アヤメなのに薔薇なのね、綺麗だわ。
友人からもらった着物を褒められて悪い気はしない。
同じ言葉でも言う人が変わればこうまで印象がちがうものか。
日傘をくるくると回す様は似通っているが一緒にするつもりはない。あちらは気持ち悪いスキマに浮かび胡散臭く笑うが、こちらは日の光を全身に受けて淑やかに笑う可憐さがある。
天で微笑むお天道さまを見上げる、地から芽吹いたお天道さま、それが視界いっぱいに広がる花畑。その中心で日傘を差し、花と同じようにお天道さまを見上げる彼女、いつかも思ったが絵になる姿だ。
「見に来てよかったわ。住まいからも近いし、もっと早く来ればよかった」
「今が見頃よ。早かったらこの子達の咲き誇る姿が見られなかったし、今で良かったのよ」
あたしの視界を黄色で埋め尽くす太陽の花畑、それを眺める為にあるような少し高くなった丘。
そこに座り、愛でるように眺めていたらいつの間にか隣に日傘を差す彼女がいた。
いつの間にかというのは正確ではないか。眺める花畑からゆっくりと歩いて来たのだから。
歩いてこちらへと向かう姿も様になっていてあたしは彼女も景色の一部と捉えていた。
隣に立ち無言のまま、あたしが満足し感想を言うまで何も言わずに佇んでいた。
花の大妖怪 風見幽香。
「去年もその前も同じように咲いていたけれど見になんて来なかったわね。今年になって見たくなったのかしら」
「それもあるわ、でも他にもう一つ。貴女にお礼を言おうかなと思ってね、幽香」
二人とも花畑を眺めたまま景色の邪魔にならないよう少し抑えた声で話す。お礼? と少しだけ首を傾げたが身に覚えがないのだろう、それはそうだ、あたしが何かしてもらったわけではない。
以前の雨宿り、あの時に傘に入れてもらった事はその場でありがとうと伝えていたし、あの時くらいしか同じ場所で時間を過ごした事がないからしてもらうことなどない。
先日赤いお屋敷で、あたしの名の花を植える門番からこの妖怪にお世話になったと聞いて、なんとなくお礼が言いたくなりこうして訪れたわけだ。
「幽香が季節外の花を咲かせるなんて珍しいなと思ってね。あたしの名前の花だしお礼が言いたくなったのよ」
「紅魔館の菖蒲ね、お礼なんていいわ。大した事じゃない少し咲いてくれるようお願いしただけ。それに季節外でもないわ」
こう言われるとは思っていた『花を操る程度の能力』を持ってはいるがそれを乱用した話を聞いたことはないし、見たことがない。花は季節物、春夏秋冬それぞれにそれぞれの花が咲き誇る、この妖怪はそれをよしとしていて自然に抗うような事はしない。
けれど季節外ではないとはどういう意味だろうか?
あの花壇に植えていた花はハナショウブ。
今の時期より一月位は前に咲くべき花だ。
「植え付けをする季節ではないと思うけど、もう花が咲いてしおれている時期でしょう?」
「普通のハナショウブならそうでしょうね。でもあの子達には適した時期だったのよ」
幽香が言うならハナショウブで間違いはないだろう。ならあたしが言うことも間違いじゃないはずだ、菖蒲と書いてアヤメ、花菖蒲と書いてハナショウブなのだ。
花を愛でる心はあるが特に詳しいわけじゃあない、それでも自身の名と同じ花くらいは知っているつもりだ。ではなんだろう、言葉遊びのつもりだろうか。
口数が多いほうじゃあないのは知っている、言葉遊びくらいはするかもしれないが先程の空気はそういったものではなかった。
季節ではなく時期と言った事に答えがありそうだ。
「花の場合、時期と季節はちがうのかしら。詳しくないから教えてほしいけど」
「似ているけど少し違うわ。そうね‥‥今のような夏でも、咲かない向日葵があるかもしれないわ」
イマイチつかみにくい事を言う。
夏でも咲かない向日葵とはどういったものか?
幽香が言うのだ、当然花だろう、季節に逆らう向日葵?
時期に逆らう向日葵?
もう少しヒントが欲しいところだ、それとも素直に答えを聞くか。
「悩んでいるようだけど、単純な事よ。あの子達が咲きたがっていた。だから少しだけ力をあげたの」
「咲きたがって‥‥あぁ花の言葉がわかるのだったかしら」
なるほど単純にあの花達が咲きたがっていたから力を貸した、本人達が咲きたがるから季節を外れたわけではなく咲く時期だったと、夏に咲きたがらない向日葵もいるかもしれない、こういうことか。
なかなか素敵な発想だが、あの花達がなぜ咲きたいと思うのか?
そこが気になるところだ。自力では難しい時期になぜ?
「なぜ咲きたいと言っているのか、までわかるの?」
「あの子達の考えは全て。咲いて欲しいと強く願われていたから咲きたがった。これも単純ね」
願いね、願うとすれば美鈴かフランか、どちらかだろう、姉の方にそんな思いはないだろうし、外にでない魔女は論外だ。
司書殿や咲夜なら愛でる事もあるかもしれないが、季節外れな願いをしてまで花を見たいかと言われればそんなことはないだろう。
「貴女、話で聞くほど賢くないのかしら。それとも鈍感なのかしらね」
「馬鹿はするけど馬鹿ではないつもりよ、鈍感かどうかはわからないわね」
「わからないから鈍感なのよ」
淑やかな笑顔のまま辛辣な事を言われてしまった。そんなに鈍感か?
騙しや化かしで心の機微を察するのには長けている方だと思っていたが。
ほとんど会話をしたことがない幽香に言い切られてしまう理由があるのだろうか?
いや、今はそれはいいか。花の方を考えてみよう。
「花の方を考えようって思っているのだろうけど、花の方はさっき話したじゃない」
「そうね、訂正するわ。あたしが思っているより馬鹿なのかもしれないわ」
「お馬鹿な貴方にヒントをあげるわ。なぜ咲いて欲しいのか」
なぜ咲いて欲しいか?
簡単なことだろう、見たいからだ。花なんだ、それ以外にないだろう。
食べるや使うという可能性もなくはないが、美鈴やフランがそう願うとは思えないし思いたくはない。
「まだわからないという顔ね。悩んでいる顔とてもいいわ」
「そこを褒められたのは初めてだわ、あたしも幽香の楽しそうなお顔を見られて嬉しい」
つい先日上から物をいわれたばかりだというのに今日も上から物を言われている。
けれど不快に感じてはいない。
少し前の自分ならなにくそ! と引きずり下ろす事に躍起になったが今は心静かだ、なるほど。
あたしはかわったのかもしれない。
不快どころか気になる事が前に来てそれ以外はどうでもいいとも感じられる。
なんとも不思議な感覚だ。
「誰がなぜ願うのか、綺麗に咲いて喜ぶのは誰なのか。なぜ喜ぶのか、本当鈍感だわ」
誰がなぜ。さきほど結論に至った通り。
綺麗に咲いて喜ぶ。これも結論は出た、あの二人だ。
なぜ喜ぶ。見たい物が見られるから。
なぜ見たいのか。あたしの名の付く花が見たいという願いからあの花を植えた。
願いはフランから。
そうね、あたしは鈍感だわ。
「答えが出た? 花が咲いたような笑顔だけど」
「ええ、芽吹いた気分だわ」
フランが願った、あたしの名がついた花がみたいと。そう願ってくれた。
その願いを聞いて花が咲きたいと考えた、花が咲きたい時がその花の時期で咲くべき季節。
なんともあたしに都合のいい答えに行き着いてしまった。
答えというよりあたしの願望かもしれない。
そうあって欲しいと。そうあってくれたらいいと。
しかしまぁ悪くない答えだ。
良い、答えだ。
「咲いたら見に行ってあげて、きっとあたしと同じように綺麗だわ」
「そうね、前の貴女は見れたもんじゃなかったけど今の貴女は綺麗だわ」
〆
人里で買い物を済ませ帰るかという頃通り雨が降り出した。
これくらいなら日傘でもと思い、傘を開いて歩いた。
少し歩いて、あの狸を見かけた。
どうやら傘がなくて走りだすかという所、仕方がないので先の軒先まで入れてあげた。
一人用の日傘じゃさすがに入りきれないわね、少し肩を濡らしてしまった。
ハンカチを常備しているから問題はないけれど。隣の狸は持ち歩かないのかしら。
きれいな着物を着ているのに、濡らして痛めてしまってはその白い着物が可愛そうよ。
夏の通り雨、もう少し待てば止むでしょう。
雨が上がったら日傘の水気を切らないと。
それまでは少し雨宿り。
いつの間にか狸が煙草を吸い出した、何がいいのかしら。
花の香りのが楽しめるというのに。
通り雨かと思っていたけど中々止まないわね。
これだけ降れば土が柔らかくなってあの子達にもいいわね。
隣の狸も気長に止むのを待っているけど、静かに何を考えているのかしら。
今も昔も子供は元気ね、雨何て関係ないみたい。
こんな元気なのを毎日見ているこの半獣も大変ね。
それにしてもしつこい雨ね、梅雨に戻ったみたい。
もうどれくらい季節が巡ったかなんて覚えていないけど。
少し明るくなって来たわね、もうすぐ止むかしら。
あの子達ももうすぐあの綺麗な光芒に向かって咲き始める頃ね。
隣の狸も静かに眺めて綺麗なんて思うのかしら、
景色を眺めて考える姿が妙に様になっているけれど。
「光芒、綺麗ね」
しばらく前からずっと眺めているけど誰かしら。
眺めているだけでいいなら満足するまで見ていくといいわ。
あら、あの時の白い着物綺麗な刺繍がされていたのね。
着ている本人はアヤメなのに薔薇なんて‥‥綺麗なものね。
静かに眺めて満足したの?
眺めるなら今が一番あの子達の綺麗な時よ、いい時に来たわね。
花のお礼なんてなにかしてあげたかしら?
紅魔館の菖蒲、門番が丁寧に植え替えたあの子達ね。
咲きたいと強く願うから。咲き誇る姿を見せたいというから。少し力を貸してあげた。
花達があんなに願ったのに同じ名前の貴女は気がつかない。鈍感なのね。
本当に鈍感なのね、自分の事なのに気がつかないなんて。
自分がわからずに悩む今の顔、とても可愛いわよ。
笑顔の花を咲かせるなんて、貴女変わったのね。
以前の貴女は気に入らなかったけど今はそうね、綺麗だわ。
あの花が咲いてそれを見た時、貴女はどんな顔を見せるのかしら。