東方狸囃子   作:ほりごたつ

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EX その53 暮れのから騒ぎ

 年の瀬も迫り、段々賑やかになってきた幻想郷。

 今年も残すところ後僅かとなり、人間も妖怪も他の動植物なんてのも、それぞれがそれぞれに忙しなさを迎えなければならない時期が訪れてきていた。

 

 一番最初に冬支度を始めたのは野山の木々達だろうな。

 紅葉のお姉さんが綺麗に葉を塗り上げて、秋めいた景色を一通り楽しんだ後、それらを散らすために蹴り歩く事から始まるのが幻想郷に生える樹木の冬支度というやつだ。

 心からの笑顔で樹木を蹴っては揺らし散らしていく彼女、自身が塗り上げた葉を何か、憑物に取り憑かれてしまったような勢いで蹴って回るは輝いて見えるほど。行い自体は哀愁篭もる尊い行為なのだが、蹴り歩くその顔からは終焉だとか侘びしさだとか、そういった儚げな雰囲気がまるで見られなくて、ちぐはぐ具合が非常に好ましい季節の行事である。そんな彼女を眺めるのがあたしの冬支度の始まりでもあるのだが、これはこれでまた別の話だ、変に話して気が逸れる前に木の話を続けておこう。

 

 それでその冬支度だが『こうやって散らしてあげないとこの子達は冬を越せないのよ』なんて事を静葉様は仰っていた気がする。何故越冬出来ないのか。その理由も聞くには聞いた気がするが、何やら難しい話だったのでざっくりとしか覚えていない。

 朧げながら覚えているのは、葉を散らしてあげないと凍ってしまうだか、散らした結果糖分が云々で氷点下でもかんぬんだかってお話だったと思う。紅葉を愛でて季節の恵みも楽しむあたしだが、それらが何故そうなるのか何故そうせねばならないのかって事にはさしたる興味もないので、その辺りのお話はあんまり覚えていない。

『享受するなら事象も知るべきよ、秋を楽しんでばかりいないで偶には考えてみてね』と、良い蹴りを放つ秋神様にそう言われた過去に、先の考えをそっくり言い返すと流石に窘められたが‥‥大昔、四足だった頃は大樹のうろで冬を越していた事もあるあたしなのだ、であればうろ覚えでも致し方無いだろう。

 

 で、次は動物達だがこれは割愛するか。たらふく食って寝るだけだしな。

 どうせなら別の動物、森や山ではなく郷で生きる人間の事を語った方が面白い気がするが‥‥それでも人間達も大差はないかね、実りの少ない冬の為に豊富な秋の頃から保存食を準備したり、冷え込む時期を超える為に色々と用意するだけだからな。

 敢えて違いをといえばそうだな、獣は冬を越す為に寝るが人は騒ぐって事だろうか。いつもの場所にいつもの奴らが集まって、いつもの様に宴会をおっ始めてどんちゃん騒ぎを繰り広げる。これが幻想郷に住む人間、もとい少女連中の冬の風物詩ってやつだろうな。

 

 気がつけば始まる神社の年忘れ大宴会。

 誰かが始めようと言い出すものでもないのに不思議と集う、博霊冬の例大祭。

 毎度のように訪れる誰かが今日も朝から寒いぜなんて言い出して、茶を啜る誰かがそれなら酒でも飲んで暖まればいいと返す、これが切っ掛けで始まる事が多いようだ。そんな話を聞いていた誰かがそれならと人を萃めようとするが余計な事すんなと止められ、そんな景色を高い位置から鼻で笑う誰かに撮られる。そうやって撮られた写真は尾ヒレ背ヒレを生やされて記事としてばら撒かれる。それからは記事を見たのか、ただ暇潰しに来たのか、よくわからないが色々な連中が集まってきて、少女だらけのから騒ぎが始まるまでがお決まりとなっているらしい。

 あたしもアチラに参加していればもう少し詳しく語れるが、コチラは毎年決まった誰か(八雲藍)決まった場所(夜雀屋台)で年忘れの愚痴吐き大会をしているので、あっちの宴会に参加する事はあまりない‥‥いや、なかった、だったな。今年はアチラに合流させられたわけだし。

 

 飲み始めは例年と変わらず、屋台で飲んで少し酔って。雀な女将の美味しい肴に舌鼓を打ちながら藍と二人で冬の惰眠を貪る誰かさんの愚痴を吐き出していた。それから少しした頃、言うだけ言って話す事が途切れた一瞬に本来寝てるはずのスキマが開いて、あたし達どころか屋台毎飲み込んでくれて、博麗神社の境内に吐き出されてしまったのだった。

 ぺっと吐き出された先では酔った少女達が夜空に咲く華を撃ったり眺めたりしている真っ只中で、顔を出したのなら何か出すか、何かしろ、なんて言われてしまって困りものだった。

 ミスティアは自慢の手料理を振る舞い評判を鰻登りとさせ、あたしは手持ちの徳利を飲んだ事ないと騒ぐ巫女さんらに味わってもらった事でどうにか難を逃れたが、藍は張り切る吸血鬼姉妹に押し負けて、弾幕ごっこに付き合わされる事になっていたな。

 十六夜を過ぎても血の気の多い姉妹に対し、式の化け猫呼び出して対峙する、二対二での弾幕ごっこ。演劇タイプと黒白に評された姉妹のスペルと、八雲組の二人が放つ幾何学模様な弾幕が空で咲き、眺めて楽しむには申し分ないものに思えた。あたしの近くに座り眺めていた花のお嬢さんから沸き立つ香りも相まって余計にそう感じられたのだと思う。

 その後は他の連中も遊び始め、夜空には黒やお星様よりも色取り取りな弾が多くなり、頑張らない巫女さんが頑張っても中々終わりそうにないお祭り騒ぎとなったのだが‥‥最後の最後に現れた邪仙が物理的に水を差してくれたおかげで一旦の終幕と相成ったんだったな。

 

 地面繰り抜いて、吹き出す水流と共に現れた無理非道な仙人様。

 今夜もまたあの鬼神長に追いかけられていたようで、盛大な水柱を引き連れて宴会の場に来たのはいいが、寒空の下で水柱上げられたら流石に寒い。あたしでそう感じたのだから人間少女連中はたまったもんではなかっただろう。

 当然のように皆々から見られる邪仙様。冷えた目、冷えきってしまった目線で睨まれるも、よく見る笑顔であらあらうふふと笑って受け流すだけ。まるでこの程度の視線など慣れていますわって笑う青娥娘々だったけれど、吹き出した流水浴びかけて結構ヤバかった吸血鬼姉妹と、その連れ合いや友人の魔法使い連中からキツく睨まれてもあぁやって笑えるのだから、本当に大したお人だ。

 そういえば普段見る蒼い羽衣ではなく付け髭に赤いミニワンピース姿でいたけれど、あの仙女はどこで何をやっていたんだろうな……まぁいいか、寒風に吹かれ翻った赤い羽衣よりチラ見えした生足は良い保養となったわけだし。 

 

 そうやって水入りとなった宴会だったが、言葉通り今も今で続いているようだ。

『雨降りになってしまった為帰れない、だから今晩泊めてくれ』そう言い出した蝙蝠姉妹を筆頭に、それなら私達も泊まっていくと黒白が青金の魔法使いを巻き込んだりして、藍も濡れた橙を気にしたりして、気がついたら輪の中にいた亡霊姫と妹妖怪は食い足りないと文句を言って。

 各々がそれぞれらしい言い訳を述べつつ残り、結果あの宴会に参加していた殆どが屋内での二次会と洒落こんでいるらしい。

 

 けれど、あたしや花、鬼に捕まりかけて全力で逃げた天狗連中など、あの場を去ったのもいるにはいて、そいつらもその後を好き好きに過ごしているらしい。

 その内の一人。あたしも類に漏れず、真っ直ぐ我が家に帰ったりしないで好きに過ごそうと、ちょっと他所様にお邪魔している。二度も変なタイミングで切られたせいか遊び足りない、話し足りないような気がして、今はあんまり来ない場所を訪れていた。

 何処かにいるのかって、先程までは打って変わって穏やかで静かな所、芳しい香りで満ちるその客間、そこにある白い椅子に腰を下ろしていると言っておこう。  

 

――第百二十ほにゃらら季 師走の四――

 静かな屋敷の席に着き、目に止まったものを読み耽る。

 今年も年末の繁忙期に商売を、なんて書かれた文面を指で追う。年の瀬という忙しい時期云々から始まる天狗の丸文字。相変わらず可愛い丸文字だが、六なのか八なのか微妙に文字が読み取れない字を書く社会派ルポライターだなと思いつつ、綴られた記事を読み漁っていく。指を這わせると跡を辿るように薄っすら水分が残り、その回りにも、覗く眼鏡のレンズにも髪から垂れた雫がポツポツ落ちて、今のあたしがどうなっているのか教えてくれた。

 冬場の今時期に美人っぷりが上がっていると分かる姿、先の流れもあるし言わなくともわかるだろうが敢えて言う、頭の先から足元まで全身びしょ濡れで艶っぽい非常にいい女ってやつだ。

 

 ポタリ、垂れる露が床の絨毯を湿らせてしまって少し気になるが、それでも気にしない(てい)で天狗の新聞で暇を潰す。新聞濡らして問題ないか、そんな部分も最初は気になったけれどこの家にあるバックナンバーは全て『らみねーと』って魔法がかかってるから問題ないみたいだ。魔法の森のアレに無理くりやらせ‥‥もといお願いしてかけているのだとここの家主は言っていた。

 それでもだ、他所様の家に上がり込みいつまでも濡れっぱなしでは失礼に感じるし、このままでは着ている大事な着物が痛んでしまう。それもわかっているけれど、帰宅途中の雨宿りをさせてくれた相手から、そのまま少し待ってなさい、なんて言われてしまったから逆らわず、偶々近くにあった新聞の綴を手に取って待つだけとなっていた。

 

 少しと言われ待つ時間、ただ待つだけとなるとやたらと長く感じる時間。この記事に載る相手であれば何もしないを楽しむのも一興ですわ、なんて言うのかもしれないな。と、異国の聖者・聖ニコラウスが動物に鞭打つなんて記事を読み進めつつ、その隣の写真に映る邪仙様を思い、笑んだ。

 

「何をニヤけているの? 取り敢えず拭いたら? 痛んでしまいそうよ?」

 

 一人微笑んでいると、芳醇な香りと共にきな臭い声が届く。

 ファサリ。頭を覆うように掛けられた物。小花柄が可愛いバスタオルのせいで声の主は見られないが、何も言わずに訪れてしまったというのに小さな気を回してくれるのが嬉しく、思わず気遣いに比例する笑い声を上げてしまった。

 

「さっきから何か可笑しい? 濡れたままの方が良かったのかしら?」

 

 淡々と言ってくれるネグリジェ女。

 時間帯からすれば日が変わって結構過ぎた頃合い、名残の月が綺麗に見える時間帯。そこから読む限りきっと寝入る寸前か床に着く前だったのだろう、ネグリジェと揃った色合いの懐中時計を見て時間を気にする素振りも見えるし、そんな所に押しかけたのだから機嫌を損ねる事必然だろうし、あたしよりも先に帰っているのだから寝間着に着替えていても当然か。

 

「そんな事ないわ。バスタオルも花柄なら匂いまでお花で、らしくって可愛いなと、そう思っただけよ」 

 

 微笑んだままで素直に返答。

 それでも何か気に入らないのか赤眼を細めるお嬢さん、突然の来訪が気に入らなかったかね?

 そんな事はないか、気に入らないなら迎え入れてくれなけりゃいいのだし、それなら何か別の事で不機嫌ってだけかね。まぁいいか、よくわからない事は考えず、別の事。思わず微笑んでしまうくらいに可愛らしいお嬢さんの姿を眺め、愛でるとしよう。

 

「睨まないでよ。前のも記事の誰かに対してってだけで、寝間着の幽香を笑ったわけじゃないわ」

 

 言い返すと幽香が顔を傾けた。

 被る帽子が揺れる。先端で揺れるのは白い毛玉。ボンボンなんてくっつけて、思っていたキャラにない見た目で愛くるしくて妬ましいな。普段見られる姿も可憐で素敵だと思うが、こういった寝入る寸前の、何か油断しているような姿もいいなと軽く睨まれつつ思う。

 そうして重なる瞳にウインク返し、幽香を笑ったわけじゃないって言い訳かましてみたが、これも気に入られないようで、何も言わずに見てくるだけの大妖。反応がないのなら致し方なしとバスタオルで髪を拭き、軽く巻いて、見てくれる誰かさんの帽子を軽く真似てみた。

 そんな風に遊んでいると、追加の一枚が手渡される。

 

「もう一枚? これで十分よ?」

「貴女じゃないわ。着物よ、傷んでしまうわ」

 

「あぁ、そっちは大丈夫よ、ありがと」

 

 出されたタオルには手を伸ばさず、代わりに濡れる着物の袖に伸ばした。触れた指先をスッと流す、そうするだけで色が濃くなるほど濡れしまった着物は乾いた。能力でも何でもない、狸じゃない方の種族柄持ち得る事が出来た力だが、相変わらず便利のものだと自分でも思う。

 そうして重くなった着物の端から順に撫で、乾かしていくとその途中、左の袖を乾かし終えた辺りで何か言われた。

 

「あら、乾くのね。知っていたら傘に入れてあげなかったのに」  

「ん? 入れてくれなかったじゃない、だからずぶ濡れなのに」

 

 乾かした袖をフリフリ、揺れ具合から左右の重さの違いを感じる。

 些か軽くなった左は乾いたようだし続いて右の袖かな、そんな仕草をしているとつれない言葉を言われてしまう。だが言いっぷりが少しおかしいな、つい先程降り出した局所的な豪雨の際には傘に入れてくれなかった、というかこいつは娘々と入れ替わりで帰っていたような気がする。

 あの場から動かず近くにいてくれればあたしは傘に逃げ込めて、逸らした水流をあの姉妹の代わりに浴びずに済んだというのに。当初はこちらに向けるつもりなどなかったが、あたしの逸らすだけって能力の都合上勢いはどこかに向けねばならず、それをこの女に押し付けるつもりでいたのだが‥‥濡れぬ先の傘はいつの間にかいなくなっていたのだった。

 

「いいじゃない、知者は水を楽しむと言うのだから」

「それ、皮肉で言ってるの?」

 

「そうよ、それとも山を楽しむ方が好きだった?」

「どちらそれぞれ楽しめる部分があると思うけど、そんなに出来たモノじゃないわ、あたしは」

 

 どうだか、幽香の顔にはそう書いてあるが、そんな異国の賢人の話を言われても困る。

 元は娘々の生まれの人間が言ったのだったか。

 『知者は水を楽しんで、仁者は山を楽しむものだ。そして知者は動きまわって、仁者は静かに突っ立ってるだけ』とかそんな意味合いのお言葉。

 そんな風に言ってもらっておいてなんだが、それでもあたしは自分の事を知者と呼んでもらえるほど賢いとは思っていない。悪知恵くらいは働くと思っているが、賢く楽しむというには水は苦手分野だし、山の景色をを楽しみはすれど仁なる者とは程遠いようにも思っている。

 だからこその皮肉で、幽香もそのつもりで言ったみたいだが、どれにも当てはまらない気がして、なんとも微妙な感覚を覚える。先の宴会でも濡れちゃいるが楽しんではいないしな。

 社に水圧放てば巫女が怖いし、他の人間少女の方に向ければ‥‥石も砕ける高圧放水だ、あたしのように濡れネズミ程度で終わるはずもなかっただろう。散らすには惜しい若葉が多くいたあの場、それならばいつまでも終わりそうにないこちらのお花さんに押し付ければと。あの吸血鬼達ほどじゃないがあたしも水場は苦手だし、それならパワフルな傘持ちの裏にでも隠れてやり過ごせば、と。そう思っていたのにさっさといなくなったこの女、やはりつれない高嶺の花だな。

 

「何でも楽しんで笑う、そう書いてあった気がするのだけど」

「それも何の話よ?」

 

「その綴の下の方よ、追いかけっこをしてた頃の記事にない?」

「追いかけっこって、あぁ、そういや正邪にそんな事を言ったわ。それも記事になってるのね」

 

「丁度貴女が死んでた頃かしらね、気になるなら読んでみたら?」

「やめとくわ、今更でしょ?」

 

「そうね、今更ね。さっきの話も今更だったわね」

「さっきの‥‥ずぶ濡れってやつ?」

 

 問うと微笑む花妖怪。

 楽しそうに頬を緩めて、また見当外れな答えを返してきたわねってな表情で笑ってくれる。

 高慢さも見え隠れするが同時に麗しさも見えるお顔。これは偶に見せる、というかあたしもよく見せる顔だ。一言で現すなら人の事を小馬鹿にした顔、なんでそんな事もわからないのかと誰かを嘲笑う時に見せる表情だが‥‥それでもこのお嬢さんの場合は清楚さが残ったままか、こちとら嫌味だとか胡散臭いとしか言われんのに、佳麗な笑みが妬ましい。

 

「やっぱり鈍感ね。感づかないならいいわ、忘れたままで」

 

 素敵な笑顔を睨みつつ、思いに耽れば聞こえるヒント。

 一言多いがソレは聞き流し、教えてくれた事を元に思い出す。忘れたって事は過去の事だろうし、それならあの時の事か、それくらいしか思いつかない。

 数年前、今とは真逆の季節の事。

 その日は良いお天気だったから傘なんて持たずに出掛け、正午を回った辺りにいきなりの雨に降られた日。季節柄降り出す事もあるかもしれない、そうは思えたが所詮夏場の通り雨だ、短時間だけのお湿りで長く降るものでもないだろうし、と、高をくくって出掛けた日の事。  

 案の定降られ、致し方なしと見えた軒先に逃げ込む途中、不意に日傘に入れてくれたのが彼女だったな。あの時は碌な会話もせずに過ごしてしまい簡単なお礼を伝えるだけで終わってしまったが、今考えれば本当にありがたい誘いだったと思える。あの時濡れネズミになっていれば今着ている着物は痛み、こうして愛用する事も出来ていなかったはずだから。 

 

「覚えてるわ、雨宿りの事でしょ? あの時は助かったわ、あの頃はコレを貰ってすぐで、まだ乾かせなかった頃だったしね」

 

 再度の謝辞を伝えてみるが素っ気無い向日葵の(きみ)

 それもそうか、あの時の礼は既に伝えているしこれも今更というやつだろう。それからテキトーに会話をしつつ結構な思い入れが出来たこの着物、いつだったか幽香にも褒められた物を見やる。コレ自体も上等で良い物だが譲ってくれた相手も上‥‥信頼の置けるジト目になったし、これを着始めてから色々出会いなんかも増えて、存外悪くない気分でいる事が多いように感じるな。などと、そんな思いも込めて右袖を乾かし次は前身頃、合わせの右前に両手を這わせそちらも乾かす。

 すると追ってくる華々しい視線。いつの間に座ったのか、対面の窓の下に備えられたソファーに座って、熱視線を送ってくる花の。

 部位から言えば肩辺り。丁度薔薇の花弁が刺繍されている左肩辺りを気にされているみたいだけれども、熱く見られるのは非常に好ましいが、花ならなんでもいいのか、お前さんは。

 

「意外だわ、都合よく忘れられたと思っていたのだけど。それに変な事も言うわね、乾いてるじゃない、それ」

「大事な事は覚えてるのよ、都合良くね。後の方も、さして変でもないのよ? この格好で見慣れてもらわないとこうやって戻せないの」

 

「ふぅん、そうやって触れないとダメなのね? 不便そうねぇ、着替えた方が早いんじゃない?」

「そ、案外不便なの。でも着替えもないからこうしないとダメなの」

 

 視線は忘れガールズトークを続ける。

 自分としては便利な力だと、そう思っているがここは否定しないでおく。

 先には人の事を小馬鹿にして、突きどころを見つけて言い切ってくれたお陰で少しだけ機嫌が良くなったような雰囲気が香りに混ざったのだ。折角上機嫌なお嬢さんとなったのだから是非ともそのままでいてもらいたい。機嫌が傾いて争ったとしても今更死に直したりはしないが、神社で見た血気盛んな連中のように若くないのだし、祭りの後は静かに過ごすのが粋だろう。

 

 そんな事を思案しつつ残りを乾かす。

 後は背中側だけとなったのでちょっと失礼なんて断りを入れて脱ぐ。

 本当なら緋襦袢も脱いで乾かしておきたいところではあるが、流石に人様の家で全裸になるのは気が引けて、長着だけ脱ぎ広げる。両手で広げるとコートハンガーを指で差されたのでそれに甘え、吊るしてから後身頃をそっと撫でた。

 

「あぁ、やっぱりそういう事だったのね」

 

 着物を撫でる後頭部、幽香の座る辺りから飛んできた文言。

 どういう事か?

 振り向かず、言い返してみたが答えはない。という事はまた考えろという事か、そう邪推して半乾きの後ろ髪に引っかかった言葉を考えてみるも、ちょっと頭を捻ってすぐにやめた。さすがに取っ掛かりがなさ過ぎて思い当たらん。

 致し方なしと作業の手を止め、正面切って問い直す。

 

「何がそういう事なのよ?」

「赤い格好で白髪だから。そういうつもりで姉妹にお節介したのかと思ったのよ」

 

「見てたの? それならちょっと手を貸すくらいしても‥‥」

「私が? 何故?」

 

「なんでって、まぁそうよね。でも赤いって言うけどあたしは年中緋襦袢(コレ)よ? 髪も白髪じゃないわ、くすんでるから灰よ、灰色」

「変なところを言い返すわね」

 

「対して年齢変わらなさそうな奴に年寄り扱いされたから訂正したのよ」

「でも若手でもないでしょう? どちらかと言えば――」

「いいから、そこから離れなさいよ、で? なんなの?」

「ここまで言ってわからないの? やっぱりお馬鹿さんだったのね、てっきり知っててそうしたと思ったのに。知らずにするなんて本当に世――」

「クドいわよ? モヤモヤするのは間に合ってるから、勘弁してよ」

 

 クスクス微笑むお嬢さんに食って掛かる、それこそ食い気味に。

 普段ならこれくらい流すのあたしだが、それは煽られる理由がわかるからこそ流せるわけであって、なんの事かわからん事で煽られ笑われたままではちょっと黙っていられない。ぶっちゃけ気に入らない。かと言って、コイツ相手に喧嘩を売る程腕っ節に自身はないし、喧嘩する為に腰を入れるならアレに跨がり腰を振った方がよほどイイ。

 だから最後には折れて、勘弁してと乞うてみたが……互いに黙って見つめ合い数秒、やはり教えてくれないかと諦めかけたその時、漸く幽香の顔が変わる。そうはいっても頬は綻んだままで、挑発的な笑顔から余裕綽々って顔になっただけのようだが。

 

「今日が何の日か知っててソレを読んでたわけじゃないのね」

「それって新聞? 今日は‥‥このクリスマスって今日なのね」

 

「そういう事よ、子供が年寄りからプレゼントを貰える日、それが本来のクリスマスよ」

「プレゼント? この記事の内容とは違――」

「天狗の新聞と邪仙を信じるの? 本当にお馬――」

「あぁもう……はいはい、知りませんでした。本当は幽香さんの仰るモノが正しいって事ですよね、そういう事でいいのよね」

 

 食って掛かったら被せられたので更に返す。

 言われっぱなしは気に入らん。唯でさえ喧嘩じゃ勝てないかもしれん相手なのだ、それならば口でぐらいはどうにかせんと口だけ妖怪と名高い、かはわからないが、口八丁でやってきた妖かしとして口撃くらいは勝ったつもりになっておかんとやるせない。

 が、実際は負け越しってところだなこれは。拗ねて敬語で返してしまった辺り、自分でも負けたってのが分かるし、風見のお姉さんも楽しげに笑ったままだ。

 

「わかればいいわ。それで、私は何を貰えるの?」

「あたしが? 幽香に? それこそなんでよ?」

 

「あら、私はプレゼントとして教えてあげたし、丁重に迎えてもあげたのに」

「それって後付けよね? ズルくない?」

 

「そうやって言い逃げする方がズルいように思えるけれど、それとも貰いっぱなしでも構わないと考えているのかしら?」

 

 笑ったままのお嬢さん。

 全戦無敗ではないけれど、勝時をよぉく知っている花のお姉さんだ、表情は変えずにトドメだと、そんな意味合いを込めて畳み掛けてくる。これで勝鬨の声でも上げてくれれば可愛げがあるのだが、そんな声は聞こえず静かに笑ってくれるだけ。

 これは非常に感じが悪い。口でも完全にやり込められたと、散々負けては逃げてきたあたしの勘がそう告げてくれる‥‥けれど納得出来る部分もあるな、このお嬢さんが言う事も尤もで、こいつも普段は赤い格好だし、年齢もどっちが上なのかわからんから貰いっぱなしでは失礼に当たるか。

 ならいいさ、ここは全開で開き直ろう。何か寄越せと言ってくるのなら全力で応えようじゃないか、あたしらしく。

 

「そんな感じで逃げてもいいけど相手が悪い気がするわ、追加で魔砲のプレゼントなんて貰いたくないし‥‥そうね、あげられる物はないし、何かしてほしいならしてあげるわ」

 

 負け口上代わりに伝える。

 特に渡せる物はなし、欲されている物もなしと、あげられるモノが思いつかない、だからあたしで出来る事であればしてあげる。そう話してみると動く彼女。たおやかにネグリジェの裾をちょっと摘んで足を晒した。それから何をするのか見ていれば、笑んだまま足を組み、上に重ねた右足をチョイチョイと揺らして見せてくれた。

 美味しそうな御御足を振って、その仕草から何をどうして欲しいのか、なんとなく理解出来たので襦袢の前を(はだ)けさせ歩み寄る。そうして晒された足を取り、片膝ついて眼前に持ち上げた。

 そこまで動いて一旦止まる、これで正解なのかと、出し慣れた舌を見せてご尊顔を仰ぎ見ると、柔らかな顔で薄く頷かれた。

 これで舐めれば本格的に負けだろう、が、今日は既に完敗しているのだ。何も気にせずに足の甲に口付けして、それから襦袢を脱いで派手に煙を立ち上らせた。

 

「ちょっと、逃げ‥‥!! 何す!?……くすぐっ‥‥やめ――」

 

 見せた煙から逃げるとでも読んでくれたのか、一瞬強くなった声だったがすぐに声質を変えた。

 撒いた煙はすぐに晴らした。そうしてそこから現れるのは、愛らしい灰色狸。四足着いてペロペロと、芳しい花の香りが満ちる足にしゃぶりつく狸が現れた。まぁなんだ、姿を変えただけで間違いなくあたしである。

 そうして獣の姿を取って舐める、本気で。お馬鹿な愛玩動物らしく武者振り付く。

 先の要求は要するに甘えろって事だろう、ご主人様に甘えるように丁寧に舐め上げろって事だろうよ、それならこっちの姿でやれば何の気恥ずかしさもない、そうやって思い込んで本気でじゃれつき、しなやかな指やら指の間やら、丁重に甘噛みしては舐め上げていく。指からふくらはぎへ、登って内腿へと舌を這わせる。

 あたしの頭を抑えて抵抗する最中、向日葵色した声でやめて、だとか、秋桜色の声でそこは、だとかも聞こえたが、今のあたしは人の言葉を解せない姿なので主様の声は無視してじゃれついた。

 

 暫くじゃれついて幽香の息が若干上がった頃、尻尾を鷲掴みされてとっ捕まり運ばれてしまったが、連れ去られたベッドでその後どうなったのかは敢えて言わずにおこう。

 その方がきっと楽しいはずだ、色々と。


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