自分含め、皆様に良い年になるといいなと思います
明日の天気は悪くなるわ、鈴仙に洗濯は控えるように伝えよう。
日課であるイタズラの仕込みを終えてから来たんだろう。珍しく日の高いうちから起き出して、住まいの外で万年床かと思われた布団を干し、なにやら桶を眺めていたらそんな事を言われた。
「朝帰りとは、この間の忠告は耳に入っていなかったようだね、徳利でもひっくり返したか?」
起きてきただけでまだ少し寝ぼけている頭、表情もボヤケたままのあたしに向かい、懲りないお説教をしてくれる誰かさん。言ったところで聞きはしないとわかっていていってくるんだ、ただの嫌味だろうな。
「昨晩は早くに寝たさ、今朝はお天道さまを眺めながら煙管の掃除でも、と思ったところよ おはよう」
言うと桶を覗き込んでくる。
そうやって覗いてみても桶に張ったぬるま湯の中には煙管が沈んでいるだけだぞ。煙管はたまに掃除をしてやらないとヤニが詰まってしまう、こよりなどで管を通してもいいのだが湯に浸けておくとふやけて掃除が捗るのだ。普段は面倒くさがりなあたしだけれど、愛用品や気に入ったモノに対しては変にマメさを見せる事がある。
「へぇ、掃除か。これくらいのマメさを暮らしにもむけてみてはどうだい?」
煙管の掃除だったり、普段から着ている着物の虫干しだったり。その暮らしぶりはぐうたらな面のほうが目立つあたしだが、身だしなみだけはいつも小奇麗にしていつもり、それも知っていて言ってくるのだ。朝っぱらから全開の節回しだな、てゐちゃんよ。
「サボれば煙管はつまるが、あたしは別につまったりしないわ」
つまらない相手だと思われていれば茶をしばきに来たりはしないだろう。そう邪推して言い切ってみると、確かにつまらない相手ではないかもね、なんて褒めるような事を言う兎詐欺さん。
ただの煽てでしかないのだろうが、褒められた事実に変わりはない。そう思い、満足そうな薄笑いで見てやると、少しだけ納得する素振り。
「ふむ、そこで返答に詰まるくらいなら可愛げもあるだろうにね」
まるであたしに可愛げがないようないい方だが、幼い妖怪や力ない者には優しい面を見せたりする事もなくもないし、可愛い小物や綺麗な物を好む事も知られている。そこから鑑みれば、それなりに可愛げがあるのを見知っていられるとも考えられるのでこれもタダの軽口だな。
「お生憎様、そこで詰まっちゃ口八丁でやってこれてないよ‥‥それより、湯も湧いてるし、ちょっと一杯付き合いなさいよ」
そう言って返事は聞かず住まいへ戻る。
言われた方も何も言わずに後を追って入ってきた。
朝っぱらから軽口言い合ったから舌が乾いた気がする、あたしはそう思ったから誘ってみたが、どうやらあちらもそうだったらしい。こういう時だけ見た目通りの素直な兎さんに見えてしまって、ズルい。
「てゐ、茶葉の残りが少なくなっているなら教えてもらえるとありがたいのだけど」
「よその家のお茶っ葉事情にまで口を出すつもりはないね」
卓に肘付く性悪にないならないって教えてくれと言ってみるも、何も込められてないような軽い口調で、他人の家の事情にまで口出しせんと返されてしまった。
まるで手にしている茶筒と同じ口調だ。話しながら茶筒を軽く揺すると音がしない、中身が入っているならばサラサラ動く葉音がするだろうが、生憎今入れた分でおしまいだ。
そんな事は知らないわ、と気にせず茶を啜るてゐ。茶筒を開けると底が見えた。
「まぁ、買い物がひとつ増えただけか」
「日の高い時間から起きだしたのはそういうことかい」
自分の湯のみを口にふれさせたままボソっと呟くと、あたしの呟きはてゐの予想と違った答えがだったらしく、態度も機嫌もいささかばかり斜めに傾く。頬杖ついて傾ぐ兎、可愛いお目目を細めてくれて何やら言いたげな顔にも見えるし、そういう事ってのにお返事しておく事としよう。
手持ちの煙草が残り少なくなってきていた、少し前くらいからそろそろかそろそろか、と考えてはいたが人里に出るのも億劫で今日まで先延ばしにしていて、我慢出来なくなったのが今朝なのだ。
「煙草がもうないのさ、切らす前にと思ってね、ついでの買い物が増えただけさ」
「そうね、掃除だけで起きるわけがないわね」
空いた湯のみをてゐから受け取り流しに置きながら背中越しに会話すると、一人何かに納得したような落ち着いた声で失礼な事を言われた。事実だから否定はしないが。
「そうよ、起きるわけがないわ。これから里まで出かけるから、暇だったら布団取り込んでおいて」
茶を啜り一息ついてどうせ暇なんだろうとわかっている妖怪ウサギにこう言ってみる。
「あたしゃあんたの親でもなけりゃ女中でもないんだけど、人様の家でまで家事なんてやりたくないわ」
「人里に福の神が来たって話聞いたかい?なんでも大繁盛らしいと。で、そこに負けじと向かいの店も頑張ってるみたいだよ」
住まいの永遠亭では家事をやってますとでも言いたい口ぶりで話すが、助手という名の小間使い任せにしているということは聞かなくてもわかる。
仕方がないので物で釣ろうと土産包を摘むような仕草をし話す。
「蕎麦屋が混み合ってるみたいだね、お向かいは団子屋だったか」
「山の仙人も買いに来るってさ、そうね……三本でどう?」
「八本」
「四本ね」
互いに指を立てて交渉をするが、四本で話が纏まった。人数分要求するとは中々かわいい所を見せるウサギだ。意外と住まいを提供してくれた者への恩義感じているのだろうか?
いや、ないだろうな。
「いってらっしゃい 暇をつくって待ってるよ」
「なるべく早く帰るつもりだけど、布団がそのままなら土産はなしよ」
下心を隠さない笑顔で見送ってくれるてゐにそう言い残し、尻尾を左右に振りながら歩き出した。
~少女移動中~
ふむ、こんなもんかと買い足した茶葉と煙草を見る。茶葉は当然茶筒に入っているが、煙草の葉も色の違う茶筒に入っている。
一見紛らわしいのだが自分もてゐも間違って煙草で茶を淹れるような事は未だしていないので、特に不便と感じだことはない。もしもてゐを怒らせるような事があれば話は変わるだろうが。
後は土産の団子…と、寝巻か。
夜は酔ってそのまま寝ることが多いので風呂は起きてから入る習慣がついている。寝る時は裸だったし着物の替えもある、今朝のように布団もたまには干しているし自分で不潔だとは思っていない。がこれから暑くなってくる、寝汗が気持ち悪くなってくるはずだ。
アレは嫌なのよね‥‥この際だ、言われたとおりにしてみるか。
おばあちゃんの知恵ぶ‥‥先人の知恵は有効活用してみよう、この先を曲がって里の中央に出れば大道具屋があったはずだ、寝間着の一着ぐらいはあるかもしれない。
『人里の大道具屋 霧雨店』
人里で買い物するなら霧雨に行けば大体揃う、周りからそう言われるくらい品数は多いし種類もある、日用品から用途のわからないようなものまであるという。
商売上手だが一人娘と喧嘩して声荒げる姿がよく見られるとも聞いた、今は娘が家を出てしまいそんな声も聞こえないらしいが。
「お邪魔するよ、ちょっと品を見たいんだが‥‥」
のれんをくぐり声を掛けると、帳簿をつけていた男が作務衣や浴衣を並べてくれた。作務衣を手に取りこれでいいかと伝えようとしたが子供の声でかき消された。
正午近くにはなるのか、寺子屋が終わって里の子供が遊びはじめたのだろう。この雰囲気だとあの先生もすぐに出てきそうだ。見つかって小言を言われる前に用事を済ませ帰るとしよう。二着ほど作務衣を風呂敷に包んでもらいそそくさと帰るかと思ったが、土産をまだ買っていない、忘れてましたで済ましても構わないのだが、後が怖い。
てゐのイタズラに比べれば先生の小言の方がいく分かマシだろう。仕方がない、と団子屋へと歩みだしたがすぐに引き止められる。
「昼間から行動していることもあるんだな」
振り向かなくとも声の主はわかる、人里の守護者 上白沢慧音だ。
半人半獣という人外の身ではあるが寺子屋で教師をする、礼儀正しい教育者。人と共に有り長く里を守ってきた者、大人からも子供からも慕われているのだろう、里を歩けば誰からも声を掛けられ笑顔で返す先生の姿が見られる。人に対し過保護になりすぎる所と、授業が堅苦しく難しくてつまらないという所が惜しいとは思うが、その堅苦しさもこの先生の良い所の一つなのかもしれない。
「今日は何をしに来たんだ? やっと素直になりに来たのか?」
知らない仲ではないのだがその表情はどこか冷たく感じられる。礼儀正しいといった割にはあたしへの対応は他人行儀なものである。
それもそのはず、あたしはこの先生に良く思われてはいない。嫌われているわけではないのだが飽きられているというか、一歩引かれたような立ち位置にいる状態だ。
以前は挨拶を交わし甘味処でお茶するくらいの仲だったと思うのだが、ちょっとした出来事があってからはこんな感じである。
「買い物しに来ただけよ、先生。後は土産でも買って帰るか、というところ」
そう言いながら視線を団子屋へと向けた、だが要件を聞いても慧音の冷めた視線は変わらずあたしを見ている。慧音とこんな感じになってしまった原因があたしにあるのは間違いないのだが、特に何かやらかしたわけではなかったりする、というよりあたしはなにもしていない。簡潔に言うなら、竹林で血を流し戦う妹紅と輝夜を眺め酒を飲んでいただけだ。その時の事をどこからか話を聞き付けた天狗の記者が、あの狸は血を流す人間を見ては楽しみ、その血を浴び肉を食らう恐ろしい妖怪だ!等と尾ひれ背ひれを付け足して新聞を発行。
それを読んだ慧音から本当なのか!? と言及され、楽しんでたのは本当だと言ったためである。
後日、あれは脚色され事実とは大分異なった話で、実際はなんでもない事だった。と妹紅から聞いた慧音の謝罪を受けたのだが、今でも里の人や一部の妖怪からは誤解されたままの状態が続いている。あたしとしてはなにもせず妖怪としての箔がついたわ、と思ったくらいだったのだが、そこが腑に落ちないらしく、なぜ自分のことなのにちゃんと疑いを晴らさないのかと問い詰められたりしている。本人は気にしてないというのになんとも世話焼きな人だ。
「貴女はいつまで放っておくつもりだ、あの記事はいい加減なものだったというのに」
正面に立ち腕を組み、少しだけ怒気をはらませながら語る慧音。口調や雰囲気こそ怒っているような素振りに見えるが目には優しさが浮かんでおり、悪さした子供を叱りつけるような風にしか見えない。
「別に困る事もないし、このままでいいと思ってるんだけど?」
「そうは言ってもだな、誤解したままの里人だってまだいるんだ」
悪びれるような事もなく答えると両の手を少し大げさに投げ出しさらに捲し立てられる、無駄に動きが大きいのは普段子供にこうしながら授業を行っているからだろう。慣れた手つきだというのがわかる。
「今のところなにも不都合を感じてはいないわ、買い物だってこの通り。それにあたしは人も食っていた妖怪よ? 恐れられても当然じゃないかい、先生?」
風呂敷と買い足した手荷物を軽く持ち上げ見せつけながら過去には人も食っていたと告げる。
好むわけじゃないが人も食えるし食っていた、けれど幻想郷で襲ったことはまだない。食後の掃除の手間が面倒というのもあるが、里で買い物したり会話したりしているとどうにも襲う気が起きないのだ。
「‥人を食うとは初耳だった、けれどそれなら余計に誤解をとくべきだと思うんだが」
少し驚いたような慧音だったが、すぐに表情を戻し正論を述べる。
「幻想郷に来てからは襲っていないからね、甘味処の爺さんによう!狸の姉ちゃん!なんて呼ばれたらさ、食う気もなくなるわよ。あぁ甘味処で思い出した、土産の団子を待っているやつがいるんだった、そろそろ帰るよ。それじゃあね 先生」
少し強引だが会話を切り返答を待たず歩き出す、視線は感じるが何も言ってこない。
あたし達の話が終えるのを待っていた寺子屋の子供達も慧音の周りに集まりだしたした。今日はこれで済ませられそうだ、また捕まる前に土産を買ってさっさと帰るとしよう。帰って煙管の掃除もしなきゃならないわけだし。