東方狸囃子   作:ほりごたつ

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EX その61 おたずねもの

 ちょっと傷つき欠けたもの、大食漢な少女に齧られ、少し抉れた箱を片手に往く。

 あれから日が変わり朗らかなお天道様がお目見えすると、昨晩の雨上がりに感じた静けさとは一転して騒がしくなる郷の朝。日の出と共に目を覚まし、ここぞとばかりにさんざめく蝉の声と誰かのはしゃぐ遊び声が今朝の目覚ましと相成った。

 梅雨模様だった頃合いから一日どころか数時間しか経っていないというに眩しい夏の声が耳に届いて、季節の変わり目を一雨毎に実感し、朝方にしては強めに蒸す感覚も味わいながら、遠くに見える囲いを目指す。

 

 僅かな涼を求め軽く肩口下げて、鎖骨晒して向かう先。

 視線の先の門戸にはこれから増していく暑さを象徴するような、赤髪のろくろ首の頭だけが浮いていて、こちらに向かって目配せしていた。

 

「おはよう、朝からお勤めご苦労様な事ね」 

 

 目が合ったからなんとなく挨拶。ついでに労ってもみたけど何も言い返してこない赤蛮奇。

 里の石頭から仰せつかった見張り番の最中といえど人が挨拶しているのだ、一言くらい返せ、そんな心で睨んでいたら目線もすぐに逸らされた。

 こっちを見ろと咳払いして気を引く素振りをしてみるも、それでも無視は続くようで。額にうっすら汗を浮かばせて上の空を見つめる彼女はそのまま視線を流していく。

 

 空を仰ぐ見張り蛮奇につられて視線を向けてみる。

 視界に届くは少女の喧騒。蝉の声の裏にのるのは誰かが放つ弾幕の発射音と、カリカリ鳴る音、干渉音。この地の用語に照らし合わせるならばグレイズ音ってやつだな、それが里上空に浮かぶ朧雲の奥、雲を割り空を泳ぐ寶船の辺りから聞こえている。

 音量が上下して聞こえる辺りに近寄ったり離れたりしながら戯むれているってのはわかるが姿は見えず。それでもあの船の周囲で争っているのなら片方は寺の誰かってところだろうか、雲海を進む対戦ステージだし、水蜜か一輪辺りが出張っていそうだな。

 ハッキリとは読み切れずモヤモヤするが、そこは雲がかっているのだから当然として兎も角だ、あれに関わると手間が増えるのはハッキリわかるから意識しないでおこう。アレが遊覧飛行中に催している花火だったなら少し顔を出して楽しむが、あれは誰かが誰かと争っている喧騒だと今のあたしは知っているから近寄らずにおこう。

 

 見上げっぱなしの生首、構ってくれない紅髪で揺れるリボンをつまみ上げ、前髪の奥で光る汗を袖で拭い、再度の労いを押し付けつつ歩む。昨晩仕入れた情報源から空の騒ぎに当たりをつけて、あちらとは当たらぬように、関り合いになりませんようにと願掛けしながら、静かに歩く。

 闇妖怪と会った昨晩は近くの建物、涼しさに満ちる氷精のねぐらに忍び込み、コトリバコの効果が妖精にも作用するのか見ながら住まいの端を寝床とさせてもらった。あのかまくらの前を通る度にいつかは避暑地として使わせてもらおうと画策していたが、昨晩ついに実践出来た。

 落書き帳代わりにでもしているのか、隅で積まれていた天狗の新聞から新たな情報も読み取れて、中々悪くない、礼を言ってもいいくらいのお泊りとなった。

 夜分に来訪したあたしに文句も言わず、サイキョーらしく眼中にも入れずに迎えてくれて、氷精の割に暖かな心ってのを見せてくれたあの家主に礼も言わず出てきたのは心苦しいがこれは仕方ないか、あのバカは既に寝こけていたからな。

 それでも、一宿の恩義代のつもりで⑨が起き出すよりも前に顔を合わせた髪結いの妖精には挨拶したし、寝付く前に飛んできたタオルケットをあのバカにしては愛くるしい寝顔にかけ直してやったり、遊びまわる夢でも見ていたのか派手に放られた枕を戻したりと、少しのお世話はしてやったから本人への恩についても問題なかろう。

 

 その後は近くの洋館、チルノが平気なら他も大丈夫だと思い、潰れていない赤い方にもお邪魔して朝風呂借りて出てきたが、そちらでもこの箱の効果はなかった。

 魔女や司書殿は読み通りとして館の住人連中もけろっとしていたのが気になるところではあるが、まぁその辺りの事は後々で語るとして今の方、今日も今日とてご苦労な事だと、空で争う誰か達も労いながら歩みを進める‥‥と、鳴るお腹。

 そういえば昨日はお裾分け程度しか喰っていなかった、朝も寝起きに壁の氷一欠け齧ったくらいで出てきたから何も口にしていないようなものだなと、上の空に思う。が、まぁいい。腹が減ったのなら里で何か食えばいいだけだ、朝餉代わりなら贔屓先で軽食か、流行の蕎麦屋でちょいとたぐるか、繁盛している飯処で旬の鮎でも食えばいい。先々を考えれば霧雨の大店で保存の効く食い物でも買うべきだが、ソレはそうなったら考えよう。

 

 結論出して空から道へ視線を落とすと、丁度近くに建っているお社が目に留まり、お供えされたばかりらしい、朝取れの瑞々しさに満ちるとうもろこしが視界に収まる。

 言葉通りの意味合いではないがこれもこれで出会いの物かね、地に置かれたお恵みに手を伸ばす……途中に送られてきた複数の視線。今し方過ぎたばかりの門で語らうろくろ首と交代に現れた誰かの目線ではなく、お社の方から目線を感じる。新たに建立された守矢神社の分社がこれだと聞いているからあの二柱が朝からのぞき見でもしてるのか、感じた気配に向かって目をやると、お社の裏手から伸びている二本のお目々と目線が重なった。

 お供え物を手に取り、葉を剥ぎひげを抜きながら覗き込む。

 いたのはあの神様にはない要素、蛞蝓(なめくじ)

 何時ぞや貸本屋で燃やされたぬいぐるみと同じ物、なめえもんと小さく落書きされたぬいぐるみがおはようと顔を出していて、お前が見ていたのかと触覚に手を伸ばしかけた時‥‥この社にお供えを上げたらしい誰かさんからも朝の挨拶を受ける。

 

「おはようございます、社の前でしゃがみこんでお参りで‥‥はないんですね」

 

 時雨れる蝉や弾幕の音に飲まれてしまいそうな、弱々しい鼻声混じりのご挨拶。

 かがんだままで見上げると髪に咲く花の髪飾りがやわな朝風に揺れた。髪が靡くと薄く透けて見える袖を同じく揺らし、口元に寄せて咳き込み小さな鼻をすする少女。

 また面倒臭いのに捕まった気がするが今日はそれほどしつこくもなさそうだな。グスっと鳴る鼻や仕草から本調子ではないと読めるけれど、それでもこいつの場合はこれで通常だったかね、転生を繰り返しているせいか他の人間よりもちょっぴり体が弱かったりするし‥‥いや、いつだったかの捕物、紅魔館のペットが逃げた際にはこの子特製のお酒で満ちた瓶を小脇に抱えていたと聞くし、あたしが思っているよりも力持ちだったりするのだろうか? 

 朝っぱらから少し悩むと、返事を待つ視線に気がついた。

 とりあえず返しとくか、でないとしつこさに磨きがかかりそうだ。

 

「おはよう。お参りついでの朝餉よ、なんだか調子悪そうね?」

「軽い夏風邪ですよ、大事ないので大丈夫です」

 

 コンと一息咳払い、それから言われる大丈夫。

 そう見えないから聞いたけど阿求本人がそう言うなら構わんな、悪化しようが自業自得だ。

 

「それより朝ごはんって」

「丁度いいのがお供えされていたからね。どうせなら焼くなり茹でるなりしてからお供えしなさいよ、生でも食えるけど火が通っていたほうが甘さを感じられて美味しいのよ?」

 

「お供え物に火を通したりしませんし、これはアヤメさん宛ではありません。朝ごはんだったら拾い食いなんてしなくても」

「道端に食える物があったから食う、いつか書いてもらった通りの狸らしくしているつもりよ?」

 

「可愛いだけの狸だったら減らず口は言いませんね」

「それならそうね、今のあたしは化けて出た狸さんだから可愛い部分は減ってしまったのかも、と答えてあげるわ。これでどう? モヤモヤした言いっぷりに霧やら煙を掛けてみたけど」

 

「態々正当化しようとしなくても、今のような物言いが減らず口だって言ってるんです」

「そうしてほしいって言われた気がするから自己弁護をしてあげたの、で、何か間違ってる?」

 

「間違ってはいませんけど‥‥買えばいいのに」

「ちょっと考え事があってね、天恵でも口にすれば天啓を得られるかもと思ったんだけど、ダメだった?」

 

 小さく畳んだ包みを手に、私は構いませんけど、と苦笑する阿求。

 小鈴なら兎も角阿求が供えるなんて、こいつが守矢の信者だったとは聞いてないが、宗教家のトップ会談で語りあった事もあるはずだし、ネズミ被害で云々なんて話もあったから蛇関連な部分について感謝を表しているつもりかね、まぁなんでもいいか。

 それよりも、お付きも連れずに一人で出歩いて、やっぱり今日は調子がいいのか?

 いやそんな事もないか、それなりに体調がいいのならあたしから香るだろう血の匂いに気がつかない、状態みたいだな。鼻声になるくらいだ利かないだろうし、元より鉄火場に身をおくような娘っ子じゃない、であればそういった匂いに疎くとも当然か。生きたり死んだりしている生涯の中で嗅いだ事くらいはありそうでこいつが嗅げば忘れる事もなさそうなものだが、気にならんのならそれでいい、あたしが気にしてやる事でもないだろう。

 

 一人考え事に興じていると顔を覗いてくる九代目。

 思慮深そうなその瞳に見慣れた眠たい自分の顔が映り、思わず笑うと変な顔をされた。早い時間から少女の困り顔を見られて悪くない、けれど、その包みと違って握ってもつぶれそうにない瞳で見てくれるなよ。供え物なんてのは気持ちが大事な物だろう、置いた後はその辺にいる動物や乞食が拾って食うのがお決まりだ、あたしだって元は動物なのだから何も間違っちゃいないだろう?

 ああ言えばこう言うと語ってくれる視線を振り切って、残りを頬張り咀嚼しながらキレイになった芯を放る。が、何も浮かんでこなかった。よくよく考えれば天恵とはいえないかこれは、どちらかと言えば地から得られた恵みだし、案が浮かばなくとも当然だな。

 

 視線の気になる人間少女から自身の考えに思考を逸らして、場を離れようと折った膝を延ばし里へと向かってブーツの(かかと)を鳴らす‥‥前に再度話しかけられる。鳴らなかった(きびす)を返し少女の顔を拝むと、話しかけてきた割にこちらは見ておらず、遠くではしゃぐ説教の鬼と入道使いが連れた桃色の雲を眺めたまま固まった。そんなに見つめてどうしたい、普段からよく見る戯れと変わりない感じがするけれど何か気になる部分でもあるのかね、それなら話題に浮かばせてみるか。

 

「朝から賑やかね」

「少し前からあんな感じなんです。昼も夜も騒がしいんですよね、お陰で書き物に集中出来なくて、困ってます」

 

「ふぅん、大変そうね、いつからあんな状態なの?」

「ちょっと前ですね、強い雨振りの日があったじゃないですか。ほら、アヤメさんが鯉のぼりあげてた日ですよ」

 

 里住まいのもやしっ子が言うにはあたしが慧音にお使いさせられた頃から少しずつ賑やかになって、今では里の中でも誰かが弾幕勝負をするような流れになっているらしいのだけれど……そこについてはチルノの住まいで仕入れているからわかるが、それをあたしに知らせて何だというのか。

 

「アヤメさんも何か関わってたりします?」

 

 どれに、とは言わぬまま、賑やかな空を見つめ語る頭でっかち。

 視線の先のアレ、雲間を進む船と共に姿を見せた、ペットをお供に風巻く仙人とニョロっとしたのを連れた月兎を例えに問うてくるが、そんな事聞かずともわかるだろうに。

 ああいった催し物は酒でも飲みながら眺めるものだ、名も立ち位置も囃子方なあたしが派手な舞台で踊るはずなかろう。けれどそうだな‥‥見ようによってはいいタイミングか、上が騒がしいのならこちらに視線が集まる事もないだろうし、あたしが持ち込む面倒が何か事を起こしても目立たないか、まかり間違ったなら現状の一部って事にしてしまえばいいしな。

 ふむ、悪くない流れになりそうだ。記事を読んだ段階では、紙面のネタに困った記者どもが賑やかしに書いただけ、昨今流行りの噂や都市伝説を話のヒレとして盛り込んだだけだと、天狗が降らせて湧かせたいつものガセネタなのだと思っていたが、尾ビレや背ビレは伝説ではなく実在するものだったか。

 ならばここは利用しよう。乗っかれそうなお祭り騒ぎ、少し前から降り始めいつ頃止むのかわからんけれども、出来ればあたしの用事が済むまで湧いたままにあってくれよ、でないと都合よく事を運べなくなる。

 

「それともこれから混ざるとか? アヤメさん? 聞いてます?」

「聞いているし、言われるとも思ったわ。でも残念、その予想外れよ。あたしはちょっと調べ物に来たってだけ。来るつもりはなかったんだけどね」

 

 何を言っているんだこいつは、そんな顔に染まる小娘。

 そう思われても無理はない、そりゃあそうだ、あたし自身なんで来たのかわかってないのだから。里に来たのは昨晩のように考えをひっくり返して訪れたわけでもなく、ただなんとなく、誰かに呼ばれている感覚があったから訪れただけなのだから。まぁそこは内緒にするがね、話せばまた探られるのだろうし、そこは黙っておくべきだ。

 

「調べ物? 何かあったんです? あ、この騒ぎに関わる――」

「かはわからないわね、個人的な事情でちょっと、というだけだから」

 

 なんと言って誤魔化すか、案じていると問うてきたが被せて返すと口をつぐんだ。

 問答に対し返答がなかったから焦れたってとこか、それならもう暫し焦れていてくれ。

 そうなってくれた方が御しやすくなる。

 

「本当ですか?……その言い方、怪しいです」

「でしょうね、妖言(およずれごと)から成り果てたのがあたしなんだから、怪しくもなるわ」

 

「またそんな事言って! あ、本当は何か知ってるんでしょ! 輝針城の時もそうでしたけど、今回も自分だけ騒ぎの真相に近づいていて、 里に来たのもなにかあって――」

「憶測だけで言わないでよ、早合点が過ぎるわ。あの時は結果そうなっただけで今回も面倒事に首を突っ込む気はない‥‥って言ってもきいてくれそうにないわね」

 

「当然です! 前みたいにぼやかして私を誑かそうとしても駄目ですよ!」

「惜しいわね、今は煙に巻いているだけよ」

 

 曖昧に濁した部分は切り捨てたのか、阿求の追求が強くなる。

 か弱い声で語気強く、随分熱を入れ込んでいう素振り。

 そんな好奇心の塊が持つ熱を冷ますように、冷ややかに微笑みながら言い返す。

 すると瞳を細めて黙り込み少しの間を置いて、結局一緒じゃないですかと騒ぐが、その声にも、あたしにまともな返答を期待するから化かされるのだとニヤついて返‥‥したら今度は真っ直ぐ睨まれた。

 

 不調だろうに、そんなに息巻いては唯でさえ短い生が更に短くなりそうだが、熱も息遣いも太陽不良故かね。言い返した瞬間こそこちらを見たが、呆れたのか、再度空見てツンとする少女。

 騒ぎではない別の物の真相には近づいているはずだからその面で悪くないと、読みの部分には惜しいと褒めてやったつもりなのにツンとしやがって。あどけない顔に冷めた雰囲気が混ざり味わい深そうで妬ましいが、このまま調子付かせるわけにもいかないな、であればここらで再燃させておくか。

 

「…そうやってなんにでも首突っ込むといつか痛い目みるわよ、小鈴みたいに」

 

 この子が言う今回には今の騒ぎに乗るのかって意味合いが含まれるのだろうがそこが惜しい、乗りはするが意味合いが違う、あたしの場合はこの空気に乗じるだけだがそこまでは読み切れんか。

 そうだな、あっちの巫女さんならあたしの真意に気づくかもしれんが、お目出たい色合いでもジト目でもないこいつではそこまで心を探り切れんようだ。

 それでも悪くない方向に話が流れたようだし、とりあえずここは今の雰囲気に繋げて会話してみせよう。あの貸本屋のように巻き込まれたくないのなら、我が身が可愛いのなら邪推するなと、追加の小言を口にしながら止めた足を動かし、里へと向かいつつトークも進める。

 話題に切り出した話は妖かしが里から出て行った話、里の易者が小鈴を利用して妖怪に成り果てた事件で、妖怪であるあたしが里を歩く今とは真逆な流れにあったが、その流れとあの日あった事を例えにお小言を言ってやるとバツの悪そうな顔を見せてくてれた……が、苦笑するだけで済ませるあたり実感が湧いていないなこいつ。

 

「でもですね、知る事で関わらずに済むって場合もありますよね?」

「そうねぇ、知る事で出来る回避もあるし、逆に深みにハマる事だってあるでしょうよ」

 

「その言い方が怪しいんですよ‥‥さっきから誤魔化されてばっかりに感じます」

「誤魔化してなんかいないわ、今日は素直に接してあげてるつもりよ?」

 

「またとぼけて……もしかして、アヤメさんだけ知ってる事があったりするんです?」

 

 放っておいてくれていいのに、妖怪記録家さんらしい事を言って突っかかってくる。

 どうしよう、関わらせても知らんぷりしても面倒臭そうな流れになってきたな。

 今の騒ぎとは別口だがあたしはあたしで厄介事を抱えていて、一応は人間でしかない阿求がソレに関われば多分転生が早まるだろう、そうなれば地獄も予定外の御阿礼転生だと忙しくなって、原因があたしと知られれば今度こそ舌引っこ抜かれるかもしれん。その辺りを危惧して気を回しているというにこの子は全く。

 と、思わなくもないが、幻想郷の紹介本を執筆する立場としては知りたくなっても必然ではあるのか、天邪鬼と一寸法師が起こした異変時にも同じように探ってきたしな。けれど今回はどうしたものか、あの時は物が意思を持ってしまった程度で里や人間に対して危険とはならなかったのだが、現在あたしが抱える物は意思なく他者を殺める物だ。下手に知れば命取りになり兼ねんのだが‥‥素直にそう言ってもきかないのだろうな、それならばいい、知りたいなら自己責任で知るといいさ。そうなるよう、自ら突っ込みたくなるような流れに話をもっていこうか。

 であればまずは…‥

 

「またってのがわからないけど今のはもしもの話よ、あたしは無関係。何かしら関わっているならそもそも来ないわよ、会えば煩く取り調べされるって分かり切っているんだから」

 

 愛用煙管に火を灯して、煙流して。一服嗜みユルリ佇む。

 あたしが止まると阿求が並び、問いに対して悩み見上げてくれた。

 阿求にかぎらず、本当にこの土地の少女は好奇心が強い子ばかりいてたまらない。

 一物はあるが教えないと、少しのネタを振るだけで何かあると感じてくれて、らしい事を含ませ(かた)るだけで釣り餌に食らいついてくれる。黙って見返していると顔つきも私気になりますって様子に変わった、このまま待っていれば自ずと食いついてくるだろう、要らぬ事を知りたい心なんて話も済ませた後だ、きっと阿求から踏み込んできてくれるだろう。

 

「前にも調べ物だって来た事があったじゃないですか、それにあの時は触りだけ語って教えてくれなかったから追求したんですよ」

「あの時の話は雷鼓から聞いてるでしょ」

 

「あの時の雷鼓さんも愚痴っていたじゃないですか、なんで私がって」

 

 ふむ、これは失敗したな。

 踏み込んでは来てくれたけれど、あたしに向けた探りから別方向の愚痴に逸れてしまったか。良いリズムできていたからついつい名前を出してしまったがそこから失敗するとは、あたしが思っている以上にこの子の探究心は強かったらしいな。

 しかしだ、このままそちらへ流れると面倒だし早めに路線を戻しておこう、なにそちらは問題ない、話の筋が逸れるなどよくある事で修正するのも慣れている。

 

「話題にしてもらえるなんて光栄ね、それで?」

「それで? なんです?」

 

「なにやらお熱だし、今回はどうするのかなって」

 

 少しタメて問う、何をとは言わずそれらしく。

 会話の続きや少し間を置いた事から、話してあげてもいいけれど深みに嵌る気はあるのか、と、そんな質問に聞こえるように嫌味に笑って聞いてみる。少々強引なひっかけだが浮ついた頭のこやつなら気にせんだろう、事実悩み顔に戻ってくれたようだし。

 コロコロと表情変えて忙しそうだけど、名にあるキュウはそれではなかったと思うぞ?

 仲良し本屋で例えた小言があるから悩んでいるのだろうがそれは形だけだろうな、読み通りならこの辺りでノッてくるはずだ。新顔妖怪見つければ寄って書かせろと願うぐらいに阿求の好奇心は旺盛なのだ、であればそろそろ我慢出来なくなってくれるはずだが。

 問うた返事を待つように立ち止まると、クルクル、あたしの周囲でナニカが漂い始める。

 

「あ、オカルトボール」

「ん? これの事?」

 

「そう呼ばれてるみたいですよ。噂ですが、皆さんそれが目当てで騒いでいるらしいです、なんでも喧嘩して勝たないと奪えないとかで」

「らしいにみたいってのがアレだけど……また噂か、今はそういう流れにあるのね」

 

 あたしを中心に回る珠、それに向かって手を伸ばす阿求。

 子猫がじゃれつくような手つきで掴もうとするも、珠は手元に収まる前に何処かへ消え失せた。

 ふむ、オカルトボールというのか、コレは。少し前、正確には昨晩か。好物の匂いがすると言って齧りついた宵闇と小競り合いしてコトリバコを取り戻し、再度手にしてから唐突に現れたコレ。

 阿求の言いっぷりから鑑みるに、あの小競り合いで勝ったからあたしが奪った状態にあるのだと思うけれど、皆はこのボールの何処に引かれるのだろう、争って入手したくなるほどの物かね?

 不意に出てきて側で回られて、その度に目について離れないから、あたしにすれば正直邪魔な物でしかないんだがね。出来れば阿求に奪ってもらうか押し付けるかしたかったが、消えたのなら致し方無い、次の機会を伺おう。

 形や色味からすれば目立たない黒い玉、一言で言うなればぬばたまって風合いの物でそこには宵闇の奴っぽい雰囲気も感じるが、一体全体なんだろうね。

 邪魔げにシッシとあしらってみるも、手が触れる寸前には消えるというか無くなるというか、先の動きと同じようにあたしの懐あたりに来るといなくなってしまうから表現がよくわからないが、兎も角目の前から消えてなくなってしまう玉っころ。一度消えても忘れた頃に再度現れて、イヤに目につく物だって事はわかっているが、それ以外は何もわからない。

 

「やっぱり関わってるんじゃないですか」

「無関係だって言ったでしょ? 邪魔だから阿求にあげたいくらいだわ‥‥でもそうね、一輪はどうでもいいとして華扇さんまで目当てにしてるって事はこの珠になにかがあるのか、それとも……」

 

「仙人に何かあると? 小出しにして本当に怪しい……どこまで掴んでるんです?」

「そうね、(くう)を掴んでいるって感じかしら」

 

 再度興味の対象が逸れかけたが、それを取り戻すようにソレらしく、宙を握って口にする。

 すると乗っかってくる頭でっかち。

 それともってなんですか、結構な剣幕で言い寄ってきてくれたが言葉は返さず目線だけ逸らした。ソコに繋がる言葉はない、ただの撒き餌で釣り上げられればいいだけだから何も考えていない。故に無言で見返すに留めたのだけれど、あたしが静かな事に違和感でも覚えてくれたのか、物理と内面両方から下手に出て、教えて下さいと見上げておねだりしてくれた。

 湯立ったようなほっぺた見せてくれて、そんな顔色でもうちょっと可愛い雰囲気を纏ってくれれば何も知らない事くらいは話してやらん事もないが、今のような旺盛な好奇心ばかりを顔に浮かべられていては話す気が失せる。

 なんて考えていると口を開く小娘。

 語り口は、そういえば、どうやら違うアプローチで舌戦を続けるようだな。

 

「霊夢さんや魔理沙さんも集めてるみたいなんですよ、あの二人が関わっているという事はこの騒ぎって異変なんですかね?」

「あの子達が動いているなら異変なんでしょうよ、放っときゃそのうち収まって静かになるからまずは身体を労りなさいな‥‥あたしはついでに調べるから」

 

 言い切りぷいと顔を背け、歩き出す。数歩進むと再度現れる球体。それを眺めながら、後ろのキュウから聞こえる待ってを無視して進む。

 コレがふよふよし始めてから先のような視線、さっきのはぬいぐるみからのモノだったから除外するとして、出処のわからぬ視線も気になり始めたのだけれど、本当にコレはなんなのだろう?

 

 側で煩い阿求は無視して案じながら歩むと、いつの間にか里の中心、人で賑わう通りにいた。

 そうして増える雑多な視線。

 あたしはそんなに人気者だったか?

 他の騒ぎ、ええじゃないじゃないかと騒いだ異変の時も、里の人間から妖怪が出た日にもここまで見つめられる事はなかったのに、今更になってなんでまたと思わなくもないが……熱視線の送られてくる方向を軽く眺むと、見つめてくる連中の正体を見破れた。

 正体見たるは柳の下、ではなく里の広場、そこに集う子供ら。この里の守護神だとかいう河童手製の龍神象を囲み紙ッペらを持つ童子共と目が合った。けれど、目線が合わせるだけで何も言ってこず、一歩踏み出すと蜘蛛の子を散らすようにほとんどが走り去っていった。

 

 中には寺子屋で見かけた顔もいて、いつか開いた賭場で遊んだり話した事もあるはずだけど、何も言わずに逃げていくだけ。人の顔見て逃げるなんて可愛げがないな、そう逃げずともあの宵闇とは違って取って喰ったりはしない、が、今は喰った後だったな。であれば少しは怖い妖怪だと思ってくれたのか、それとも漂う匂いに恐れありとでも嗅ぎとったってところかね。風呂にも入らず徳利の酒で口内を流しただけだから多少は匂うのかもしれないね、頭の固い大人と違って子供はそういう面で聡いからな。

 

 これはまた失敗したか、人里に来るなら身辺洗い流してから来たほうが目立たずに動けた気もする、前回はこれで慧音に見つかったんだったか。と、傾いで考え一人残っている子供を見る。

 いや、あれは里の子供ではなく子狐か、上手く化けて童子の輪に混ざっているらしいが、人の血の匂いがするだろう妖かしを見て逃げ出さない子供なぞ不自然なだけだ、化けるならその辺りもきちんと真似た方がいいぞ?

 

 さっさと逃げろ、でないとバレる。そんな思いを含ませて子狐に向かい右手を軽く払うと、すぐに走って消えていった。そうだな、あれが正しい子供の姿だな‥‥となると横の子供(阿求)も追い払っておくべきか、先には自ら首を突っ込む自業自得な死に方ならと考えたが、翌々思い直せばあたしが原因で死んだとなると困る事に成り兼ねんな、閻魔様のお説教から逃げられなくなりそうだもの。

 

 あたしまで自滅は簡便、それなら何で追っ払おうかと、ネタを探して視線を流す。

 すると見つかる誰かさん、あたしの贔屓の甘味屋で横に寝転ぶ赤頭。

 腰巻きと着物の合わせ目をかく指が動くと、纏う彼岸花の香りが舞って芳しい。

 

「おはよう、朝からサボり?」

「残念、今日は朝からお仕事なんだ。先に来て席を温めてたんだよ。おはようさん」

 

 お決まりの声をかけると耳馴染みの良い声が返ってくる。

 店舗前に出された長腰掛けに寝そべったまま、上半身は番傘の影に入れたままで、片目瞑って話す死神さん。声色には軽やかさや柔らかさが混じっていて、軟派な雰囲気が見て取れるけれど、お固い上司の元で働く奴がそんなに暇そうにしてていいのかね。後からその上司も来るようだし、一応は仕事中なんだろう?

 

「お、九代目も一緒かい、おはよう」

「おは‥‥おはようございます」

 

 少し黙っていたせいで喉に痰でも絡んだのだろう、小さな咳払いを挟み言い直す阿求。

 すると、気が付いたらしい渡しが瞑った眼を開き見る、なにか値踏みするような、これはなんだったか、こいつの瞳は人の寿命が見えるとか言ってたしそういうアレかな‥‥うむ、タイミングも良さそうだしこれを使って追い払うか。

 

「ほら阿求、お迎え来たみたいよ」

「え、ちょっと、いきなり何を言うんですか」

「ん? もうそんな時期になったのかい? まだ十数年は残ってたと思ったんだけどね」

 

「今回はちょっと早くなりそうよ、咳込んでるのに出歩いたりして無理してるから」

「だから、これは夏風邪を――」

「いやいや、流行病を馬鹿にしちゃあいけないよ九代目。軽い風邪だと思ってたのが拗らせてぽっくり、そうやって逝っちまう人間ってのも多くいるんだよ?」

 

 よっと一声起き上がり、それから阿求をひと睨み。

 優しさやら思いやりってのが感じられる目線で小町がたしなめると、途端に静かになる九代目。たった一言語るだけでこうも静かになるとは、仕事についての説得力は殆どないがこういった生死に関しての話なら説得力たっぷりで助かる、伊達に毎日死人を送り届けていないな。

 今の言いっぷりがあたしからのものだったならまるで効果がなかったろうが、小町にお灸を据えるられて押し黙る阿求。薄笑いで二人を眺めていると軽いお灸で頬に赤みを差し始めた阿求がむくれるが、その桃色ほっぺをネタに再度赤い髪が言い放った。

 

「ほら、病人はさっさと帰んなって。唯でさえ余計な仕事が増えそうだってのに、これ以上あたいの仕事を増やさないどくれよ」

「でも――」

「でもじゃあないよ、聞き分けが悪いのは隣の奴だけでたくさんだ」

 

 後半の失敬な口振りはただの軽口、明るい笑顔が物語る。けれど声色は強気で前半は半分ぐらい冗談な辛口って感じか。

 気心知れた雰囲気の二人って感覚を覚えるが、毎度の転生時には小町が送り届けているのだろうし、何回も三途デートを繰り返していればそれなりに仲が良くなっても不思議ではないな。

 見知った相手に窘められて立つ瀬でもなくなったのか、それとも本格的に調子が崩れてきたのか、額に薄い汗を浮かべ始め、髪で紅咲く花飾りの色を頬に写したもやしっ娘はあたしだけをじっとり見つめてから、遠巻きに覗いてくる子供らの影に消えていった。すんなり引く態度に面食らいかけたがよし、取り敢えずは思惑通り追い払えた。後で顔を合わせたらまた煩いだろうが、まぁいい、今は小町に感謝しておこう。

 

「助かったわ、朝から捕まってやかましかったのよね」

「何を言うかと思えば、恩着せがましい事は言わなくていいよ」

 

「偶には感謝してあげようと思ったのに、阿求にしろ小町にしろ素直さの見せ損ね」

「よく言うよ、そうなるような事でも言って捕まってやってただけなんだろ?」

 

「当たり、寿命以外に魂胆まで見えるなんていい目してるわ。人払いして欲しいって心も見えたから乗ってくれたの?」

「いんや、ちょっと話すのに邪魔だったから乗ったまでさ、魂胆も何も見えやしないって。さっきのも単純な事さ、見てたからわかるってだけさね」

 

「そうなの? なんでまた‥‥って、もしかしてそれがお仕事?」

「いい鼻してるね、そういうこった。また何かやらかしそうな妖怪がいるってんでさ、そいつを見てこいって上からのお達しさね」

 

 飾りだけの、切れる刃のない鎌を手に取って、肩に担いで小町が語る。

 お達しとは、映姫様直々の命令で出張ってきているのか。てっきり今の騒ぎに混ざる仙人の様子でも云々だとか言われて来たと思ったのに、サラリとあたしを見てたなんて言ったなこいつ。

 あの流れでそういう‥‥って事はやらかしそうな妖怪ってのはあたしの事か?

 阿求じゃないがいきなり何を言ってくれるのか、何かをしでかすつもりなど毛頭ない、こっちは手間のかかる調べ物の真っ最中で他所に頭を回してやるほど暇でもないぞ?

 

「聞いてもいい?」

「お、なにさ?」

 

「まだ何もしてないしするつもりもないのに、どういう事?」

「なにもしてない事はないだろう? 昨晩やらかしてるじゃないか」

 

「あの程度、映姫様が気にされるほどの事? 外食しただけじゃない」

「その通り、喰える者が食える物を喰っただけで特に問題はないね。それでもそうさな、強いて言うなら普段襲わない奴が襲って口にしたってのが引っ掛かるって、そんなところさ」

 

「普段しない奴ならあっちの仙人も似たようなもんじゃない、要監視対象ならあっちのが重要だと思えるんだけど」

「あっちは四季様がいらしてからが本番さ、今はお前さんを見とく方が重要だと思えるからね‥‥昨晩喰われた奴ら、あたいからすれば今朝一番で送り届けた奴らって言ったほうがいいかね。あいつらを迎えに行った同僚から少し聞いちまってねぇ、仕事の引き継ぎとして聞いちまったから野放しなままってわけにもいかなくなったのさ」

 

 弾幕ごっこに興じる仙人が本来の監視対象、でもあちらより今はついでのあたしだそうな。こうなったのはあの人間(カモ)達のせいか‥‥どちらから、そもそそ何を聞いた?

 ルーミアに対してはあれこれ言ったが、あの二人には喰われるまで待ってろとしか言わなかったと思う、けれど何かを聞いて、それを危ぶまれているから今こうして目をつけられているわけで。

 

「それでだ。アヤメ、ここに来た理由ってのを聞いてもいいかい?」

「なんとなくよ、特に理由は‥‥あ、多分あれね」

 

 聞かれても答えられない、だから目線を逸らしたが、逸らした先で見つかる答え。

 視界に映るのは龍神象、その周りには先程まで子供らが触っていた紙ッペらが散らばっていた。

 

「流行りのこっくりさんか、あれに呼ばれて来たって言いたいんだね?」

「そうよ、そこも聞いていたんでしょ?」

 

 当たりだ、と、言葉を返しながら伸びてくる死神の手。

 あたしの袖をムンズと掴み、座る座席の横へ引っ張る。

 それほど強い力ではない、加減具合からとっ捕まえて突き出すとかそういった空気が感じられない仕草で、抵抗する気も起きないまま小町と並んで座らせられた。

 

「取り調べって雰囲気じゃないわね」

「今はね、これから怖い取り調べになるかもしれんよ?」

 

「そ。なら長くなるかもしれないし‥‥」

 

 緩い空気で語りつつお茶と茶請けを注文する。

 一服付けつつ話していると、すぐに出てきた季節のお菓子、売り時らしい葛餅が二人前。 

 

「もうちょっとほしいわね、わらび餅と心太でも追加しようかしら」

「朝から食うねぇ、アレと拾い食いだけじゃあ物足りなかったか」

 

「半分は小町の分よ」

「なんだい? 始まる前から袖の下のつもりかい?」

 

「そのつもり、これくらいで見逃してもらえるとは思っていないけど、この分の話くらいはと思って。キナ臭いあたしにはうってつけでしょ?」

「切り出しもお前さんからだってか、冗談言う余裕があるなら逃げないんだろうし、そうさな、それくらいなら構わないか」

 

「それこそ冗談、逃げる算段もするわ。その前に少し仕入れるの、お尋ね者として逃げまわるのなら情報は必要でしょ?」

「殊勝な態度でお縄についたってのに言う事は真逆か、らしいねぇ」

 

 注文頼んで再度一服。

 ぷかり吐き出し微睡むと緊張感がないなんて言われたが当然だ。監視に来た相手とお尋ね者予定が二人並んで仲良くお茶しているのだ、そんな状態で何か仕入れようとしているのだから、荒事めいた空気からは遠くてピリピリした捕物になろうはずがない。そもそもそんな事を言われてもだ、あたしにお固い姿勢を求めるほうが無理があるのだ。

 思ったままに言い返すとそれもそうかと笑われた。人の事を見張るなど言った割に緊張感がないのはどちらの方なのか、そんな姿勢で仕事に当たるから毎回お説教されるのではないのか、と考えただけで口には出さずお茶で流し込んだ。

 そうして二人並んで湯のみを啜り、届いた品をつつく。涼やかな見た目だから今時期に食いたくなるけどちょっと温いね、なんて、気楽にお茶を濁しながら。

 取り調べという割に話に乗ってくれて、聞く耳もあるようで、柔らかい雰囲気。らしくない気もするけれど疑わしきは罰せずと言うし、お優しいが口煩い上司に習ってそうしてくれるのかね?

 

「それで、話ってのはなにさ?」

「さっきの話から察するにコレのせいで小町に付きまとわれる事になったんだと思うんだけど、あってる?」

 

「お、流石だね、こういう時のアヤメは話が早くて楽だ。正解だよ、そのコトリバコのせいでお前さんに疑いの目が向いてるのさ」

「そう‥‥それなら、あたしがこれを使って人里を、とか。そんな読みで小町が出張って来たってとこね?」

 

「それも正解、素直に話してその気はない‥‥そんな腹積もりもあるのかい?」

「不正解。はなっからそういった企みがないのよ、いえ、企むつもりがないって言っておくわ」

 

「変な言い回しだねぇ、何が言いたいのさ?」

「あたしもコレに振り回されてるって事よ、お陰で大事なモノまで傷つくし、散々だわ」

 

 話しながら取り出した小箱を握る、こんな物が転がり込んでこなければ今こうして動き回らずに、小町に探りを入れられるなんて状況にならずに済んでいたのに。

 思わず入る手の力、それでも鷲掴める程度に込めただけだったのだが‥‥メキッと聞こえて二人で見つめる、眺めていると欠けた端から割れる箱、気持ちの良い音を立てボロっと崩れてドロっと漏れる。

 

「あ――」

「おっと」

 

 一言発する間に景色がブレた。

 里から森に、道に、見られる風景が流れていく。

 どうやら小町が距離を弄んだらしい。するする流れて景色が移り変わり、止まり、今見えるのは見慣れた絵面、というか我が家。人里から竹林までそれなりの距離があるはずだけれど、小町の力を以ってすれば距離なんてあってないようなものか。ふむ、これまた便利な能力だ、こんなに早く移動できるならどれほど仕事をサボっても取り返す事など容易だろうな。だからサボっていい、とは上司は言わないだろうがね。

 

「おいおい、いきなりはナシだよ、あたいがいたから良かったような――」

「そうね、また助かったわ」

 

「二つ返事で礼なんて珍しいねぇ、今日はやけに素直だ」

「昨日も言われたわ、素直なあたしってそんなに珍しいのかしら?」

 

「他人に素直なお前さんは珍しいよ、己に対しては常にって感じだがね‥‥それとも、さっきのも自分の為かな」

「当たり前でしょ、どうにかしたかった物がどうにかなったからこそよ。疑われる原因がなくなって逃げる手間も省けたし煩わしい物は壊れたし、いいコトずくめでたまらないから、そのお礼って事にしておいて」

 

 ニンマリ、今のあたしの顔を一言表すならこうだろう。

 我ながら可愛くない顔、やわらかな笑みこそ浮かべているが喜怒哀楽のどれも含んでいない笑顔、してやったりと楽しむ部分と、してやられたと感じる心が綺麗に真っ二つで嗤っているから自身でもどんな感情で笑んでいるのかわからん。が、それらしい笑声(しょうせい)も僅かに漏れているから実際は楽が強い気がする。

 そうして声が部屋内で響く。

 でも聞いている相手は態度も雰囲気も変わらなかった。直属の上司に言われて監視に来たはずなのに、何やら企んでいるかもしれない者が嗤う姿を見ても言い返さないなんてどういう事だろうか、これでは監視しているというよりも普段通り、サボる合間に顔を合わせた時と‥‥あぁ、つまりはそういう事か。

 

「ねぇ小町、ちょっと訪ねたい事が出来たんだけど」

「また質問か、まぁそうさな、箱も容疑も潰れたし構わないよ」

 

「どこまでが本当の話?」

「……ありゃ、バレちまったか」

 

 気が付かれたかと笑う死神、この笑い声で確信を得られた。

 どうやらあたしは騙されていた、こいつは仕事中ではなく何時も通りサボり真っ最中だった。

 ネタバラシをするならこうだ。出会いから仕事だと言い切り、その後はあたしの持つ厄介物の方へ話が逸れたから気が付かなかったが、こいつは一言も私と言っていない。このサボり魔が仕事に向かう際には『あたい』ではなく必ず『私』と口にする、オンとオフを切り替えるように言い直すはずなのだ。 

 そしてあたしが映姫様に目をつけられる事なんて今はないはずだ。以前に受けたお仕事で頂戴している誓文は未だ払われてはいない、であればあたしに何かなさる事があってもソレをどうにかしてからになるはずだ。あたしに正当な逃げ口を残したまま追うような、浅く愚かな行いをあの閻魔様がされるはずがない。

 

 巧妙さも見えない手口、少し考えればわかるような事だったのに、厄介な小箱が壊れて気が緩んだ、いや、緩んで頭に余裕が出来たからこそわかった小町のやり口だが、素直に騙されてしまったようで立場がない。が、今日のあたしは素直らしいから仕方ない、今は負けを認め開き直ろう。

 

「それで、どうだい? 気分の方は」

「悪くないわね」

 

「化け狸が騙されて悪くないってか? 読めないねぇ」

「謀られた事自体はしてやられたと感じるけど、結果あたしの良い方向に向かったからね、悪くないどころか晴れ晴れとした気分よ」

 

「霧だ煙だ自称するお前さんが晴れて気分良しってか、笑える冗談だねぇ。ま、いいか、晴れたのならそれで良し、慣れない事をしてやった甲斐があるってもんさ」

「気分はいいわ、代わりに別のモヤモヤが浮かんできてはいるけれど、ね」

 

「ん? まだ何か引っ掛かるってか?」

「あたしのつかえは取れたけど小町の動きが読めないのよね、なんでまた回りくどい事したのよ? 悩む妖怪の先導なんてのも仕事内容にあった?」

 

「別にアヤメの為を思って仕掛けたわけじゃあないさ、あたいも自分の為に動いただけ、習って言うならあたいの方も結果良い方向に向かっただけさね」

「あん? 話が見えないわよ?」 

 

 どういう事か、詰め寄っていくと下がられる。

 今更引くなんて、と、更に距離を寄せてみたが、話してやるからまずはその手をどうにかしてくれ、色は兎も角匂いがアレだ、なんてあたしの手先を細めた瞳で見つめ言い返された。目線を追うと血の色、にしてはやたらどす黒い色合いに染まる我が手と小箱だった木片。匂いと言われドレと鼻も鳴らしてみれば、確かに匂いがアレだった。

 流石にコレでは話にならん、洗うからと台所に立って小町に蛇口を捻ってもらい綺麗に流して湯も沸かし、落ち着きついでのお茶を注ぎながら話の方も次いでいく。

 

「で?」

「あぁさっきの続きか、難しい事なんてないさ。あたいはあたいで増えるかもしれなかった仕事を減らしたかっただけ、そういう事さ。言わなかったかい?」

 

「聞いてるわね、そういえば。てっきり狙って騙されたんだと思ったんだけど、そうでもなかったわけか」

「そりゃそうさ、慣れない事だってのも言ってやったろう? アヤメが本気でやらかすってんなら強引に攫うつもりだったんだけどそうはならずに済んで良かったよ、余計な手間はない方がいいからね」

 

「同意出来る部分もあるけど、現世の出来事に関わる事をヨシとしない死神が言うにはちょっと苦しいわね‥‥しでかしてあげればよかったかしら、そうすれば小町の暇を埋められたのに」

「寝る暇がなくなるから勘弁しとくれよ。まぁでもこういうのもたまにゃあいいねぇ、こういった事に長けた奴をからかってやるのも面白いもんだ。アヤメが四季様に言い返す気持ちがちょっとだけわかったよ」

 

 一頻り語り、笑うサボマイスター。

 こちとら小町に化かされてなんともいえない、笑えない空気になったというに、気楽な空気まで持ち込んでくれて、呆気にとられるというかなんというか。

 言葉ないままお茶をすすると、出会いにも聞いた軽快な声が我が家で響く。

 やってみるもんだ、なんて小憎らしい勝ち口上まで言い放ってくれて。些細な(はかりごと)ではあったがこのあたしを引っかけるとは、切れない刃持ち歩いているくせに存外切れ者で妬ましい。

 

 ちょっとだけ悔しいからどうにかしたいが手遅れか、既に開き直った後だった‥‥ならばよしとしよう、悪くないと負け惜しみは言ってしまったし、晴れやかだとも既に話してしまったし。

 乗りたかった空気とは違う空気には乗れて、取り調べも、相手こそ変わったが読み通り行われたからあたしの読みは正しかったと、別の部分で読みは当たったと納得するだけで済ませよう、実際抱えていた物がどうにかなって気が楽にはなったしな。

 話す最中には呼ばれ慣れないお尋ね者になりかけて気に入らなかったが、騙しに慣れない川渡しに渡りをつけられてしまったからもういいや。終わり良ければ全て良し、二人揃って口にした結果ってのが良い方向に動いたのだからそれでいい。





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