東方狸囃子   作:ほりごたつ

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命蓮寺話一完結。

一人はイヤっていいますものね。


第二十三話 アブソリュートジャスティス ~おわり~

 昨晩は星の言葉に甘え命蓮寺で夜を明かした。

 昼間いつのまにかいなくなっていた村紗は聖の帰りを待っていたらしい。

 2人揃って境内に顔を出したのはとっぷりと夜を迎えてからだ。

 聖は近くの村での説法を日課にしていて、日課を済ませ帰る前に少し村人と話し込んでしまい遅くなったと話していた。

 妖怪からも人からも慕われるとは、思った通り出来た御仁だ。

 

 帰った聖も加わって夜は円になり色々と話した。

 あたしとしては難題への意趣返しを思いつき、それ以上の事は得られないような話だったが星も聖もナズーリンでさえも、あたしの話で思うところがあったようだ。

 人を食わずに騙して笑う、その辺の話は入れ食いと言ってもいい食らいつきで少し驚いた。

 妖怪の癖にと怪訝な顔をされることが常だったのだが、名の知れた高僧のありがたい説法でも聞いたような表情を見せてくれた。

 貴女のような妖怪もいるんですねと和尚は言っていたがあたしとしては変わり者だという自覚はない。

 同じように人は食えるが食わずとも、元気に過ごしている妖怪は星以外には見た事がないのだけど。

 

 そういえば話ではないが、愛用の白徳利の方も良い喰らいつき方だった。

 坊さんの癖に酒を飲むのかとあたしは笑ったが、私達がいただくのは般若湯で酒ではありませんと言っていた。 

 尼寺の坊さんから方便を聞けるとは、と少しだけ笑い、断られた聖以外に振る舞った。

 あたしの般若湯の力もあってかその後は少しだけ饒舌になり、聞いてもいないことを教えてくれた。

 

 なんでもこの寺は飛ぶのだそうだ、そして形が変わるという。

 正確には寺が変わるではなく寺に変わる! であり本来の姿は空を泳ぐ船なのだ! そして船長は私! 村紗水蜜なのだ! と。

 それを声高に話し、鼻も声に負けないほど高くする村紗だったが雲付きの尼公、一輪に村紗がいなくても動くことは動くし、困らないと言われて半べそをかいていた。

 ついでに言えば寺の前に船で、船の前に倉なんだそうだ。

 移り変わりが頻繁でなんとも忙しい建物だと思う。

 

 この寺の正体にも十分驚く物があったが、あたしが一番驚いたのは一輪の相棒。

 見越し入道だと言っていたか、雲山というピンク色の入道雲も般若湯が飲めるという事だ。

 何処にどう収まるのか、後で染み出したりしないのかそれとも降りだすのか、気になり雲山を見上げていたら目が合うなりウインクされた。

 話こそしないが中々茶目っ気のある親父殿だ。

 お返しにと煙管をふかし少し小さい灰色の雲山浮かばせると、可愛いわねと、雲山ではなく相棒の方に好評だった。

 そんなどうでもいい笑い話を遅くまで続け、聖を除いた面々と本堂で雑魚寝となった。

 円に座り飲んでいて眠りにつくのも円のまま。

 こうなったのも何かの縁かと寝付いたみんなを起こさぬように静かに微笑んだ。

 

 翌朝起きて座禅からの一日が始まった、なんでかあたしもその環に入る。

 あたしはいいよと遠慮はしたがこれも縁だと押し切られた。

 なんとも輪っかというのは中々抜けられないようだ。

 厳しい修行を経ても辿りつけない者が多い理由が少しだけだが体感できた。

 少し長めの座禅を済ませ食事もと誘いを受けたが断った、遠慮や配慮もあるには合ったが精進料理は口にあわない。

 気分が乗ればまたそのうちに、と寺のみんなに挨拶し昨日は登った山道を降った。

 

 輝夜になんて切り出そう、帰りはそればかりを考えていた。

 意趣返しとしては少々弱いがそれでも輝夜のドヤ顔を潰すには十分だ。

 無理難題をあたしの方からもらっておいて意趣返しというのも本末転倒だとは思うが、友人なのだそれくらいのイタズラは許されるだろう。

 二日ほど歩くと平安の都に戻り着いたのだが、少し空気が妙だった。

 町行く誰かをとっ捕まえて何があったか聞いてみると、なんでも輝夜が帰ったらしい。

 屋敷から出ることなどないだろうと思っていたが何処へ帰るというのだろう。

 詳しい話を聞いていくと、輝夜は月のお姫様でそのお迎えが来たんだそうだ。

 5つの難題を課せられた者は道中で力尽きたとか、偽物をつくって騙そうとした者が出て、都中の話題になり自害する羽目になったとか。

 ついでの話も聞くには聞いたがどうでもいいと思えた。

 意気揚々と帰ってきたら、友人はいなくなっていた。

 まるで狐に摘まれたようだと一人で笑い一人で冷めた。

 

 後から聞いた話だが迎えの牛車を見た者がいて、それが帰る事はなかったという。

 迎えでなく他のなにか、例えば月からの迎えではなく使者だったのか。

 話を聞いてそう思った。

 

 しばらくは楽しみのアテがなくなりどうしようかと途方に暮れたが、そういえばあの妖怪寺があったなと思いだした。

 けれど途方に暮れていたのがまずかった。

 風の噂で聞いたことだが聖が捕まり封印された。

 寺の者も歯向かう者は容赦はされず、殺しきれない者達は地底深くに封印されたと。

 そうなった理由も聞いたはずだがそっちは別に気にならなかった。

 気になったのは話に上がらなかった星とナズーリンの事だけ。

 会いに行っても良かったのだが輝夜のようにいなくなられていたら。

 そう考えてしまい会いに行く事はできなかった。

 

 こうしてあたしはまたひとりになった。

 

 

「なぁ聞いているのかい? その耳は飾りなのかい?」

「飾りの耳は献上したわ、これはあたしの愛らしい耳よ」

 

 なんだ聞こえているんじゃないかと、何も言わずに目で語られる。

 いつもの呆けた表情だが、いつもの表情が見られるのはいいものだな、と一人頷いた。

 普段軽口しか言わないあたしが素直にこんな事考えられるのもこの着物のおかげかね?

 やはり良い品を貰ったようだ。

 

「一人で頷いてなんだい? 飾りの耳は何かうまい事でも言えたつもりかい? 私にはそうは思えないが」

「いや、いいのよナズーリン。そのままの君でいい」

 

 今までに見たことがない顔をされた、そんなに可笑しい事を言っただろうか?

 今おかしい顔をしているのはナズーリンだというのに。

 まあそれでもこうして会話が出来るのは良いものだ。

 昔のことを思い出せる相手がいるのはとても良いものだ。

 とまた頷いた。

 

「さすがにどうした? なにかあったかい?」

「あったといえばあった、が今じゃないわ。随分前ね」

 

 またよくわからないことを言うね。

 と減らず口を言うネズミ殿の事は置いておいてそろそろ来るだろうご主人を待つ。

 最近は本当にマメなことで毎日とは言わないが週に何回なくしているやら。

 そんなに慌てて失くしているといつぞやのように本当に失くしてしまうぞ? 星。

 

「ナズ‥‥アヤメではないですか、久しぶりですね。どうしてここに?」

「久しぶりね星。つい最近寺に行ったけどいなかったから、ついに自分を失くしでもしたかと思ったわ」

 

 そう言って笑うと、さすがにそれはと苦笑された。

 さすが大きな縞猫の妖怪だ、猫を被るのがうまいうまい。

 

「ご主人か。その調子だとまたなのかい?」

「ええ、その‥‥まぁ」

 

 またか、といった表情をするかと思ったが、特に変化は見られない。

 耳が大きく揺れていて少し気になるくらいだろうか。

 

「なぁご主人、もう少しだけでいいから注意力というものを持ってくれないか?ああそれも失くしてしまうのかな?」

「ナズそれは……ちょっと言い過ぎですよ?」

 

 仮にも自分の主人に随分な事を言う、これはたまらず笑ってしまった。

 主人の芝居も中々滑稽だが従者も従者だ、揃って面白い。

 

「そんなに笑わなくてもいいではないですか、少し傷つきます」

「傷ついてしまったなら帰って癒やすといいわよ、ここの風にあたると乾いてしまって跡が残るんだとさ」

 

「そうなのですか、ナズ? 確かに瘴気は感じますがそれほどとは思えませんが」

 

 ネズミ殿が何か難しい顔をしているがなるほど‥‥こういう交わし方もあったのか。

 勉強になった、後に活かそう。

 

「いいかいご主人、私が言いたいのはそういう事ではなくてだね。イヤやめよう、今言っても私が惨めになるだけだ」

「惨めになるとはなんですか? そんなに耐えられないなら、今日は一緒に帰りましょう」

 

 お、少し牙を出したね代理殿。

 それともまだ猫パンチくらいなのかね、ならばしばらく見守り続けよう。

 困る賢将殿などあまり見られるものではない。

 

「それよりご主人失せ物は? 宝塔探しはいいのかい?また聖の小言が始まってしまうよ」

「ああ、そうでした。ナズお願いします、一緒に探してください」

 

 一緒に、ね。隠してお願いするだけではダメと気がついたのか。

 ネズミ殿ほどではないがやはりこちらも聡い本尊様だ。

 

「さあ、ナズ早く行きましょう」

「話はわかったよご主人、探しに行くから今日は戻ってくれていい。寺の本尊が毎日出歩くものではないよ」

 

 ここまでかね、星も頑張ったがネズミ殿のが一枚上手だ。

 仕方ない、困るネズミ殿をもう少し見せてもらうために横槍を投げてみようか。

 

「それがいいわ、寺の宝探しの得意なネズミ殿に任せてあたし達は帰るとしましょ」

「ですがそれでは」

 

 そうだな、それでは星の芝居の意味がない。

 慣れない舞台で踊っているんだ、お囃子叩いて盛り上げようじゃないか。

 

「大丈夫、あたしは目星をつけてるわ」

「それは本当かい? なら教えてくれないか? 君の目星が正しいのか、気になるからね」

 

 

 食いついたねネズミ殿。

 鼠の癖に食欲少なめで普段は食いつきが悪くてからかえないが、今日はお腹が減っているのか?

 今の顔も珍しいものだよ?

 気づいているかいネズミ殿?

 長く見ていたいが今はダメだ、主役は星だ。

 あたしはお囃子、騒いでなんぼだ。

 

「そうね、ヒントは灯台かしら」

「幻想郷に海はないはず、それがヒントになるのかい? 得意のテキトウなら困るのだが」

 

 困っているのは君だろう、小さな小さなネズミ殿。

 普段の君ならかかりもしないが今日は別だわ、星がいる。

 それほどまでに気にしているなら星の気持ちも汲んでやれ。 

 

「聡いナズなら気が付きそうだが、わからないなら仕方がないね。教えてあげる、次のヒントは猫かぶり」

「言葉あそびのつもりかい? それなら今日は諦めてくれ。私はそれほど暇じゃない」

 

 さっきまで見つからない宝探しをしておいて、主が来たらころっと変わる。

 わかりやすいぞネズミ殿、普段の顔をどこに失くしてきたんだい?

 普段は呼ぶなと訂正するのにナズは訂正しないのかい?

 その大きな耳は飾りかい?

 

「後はそう、これ以上言うと答えになってしまうから探しものとしてお願いするわ。ナズ」

「探しもの? 意味がよくわからないんだが」

 

「星の本音を落としてしまって、ぜひとも探してもらえない?」

 

 さぁて舞台は整えた、後は演者が魅せる番。

 普段の芝居もいいけれど仏像以外の芝居も出来る。

 そう思ったからお囃子叩いた。

 舞台を潰すな寅丸星。

 

「探してもらえますかナズ。近いところにあるはずですが‥‥私一人じゃ見つからないの‥‥一緒じゃないとダメなのよ‥‥」

 

 

 猫なで声とは少し違うか、これは鳴き声、泣き声だ。

 主役としては上々だ。

 後は助演が頑張って、舞台を〆て大団円だ。

 

「ご主人、一度私は裏切ったんだ。一緒にいられるはずもない」

 

 そこで振っては舞台はおじゃん。

 交わす台詞はそれじゃない。

 もう一勝負、打ってみましょう打ちましょう。

 

「主人が泣いて困っているわね、仕える者の姿勢じゃあない。この場を上手く収める為交わす言葉があるでしょう?」

「うるさい黙れ。なにが分かる! 何もわからん外野が言うな!」

 

 おやおや熱いねネズミ殿、図星つかれて慌てるなんて。

 そこはやめてと言うのと変わらん。

 

「泣いてる主人に変わって言うが、とっくに気づいているんだろう? 失せ物は既に見つかっている、ハナから失くしていないのだと」

 

 最初はここ無縁塚、次に再思の道。

 少し戻って魔理沙の自宅、そこから動いてアリスの家で次あったのは香霖堂。

 香霖堂あたりで気が付いていいものだ。

 香霖堂は星が本当のうっかりで失くした場所で、それを忘れるはずがない。

 今は命蓮寺の金堂で収まっているだろう。

 以前の聖の言っていた『少し失せ物探しに出てる』というのは宝塔探しじゃなかったわけだ。

 寺から消えて戻ってこない小さな賢将を失くして探していた、そういう事だったと。

 毘沙門天代理に選ばれた山一番のまともな妖怪、今も賢将をどうにかして寺に呼び戻そうと慣れない芝居をうって、それも失敗して泣きだした。

 ネズミ殿の可愛いご主人様、本当にこのままでいいのかい?

 

「私の芝居がバレてしまいました。そうですね、少し簡単過ぎた芝居でした。ここから順番に、命蓮寺までの経路で失くすような器用さは私にはありませんね」

「そうだねご主人はうっかり者だ、そんなわかりやすい順番でやったらバレバレじゃないか」

 

「バレバレなんだったら少し素直になればいいのに、互いに素直じゃないから面倒な事になるのよ」

 

 素直とどの口が言うのか。

 と赤く腫らした目で二人に睨まれているが最近のあたしは素直だった。

 おかげでこの白い着物も着られている。

 アヤメのくせに薔薇なのね、と言うあの厄介な隙間は一度黙らせたいと思っているが。

 

〆〆

 

 しばらくしてから命蓮寺で、聖と並んでぬえを叱るナズーリンを見かけるようになった。

 住まいは相変わらず無縁塚近くなのだがナズーリンの従える同胞の食事量を考えると已む無しというところだろう。

 星は相変わらず色々と失せ物をするうっかり具合だが、宝塔を失くしたと探しまわるナズーリンは見かけないそうだ。

 

 甘味処でネズミ殿と顔を合わせた事がある。

 食べ終えていたあたしを見て、食事が済んだら早く帰ったらどうだいなんて言ってきたが後から店に来た星にそういう事を言うものじゃないとお叱りを受けていた。

 甘いものはもう食べたからもうお腹いっぱい、ご馳走様して帰るわよと伝えたら、二人共顔を赤くしてなにか言っていたが何を騒いでいたのやら。

 

  




ナズの一度裏切ったというセリフですが、星がうっかり宝塔を失くしたと伝えたのは信頼するナズーリンだけだった。
それをナズーリンは原作の魔理沙ルートであっさりバラした と。
代理とはいえ仕える者がすることではなく結構ひどいな、と思ったのでそこから少しこじつけてみました。
原作をプレイされていない方もいると思うので、少しだけ説明という名の言い訳として書いておきます。

前話と今回で出した『金堂』ですが本来は本堂=金堂で同じ意味です。
宝塔を納戸にしまうと書くのもあれだったので、
表現の使い分けとして金堂としています。


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