東方狸囃子   作:ほりごたつ

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叱ってくれる人がいるというのはありがたいですよね。


第二十五話 二ッ岩

 床にひざまずき、自身の尻をかかとの上に乗せて跪座となる。

 次に足首を伸ばしてかかとを尻の下にくるようにする。

 本来なら両手は軽く膝に置くか太ももに軽く添える程度だろう。

 今はきっちりと揃えて内ももの上にある。

 普段座りなら少し足を開いて座るのだが、今はピッタリと足を閉じ座っている。

 足がしびれないように親指を重ねてもいいらしいが今はそれは許されていない。

 これでビシッと背を伸ばせばきれいな姿勢に見えるだろうが‥‥

 今は背を丸め肩は窄み尻尾は細くなっている。

 

 所謂正座、それも反省中というやつだ。 

 

 あたしが正座なんてするのは格上の神様や恐れ敬うような相手に対してだけだ、眼前に守矢神社の二柱がいるわけでもないし、妖怪のお山に住まう野良神々がいるわけでもない。

 今この場所こそ命蓮寺だが、毘沙門天代理としての星が軍神としての力を見せつけているわけでもなかった。今あたしの正面には、片膝を立てる姿が堂に入り、崩して組んだ腕わずかに傾いでいる妖怪の姿がある。

 一応反省するような姿でいるあたしに、何を言うでもなくずっと黙ったまま静かな表情、時たまあたしがあの‥‥なんて呟く度に、あたしよりも少し尖った耳をピクリとさせるだけで黙らせる迫力を持つ方だ。

 

 あたしと同じ化け狸。

 でも年齢はあたしより上で、宿す力も上のはず。

 顔を合わせても今日のように正座させられ叱られる事ばっかりで、本気で戦う姿を見たことがないため上のはずとしか言えない。

 今までの経験から、雰囲気だけであたしは萎縮するし、喧嘩を仕掛けようなんて考えた事がないし、勝てる姿もまず浮かばない。

 外の世界でも廃れることなき強い力を保持し続けている御方。

 あたしの知る限り一番強大な妖怪だろう。

 

 あのスキマや鬼、花の妖怪なんかも強力な大妖怪だが、もしやりあう事になってもいいところまで行くか逃げ切れると思う、事実逃げ切れたから毎日こうして楽しく暮らせている。

 だが、この方から逃げ切れる気がしない。正確には逃がしてくれないだろう。

 同族にしかわからない、そういう凄みを感じる。

 当然だ。

 外では未だに過去に助けた人間の子孫から信仰を得ており、人間達からはあたしたちムジナの神として崇められ立派なお社もある。

 ご本人が幻想郷に来た今でも未だ供物があるというし、この方を模して置かれた二つの岩も大事にされているらしい、二ッ岩大明神として祀られて、妖怪というよりも神霊なんじゃないかと思うほどだ。

 妖怪としての格もデカイ、日本という国の狸の1/3を従える狸の総大将。

 佐渡の二ッ岩。僅有絶無の外来妖怪。

 二ッ岩マミゾウ。

 あたしから見れば恐れ多い方だ。

 そんな格上の御方から今お叱りをうけている。

 

「儂の言おうとしてることはわかったかの? ええ、アヤメよ?」

「いや‥‥まだ‥‥何も言ってくれないから」

 

 ずっとこんな形で、答えをもらえぬまま正座をさせられ考えさせられている。

 あたしは一体何をやらかしたんだろう?

 覚えがありすぎてどれの事かわからない。

 少しずつでも思い出しどうにかこの場を切り抜けたいが、どこから考えていけばいいやら。

 本当に思いつかない。

 命蓮寺の本堂の外、繋がっている廊下からは、たまにぬえが覗きこんであたしを笑っている。

 ちくしょういつか仕返ししてやる。

 うん?

 仕返し?

 そうか、いつかのぬえの行いを告げ口したからか?

 ぬえが笑う理由とすればそれかもしれない。

 

「あの、マミ姐さん」

「なんじゃ、わかったか?」

「聖にぬえの愚痴を告げ‥‥」

「ちがう」

 

 ちがうのか。

 ということはぬえはこの姿を見て笑ってただけか、余計に腹立たしいな。

 では他に何だというのか?

 後思いつくこと。

 それもマミ姐さんが叱るようなこと。

 わからん、頭がまわらない。

 今わかるのは、昔からこんな風に叱っては窘めてくれる人情味のある方だったって事くらい。

 昔は何で叱られた?

 いかん、褒められた事は覚えているが叱られた内容を思い出せない。

 

「はぁ、本当に思い出せんのじゃな。儂ゃ悲しい」

「はい‥…ごめんなさい‥‥すみません」

 

 本当にお手上げだ、というより迫力に押され思考回路が動かない。

 こんな風になると知っているのにそれでも言ってくるんだ、ほんとに怖い。

 更に背を丸め肩をすぼめ、耳も倒し尻尾も丸めてこれ以上小さくなれないという姿になった頃。

 一つヒントをくれた。

 

「ぬえの愚痴などどうでもいいわい、儂は約束を忘れられた事が悲しい」

「約‥‥そく?」

 

 マミ姐さんを悲しませるほどの事をやらかしたっけか?

 約束ってなんだった?

 何を約束したっけか?

 最近約束をした覚えはないし、それを忘れたつもりもない。

 ならこっちじゃなくて外での話か?

 それこそ思い出すのなんぞ無理だぞ?

 

「頭に疑問符浮かばせる余裕すらないのか、アヤメよぉ」

「はい‥‥ないです‥‥ごめんなさい」

 

 正座するために隣に置かれたあたしの白徳利と、余計なイタズラをしないように取り上げられた愛用の煙管、それに木の葉が舞乗りポンと音が鳴る。

 マミ姐さんのいつもの妖術だ、言われた疑問符に化かされた愛用煙管が頭上に来てさらに変化する。クエスチョンマークが大きめの手のひらになり、握りこまれてげんこつとなるとコツンとされた。

 

「あのなぁアヤメよ、一度拾ってやったならほどほどに大事にしろと約束したはずじゃろ?」

「ひろう? だいじに??」

 

 またげんこつが寄って来てコツンとされると縮こまり身構えるが、コツンはこない。

 かわりに指で顎を持ち上げられる。

 もう本当に泣きそうだ。

 目頭が少しだけ熱い。

 これで睨まれたりでもしたらきっと静かに泣けるだろう。

 

「お前には苦い記憶で覚えていなくても、拾われた方からはお前は神様仏様なんじゃ。その辺わかってるかのう?」

「あのね姐さん……もう泣きそうで頭が回らないのよ?」

 

 顎を持ち上げていた手のひらが頭に置かれる。

 落として持ち上げる慣れ親しんだ叱り方、あたしはこれにとても弱い。

 他の誰かにやられても鬱陶しいだけにしか思えないが、マミ姐さんのこれには本当に弱い。

 

「外での話。江戸。お山の噴火。これでわからんか?」

「そと?‥‥えど‥‥ふんか?……ぁ」

 

 先ほどまでの小さな怒り混じりの声ではなく、諭すように優しくヒントを教えてくれた。

 ちょっと怖い思いさせて優しくする、よくある手口だとわかる。

 それでも堪えるもんは堪える、後で見ていろ。

 泣いてやる。

 

「おやまのふんか‥‥拾うって村人達?」

「やっと思い出したか、そうじゃ。ゆっくり思い出してみろぃ」

 

〆 

 

 人間達が集まる都が前よりも東の方に移ってから結構な時間が過ぎた。

 京の都を中心に人間同士が小競り合いを始めて随分と国が荒れた。

 あっちでドンパチこっちでドンパチと、耳にうるさい時期が随分と続いた。

 恨みの余り人の身を捨て怨霊に成り果てた人間のお偉いさんなんてのもいた。

 人のくせに自らを第六天魔王だと語る面白い者もいたね。

 そいつは京の都で部下に焼かれて死んだと聞いた。

 そんな面白いのが生まれては争って死んでの繰り返し。

 そうして争い事が収まる運びとなって今は泰平の世だ。

 

 日の本の国の真ん中辺り。

 江戸と呼ばれている大きな人間の都、今まで見てきた中で一番栄えているかもしれない、大地が調度良く抉れて、そこが湾となっている辺りに都を築いて栄え出した頃合いの事だ。

 もう随分と人の近くで暮らしてきたあたしは大きな都を見飽きていて、江戸より少し離れた田舎で暮らしていた。江戸と呼ばれた大都会、楽しく暮らすには十分な都に思えたがあの頃のあたしにはあの喧騒は五月蝿すぎた。

 もちろんその騒がしさを気に入った者もいた、大概は力のない妖怪ばかりだったけれど。

 人のスネこすって歩みを遅くしたり、家の軋む音を立てて驚かしてみたりと言い出せばキリがないくらいに妖怪がいた。妖怪が妖怪としていられて人も同時に栄えていた最後の時代だろう、まあそれはいいか。

 

 そんな江戸の町を離れて、あたしはしばらく北上した内陸の地に移ったんだ。

 江戸の中央、江戸日本橋から数えて二十番目の宿場町。

 そこから少し北に行った山の穴蔵に住まいを構えた。

 場所は何処でも良かったけれど、この辺りは江戸までほどほどの距離だし、大きな街道が数本走っていた為ここらに居着く事を決めた。

 街道は人の往来が常にあり、田舎といえども化かしや騙しの相手に苦労することはなかった。

 それに遊びでも便利だったが何より気に入ったのは三つの滝と温泉、街道を行き交う人間達が三名滝なんて呼ぶくらいに有名で、見応えのあるもの。これが良い酒の肴だった、騙して笑い、日替わりで滝見て酒盛り、選びたい放題の温泉、それなりに充実した生活が出来る場所だった。

 そんな生活をしばらく続けていると退治屋や払い屋なんてのも現れて、ちょっとした刺激も感じられた、中々に良い暮らしだった。

 

 マミ姐さんのお社をきちんと参ったのはそこに住みだして少ししてから、親交自体はそれよりも随分前からあったけれど、お社に行くと少し問題があった為行く機会は多くはなかった。

 マミ姐さんの下にいた四天王の一人に新穂村潟上の才喜坊という狸親父がいた、こいつがひどいエロ狸で、行く度に人の尻を追いかけ回すようなやつで散々だった。

 マミ姐さんの部下、それも四天王なんてお偉いさんを邪険にも出来ず、体良くやり過ごすのに苦労させられた、その辺の事は姐さんも知っていたから、会うのは大体住まいの島の辺鄙な辺り。

 生まれた地も知らない長生きしただけのあたしに、姐さんはとても良くしてくれた。

 同族で頼れるような相手もいなかったし、年も上だったマミ姐さんを本当の姉の様に慕っていたんだ‥‥今もそこは変わらないが。

 そんな風にあたしの面倒をみてくれた相手に、落ち着く先を見つけたと知らせる為にお社に参ったんだ。

 それなりの化け狸なんだから何処か一処に落ち着け、という助言をもらって、その通りになったから報告に参ったんだ。

 マミ姐さんは自分の事の様に喜んでくれてそりゃあ嬉しかった、知らせに来た甲斐があったと思えた、同胞を集めて酒宴まで開いてくれて、本当にありがたかった。

 姐さんから約束して欲しい事があると言われたのもこの時の酒宴の場だ。

 住まいを見つけたのなら周りに人もいるんだろう、その人らがいるおかげで力もつくし蓄えも出来るんだ、程々に化かし程々に楽しんだなら、周りの者くらいは程々に助けてやれ。

 そんな話だった。

 言っている意味もわかるし納得も出来た。

 それにマミ姐さんがそうしているからあたしもそうしたいと考えていた。

 わかったと一つ返事で答えて、マミ姐さんとの大事な約束を交わした。

 

 そんな約束をしてから十数年、約束通りに何事も程々にやっていた。

 マミ姐さんの真似事じゃないが金貸しなんてのもやった。

 やった以上に感謝され拝まれて、こんな暮らしも悪くないなと思った頃。

 いつも通り住まいで寝こけていた夜だ。

 耳を劈く激しい音で叩き起こされた。

 最初は大きな地震でもあったのかと思ったがそうじゃあなかった。

 空が真っ赤に赤いのだ、この世の終わりでも起きたのかと思った。

 よくよく見れば自分の住まうお山の向かい、連山のうちのひとつが爆発していた。

 真っ黒な噴煙を吹き出しながら燃え盛る溶岩を垂れ流し爆ぜていた。

 噴火自体は知っていた。

 この国は火山が多い。

 長く生きれば見かける機会くらいはあった。

 こんなに近くで見たことはなかったが。

 危険さもわかっていた。

 

 あの煙に巻かれるのはあたしでもまずいし溶岩に焼かれりゃ良くて瀕死、普通でサヨナラだ。

 こうしちゃいられないと逃げ支度を急いだが、荷物をまとめ終える前に一つ気が付いた。

 マミ姐さんとの約束だ。

 程々に助けてやれなんて約束だったが、身の危険に晒されてまで助けるべきなのか。

 答えは出ずに悩んでいたが体は近くの谷間の集落へと向かっていた。

 

 集落に着いたはいいが阿鼻叫喚だった、飛び火して焼けては崩れかかる家。

 血を流し呻く人。

 煙を吸って肺が焼けたんだろうナリのきれいな死体。

 それにすがりついて動けない女子供。

 中々の地獄絵図で一瞬動けなかったが、すぐに行動することが出来た。

 あたしが妖怪で良かったと思った。

 まずは男、互いに姿を知らないが金借りに来ていた者が何人かいたはずだ。

 名を呼べばその生き残りぐらいいるだろう。

 何人か男が来てあたしの素性を聞かれたが、お山の金貸しの狸だと言って尻尾を見せたら驚きながらも納得していた。動ける者を男どもに任せ、あたしは動けない爺や女子供を連れ出しては逃がすを繰り返していた。

 生き延びただろう人間のほとんどを連れだした頃には、谷間にあった集落はもう形を成してはいなかった。まだ集落よりは安全だと思えた住処の穴蔵へと連れだしたはいいが、この後どうするかなど考えていなかった。

 

 それからが大変だった。

 病人けが人年寄りに、親の死んだ子どもや赤子連れの女などなどがいる村の者達、これらをどうしたものかと頭を捻る事になったからだ。それでも、人に近い生活をしていた事もあるし紛れていた経験もあったからか、年寄りや子供、赤子連れの女辺りはどうにかなった。

 ただ病人やけが人は薬などあるはずもなく、薬になる葉などを拾ってきたりはしてやったが‥‥そいつらはその日のうちに死んでいき、あたし一人で墓を掘っては埋める事になった。

 他の宿場に連れ出せばなんてのも考えたが、噴煙舞う中連れ出すのは殺すようなもんだったし、行ったところで他の宿場もてんやわんやだっただろう。

 

 数日して少し落ち着いたのか、雲間から日が差すようになり、人が外を出歩けるようになると今更物の怪だと騒がれた。噴煙や岩石があたしから逸れるのを見ておいて何を今更言うのかと笑ったが、先に正体を知っていた数人からの話があったのか、変に敬われ崇められるようになった。

 それからしばらくは元あたしの住まいだった所を中心に森を切り開いたり、人が住めるような形を作った。家や田畑が形になるまでそう時間は掛からなかった、人外のあたしがいたんだ、そりゃあ早い。立派な集落とは言えないが住める形になった辺りで『ここはやるよ』

 それだけを告げて集落のなりそこないを去った。

 

 程々という約束よりも随分深く関わってしまった事。

 約束を破ったと当時は思ったのだろう。

 あたしも単純だった。

 

 住み慣れた土地を離れてまた転々とする日々に戻った。

 マミ姐さんに約束を破った報告を‥‥とも思ったが、あれだけ喜んでくれた姿を思い出し、今は合わす顔がないなと行くに行けなかった。

 いつだったかあのお山とは遠く離れた地で、あの土地の話を聞くことになった。

 噴火に巻き込まれ集落ごと死ぬと思っていた者達が、その土地の化け狸に助けられ生き延び町を興したと、狸の住んでいた穴蔵に祠を立てて、いつ戻ってくれてもいいようになっていると。

 あの集落のなりそこないをでかくしたのかという感心と、待たないでくれという思いとが混ざってなんとも複雑だった。

 

 まだ約束を破った事を気に病んでいたあたし。

 戻ることも出来ず、やめてくれとも言えず‥‥ただ忘れられる事を願った。

 

 それからまたしばらくしてから。

 日の本の国を大きな地震が襲った。

 あの町も当然被害を受けて、噴火で土地が緩んでいたのかあっけなく壊滅。

 あたしの祠も土の中という結末を迎えた。

 忘れられる願いが叶った嬉しさよりも切なさというか侘びしさというか。

 よくわからない感情だけが残った。

 そのまま人の世に関わる事を減らし次第に完全に関わらなくなった。

 

 ひとりになった。

 

 あたしもそろそろかという頃、幻想郷の話を聞いた。 

 

 

「思い出せた、思い出したくなかったけれど」

「そうかそうか。なら儂に言う事はないか」

 

 マミ姐さんの声がとても優しいものだ、先程まで叱ってくれていたはずなのに。

 どこまで心配や迷惑をかければ気が済むのか。

 言う事、言わなければならない事、色々あった。

 約束を破ってしまった。心配を掛けた。頼りたかった。

 外の世界で消えかける前に会いに行けばよかった。会いたかった。

 何から言えばいいか、すぐにはわからなかった。

 

「まずは、そう‥‥約束を破ってしまいました」

「言葉がちがうのう、忘れてしまって、じゃな」

 

 破った事を怒られる。ずっと長いことそう思っていた。

 だから会いに行けなかったし頼れなかった。

 それなのに破ったことはいいというのだろうか。

 確かに忘れていたし忘れられたいと願ったものではあったのだが。

 

「破った事を忘れていた。いや思い出したくなかったのね、あたしが」

「そういう事じゃ‥‥破った事を叱ったりせん。破りたくて破ったもんでもない」

 

 不測の事態だったのは本当の事だが、あたし一人で逃げようと思えばいくらでも逃げることが出来て、どこかで好きに暮らせた。

 あの場に行けば、ほどほどくらいでは済まないとも分かっていた。

 確かに破りたくて破ってはいないが‥‥

 

「次は? もうないのかのう?」

「心配をかけました。頼りたかったのに頼れませんでした」

 

 何も言わずに頷いてくれるマミ姐さん。

 なんだろうか声が震える。

 頬を伝うものはなんだろうか。

 随分と昔、そう思い出話の中の町。

 あの町がなくなったと聞いた時に同じものを流したはずだ。

 

「後は? まだあるじゃろう?」

「会いたかったのに会いに行かなかった。消えかけてこっちに来る寸前まで後悔してた」

 

 頭に置かれた手のひらがぐしぐしと頭を撫でてくれる。

 一通り叱った後はいつもこうだ。

 こうされた後のあたしは笑うか、泣くかだ。

 もうすでに泣いているのか。

 

「まぁ、もういいじゃろう」

 

 その後は何も言わずに泣いた、声を上げるものではなく静かに泣いた。

 頭の手のひらはずっと撫でてくれている。

 あの時は一人で泣いて全部忘れた。忘れようとしていた。

 今は一人ではなくマミ姐さんがいてくれて、遠くで心配そうに見ているぬえもいる。

 あたしはひとりじゃなかった。もう忘れたくはなかった。

 

 一通り泣きはらして落ち着いてから、マミ姐さんからお説教やお叱りではない話があった。

 落ち着く所を作ってみろと言って、見つけたと笑顔で報告にきた。嬉しかったと。

 風の噂でお前の住んだ辺りの妖怪話を聞いて、元気にやっているようで安心したと。

 あの噴火は島からも見えた、あれで死ぬような娘ではないと思っていたと。

 噴火の跡地に町が出来た、狸の祠も建ったようだが祀られる者がおらんと。

 あんな約束をしたせいで、姿を見せないのか会いにこれないのか。申し訳なかったと。

 とんと話を聞かなくなってさすがにと思ったが、居場所もわからず探せんかったと。

 ぬえに呼ばれてこっちに来たら、元気そうな姿があって安心したと。

 何度あっても約束の話が出ないから、こりゃおかしいと今日呼んだと。

 苦い思い出掘り起こしてすまなんだ。

 あのまま放っておくのはできなかった。

 すまなんだと。

 

 全部聞いて声も出せなくて、静かに頷いて。

 少ししてから、あたしはまた泣いて笑った。

 頭に乗せられたマミ姐さんの手は暖かった。  




鈴奈庵のマミゾウさんが格好良くて生きるのがつらい。


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