東方狸囃子   作:ほりごたつ

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~日常~
第二十四話 冥界のバルバドレ


 少し来るのが遅かった、いや早かったのかと一人愚痴る。

 まあ仕方ないか、暑さをこらえきれなくなったのが今朝だったのだ。

 今の季節は生命の息吹が感じられる緑の葉桜を楽しむことにしよう。

 生命や息吹とは一番遠いこの場所で、それを楽しもうと思い当たるとは皮肉が効いていてなんとも心地よい。

 昼が長くなり夜の短いこの季節、湖でよく漂っている闇の妖怪がなつなのかーとテンションを下げる夏になるとあたしは度々ここに来る。夏が嫌いなわけではないが、ふかふかの縞尻尾とは切っても切れないあたしは暑さが嫌いなのだ。夏の日差しは逸らせるが、暑さは逸らしても暑いまま。

 逸れて涼しくなるなんて事はなく周囲の湿気が少しましになる程度だ、焼け石に水で意味が無い。

 

 そんなわけで夏の涼を求めて年がら年中涼しめの冥界に通うのが暑い時期の恒例だ。

 ちなみに冬は来ない。

 気温が一定のここも快適だが、尻尾に抱きつかれ鬱陶しいし地底のほうがが暖かだ。

 冬場のお空はとても重宝する。

 

 それはともかく今は夏、いつものように手土産持参で白玉楼に来たわけだ。

 思った通り葉桜の緑がきれいにそよいでいる。 

 花より団子と世間は言うが、葉と団子ならどちらがいいのだろうか。

 隣の彼女は悩むことなどないと思うが、あたしは今しがた葉桜の良さにも気づいたところ。

 まぁ、比べる事なくどちらも楽しめれば一層良いというものではあるが。

 ここは静かなのも心地よい。あるのは階段沿いに立ち並ぶ葉桜の葉が鳴らす音くらいで、視界に広がる整えられた枯山水とふよふよと浮かぶ死者の魂は静かなもので、雅なものだ。

 

「さっきから手うちわで扇ぐばかりで、何もお話しないなんて何しに来たのかしら」

「見たとおり涼みに来たのよ。土産を食べた後は土産話も食べるつもり?」

 

「お土産も美味しいけど狸汁も美味しいかもしれないわ」

 

 柔らかい帯をリボンのように腰に結いゆったり目の着物を着こなし、かぶる帽子に付いた天冠を風に揺らしながら会話を楽しむ隣りの少女。

 ここ白玉楼で終わりのない亡霊生活を楽しむ西行寺家の亡霊姫、西行寺幽々子。

 今は視線の先で静かに佇む可愛い従者を眺めながらあたしと二人縁側に座っている。

 隣で微笑みながら物騒な事を言うけれどこのお嬢様にとってはそう物騒でもない。

 自身が既に生命を終えた亡霊だというのもあるがそれよりも常に彼女の隣にある死が原因だろう。

 彼女は死そのものを操れる。

 人や妖怪に突然の死を与えることが出来る。

 そのまま『死を操る程度の能力』だと自称しているそうだが、なんとも単純明快で恐ろしい能力だ。

 まだ使っているところを見たことはないが、見るような事がないように祈ろう。

 触らぬ神になんとやら、怖いもの見たさで死んではたまったものではない。

 

「狸にそれを言うと逆に煮込まれて幽々汁にされちゃうわよ」

「亡霊でもお出汁って出るのかしら」

 

「きっと澄まし汁みたいに透明なやつね」

「お澄ましね、さっぱりとしていいわ」

 

 先程の物騒な話でも今の二言でもわかるが彼女はすこし執着心が強い。

 今は食への執着心が全面に押し出されているが、以前に起こした異変も彼女があのバケモノ桜の下に埋まる物が見たい、という己の欲望に強く執着して起こしたものだった。

 異変自体はあのおめでたい色の巫女やおめでたくない色の魔法使い、それとつれない青白の使用人が動き解決へと至ったのだが、今も気にはなっているようだ。

 何か埋まっているらしいが何が埋まっているかわからない。

 そんなものが自宅の庭先にあるのならあたしでも掘り起こしてみたくもなるだろう。

 そんな話を紫にしたら、ひどく悲しい顔のまま殺気を垂れ流されたため、もう口にはしないようにした。

 これも触らぬ神になんとやらだ。

 

「それに狸のような獣はすぐ食べても旨くないわ幽々子。捌いて寝かせて少ししないと美味しくないって話よ」

「そうなの?残念ね、なら一緒にお昼寝しましょうアヤメ」

 

 狸汁を諦めていないような言い方だが、ただのいつもの会話。

 いつもの性悪うさぎの様に口撃しあうわけでもないし、あのアレのようによくわからないことをいって胡散臭く笑うわけでもないが、幽々子とも会話を楽しめている。

 気品はあるがどこか気安い亡霊のお姫様、良い友人だとあたしは思っている。

 向こうからはおしゃべり出来る食材くらいに思われているかもしれないが。

 

「焦ってもダメよ、まだあたしは捌かれてないじゃない。血も抜けていないわ」

「そうね、早く妖夢に頑張ってもらわないと。それにしてもあの子動かないわ、寝ちゃったのかしら」

 

 仕留めた獲物を捌いて血抜きをしないと臭くなってしまい旨くない、人里でそう言っていたなと想い出す。

 鮮度のいい肉で滴る血がいいのにと思うのはあたしが元獣で妖怪だからだろう。

 人間とは嗜好が違っていても当然だわ、と思える。

 人間は獲物を仕留め血抜きをし捌く、そして寝かせて美味しく頂く。

 熟成といったか、寝かせた方がウマイ理由。

 鴨なんて目玉が腐って落ちるまで待って食べるのだそうだ。

 熟成とは腐敗と同じような物なのか?

 食せるか食せないかでわざわざ言葉を使い分けるなんて、人間とは面倒な考え方をするものだ。

 美味しく戴く為に一緒にお昼寝しましょうと誘ってくる幽々子にも、少しは人間だった頃の記憶がのこっているのだろうか?

 幽々子のような終われない亡霊になると生前の記憶はないらしいが、聞いたこともないしわざわざ聞くほど興味もない。

 それにまた紫に怖い顔をさせたくはない。

 

 ぼんやりとそんな事を考えながら見つめる先で、妖夢と言われた少女が構えて動かないまま結構な時間がたっていた。

 白玉楼の半分人間半分幽霊の庭師。

 主人である幽々子の剣術指南役兼と彼女は言っていたが、指南しているところを見たことがないし幽々子が剣を振るう姿も想像できない。

 まあ仲の良さそうな主従だし、役職はこの際なんでもいいだろう。

 あたし達に見られながら微動だにしない彼女、背負った二刀の内の長い方を正眼で構え静かに佇んでいる。

 光を透かすきれいな白髪と黒いリボン、縁にフリルのあしらわれた緑のスカート。

 それと普段はしていない目隠しの細帯、これらが風に靡いて揺れる姿は凛としていて中々のものだ。

 普段の彼女はもう少し動くし、もう少し話す。

 長い時間構えたまま深く集中しているのはあたしと賭けをしているからだろう、それほど難しいことでもないというのに。

 

 

 お祖父様は言っていた。

 真実は眼では見えない、耳では聞こえない、真実は斬って知るものだと。

 だから、全ては斬らなければ始まらない。剣が真実に導いてくれるはずなのだと。

 きっと今のこの状況も切ってみればわかるのだろう。

 毎年、今くらいの時期になるとふらっとやってきては同じ賭け事をするあの狸殿。

 お祖父様がいた頃からずっと同じ内容のこの勝負。

 お祖父様が何処かへと行ってしまった今でも私相手に挑んでくる。

 

 幽々子様や紫様、藍さんの古い友人らしいが‥‥

 お祖父様はあれは気をつけろと仰っていたが、今は少しわかる。

 きっと魂魄流の剣術を持ってしても抗うことが難しい相手なのだろう。

 気をつけろとおっしゃっていたお祖父様の表情はとても険しいものだった。

 なんという事はない勝負だとはわかるが‥‥

 きっとお祖父様とあの狸殿の間には並々ならぬものがありそれをこの勝負で決していたのだ。

 ダメだ、もっと集中しろ。余計な事は考えるな。切ることだけに集中しろ。

 幽々子様も勝負相手の狸殿も未熟な私に声をかけてくれている、その思いに答えなくては。

 幼い頃見た、お祖父様が切り伏せた姿を思い出せ。

 私がこの勝負に勝ち、少しでもお祖父様に少しでも近づくために。

 

  ――いざ!――

 

 

「そろそろ眺めるのにも飽きたんだけど。幽々子応援でもしてあげなさいよ」

「そうねぇ、早く切ってもらわないと食べられないし。妖夢、頑張ってね」

 

 幽々子の声に少しだけ反応し、刀を構える肩がほんの少し揺れる。

 あれならまだまだ負ける事はない。

 あの爺さんはさくっと切って見せたのだから同じ剣技を扱う孫娘もさくっと切れるはずなんだが、何をそんなに気負いしているんだろう。

 そんなに相手が怖いかね、動くこともないのに。

 あっても転がるくらいか、ただの西瓜だもの。

 

「妖夢早く~スイカ割りっあそれスイカ割り」

「幽々子楽しそうねそれ、あたしもやるわ。スイカ割りっあそれスイカ割り」

 

 手拍子叩いて拍子をつけて縁側から見守る二人の声援を受け、気が乱れた妖夢の剣が……

 スイカの横に滑るように振り下ろされた。

 

「参りました。今年も斬れませんでした」

「爺さんは一太刀で六分割したけど、同じように切れとは言わないけど両断くらい出来ないとね」

 

 この半人前の娘の祖父。

 半分幽霊の爺さんが斬れぬものなどないなんて言うから、あたしの能力で逸らしたスイカを切れるのかと賭けたのがそもそもの始まり。

 最初の数回は切ることが出来ずあたしの勝ちで、悔しがる爺さんと笑う幽々子の前でドヤ顔したもんだったが、いつか爺さんにバッサリと両断された事があった。

 素直に負けを認めて褒め称えたら、良い物が切れたと笑っていた覚えがある。

 翌年の夏からは、あたしの持ってきたスイカを曲芸の様に縦割りしてみせる芸事をするのが、毎年の事と言えるようになるまで続いた。

 いなくなる前に最後に見せた一刀六分割がもう一度見たくて、こうして今でも孫娘相手に勝負を挑んでいる。

 斬れぬものなど、あんまり無い!

 なんて、爺さんと似たような事をいつかの異変で言ったというから少し期待してかなり疑って話すと、それではやってみせますと勢いづいた。

 までは良かったんだがなぁ‥‥

 

「夏場しか食べられないなんて残念よね、春にはスイカはないのかしら」

「探せばあるんじゃないかしら、幻想郷なのだし。常識にとらわれてはいけないわ」

 

 腹の減る亡霊に半分幽霊の人間、口の悪い狸と常識外の者達が普通に暮らしているのだ、季節外れのスイカくらいはあってもおかしな事ではない。

 おかしなことではないが、あの季節の花にうるさいのが許さなかったりするのかね。

 態度だけはお淑やかで可憐に見えるあの女を思い出しながら、妖夢が普通に切ったスイカを頬張る夏の午後、白玉楼の一角。


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