東方狸囃子   作:ほりごたつ

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EX その59 ものしらず

 行きは背負って走り抜け、戻りは一人の侘しい復路。

 永遠亭を出たぐらいから雨脚は少し弱まって、長く浴びればしっとり濡れるだろう霧雨が降る迷いの竹林。唯でさえ迷いやすい竹林に霧がかかれば尚惑いやすい、無闇に足を踏み入れた人間でもいればこの竹林は無限に広がっているんじゃないかと錯覚できるほど。永遠亭に連れ込んでから暫く過ごしていたからか、時間の方も日の入りは過ぎたようで、どこを見回しても冥々としていて、霧煙る周囲と重ねて言うなれば千仞の竹林といった様相ではあるが、それはここを迷える土地だと思っている奴らに限っての事だろう。

 この地に住み着いている者ら、あの薬屋さんの連中やそこに喧嘩を売りに行く死なずの人間、後はあの影の薄い狼女やあたしからすれば、見慣れている景色がちょっと遠間が見難い景色となるだけで何の問題にもならん。寧ろ夜霧の昼行灯としては霧がかかってくれて調子が良く、景色とは逆に気分の方はやや晴れていた。

 

 大事な鼓が大事な時に浮ついていてよいのか?

 そう考えてしまう面も確かにあるが、いつまでも女々しくしていてもあたしがしてやれる事などない、アレが病気だというのならあたしの範疇外でそういった分野について考えていても景色の通り五里霧中の如しなのだ、であればあたしに出来ること、霧中に元気な孤狸(こり)らしく出来る事をしてみようとカラっと元気を回しているのが今だ‥‥と、少しの強がりと見栄はこの辺で、実際は輝夜に何かあったら恨むと亡霊らしく言い切ってしまった為、それなら少しは格好をつけなきゃならんと気を晴らさざるを得なかったのもある。

 ああ言った瞬間こそ空元気で間違いなかったのだけれど、空っぽな気を回したせいで今は何処か吹っ切れてしまったような感覚も覚えられて、すっきりとまではいかないがそれなりに快調な自分だ。同時に、恨みや霧・有耶無耶にするなど、惑う要素で晴れるなんてどうなんだと思わなくもないが、そういった事から今の己に成り果てているのだから、これも問題はなかろう。

 

 そうやって気持ちの面ではらしく、浮ついて、彷徨(うろつ)きなれた竹林内をやや浮かんで飛び進む。

 日頃であれば歩いて進む帰り道だけど、地に足着けずに帰路を行く。急いで帰るのなら慣れた道程を行くのが道理、であれば地に足つけて走るのが定石だろうが、今日はなんとなく飛んで帰った。着の身着のまま素足で出てきてしまったから、行きには何も考えず走って大事な着物の裾が泥に塗れてしまってこれ以上汚したくないから、そういった理由もあるにはあるが、一番の理由は永遠亭のご長寿二人に同じような事を言われたからだ。似合わない顔をして、と二人にからかわれ‥‥もとい元気づけられたから、それならば普段のあたしらしく、浮ついて、漂って帰るのもいいかなと、そんな思いつきのままに軽く浮いて帰路に着いた。

 

 そうして迷う事なく真っ直ぐ帰り、我が家の門戸を叩いてみたが、中からの迎えの声も聞けず戸が開かれるような事もなく、普段通りに静かなだけで、あたしのお手々が奏でる音が家と周りに響くだけだった。

 立て付けの悪い引き戸を開くと留守を任せた九十九姉妹の姿は見えず。代わりに目についたのは、消された竈や風呂場の火と所々が少し汚れたバスタオルが二枚。乾かず長押(なげし)に掛けたままだったはずの姉妹の服もなくなっていた。

 いつ発ったのかはわからないがどうやらあの二人も出たらしい、帰宅途中の竹林では二人の姿を見なかったからあたしとは入れ違いになってしまったようだな。留守番を押し付ける際に迷わず来れるなら来いとも伝えてあったし、今頃は竹林の何処かをさまよいながら永遠亭に向かっているのだろう。

 贅沢を言えば我が家に残っていて欲しかった、顔を合わせられれば色々と聞けて話も早かった…‥のだが、火元の処理をして出て行く余裕があるぐらいなのだからあいつらはきっと大丈夫、そう思い込んでおくとしよう。留守番任せている間にあいつらまで急変して血反吐吐いてぶっ倒れるなんて事も在り得たのに、そうなっていないのだから良い方向で考えておこう。

 

 考えを改める為再度竈に火を入れて、沸かした湯で茶を淹れながら小休憩。

 居間に腰掛け土間に足を投げ出しつつ、我が家の端の方に積まれたガラクタを眺む。

 あたしが片付けた時よりも乱雑に積み直された感がある山からは、誰かが探しものでもしたような形跡が見られた。一杯目を飲み切り二杯目を湯のみに注ぎながら見慣れた我が家を見回すと、視界ではなく耳の方、急須が立てるその音から誰の仕業か思いつく。

 多分姉妹のどちらかもしくは両方だろう、あたしが湯に浸かり口からコポコポ鳴らしていた頃にそんなガールズトークをしていたはずだ。憶測だがあの時話しながら少し探しものでもしたんじゃないかね、だからバスタオルが汚れているんだろうが、そこはいいか、掘り下げる部分でもないだろうし。今掘るべきはその探し物の方、姉妹が見つけようとしていた物を見つけるべきだな。

 湯のみを置き、煙管の火種も火鉢に落として、ガサゴソ荷物をひっくり返し軽く腕組み。そうしてよくわからない物の山とにらめっこして、とりあえずは見た目で判断していこう、まずは明らかに関係なさそうな物を除外していくと決めた。

 

~少女仕分中~

 

 白黒はっきり、なんて柄にないからきっちり分けられた気がせんが、なんとかそれっぽいのとソレっぽくない物に分ける事が出来た。とはいっても見た目で決めつけただけ、あの楽器連中が使おうと持ってきた物とあたしに見せたいと言いそうな物で分別しただけだが。

 内訳をざっくり語るなら、ひとつ目の付喪神の物は木箱。丸く穴の空いた部分に破れた布が張り付いているやつで、よくわからんからあいつらの物とした。コンコンと指で弾けば中で反響するような感じがするし、こんな物見せられてもあたしの好奇心が動く事はないと知っているだろうから、見せたい物ではないと判断しておいた。

 ふたつ目はあたしにもわかる物で分類するのが楽だった。長い杖の先に穴あきの小さな湯たんぽがついた物、これは鳥獣伎楽のライブで何度も目にしていたからわかった、支えの長さこそ違うがマイクだと思えたので、これは確実にあいつらの物だと思えた。 

 他にも、足のひん曲がった大きめの三脚のような物や、壊れて鍵盤のなくなった騒霊の三女が持っている物に似たのもあったが、それらはあたしが見ても壊れているように思えたので付喪バンドの物だという事にしておいた。ゴミを見せられても反応できんからな。

 

 そんな風に分類し、ゴミはゴミ、使えそうな物は使いそうな物として振り分けて、最後に残った物を鷲掴む。ムンズと掴んで持ち上げて上やら下から暫し見てみるも、これだけが何なのかわからなかった。大きさとしてはあたしの片手で持てるくらい、こびりつく泥汚れを落としてみても少しの時を経た木目がわかるくらいで、飾りもないしサイコロのように出目が掘られたり描かれたりしているものでもない。よくわからない四角形としか言えないナニカだが、なんとなくこれがあたしに見せたかった物、見てもらいたい物なのかと思えた。

 

 何故か?

 それは臭うから、きな臭いとかそういった表現ではなく、単純に臭うからだ。

 他の物も土や水の匂いは当然として、拾い先の無縁塚でよく嗅げる血の匂いや腐臭なんてのも嗅ぐには嗅げたのだが、この立方体だけは泥を洗い流しても鼻につく血の匂いが流れずに残ったから、なんとなくコレじゃないかと忘れかけている獣の勘で決めてみた。

 しかし決めたはいいもののどうすべきか、当たりはつけたがコレを見て何をどうしてほしかったのがわからん。よくよく見ても継ぎ目があるくらいでこれといって目立つ感じはしない、角張って掴みやすい物の割にとらえどころがないというかなんとういうか……継いでいるって事は中身があるって事かね、であれば開けて中身を見てみるべきか?

 でも勝手に開けていいものだろうか、見てもらいたい物とは言っていたがあたしにくれるとは言われていないし、もしかすると音楽関係以外、妖怪付喪神としてなんやかんやする為に拾ってきた物かもしれん‥‥どうしよう、開けるべきか開けざるべきか。本当に、なんでこういう時にあいつらの誰もがいないのか。素直に留守番しててくれれば、って無理な話か、心配して居ても立っても居られなかったんだろうから、ここは悪態つかずに感謝するだけにしておこう‥‥で、どうしよう。このままでは明確な判断材料がない事には変わらん。

 コレについて、なんでもいいからわかれば何かしらの取っ掛かりに繋がる気もするのだが。

 拾った場所にでも顔を出してみるか?

 行けば小さな賢将殿もいる、かはわからんな。最近は寺で見かける事も多かったりするし、日によっては浪漫を求めて宝探しに出ている事もある。確実にいると言い切れない相手を頼って行くのも面倒か、それなら‥‥そうだな、別の場所へ判断材料を作りに行くか。あそこなら確実に居ると言い切れるし幸いにも雨振りだ、難しいお題に対面し過ぎて考える物が増えてしまい、割りと散らかっている状態で顔を出すには似合いの場所があった。

 

~少女移動中~

 

 出かける前に軽く湯浴みし、肌に付いた泥や匂いを落としてから移動。

 服と違って足の泥は撫でても消えんし、髪についた雷鼓の血の匂いも同じく散らし切れなかった為、サッと残り湯を浴びた。両方共煙纏えば消せなくもないが、お目当てに姿を見せるのに汚れていてはとあたしの少女部分が囁いてしまい、致し方なしと軽く流してから家を出た。

 向かう先は馴染みのお店、正確にはあたしが一方的に馴染みだと思っているだけで店側からすれば煙たいおじゃま虫程度にしか思われていないような場所。行ったところで相手にされないってパターンも考えられる、というか十中八九無視されるとわかっているが、そういったつれない態度や寡黙さがあの男をイイ男にしていると知っているし、その辺りにあたしの少女らしさが反応したのだろうな。

 

 なんて考えていると見えてくる茂った森。

 来る度に毎回思うが、あの男は商いをする気があるのだろうか?

 ごった返すガラクタが店外にまではみ出して商品が見辛い店回りもそうだが、流行らない店の陰影が見えるこの距離からでも背負った森に込もる瘴気や幽霊が見えるというに‥‥ん、瘴気はわかるとしてなんで幽霊が屯しているのだろう、まぁいいか行けばわかるし、兎にも角にもだ、そんな場所に店を開いても来られる普通の客などそうはいなかろうよ。

 訪れる事が出来ても人外か、人外と並んでも見劣りしないような者くらいのはず。って、あぁ、なるほど。そういう連中をメイン客層として狙ったつもりなのか。この幻想郷で隙間産業を営むなど変わり者にしても度が過ぎているが、誰を相手にしても度が高まるような男でもないし、実際スキマが客として来るのだから、そういった経営方法でも以外と需要があるのかもしれないな。

 ふむ、と、思いついた店の狙いと客層に納得し頷きながら入口前に降りる。目に煩い店舗前でお出迎えしてくれる焼き物の同胞に慣れた手つきで挨拶し、店の扉に手をかけ‥‥て、いつもとは違う違和感を覚えた。

 

 中で動く音がする、そして店主以外の誰かの声もしていたのだ。

 客のいない事に定評のあるこの店で慳貪店主以外の声を聞くなど間違いなく異変、と冗談はこの辺にしておいて、気配を逸らし暫し聞き入る。耳に届くのはこの店でよく聞ける、跨る箒に似た真っ直ぐさが特徴的な少女の声色ではない。ピンと獣耳を立て伺うと、背負う物と反りが合うような真面目さの乗った女が、返して下さいと、それに対して店主殿が強気に言い含めているような会話が扉越しに伝わってくる。

 なんだ、散々その気はないとか考えた事がないなんて言っていたからてっきり男色、いやここはそういった店らしいのだから隙間な趣味とでも言っておこうか。ともかくそういった性癖を持っているものだと思っていたが黒白以外の女を連れ込んで強気に出るなんて、やっぱり男は男だったか。しかし魔理沙にバレたらどうなるのだろうか、いいかその辺りをネタに強請って少し働いてもらうか。よし、それでいこう。 

 確実にそんな事になってはいない、ここの主と聞こえる声の持ち主からそうなる訳がないとわかっちゃいるが、出来ればネタにしやすい状況でありますように。そんな願いを招き狸の陰嚢に掛け、ついでに狸の下げている何も書かれていない徳利に「春夏冬二升五合」と泥で嫌味な落書きを書き足してから店内に入った。

 

「こんばんは、二人でお熱な時に悪いけどお邪魔するわ」

「あ、アヤメさん」

「君か‥‥やれやれ、誘われて霊が増えてしまったな」

 

「あたし達のおかげで涼しくなっていいでしょ、ね?」

「え、まぁ、はい」

「間に合っているよ、この店にはエアコンもあるからね」

 

 たった今来たような素振りで戸を開くと、そこにいたのは見慣れた少女と店主さん。入って早々向き直りあたしの名を呼んだ半分剣士で半分庭師な娘っこに話を振りつつ、動かない大店主にも冷やかす言葉を売ってご挨拶すると、買い言葉が返ってきた。顔合わせからあたしと売り買いしてくれるなど、珍しい日もあるものだな。

 

「えあこんって何です?」

「快適な風が出る機械の事よ。残念ながらこの店の何処かにあるって話だけで、物自体も動いているところも見た事がないんだけどね。それより香霖堂(こんな所)で会うなんて珍しいわね、幽々子のお使い?」

 

 物に隠れてしまい見える部分が少ない壁や、無闇に高い天井へ視線を送りながら問いに答え、カウンターを挟んだ相手へ追加を売りつつ、妖夢の方も構ってみる。

 が、正しい答えを教えてやった割には少女はバツの悪い顔で、森近さんは普段通りでいるようだ。そうだろうな、外で聞いた雰囲気からすればこうなっていて当たり前だ、ここの店主と言い合いになって口で勝てるような子ではない、口より先に手が出るのがこの子だし。

 

「いえ、お使いというかなんというか」

「違うの? はっきりしないわね、違うなら後に(つかえ)ているんだから手早く済ませてくれない?」

 

「私も早く帰りたいんですけど‥‥でも――」

「……そうだね、では君から聞こうか。いらっしゃい、ご用件は?」

 

 問うと両手を固く握るちびっ子剣士。

 いつも以上に落ち着かないというか、あからさまに焦っているような素振りだ。こんな風に取り乱す姿を見るのはあの爺がいなくなって以来、でもないが今日はいつも見る姿より余計に焦っていて、どうしたんだろうね。ここの常連である黒白と大差ないぐらいの背丈だというに、降り続く霧雨にしっとりと濡れているのも気にならないような、女として背伸びしている少女が悩む事とは、気にはなる‥‥が、そっちは取り敢えず後回し、まずは別の気になる方からつついていこう。

 今迄一度も言われた覚えがない言葉、商いをする店主が客に対して言うべきはずの『いらっしゃい』を、あの森近さんが目線を合わせながら言ってきたのだ、間違いなく何かある。毎回さっさと帰れやら、いつまで居るのかって言葉しか言ってこなかったあたしに対してソレを言ってくるのは何故なのか、深く掘り下げて聞いても損しそうにないからな。

 

「いらっしゃいねぇ、唐突だけど森近さん、その心は?」

「……ん、あぁ、ここは僕の店だよ? 来店した相手を迎える事を言って当然じゃないか」

 

「‥‥あ、そう。それじゃそういう事にしてあげるわ」

 

 あたしと店主、ではなく店主越しの奥を見比べるのに忙しない半分人間は一旦放置し、視線を重ねたまま軽い会話をしてみる。するとわかる腹積もり。

 結論から言えば、やっぱりあたしは客扱いはされていないようだ。そもそもカウンターに頬杖ついたままで迎えるなど店を構える商売人の態度としてどうかと思うし、耳にした『返して下さい』ってのからこじつければ、いいところに顔を出したあたしを利用して妖夢をどうにかしたいと、その辺りがこの男の魂胆だろう。

 心にもない『いらっしゃい』で迎えてくれたのは振り、妖夢に見せる為の口だけのポーズってやつだ。妖夢の視線の先には形こそ違うがあれ、やたら綺麗な五色の甲羅‥‥ではなくその隣、あの天邪鬼が逃亡劇を繰り広げる際に使ったランタン、あれは提灯だったっけか、まぁいいか。ソレに似た形をした灯りのような物がある。そして外で聞いた流れから邪推するに、また妖夢がやらかして森近さんが拾って、いつか聞いたあの話の再来って状態が出来上がったんだろうね。

 

「さて、もう一度聞くけど、そちら様はどういったご用件で?」

「妖夢が先に来ていたんだし、あたしは済ませた後でいいわ」

 

 騒ぐ庭師を通り越し、あたしに問う店主。

 だがそうは問屋が卸さない、狙いはわかった気がするが素直に聞いては面白くならない、あたしにも用事はあるが、今のような、つれない伊達男が自ら仕掛けてきた悪戯を棒に振ってしまうような事出来るわけがない。さっさと終わらせるのは勿体無い、故に敢えて掘り返す。

 マゴマゴしている孫剣士にお先にどうぞと手で促し、見合ったままの店主に嫌味な笑いを投げかけると金色の瞳が少し細められた。なんだよ、端正な顔立ちしているんだからそう嫌そうな顔を見せるなよ、理解しながら乗ってこない、つれない態度には慣れきっているだろう?

 

「あの! お代は後で必ず持ってきます!」

「僕は売掛取引はしない主義でね、今欲しいなら――」

「でもですね! それがないと!」

 

「ないと‥‥どうなるんだい?」

「またこの店に幽霊が集まっちゃって、そうなると店主さんも大変じゃないかと‥‥」

「それなら心配無用だ。以前は冬場で余計に冷えてしまい困ったものだったが今回はこれから暑くなるからね、冷やす手段に乏しいうちではありがたいくらいさ」

 

 ニヤつき眺める二人の商談。

 片方はどうにか取り憑こうと必死な半分幽霊な少女、もう一方はそんな相手を軽く振り払ってありがたいなど心にもない事と、ついでに付け足したらしいあたしへの売り文句をカウンターに並べてから黙る半分妖怪のメガネ男子。

 誰が見てもどちらが優勢なのかわかる姿で、あれで交渉のつもりなのかと思わず声が漏れてしまう。そんなあたしの囁きが聞こえたのか、それとも笑われた事が面白くないのか、言い返せない店主からあたしに目線を流すが、幽霊少女は見るだけで何も言ってこない様子。いや、こっちは残り半分の人間部分だったかね、だから今のような人間臭い感じ、必死な姿を笑われ憤慨するも言い返せない状態になるのかね。それならもっと強調したらいいのに、人間らしさってのを見せれば多少の変化があるかもしれないぞ。この男だって妖夢と同じ半分人間ってやつなのだから。

 

「嬉しい事言ってくれるのね森近さん。でも、そんな回りくどい事をしてくれなくてもいいのよ?」

「なんの事かな?」

 

「その、なんて言うんだったかしら? 幽霊を集める灯り?」

「これかい? この商品は人魂灯というものだね、それが?」

 

「そんな物置いておかなくても、来てほしいって言ってくれればいつでも来てあげるのに」

 

 どうしたら取り戻せるかわかっていなさそうな、難解な顔つきで黙ってしまった前髪パッツン娘に、必死な姿で笑わせてくれたお礼代わりの小さな助け舟を出してみる。

 それでも実際は妖夢の為を思ってのものではない、言うなれば妖夢の主の為に小さなヒントを口にしてみた形だ。いつだったか、他愛無い茶飲み話だったからいつ聞いたのか定かじゃないが、以前にこの子の主から聞いたことがある。その時には確か『私の持っている道具を妖夢に預けてちょっとお仕事をお願いしたんだけど、うっかり失くされちゃって困ったのよねぇ』とか、そんな話を幽々子本人から話された事があった。その時には珍しく幽々子が怒って、失くした妖夢に拾って来いと強く言ったのだったか。

『隠さず素直に失くしてしまいましたと言ってくれれば叱ったりしないのに、私ってそんなに怖く見えるのかしら?』なんて、笑みの雰囲気は変わらないがどことなく儚げで、寂しさのある笑顔のままに言ってきたのが印象的だったからよく覚えている。

 このまま放っておけばまた同じように叱って、同じように寂しそうな顔をするのだろう。それを見せる相手が誰なのかはわからないが、幽々子がそういった事を話す相手などたかが知れているし、またあたしに話されたとしたらそれは気分的によろしくない。

 であればそうならぬように別の道もあると含め、かなり遠回しな物言いで口にしてみた‥‥けれど流石に気が付かないか、それならもう少し大きな船を出してみるかね、補陀落渡海に立つ少しの波なら乗り越えられるくらいの、日々鍛える剣士として、冥界を任された主に仕える従者として捨身行に乗れそうなサイズのやつを。

 

「これがなくとも好きな時に来るのが君だろう、何を今更言うんだい?」 

「そこじゃないわ森近さん。あたしが通ってもいい理由を森近さんが望んで置いてくれているってのが嬉しいのよ、普段は帰れとしか言ってくれないのに本当は来て欲しかったなんて、心に決めた人がいるのに困ってしまいそう」

 

「そういった意味合いは――」

「あろうがなかろうがどうでもいいのよ、あたしがそう視ているのだからそれでいいの」

 

「そんな事を言ってしまっていいのかい? あの付喪神は嫉妬深いと聞いているよ」

「嫉妬深いのではなく独占欲が強いだけよ、それに今は叱ってもらえないから大丈夫‥‥で、まだ何かある? 何を言っても無駄よ、あたしはこうと思ってしまったもの……森近さんが悪いのよ、濁しているだけで言い切らないから。大人気なく遊んで、らしくないのが悪いのよ」

 

 クックと笑い、黙ったままの少女を見ながら最後まで言い切る。

 どうだろうか店主殿? あたしから考えてもない、在り得ない、億が一でもあったら困る事を言い切ってやったつもりだが、傲慢なお客様ごっこというのを楽しんでくれているだろうか?

 気分はどうか、伺うように目を合わせると七面倒臭いってのが眼鏡の奥の瞳から延々発せられているが、そういった目で見られる謂れがなくて別の意味で困ってしまうな。あたしをこうしたのはお前さんだ。言うなれば自業自得ってやつだ、それこそ妖夢と同じで自らが巻いた種が芽吹いて巻かれているだけだ。それもわかっているから言い切ったあたしに何も返答しないのだろう。

 黙ったまま、少々キツ目に睨んでくるだけの店主に笑いかけ、その笑みのままで始終を見ていた妖夢の背を叩く。トンと、小舟を送り出すくらいの勢いで華奢な背中を押してやると、半歩進んで踏み止まる妖夢。押してやったのだからそのまま行けよ、言い『切らない』と『らしくない』なんてヒントも態々言ってやったのだから。

 

「あ、あの!」

「……なんだい?」

 

「人魂灯、返して下さい!」

「これは既に僕の物で――」

「お嬢様の物です! 返してくれないのならば‥‥」

 

 気づいたのか、流れに乗っただけなのかわからんが、勢いを取り戻し再度の交渉を始める剣士。チャキ、と背後の二刀に手をかける。思っていた流れと少し違うが、それも交渉術の一つではあるしまぁいいか、暫く見ていよう。

 

「力づくで持っていくと、そういう事かな?」

「それも出来ます、でも拾ってくれた事に感謝して帰る事も出来ます」

  

「どちらにせよ脅しだね」

「そうですね、今のままではそうなります」

 

 店主の問に真面目に返し、そのまま手にした刀を鞘毎抜く妖夢。

 てっきりこのまま辻斬りの再来も見られるかとおもったが、どうやらそうではないらしい。手にした短い方をカウンターに置くと、これを代わりに預けますと話し始めた。

 

「我が家に伝わる家宝です」

「白楼剣、人の迷いを断ち切る刀か。確かに宝物のようだね‥‥わかった、その条件で譲ってもいい。でも、それでいいのかい?」

 

「はい! 戻って、幽々子様に全部話して……すぐに買い戻しに来ますから!」

「僕が誰かに売る可能性を考えたりは――」

「そうなったらまた別の方法で、買っていった相手から取り返します!」

 

 ちょっと前とは打って変わって、勢い良く言葉を被せて返す剣客少女。

 さぁと両手を付き出して、奥のランタンに向かい手を伸ばす。店主が条件を飲んだのだから交渉は既に纏まった、ならばさっさとそれを寄越せといつぞやの異変で見せたような、勢いだけに任せた姿を魅せつけてくれる。顔の方もイキイキしたような、これ以上の問答は無用だって雰囲気を浮かべている。

 そんな少女の後ろに立ち、店主にきちんと見えるような位置で笑ってやると、あたしと妖夢を見比べて動き始めた動かない古道具屋。ゴソゴソ態とらしい物音を立て目当ての物‥‥と、カウンターに置かれた一振りを少女の両手それぞれに渡していた。なんでと傾ぐ少女に向かい、これを預かっても僕じゃ扱えないから意味がない、それに人魂灯を置いたままにしても面倒なお客が通い詰める事になってしまうから処分するのだと、それらしいことを言ってきた。

 前半は妖夢に向かって、後半はその後ろの誰かさんに向かって話したようだが半人半霊の後頭部には目はない、というかそれどころではないのだろう。どうにか取り戻せた事が嬉しいらしく、少しはしゃいでからあたし達に感謝を述べて、それからすぐに出て行っていまったからな。

 言い切って動き始めた少女の背を見つつ、ありがとうを言うのなら森近さんにだけでいいはず、そうも思ったがここは素直に受け入れた。きっと伝わらないだろうと思っていた部分、幽々子に話さずどうにかして失くした事を『濁す』というのにもあの子が気が付いて、それに対しての礼だと思う事にしておいた。

 

――チリンチリン――

 短く開きすぐに閉じた店舗の扉を眺め見送ると、やっとあたしの番となる。

 

「商品減っちゃったわね」

「君のせいでね」

 

「あら、人聞きの悪い。更に慎ましくなって良かったじゃない、そもそも最初から返すつもりだったのだから、人のせいにしないでほしいわ」

「ん? 何故そう考えるんだい?」

 

「店に入ってすぐ『霊』が増えたと言ったわ『客』ではなくね。であればあたし達を売り買いする相手ではないと、最初から商売相手としては見ていなかったのかなって」

「確かにそう口にはしたが――」

「それなら、最後には拾った物を持ち主に返すだけで済ませようとするんじゃないかなって、そう思っただけよ。正解? 正解でしょ?」

 

「君は、本当に‥‥」 

「本当になに? 気が利いてイイ女でしょ?」

 

「……で、君は何をしに来たのかな? うちの商品を減らしに来ただけなら帰ってくれ」

 

 なんとなくそうかなと感じた事を伝えると、何かを言いかけて黙る美丈夫。

 その姿を眺め、先のようなやり取りよりもやはり寡黙な姿が似合いだと感じつつ、自分の機転の良さも売りつけていく。けれどそこは肯定されず今日の来訪理由を嫌味混じりに聞いてくるだけだった。まぁいいさ、否定されなかったのだからイイ女ではあるのだろう、商売以外では口数の少ない男だ、きっと言わなかっただけだ、と、そう思い込み要件を見せる。

 

「今日はお仕事の依頼、ちょっと調べ物をお願いしたいの。早速だけどコレ、なんだかわかる?」

 

 コトン、カウンターの上に置いてみる。

 雑に置いたのは持ち込んだ四角形、片手で丁度収まるサイズのちょっとした寄木細工が目立つ箱。袖から出した瞬間から血の匂いが漂って鼻につくがそれは森近さんにも伝わるようで、軽く目を細めながらあたしと箱に視線を流す。

 

「森近さんの能力ならコレが何なのかわかると思ったんだけど」

「当然、見えているよ」

 

「で、何?」

「見えているが教えるかは別だよ、迷惑な客相手に話す口はないんだ」

 

「それでも教えて欲しいの。銭なら言い値を出すわ、足りないなら身体で払ってもいい。お願い出来ない?」

「随分拘るね‥‥どうしても知りたいならさっきの流れを真似たらいいんじゃないかい?」

 

 依頼人としてお願いする立場だから下手にでているというに、素直にうんとは言ってくれない店主で困る。これはあれか、珍しくこの男が拗ねているのか。これはこれは珍しい姿を見られたものだ、抽象的な意味合いでも表情的な意味合いでもあんまり動かない事で有名な古道具屋の心を損ねてやる事が出来たのだ、ちょっとした遊びに乗っただけでこうなるとは、狸として非常に楽しい。

 が、このままでは心から困ってしまう。何をどう言えば機嫌を戻してくれるのか、暫し考え思いつく。あたしの事を迷惑な客だと言ったな、ならばまだお客様ごっこは続いているという事か。うむきっとそうだ、実際はあのごっこ遊びすらなかった事なのかもしれないがあたしがそう思えたからそれでいい、そこから引っ掛けよう。

 

「拘る理由がちょっとね、色々あるのよ。力尽くなんてのはあたしの柄じゃないわ、それにまだ終わってはいないんでしょ?」

「何の事かな?」

 

「さっきの、お客様ごっこよ。あたしも飽いたしお終いにしてあげてもいいんだけど‥‥森近さんから遊びに付き合わせておいて旗色が悪くなったら打ち捨てるとかいくらなんでもヒドイんじゃない? 男が廃るわよ?」

「ズケズケと言ってくれるね。それでも確かに利用はさせてもらったのか、僕の思う結果とはならなかったけれどね……今『は』叱ってもらえないと、そう言ったね。もしやそこに繋がる事なのかな?」

 

「そういう事よ、これでも切羽詰まってるの」

「焦っているようには見えないが、君にしては正直に話していると思えるね」

 

「あたしの事はいいのよ、返答は?」

 

 話しながら立ち位置を変える。

 いつの間にかカウンターから離れ、愛用の揺り椅子に腰掛けている店主に近寄るようにこちらかカウンターへ向かい、両肘ついて身を乗り出す。それほど高さのあるカウンターではないから身を乗り出しても足は届く、けれどここは敢えて足をパタパタ、尻尾も揺々して見せて色好い返事が来るように姿で強請ってみる。

 相手はあのスキマじゃないんだ、こうしたところで求める答えを得られるとは思っていない。けれど一度はスキマな店だと思ってしまった節もあるから、今はあのスキマ妖怪に見せるような甘えた姿をしてみせた。

 

「ハァ……この箱は『コトリバコ』と呼ばれる物のようだね」

 

 聞こえた小さなため息からダメか、と、そう考える間を置いて答えを教えてくれる。

 つれない男だがやはり美男子、女を焦らすくらいの事は出来るらしい。

 しかしコトリバコとはなんぞや?

 聞き覚えがまるでなくて、どういった物なのか全くわからん。から聞こう。

 

「コトリバコ? 聞かないわね、というかようだねってなによ、はっきりわかるんじゃないの? 」

「この短時間で考察し話せと? 僕に見えるのは名称と用途だけだよ。その部分についてはハッキリわかるが、今初めて目にした物について確信を持って語れる程わかるわけじゃない。それに、僕の考えを話したところで今の君は信用しないだろう? 聞くが‥‥これを何処で手に入れたんだい?」

 

 確かにこの男の持ちうる能力はそんな感じだったな、あの古本屋の店主が黒白に連れられて訪れた時には、知らない物の事を詳しく話してくれて本当に博識で驚いたなんて言っていたらしいが、実際は物の名前と用途からこういった物だろうと推察した結果を述べている事が多いのだから。

 などとあたしもわかったような口を聞いているが後半は黒白の受け売りだ、訪れる頻度こそ多いがそういった深い部分まで語らう事はないし、深い付き合い方をしている魔理沙がそういうのだから実際にそうなのだろう。でも少し驚いたな、森近さんにしてはあたしの事をよく知っている‥‥が、前にも暑さに弱かったねなんて結構知られてていて嬉しがった事があったし、気にかける部分ではないか。

 そうやってちょっと前を思い出していると、強くなった視線に惹かれる。そうだな、こちらから問いかけた話だしあちらさんの質問にも答えんと話が進まないものな。

 

「それも当然ね、今回は自分で考えるからそっちは問題無いわ。拾った場所は確か、無縁塚だと聞いているけど‥‥つまりは外の物なのね」

「そう、これは外の物だ。外の世界の人間が作った、いや、作ってしまった忌み嫌われる呪いの小箱だよ」

 

 なるほど、外の世界から入ってきた物だったか。

 そして見た目に反して案外新しいものらしいな。忌み嫌われる呪いの小箱というのだ、言いっぷりからすれば何か呪術的な要素が含まれる物で、そういった物であればあたし達化物連中、正確には化狸や狐などの耳に入らない訳がないだろう。どれほど小さな呪いであれどそういった精神面に対する効果があり、人を惑わす物であればその土地の同胞が気にしないわけがないのだ。

 けれどあたしが外の世界にいた頃にこの箱の話を聞いた事はない、似たような物は調べれば出てくるのだろうが、ぱっと見で気が付けないような面白い呪いの箱など、今よりも好奇心旺盛で若かったあたしが耳にしていれば探して回らないはずがないのだ‥‥と、考え事はまた後でにしようか、この話にはまだ続きがあるはずだし、聞き逃すわけにもいかんしな。

 

「作ってしまったってどういう‥‥いえ、それはいいわ、呪いの小箱ってどういった用途に使うものなのよ」

「使用法は呪い殺したい相手がいる家に置くだけ、それだけさ。簡単だろう?」

 

「簡単ね、本当にそれだけで殺せる‥‥のか、だからあぁなったのね、これって人間以外にも効果があるものなのかしら?」

「効果範囲まではわからない、けれど『その家の者を殺す物』という用途なのは確実だね」

 

 ふむ、そこまではわからないか。

 まぁいい、実際苦しんだ者がいるのだし今は妖怪にも効くと思っておこう。

 名前と用途がわかっただけでも結構な進歩だしそれで十分のはずだが、なんだ、随分とお手軽な呪いもあったもんだな。家に置いておくだけで仕留められるとか、あたしが知る物の中でもかなり簡単というか単純明快な呪いだ、他者を呪って丑の刻に人形打ち付けたり、頑張って巫蠱鍛えたり八十八ヶ所のお寺さんを逆周りで巡礼したりと、恨んで殺そうと躍起になっていた人間達が聞いたら涙目だな。

 と、人間の事なんぞ考える事もないか、考えるべきは別の者達についてだ。それでもそのうちの二人は確実に安心だと言い切れるから考える必要もなくなってしまったが『その家の者を殺す物』と森近さんが言うのだ、それなら九十九姉妹はもう呪いの効果範囲にはいないはずだ。持ち込んできた時こそ不調を訴えていたがあれはきっと我が家に来る前に輝針城にでも寄ってきたから反応したのだろう。けれど輝針城は本来姉妹の住まいではない、あっちの小人姫の住まいだ。言うなら仮住まいで呪が発動するには中途半端、だからこそ腹痛程度で済んだのだろう。

 となると雷鼓にもおかしな面があるように思える‥‥が、今はそこは捨て置こう、長くなりそうな謎解きよりも対処法を探る方が先だ。

 

 そうして出来た次なる指針。無事に取っ掛かりが出来てそれに向かい頭を回していると、珍しい事を言われ思考を止められる。

 

「‥‥大丈夫なのかい?」

「あたしなら大丈夫よ、あっちも、腕のたつ薬師に預けてきたから大丈夫」

 

「そうかい、それならいいんだけどね」

「心配してくれるなんて珍しいわね、優しい男は好みだし本当に身体で払っていくべき?」

 

「そうだね、払ってくれるならお願いしようか」

「あら、拒否しないのね? 本気にしろって事?」

 

 嘘から出た誠じゃないが、まさかこの朴念仁が乗ってくるとは。言ったあたしが言うのもなんだが、思いもよらなかった誘いなど言うんじゃなかったと、そう思う一途な心九割、この男に抱かれるのならいいかなと感じる乙女心一割くらいにあたしの内心が音なく揺れる。

 そんな心情が見えているのか、今のあたしの用途が見えているような、そんな値踏みするような目付きで見つめてくれる古道具屋のキュリオスフェロー。視線を寄越してくれるならもう少し情緒のあるものがいい、頭になかった流れを前に少し気恥ずかしくなった気もするが、それでも自分から持ち掛けた事だし、それならと、踵を返し背を向けて、肩口をしゅるっと下げる。

 脱ぐ最中にも覚える気恥ずかしさにやられるが、ここで引いては女が廃る‥‥と、両肩さらけ出してもう少しで着物が落ちるか落ちないか、少し動けば開けて背中が見えるかなって頃合いに口を開く優男。落ち着いた声色で、何をしてるんだい、とあたしの後頭部に投げかけてきた。雰囲気から今後何を言ってくるのかわからなくもないが、言うならもうちょっと早く言ってきてくれ、手を出されていないのに穢されたような、惨めな気分になるから。

 

「払えといっても代金代わりに一つ働いてもらいたいと言ったまでだよ、そういった事を求めてはいないからやめてくれ」

「まぁ……そうよね、森近さんだし。で、何してほしいのよ?」

 

「君は以前に外の世界に出られると言っていたね、出来れば、なんでもいいからあちらの物を仕入れてきてくれないか」   

「そんな事でいいの? 内緒にしてくれるなら本気で腰振ってもいいのよ?」

 

「クドいね、そういった相手が大変だからといって僕で紛らわせないでくれないか……物は君に一任するから先の条件でお願いするよ」

「その気もそのつもりも毛ほどしかなかったけど、今の言いっぷりで完全に冷めるわね‥‥後半もわかったわ、あちらに行く事があれば何か持って帰ってきてあげる。これも確実に、ね」

 

「期待はしないが頼んだよ。あ、それともう一つ。ソレをどうにかしようと考えているのなら店から離れた場所で頼むよ、何がどうなるのかわかったものじゃないからね」

 

 すっぱり言い切っていつもの姿、読書の世界に落ちていってしまう森近さん。

 ソレと話した一瞬だけカウンターの木箱を見たが、その後は何事もなさそうな、僕には関係ないと姿で見せるように手元の小説から目を離さなくなった。

 そうだね、わかってはいたがやっぱりその気はなかったか。少しだけ、本当に僅かにだけ期待した心と同じくあたしの肩から白の着物がずり落ちかけるが、落ち切る前にそっと抑え、直した。

 その気のない男に肢体を魅せつける趣味などない、話しながらいつも以上にきっちり襟元を締めて、わざとらしく布の擦れる音を立て帯も締め直してみたが、そんな釣り餌も一向に気にされず店主は手元の本に夢中なままだ。ちょっと色のある話になったかと思えば、結局色気のない話で終わってしまって、完全に脱ぎ損だがまぁいい、本来知りたかった部分については十二分な程に実入りがあったのだからヨシとしよう‥‥それでも少し悔しいから、読み違えた失敗はあたしが一人でやらかしたものだとは思わず、先に店を出たあの子を真似ての事、狙っての自業自得だという事にしておく。でないと本当に惨めなままになってしまうから。

 


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