東方狸囃子   作:ほりごたつ

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EX その55 空喧嘩

 珍しく全力で飛行。

 身を刺す空気を裂きながら、振り返れない背中側を気にしながら。

 最近目につくようになり同時に数が増えてきた丸っこいナニカを避けつつ、偶に高度を下げて煙る湖面ギリギリを飛んでみたり、急上昇して雲を抜いてみたりと、忙しない移動をしている。

 いつもは歩いてばかりで普段飛ばないから忙しいのか、だらけた自分を知る者にはそう感じられるかもしれないが、飛べる輩が幻想郷で飛ぶなんてのは移動手段の一つであって、それほど忙しくなるような事でもない。はずなのだけれど今ばかりはわけが違う。

 そりゃあそうか、今は本気を出して飛んでいる最中なのだから。

 

 出足から慌ただしく飛ぶのは何故か、そう聞かれれば追われているからと答えよう。

 ではなぜ追われているのか、そう問われたとしても残念ながら答えることは出来そうにない。なんでかって、それは追われるあたしにも理由がわかってないからだ。理由はわからないが綺麗で激しい弾幕があたしを襲っている、現在の立場を一言で表すならこんなところだろう。

 

 背後から流れてくるお星様やレーザー、あたしを落とそうと放たれるソレらを避けるように錐揉みしてみたり、時には逸らしてみたりして、やじろべえにでもなったつもりで翻りつつ宙を舞う。

 なんというか、こんな風に本気を出して飛ぶなどいつ以来になるのか?

 大昔を思えばそう、あたしを殺めてくれた子鬼っ娘から逃げ回っている間もこうやって飛び回っていたけれど、幻想郷に居を移してからは‥‥ちょっと前にもあるにはあったか、あの愛くるしい天邪鬼が逃げ回っていた頃だ、先に出てきたロリ鬼に地底で追われた少し後にこうしてまっすぐ飛んだ覚えがある。

 あの時は確か、読みの当否を見極めるために地底へ向かっていて、ついでに連れていた天狗記者のカメラに大事な太鼓の血濡れ姿が写り込んでからすぐだったような……うん、これはいいな。思い出す事は容易、あの写真を見てどう感じ、自分でどう動いたかって事も鮮明に思い出せるが、語れば恥ずかしくなる事この上ないからやめておこう。過ぎた事を語っても実りはない、それなら今現在の事を案じた方が建設的に思えるしな。

 

 で、今はといえば何でまたこんな話を思い出す事になったんだ?

 何かを取っ掛かりにしてそこから平常運転で考えが逸れていったと、そこまでは思い出せるのだけど、あいも変わらず逸れ放題ブレ放題の頭ではこうなった大元を思い出すには至れない。

 そもそも何故に全力で飛んでいるのだっけか‥‥うん、全力で話の筋が逸れた気がする、これは本格的に出てこないな。出し慣れていない本気なんて出したから別の方、記憶力の方が普段以上に怠けているのかね。怠け癖の強いあたしだ、その可能性も否定しきれんがこんな場合はあれだ、こうなってしまう前の事から思い出していくと案外するっと出てくるものだ。そんなわけで、また他に気が逸れてしまう前にちょろっと朝からの動きを回想する。

 

 朝はそうだな、何事もなく目覚めたな。ちょっと前から振り積もった白いのが屋根の傾斜に耐え切れず、雪(しず)りとなって落ちた音で目を覚ましたんだ。お目々を開けばたわわな胸元で丸くなっていたのが今朝で、それからは特に何も考えず、強めに抱かれた尾を雷鼓の谷間から抜いて、抱枕ならぬ挟まれ毛玉からいつもの人型に戻ったのだった。

 尾を抜く途中にくすぐったかったのか、あたしを抱いてた奴が一瞬声を漏らし縮めた身体を伸ばしてうつ伏せになっていたけれど、その声が少し甘く聞こえたのと伏せても横から溢れて見えるたわわなやつが誘ってくれているように思えてしまって、これは朝から昨晩の続きをしてもいいかな‥‥なんて事も考えなくもなかったが、それは出来ずにいたのだった。昨晩の色事が済んでから遊びに来て、そのまま泊まっていった九十九姉妹さえいなければ今度はあたしが指やら舌を這わせたのに、惜しかった。

 力強い太鼓様に鳴らされて高まりが収まった頃に丁度遊びに来た姉妹、タイミングが良すぎる頃合いに来た二人だったが、あれは時を伺っていてくれたのかね。だとすればコチラも惜しい事をした、前のお遊戯じゃこちらが攻めていたつもりだったがいつの間にか逆転し、あたしのほうが雷鼓の背に爪を立てる事になったのだし、ソレを聞かれていたと確信出来ればお小遣いを強請(ねだ)ることが出来たのに。

 

 それから目覚めてひとっ風呂浴びて軽い朝餉を済ませた後、楽器連中は先ほど後頭部の辺りを流れていった逆さのお城辺りに向かったはずだ。練習やらのいつもの音楽活動で向かったのかと最初は思ったが、どうやら何時ぞや語っていた理想の楽園創りの為に行ったらしい。

 ん? そういや聞いてもいないのに何故あたしは知っているんだろうか?

 情事の最中に漏れた、いやいや、そんな色のない事を言わせる余裕は与えていないし‥‥

 ま、いいか。今はそれどころではない。

 ともかくあいつらとは我が家で別れた。あのまま雷鼓達についていってお邪魔しても良かったのだけれど、肩甲骨や肩に薄く残された爪の跡から、血とか着物に滲まないかなと気にして着替えに手間取っている間に置いて行かれて、あたし一人は残された。

 ちょっとさみしく思えるが、あれは姉妹が来ても着替えを渡さないなんて悪戯したあたしに対する雷鼓からの仕返しだったんだろうな、おかげで意趣返しを笑える朝になったからあたしはヨシとしているが。

 

 で、その後はいつもの通り。やる事もないから今日も暇潰しに人里に行って、昨今噂の都市伝説とやらを見物したのだった。人間が出す生ごみを漁る卑屈な妖怪を探してみたり、里から出てすぐ辺りで物売りをしているって老婆の元を伺ってみたり、後は寺子屋の厠で出るらしい素敵な小女を覗きに行ったりしてみた‥‥のだが、どいつもこいつも姿は拝めなくて早々に飽いて、噂は所詮噂なのだと切り上げた。

 他の、見上げるほどの大女がいるらしい妖怪寺や、自然に燃え上がってしまう人間って話も聞くには聞いたが、こちらは流行りのオカルトなんて超常めいた現象ではなくて、寺のでかい女は大きな雲を連れた尼さんだったし、燃え上がる人間ってのも竹林のご近所さんだったから改めて驚く事もなかったのだがな。それからは、流行りなんてこんなもの、何時の世でも内情は存外わかりやすいものを不思議がるもんだと、テキトーに見切りを付けて里を離れた。

 そうして一気に興味が逸れて、その後はあの古道具屋へ種銭作りにネタを売りに行って、丁度出くわしたのが持ち込んだらしいた甘味を摘み、店主の湯のみからお茶を盗み飲みしてと‥‥里のカフェーでも見たが流行ってるのか、あのお菓子。通りで見た年頃の女の子も持って歩いていたが、黒白もあんな流行りに乗るんだな。

 

 考え始めるとダラダラ浮かんでくる今までの動き、それを脳裏で流していると、日中にはあまり見られないお星様が視界に浮かび、脳内世界から現実世界へと引き戻してくれる。

 後方から飛んできて、横やら下やら上やらと四方八方に流れ散っていくお星様。今時分が夜中なら綺麗な流れ星として眺めるのも乙だと感じるが‥‥そうだった、あたしはこれから逃げていたのだった。こちらを狙う解決少女を忘れるなど案外余裕があるな、あたしも。

 

「おい、いい加減こっち向けっての!」

 

 吐く息流して飛ぶ最中。尾先から雲引いて。視界に入るポワッとした丸いのを仕切るように、冬場の蒼い空に一本の白線通して進むあたしの背中にぶつけられる声。

 聞こえるのは耳に痛いほどの声量で叫ぶ黒白の声だ。見た目の雰囲気に似合った少女らしい高めの声があたしの鼓膜を揺らしてくれる。

 

「待てと言われて待つのは聞く耳持ってるやつだけよ」

 

 愛らしい獣耳跳ねさせ、そのまま振り返らずに言い切って更に速度を上げてみる。

 けれどそうしたところで無駄だろう、余計な事に思考を逸らしていたせいか逃げ始めた時よりも随分距離を縮められたらしい。

 吐き捨てたつもりでいた軽やかなお口の返事はすぐに拾われ返ってきた。

 

「アヤメから喧嘩ふっかけてきたんだぜ!?」

 

 先程よりも近く、大きく聞こえる少女の声。

 あたしから売ったって言い草には覚えがないから聞き流すとして、喧嘩とはドコにかかってくるのだろうか。喧嘩ってのは互いに殴りあったり罵り合ったりする場合に言うのであって、今のようなあたしには覚えがないって場合には成り立たないように思える。

 それでも魔理沙は喧嘩だと言うしあちらからすればあたしが喧嘩を売ったって話だ、なんだろうかねこの意見の食い違いは。

 

「そんなはずないわね、ふっかけていたら今頃魔理沙は素寒貧になってるはずだわ」

 

 売り言葉に軽く返し、流れで身ぐるみ剥がされ丸裸な黒白を妄想してみるが、ちょっと揉んだりする程度で舌を這わせるところまでは思い至れずに終わった。きっと好みの問題だろうな、あたしの好みはもっとこう実った相手、齧って甘みに溢れそうなのが好みだ。人間少女の中でも特にちびっ子、もとい青い果実な魔理沙ちゃんでは収穫する気になりゃしない。

 

「どういう意‥‥お前、もうちょっと真面目に返せよ」

 

 はよ熟れろ、でも散るな。そんな目で見つめ返すと髪色に似た声色が飛んで来る飛んでくる、卑猥な目付きだのエロ狸だのなんだのと弾幕より多いんじゃないかってほどだ。まぁ、そのおかげで妄想の世界から帰ってこれたようだし、小さく感謝しそれも含めて言い返そう。

 

「真面目にあたしらしくしてるじゃない」

「私が言ってるのはそういう事じゃない」

 

「ならどうだってのよ、相手もしてるし十分でしょ? あたしに突っかかるくらい暇なら本でも盗みに行ったら?」

「失礼な奴だな、何度でも言うが私は死ぬまで借りてるだけだ」

 

「それなら今日も失敬しに行くか、また箒木(ははきぎ)でも探しに行くか、妖怪神社にでも顔を出せばいいのよ」

「だから盗んじゃ――神社には行った後なんだよ。霊夢もいなかったし、雪だるまの展示会があっただけでつまらなかったのさ。暇だとわかってる場所に行くくらいならアヤメで暇を潰したほうが有意義だぜ」

 

「ふぅん、霊夢がお出かけ、それに暇潰しねぇ」

「その言い方、なんか引っ掛かるな」

 

「いやね、あたしよりも楽しめる暇潰しが回りで浮いてる気がするのに動かないんだなって。放っておいていいの?」

 

 なんの事か、そう問われる前にコチラから誘導していく。

 帯に差した煙管を抜いてあちこち浮かぶ丸いものを指す、正確な時期はわからんがいつからか現れ始めた丸いもの。見る人によっては無為の好奇と深秘で満ちているんだとか、夢を元にした魂で幽霊の一種なんだって話だが、どれも信憑性に欠ける気がしていまいち信用しきれていない、寧ろ幽霊の一種ってのは嘘だと思っている。偉そうにこれを語ってくれたお人も結構な嘘つき、おっと秘密があるようだし、あたしから見ても身内の一種とは感じられないからな。

 それでも話せりゃ身内に思えるか?

 そんな事を考え周囲を見やる。が、丸いナニカよりも綺麗なお星様のが数が多くて、そういや話し相手がいたと気がつけた。思い直して少女を見返す、けれどあちらも回りが気になってはいるらしい、あたしが行かずに済んだ脳内世界へ旅立った魔法使いが追撃から逸れ、離れていく。

 

「ねぇ? 魔理沙?」

「おっと、なんだ?」

 

「気になってるなら調べに出たら? というか何か用事があって追いかけてきてたんじゃないの? 森近さんのところに行ったのも――」

「! それだ! それが喧嘩を売ってるって言ってるんだよ! あぁもう忘れてた! 売ったんなら代金受取るもんだろ!?」 

 

 気持ち大きめの声で少し前のくだりをからかい呼び戻す、するとまたも聞こえ始める売り文句。

 呆けたと思えば荒々しい雰囲気に一変してくれて、少女らしく移り変わりが激しいな。

 若い身空でアッチにいきっぱなしはある意味辛かろうと、少し落ち着いてもらうつもりで普段の魔理沙がしてそうな事を言ってみたが、そのせいで思い出したのか輪をかけて煩くなり、少女の声は怒声に近くなってしまった。

 帽子被って蒸れるからカッカしやすいのかね、いや、最後の一言が余計だったのか。つれない店主に流行りのチョコレートを食わせるつもりが後で頂くと流されて、代わりにあたしに食われた事を思い出したようだ。気を逸らしていたつもりだがコチラから話をぶり返したのだから気が付かれても当然だが‥‥一粒つまんだくらいでここまで、割りと本気めな弾幕ばらまいてくれなくてもいいだろうに。

 まぁいいか、あちらが本気だというのならあたしも本腰入れて構ってみるかね。商品渡した覚えはないがこれ以上頭に血を上らせてはあの長い金髪が天を仰ぐ事になりそうで、そうなったら確実に笑ってしまう、さすれば殊更面倒になる事必然であろう。

 ならばと少し速度を緩めてみる。対空するのと変わらない速度になるとすぐに見えた箒の柄、次いで黒白少女の横顔と背中。脇を過ぎていく間際に眼と眼が合って睨まれるが、ウインクで見返すと変な顔をされた。今の今まで煽ってくれていたわりに見せるのは八の字眉、いきなり速度を下げたのが解せないんだろうが、そんな顔するなよ、待ってやったのだからどうせならもうちょっと甘えた顔を見せてほしい。

 

「いきなり止まるなよ!」

「注文が多いわ、あんまり増やすと本当に代金貰うわよ?」

 

「お、ようやくやる気になったのか! そうだよな、商売人なら売り逃げなんてしないもんな」

「あたしは売るんじゃなくて貸し付けるだけよ、というか売った覚えもないんだけど?」

 

「そうか、まぁなんでもいいさ。自分から止まったんだ、やられる覚悟が出来たって事だろ!」

 

 なんでもいいとは随分ぞんざいな扱いだ、こちとら気にして相手してやる事にしたのに。甘い顔を見せろと念じもしたのに、言ってくるのは辛口で困る、どうにかちょろまかして回避出来ればと思ったがこれでは付き合わざるを得ない、か。

 それならいい、今日は本気でいたのだし、偶には本気で遊んでみよう。

 

~少女起動中~ 

 

 対面すると始まるお約束、まずは基本のところから。

 とはいっても既に通常弾はさんざん撃たれているから、今回は勝負の動きも早そうだ。そんな余計な事を案じていると奔ってくる光線、魔理沙得意のレーザー。

 両脇に配したよく知らん光、魔道具の一種か?

 ソレから発せられるのも、本体からばらまかれるのも今回は青白いのを選んだらしい。

 眼下に見える霧の湖でも見て懐かしんだのか、それとも別の狙いがあるのか。わかりゃしないがこれは捌く。煙管咥えて煙を巻いて、周囲に濃い目の煙幕を張りコチラに向かう二本の白線を受けきる。ついでに、合間にぶつけられる尖った魔針も軽く防いで嫌らしく笑ってやる。

 

「げ、お前ってこんなにタフだったか!?」

「真面目に相手して欲しいんでしょ、だから真面目に受けてやったまでよ」

 

 いつもはそこらのやられ役、そのくらいでしかないあたし。そんな奴が堂々と受けきったからか結構な驚きがあったらしい、撃つ数減らして口数増やす対戦相手。

 弾浴びてやるだけで驚きを提供できて重畳だがなんだろう、あたし自身でも感じるが今日はやたらと余裕があるな。ちょっと前にも覚えたが弾幕勝負の渦中でベテラン魔理沙相手に感じるとは尚面白いな。これは場所の恩恵を受けているんだろうね、日中の霧の湖なんて霧の怪異の為のステージだと言い切ってもいいと思えるもの、我ながらいいところで喧嘩を買ったものだ。

 調子の良さに微笑んで、余裕をシャクシャク味わっていると飛んで来る追加弾。牽制程度の流星群が眼前に広がりを見せる、ソレらに向かってあたしもオプションを現し宛がう。食えば甘そうなお星様を青と黄色の妖気レーザーで打ち抜き適度に裁く。

 うむ、今日の調子からみるにあたしから派手にはっちゃけてもいいとこまでやれそうだが、もうちょい受けてみるか。雰囲気からはここらで一幕って感じだろうし、普段より固いあたしを見て楽しげに笑う相手の手元が輝き始めた、このまま待てば何か見せてくれそうな気配だ。

 

「ホント、今日はやたら固いなお前、普段どんだけ手を抜いてるんだ?」

「失礼ね、普段はあれでそれなりなのよ。今日は期間限定というか、地域限定で調子がいいの」

 

「地域って、水場は苦手だって言ってなかったか?」

「苦手なままよ? 別の方で得意分野があるって事よ、知りたきゃ霊夢にでも聞いてちょうだい」

 

「霊夢? 何であいつが出てくるんだよ!」

「多分答えを知ってるからよ。何? 何か気に障った?」

 

 一幕終えてのガールズトーク、というの名の探りあい。

 争う中で話しかけてくるなんてどうかと思うがあちらからすれば時間稼ぎだろうね、語らう間にも光る八卦炉両手に抱えて何か込めるような仕草のままだ、魔力を練るとか集めるとか、そんな作業時間を作ってるんだろう。それならそれにのってやる、気合を入れて何かをすると見せてくれているのだ、期待しないわけがない。

 それでも見ているだけじゃつまらんし、ここは一つ善きライバル(博麗霊夢)の名を出して煽ってみる。なんでもないただの思いつき、この場で競う相手の名が出されれば嫌でも火が付くか。そんな読みでつついて見たが存外効果があったようだ、可愛いお顔に小癪さが篭った気がする。

 これは、そろそろか?

 よし、問うてみよう。

 

「いい顔して、楽しそうね」

「楽しいぜ? 減らず口ばっかりのお前を撃ち抜いてやれるからな!」

 

 言うだけ言って準備は完了、そんな動きで魔理沙が飛び上がる。

 そうやって高度を上げた手合を見つめて一服、おかわりの煙を纏い見上げると、やる気に満ち満ちた少女の顔が遠く小さくなっていく。本当にこの子ってば弾幕ごっこが好きだな、年頃の女子ならもっとお洒落とか別の物に‥‥は気を使ってるか、相方の紅白は年中通して脇晒しっぱなしで見た目に変化が少ないけれど、この子は結構お洒落さんだったな。

 今日着ている物も、上着はいつも着込んでいる装束よりも黒が多目の何処ぞの聖人が来たら似合いそうなやつ、ライダースジャケットと言うんだったかね、ソレに袖を通してシュッとして見えるし。遠のいていった足元も普段使いよりも底が厚くて、見た目から今日はちょっとだけ背伸びしてますってな様相の魔法使いさんだ。黒七割白三割という色合いでいた黒白とは言い難いが、いつもこれくらいの割合だしそこはいいか。

 そうやって可愛いモノトーンを見ているとあちらさんに動きが見えた。

 煽っただけでそれ以上がない、そこに焦れたのか勢い良くすっ飛んでいく。

 本人のやる気よろしく体も高々上げて、遠くの方で薄い胸元を弄る魔理沙。

 愛用の箒に器用に立って、それから見えるはチラ見えカード。

 

 そのまま遠くで構える素振り。

 こいつの実家じゃ押し売りはしてなかったはずだが、娘は気にせず押し切って売りつける事もするらしい。見方によってはあそこの旦那よりも娘のほうが商魂たくましく思えるな‥‥なんて余裕もそろそろなさそうか。魔理沙の手元が輝きすぎて随分眩しくなってきた、これからぶっ放されるのは‥‥一瞬見えたカードの絵柄は確か――

 過去味わったスペルを思いどれが来るかと当たりをつけるが、答えが出るよりも先に本人から答えが届けられた。両手を大きく振りかぶっての一投、高く飛ぶ魔法使いの手元よりごん太の彩虹が降り注ぐ。

 

「これはまた、派手なの見せてくれちゃって」

 

 大気を震わせ突き進んでくる魔の波動。

 轟音と共に迸るソレは天と地を繋ぐ斜めの大黒柱と言ってもいいくらい。

 なんだっけ、これは確か星符‥‥実りやすいなんとか‥‥いや、ドラゴンなんちゃらだっけか、多分そんな名前のスペルだったはず。放つ角度が違うだけでいつもの魔砲とそれほどの違いがないように見えるが、チラ見え出来たスペルカードの絵柄はごん太の七色縦棒って感じだったし、きっとソレだ。

 ぼんやり思い出すと同時、轟く魔砲が眼前すれすれを抉るように奔る。が、軽く後退するだけで難なく脇を抜けることが出来た。魔理沙の放つスペルにしては手緩い気がしなくもないが、自身の著書でもこのレーザーは当てるのが難しいって書いていた気がするし、避けるのも楽なものだ。

 

「さらっと避けるなよ! 傷つくぜ!」

「ならもうちょっと当てやすいのにしたら?」

 

 傷つくなんぞと言うわりに悔しさは感じられない、顔の方も楽しげに、小生意気な笑顔をみせたままでいる魔理沙。嫌味を含めた軽いお釣りを返してみてもその顔色は変わらなかった。

 相手に当たらず外れたスペルを小馬鹿にされても楽しそうだってのはいいな、あの子の書いたグリモワールにある通り、負けても気持ち良ければ勝ち。これはお遊びで、遊びは楽しませてくれる物じゃあない、自分で楽しむ物だって言い分をきっちり魅せつけてくれているようで、素晴らしい。

 偶には本気で付き合ってみる、と、そんな言い方はあまりに無粋か。あたしも楽しんでいるんだ付き合うではなく争うと、真面目に考えて人間と争ってみよう。

 

 本腰と共に気も入れて、次は何か、暫し待つがどうにも動かぬ魔法使い。

 軽く飛んで箒に座り直すと小さなお手々の指を折る。

 なるほど次はこっちのを見せろって事かい。それならあたしも楽しもう、煙管を吸って吐き出して、漂う煙に右手を突っ込む。そこから一枚取り出す仕草、現したるは灰色がかるスペルカード。

 あんな紙っぺらなんぞ基本持ち歩かないからこれは急ごしらえで本来より僅かにくすんだ色のカードだが、これでも十分使えるし効果的だろうさ、本懐は中身だ。相手のスペルを見るというのも楽しみだが、自分のスペルを魅せられるってのも楽しむ範疇にあるはずなのだから。

 

 どんなのを見せてくれるんだ?

 見下ろしてくれる顔に書かれた文句に向かって右手を突きつける。

 裏返しのスペルカード、そいつをピラッと捲って絵柄を見せるとちょっと驚く顔を見せてくれた。その顔は実物見るまで取っておけ、その方があたしが楽しめる。

 

 右手に集めた熱視線、その熱を取り込むように左の煙管をくるくる回す。

 そのまま身体の中央にもってきて、回しながら筒先に狸火を灯した。回る炎の軌跡はさながらまぁるい魔法陣ってところか、込められるものはあたしの妖気で魔じゃないがそこはソレとて。回す速度を上げていくと風切音がキンと鳴る、まるで誰かのチャージ音も盗んだかのように、高い音が周囲に漏れる。

 後は照準用のガイドレーザーを標的、盗んでばかりで盗られる事になれてなさそうな盗人に向けて合わせれば準備万端だが‥‥素直に止まってくれる相手ではないので、コレでもかとオプション増やして手数をばらまく。赤の機雷と青・黄のレーザー、あたしの通常弾で少しずつ追い込んで夢魂の密集する空へと追いやった。

 ここまでやれば十分で、こうまで溜めれば十二分。

 ついでにあの子にも十割気が付いてもらえるだろう。

 片手伸ばして方陣構え、これからあたしが放つモノ、それは誰かさんのとっておきだ。

 

「覚えのないモノ売りつけられたし、きっちり返してあげるわ」

 

 言葉言い切り照射する。

 白っぽく輝く、というか光らせすぎた妖気光のせいで対面する相手は一瞬で見えなくなった。撃ってみてわかったがよくこれで相手を撃ち落とせるもんだ、最初の狙いなんて飾り以外のなにもんでもないと思える。

 それでも本家のそれらしく細かいことは気にせずに轟砲を垂れ流していく。初弾は化かした甲斐もあり魔理沙の魔力をガリガリ削る摩擦音が聞こえていたが、妖気の灯りが収束した後でも魔法使いは飛んだままだった。さすが持ち主、避けるのも得意だったか。

 

「おいおい、人のを――」

「盗んでないわよ? 魔理沙が落ちるまで借りる事にしただけ」

 

 お披露目の第一声こそお前が言うなってものだったが案外気に入ってくれたらしい。

 聞き取れはしなかったが、真似されるのは地底以来だとか、そんな事を笑う少女の唇が呟いた気がする。地底で真似といえばアレ(さとり)以外はいないだろうし、それならそれっぽくとジットリ見つめて二射目を放つ。

 本人が撃ち放った時と似るように大袈裟に後退して、大きな反動があるよな素振りを見せつつ妖気の波動を放出し続ける。本家よりも軽々しく荒っぽく振り回し、逃げる黒白の的を追いかけるが、流石に早くて捉えきれん。移動に関しては間違いなく紅白より早そうだ、ちっちゃいからからか? かもしれん、あっちのちびっ子人斬りもやたら早いし。

 

 その後も三発四発と放光するも、どれも当たらず不発に終わる。

 避けられ続けたおかげで時も使われ、定めたスペルの時間もそろそろ終わりが近い。垂れ流すあたし自身は調子の良さからまだまだ余裕はあるが本家の模倣なんだから時間の方もそれに習わせる。残り時間からすりゃ撃てて後一発か、そう案じて的を見やると撃たれる方もそう踏んだのか、撃ってこいと華奢な手の平を振ってくれた。

 よし、ノセられたのならノリますか、そうして少しは魅せましょう。

 最後だけちょろっと悪戯かましてね。

 

 次で終い。ソレが分かるように人差し指立て見せつける。

 あちらさんは弾幕ごっこに慣れた相手だ、言わずともわかるのだろうが、これは勝負のお決まりというか見得切りみたいなもんで互いこの一番の締めと見せるだけ、お決まりでも理解するにゃあいいだろう。

 そうやって正面切って〆の妖気を練り上げ放出した。

 見た目派手になるように、一層派手に見えるように波動の周囲を雷帯させて、それでもらしさが出せるよう端にいけば逝くほど色濃くなる、今までで最も極太なレーザーを、狙い絞ってぶっ放した。

 

 やたら煩く、やたら眩しく、やたら太くてやたら早い。

 本家の魔光と比べるならこんな状態になっている妖気の奔流。

 受け流し逃げまわる魔理沙もこれを見て驚いたのかちょっと悔しそうな顔をしてくれたが、実態はそう慌てるようなものではないぞ?

 見た目こそ派手だが本当に『見た目』だけで、奔流の中心部はスカスカで、威力の方もお察し、当たりどころが悪くとも一日休みになるくらいだ。中心部は込めた煙を化かしてそれっぽく見せているが当たり判定すらないパチモンで、最初に狙いをつけた位置から魔理沙が動かなきゃカスリもしない、光線の周りを彩る雷鳴にしか当たり判定のない粗悪スペルなんだから。 

 名付けるならそうだな――模砲『真似されやすいマスタースパーク』って感じか。 

 真似るなら中身まで真似ろよ、手元の光のせいで見えなくなった本家に言えばそう言われそうだが、この辺があたしの遊び心だし魔理沙もどちらかと言えばあの花の魔砲をパクってるんだろうし、気にしないでおこう。

 でだ、あたしの的はどこ行った?

 

 悪くない名付けと言い訳まで考えついた辺りで丁度時間切れとなる。

 本当に、相手に魅せるにゃ派手で綺麗だが自分で使うもんじゃないなこれは。戦う相手を見失いやすいなんて、あたしにゃ扱いきれそうにない。派手で綺麗だがもう使わん、そう納得して頷くと視線の中に収まる黒白。着こむ衣装を更に黒っぽくして、箒の穂先辺りからは少しの黒煙を流して落ちていく。これ……あたしが勝ったのか?

 あのベテラン少女に?

 おぉ、珍しい事もあるもん‥‥って考えている暇はなさそうか、放っておけばあのまま落ちて湖にドボンだ。初勝利して機嫌もいいし、今日は拾ってあげようか。

 

~少女移動中~

 

 どうにか拾えた焦げ付く少女。それでもちょっと遅れてしまい、下半身の腿くらいまで湖に浸かりびしょ濡れとなってしまったが、沈む前に手元に寄せられたから拾えた事にしておこう。

 とっ捕まえる寸前で魔理沙から放たれた夢魂、あれに邪魔されなければ芽吹きかけのちびっ子が濡れるなんてはしたない状態にならず済んだのだけれど、手を伸ばした瞬間に少し夢魂に触れてしまい一瞬眠たくなってしまった。それでもどうにか襟首掴めていたようで、吊られた黒白が一瞬目覚めたのと同じタイミングで夢魂が消えてくれたからどうにか眠らずに済んだようだ。

 弾幕ごっこでは障害物として役立ってくれたが、モノ拾いでは邪魔してくれてからに。そんな風に、夢魂に触れていた時間と同じぐらいの時間だけむくれたがその気持ちは一瞬で過ぎていった。

 代わりに満ちる今の気分は申し訳ない事をしたって軽い謝罪の心、少女の夢魂に触れていた一瞬にこいつが頑張る姿が見えてしまった為に、悪い事をしたのかもと、らしくない謝罪なんてのを頭のなかで広げている。

 

 見えた景色は汚い台所。

 積まれた魔道書の上に真新しい菓子の本が開かれていて、頬に甘そうな茶色を塗った魔理沙が笑う情景がなんでか見えた。

 出来上がった物、あたしが摘み食いした出来合いの物とは違う、形が不揃いながらも美味しそうに見えたモノを星型の入れ物に詰め包んで、エプロンのポッケに突っ込んで嬉々と家を出ていくまでが見えたのだが‥‥まぁなんだ、流れが見えてしまったせいで無粋が過ぎた自分を少し恥じる。

 

 これは怒られて当然と、未だ眠ったままの少女の顔を見る。

 拾い上げ、湖の畔で起こした焚き火に当たる少女の顔。

 あたしを追っていた時とは別な、ほのかな橙色に染まって軽やかな顔で寝る少女。

 濡れたブーツやエプロンやらは脱がして乾かしているから先程よりも軽装だが、これは別の部分で軽い、というか浮ついているんだろうな。

 

 今見る夢は先と一緒か?

 そう考えてふとエプロンを手に取る。

 つまみ上げるとエプロンのポッケが膨らんだままだと気がつく。

 中を覗けば可愛い包。真っ赤なリボンでハートが結われていて、誰が見ても大事な物だとわかるのが出てきた。見る限り中身の箱も角が濡れただけのようで、これに入っているはずのとても甘い物も無事だと思えた。

 

 それならと、荷物抱え、少女背負って移動する。

 向かう先は当然あの場所。

 寝て起きないから面倒見ろと押し付ける事が出来るあの古道具屋だ。

 店に着いたら弾幕勝負であたしが勝ったと大袈裟にまくし立て、脱がしたエプロンでもわざとらしくカウンターに置いて、この子もそのままぶん投げてこよう。

 起きたこの子がどんな顔をするのか?

 負けたと聞かされたこの子にあの店主が何を言って宥めるのか?

 真っ赤な織り糸で結われたお菓子を見てあの朴念仁がどうするのか?

 色々と気になる事目白押しだが、それは敢えて見ずに退散すると心に決めて空を進む。少女の恋慕の邪魔しちゃ野暮が過ぎるし、こんな気遣いが出来るあたしはやっぱりイイ女だと思い込んで。背負う少女にあの唐変木な色男を懸けて戦うつもりなどないよと、ちょっとだけ優しく語りつつ飛んできた道を戻っていく。

 夢魂で見たから遺恨はいらんと余計な事も少し考えて。

 あれが無念に終わらずに、甘い想いが実れば良いと、舞い飛ぶ帰路に淡い夢見て。

 

 


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