?」

「不思議と気にならないのよね、お月様にこんな姿見られているのに気持ちが良いわ」

 

 食事を楽しんでから、少しだけ積まれ高くなった赤く染まる肉の椅子へと腰掛け食後の一服をしていると、隣に上半身だけの紫が現れてあたしにお小言を言ってくれる。

 腕だけが眼前に生えてきてあたしの口を拭ってくれる。拭いきれず唇に残った血をペロリと舐めて楽しいおもちゃを見るような笑顔で紫を見た。

 

「貴女がこうまで乱れるなんて、私が考えているより影響力があるのかしら」

「お月様が楽しもうと誘ってくれるいい夜よ?あたしはそれにノッただけ。別にアテられてはいないわ」

 

 その言葉とともにいつもの落ち着いてやる気のない表情へと戻る。本当に雰囲気にノッて楽しんでいただけのようで、いつの間にかその姿も見慣れた小奇麗な物になっている。

 別にアヤメの能力や紫の能力で掃除を行ったわけではない、彼女が人間からそうあって欲しいと願われた、いつもの姿を思い出しそれを成しただけだ。

 

「それで、これは普段の怠慢が招いた物なの?トラブル処理頑張ってね。紫さん」 

「貴女に怠慢と言われるほどサボってはいません、少しだけ面倒な相手が引っ越ししてきたのよ」

 

 口元を扇で隠し妖艶に笑いながら事の起こりを説明してくれるが、その姿は見慣れた者とは変わっている。いつもとは笑みが違うのだ、なんだ紫も楽しんでいるんじゃないかと言葉には出さず悪態をつく。

 

「そう、それじゃあ管理人さんはこれから相手の所へご挨拶かしら。それとも管理人さんが引っ越し業者で既に仲良しなのかしらね」

「残念ながら仲良しではないわ。管理人さんとしては不法滞在されてしまってどうしようかと考えているところよ」

 

 考えているなんてまたわかりやすい嘘を言う、既に考えは纏まって後は動くだけにしている癖に。しかしこの流れはマズイ、確実に狙われている。何か逃げ切れるものはないだろうか。

 出来ればもう少し楽しく笑っていたいのだ。

 

「ここで時間を潰していてもあたしの食事くらいしか見るものがないわ、そろそろご挨拶へ伺ってもいいんじゃないの?」

「そろそろ、と思っているのだけどか弱い管理人さんは一人じゃ不安なの。それにあまり食べるとお腹が出てしまうわよ?運動が必要じゃないかしら」

 

 視線を合わせないあたしのお腹を擦りながら言ってくるが、これでも食事には気を使い節制して酒と煙管だけを楽しんでいる。紫に気にされるほど崩れていないむしろ細いほうだ。

 それでも紫が不安を覚える相手、妖怪の賢者相手に不法滞在どころか居直って騒がしくしている望まれない隣人だ。食事よりは楽しいかもしれない、待っているだけにも飽き気味だしたまには出向くか。

 

「誰かさんみたいに寝すぎて動けない、お腹ポッコリなんて嫌だものね。それにたまには紫さんと遊ぶのもいいわ」

「誰の事を言っているかわからないけど遊びには賛成だわ、どうせなら他の者にも声を掛けて皆で楽しく遊びましょう」

 

 そう告げながらスキマに消えていく紫を見送り、さきほどまであたしを襲おうと血気盛んに動いては泣いて喚いていった者を見る。もう少し紫が早いか貴方達が遅いかしていればまだ生きられたのかもしれないのに、残念ね。

 

~少女待機中~

 

 少し待つと視線の先にスキマが開く、見る分には慣れたものだがここに入るのは慣れはしない。どれだけあるのかわからない空間いっぱいに蠢く瞳が、中に入る度にあたしを見つめるからだ。品定めされているようで気に入らなかった。

 

 片足をスキマに踏み入れもう一歩踏み出すと景色が変わる。一体何処に連れだされたのかと周囲を見回してみると、博霊と彫られた鳥居と階段が見える。

 博麗神社の鳥居前、また面白いところに呼んでくれたもんだと顎に手をやり立ち止まっていた。

 

「そう悠長に眺める時間はないのだが、アヤメ」

「聞くだけで見たら最後なんて言われてるからつい、それより貴女の主はいないのかしら。藍」

 

 あたしのすぐ後ろ、同じように博霊と彫られた鳥居を眺め両手を袖にしまいそのまま組む様な姿勢で立っている。背負った尻尾を少しだけ揺らしながら立つ姿は偉大で主よりも冷徹なものに映るが、あたしとは気安い間柄だ。

 

「紫も珍しいのを連れてくる」

「貴女との会話の方がよほど珍しいわ、博霊の巫女」

 

 視界に映る鳥居の先、博霊神社の境内で静かに佇む今代の博霊の巫女。語らず臆さず諦めず、無言無心で妖怪を退治するその姿はあたし達妖怪の間では広く知れ渡っている。無論あたしも顔を知っているし、それなりに話した事もある。

 

 人里で姿を見かけた時には挨拶を交わす程度で互いに親しいなどとは思っていないが、この巫女のあり方を気に入ってはいた。

 短い短い人の一生。そのほとんど全てを修行に費やし、退魔師として破格の力を持ちえながらも襲わぬ者は歯牙にもかけず。襲うものには容赦なく博霊の秘宝陰陽玉を奔らせる。

 人にしては割りきった思考を持つ彼女が面白かった。

 

「確かに珍しいわね、酔っていないわ」

「人を何処かの幼女みたいに言わないでほしいわ」

 

 巫女の後ろ、今宵の月にも負けない花の香りを漂わせいつもの傘を後手に話す風見幽香。

 なんだ、随分と大げさに集めたものだ。これならあたしは用なしじゃないか、楽が出来るな、ありがたい。

 

「ダメよ、アヤメにはやってもらう事があるのだから」

「あたしじゃないとダメなのかしら」

 

 境界をいじられ思考でも読まれたのか、見事に言い当てられ素直に拒否の姿勢を見せてもあたしの隣に現れていた紫は笑顔を崩さず、いつもの胡散臭い雰囲気を纏い話しだした。

 

「このままお月様を眺めながら酔うのもいいのだけれど、それはご挨拶を済ませてからゆっくりと。先住の皆様にも協力してもらい楽しい挨拶と致しましょう。今宵の相手は吸血鬼、満月の夜に会うのにぴったりのお相手ね。あちらの主とは私が話すわ、貴方達にはそれぞれデートを楽しんで貰う相手がいるのでそちらのお相手をお願いします」

 

 館の主、純粋な吸血鬼でこの世に生まれて三百年だか四百年くらいの若輩者。主というくらいだ一番面倒くさい相手だろう。それを紫自ら相手にするとは・・・正確には藍が相手をするのだろうが。

 

 次いで主の妹、同じく吸血鬼。いるかいないかわからないという曖昧な説明は置いておいて、博霊の巫女がお相手するのだそうだ。いなかったらあたしと変わってくれないかしら。

 

 続いては吸血鬼ではないのだが、主の友人の魔女が館に住み着いているらしい。幽香を指名していたが魔法や魔術相手になにをするのだろう。

 

 最後はあたし、周囲の気配を察知して駒を動かす門番がいるらしいのだが。あたしにはその気配を逸らしながら門番の相手をしろと仰せだ、紫のご挨拶が終わるまでテキトウに時間潰せばいいらしくて珍しく当たりくじを引けたかもしれない。

 

「手を考え駒を動かす相手だから会話でも楽しんでみたらいいんじゃないかしら」

「つれない相手じゃないといいんだけど。楽しくおしゃべりしたいし」

 

 これから物騒なご挨拶へと向かうのに悠長な世間話をしながら、幻想郷の管理人一行は月を赤く染める者の元へと歩み出した。

 

~少女達移動中~

 

 スキマを抜ければ、そこは霧かかる湖。

 神社の鳥居に開かれたスキマを抜けて瞬時に赤いお屋敷の建つ湖近くへと出る。アヤメを含め他の者も一緒に正面から堂々と、お屋敷へと向かい歩き出す。

 先ほどまでの穏やかに語らう姿が嘘の様に静まり、草を踏み地を歩く音だけが夜の湖へと吸い込まれていった。

 

 屋敷の正面、門柱に寄りかかり目を伏せ動かない少女が一人。

 一定のリズムで静かに肩が上下するのみでアヤメ達に気がついていないかの様な佇まい。

 寝てるのかねと一歩近寄ると閉じていた瞳を静かに開きあたしを捉えた。

 

「おはよう。良い夢でも見ていたのかしら。良ければ夢の話が聞きたいわね」

「残念ながら眠ってはいませんでしたので、夢が見たいのならお一人でどうぞ」

 

 そう言ってアヤメの隣、博霊の巫女目掛けて目に見えるほどの力が込められた拳を放つと巫女が血煙となり散っていった。

 

「手荒な上に手が早い、貴女それじゃモテないでしょ?」

「感知した気配は変わらない・・・いつから?」

 

「さぁ、感知出来るものだけを頼ってはダメよ?」

「そうですね、既にお屋敷に侵入されたようですし。私が甘かった」

 

 突然霧の湖に現れた手に負えない大きな気配が五つ、ゆっくりと屋敷へと向かってくる。

 住まいを荒らす相手に正面から来るはずがない、屋敷を囲うように別れて来るか数を揃えてくるかと読んでいた。

 

 だが相手は五つ。それも美鈴の格上だと気配だけでわかる相手達。その気配がわかれる事なく真っ直ぐに屋敷へと向かってくる。

 分散した相手なら手配した駒で囲み各個撃破、数で来られても時間稼ぎにはなる。

 その予定で駒を並べていたが五つ別れることはなく、ああも固まって動かれては駒である雑魚共では足止めにもならず、美鈴自身でも抗う所か傷さえ与えられないだろう。

 

 参ったな、一手目から完敗だ、と少し諦めを覚えたがすぐに思い直す。

 気を引き締め斥候を果たすが相手は悠長に話しだした。その話を聞くことなく先手を決めた、そう思っていたが一人を潰した瞬間に屋敷に侵入者の気配を察知した。

 

 なにかをやられた、この正面で薄く笑い尻尾を揺らす相手に嵌められたのだと悟る。

 悟ると同時にその正面の相手を見据え思いを込める、刺し違えればまだ、と。

 その瞬間、その尻尾を揺らす相手以外が煙となり掻き消えた。

 

「あら、絶望から目を逸らすなんてあたしは今舐められているのかしら?」

「化かされたんですね、ムジナですか?」

 

「そうね、楽しんでもらえたかしら?」

「ええまぁ、肝を冷やしました」

 

 神社のスキマを通る前からアヤメの能力は行使されていた。五人へ向かう殺気を逸し注意を逸らしてスキマを抜ける。

 そうしてそのままアヤメを含む五人はスキマを通り湖へと出た。

 そう、この次点では本物の五人だった。

 

 そしてその場で別れ行動する。注意力は逸れ気が付かれず、放たれている殺気も逸れて敵と認識されない四人は悠々と屋敷への侵入を果たす。

 一人になったアヤメはゆっくりと歩みを進めて行く。

 いつの間にかアヤメの周囲に別れた四人が姿を現した。

 

 素直に妖術で化かしたわけではない。ただ少し、相手の意識を逆手に取って能力に引っ掛けてから騙しやすくしただけだ。

 五人纏まってそのまま来るとは思わないだろう?まとめて相手取ればどうなるかわかるだろう?自身の勝利のために描いていた道筋を逸れ絶望に落ちていくのは怖いだろう?と、そう思いそう感じている相手の意識を逸らし、妖気を滑り込ませた。

 

 美鈴がそう考える確証はないし死を賭して挑んでくる可能性もあったが、少しでもそう考えれば落ちるだろうと。そうなったら面白いと。そう考えてアヤメはほとんど無手で美鈴の一手目を潰し二つ目の攻撃を無効化させた。

 頭脳戦では勝負にならなかった。

 

「肝なんて冷やしたら体調崩すわ、女の子なのだし冷やしちゃダメよ」

「お気遣いは無用です」

 

 態度を変えず笑みも絶やさず。

 口数は多い、だが話す内容は今この戰場で語る事とはほど遠い。

 手の内があると見せつけてどこまであるのかはわからせない。

 

 タチの悪い相手だ、美鈴は動けずにそう感じ取ることしか出来なかった。

 祖国でもムジナ相手に闘い化かされた事はあったが、あのムジナは化かしてやろうという意識の元で動きそれを破れば傷つき喚いた。

 

 だが今の相手はどうだろう、ただ気味悪く笑うだけで美鈴を化かしてやろうという素振りも見せず、妖気の流れも変わらない。

 それに攻撃し相手が霧散するまで偽物だと気がつけなかった理由が、美鈴にはわからなかった。

 

「このまま楽しくおしゃべりしましょ、きっと楽しいわ」

「誘いはありがたいのですが、侵入者がいますのでそう時間を取るわけには」

 

 返答し構える美鈴、武芸の素人でもわかるだろう隙のない構え。その場だけ空気が違うような凛とした構え。

 それでも対峙するアヤメは態度を変えることなくクスクスとわらい腕組みをしたままだ、並の武芸者なら激昂する態度。

 

 美鈴は一瞬考える、構えて見せてもこの余裕・・・こいつは本物なのか?

 だが頭に浮かんだ疑問を一瞬で消し飛ばし、構えた拳を正面の狸へと空気を裂いて放つ。パァンという音をたて血煙が舞った。

 

「気を逸らしてはダメよ、また化かされてしまう」

「なんとも、やりにくい」

 

 また化かされたが今は最初のように油断はなかった、けれどこのムジナは薄笑をし腕組をしたまま煙管をふかしている。

 なぜこんな芸当が・・・一瞬息を止めそれを吐く。それだけで美鈴の頭は冷えた。

 相手の正体が何でも構わない、ただ拳を打ち相手を倒すのみ。集中。

 

「少し馬鹿にし過ぎたわ、もう逸らせないのね」

 

 美鈴からの返事はなくただアヤメを見据えている、その目を見つめ返し初めてアヤメが構えと呼べるような斜に立つ形をとり対峙した。

 数秒見つめ合い美鈴が動く、一瞬でアヤメの視界から姿を消し迫る。

 

 足元、低く構えて気を練り肩から肘までをアヤメの腹に打ち据え気を流す。流したが美鈴の気がアヤメの体を突き抜ける事なく地へ奔る。

 当て身を打ち気も流せた、本来なら背が弾けて上半身と下半身が別れるような衝撃を放つそれがまるで触れただけの様な感触。

 

 おかしさに気がつくも一瞬遅く、アヤメの手にした煙管が美鈴の肩へと線の様に突き刺さる。

 一撃を貰いアヤメの腹を壁代わりに蹴り抜き後ろへと飛び退く。煙管で穿たれた肩はアヤメの妖気煙が上がり薄黒く変色している。

 

「確かに当てたはずですが」

「痛かったわよ、女の子のお腹に気を流すなんて。大事があったらどうするの?」

 

 手応えはあった。相手も右足から血を流し着物を赤く染めている、効いてはいるはずだが効き方がおかしい。なんだ?

 美鈴が短い思考を巡らせているとアヤメが地を蹴り一瞬で間合いを詰める、両手を後ろに下げ頭から突っ込んでくる形だ。

 そのまま突進されるだろう勢いで美鈴の間合いの内に入る瞬間、アヤメの姿がブレる。

 

 頭上、間合いに入る瞬間尻尾で地を打ち一瞬で美鈴の頭上に現れる。

 一瞬消えたアヤメを捉え直す為に足を止めた時には、血を流す足を気にせずそのまま蹴り抜こうとするアヤメが迫る。

 

 大きく避ける余裕などあるはずもない美鈴が気を蓄え体を捻じり、先ほど傷を受けた狙いの肩を外す事に成功するが、アヤメは気にせず降下し地に降りる。

 トンと拍子抜けした着地音のすぐ後、アヤメの足を中心に亀裂が伸び円形状に地が割れる。

 足元の揺れを察知した美鈴が後方に下がり再び対峙する形となった。

 

「上手に避けるのね、すこし楽しいわ」

「まさか同じような攻め手の相手とは。益々やりにくい」

 

「その肩、爆ぜないって事はやっぱり妖気をどうにかされたのね」

「貴女の足と同じですよ」

 

 お互い似たような攻め手、相手に自身の気を送り内から破壊する。気を使った内部破壊。

 美鈴は自身の気と相殺させアヤメの流した妖気を打ち消したが、アヤメは腹から背に抜ける気を逸し右足から地へと受け流していた。

 

 互いに攻め手がないように思えるが長く続けば美鈴が負けるだろう、アヤメは流れを逸す事など造作も無いが、気を練り相殺させる美鈴は続ければいつか枯渇する。 

 美鈴には鍛えられた武術と豪拳もあるが、気が逸れて受け流されるのだ、衝撃も逸らされて効果は薄いだろう。

 

「拳で語るより口での会話の方が好みなんだけど」

「そうして時間稼ぎ、ですか」

 

「そう。後は中が済むまで貴女の気を引いていればいいわけよ」

 

 

 守る者の元に向かいたいが決め手が出せない美鈴とは対照的に、時間稼ぎ宣言をし宣言通りに倒さず引き伸ばしにかかるアヤメ。

 その後何度も互いに受け流し合いが続くが、そのまま勝負が傾くことはなく時間だけが過ぎていった。

 

 

〆〆

 

 

「それから少しして、明るくなる前に紫さんが来ておしまいよ」

「なんだか美鈴が可愛そうね」

 

 赤いお屋敷の庭の一角で手入れの行き届いた花壇の前、椅子に腰掛け自身のお腹辺りに視線を落とし話すアヤメ。

 視線の先にはアヤメの膝を椅子に胸を背もたれ代わりに座るフラン。

 隣には苦笑いをしながら立っている美鈴がいる。

 

 アヤメの花が咲いたと聞いて、せっかくだからと夜に訪れフランと一緒に語らいながら眺めていたのだが、フランの一言から昔話をする事になった。

 美鈴は教えてくれないけどどんな出会いだったの、と。

 

「その言い方じゃあたしが虐めたような風ね」

「だって美鈴頑張ってるのにアヤメちゃん笑ってばっかり」

 

「あたしは倒せって言われてないもの、時間稼ぎも面白ければそれに越した事はないわ」

「本気で時間稼ぎだけに回られるとは思いませんでしたね」

 

 髪を掻きながら笑う美鈴だが少し苦労の見える笑い。

 疲れているのだろうか?毎日働いて休憩時間の夜にまであたしやフランに付き合わされて。

 大変ね。

 

「他の人の話は知らないの?」

「紫と藍は結局見てただけで博霊の巫女がレミィを懲らしめた。かわいそうなのはパチュリーかしらね」

 

 首謀者の妹があたしに聞くのもおかしな話だと思うが、巫女とフランが出会うことはなかったらしいから知らないのだろうか。

 

 聞いて見れば、上がうるさいけどまたあいつとパチュリーの喧嘩かパチュリーの実験失敗だろうと気にしてなかったそうだ。中々図太い神経をしていていいわ。

 

 妹にあいつと言われた姉は人間だと舐めてかかった巫女相手に地に落とされ戦闘不能になるまでやり合ったそうだが、詳しくはきいていない。聞くべき巫女ももういない。

 

 かわいそうと話したパチュリーは仕掛けたトラップや陣など全く気にされずただ力で蹂躙されたと。

 解決後の酒宴で見た幽香の笑顔はとても可憐で輝いていた。

 

 紅魔館と紫の話し合いが終わった頃、紫に真相を聞いてみた。

 なぜに殺すつもりがなかったのに人数集めて行ったのかを。

 普段通りに笑いながらこう言った。

 

 幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ。

 それでもある程度のルールは覚えていただかないと。

 そのため幻想郷の管理人挨拶として、あまりお痛をすると怖いのが来て朝眠れなくなるわと示しておきたかったのよ。

 大きな異変もなく少しガス抜きが必要だったのもあったし、遊びはみんなで楽しくというものでしょう。 




髪色ですが長毛種の猫、メインクーンのように白混じりと思っていただければ。

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