東方狸囃子   作:ほりごたつ

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前話から読んで頂けると話が繋がるかと思います。


第二十六話 友人模様

 あの後帰ることなく命蓮寺の皆に世話になった。

 話を聞いていたのか何かを察したのかは知らないが皆変に優しくて少しだけ恥ずかしいような、嬉しいような。ともかく普段のあたしには見られないような表情をしていたと思う。

 マミ姐さんや星は相変わらず笑っていてくれて、聖は穏やかに微笑んでいてくれて、一輪や村紗、あのナズーリンですらいつもよりも優しいような幼い者を見るようなそんな雰囲気だった。

 さすがにいたたまれなくなってきたのだが、ぬえだけはいつもの調子で接してくれた、いつもは厄介な者を見る目でしか見られないけれど、身内を見るような眼差しを受けるのも悪くはない。

 そう思える様になった。

 

 目の前のネズミ殿や地底の主に素直になれだの、なにやら偉そうな事を言ったけれど、一番ひねくれていたのは誰だったのか?

 ちょっとだけ恥ずかしく思い、見てくる皆の顔を真っ直ぐに見られなかった、ぬえがその辺をからかってくるが本当にいつも通りで、逆に嬉しかった。

 

 皆が午後の座禅修行に戻る頃、廊下に面した縁側に腰掛けゆっくりと煙管を楽しんだ。

 雲を見上げながらぷかぷかと煙を漂わせるだけでなにか考えることもなかったが、座禅に参加しなかったぬえがあたしの方をチラチラ見ながら周りをウロウロしている。

 皆の前ではいつも通りだったが二人きりになって急にこうだ、心配でもしてくれているのか。

 

「最初は笑って見てたけど、泣き顔なんて初めて見て驚いたわ。アヤメちゃんも泣くのね」

「多分たまっていたんだと思うわ、スッキリしたもの」

 

 ウロウロと歩いていたぬえがあたしの背中側から抱きついてくる。

 肩に乗っけられた頭が少し重く感じられたが不快感はない。

 視線は同じように空を流れる雲を追っている。

 一言だけ耳元でそう呟いてそれから次の口葉はない。

 あたしも何か言うでもなくそのままにしていた。

 窘めてくれる人はいるが、こうして同じような視線から物を見る相手はほとんどいない。

 旧友とはいいものだ。

 

「ぬえちゃん、もう大丈夫よ」

「修行サボれて都合が良いから私はまだダメよ、アヤメちゃん」

 

 肩に乗った頭に手を添えて言ってみたがまだダメなんだそうだ、そんなに心配させただろうか?

 泣き顔一つでここまで気にかけてくれるのだ、今までのあたしはどんな顔をしていただろう?

 ほんのすこし前までの顔が思い出せなかった。

 

「いつもの悪い顔じゃないからまだダメ」

「悪い顔ってひどいこと言うね、また泣きそう」

 

 ぬえが乗っかっているが構うことなく体を縮こまらせ前傾する、少し慌てたようなぬえがあたしの顔を覗いてきたのでイヤらしく笑ってやった。

 そうだこんな顔だった。

 

「もう少しだけしおらしくしてくれてれば、面白いのに」

「戻らないほうが良かったみたいな言い草ね、やっぱり泣こうかしら」

 

 顔を背け俯くが今度は肩を叩かれるだけで慌てる素振りは見られない。

 空元気だとバレバレだろうが、少し気を張って調子を取り戻す事にした。

 たかだか数時間で随分涙もろくなったと感じるが、今までも泣かなかったわけじゃない。

 ただ少し感情の振れ幅が大きくなっていて不安定なだけだ、そう思い込む事にした。

 

「本調子には戻ってないけれど、誰かで調子を戻すとするわ」

「無理ないようにね!泣くならぬえちゃんが胸を貸してやろう」

 

「マミ姐さんのが柔らかそうだからそっちにお願いするわ」

「私で調子を取り戻さなくていいのよ?」

 

 軽く笑ってぬえと別れた。

 

 ~少女移動中~

 

 ぬえに向かってあぁは言ったけれど、どうして戻そうかと帰り道悩んでしまっていた。

 が、ぬえとの会話で思い出したものもあった。

 同じようにあたしをアヤメちゃんと呼ぶのが他にもいたなと。

 あのお屋敷の、小さい方のアヤメちゃんと呼ぶ友人は友というよりこう、お隣さんの子供を見るような目線になりそうだがあの子も素直だ、丁度いい。あれから顔を出してはいないし季節も変わった事だし、様子見ついでに遊びに行こう。

 そう決めて里の甘味処で土産を買って向かうことにした。

 

 向かう途中湖が騒がしい事に気が付いた。

 どうやら近くに住んでる妖精が湖を凍らせて遊んでいるらしい。

 氷を撃ちだして馬鹿笑いする⑨と名を叫びながら逃げ回る妖精、遊びというよりもっと一方的な物に見えるが妖精の考える事はよくわからない。

 関わらず遠巻きに眺めて過ぎていった。

 

 まだ日は高いが気にしない、きちんと約束したわけではないし友人ならいきなり遊びに来ることもあるだろう。起きてこないならまた本でも読んで時間を潰すか、門番と世間話でもして過ごせばいいかと考えていた。

 しかしどうしたことだろう?

 いつもの所に姿が見えない、昼間は門柱に背を預け、腕組しながらどこかを眺めていたり立ちながら瞑想しているはずで、持ち場を離れて遠くに行くような事はないと聞いている。

 毎日暇してるから暇を出されたのか?

 そんな事を考えてお屋敷の庭に降り立つと、庭の角先、綺麗に整えられた花壇に向かい土いじりをする彼女の姿があった。

 何も言わずに近づいていくとこちらを見ずに話しかけられる。

 

「屋敷に降りてから気配を断っても意味がないと思いますよ」

「お友達の背をトントンと突っつく前に気が付かれちゃ面白くないわね」

 

 手元は何かの苗を植え付けながら、こちらを見ることなく背で会話をする美鈴、お屋敷に入る前から気がついているくせによく言うものだ。

 単純な嗅覚や聴覚なら同じ妖怪でもあたしのほうが長けているだろう、種族の違いもある。

 美鈴がなんの妖怪かしらないがあたしは狸の妖怪である、鼻は利く。 

 それでも屋敷の周りを察知できるのは美鈴の能力故だろう。

 『気を使う程度の能力』を自称しておりその能力で周囲の気を読み察知する。

 自身の気を目に見えるようにして発したりするのが本命なんですけどね、なんて言っていたが色々と応用が聞いて便利そうだ。

 気なんて妖怪なら誰でも出来るだろう、なんて思うがそうでもない。

 あたしは煙管や煙を媒体とするし、あの花妖怪も、妖気の奔流とも呼べる光線を垂れ流す際には愛用の傘を媒体にしている。ぬえも槍っぽいなにかを弓っぽいなにかにして矢を放つ。

 媒体なしで目に見える形にし、発せられる者はあまりいないだろう‥‥ 本気の殺し合いにでもなれば話は変わってくるのだろうが。

 

「なにか雰囲気が変わりましたね、いい事でもありましたか?」

「乙女の秘密を探るなんて、その気もあるの? 美鈴ちゃん」

 

 両手を腰の裏側で組み少し前屈みになりながら近づいて美鈴の背中を指先で突っつく。

 本当にやるとは思っていなかったのか美鈴の赤い髪がほんの少しだけ揺れた。

 植え付けが済んだのか手を払いこちらを向きながら立ち上がる。

 あたしより頭一つ半くらい高い身長、あたしの視界には夏らしくスイカが二つ。

 こっちも突っついてやろうか。

 

「口では可愛い事を言うけど、こんな可愛らしいイタズラしませんでしたよ。やっぱり良い事あったんですね」

「そう? あたしはいつでも可愛い狸さんよ?」

 

 いつか誰かにやったように袖を指先で摘み腰を曲げ小首を傾げる。

 それを見て朗らかに笑う美鈴。

 自分で感じるよりも変化があったのだろうか、気遣いに長けた美鈴だからわかるのか?

 少し真面目に考えていると、笑ったままの美鈴が答えを教えてくれた。

 

「指摘すると戻る辺りに本調子じゃないのが見えます、変わったというよりも慣れないといった感じですか。着物可愛いですね」

「着物もあたしも可愛いのよ、調子が戻らないのは正解よ‥‥来る所を間違えたわね。」

 

 中々に鋭い、こうも煙に巻く事が出来ないと調子を取り戻すどころじゃないかもしれない。

 あたしの妖怪としての本質は何処へ言ってしまったのだろうか。

 いや、煙だ霧だが後ろに引っ込んで本来の狸が前に来てるのか。

 後で考察すべきだろう。 

 

「まあなんでもいいわ、花壇の手入れ? 何を植えたの?」

「菖蒲ですよ、妹様のリクエストです」

 

 なんでもあたしの名前の花がありますよと美鈴から話があったらしく、見てみたいと。あの知りたがりのお嬢ちゃんらしいと思ったと同時に、忘れず興味を持ってくれたままなのが少し嬉しかった。

 

「夏に植え付けする花じゃなかったと思うけれど」

「その辺はほら、得意な方がいるじゃないですか」 

 

 ふむあの花の妖怪が、と少し疑ったがこの前の時のように人里で買い物する姿が見られたり、傘に入れてくれる事があったりするのを考えれば不思議でもないのか。

 それにこのお屋敷の者は面識もあったな、苦い思い出だろうけれど。

 

「その季節に数度来て花壇を見ていくんです。見物客が来ると気合が入りますよね」

「なるほどねぇ、ああそういえば」

 

 土産包、二つ携えた内の一つを差し出して受け取らせる。

 お嬢様に差し上げてなどと言っているが、お嬢様はお友達ではないわお友達の姉で主人。

 と言ったら笑って受け取ってくれた。

 会えば話すし少しの談笑もあるが以前の事もあるからか一線を超えた付き合い方をしていない。

 ……してはいなかったが歓迎するわと言ってくれたのを思い出した、次回はなにか持ってくるとしよう。

 

「休憩があるならその時に、ないならそのうちにでも食べて」

「ありがとうございます、手入れを終えたら戴きます」

 

 毎日毎日門の前で立たされて休憩時間も充てがわれてないのか可愛そうね、なんて考えたのだが今はこうやって花壇の手入れをしているし、終わったら食うと言う辺り勤務時間というより自由時間の延長で門番しているのかね。

 それとも好きで立ってるのか?

 

「そういえばお友達に会いに来たんだけど、玄関開けて遊びましょ~でいいのかしら」

「それをされたお嬢様のお顔を見てみたいですがさすがに。まだ日も高いですし咲夜さんを」

「いやそれならいいわ。起きるまでこっちのお友達で遊ぶから」

 

 ニコニコと詰め寄ったら苦笑いをされてしまった、少しは調子が戻ってきたようだ。

 見慣れた美鈴の顔を見られて少しだけ自信を取り戻し、あたしの笑顔はもっとにこやかなものになっていった。

 

 ~少女遊戯中~

 

 とっぷりと日が暮れてもうすぐ夜、妖怪の時間が巡ってきた。

 美鈴で楽しく遊んで良い時間を過ごしていたら様子を見に来たのか、何かを嗅ぎつけてきたのか、青白の使用人に見つかってしまい、そのままお屋敷へと案内される事になった。

 仕事に集中出来るようにあたしへと向かう注意を逸していたのだが、気が付かれるということは注意や警戒の色なく、ただ美鈴の様子を見に来たのだろう。

 一瞬だけなんでここにいるの? という表情を見せたが、すぐに冷静な顔を取り戻し招き入れてくれた、切り替えの早い出来たメイドさんだ。

 使用人が呼びに来たということは姉の方は起きたのだろう、美鈴の仕事はお嬢ちゃんが寝ている日中だけで起きたら仕事終了のはずだ。

 そうして予想通り、三人で屋敷内へと向かい歩き出した。

 

 真っ赤な部屋に目立つ、白く大きなダイニングテーブルに、同じく白の椅子が並ぶ客間に招かれ椅子を引かれるが遠慮し、横の猫足ソファーに腰掛ける。

 訝しげな顔をされたが尻尾を振ったら理解してくれたようだ、西洋の背もたれの高い椅子にあたしの尻尾は邪魔なのだ。

 ソファーに座りいつのまにか用意されたティーセットを眺めながら、そういえばとお願いがあったのを思い出した。

 

「使用人さん、一つお願いがあったんだけどね。聞いてもらえる?」

「私でお答えできるものならなんなりと」

 

 出来た従者だ、あのお嬢ちゃんには勿体ないくらいの人間だ。

 この場では。

 異変の時に出会うとこうではないらしい、いつかの終らない夜の異変では、目を真っ赤に血走らせながら追い掛け回されるし後ろと前からナイフ飛んでくるし私の瞳は効かないしと、散々な夜だった事を同じく目の赤いウサギが話していた。

 幻想郷で空を飛ぶ種類の人間の少女だ、それくらい血気盛んな面も当然あるんだろう。

 今の姿とその姿、どっちが本性なのかはわからないが。

 

「フランちゃんとお友達になった時の茶葉、柑橘系の香りのするあれ、良ければ譲ってくれない?」

「そのようなことであればいくらでも。お帰りの際に包んだものをお渡しします。それと私からも一つお願いがございます」

 

 あの紅茶は中々良いものだった。

 いつか味わった中国茶ほどではないが心が安らぐようなホッと一息つくのに良いものだ、譲ってもらえるならありがたい。

 そして後半珍しい事を言ったな、普段あたしから言われたことへの返答しかしないくせに自ら何かを言ってくるとは、少し面白い。

 出来ればもっと面白く膨らませられるものであればよいが。

 

「ありがと、楽しみが増えた。それでお願いってなぁに? あたしで答えられるならなんなりと」

「使用人はお辞めいただいて、メイド長もしくは咲夜、とお呼びいただきたいのです。屋敷に使用人は多くおりますので」

 

 そんな事か、お安いご用だ。

 ここのお嬢ちゃんがいつも、私の咲夜。と随分もったいぶった話し方をするからここの主やこのメイド長の友人くらいにしか許していないのかと思っていた。

 

「確かに使用人はいっぱいいるものね。失礼していたわ、咲夜。ついでに囃子方様はやめてアヤメだと嬉しいんだけど。かたっ苦しいのは嫌なの」

「かしこまりました、アヤメ様。それではお嬢様にお声かけしてまいりますので、このままお待ちくださいませ」

 

 言い切り消えた瀟洒な従者。

 いつも思うが急にいなくなる。

 あの子の能力を使っているんだろう『時間を操る程度の能力』だったか、時間を戻せはしないが好きに止め動かせるんだったか。

 人の身で人外を超える能力だと思う。

 幻想郷の野良神様よりよっぽど神々の御力だ。

 ついでに言えば時間と空間は同義の物だからそっちも操れて、その辺を利用してお屋敷の中を広げているとか。

 随分とまぁずるい能力だ。

 しかし能力ってことはあたしが干渉したらどうなるんだろうか?

 いや、やめておこう。

 うっかり時間や空間のスキマに落ちて、いらっしゃい。

 なんてなったら困る。

 取り敢えず考えるのはやめよう、垂れ流したままの魔力とコツコツとした足音が連れ添ってこちらに来るし、この考察はまた今度だ。

 

「随分と待たせたようだ、すまないなアヤメちゃん」

「美鈴で楽しく遊んだから気にしないで、レミィ」

 

 開口一番でそう厳しい面をするな、友人からの呼ばれ方であたしを呼んだんだ。

 あたしも友人からの呼び名で読んであげるのが礼儀だろう?

 

「フランはまだ目覚めないわ、それまで私に付き合いなさい」

「時間はあるし構わないわ、楽しいお話でもしてくれるのかしら」

 

 呼び名はいいのか、ならそう呼ぼう。

 あたしはあまりありがたくないが。

 そう思っていると先程よりも瀟洒な態度を見せるメイド長が、いつのまにか二杯目の紅茶を注いでくれていたようだ。

 口に含む、これはさっきの話の柑橘類の香る紅茶だ、気を利かせてくれたのか。

 益々このお嬢ちゃんには勿体ないな。

 

 斜め前のお嬢様を眺めるとあたしと同じようにカップに口をつけて‥‥吹き出した。

 ブフゥという音と共に部屋に紅茶の霧が舞う、なんだまた霧の異変か。

 

「咲夜!? これはなに!? 苦くて飲めたもんじゃないわよ!」

「苦丁茶にございます。お眠りになる前に漫画を読まれていましたので眼精疲労に良い物を、と。それに少しの苦味は目覚めによろしいかと考えました」

 

 舌を出してぴよぴよと喚きながら瀟洒な従者を問い詰めるこのお屋敷の主殿。

 こうしているとあたしに見せる威厳ある態度が嘘のようで見た目通りの幼女にしか見えない。

 あのメイド長、完全服従かと思ったが面白いところがあるじゃないか。

 きゃあきゃあ喚く主人を優しく窘めている。

 

「仲が良いのね、妬ましいわ」

「はぇ? 妬まれるほど咲夜と仲良かったかしら」

 

 威厳を取り戻しきれてないところを少しつついて上げれば本当に子供のような姿を見せる。隣の従者の方が年長者のように見えるぞお嬢ちゃん。

 だからこそからかい甲斐があってとても楽しいのだが。

 

「冗談よ。中々どうして、レミィにも可愛い所があるじゃない」

「なんなの!? あ、また言葉遊び? やるならやるって言いなさいよ」

 

 クックと笑って見てみれば疑惑の表情から呆れたような表情へと変えてあたしを見据えてくる。

 やはり姉の方は楽しくおしゃべりするよりも、おしゃべりをした後を見ていたほうが楽しい。

 こんな反応をあのメイド長も楽しんでいるんだろう、先程から小さく微笑んでいる。

 あたしに気が付かれないようにと目を合わせてはくれないが。

 

「やっぱり姉妹ね、似てるところがあるわ」

「そうかしら、羽も髪もちがうけど」

 

「可愛いところがよく似てるわ」

 

 羽を開いたり、髪に手櫛を通す様は威厳のあるお嬢様だったが、可愛いと言われてお嬢ちゃんに戻っている屋敷の主。

 これは飽きないかもしれないな。

 と、ニヤニヤしていると、メイド長がお小言でもくれるのか口を開く。

 

「妹様が目覚められたようです、アヤメ様がいらしているとお伝えしてまいります」

「いや、少し驚かせたいわ。良ければ部屋まで案内してくれる?」

 

 部屋まで、と言った辺りで少し姉の顔が曇ったが言われなくても大体想像がつく。

 あの子自体は噂とはちがう子だったが噂に広まるくらいだ。

 それなりの事くらいはあるのだろう。

 足吹っ飛ばされた事は忘れてはいない。

 そのお返しに少しのドッキリを、と思っただけだ。

 そこを見てまた余計な事を言うつもりはない。

 というより部屋の掃除くらい自分でするように言えばいいのだ。

 そういうものなんだと説明すればあの子ならやりそうなもんだが。

 血生臭い物を人間のメイド長に掃除させるのは酷な気がするもの。

 いや、主の食事を用意しているんだ慣れているのか?まあ、いいか。

 

「お友達のお部屋にお友達が遊びに行く、よくあることよ?」

「そうね、咲夜。案内してあげて」

「畏まりました、ご案内いたします」

 

 ~少女移動中~

 

 大図書館とは少し違う方向へ向かって歩いているのだろう。

 メイド長の後をついて歩いているが空間を広げている影響なのか、それほど頻繁に曲がっていたりはしないのに方向感覚がよくわからない、わからないから気にするのをやめた。

 向かう途中数組の使用人達を見かけた、妖精をメイドとして使っていると言っていたがあの羽は本当に妖精のものだ、妖精に仕事なんて出来るのだろうか?

 確認するほど興味もないしこれも気にするのをやめた。

 どう歩いてきたか覚えてないが階段を下って多分地下、今まで見てきた扉よりも少し屈強で武骨な扉前の到着、女の子の部屋の扉にしては重々しいものだが、あの子の馬鹿力にはこれくらいでいいのかもしれない。

 着いたわけだし、目覚める前に早速と扉に手をかける寸前で、メイド長から声掛けられた。

 

「少し散らかっていると思いますが‥‥私が手を出すと妹様の機嫌が悪くなります、気分を害さぬよう」

「多分慣れてるから大丈夫よ、案内ありがとう」

 

 それだけ告げて部屋に入った。

 

 入った瞬間に昔良く嗅いだ匂いに包まれる。

 血の匂い。時間のたった肉の匂い。

 嗅ぎ慣れたむせ返る臭い。

 所謂死臭というやつだ。

 部屋の壁紙は真っ赤っ赤。

 少し斑に染まっているが、綺麗に全面真っ赤っ赤で床まで塗料が流れ落ちている箇所も見える、新しいモノも古いモノも雑な仕事だ。

 軽く部屋を一瞥すると部屋の隅に豪華な天蓋付きのベッド。

 そのベッド中央が小さく膨らみ上下している。

 目覚めたと聞いているが二度寝中か、まあ気持ちはわかる、こんな地下のひんやりとした部屋だ、静かで快適な睡眠を約束してくれるだろう。

 それでも今日は起きてもらおう、お友達が遊びに来たんだ、可愛くお迎えしてもらわないと遊びに来た甲斐がない。

 

「おはようフランちゃん、遊びに来たわ」

「お姉様?……まだ眠いのよ」

 

 あの姉と間違えてくれるとは、傷ついてしまいそうだ。

 それともそれくらい慕ってくれているのか?

 いやあの姉は慕われているのか?

 少なくとも寝ぼけた頭で最初に名前を呼ぶくらいには慕っているようだが。

 まぁそれはともかく、起こそう。

 驚いてもらわないと甲斐がない。

 

「残念、お嬢ちゃんじゃあないわ、お友達が遊びに来たの」

「オトモダチ?‥‥お友達!?」

 

 ガバっと起きるとあたしと対面、軽く微笑んで顔先で手を振ると、大きな赤い目をぱちぱちとさせて焦点を合わせた眠り姫。

 それでもまだ目覚めきれていないのか、ぼんやりとした眼。

 仕方がない、刺激を与えて目覚めさせよう。

 女の子座りする形のフランの胴に尻尾を回し、優しく巻き取ると、対面になるようあたしの膝へと座らせる、そのままの姿勢で両手をフランの頬に軽く添えて、顔を近づけ再度目覚めの挨拶だ。

 

「おはようフランちゃん、起きたかしら」

「目覚めたんだけどまだ夢の中だわ、アヤメちゃんが部屋にいるもの」

 

 ドッキリは成功したようだ、呆けた顔をしてあたしを見てる、姉とは違って反応は静かだったがその目は困惑の色を浮かべてくれた。

 なら夢じゃないとわかってもらおう、添えた両手を軽く押し口が角になるように抑える。

 

「まずはご挨拶って教えたんだけど忘れてしまった?」

「おあにょう、アアメにょん。にょんでここにょいるにょ?」

 

 振り払う事なくそのままの口で挨拶し質問をぶつけてくる妹。

 ゴニョゴニョと舌っ足らずで話す可愛らしさを堪能出来たので、抑えを解き質問に答えてあげる。

 

「お友達の抜き打ちお部屋訪問、楽しめた?」

「うん、驚いた。散らかってるけどごめんね?」

 

「自覚があるのに掃除しないの? ここの臭いはあたしの鼻には少し強いわ」

 

 嗅ぎ慣れているが好むものではない、ただでさえ鼻が利くのだ、ここにずっといたら煙管も酒も数時間楽しめなくなるだろう。

 それはとても困る。

 

「血は落ち着くけど他は面倒なの、壊れなければよかったんだけどみんな壊れちゃったわ」

「フランちゃんのお友達候補だったのね、壊れちゃったなら掃除くらいしないと。友達が出来たらこまるわよ?」

 

 握りつぶされたのか叩きつけられたのか知らないが返り血に染まる壁や、少し抵抗したのか下手な壊され方して床に飛び散っている腐った臓腑。

 ソレが飛び散るお部屋は中々にスプラッターな部屋で、臭いも見た目も少女が楽しく語らう部屋ではない‥‥もしかしたらこういうのを好むお友達が出来るかもしれないが、そういった趣味を持ったお友達は稀だろう。

 なら少しは招きやすいようにしたほうがいい。

 

「アヤメちゃんは来てくれて、いてくれるよ?」

「あたしは慣れているからいいのよ、次に出来るかもしれないお友達の事。これに慣れてる人ばかりじゃないもの」

 

 小首を傾げて聞いてくるって事はあれか、友人は増やせるものだと教えてあげないとだめか、知らない事やわからないは聞けばいいと言ったんだ、少しお勉強会をするか。

 

「フランちゃんあたし以外のお友達は欲しくないの?」

「欲しいけど、皆壊れちゃうよ?」

 

「そうね、あたしは壊れないけど壊れちゃうほうが多いわね。ならこうしましょう、壊さなきゃいいのよ」

 

 頭の上に『?』マークが見える。

 なるほど、お叱りを受けるあたしでは出せなかったものはこれか。

 こういった無垢な質問でも思い浮かばないと見えないものか。

 これをあたしに求めるのは厳しすぎるわ、マミ姐さん‥‥

 

「あたしがお友達になった時の事覚えているかしら? あたしはフランちゃんを壊さず話を飛ばしたわ。同じようにやればいいの」

「でも美鈴が教えてくれたお友達の作り方じゃないわ」

 

「じゃああたしのお友達の話を思い出して。家に来てお茶だけ飲んで帰るやつの話をしたでしょ?」

「お姉様がなんか喚いてた話しね、覚えてるわ」

 

 さすが力のある妖怪だ、一度の会話でもきっちり覚えている。

 姉が喚きながら訂正してたところまで正解だ、覚えが良くてお姉さん楽しいわ。

 

「そうそれだ、あいつも友達だしフランちゃんもあたしのお友達。形は違うがお友達で間違いない」

「お友達の形が違うから、美鈴の教えてくれたお友達の作り方と違う形でもいいって事?」

 

 以前に感が鋭いかもなんて思ったがちがうな、この子は賢い。

 ただ中身が詰まっていないだけで考え方や思考能力は素晴らしい、きちんと教える者がいればもっと早くから友達もいて‥‥いや過去はいいか、後は姉や魔女が授けていけばいい、まだまだ時間はある。

 

「その通り、賢いわフランちゃん」

「でも美鈴の方法しかわからないわ」

 

「大丈夫、そのためのお友達、そのためのアヤメちゃんよ?」

 

 ~少女仕込中~

 

 まずは美鈴の元を訪れて予行練習。

 以前にお友達にはなれませんって言われたのになぜ、美鈴の所に行くのかわからないフランだったが、お友達の作り方を教えてくれた美鈴にあたしが教えた方法で出来るか見てもらいましょうと促した。

 納得したのか頑張ると気合の入ったフランに教えた通りの挨拶をさせてみる、結果としては問題ない、でも後で話があると言われてしまった。

 何か不満でもあるのだろうか?

 フランを見て母親のような顔をして喜んだというのに。

 

 続いては大図書館。

 パチュリーにも過去に断られたと言っていたが、姉のお友達だからフランもきっとお友達になれるとたらし込み、また気合いを入れた、あたしの言葉を素直に聞いて行動してくれるフランを見て、一瞬愛らしい地獄烏を思い出してしまい、あたしも少し揺れたがフランのお友達のためだと心を鬼にした。

 まずは魔女だけに見せればいいかと思ったが、都合がいいことに姉もメイド長も一緒にいたので合わせてお披露目することにした、さぁあたしの仕込み通り、頑張ってみせてくれ、悪魔の妹さん。

 

 まずは足を揃える。

 きっちりとではなく膝を揃える程度でいい。

 上半身はリラックスさせるが背は綺麗に伸ばしたまま。

 次いで相手の正面辺りに立ち、小さくお辞儀をしながらスカートの両端を親指と人差し指だけで摘み軽くたくし上げる。

 お辞儀で頭を下げる動きに合わせて右膝を曲げながら少しだけ上げる、その際に足首を伸ばして、つま先は床に軽く触れさせる程度でトンと。

 動きは早くなくていい、焦らず優雅に瀟洒に、いや、むしろ慣れていませんという方がいい。

 羽は広げず相手に見えるように下げて畳め、そこまでできたらその時に自己紹介をしよう、ここではご挨拶と名前だけでいい。

 お願いはこの後だ。

 

 この所作を相手のすぐそば、相手の服や手が取れるくらいの場所で行い、一連の流れが終わって相手の自己紹介が済んだら次だ。

 相手の服の腰あたり、服が難しければ相手の指でいい。

 人指し指と親指だけで指定した所を軽く掴もう。

 そうしたら瞳を潤ませて相手の顔を下から覗きこもう、その時まっすぐ見ちゃダメだ。

 顔はほんの少しだけ相手の方を向いて上目遣いで相手を見よう。

 ここまで出来たらあとは簡単だ。

 相手にお友達になってくださいと優しくお願いすればいい。

 

 これを魔女相手にさせて姉やメイド長、司書殿に見てもらった。

 魔女殿は慌てることなくフランのお願いを聞き入れてくれたようだ。

 お願いするフランへ送る視線は優しいものだった、妹の後ろでニヤニヤしていたあたしには、やたら目を細めて鋭さすら感じる眼差しをくれたが。

 これから先、物事を覚えるなら魔女殿なら適任だろう、常識も教養も十分だ、これでフランが魔法でも覚えてくれれば先の楽しみが増えるというものだ。

 姉は口を『あ』の状態にして固まっていた、動きがなくてつまらないものだった。

 司書殿はお友達にはなれません申し訳ございませんと、膝立ちでフランを抱きしめていた。

 悪魔なのに朗らかで良い笑顔だった。

 一番反応がないと思っていたメイド長が一番楽しかった。

 立ち振舞こそ瀟洒なままだったが、目が合ったあたしに親指立てて、こちらもとても良い笑顔を見せてくれた。主へのお茶といい親指といい面白い人間だ、帰りにくれた茶葉も一缶まるまる寄越してくれて、気前の良さも気落ちがいい。

 気前の良い咲夜をあたしは気に入った。


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