東方狸囃子   作:ほりごたつ

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~日常~
EXその67 探り


 里を出て少しばかり。

 更に歩いて幾許ばかり。

 それからくぁっと、大きなあくびでもしながらほどなく行かば見えてくる雑木林の出入り口。どっかのお山の竪穴みたいに立て札が立っていることもないしそれらしい門戸があるわけでもないここが入口として機能しているかは不明だが、踏み締められた古い痕からはそう言っていい様子。

 

 見た目もそこいらによくある普通の林。

 広がる木々の背丈も高く、蔦が巻き付く樹木も多いから緑深くも見えて、規模からいうなれば森と呼んだほうが正しい気もするのだがこの辺りで森と言えば魔法の森を指すことが多いのでこっちは林と呼ばれてばかりだそうな。

 

 そうしてそこから分け入って奥の方へ進んでいくと小さな池沼がいくつかあって、それぞれの湖面は静かに揺らめく鏡みたいになっている。聞けば地下では繋がっているらしく、大元を辿っていけば妖怪のお山の水源とも繋がっているんだそうな。あのお山には大蝦蟇の池なんて呼ばれる池があって、この沼地があの蝦蟇の池とも繋がっていることから人間たちは神水とありがたがって里で行う神事の際には態々汲みに来ることもあるとかないとか。本来ならば大蝦蟇の池に行って本物の神水、実際に神の力が宿っているのかどうかはわからないのだけれどそんな話があるくらいだから霊験あらたかなのだろう、そこで汲んだものが神事に用られるとのことなのだが、比較的里に近いこの沼に水を汲みにくる者もそれなり数いるのだそう。

 近いは近いが脆弱な人間の住まう地域から歩きで来る場所にしては緑が深く中々に険しい、と、あたしは聞いていて実際に歩いてみたが聞いた話ほどとは思えない。現地に立ってもその感想は変わらないが、元々が山住まいの化け物であるあたしと人の子で比べれば感想に差異が生まれても致し方ないのかもしれない。

 

 逸れてしまいそうだから早めに話を戻す。

 大きな神事、例えば妖怪神社の紅白巫女や妖怪の山の神社の緑巫女に願って執り行うようなまっとうな祭事にはさすがに使わないとのことだけれど、里の人が新たな住まいを建てる為の地鎮祭やその年に初めて刀や農具を打つ鍛冶師なんかが専らこの沼の水を使って祝うのだと、あの寺子屋の先生がいつだったか話していた。

 もうちょっと昔であれば苦しい暮らしに耐えかねた民衆が起こす一揆や、小さな村々が寄り合ってより暮らしやすくなる為に惣村する際にも神水を回し飲みしていたと思うが、幻想郷ではそうした動きはないというかそれほど辛くも団結しなければならないこともなく、身近な神への願いや呼ぶために打ち鳴らす鐘や鉦などを作り出す連中の間の風習として残っているくらいなのだと。

 

 そんなわけでこの池は名はないがそれなりに重宝されていて、わかりやすく言うなら知る人ぞ知る隠れた癒やしスポットというやつになっている。で、なんでまた今日はそんなところに来たかと思えばなんとなく。いつものこと、ただ暇だったからだ。

 家にいても和らぎ始めた暑さを味わうか抱いてもらって熱くなるだけ、むしろ屋根やら床やらにほころびが見え始めた我が家では隙間風やら喘ぐ声が煩いと言われる風評やらが、主に後半だがそれが身に寒すぎる日もある為、今日は別れて外出している。

 

 あたしを上手に鳴かせてくれる太鼓様は今日は打ち合わせらしく先に出ていて、あたしは終わりの見え始めた夏に涼を楽しもうかなとこちらの池に足を向けてみたところ。着いてすぐ、沼の畔からお誂え向きにせり出している大きな石に腰を下ろし、この時期に蒸れる愛用ブーツを脱いでちゃぷちゃぷしているところである。

 

 見た目少女のそれらしく足を水に浸していると水面が揺れる。

 中で泳いでいた小魚の群れが遠のいていく。

 揺らめき漂う蓮の葉は花と共に木漏れ落ちる辺りから少々動いて奥の暗がりへと流れていった。まぁるい葉が輝く雫を運んでいく様は魂を載せていく川面の船のようで、どこか力強くも、なぜか儚くも感じてしまうな。

 

「近場だけど来てみるものね、悪くないわ」

 

 誰もいないのをいいことにあたしも少しだけ物思いに浸る、いや足は既に浸しているけどね。

 ともかく、ぷかぷか流れた蓮の葉眺め、煙管の先もプカプカさせると、沼の周囲に自生する白くて可憐な花、花弁の形が白鷺に似ている(さぎ)草やふんわりとした花が愛らしい猫柳の葉先で休んでいた蜻蛉(とんぼ)が飛び立っていく。

 一度飛び立ち、数秒の対空の後に舞っていく青紫の翅。

 ひらひらふわりとお日様の光を浴びて輝きなんとも美しい姿。

 あれは確か蝶蜻蛉というのだったか。以前にも川べりで見かけたことがあって、あんまりにも綺麗な翅に見えたから蟲に詳しいあの子に名前を聞いたことがあったのを思い出した。

 夏場と言えば蛍や甲虫、鍬形虫ばかりが主役になっちゃうんですけど昼間の空にも綺麗な子がいるんですよ。新緑のような髪とどうしても気になる触覚二本を風に揺らして笑うリグルも負けないくらいに綺麗だと伝えたら照れてしまったけど、その照れ顔もまた愛らしかったな。

 

「心得があれば詩のひとつでもって思わなくもないけど……」

 

 歌人が読むならなんと読むのかこの景色。

 生い茂る木々やシダの緑、水場の青に空の紺色。

 夏場の装いをより集めたこの景色を覚えのある者はなんと詠むのだろうか?

 知り合いの詠をもじるなら『熱消えては波旧苔の足を洗ふ』とでも謳いそうだが……あいつも墓で暇そうにしていたしどうせなら拉致してくればよかったかね。こちらを訪れる前に出会った少女、死にながら動きまわりされど生きることなどないあいつを思い出す。ちょっと前に思いついたネタを叶えるつもりでこの地に来る前に命蓮寺へ顔を出してみたのだけれど、生憎誰もいなくて、本尊様や阿闍梨はさすがにおわしたのだが彼女達は信者の相手をしていて忙しくしそうだったからあたしの相手はしてくれなかった。弥勒菩薩が云々なんて話し合う連中の顔が談笑ってのより真面目な空気なのだと思わせてくれたから下手に茶々を入れれば南無三されそうで、絡みにいけなかったというのが正しいか。

 

 まぁなんだ、日頃から遊びとはほど遠いあいつらは数には含まないとしてだ、星達以外の寺住まいは誰一人として見かけなくて皆何処で何をしているのだろうな。いつもは門前の小僧ならぬ小娘として過ごし、顔を合わせばチャージドオハヨーをかましてくる響子ちゃんは近いうちにライブがあるって話だからその打ち合わせでいなかったのだろうけど、他の連中がいないなど珍しい日もあったものだ。

 

 最近は空で桃色の拳を振り回している一輪達も今日は雲山のうの字も見あたらなかったし、一番暇していそうなぬえちゃんもいなかった、二人で水蜜を誘って地底の血の池にでも遊びに行こうと思っていたのに……いや、お一人暇をしていそうな御方は見かけたのだけど、姉さんは揃いの二ッ岩法被を着込んだ狸の若い連中に囲まれて楽しそうに話していたのでそっちに混ざるのはあたしから遠慮しておいた。

 同族しかいない気軽に混ざれる場ではあったのだけど輪になって語らうあそこに混ざればあたしはきっと使われる『丁度よいのが来おった、外の世界で飲み食い土産で散財させたから今度は儂の企みにちょいと付き合え』なんて断れない物言いで混ぜてもらえるのが読めたから敢えてそちらは触れなかった。最近暇しているぬえちゃんと組んでなにかしでかしてやるかねと、そんな話を先日の酒の席で伺っていたから、どうせなら甘い汁が一番甘くなった頃に混ざりたくて今は離れた。

 

 で、唯一暇そうにしていたのは寺の墓場で小傘を追いかけ回して遊んでいた芳香だけだったのだが……どうせならあの二人共々を連れてきてしまえばよかったか、詩人な死人には風靡な詩の一つでも詠んでもらってもうひとりの鍛冶上手にはその神水とやらの恩恵を授けてやれたのかもしれない、そうすればあたしの散策はもっと楽しく美しいものに成り得たのかもしれない。

 

 惜しいことをした、なんて思い返していると別のもの、まだ誰か忘れていたことにも気がつく。

 そういやあの寺にはもうひとりくらい口煩くてちっさいのがいた、あいつもあいつもで利発だし弁も立つ、ならばそれらしいことの一つでも身に覚えていそうなものだが……なんて考え事に興じ始めたあたしの背後でがさりとカサリ、夏草の揺れる音二つ。

 

「こんなところ、誰がいるのかと思えば」

 

 揺れた茂みに向かい仰け反ってみると現れたのは丸いお耳を時折パタパタさせる鼠殿。

 スカートに空いた、いや空けたかな、そういったデザインのお召し物だって話だったから、その穴に引っかかる小枝を払うと、いつもは尻尾の籠にいる同胞ちゃんがナズーリンの足元からチョロチョロ出てきた。

 

「あぁ、忘れてたのはアンタだったわね」

「なんのことかな?」

 

「なんでもないわ」

 

 賢将殿が連れ歩く田鼠殿のつぶらな瞳を見つめると、我が視線から逸れていく。連れ歩く子は一匹と決めているそうでこの鼠ちゃんがそうなのだと思うが、代替わりしてもあたしになついてくれることはない、敵意も害意も浴びせたことなんてないが大昔は散々食って食われた間柄だからこればかりは致し方ないね。

 それよりもだ、こんなところにいるなんて言われたけれどお前さんこそこんなところ、愛しいご主人から離れた場所に二匹だけでいるなんて珍しいね、最近は眠る時間以外は寺で過ごすことが多いのだと聞いていたのに。

 

「ならいいが、君はなにをしているんだい?」

「なんでもないって言ったわ、暇って名前の沼に浸っているだけよ」

 

「ここに名称がついたという話は聞いていないが」

「言葉遊びよ素直に返さないで、わかってるくせに」

 

「君に絡むとなにかと面倒だからね」

「辛辣な物言いねぇ、でも久々に言われたわ、それ。なんだか嬉しく思えるわ」

 

「侮られて喜ばないでくれるかな」

「なにで喜んだってあたしの勝手でしょうに」

 

 軽く言い返すとゆっくりした瞬き一つで返してくれる賢将。

 なんだよその目は、折角顔を合わせたというのに。どうせ見せてくれるならそんな小憎らしい半目ではなくその耳のように大きな可愛いお目々で見つめてくれよ。

 

「ナズーリンこそどうしたのよ、こんなところに用事?」

「ここと決まったわけではないが、所用で少しね」

 

 用事だってんならなおさらこんな場所、綺麗な景色に美しい生き物くらいしか見られないぞってそれらが見られるだけでも十分か、あたしに昆虫の名を教えてくれた蟲っ娘の言葉を借りればそうしたものほど尊いお宝なの……ふむ、所用ってのはそういったものかね、見れば愛用の棒っ切れ二本もその手にある。探索の際にはその手のダウジングロッドを使って失せ物探しをするというのは聞き及んでいるし、現れた姿から邪推すれば今日はそうした御用で決まりなのだろうね。

 だとすればこのお話に噛みつかざるを得ないな、こいつが一匹で探すものといえば地中に埋まる浪漫の品、俗に言う宝物の類ってやつだ。ならばそれを探し歩く道中のお付きの真似でもしてみよう、目当てのものがどんな物かはわからないし興味もないが、ここで一人暇を明かしているよりは余程楽しそうだし、(のねこ)ならぬ狸が窮鼠を甘噛みするというのも一興であろう。

 

「ね、その用事にあたしもご一緒していい?」

「君が楽しめるような物探しではないが、来たいと言うなら構わないよ」

 

 今まで、いやいつもか。普段であればあたしが後をついていくなんて言い出すと決まって嫌な顔で断ってくるのがナズーリンだ。近くを彷徨かれると気が散るだとか鬱陶しいから帰ってくれだとか、そんな嫌味を混ぜ込みながらストレートにお断りされるのが常だったのだけれど。

 ちょっとだけ面食らい、呆けた面で見返してしまう。 

 

「気の抜けた顔はいつものことのように思うが、今日は一段と抜けているよ」

「その返事で安心したわ」

 

「相変わらずよくわからないことを言うね」

「そっくり返してあげるわ。いつもは嫌だって顔に書いてくれるのに今日はあっさりいいよって言ってくれるんだもの、拍子の一つや二つ抜けて当たり前でしょ」

 

「まぁ、そうだね」

「じゃあ今日はどうしたのよ、なんかあった? 星と喧嘩でもした?」

 

 問いかけはバッサリ、違うと切られた。

 ならばなんだというのだろう、星のお側を離れあたしが側に寄るのは構わないと、そういうことを言い出すなんて暑さで気でも違えたか虫の居所でも悪いぐらいしか思いつかん。

 

「何事もないよ」

「本当に?」

 

「しつこいね、君がいつも言ってくるような無理強いではなく願いであれば構わないと思った、それだけのことさ」

 

 たしかに普段は無理を言っている、そも邪魔をするつもりでつきまとっていたのだから嫌がられて当然でもある。しかし今回はお願いだからいいんだって物言いはなにか引っかかるな、強要でもお願いでもあたしがつきまとうことには変わらず、周りでウロチョロすることにもなんら変わりはないと思うのだが。

 

「では早速行こうか、どうやらこの辺りではないらしいんだ」

「あっちょっと待ってよ、靴ぐらい履かせてくれたって」

 

 少しの考え事の合間に鼠殿は振り返り二本のロッドを頼りに林の奥へ進み出してしまう。

 同行を許してくれたのだったらこちらの準備くらい待ってくれてもいいのに。

 一歩一歩小さくなっていく大きな丸耳の後を、濡れた足のまま追いかけた。

 

 

~少女探索中~

 

 

 ザクザク歩いて藪の中、進むはどこの細道か。

 天神様はおりませぬ、いても蛙か蛇、蛞蝓か。

 見たままを見るままに、来た道程を茶化すような鼻歌口ずさみつつ小さな賢将殿の小さな背中について、尻尾の籠で揺れる田鼠に目配せしながら後を行く。

 

 少し進んで耳を済まし、二本のロッドを開いたり閉じたり。

 そうやって歩いていくダウザーの後を行くと生い茂る草や木が一層大きく深くなり、やっぱり森と呼ぶべきなんじゃないかって雰囲気になってきた。ここいらまで入ってくると道も獣のそれすら見当たらなくて、苔生した倒木とシダ植物が目立つようになる。場所もそろそろ林から森、森から山と変わり、もうちょい行けば妖怪のお山の麓と見てもいいようなところまで来てしまった。

 空気も幾分冷えたものになってきていて、この具合ならちょいとそこいら掘り返せばあんまり見ないお宝のひとつでもありそうだな、ちょうどそれらしい横穴もいくつか空いているようだし。

 

 けれどナズーリンは周囲を見つめるばかりで地面を掘り返そうとしたりはしない、それどころか来た道を進んでみたり戻ってみたりしているだけだ。このままではあの貸本屋で読んだ童話のヤシの木の周りをぐるぐる回って終いにチーズになってしまうお話のソレになってしまいそうだけど、あの乳製品は赤色が薄いから好かないなんて言ってなかったか?……などと、またも考えが逸れ始めると眼前にいる卑近なダウザーの足が止まった。さて、立ち止まったってことはこの近くになにかあるって当たりをつけたのだろうけど、あたしが見た限りじゃあ周りになんにもなさそうだ。

 

「近くまで来ているはず、ロッドの反応はもう少し低いところから届いているんだが洞穴のどれかだろうか?」

「そう言ってさっきから立ち止まったり歩いたりして、方位除災をうたう神の眷属らしくないわね。そもそも今日の狙いはなんなのよ? というよりもナズーリンの狙ってるものって無縁塚で拾えるような物でしょう、ここを探しても希少品にぶつかることなんてないと思うんだけど」

 

「そうだね、レア物は見つからないだろうな」

「見当違いがわかってて探すの?」

 

「なにか勘違いをしているようだけど、今日は個人的なものではないよ」

「あら、そうだったの?」

 

 聞き返すと素直に頷かれる、連れ添いを願った時といい今日はやけに素直な鼠殿だ。

 しかしなんだい、今日はお使いの失せ物探しか、てっきりいつもの探索だと思ったのに。

 だがそれならばあたしの同行を許すのもわからなくもないな、ナズーリン個人の捜し物でないのなら今日はその他の者が依頼した探しものでこいつが態々探すようなものは一つ、あのドジっ虎に関わるなにか以外にはないが、しかしそれでも疑問は残るか。

 依頼なら他の同胞を使って探したほうが早いはずなのに二匹で動き回る理由とは?

 そもそも何を探しに来たのだろうか、今日は本尊様と言った通り宝塔は星のその手に収まっていたし……まさか、槍の方を失くしてなどいないだろうな、あの大きさの得物を何処かに置いてくるなどうっかり具合にも程があるぞ、星ちゃんよ。

 

「ん? なに見てるのよ?」

「考え事をしている顔に見えたが聞いたほうが早いんじゃないかと思ってね」

 

「今日は素直に教えてくれるの? 珍しいことって続くのね」

「君が私をどう見ているのかわからなくもないがね。折角同行を申し出てくれたんだ、その手を借りるのも吝かではないと思うんだよ」

 

 素直じゃないが素直に届く答え。

 これに応えるなら慇懃無礼な天部の眷属、と言えば角が立つからそうだな思慮深くて素直じゃない可愛い系のチビっ娘とでも言うべきか。と、そっちはどうでもいいことか、ナズーリンが欲っしている返事はそうしたものではないだろう。

 

「素直に助けてっていえばいいのに、そこはかわいくないわよね」

「アヤメこそ素直に……と、堂々回りは捜し物だけでたくさんだったね。どうだい、一つ手を貸してはくれないか?」

 

「ナズーリンからの頼み事ってのも中々のレアものだと思うし構わないけど、具体的にはなにしたらいいのよ? というか、そろそろお目当てを教えなさいな、勿体振るようなもんじゃないんでしょどうせ」

「今回は人だよ。檀家の者が姿を消してしまってね、今朝になってうちを頼ってきたのさ」

 

 ひと月ほど前のお話だ、オカルトな異変で賑わう里で一件、新しい家族を迎えた家があったのだと。狩りを退いて久しい父親と二人娘が住むお宅に男手のお手伝いとして入っていた小姓がいて、そいつはよく働く真面目な子で痛く気に入られたらしく、正しく家の者として住まうようになる予定だったのだと、そのついでに小姓の親や兄弟も同居する流れになって住居を建て直すことになったのだそうな。そこで地鎮祭を執り行うにあたりこの林の沼地から水を汲もうと一家の主と新たな家族、年老いた父親とまだ幼さの残る小僧っ子の二人で出掛けたが何日待っても戻ってこないらしく、しびれを切らした親族が拠り所である命蓮寺に話を持ち込んだってのが今朝の出来事なのだそうだ。

 

 なるほどね、だから探索上手なダウザーさんが手をこまねいているのか。

 

「ふぅん、それで二匹で探してるのね」

「あぁ、同胞の皆を使ってもいいんだが」

「――鼠が囓った痕のある骨を届けるわけにはいかないものねぇ」

 

「……そういうことだ。私の眷属は皆現金な性格をしていてね、見合う報酬を先に渡さないと思う通りに動いてはくれない、雑な扱い方をすれば君が察した通りになってしまうこともあるのさ。明日だったなら備蓄(報酬)の買い出しにも間に合ったというのに」

 

「報酬って?」

「米も野菜も切らしてしまって一輪と村紗が買い出しに出たんだ、朝には聖も一緒に回ると言っていたのだがね」

 

「なら一日ずらせばいいじゃない?」

「遅らせられると本気で思っているのかい?」

 

「ま、無理よね、聖や星の耳に入ってるんじゃ……間が悪いわねぇ」

「そう、間の悪い話さ」

 

 財宝の神の眷属らしく実にそそる性格だな鼠達ってそれはもういいか。

 確かに間の悪い話だ、というよりもいなくなったとわかってすぐに寺を頼れば無事に済んでいた話だろうに。いや、人間たちもこうなるとは思っていなかったのだろうな。元々は通うに安い場所で水汲みするだけだったのだ、狩猟の腕に覚えのある人間が一緒にいて帰ってこれなくなるなど思いも寄らなかったのだろうよ。油断大敵ってやつかね。怪我か病気かわからんが引退した、脂の乗った時期を過ぎ衰えた人間と未だ脂の足らない小姓では湖沼にたどり着けなかった、浅はかさが見えてしまって笑うにゃつまらない冗談だ。

 

「それで、どうしたものかしらね? 衣類の切れ端でも見つければいい?」

「まだ可能性を捨てたくはないが……」

 

「でも見つからないんでしょ、お目当ての人間達が」

「わかるのかい?」

 

「馬鹿にしないでほしいわ。ここいらをずっと歩いてるけど人の臭いなんて嗅げないし、お肉大好きなアンタのお供が探せないんだから、そういうことでしょ」

 

 喰われる恐れがあるから身内は使えないと言うのだ、籠の彼もあたしと同じくその手の臭いに反応できるはず。その鼠さんが動きを見せないのだからこの辺りに肉肉しいモノはない、簡単な推理、というかあたしの鼻にもかからないのだ推理というより確定事項だ。ついでに言えばだ、ナズーリンのロッドで見つからないのはこの地にはそういった手合が程々にあるからなんだろうな。物を探すだけならあたしよりもナズーリンのほうが得意だ、どこそこで横たわる骨やら腐り落ちていない肉体やらは見つけられないわけがない。だのにウロウロと踏ん切りがつかないのはドレが目当ての亡骸なのかわからないからってところだろう……あたしからすればテキトーなやつを見繕って家族に返せばいいとは思うが、この賢将はそうはせんわな。聖はともかく星に対して不誠実な行いはしたくないだろうから。

 

 想う相手には真摯でありたい、ね。

 騙すあたしが言うと不実にしか聞こえんがいいか、ここは一つ手を貸してやろうか。思いがけない相手との二人歩きも存外に楽しかったしあの寺の住職には仇もある、それをひっくり返して恩を押し付けてやるというのも悪くない皮肉となろう。

 

「で、どうするの? 黙られても困るんだけど」

「今考えている」

 

「さっきの物言い、そっくり返してあげようかしら?」

「さきほどの……?」

 

「聞いたほうが早いってやつよ、お目当ての髑髏でも見つければいいんでしょ?」

「すんなり特定できるのかい? 私でも手間がかかるというのに」

 

「今回だけはね。間は悪かったけど運は良かったわね、ナズーリン」

 

 見上げてくれる目線を身に受けながら煙管を取り出しひと吹かし。

 大きく吸って大きく吐いて、あたし達の周囲全てに向けて薄く広く漂わせていく。

 こうして拡散させた煙で触れればあたしにはわかるはず。なんたって相手は元狩人、長いこと山や森で獣を狩り続けていた者だというのだ、であればその身に染みているものがあるはずなのだ。彼らは獣の好き嫌いを知っている、特に音や臭いには敏感だと知っている。そこを利用して追い込みも逃げもする。そこで今追うのは逃げる際の痕跡だ、無事に狩猟を終えて帰る際には獣を避ける為に大量の煙を使っていたはずで、それは多量に吸い込んでもいたはず、獣避けの煙が骨身に染みついてもいるはずであたしはその残り滓を探り当てればいいだけ。

 簡単な探しものだ。無論他にも狩りに出た元人間ってのがいるのだろうがその判別もわけないだろう、それらしく燻された骸骨連中の中から比較的新しいもの、このひと月前には生きていたような新鮮な骨ってのを探せばいいんだからな。

 

「あっちね、きっと」

「あの洞穴か」

 

 感知したのは(あなぐら)の先、いくつかある洞穴の一つ。

 あたしの背丈で潜らずに入れる程度の大きさか、これくらいなら逃げる先に選んでも違和感はないように思う。ともかく入ってみようか、行けばわかる。そうしてあたしがつま先を剥けると、正式な探索者が数歩先に歩み出てそのまま中へと入っていった。

 

「これか……襲われてしまったようだね」

「人食いの妖怪じゃないの? お山も近いし。獣相手は慣れてると思うんだけど、さすがに」

 

 洞窟の中程で見つけた仏さんは全身揃った姿。

 腿や脊椎なんかの大きな骨は多少とっ散らかってはいたがそれなりに綺麗な部類か。

 

「相手は熊か狼の類だろう。人を食うことを覚えた妖怪にやられたのなら全身揃って見つかることなんてないさ、君にもわかるだろう?」

「そういわれるとねぇ、もうちょっと遊ぶかも。足飛ばして動けなくするとか」

 

「首の骨が酷く砕けているね……喉笛に噛みつかれて息絶えたというところか」

「急所に一発か、確かに獣だわ。まぁなんだっていいんだけど」

 

「いや、獣だから(・・・・)良かったんだよ」

「そんなに拘るところ?……って、あぁ、そうね」

 

 獣でよかった、妖怪でなくて助かった。

 そりゃあそうだな、これで人食いの妖怪の手にかかっていたなら命蓮寺としてはちょっと、いや、随分と気不味いことになろう。たとえ理解を示してくれている檀家が相手だとしても身内が妖怪に殺された喰われたとなれば見る目も変わる、悪い方向に変わってしまって当然だ。なればここでも運が良かったな、骨に遺る牙の痕は大きさからナズーリンの言う通りの熊で間違いない、着ていただろう着物の千切れ具合から見ても野犬や狼の爪より熊手の一撃って感じだし、そもそもあの宵闇のやつのような人食いに狙われたなら肉だけ喰って骨は残すということもないからな。

 

「しかし困ったな」

「そうね、足らないわねぇ」

 

 耳を畳んだ賢将に合わせ、ポロッと呟く。

 何に困っているかって言った通りに足らんのだ、話では子供もいたはずなのだがここにはこの男の亡骸これだけで近くにそれらしいのはない、あたしが探れる範囲にも子供の身体らしいやつは見つからなくて、何故ないのか思い当たるものもないからナズーリンは困っているのだ……だがそれはナズーリンだけ、あたしはそれほど困ってもいない。何故か、寺の立場がどうであろうと知ったことではないってのもなくはないが理由としては別、確信ではないがあたしには当たりをつけられなくもなかったから。

 

「それらしいのは見当たらないけど良かったわね、ここでも運がよかったじゃない」

「なにか嫌味のつもりかい? さすがに笑ってあげられないよ」

 

「そんなんじゃないわ、今度は素直に言ってあげただけよ。相手が熊でここが妖怪のお山に近い、そして見つからないのは男の子、その辺を踏まえるとちょっとだけ心当たりがあるのよね……ナズーリンも噂に聞いたことくらいあるでしょ、里の人間が妖怪の山で行方不明になったらどうなるのかってやつ」

「噂……迷い子を保護して育てる妖怪、浮世の関を超える山姥の話だったか。しかし噂を鵜呑みにするほど」

 

「信憑性はそこそこにあるわよ、なんたって流した張本人から聞いているし、あたし自身何度か見に行ってるからね」

 

 妖怪の山に住む妖怪は何も天狗や河童だけじゃない、名の上がった山姥もお山で暮らしている。

 あのお山に住む連中にしては珍しく寄り集まって暮らしている前者たちとは違って、集団行動も組織的な活動もせず単独行動を好むのが彼女達山姥で、あいつらは同じ山姥同士で群れることこそないけれどなんでか他の種族とは話したり関わったりすることがあるのだと。

 あまり行動的でもないらしく自ら山を出る話なんてまるで聞かない連中、そんな奴らのことを何故にあたしが知っているかと言えばそれはそれ、山に住みながら真逆の外に生きる鴉が我が家に来るからで『顔を合わせると手間なんです』と聞いたからどれほどかと見に行った過去があるから。

 その時は残念ながら交流できずに追い返されてしまったが、そこが噂を信じるに足る理由となる、理由こそ判らないのだが噂で広まる話を鵜呑みにすれば迷った大人は追い返し、人の子は保護して育てあげ立派になったら開放するらしい。なんでまたそうするのかはわかっていないって話だったがあたしを追い返したってことは噂の半分は真実、後半の部分もちょいと都合はいいが鵜よりも黒く人にも近い鴉の知識だ、信じてみてもいいものになるだろう。

 

 そんな話をそっくりそのまま話してみた。

 するとしばし考えた賢将はおもむろに屈み、足元の髑髏と砕けた首の骨に手を伸ばした。

 コトリ、顎の骨が動き小さな音が鳴ると、洞穴の奥を見つめて背丈に似合った大きさの息を吐く賢将殿。お目当てが見つかったというのに浮かない顔、になっても仕方がないのか。ナズーリンならば見つけてもらえると信じて送り出されたのに結果は半分にも満たない状態、気落ちもして必然だ……だがこのままでは面白くないな、一応お宝は見つかったのだ、であれば探求者のそれらしく小さくてもいいから笑顔の一つも見せてもらわないとあたしが楽しめない。

 

 なら笑ってもらおうか、こういう時はなんだろう?

 そうだな、くだらない冗談がいいかな。

 

「信用はしきれないね。でも、死んだと伝えるよりはいいかな」

「信用ねぇ、人と関わって生きる連中は面倒よね」

 

「私はいいがご主人には言わないでくれよ?」

「言わないわよ。それより伝えるなら聖より星からのがいいわね、そのほうが信じてもらえるようになるはずよ」

 

「心願成就の毘沙門天としての威光か、悪くないね」

「それもあるけど、ほら、カホウは寝て待てっていうじゃない。子は宝よ、失せ物癖があるけど必ず戻ってきてる財宝福徳の神が言ってあげれば気休めにもなると思わない?」

 

 悪くない、少しだけ明るくなったその顔にズケズケ言い切る。

 すると一瞬の陰りも見えたがその後でクスリと一言漏らしてから、それも言わないでくれたまえよと釘を刺しくれた。私にはいいと言ってくれた事と心酔するご主人をかけていってみたくだらない冗談は受け取ってもらえたらしい。

 本当はもう一つ家宝を失くす部分もかけて言ったつもりだったのだがそこもきっちり理解してくれたのだろうか。うん、きっと解ってくれているはずだ、神髄するご主人のことに対してはこの賢将が一番解っているはずだから。


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