東方狸囃子   作:ほりごたつ

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途中のくだりで破綻した事を言っていそうですが、星くんが可愛いので仕方ないですね。


第二十二話 虎柄と毘沙門天 ~ふたつ~

 右手を見れば甘味屋。

 お米粒を手のひらですっぽりと覆えるくらいの大きさにして蜜で固めた物が並ぶ。

 歯ごたえが良さそうで中々食欲をそそる。

 固めのおはぎのようなものかと思ったが中心は餅で周りは米を煎ったものなのか。

 種類も結構あるようで、榛子(はしばみ)を米と一緒にまぶしたものなんかうまそうだ。

 ただ食うためでなく色々と趣向を凝らしていて見てて飽きない。

 隣に並ぶ甘栗みたいに昔から変わらないものもあるけど、食べてうまいならなんでもいい。

 帰りに少し寄ってみるか。

 甘味屋の隣は結構な数を揃えたお茶葉の目立つ茶屋。

 なるほど、隣で買ってうちで茶をしろと。

 中々商売上手な事考える、甘味屋にしろ茶屋にしろどちらが先でも双方損をすることはない。

 店並び一つとっても工夫してるようだ。

 

 少し前までは一つのところでは一つの物しか味わえないような暮らしをしていた人間が、知恵を捻って工夫してうまく互いの事が進むようにしてる。

 こんな風に柔軟に考えるところはあたしも見習わなければならない。

 野山を跳ねてた頃は体の成長もあったが、狸の範疇からはみ出した今じゃすっかり体は育たないんだ、頭くらいは育てないとその先どうなるかわからない。

 遠くまでわざわざ出向いたこの寺で知能上昇でもお願いしてみるか。

 お参りしてきた人間がここの煙を良くしたいところに当てて祈願すると言っていたんだ、ついでに煙を頭に浴びて賢くなるよう祈ってみよう。

 なぁに、悪さしに来たんじゃあないんだ。

 こちらにおわす帝釈天様もお咎めなんぞくれないだろう、俗世で生きる一匹の狸。

 そいつの小さな願い事、一つ叶えちゃくれませんかねってな。

 

 お咎めもなく参拝も済んだ、煙を浴びる行列に惑わす煙が並ぶなんて我ながら滑稽だわ。

『毘沙門天の宝塔』の手がかりなんて全くなかったが、つまらない土産話が出来たしまぁ良しとしよう。

 しかし大きな寺だった、社寺もデカけりゃ門もでかい。

 けれどなんだか物足りない、そうは思いませんかね仁王様方。

 貴方様方も毎日顔合わせてたら飽きるでしょう。

 間に何か隠れるものでもあればいいと思うのは、矮小な狸の思いつきかね。

 まあそんな事はどうでもいいさ、まずはさっきの甘味屋で知らぬ甘味に舌鼓だ。

 

~少女移動中~

 

 寺の話で思い出し、やって来ました法隆寺。

 あっちの寺に行くまでに思いつかないなんてあたしとした事が考えが甘い。

 いやちがう、きっと浴びた煙のおかげで思いつけたんだろう。御利益あったわ万々歳。

 そういやここの主殿、太子は今頃どうしてるかね。

 病が治せずいつかの復活を願って身内と共に眠りについたと聞いたけど。

 まだ姿を見ていないんだ。いつかはまだ先の事なんだろう。

 一緒にいたはずの娘々はついぞ話を聞かない。

 けれどあの娘々の事だ、他に何か見つけた楽しい事にでも興じているんだろう。

 いつか再会することがあったら楽しい話が聞けそうだ。

 しかし本当にどうしたもんやら。

 あれから色々回ってみたが『毘沙門天の宝塔』なんて仏像以外の話が出ないね。

 輝夜にお手上げだと言うのも癪だし、何かそれらしい物でも見つかればいいんだが。

 

~少女行動中~

 

 それから少し時間が過ぎて、変わった話を耳にした。

 なんでも魔を払い妖かしを遠ざける、本来は妖怪と真逆にあるはずの山寺で妖怪囲って修行する連中がいるって話だ。

 これは非常に興味深い、どんな変わった連中がいるのか楽しみだ。

 

 道中仕入れ、山寺の概要が少しわかった。

 和尚は人間のようだが年を召していく気配がない。

 ご本尊は獣のようで仕える者も同じく獣。

 修行僧は女性ばかりで雲を連れた尼公に、穴あき柄杓を持った幽霊。

 あとはなりのわからぬ半端者、そんな奴らが毎日禅を組みお経を唱え悟りを開く修行をしてる。

 これは見事に変なのばかり、今まで知らなかったのが嘘のような話だ。

 一丁行って話を聞いてあたしの眼で見てみよう、輝夜に降参するのなら土産は多いほうが良い。

 

~少女参拝中~

 

「お前も聖を頼ってここへ?人の形を成せるくらいだもの。力のある妖怪にしか見えないけど」

 

 寺の正面でそう声をかけられた、声の主は穴あき柄杓を携えた幽霊。

 見れば、動きやすいように作られた上下に別れた服に赤い細めの襟巻きを通し、大きな柄の帽子を被った少女。

 

「頼ってというわけじゃないね、ここの噂を耳にして少し話をと思ったの、あたしが分かると言うことは貴女も妖怪なのかしら?」

「私は幽霊さ、船幽霊」

 

 船幽霊、水辺の幽霊がなんでまたこんな山寺にいるんだろうか。

 まあ本人が言うなら間違いないんだろう、被った帽子の柄もあれは錨に見えなくもない。

 船頭多くして船山登った結果死んだ幽霊さんかね。

 まあいいか、深く聞いても話が進みそうにない。

 

「船幽霊か、なら噂に聞いてた通りのお寺さん? それならぜひともご本尊を拝顔したいね」

「強い敵意も感じないし‥‥いいよ、同じ妖かしのよしみだ、案内するよ」

 

 船幽霊に連れられて寺を上がって本堂へ、途中色々な妖怪の姿を見かけたがいかにも頼って来ましたという力のなさそうな妖怪達ばかりだ。

 うまく会話が出来るのかもわからない、それでも修行をしているというのだからある程度の知恵はあるんだろう。

 誰かを頼らないと生きていけないと思えるくらいの知恵は。

 

「そう言えば自己紹介がまだだったね、あたしは囃子方アヤメ。霧で煙の狸さんだ」

「私は村紗水蜜よ。霧なのか煙なのか、狸なのかはっきりしないのね」

 

「仕方ないさ、そうあってくれというのが混ざった結果が今のあたしだもの」

 

 大元を正せば狸だが、化かすやり方や方法のせいで、霧や煙の名前の方が広まっているようだ。

 正しく広まっていない事への悲しさ半分、はっきりとした正体を掴まれる事がない嬉しさ半分といったものが今のあたしの心境かね。

 ご本尊がこちらに来るまで少し時間があるようで、村紗と互いの話や他の場所での出来事など冗談も交えながら適当に話した。

 元は水難事故で死んだ人間だそうで。

 未練から生まれた地縛霊だったそうだのだが、ある時ここの住職、村紗が聖と呼んだ相手がそうだろう。

 その聖が村紗の討伐を依頼されたそうだが、討伐されることなどなく諭されたんだそうだ。

 倒しにきて諭すとは中々出来る事じゃないね、どうやらここのご住職はあたしが考えていたよりもよっぽど出来た方のようだ。

 楽しみが増えるってのはいいもんだね。

 お返しにとあたしの話を少しした頃。

 ご本尊がいらしたようで、村紗が動いてご開帳となった。

 

「遠くからわざわざお越しいただいてありがとうございます、私は寅丸星。この寺で毘沙門天代理を務める者です」

「言葉を交わせる本尊様を拝めるなんて中々ないね、あたしは囃子方アヤメ。狸の霧で煙よ、奥の丸耳さんは紹介はしてくれないのかしら?」

 

 頭に天部の者の台座に似た物を載せ虎柄の腰巻きを巻くご本尊様か、なるほどこれは妖獣だわ。

 彼女の纏うモノは天部の者の神気じゃあないあたしと変わらない妖気だ、案内役は船幽霊、ご本尊も話通り。

 アテになる噂もたまにはあるもんだ。

 まあ彼女の事はいい。

 紹介も済ませたんだ、後でゆっくり語らおう。

 星の後ろで睨んでるやつの警戒を解いてからゆっくりとね。

 

「名前くらいは教えてくれてもいいと思うわ。そこの本尊様からバチ当てられても知らないわよ?」 

「私はナズーリン。こちらのご主人、毘沙門天代理に仕える者さ」

 

「ご丁寧にどうも、囃子方アヤメさっき言った通りの者よ」

 

 あの耳と尻尾は鼠かね、従者も獣という話だナリからしてそうだろう。

 それより面白いことを言うな、あのネズミ殿。毘沙門天と言ったか?代理とついてはいるがそこは大事じゃないな。

 

「毘沙門天代理と仰いましたか、こちらで祀られているのは毘沙門天様なのですね」

「堅苦しい調子ではなくても結構ですよ、私は代理として崇められた妖怪ですから」

 

 穏やかに微笑む姿は確かに本尊様だ、代理とは言っても伊達や酔狂のようなものではない。

 中々尊いお方のようだ。

 一つの仕草もしっかりと代理として務めているんだ、なら持っていないはずがない。

 さてどうやって切り出そう。

 

「ではいつも通りに。呼び方も星でいいかしら?獣上がりの同族はなんとなく親しみが湧くのよ」

「構いませんよ、アヤメさん。私も気安い方が好みですから」

 

 もっと堅物かと思ったが、いやいや話しの分かる方で助かる。

 あたしの言葉を素直に聞いてくれる、ならいっそ素直に問うてもいいかもしれない。

 

「気安いついでに聞いてもいいかしら? 毘沙門天様の代理だというのに宝棒や宝塔は携えてはいないのね」

「今はここの本尊としてではなく、寅丸星としてアヤメさんと話していますから。仏具は奥の金堂に納めてあります」

 

 これは僥倖だ、天界にでも行かないと見ることすら叶わないと思っていた『毘沙門天の宝塔』がこんなに近くにあるなんて。

 これで輝夜にドヤ顔出来るとというものだ。

 

「君は何しに来たんだい? 今の表情は盗人かその類にしか見えないんだが」

「ああ、済まない。友人に見せようとした顔になっていたわね。何しに来たか問われればとナズーリンの言う通りよ」

 

「素直に白状するとは、諦めがいいのか馬鹿なのかどちらだい?」

「諦めは早いのよ、それに盗み出す必要もなくなったわ」

 

 持って来いとは言われたが本当に持ってくるとは輝夜は考えていないだろう。

 持って来ることは出来ないと確信できるからこその難題だ。

 ならばそこを逆手に取ってもいけるはずだ『毘沙門天の宝塔』は実在し、とある山寺の毘沙門天代理が持っていました。

 

 こう伝えるだけでも輝夜の難題に対する意趣返しとして使える。

 証拠も何も関係ない、あたしが持ち主からそう聞いたんだ。

 物の全否定は出来ても証言の全否定は出来ないだろう、気になるなら輝夜が自ら動けばいいんだ。

 あの娘が自ら動くなんて思えないけれど、だからこその証言だけだ。

 

「諦めたという割にさっきよりも悪い顔になるね、君は本当に何がしたいんだ?」

「重ね重ね済まないと思うわ、とても楽しい気分になったのよ」

 

「良くわかりませんが改めたのなら良いですよ、仏門の教えにもそうあります」   

「破門されたとしても戒律を破っての破門でないなら再入門出来ますよ、という話かしら」

 

 こんな事をあの太子が言っていた気がするね。

 あの時は特に気にも留めない事だったが、いやいや何処で活きるかわからんものだ。

 少なくとも星の興味を引くくらいにはここで活かせたわけだし。

 人の話は良く聞いておいて損がない。

 

「ただの盗人狸かと思えば、それなりに知識も持っている。君はそう、胡散臭いね」

「随分な言い様だねナズーリン、尊い教えは変な妖怪にも広まっている。天部の使いを名乗るならそう考えてくれてもいいと思うけど」

 

「そうですよナズ、今私は軽い感動を覚えています。私達のように修行をこなしているわけではない方、それも妖怪が仏の教えを語るのです。素晴らしいことなのですよ」

 

 教えを語った事に違いはないが、正しい使い方ではない辺り少し心苦しいね。

 まあここいらが潮時だろう、語って落ちてしまうならそうなる前に自ら舞台を降りるに限る。

 

「あたしのはただの聞いた話さ、星。貴方達のように学んだ物じゃない、天部の代理の方にこれ以上変に語って間違うのは恥ずかしいからその話はここまでね」

「そうですか、ですが私はアヤメに感銘を覚えました。良ければ一晩泊まっていってください、今は留守にしていますがきっと聖も私と同じように思うはずです」

 

「ご主人がそう言うなら私は何も言うことはないよ。最初はどうかと思ったが村紗の言う通り害意はないだろう」

 

 そういえば村紗は?

 と思ったが何時からいなかったのか本堂に姿はなかった。

 元地縛霊の癖にふわふわとしたもんだ、それとも縛から開放された反動なのか。

 囚われた経験のないあたしにはわからないところだ。  

  




榛子(はしばみ)とはヘーゼルナッツの亜種、この時代にもあったようです。
そして柴又の帝釈天のお寺ですが平安の頃はまだ雷門はなかったみたいですね。

そういえばこの話の執筆中に評価の星が付いている事に気が付きました。
このような稚拙な文章を評価していただけるとは、とても嬉しく思います。
お気に入りに入れてくれた方も気がつけばたくさんになっていて。
本当にありがとうございます、励みになります。


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