第二十一話 賢将と難題 ~ひとつ~
お日様が高くまで登るようになってきた。
少しだけ暑さを感じるようになり、幻想郷の空に初夏ですよ~と告げる妖精が新しく生まれてもおかしくないなと思える日差し。
ソレを遮るように、人里の大道具屋で昨年買った大きめの番傘を広げ、遠くまで続く道を歩いて行く。番傘自体は雨天用の物で、紫外線を遮断できるようなものではないが、日焼けに関しては、全く気にしていない。
気にしているのは暑さだけ。
番傘一本でも直接日差しを浴びるよりは幾分か涼しく感じられる。
病は気からって言葉じゃないが、傘のお陰で多少は涼しいかも、と思い込めばきっと涼しく感じられるだろう。
そこは心頭滅却すれば火もまた涼しじゃないのか?
と、言われてしまいそうだがあれはダメだ。
無念無想の境地にあれば苦痛も苦痛と感じない。
なんて言葉だが、この言葉の言い出しっぺは焼け死んでる。
苦痛と感じずその場にいれば体が燃え尽き死に至る、当たり前の話だろう。
ま、つらつらと呟いて何が言いたいかっていうと、暑くなるのは嫌だなぁって事だ。
飛んで進めば少しは涼しい、確かにそうだ速度が違う。
自身の起こす風と吹いている風が合わさってとても快適な移動になるだろう。
それでもあたしは歩いて移動する事のほうが多い。
元々が地面に四足つけて野山を走り回っていた狸さんだ、その頃の名残なんだろう。
千年以上も前の名残を今でも覚えているんだから、生まれてすぐの記憶とは強いものだ。
ああ、もう一つあった。
住み慣れた迷いの竹林で飛ぶとえらい目にあう、と体が覚えているのもあるか。
えらい目といっても飛ばれたら落とし穴の意味がない!と騒ぐウサギがあたしの頭を小突く程度のものだけど。
思えばあのウサギも飛んでいるより走っていることのほうが多いように見える。
人生の大先輩もそうなんだ、まだまだ若輩のあたしがこうなのも頷けるというものだ。
しかし目的地はまだまだ先、そろそろ歩くのにも飽いてきた。
飛んで向かうとしますかね、さっきまで言っていた事と違うって?
いいんだ、あたしは惑わす煙なんて呼ばれていた煙の妖怪。
煙なら浮かぶもんだ。
~少女移動中~
魔法の森の更に奥、季節になれば彼岸花が一面を多いもはや道とは呼べないようになる、幻想郷へと続く一つの迷い道。
迷い道とは言ったが正確には生きる希望を失ってしまったり、忘れ去られる寸前で幻想になりかけた人間がもう一度思考を巡らせ思い直す道。
幻想郷で再思の道と呼ばれる地、その道を更に奥へと進んでいく。
すると、鬱蒼と茂る木々に囲まれた、誰も参ることなんぞないのだろう朽ちた墓と、墓標に見立てられた少しだけ大きめの石があちこちに転がる場所に出る。
幻想郷でも奥の方に位置する、無縁塚と呼ばれる場所である。
程々に広くそこそこに狭い幻想郷だ、無縁になることなど人も妖怪もそうないのだが、ここが無縁と呼ばれるのは理由がある。
ここの墓はそのほとんどが外から迷い込んできた外来人の墓である。
外で絶望したり周囲から忘れかけられたりして迷い込み、死んでいった人間。
再思の道で思い返さずそのまま進んで哀れに死んだ、外とは無縁になった者達の墓場。
だから無縁の塚、無縁塚。
至極簡単な理由だ。
特に目立つ物があるわけでもないこんな湿気た所にあたしが来たのは、ちょっとした尋ね人がここの近くに居を構えているからだ。
なんでも無縁塚には外の物が流れ着いたり埋まっていたりすることがあるそうで。
中には滅多に見られないようなお宝もあるそうだ。そんな外の世界の宝物を狙って宝探しが好きな尋ね人は、いつかは見つけ出してやるという夢と共に近くに居ついてるのだ。
宝探しなんて言うとちょっとした浪漫を感じられるが、なんてことはない。
やっている事は墓荒しや乞食の物拾いと大差ない。
魔法の森の入り口の、ここで拾った物に値段をつけて並べている、流行らない道具屋の主人に言ったらとても残念な目で見られそうな言葉だが、独り言だ構わないだろう。
「鬱陶しいから帰ってくれないかな? 君が自分から会いに来る時はなにか企んでいる時だけなのだから」
「まあそう言わないで、邪魔はしないわ。後ろからついていって一緒に浪漫を感じたいと思っているだけ」
あたしを見ることなく偉大なお宝を探すネズミ殿。
あたしも彼女の態度を気にすることなく後ろをついてまわっている。開口一番帰れと言われたがわざわざこんな所に来て、はいそうですかと帰るつもりはない。
今までも何度か同じように、ついて回ってはやんわりと拒絶の言葉を戴いている。
感動を分かち合う相手としてただ側で見守っているだけなのに、なぜこうまで邪険にされなければならないのか。
「私は共感者を求めたことはないし、願ったこともないのだが」
「あたしもお願いされたことはないわね。なんだ、可愛らしく帰ってくれとお願いでもされたら今日は素直に帰るかもしれない。一度試しちゃどうだい? ナズーリン」
「たった一日だけの為に君に願うことなどしないよ、帰らないなら黙っててくれないか」
伊達に天部の使いではない、誘いにのることはないし下手なあしらい方もしない。
あの、いつもにこやかなご本尊には似つかわしくない、本当に聡いネズミ殿だ。
それもそのはずこのネズミ殿、今は幻想郷での毘沙門天代理に仕えてはいるが、本来は天界におわす本物の毘沙門天。その直属の部下だ。
幻想郷で毘沙門天代理として信仰集めを頑張っている代理主人の監視役といった役回り。あの妖怪寺と繋がってはいるが御役目として繋がっているだけで住職を慕っていたりするわけではないとこのネズミ殿は言っていた。
あっちの住職は『うちの宝探しの得意な鼠なんですよ』なんて言っているんだから少しは歩み寄ってやればいいのに、住職にそう言われてまんざらでもないと自身でもわかっているのだから。
「それで、君は何しに来たんだい?用もなくこんなところにこないだろう?」
「いやそれが、特にないのよナズーリン。強いて言うなら、今日の目的を探してもらいに来たって感じかね」
「目的を探して欲しいって言うのかい?それはとても難しいね、無いものは探せない」
失せ物があるからお願いしてみたのに、失せ物探しを断るのではなく無いものは探せないと別の理由で断られてしまった。
まあそうだ、はなっから目的がないと言っているのだ。失くす前から無いのだから探しようもない。
「君に明確な何かを求めた私が愚かだったよ」
辛辣にこうは言うけれど、特に意味もなくネズミ殿の後ろを歩くのも毎度の事だ。
言ったナズーリンも深い意味を込めたわけでもないし嫌味でもない、素直な感想といったところだろう。
態度こそ厄介な者という素振りだがいつも会話はしてくれる優しいネズミ殿だ。
「勝手に何かを期待して、勝手に落ち込まれても傷つくわ」
「傷ついたなら帰って癒してはどうだい? 外の風に当たり乾いてしまったら跡が残ってしまうよ」
傷口は乾燥させないほうが良い。正しい知識だ、さすがは小さな賢将殿。
今までの幻想郷では大した薬も手に入らず、少しの傷でも化膿しないように乾燥させる事が多かったのだが、永遠亭が里人に置き薬とともに少しの医療知識を教え始めてから少し変化があった。
化膿の元と考えられていた血や体液は傷口を直す為に体が頑張ったもので乾かさないほうが傷の治りが早いことを人に教えたのだ。
これを永遠亭の女医殿はうるおい療法と呼んでいた。
乾かさずジュクジュクとさせたままだからうるおいなのだと言うが、潤いというよりは放置とかそう言った言葉のが近いと思う。
少し逸れた、話を戻そう。
「あたしの体を気にかけてくれるなんて、嬉しい事言うのねナズーリン。感謝の姿勢を示す為に今日は一緒にいてあげるわ」
「出来れば言葉通り受け取ってくれると嬉しかったのだが、君には期待しない事にしたんだ。しかたがないね」
言い回しを変えてみてもついて歩くのをやめないとわかっているのだろう、あたしの言葉を聞いても落胆の色はみえない。
そんな態度だからあたしはついて回ることをやめないというのに。
昔からの知人がツンケンとした態度で変わらずあって、少し安心できる。
このネズミ殿と初めて出会ったのは、あるやんごとない方の小さな戯れにノッてあるものを狙い訪れた小さなお寺だった。
〆〆
今日も今日とて人の暮らしの中にあたしの姿はある。
けれど今まで見せてきた姿とは少し違うだろう。
今までは騙しや盗みといった姿しか見せていなかったが今日は普通の町娘として溶け込んでいるのだ。
最後に話して別れてからもう何年経つかわからないが、過去に自身の終わりを嘆き不死を得ようとした人間がおり、その人間と深く関わるようになってからは少しだけあたしの心境に変化があった。
その生きたがりの人間と出会うまでは、人は化かして騙すおもちゃ程度にしか考えていなかったのだが、生きるおもちゃでも面白いことを考える者がいると太子の姿を見て学習したのだ。
そんな面白い人間を他にはいないかと探す為に人に化け、人の世に紛れるようになってきていた。
今日もなにか面白そうな話はないかと楽しみを見つける為に京に入り、たまたま見かけた蕎麦屋でそばをたぐっては聞き耳を立てていた。
――なあ聞いたか、あの話――
――ああ、あの絶世の美女がいるって話か?――
――そうそれだ、今京にいるらしいぞ――
――お公卿様が結婚申し込んだそうだ――
――なんだ、それじゃあお手つきか――
――いやそれが求婚を受ける条件があってな、それがやたら難しいんだと――
――へぇ、お公卿様に条件突き付けるたぁ変わった娘だな――
確かに、今の時世では珍しい。公卿と呼ばれるふんぞり返り暮らす者に、モノを言い返すような人間は見たことも聞いたこともなかった。
それに条件というのも気になった、結婚するのに条件付け位は珍しくもないが難しいってのはなんだろう、と。
公卿が用意するのが難しい物、それがなんなのか興味が湧いた。
「そこなおじさん達、その人が何処にいるか知ってるかい?」
「おぉ、この平安京の一角に讃岐の造って爺さんの屋敷があってな、そこの一人娘さんがそうだ」
「讃岐の造のお屋敷ね‥‥ありがとうね、おじさん達。そのそばはあたしが奢るよ」
「お嬢ちゃんいいのかい? 気前がいいな、気立てはいいしよく見りゃ見目もいいねぇ、うちの息子の嫁にどうだい?」
「ありがたいけどその気はないよ、家にいるより外がいいんだ」
~少女移動中~
話を聞いたその足で言われた屋敷に向かっていると一台の牛車が目に留まる、どうやら車輪が転がらず立ち往生しているようだ。
「そこの
「おぉ、本当だお嬢ちゃん。よく分かるなぁ、ありがとう」
牛車引きに動かぬ原因を指摘して先を行こうと牛車の横を抜ける時、中の男と目が合った。
やはり男かと思ったが、その背には長い黒髪が揺れたように見えた。
子でも一緒なんだろう、気に留めることもなく先を急いだ。
しばらく歩いて目的地、竹取の爺のお屋敷だ。
外から見上げればそれなりの造りのお屋敷で裕福な方なのだろうというのがわかる。
門を固める衛兵にさっそく声をかけてみた。
「衛兵のお兄さん、噂のお屋敷はここかしら?」
「ん? なんだいお嬢ちゃん。噂を聞いて来たのかい? 姫様なら屋敷におわすが誰にでも会う方ではないぞ」
「会いに来たんじゃないの、結婚を申し込みに来たのよ」
「冗談言うなよお嬢ちゃん、変な事言ってないで帰るんだ」
やいのやいのと言い合っていると中に一人、男の姿が見えてきた。
なにやら門戸で賑やかな事になっているのが気になったのだろう、一人の爺が近づいてきた。
「途中から話を聞いていたよ、お嬢ちゃん。こんな可愛いのが求婚に来るなんて笑い話に丁度いい、少し中で話そうか」
「あたしは真剣よお爺ちゃん、笑うなんて失礼だわ」
そんな言葉を互いに交わすと屋敷の中に招かれた。
先ほどまでは口が悪い爺さんだと思ったが、どうやら芝居だったようで家内に入ると口調が変わった。
「済まなかったねお嬢ちゃん、また輝夜の噂を聞いたどこぞの公卿の差金かと思ってね。少しばかりひどい事を言った」
「公卿の求婚なんて名誉なことじゃないかしら、まるで悪い事だと言っているようだわ」
家の娘が公卿に嫁げばその家は安泰だろう、悪い話ではないはずだ。
わざわざ遠ざけるのには何か理由があるのだろう。
爺の顔にはそんな苦労のような疲れのようなものが浮いていた。
「そうなんだがねお嬢ちゃん、儂は家よりもあの子の幸せのが大事なんだ。望まない結婚をさせたくはないと思っているのさ」
時世の娘なら望まぬ結婚など当たり前で断ったり条件を出したりなどしないだろうに。
わがままな娘を持った爺を少し哀れに思ったが、爺の口調は優しいものだ。娘を思って言った言葉は爺の本心なのだろう。
通された部屋で少し会話し、次第に口数が減ってきた頃。
爺から少しの願いをされた。
「お嬢ちゃんが良ければうちの子の話し相手になってくれ、なにあの子には同い年くらいの友人がいなくてね。そこも心配しているんだ」
「あたしはいいけど姫様がどう思うかはしらないわよ? 求婚しに来たのだし」
そういえばそうだったなとカラカラと笑う爺。
まともに取り合ってはくれていないとはわかっていたが、何を言っても変わらない子供扱いがどうにもむず痒い。
仕方がないからこの後の姫で晴らそう、そう決めた。
~少女待機中~
「お目にかかれまして大変嬉しゅう存じます、なよたけのかぐや姫君」
「貴女がお爺様の仰った私のお友達? なんだか変な表情だわ」
歯に衣着せぬこの娘、なよたけのかぐや姫なんて呼ばれては持て囃されているお姫様。
名は輝夜、讃岐の造が竹林で光る竹を割ったら中にいたという女の子。
人以外から人が出てくる珍しい例の娘さんだ、そんな人間聞いたことがないしいるはずもない。
もしいるならそれは人間以外の何かだと思った。
「求婚しに来た婚約者候補に変な顔とは、第一印象悪いわよ。お姫様?」
「どうせ冷やかしか暇潰しでしょう? 上手く化けたと思うけど、貴女からは人の気配がしないわ」
久方ぶりに現れたあたしの姿を見抜くもの。
一見するだけでそれが分かるのだ、やはりこの娘も真っ当な人ではないのだろう。
しかしなんだろう、いつかの仙人のように強い力を感じないし妖気の類も感じない。
人であって人でない歪ななにかだという事しかわからなかった。
「それで何しに来たのかしら、楽しく話してハイ終わり。というわけではないんでしょう?」
「最初から求婚しに来たと言っているでしょ? 求婚するから条件を聞かせてよ」
ああなるほどねと、何か通じるものがあったのか一人頷き薄く笑う。
これほどの美貌を持ちえて淑やかに笑うものなら求婚されても仕方がない、そんな事を納得させられる薄い笑みだった。
まあそれはそれ、これはこれだ。早いところ条件を言ってくれないだろうか。
輝夜にも興味はあるが今は課される難題が待ち遠しい。
「貴女の他にも後五人、私の課した5つの難題を聞いて今頃は楽しく過ごしている頃でしょう。貴女も楽しく過ごしたいのね」
「そうなのよお姫様、楽しめるならなんでもいいわ。早くあたしも探しに行きたいの」
五人に課した5つの難題、そのどれもが人間には到底ムリな物だろう。
龍退治等はまず無理で釈迦の鉢はあるのかわからん、燕が貝を産んだ話は聞いたことがないし燃えない鼠も見たことがない。
あるのかないのかわからん物を持って来いとは難題だわ。
一人だけ少し望みはあるのだろうが、やはりこれも普通の人間には無理な話だ。
「そうね‥‥じゃあ『毘沙門天の宝塔』を持ってきてはくれないかしら」
「その辺の像の‥‥というわけじゃないわね。まあいいわ、難題有りがたく頂戴しましょ」
本物があるとするなら天界だ、それも大事そうに常に左手に携えて。
盗み出すことなどムリだろう、まごうことなき無理難題だ。はてさて一体どうしたもんか。
と、少し頭を捻っていると静かにあたしを眺めていた輝夜が微笑みながらこう話す。
「他の五人よりも貴女は長く生きるのでしょう?なら永く私を楽しませてね、友人なら友人の頼みは聞くものよ。妖怪さん」
「囃子方アヤメよ、輝夜。友人なら名で呼び合わないとね」
名を教え少し笑うと輝夜はいつの間に用意したのか、右手には七色に美しく輝く実をつけた枝を口元に当て怪しく微笑んだ。
女性の乗る牛車には出衣(いだしぎぬ)という布を飾っていたようです。
轅(ながえ)というのは車輪の軸のような物。
調べながらの書物なので間違いならばごめんなさい。