東方狸囃子   作:ほりごたつ

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EX その54 的を射る

 以前にここから見上げた空では綺麗なお星様が微笑んでいたが、今年は昨晩から厚い雲に覆われていて綺羅星は拝めず、代わりに地面には雪が降り積もり、灰色の敷砂利を消して踝より上くらいの高さまで真っ白にしてくれていた。

 真っ白、一部掃除されていて砂利や砂が見えるが、それでも誰がどう見ても冬ですよ~と告げる事が出来る景色。時折強くなる風に煽られ、積もったばかりの新雪が舞い、見た目には美しく、身体にはいささか寒いと感じる風景からは、冷えるは冷えるがお陰で情緒があると思えた。

 

 そんな中に置き傘開いて、愛用煙管を咥えて。冷たい廊下兼縁側に腰掛け、風景を眺める。

 ぼんやり見やる絵面にはどこか暖かそうな、ほんわかとした人の顔ばかりが写り込んでいて、なんというか、冬場のはずだが春告精の告知を聞いたような錯覚すら覚えられそうだ。実際は白景色全開の真冬で、浴びるモノにも季節通りの寒さが含まれているというのにな。

 

 吐けば白む吐息と煙。

 モヤッと漏らして風に流して、消えた先を流れで望む。

 こちらに見えるは降り積もる白粉で薄化粧した妖怪のお山。遠き頂からは薄っすらと噴煙が立ち上っていて、さながら天へと向かう糸のよう。聞く限りあの不尽の煙は女神様が立ち上らせるものだってお話だけれど、実際のところはどうなんだろうな?

 ゆらゆら揺れて進むアレを伝い登っていけば醜女と噂のご尊顔を拝顔する事叶うのかもしれないが、まぁ無理な話だろうな。アレを頼りに天上へ上っていったとしても着く先は天上の世界くらいのもので、そこにいるのはやたら頑丈で桃ばかり食っている連中ぐらいだ。

 

 もっと登って行けば天界よりも上、終わった奴らが輪廻を待つ冥界やら、いつか参ったお月様やらに続くのかもしれないけれど、あっちに住んでるお姫様も片方は食事に執着しているし、もう片方は桃を取ろうとして窓から落ちていたしそれほど差はないか?

 いや、一緒くたに纏めるとそれぞれから同列に語ってくれるななんて怒られそうだ、ならば他にはどういった表現が似合うだろうか‥‥うん、思いつかんな。

 天を仰ぎ、どうでもいい流れを描いてニヤついていると視界、というか瞳そのものに振る雪が入る。これは、どうにも定まらない頭に入るには打って付けだな。二階から目薬なんて非じゃない高さから舞い落ちてきた目薬に頭とお目々を洗ってもらい、先の二人はどうでもいいと思考を切り替えていく。

 

 さて、あの幻想郷の姫様達と月の姫様について案じる前は何を考えていたか。

 立ち止まる人垣を眺める事ですぐに思い出せた、そうだった、晴れ間よりも何故か暖かく感じるのはなんでだってやつだ。暫し悩んで出た答えは、雪の白という膨張色のせいなのか……と、思いついてみたがこれもないと、揺らされる尾が視界に入ってきた事で感じられた。

 

 人の尻尾で遊ぶのはこの寺の在家信者。いつから弄んでくれているのかわからないが気がついたら近くにいたようで、あたしの尻尾に絡んで遊んでいる。入道使いから渡された『並んでお待ち下さい』と書かれた立て札を放り捨て、人の毛並みを逆立てたりじゃれついてみたりと、認識しにくい妹妖怪が仕事を放棄しあたしの縞柄で遊んだり暖を取ったりしているようだ。

 

 他にもあたしの背におぶさり伸びている黒いのも居るには居るが、きっとこいつらのせいで寒い景色に身を投じても暖かなのだろうな。腰を下ろしている縁側からは昨年末より残る雪とその上に積もった新雪のせいで完全に冷えている世界が見える、それでも暖かく感じるのはこいつらが絡んできてくれているからだろう。

 縁側に触れている尻部分は冷たいが、背中や尻尾に暖かいのがいるから痛み分けに出来るのかもしれない。いや、あたしの場合はそもそも分けるものでもないのか。寒さに痛む肉体はないし、どちらかと言うと今は体温を奪われ、分け与えている側にあるわけだしな。

 

「そろそろ行かないの? 準備とかあるんでしょ?」

「そうだよ、早く行った方がいいよ? 南無三怖いよ?」

「いいの、私は仕方なくやってあげるだけなんだから。それより二人共、この後って暇?」

 

 亡霊の背に取り付いてるやつに問う、が、さらり躱され効果がない。もう一人からもさっさと行けと言われたけれど意に介さず、人の背中に乗っかって両手は肩から突き出したまま吐息を吐き出す古い友。

 南無三怖いって単語には少し反応し、伸ばす指先をピクッとさせていたけれど、動きは見せず寧ろ問い返して終いのようだ。声色には気怠いってのが多分に含まれていて面倒くさいって雰囲気もあからさまである。それでもやってあげるという辺りがよくわからんが、元よりよくわからんのが取り柄なのだし、こんなもんか。

 問いかけに返答せず、こいつの二つ名らしい正体不明さの一片に気がついてほくそ笑んでいると、背中から飛び立つ未確認幻想少女。気を入れ替えて移動するつもりになったのかと思ったが、あたしから赤いUFOに鞍替えし、そのまま正面に回ってくる悪友、封獣ぬえ。

 

「ちょっとぉ、人が聞いてるんだけど?」

「聞かなくともわかるでしょ? いつも通りよ」

「私も暇だよ?」

 

「ぃよし、それならまた温泉行こうよ! 今度はこころとか村紗とかも連れてさ」

「あんまり多いとおねえちゃんが文句言いそうだけど、楽しそうだからそれもいいね!」

「行くのはいいけどまずは仕事をこなしたら? 主役のぬえちゃんはまだ出番待ちとしても、こいしは一輪に手伝えって言われてたでしょ?」

 

 赤いUFO眺めつつ質問に返し、そのまま打ち捨てられた看板に視線を移す。

 雪が積もるほどではないが木色が少し濃くなるくらいの時間放置されていて、何処か寂しげな看板を見て考える。こいつもこいつで道具といえば道具だし、このまま忘れ去られれば付喪神として成り果てたりするのだろうか?

 成ったとしたらどんな者になるだろうか、薄っぺらい板っぱちに長目の取っ手があしらわれただけの看板だ。姿としては背が高くて細めの揉み心地が悪そうな感じになりそうだ。性格はそうだな、一輪が書いた文字を見せる相手、人間達に向けた注意書きからは口煩く人の事をつついてきそうな性格にでもなるだろうか?

 ふむ、だとすればあの閻魔様のような姿で妖怪化するかね。背も乳もデカ目なサボり好きよりも更に上背のある閻魔様を脳裏に描き、説教好きなアレが増えるのは簡便だと苦笑すると、尻尾に飽いたこいしがぬえの隣に飛び乗った。尻尾は軽くなりありがたいが、いきなり離れられるとちょっと、寒い。

 

「私が手伝っても気がつかれないもん、手伝い損だわ」

「こういう時無意識って面倒ね、昔みたいに開いてみたら?」

 

 一人の世界に沈んでいると、黒髪が黒帽子に黒い冗談を言っていた。

 強く瞑られた第三の目にぬえが手を伸ばすと『やだー』なんてこいしが返す。顔は笑って軽く返しているけれど、結構込み入った部分だろうしそうやって軽々しくつついていい部分なのだろうか‥‥いいんだろうな、本人は笑っているし、言ったぬえも冗談以外は含んでないって顔で言い切っていたし。

 少し聞くだけでいると、昔のパッチリ三つ目がまた見たいと語るぬえに、聞きたくない事ばっかり聞こえるからもう開けな~いと返すこいしが見え、二人共の笑顔まで見られた。今でもパッチリお目目に変わりはないが、どちらかと言えばパッチリというか、瞳孔まで見開きかかる感じもするし、ぬえが見たいのは今とは違ったパッチリ具合なんだろうな。

 そうか、流れから考える限りだが、ぬえが地底に埋められた頃はこいしの瞳はまだ開いていたのかもしれない。この正体不明が人間にやられたのも結構前の事だったはずだし、その頃であれば認識不明瞭な妹も、もう少しわかりやすかったのかもしれんな。

 昔から互いに見知っていれば言える冗談なのかも、そんな思いを浮かべて二人を見比べる。すると飛んでくるお小言、よくわからん二人がわかりやすく、結託して茶々を入れてきた。

 

「ねぇ、一番何か言ってきそうなやつが静かなんだけど」

「気持ち悪いね」

「あんた達ねぇ。あたしにだって偶には黙って見てるだけの日もあるのよ」 

 

 考え事に興じる最中、感じた視線を見つめ返すと言われた事。

 赤いUFOの二人から感じるちょっとだけ冷めた視線に対して言い返し、思案の海からコチラの世界へと目を向ける。いやここは覚の妹に肖って現実の世界で目を覚ますとでも言っておくか、どうでもが思いついてしまったからね。

 

 そうやってまた視線を流し、回りの風景へと目配せしてみる。そうしても見えるものは変わらないがな。先に考えたように、見られるは寒い景色。感じるのは体感出来るが寒いとは感じない曖昧な身体。その気になれば、薄れ、雪が積もらないような状態にも出来るこの身に寒さを届けてくれている勢いの衰えない雪。それを見上げ景色を眺め、咥えている煙管に再度の火種をのせた。

 

 漂う煙の奥に見えるのは人集り。一月前の夜であれば鐘撞きの列に並ぶ人里の者達が見られたが、今では仕切られた参道を見つめる彼らの頭や着飾る女子の艶やかな着物が目立つ。

 列から聞こえるのは小さな喧騒。寒さに耐えながら並び、そのうち始まるだろう催し物に期待する人らの声。毛皮のマフラーなど、その口元は冬の装いに隠れているがなんとなくわかる楽しみという雰囲気。偶にビクンと揺れる者達もいるが、どうやら寒さの身震いではなくて、大きな声の振動を浴びて物理的に振るわされているらしい。

 

 震えの原因は寺の顔、でもないがこの寺に来るならまず顔を合わせる事になる相手、第一寺人幽谷響子ちゃん。今日は愛用の箒から案内用の立て札、こいしが放り出した物と同じ物に持ち替えて、よく通る声で『並んでくださぁ~い!』 と、可愛らしい声色で怒号のような音量を吐き出す山彦ちゃん。

 今は山門の辺りにいるらしく姿こそ見えないが声から何処にいるのか丸わかりで、あの子もあの子で変わらないなと思える。寺での催事の時くらい厳かにしたらどうか、住職や鼠殿辺りがそんな事を言ってもおかしくないくらい響く声だけれど、門を潜って入ってきた連中の殆どが明るい声と笑顔に癒やされたような緩い顔をしているし、そこから鑑みるなれば悪い事だとは思えないからあれでいいのか。

 

 そうやって並べられた列を見ると、偶に乱れるのが目につく。

 あまり進まず、つったっているだけになりかけている列にいるのが飽いたのか、やんちゃを顔に書く子供が飛び出して、行列にある大人の頭や振り袖暖簾を乱れさせているが、そいつらは整理に動く尼公と桃色の入道雲が拾い上げ押し戻しているようだ。

 一輪の方はとっ捕まえた悪ガキに頭巾を外されたりして、普段は見せない蒼のポニーテールを揺らしている怒っている‥‥ように見えるが実際は然程怒っていなさそうだ。頭巾を取り戻してかぶり直す際に、ない方がいい、なんて事を里の男集から言われてまんざらでもない顔をしているし。

 相棒の桃色雲も尼公の横で忙しなく動いているな、雲のくせに何故か触れられる髭やらを幼子に引っ張られたりして、表情の少ない時代親父殿の時折見せる困り顔が少し可愛いらしく感じられる。年末にはいつもの尸解仙と弾幕ごっこをしていたと聞くし、年の瀬が忙しければ年始を過ぎた今も変わらず忙しそうで、あのコンビも大変だ。

 

「アヤメちゃんさ、そやって見てるだけで楽しいの?」

「そうだよ、おねえちゃんみたいに静かに見てるだけって似合わないよ?」

「何も言い返さずにいれば言いたい放題ね。それなりに楽しいんだけど、言われっぱなしは面白くないわ」

 

「お、やっと乗ってきたね」

「人に乗っかってたのはぬえちゃんの方でしょ。こいしも、ジト目の物真似が似てるって言ってきたのはあんただし、あたしが静観する姿ってのも案外似合うはずよ?」

 

 しれっと言い返す、それに対してもああ言えばこう言うやら帰ってきている気がするが、もう面倒なので気にしない。しかしあれだ、こうしてぼやっと眺めていると昨年末の自分を思い出すな。

 毎年毎年何故か忙しなくなる年の瀬。年末の大掃除から始まる忙しなさだが、類に漏れずあたしも少しだけ忙しなくなってしまって、柄にもなく動き回る年末となっていたのだった。暮れに繁忙期を迎える商人ってわけでもないのにね。

 それで、まず手につけたのは冬場に使う薪の準備だった、はず。昨年の事だから正確に覚えていないし、言っても木材を割るだけだから然程語る事もなくて、己の事ながらうろ覚えの記憶だ。それでもどうにか思い出して語っておくなら、自分で切るのは手間だから斬るのが得意な奴に手伝ってもらったってくらいか。

 いつかの燻製作りで評判を得たから今回は桜でも薪に使ってみるか、そう思いついて、桜ならあそこだろうと向かった所で当然いた庭師。あの子に珍しくあたしから弾幕ごっこを仕掛けて、長く長く続く階段の端にあった朽ちかけの桜をあたしの身体毎斬って捌いてもらったお陰で、手っ取り早く数が揃えられて助かった。

 長い方の刀で断ち切ったあたしを見て勝負ありと、勝ち誇る顔で笑む庭師も可愛らしい表情をしていたし、互いに悪くないモノが得られた弾幕ごっこだったな。あの時短い方の刀で斬られていたら、まかり間違えば成仏させられていたのかもしれないと今になって思えなくもないが。

 

 それから帰宅し薪をしまって、次に手を付けたのは家具。以前に整理しようと考えた食器棚だ。

 使わない食器は、購読してないが届けられる天狗学級の新聞で包み奥にしまいこんだ。元は一人暮らしで手持ちの食器などそれほど多くないが、使わない物をしまうだけでも少しはスッキリできた気がする。

 ついでに、冬場はあまり姿を見せないあの主従共有の湯のみも一度しまおうかと考えたが、()が完全に寝付いた後はお疲れの()が不意に現れて一息ついていくってパターンもあったりするから並ぶ数は変わらなかった、少し変わったのは並ぶ順番くらいか。

 あたしの湯のみの隣が兎詐欺の湯のみでなく一番新しい湯のみになったくらい、いつからかそうなったけれど誰の物かは敢えて語らない、手に取る頻度順になっただけだから。

 

 そんな風に、旧年の埃を払い掃除も終えた辺りで新年を迎える準備に移った。

 準備とはいっても少しおせち料理を拵えただけ。いつかの正月に持って行った永遠亭への捧げ物に同じく、長老喜(ちょろぎ)やらの酸っぱい物のない、中身の偏ったお重をこの寺にもお裾分けしてみたがそれなりに喜ばれた。簡素なお煮しめと栗きんとんくらいを詰めた程度だったが畜生食いを禁じている寺にはそれで丁度よかったらしい、快く受け取ってもらえた。

『素材一つずつで分けて煮たほうが色が綺麗なんですよ』今回のお節を一緒に作った、というか仕込んでいるところにお邪魔してその最中に少し教えてくれた和食の師匠(ミスティア)はそう言いながら里芋や大根の面取りをしたり、人参に飾り包丁を入れながら煮込んでいたけれど、さすがに全部真似する気にはなれなかった。そりゃそうだ、女将は売り物として仕込んでいるがあたしのはただの差し入れだ、そこまで真心込めて作るほど料理好きでもないので、見た目のために煮崩れ防止の面取りだけ済ませて一つの鍋でさっと煮るくらいで済ませた。

 作ったあたしからすれば粗末な物、それでもありがとうと受け取ってくれるここのご住職はやはり出来た人だ。一緒にいたナズーリンからは何やら一言言われてしまったが、聖と一緒に迎えてくれて荷物を手渡した際に、あの賢将殿は片目でお重の中身を一瞥してから『詰めるならもう少し中身に気を使ったらどうだい」なんて小言を言ってくれたが、いざ食べる時にはそれなりにお箸が伸びていたし、細かい事は気にせんでおこう。味を気に入ったのか、小さな身体で大食漢だからそれなりの勢いで食ってくれたのか、そこは気にならなくもないが。

 

 そういった仕込みもあって、このあたしですら忙しなくなった年末。

 あたしと同じように人里も準備に追われて騒がしくなるかなと思い、賑やかな景色が見られる事に期待して今年も来てみたがこのお天気のせいでそれは見られず、例年とは真逆の静かに白いお里となっていた。

 昨年と変わらずあったのはリズム良く撞かれる鐘の音とそれを取り仕切る御本尊様か。仕えるネズミ殿と一緒になって参拝に訪れた客、特に子供連中か、寒さにも負けずにはしゃぐ連中をあやして鐘を撞く姿はどこかに軍神要素は失くしてきてしまったように映る。

 でもそれが彼女のいいところか、闘争本能むき出しにして牙を剥く姿なんて想像できないし似合わない、ここの住職と一緒になって子供あやして笑っている方がお似合いだ。

 そういえば大晦日には水蜜を見なかったがまた反省中だったのかね、年末だというのにまたお叱りを受けて写経に精を出していたのか? それともまた血の池にでも行って遊んでいたのか、もしくは商売敵(守矢神社)のお膝元にある湖辺りではっちゃけていたのだろうか。どうにせよ懲りない船長だと思えたが、年またぎで掬い納と掬い初めだと考えれば船幽霊らしいとも感じられて、少しだけ粋だとも思えるな。あの晩は何をしていたのかまだ聞いていないし、後で姿を見かけたならその時は楽しく問うてみよう。

 

「まぁた考え事?」

「もうやめるわ、そろそろ本番開始って頃合いだろうし」

 

 ん、と傾ぐぬえの後頭部に誰かの姿を見る。

 誰かなんて言っても正体は丸わかりでここのご住職だ、何やら烏避けに似たものや綺羅びやかな扇子なんてのを両手に荷物を抱えて、整えられた列を割り進んでいく。何処ぞの風祝のスペルのように海、ではなく人垣を割って進む先は整えられた砂の道。山門から続く列と並行するように敷かれた、寺から裏手の墓場方面へと抜けていく道。

 そっちを見ているとぬえも釣られて見始めて、仕方ないからそろそろ行くか、なんて捨て台詞を吐いてから隣のこいしを放り捨てて上昇し、一度姿を消していった。

 

「頑張ってね~」

 

 なんでもないもの、路傍の石ころのように放られたこいしだったけれど、まるで気にしていないようで。住まいで飼っている猫よろしく、回転しながら着地して、ぬえが消えた辺りに声援を送っている。雑な扱いをされても声援を送るか、こいつら結構仲がいいのかもしれないな。方や正体不明で方や存在不明確ってな妖怪だし、なんとなく似通っている面に思えるから、その辺りで気でも合うのかね。

 わからない二人について気を気を揉んでいると、着地したわかりにくいのが小走りで向かってきた。袖の余る両手フリフリしつつこっちに来るこいし、ぬえが消えたから狙いが尻尾に戻ったのか‥‥一度離れておきながらまたなど、そこまで都合よくやられてなるものか。

 そう考えて尾を背に隠すが、スキップしながら寄ってきたこいしが目の前で忽然と姿を消した。どこ行った、考える間に尾が重くなり、尾の付け根辺りに揉まれる感覚。

 

「あっちが消えたらまたこっち? 相変わらず移り気な女ね」

「それ、アヤメちゃんにだけは言われたくないわ」

  

 重たい背後に話しかける、返ってくるのはお前が言うなって内容。こいしはそう言うがあたしの場合逸れてしまうというだけで気が移っているわけではない、が、態々言い返しはしない。返したところで理解されるとも思えないし、意識の外から出された言葉かもしれんし、別にそう思われていようと害もないしな。

 けれどなにもしないのは面白くないので、言い返さない代わりに丸め込む。尾を振って、抱きついたままの妹妖怪を揺らしつつ隣に落とす。二人並んで縁側に腰掛けて、落ち着けない妹妖怪が少しだけ落ち着きを見せ始めると、比例するように視界の先がうるさくなり始めた。

 そろそろ本格的に始まるらしい、持ち込んだ荷物、(うしとら)の方向に三つ並べられた何処ぞの天狗避けにでも使えそうな霞的や、砂敷きの馬場も準備が終わったようだ。

 

 ここで漸くネタばらし、今日は命蓮寺でイベントがあるのだ。毎年やっているわけではないらしいが偶にとり行われる催事。大晦日の書き入れ時を過ぎ、この寺の檀家連中の新年参りまでが済んで、暇な時間が増え始めた今時分に行われるのは流鏑馬ってやつだ。

 行い始めてすぐの頃は妖怪寺で妖怪が流鏑馬なんて、魔を祓う鏑矢を射るなんてちゃんちゃらおかしいなんて感じたものだが、すっかり馴染んだ今となってはそれが面白いと感じるようにまでなった。人と妖かしが手を取り合って生きる、そんな信念を持つ御仁の元で迎えた新年に行うのなら良いイベントか、そんな風に考えられ得るようになったから。

 ただの語呂合わせ、それでも悪くないかもしれないネタを思い出し一人笑うとこいしに袖を引かれた。ちょっとだけ自分の世界に入り込んでいた間に準備は着々と進んだらしい、場は整って後は主役が姿を見せるだけとなったようだ。

 

「ね、ね、なんかおじさんが来たよ?」

 

 袖引き妖怪が山門を指差す。促された方を見やれば確かにおじさん、というには若い人間がたてがみと尾は短めだが体躯立派で力強いお馬さんに乗った姿で現れた。顔を見れば何処かで見たことがあるような、それでも記憶にある顔よりは凛々しくて伊達男に思えるような雰囲気がある。

 

「あぁ、あのおじさんはぬえちゃんを退治した人間よ。源頼政、源三位頼政とかって昔の偉い人ね」

「おぉあのおじさんがそうなんだ、結構いい男だね」

 

「本人はもう少し公家顔というか、のっぺりした顔だった気がするわ」

「そうなの? でも線の細い美丈夫? 優男って感じだよ?」

 

「きっと思い出補正ってやつね。一応は大妖怪である自分(ぬえ)を退治した男は格好良かったとか、そんな風に考えてあんな(なり)で化けたんでしょ」

 

 そっか、ぬえって見栄っ張りだね。

 なんて言葉を横で聞きつつ、あたしも同じような感想を思う。

 ぬえの中にも先に述べた心は当然にしてあるだろう。平安の世を騒がせ、姿も見せずに毎晩時の帝を怯えさせていたぬえを退治した豪の者、たった一人で大妖を射抜いてみせたのがあの男だ。実際は普通のおじさんって風体だった気がするが、退治された側からすれば一介の人間と同列には見られないだろうし、好敵手を格好悪い姿で晒すわけにはいかんのだろう。

 けれどこいしの言う通りで、あたしの記憶にあるものよりも数割増しで男前に見えるような、戦乱起こるあの時代を生きていた人間男性にしては線が細すぎる気が‥‥あぁなるほど、あの姿はぬえの見栄と好みが混ざった結果なのか、あいつも以外と麺喰いだな。

 と、これから的を射るやつを見つめて、心情を射抜いたつもりで一人頷く。すると(いなな)く名馬木の下(このした)。なんだ、会話が聞こえてたのかね、肯定のお返事なんていらんからさっさと始めろよ、客も待ってるぞ。 

 

「あ、走り出した~!」

 

 後ろ足だけで軽く跳ねて、ヒヒンと強めに鳴いて、砂を蹴り上げ駈ける馬。

 それを眺める妹妖怪も立ち上がり、両手を振ってピコピコ応援。あっちは雄々しくこちらは愛らしく、やはり静かに見ているだけってのも悪くない。が、静かなのは似合わないらしいし、ここらで一つ茶々を入れてみる。さっきは二人に入れられたのだし、意趣返しと洒落こんでみよう。

 

「実際は走ってないと思うけどね」

「お?」

 

「あれは馬じゃないって事よ、さっきの赤いUFOが馬に見えてるだけね」

「あぁ~正体不明の苗だっけ?」

 

「種よ、ぬえの苗とか言い難くなりそうだから嫌だわ」

 

 正体不明の明確な部分を訂正しているとザワつく観衆。声に惹かれて目を配せれば一つ目の的を水色の鏑矢が射抜く瞬間、は見られなかったが、けたたましく奔る名馬と武将が霞的のど真ん中を抜いて、次なる的へと向かう背を拝めた。

 

「ぬえ上手だねぇ。それともアレも化かしてるの?」

「あれは自力でしょ、意外と器用なのよ、ぬえちゃんって」

 

 これも能力故の化かしか、そう問われたがこちらは否定しておいた。

 実際のところどうなのかはわからんし、本当は化かされているのかもしれないけれど、ここはあいつの自力だと言っておいたほうがいいだろう。その方があいつの株も上がるだろうし、後々でふんぞり返って笑う姿も見られるはず、謙遜する姿よりもそういった姿の方がぬえには似合う気もするからここはテキトーに実力なのだと言っておこう。

 一人思案し薄ら笑いを浮かべた時に同じく、妖怪少女の化けた武将も二枚目の的に近づく。獲物が寄るとキリキリ引かれる弓、雷上動とかいうんだったか、ぬえを射抜いたあの名弓。ソレが(しな)って緩い弧を描くと、赤々とした(つわもの)らしい鏑矢が音を立てて奔った。

 パカン。続いて声援とパチパチ。本当に、器用に射抜くものだ。

 

「流石、スペルで怨敵の弓を再現するだけはあるわね、上手いもんだわ」

 

 ポツリ漏らすと見つめてくる元三つ目、何の事って閉じた瞳の瞼に書いてありそうなのでつらつらぬえの昔話をしてみる。その最中で食いついてきたのはぬえのスペル云々って辺り。掘り下げて聞いてみると、こいしはぬえのスペルを見た事がないんだそうだ。地底にいた頃も少しの小競り合いはあったらしいが、あの頃はやさぐれていて弾幕ごっこよりも本格的な喧嘩が多かったらしく、今で言う綺羅びやかな争いは見られなかったのだそうだ。

 ふむ、それなら少しいたずらしてみるか。幸い的はあと一つ残っているし、この流鏑馬も誰かに見せるための催し物だ。弾幕ごっこの方も美しさを競って魅せる為のものだったはずだし、観客が多い今行うならいい余興だろう。

 

 思いついたら即行動。こういう時だけ動きが早いと自分でも感じるがソレはソレとて忘れた振りで流し、こいしの手を引いて縁側を離れる。砂利を鳴らして態とらしく音を立て、気がついたお客陣の視線を得てから煙管を咥える。一服しては煙を吐いて、最後に残る三個めの的、少し豪華にあしらわれた大き目の扇子と同じ形を成していく。一つ二つ、七つ八つと、増やした物をこれまた態と舞わせて見せて、あたしの周囲に配置した。

 さながら何処ぞのお面妖怪のような状態になり、そのままお馬の走る馬場へと乱入する。正面から向かってくる武士っぽいぬえや、いきなり動いたあたしを止められず手をこまねいている寺の連中は何するのってな顔でいるが、手を引くこいしと奥の方でコチラを見ているお面の妖怪は何やら楽しげだ。別にお前を真似たわけではないが、そう見えて楽しいのならお姉ちゃんは何よりだと思う。そうして周りを一瞥してから多少の事は気にせん事として、正面切って武将を煽る。

 

「イベント追加よ、ぬえちゃん。そられしく言うならエクストラステージって感じかしら? ね、こいし?」

「そうなの? よくわかんないけどそれならそれでいいよ?」

 

 煙管で馬の鼻っ面を指して先を持ち上げ、軽く煽ってから最後はこいしに振る。

 これでぬえには伝わっただろう、邪魔したのはあたしの思惑ではなくこいしからの発案だって事が。後は周りに浮かばせた的をこいしに押し付けて空にでも追い立てれば、謎っぽい少女二人の弾幕ごっことなる‥‥と企んでみたが、あたしから手をとったのは愚策だったな。いい所で手を離し距離を取るつもりが、強めに握られたまま持ち上げられて、さも二人で何かしますよって姿になってしまった。

 

 思わず向かってくるぬえを見る。目が合う。

 顔だけ变化を解いている奴に微笑まれた。

 さて、その笑顔はなんだい?

 あたしには『迷惑極まりない事をやり始めて』って雰囲気よりも『いや、目立てるから有難いんだけどね』が感じられるが、目立つなら一人で、もしくはこいしと二人で華々しく目立つだけでいいんだぞ。あたしを巻き込まないでくれ。

 そんな思いは通じず、いや、通じた上での行動だろう。すっかりと变化を解いて、源三位頼政から封獣ぬえへと戻った少女があたし達に向かって弓を引き絞る。楽しげな顔で、片目だけ瞑って。狙いを付けるというよりも、楽しい遊びに誘うウインクのような表情で向かってくる旧友。

 

 やる気はなかったがこうなれば仕方がない、正体不明を相手に弾幕打ち初めといきますか。

 ユルユルと舞い上がり、馬場の砂から空の青へとイベント会場を移す三人。

 黒い艶髪揺らす一人は楽しげに弓引いて、紫色の矢をバラ撒いて、揺れ舞う的を撃ち抜いては下からの歓声を浴びて気持ちよさそうだ。もう一人の袖余りも笑ったままで、クルクル回る二色の薔薇を咲かせて、こちらもこちらで空を彩る花を咲かせて綺麗だとか、ええじゃないかと騒がれた。

 

 最後のあたしだけか、浮かない顔で扇を開き、誰かのように表情を隠して暗い未来を案じているのは。各々らしく動きまわり、寺の空でのお戯れを楽しんでいるように見えるが‥‥後々であるだろう南無三までを気にしているあたしは二人ほど楽しめないでいた……けれどすぐにそれも忘れられそうだな、いたずらならば誰かに叱られるまでがお決まりだろうし、遊ぶ二人の顔色は明るくて、先の事なんてまるで考えていないって顔で、今が良けりゃいいとしか考えてなさそうだ。

 そうだな、それなら一人だけノリキレないのは損をしている気がする。ならいいな、ここは気が付かなかった事にして、ええじゃないかとはっちゃけるだけにしよう。

 正鵠(せいこく)を射るには程遠い、都合の悪い事を先延ばしにしただけの心には気が付かなかったとして、少女三人での弾幕ごっこに興じる事にした。


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