東方狸囃子   作:ほりごたつ

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EX その52 浮夜道

 風に吹かれ散らばる枯れ葉を踏み(なら)し、足元で音を立てる。

 歩を進める度ランダムに鳴るカサついた音。

 その合間合間には踏まれ、割れる葉の音がパリッと鳴る。

 乾いた音を耳にして右肩から下げた白徳利を煽り、寒空の一人酒を楽しむ。そうやって乾きと湿りのバランスを取ったつもりになり、もうすぐ湿気が勝つだろう苦寒(くかん)の空を仰ぐ。

 

 冷える夜を行くのは少し低めの薄い灰雲、夕刻から育ち始めた冬の雲。同じ空を進む冬妖怪の両手から漏れる白をご飯にしてモクモク育ち始めたけれど、未だ成長途中の雲は見た目大きくなってきただけで、ギンギラな結晶を振らせるには至らないようだ。それでも直に降り出すだろうな、レティさんが冷やして回っているのだし。

 

 そんな、もう時期には降り出しそうな雪(もよ)いを見つめ思い悩む。冷たいのがちらつき始めればギンギラで正しいと感じられそうな今宵、そうなっていない今はなんと表せるのだろうかと。

 凍曇(いてぐも)りには違いないが、稀に途切れる雲間からは月華が差し込む事もあり、時々明るくしてくれる恥ずかしがり屋な望月様を弄月する事も出来る、なんとも微妙な天気模様。

 

 軽く頭を回してみたけれど、コレという表現が思いつかない。

 一人で考えて答えが出ないなら誰かに聞けば早いのだろうが、生憎話しかける相手もいない。

 視界の端の方にいる今時期元気な青白いの、見て触れて、話して一緒に笑い合える寒気に問うくらい出来るのだけど、あの人に対してはもう暫くこっちに来ないでくれればいいなと考えるだけにして、こちらから構まってもらうって案は捨て置く事にしておこう。下手に絡めば寒冷地前線を呼び込む事になり、今の景色は消えてしまいそうだ。

 

 捨て置くなどと案じたからか、今はデンデラな夜でいいんじゃないか。

 もうすぐ降り出すものも、覆う雲から捨てられたと見ればそう見えなくもないのだから。

 そんな事も思い付いたが、これもこれで捨て置いた。姥捨て山に例えるなどいつまでも少女でありたいあたしらしくない、そうやって思い込み、悪くない気がした思い付きは重たくなり始めた雲に隠れるお月様に預け、なかった事としておこう。

 

 考える事がなくなると思考が止まる、すると足も止まる、というか止める。気温が下がれば時間も止まるってお話だけど、それとは関係なしに足を止め、少し細めた目で来た道を眺み、立ち止まった。

 見えるのは夜風に揺れる木々に、青く照らされる薄暗がり。後は『二八』と書かれた看板だけが残る蕎麦屋の屋台だったような瓦礫、その脇で伸びている着物姿でのっぺらぼうな妖精も見られるが、そいつには触れずにただただ静かに立っているだけ。構えば更に遅れてしまうし、妖精なら死んでもその内復活するのだろうし、助けてやる義理もないしな。 

 

 無言で、淡々と待つだけの自分。風と舞う葉の音に身を任せる姿は、さながら誰かを待つような振る舞いってところか、実際待ってもいるがね。

 寒中の森に溶け込む姿は我ながら中々悪くないように感じられて、思わず笑む。

 例えるなら、会いたくて会いたくて堪らない相手との待ち合わせ、早く来てくれないかな、凍えてしまった手を早く温めてくれないかな。なんて雰囲気か。

 会いたい相手は待ち人ではなく待ち合わせ相手ってのも、逆さまで好ましい。

 

 そうして、こっちは悪くない思いつきだと口の端を持ち上げつつ、周囲で繁る森に目をやる。

 誰かに見られれば冷ややかな目で見られるだろう顔のまま周りを見るが、待つモノ達は未だ追いつけないみたいだ。あまり待たせないでほしい、気は長いが飽きっぽいのだから。

 

 そんな事を思案しながら待ち詫びる間に一服済ませ、空いた左手を首筋に添えてみた。

 夜の空気に晒した手先は酷く冷えて、定命の者であれば頬や唇は青くなってしまうかもしれないな、と、年中変わらなくなった自分の体温を手の甲に感じつつ、別の意味合いで薄っすら青ざめている頬を綻ばせた。

 一人歩き、立ち止まる最中に吹く風は身を切る寒冷さに満ちていて、先に案じた通り生き物が浴びるにはと辛いものがあるのだろう。それでもあたしには関係ない、血色良くなるための血液が流れていないのだから、多少冷え込んだところで寒さに負けて青くなる事などはない‥‥だというのに、今の顔は仄かに暖かで揺らめく青に染まっている。

 

 先日の鈴蘭畑でされたようにお化粧をしたりだとか、特に女化しこんでいるわけではない。

 年頃の女であれば鏡に向かって時間を使い、唇に紅を引いたり瞼に影を落としたりと、ちょいとお化粧して冴える青を魅せたりする事もあるのだろうが、それは人間に限っての事だろうな。

 あたしの場合そういった化粧などせずとも元より化かす狸であり、人に仇なす化生の身の上だ。顔つきを変える為に胴乱塗りたくる位なら軽く化けて顔毎変えた方が手っ取り早いし、どうせ時間を使うなら動乱にならん程度に何かを練り企んでいる方が楽しいとも思っている。

 それにだ、今のあたしは透き通る、というか物理的にも透けて通り抜けられるお肌になれるのだから、態々お化粧する意味が薄いとも言えよう。

 

 さて、出足から些か話が逸れた気がする。

 何を考えていたのだったか?

 なんで立ち止まったんだっけか?

 思い出す為に再度煙管を楽しみつつ、携えた青い灯りを持ち上げた。

 手元で灯るのは出てくる前に急拵えした行灯。

 正確には作る事になった、青い和紙を貼り付けた行灯である。

 あたしの顔が青い理由を高く上げ、時偶夜空で微笑んでくれるお月様と並ぶようにすると、冬場の澄み切る外気のお陰か、淡い青は思う以上に周りを照らしてくれて、青行灯でも案外明るくなるなと感じられた‥‥までは良かったが、青一色に染まる森も綺麗だなんて思ったせいかね、視界にチラホラ白が漂い始めた。

 

「こっちでも降ってきたか。冷え込みそうね」

 

 ポツリ呟く独り言。

 ボヤくと口から漏れる別の白が少し漂い、雪と共に吹き始めた風に流されて、消えた。

 これはよろしくない、雪に続いて風まで出てきたか。都合が悪くなってきたお天気に向けて愚痴を吐き、視線を奥の細道に流す。そのまま暫し待ってみると、青い案内灯に導かれるように、立ち止まった理由が姿を見せた。

 

「あ、やっと来たわね、もうちょっと早く歩……くのは無理か、生まれたてホヤホヤなんだし。あたしが早足過ぎたのよね、きっと。悪かったわ」

 

 現れた連中は大体が器物。

 そうだった、先導していたはずがいつの間にか距離が空いてしまったのだったな。おぼつかない足を生やした糸切り鋏や陶磁器といった物連中を見て思い出せた。ゾロゾロとあたしの視界に姿を見せて、それぞれがそれぞれに、シャキシャキだったりカチャカチャだったり、音を鳴らして追いついた事を教えてくれた。足が生えただけで他の部分は未だに器物そのままな子ら、話しかけたところで会話が出来るとは思えないが、成りきれていない彼らにも一応の心があるらしいので、ここは素直に悪かったと伝えてみる。

 言って数秒。やっぱり伝わらないかと考えた瞬間、あたしの謝罪に対してシャンシャン鳴り合い返してくれる子達。ふむ、話せはしないが反応はあって意外と可愛いかもしれないな、姉が育てようと考えるのもなんとなく理解できた。

 

 彼らは今は使われなくなった、里に住む人間達の家でしまわれていた物達だ。

 何故かは知らないが月に一度、今日のような満月の夜には独りでに動き出して、自然と列を成してしまうのだと姉からは聞いている。生み出され彷徨う事しか出来ない赤子、放っておけば戻り、いずれ朽ちるだけの子らを育ててやるなんて、姐さんはやっぱり優しい。

 因みにあたしの置き傘は今宵も動いていないみたいだな。連れ歩く者達の中に誰かの雨傘や提灯もいるにはいるが、手元に戻すつもりのない傘は未だ寺の何処かに立てかけられているらしい。耳にする限り一輪辺りが偶に使っているそうなので、まだまだ物として現役だから者に成ってくれそうにはないなと思えた。

 

 雨を降らせない桃色入道連れた青空色の髪をした奴のせいで傘が傘のままにある。何処かちぐはぐなようで正しいような、よくわからん思いを含みつつ、取り敢えず今連れ歩く列に思考を戻す。

 こっちもこっちで、色々と踏まえて言うならば付喪神見習いといったところだろうか‥‥いや、既に自我が芽吹き始めていて自ら動いてもいるのだから見習いではないのか、ならモドキ?

 いやいや、それこそちょっと失礼か。モドキだなんて偽者だと言い切っているようなものだし‥‥まぁなんだ、考えるのも面倒だしその他の妖怪でいいか。化狸から片足はみ出したあたしが引き連れる者達なのだし、それなら彼らもその他でいいや。

 

「あら? ちょっと減っちゃった? 迷子にでもなったの?」 

 

 そんな付喪神成り立ての赤ん坊に問うてみる。

 考える最中に追いついたらしい皆、最後尾まで集まったはずの付喪神達を見ると少しの違和感を覚えたからだ。見える子達の姿は変わらないが、どうにも数が少ないように感じられた。先導し始めてすぐは二十体くらいいたはずの小さな小さな百鬼夜行だったのに、今見えるのは十体いるかいないかというくらい。

 

「ま、いいか。こっちにいないならあっちにいるのだろうし、あんた達もそう思うでしょ? ね?」 

 

 問うてみたが、返事は変わらずシャンシャンだけ。

 やはり会話は出来そうもない、が、しかし、今返してくれた言葉はなんとなく理解できた。

 さっきのお返事は『そうだね、きっと大丈夫だから、こっちはこっちで早く行こう』なんて言ってくれているに違いない、なれば同意も得られたし何の問題もないな。

 そう確信し、一人頷いて踵を返す。

 

 ハラハラ舞い落ち始めた白の結晶が頬を撫でていく中、青い案内灯を揺らしてゆるり歩く。

 向かう先は人間の里から東に出て少し外れた方面、人気のない神社に向かって伸びる道を逸れた辺りといえば伝わるだろうか。あの夜雀や山彦ちゃんがゲリラライブを開いていたり、木っ端の妖怪が出没して人を襲ったりする場所なのだが‥‥今晩のこの辺りは冬らしい静けさに満たされていて死を迎える人の声も、山彦の喉から絞り出されるデスボイスも聞こえてはこない。当然か、あの女将は今頃屋台営業時間中のはずだし、山彦も今は住まいのお山で詠唱中のはずだ。

 

 お陰で静かな通り道。

 ここは何処の細道か、耳に入らない喧騒に代わり、一人呟く通い路。強まったり弱まったり、ランダムに風巻(しま)く雪に溶ける歌を歌って、これから聞こえるだろう音を思う。

 もうすぐ聞こえてくるはずのソレは狸達の笑い声や楽しげに囃し立てる音色、酒を呑み火を囲んでの小さなお祭り騒ぎが聞こえ始めるはずだ。この辺りはいつぞや姉さんが狸火燃やして付喪神を育てようと宴会開いていた場所の近くでもあり、そこが今夜の夜行の目的地でもあるのだから。

『今宵年忘れの宴を開く、暇ならお主も顔を出せ』

 そんな風に誘ってくれた姉さんが、来るならついでに迷っているかもしれん連中を拾って来てくれると有り難い。などと言うだけ言って去ったから、それなら向かうついでだしいいかなと、姉とは別の(はぐ)れ百器の夜行を率いているのがこっちのあたしである。

 

「あんた達も運がないわね、あたしじゃなくて姉さんの誘い火に惹かれていれば今頃話せるくらいに成れていたのかもしれないのに」

 

 聞いているのか理解されているのか、言葉での返答がないのでわかりはしないが、振り向きもせずに語ってみると、シャンシャン鳴らして背中にお返事してくれた‥‥が、その返事に少しの違和感を覚える。器が奏でる音自体には変わりないが別の音、同じく耳に届いていた足音が先程よりも増えたような、そんな気がするのだ。

 気のせいか、そう聞こえただけか。もしくは(はぐ)れてしまった子らがどうにか合流でもしたのかな、そんな風に考えて気にせずにいたが、少し歩くとハッキリと『今日も暇そうだな』と聞こえた。話せないと思っていたが本当は話せたのか、それともあたしの灯す偽狐火にアテられて急成長したのか。そういった考えが脳裏に一瞬浮かぶが、そんなにすぐに育つわけないなと、頭を振って思考を切り替えようとするが‥‥別の案を思いつく前に答えの方から絡んできた。

 

「さっきから独り言ばかり言って。相変わらず暇そうだねぇ、昼行灯さんよぉ」

 

 子供のような声質だが何処か年季を感じる声色、耳覚えもある声に煽られる。

 お巫山戯成分の多分に含まれた声があたしの二つ名を呼び、背中を突つく。

 

「今のあたしは青行燈よ、いつからいたの? というか、なに勝手に混ざってるのよ?」

 

 振り向き問うと、浮かび、並んでくるちっこい二本角。

 声をかけてきたのは見慣れた幼女、その一部。一人はあたしに絡んできて他のコイツは器物達の列に混じり、瓢箪を煽ったり、もうちょっと早く歩けと周りを煽ったりしているようだ。

 面白いおもちゃでも見つけたように笑って金魚鉢ちゃんを叩いたり、風鈴ちゃんを指で弾いてみたりしているが、百鬼夜行の御大将だと名高い鬼がそうやって赤子を煽るなよ、可哀想だろうに。

 

「今し方さ。いや、暇潰し(木枯らしごっこ)に流れていたら珍しいのが列を率いていたからな、ついついな。なんだぁ? 混ざっちゃまずかったってのか?」

 

 肩乗りサイズの鬼が笑う。

 来年ではなく今現在の話をしているというに随分楽しそうだ、一人が笑うと他の連中も笑い出し、列から聞こえる音が乱れ始めてしまった。こうやって笑ったり混ざってくれる分には構いやしないがゲラゲラ煩くされるのは勘弁して欲しいところだ、一人でも煩い鬼っ子なのに今晩のコヤツは多くて余計に喧しい。

 しかしなんだな、先にはコイツの一部分と捉えてみたが、ちっこいの一体に対して一部分と言うには語弊があるようにも感じられる。この鬼の場合群体全てが本体であり、列に加わり騒ぐ一人一人も本体なのだったな。

 ふむ、こういった場合はなんというのが正しい表現なのか?

 少し前と同じような悩みに傾ぐ頭。同時に耳から垂らした銀の鎖も下がる。

 そうなると、取っ手代わりにいいのがあったなんて顔をして、ソレに自身の鎖を搦めて支えに使い、あたしの肩で仁王立ちする幼女。

 

「聞いてるのか? なんで黙るんだ? 一人の時にはブツクサ言ってて私が来たらダンマリか? なんだよ、暇そうだったから少し遊んでやろうと思ったのにさ、嫌なら嫌って言えよ」

 

 肩の上で小さな瓢箪を煽る奴の語り。

 三度ほど喉を鳴らして、小さな身体にしては大きめのゲップと愚痴を吐く。

 あたしと会う前から呑んでいたのだろうな、言われた愚痴がやたら酒臭い。 

 

「嫌だなんて思ってないわよ? 寧ろ萃香さんの事で頭が一杯だったもの」

 

 なんか言い返してこい、そう言われた気がしたのでテキトーに返す。

 口をついて出た事で実際は一杯だなんて事はないが、酔っ払っているようだし、こんな風に言っておけば少しは気を良くするだろうと思い、ちょいと持ち上げつつのお返事をしてみた。

 

「ほぉう、私の事でねぇ。良けりゃ聞かせてくれないか? その一杯だってやつをさ」

 

 結果大失敗だな、これは。

 返答を投げてくれる鬼だけれど、この言いっぷりにはなんというか機嫌を損ねたような含みが感じられる。普段厭味を言わないお人だ、そんな輩が遠回しに、厭味ったらしい口振りで話すのだ、確実に機嫌は傾いたっぽいな。これはまた面倒臭い状態だ、常日頃から不羈奔放と過ごす奴がネチッコイ時ってのは大概悪酔いしている時だ、酒に別腸ありを地でいく鬼の割には悪酔いする事が多いなこいつ。あっちの蟒蛇はこうまで酔っ払う事なんて……あるか、酔いに任せて身内の鬼をぶん殴り、酒場の入り口ぶち抜いた事もあったな。

 なんだ、案外酔うのか、こいつらも。

 

 しかしあれだ、この空気感は前にも感じた気がする。あの鬼が一人(鬼人正邪)の鬼ごっこをしていた最中に会った頃を思い出す空気だ‥‥あの時はあっちの、色々大きな鬼のお姉さんとばっかり遊びやがって、もっと私を構えとゴネられたんだったか。あの時分は構う暇がなくて、相手にしてられないと伝えたら殴られはぐったんだった。

 ならそうだな、あの時を再現するように今回も言ってみるか、相手の事を考えて今現在の思いの丈を語るというのも構う範疇に入るだろうし、今は殴られようもないしな。

 

「まだか、おい、なんか言えよ」

「そうね‥‥まずは年中酔っ払ってて面倒臭い、そして酔っぱらいの相手をするのも面倒臭いとか。絡み酒じゃなければもう少しマシだけど言ったところで直らないし、もうちょっと可愛い酔い方をしてくれれば構って上げてもいいんだけど、とか?」

 

 聞きたいと願われたので口火を切ってみる。

 すると変わる幼女の顔色。元から赤かった童顔、あたしのところに来る前から飲んでいたのだろう、飲兵衛らしい顔色をしていたはずの萃香さんが青い灯りに負けない速度で更に赤々と変わっていくのがわかる。

 

「随分だな、言いたい事だけ言ってくれてよぉ」

「聞きたかったんでしょ? まだあるわよ? コレを伝えたら拗ねるだろうし、暴れられたらどうしようだとか、そうなったらどうやって機嫌を取ろうか、なんてのも頭にあるわ。後は‥‥」

 

 舌端に狸火灯してみたらば出るわ出るわ、幼女にむけてのあれやこれや。おっかない鬼の顔色が変わっても止まらなかったあたしの口。そこから溢れ出るのは結構な文句、と、少しの願い事のつもり、だった。

 

 前半は間違いなく悪態。酔いに任せて絡んでくるへべれけがちょっと面倒で、普段の自分を棚に置き忘れた事にして言ってみたものだけれど、後半は引き連れる子達の事を思ってのささやかなお願いのつもりだ。

 成り立てというか成り切れてない中途半端な赤ん坊というのが彼らだ。自ら動き始めちゃいるが身体は見たまま器物な彼らでは、この幼女が暴れた際の振動や高温に耐え切れるわけがない。唯でさえ腕力ゴリ押しな種族なのに今のこいつは酔っぱらい、常に酔っ払っているってのはこの際置いておいて、酔いに任せた鬼の力なんて振るわれてしまえば、古い割れ物な子らなぞ一瞬で塵となるだろう。

 そう案じての言い回しだったのだけれども、よくよく考えればこれは逆効果だな、一人酒は寂しいから構ってくれという我侭幼女に向かって半分以上煽りに聞こえる言葉を吐いたのだ……なるべく嘘のないように素直に言ってはみたが、もう少し言葉を選ぶべきだったと今になり少し悔やむ。

 

「ベラベラ喋って、またダンマリに戻るのか? もうないか? 今なら聞いてやるぞ?」

 

 やらかした、そんな考えが溜まり始めた頭の天辺、角の取れた三角耳を弾いたりして、おもちゃにじゃれつく子供鬼が上から目線で言ってくれる。

 人の耳で遊んでおきながら何を言ってくれるのかって思わなくもない、が、そんな思いはかじり取られた。じゃれつかれ跳ねさせた耳に覚えのある感覚が感覚が奔ったからだ。きっとこれは噛まれている、そう考えついてもう一度耳を跳ねさせると、モゴモゴした声で動かすなって怒られた。甘噛されている感覚を身に覚えつつ、こいつはいきなり何をしたいのか思案するが……深く考える前に、もう一度耳に届くコリコリ音、甘い歯の感触。

 本当になんのつもりだ?

 何かを甘噛するなど、かまってちゃんの子供か愛情表現くらいだろうに。

 前者は見た目からとして、後者は完全にない話だぞ、互いに。

 

「ちょっと萃香さん? 噛んでる? 噛んでるでしょ? 子供じみた事しないでよ、そういうのは姿だけで十分なんだから。それともごっこ遊びのつもりなの?」

「それもいいかもなぁ‥‥なんだっけか、ばろんばろんとか言えばいいのか?」

 

「おばりよんは狐だって話でしょ、あたしは狸よ」

「なんでもいいだろ、ちょっと付き合えって」

 

「はいはい、()れたかったら()れてくれていいわ。重いだけだし、そろそろ進まないと本格的に遅れちゃいそうだしね」

「そういや何処向かってんだ?」

 

「もうちょっと先であたし達だけの忘年会をするのよ。来ちゃったし、ついでに参加したら? そっちでなら構ってあげるから」

 

 姿の見えないおばりよんにそう言うと、御手柔らかなコツンが届けられた。これは読み違えたかね、言いたい事言い切られ怒髪天となったコレが動くのならもっとこう、傍若無人の限りを尽くすような振る舞いになると思っていたが、握る鎖と髪を支えによじ登り、人の頭の天辺を小突くだけで終わる鬼っ子。

 

「もっと荒々しいのを考えていたのに優しいのね、どうしたの?」

「おん? どういう意味だよ?」

 

「すっきり言い切ってやったつもりなんだけど」

「‥‥あぁ、私が拗ねるとでも思ったのか、そうやって考えてくれるなら拗ねてやってもいいぞ?」

 

「遠慮するわ、それで?」

「別に、理由なんてないさ。それでもそうだな、強いて言ってやるなら珍しい事続きだったのに、発端はまたいつものかって関心したってだけだ」

 

 頭の上の胡座鬼が、座布団代わりの髪を叩くと明るい声を上げた。ゲラゲラとしたらしい笑い声ではなくて、何処か優しげな、何かを思うような笑い方をする萃香さん。

 文字通り人に乗っかって態度は偉そうなくせに、話す事は関心などと、よくわからん事をのたまってくれるな。しかし関心とはドコのナニに対して言っているのか?

 この鬼が関心するような事、関心を持つような事なんて酒か喧嘩くらいしか思いつかん。

 

「関心ねぇ、何に心惹かれたのか教えてもらえる?」

「なに、相変わらずの嘘つきっぷりに関心しただけさ。な、大した事じゃなかっただろ?」

 

 言われてなるほど、確かに嘘にも関心を持っていたな。

 それでも言われた通りで大した事じゃない、嘘など常に吐いているもので、あたしそのものだと言い切ってもいいくらいのものだ、今更感心されるようなものではない。だというのにそこに感心するという嘘嫌い、というか今はまだ嘘偽りを述べてはいないのだが、どの辺りに嫌いな部分を見つけてくれたのだろう。

 先と同じように、モヤモヤと考え始めてしまい黙りかける。が、このまま思考の雪景色に迷ってしまえばまた小突かれてしまう気がする。なら語りつつの考え事とするか、可愛いコツンで済むのなら構わないけれど、酔って加減を間違われては困る。

 

「そうね、大した事じゃないわね」

「なんだよ、気にならないのか?」

 

「気にしてほしいの? 嫌いなモノの話題なんて嫌だろうなって思ったから聞き流してあげたのに。もしかして聞いてほしいから言ってきたの?」

 

 今までの言いっぷりや態度から邪推する限り、きっとそうだろうなと読みつつ問い返す。

 質問に質問でお返しするなんて失礼な物言いだけど、話し相手は酔っぱらいで、構うあたしも酒を口にしている。ならこれは酔った女の与太話って事にも出来るだろう、ならばそこには非礼や失礼なんてのは存在しない。無礼講とまでは言わないが、気安い冗談を語るだけなら細かい事は気にするだけ野暮だ。

 そんな考えが顔に出ていたのか、厭味な顔で笑っていたらしいあたし。その顔を見上げていた地を歩く萃香さん達が、本体らしい頭のやつに萃まっていく。

 サイズは変わらんが、萃まり纏まったせいか地味に重い。

 

「そうだよ、ほら、もっと聞いてこいって。遊んでやってるんだ、きちんと構え」

「遊んでほしいのか遊んでくれるのか、わからない口振りね。だけどいいわ、聞いてあげる。なんで関心なんてしてくれたのよ?」

 

 結構な重みのある頭頂部に話しかける。すると感じるモソモソした動き。

 どんな顔して何をするのか?

 見えない頭の天辺を気にして上目遣いで見上げると、眼鏡の縁の少し上に幼女の顔と両手が伸びてきた。笑顔、あんまり見た事がない笑い顔。穏やかに頬を緩める鬼の顔は、あたしと同じように仄かな青に染まっている。長い髪も、本来なら酔って赤くなっているはずの頬も青くて、中々幻想的な顔に見えて良い絵でも見ているようだ。

 

「嘘偽りなく言い切った事も珍しいし、縁もゆかりもない連中の面倒見てんのも珍しいと思ったのさ。そうだ、お前がこんな事してるから雪なんて降ってきたんだな」

「遊んでほしいくせに酷い事言うのね、冷たくフッてほしいのならそうしてあげるわよ?」

 

 軽く頭を揺すってやると、摘む両耳を支えにこらえる幼女。

 強かに摘まれる耳からは、やめろ、という声にしない声も聞こえてくるけれど、そう言ってくれる顔は先ほどと同じく楽しげな笑みだったので、気にせず揺らして戯れる。

 酩酊幼女のケラケラ声を少し聞き、道すがらに構うならこれくらいで十分かと思った頃。一通り構ってやって満足したのか、普段のドスの利いたロリ声で話してくれる萃香さん。

 

「冗談だ、冗談。雪女がカッカするなよ」

「そう呼ばれる人は今頃どこかの空を跳んでるわ、何度も言うけどあたしは狸」

 

「さっきは青行燈だって言ってなかったか?」

「ソレはソレ、これはこれよ」

 

「あぁそうかい、都合がいい事言うねぇ」

「そうよ、閻魔様に太鼓判押してもらえるぐらいあたしは都合のいい女なの。で? さっきのは?」

 

「だから冗談だって言ったろう? 気づけよ、察しが悪いなぁ‥‥それともコレも珍しいってやつかぁ?」

 

 揺蕩う灯りを顔に移して、ヘラヘラ嘲る青幼女。

 察しが悪いと小馬鹿にされて、何の冗談か考え、思いついて、それを返す言葉を練る間にも楽しげに笑ったままだ。あちらからの見下ろす視線にあてられて、コチラからは見上げる目線で線を重ねる。こうやって見上げているとまるで妖怪のお山に住む連中になったような錯覚を覚えなくもない。が、天気にかけたくらいの冗談で鼻を高くする鬼程度だ、拝んでやるには値しない、寧ろこの程度で天狗鼻になるなんてと、笑ってやれるほどだ。

 実際に鼻で笑ってやる。すると、返事はまだか、そんな顔で見下ろしてきた。

 

「ごっこ遊びに飽いたからってあたしも巻き込まないで。それで、もう一つはどの部分になるのよ?」 

「気づいたなら突っ込めよおい、放置すんなよ、ホントつれない女だなぁ‥‥まぁいい、ついでに聞かれたし、私もついでに教えてやるよ、そういう事さ」

 

「そういう?……あぁ、ついでって事ね。そうよ、ついで、ついで。でもそうね、前半はそうかもしれないけど、後半は‥‥どう思う?」

「私に聞くなよ、自分の事だろ? はっきりしない奴だな」

 

「曖昧な誰かさんに似てるから笑うなって言われた事もあるし、似てるならはっきりしなくて当然だわ。それでも後半は‥‥言うなら意識してそうしてるわけじゃないって感じなのかもね? この子達も元はついでに拾ってきただけなんだし」

 

 言われると口をついて出る『ついで』

 これもあの鬼ごっこの最中に言われた気がするな。小槌の情報を仕入れに地底へ潜り、ついでの一寸法師をなんやかんやしようと思っていた時だったか。あの時を再現してみようなんて思いついたからか、相手の所作もあの頃と同じように見えてしまう。

 それでも再現そのままというわけでもないか。構ってくれと言ってくる姿は同じだが、あの時のように本気でぶん殴ってくる事もないし‥‥ふむ、こいつも鬼だし、あっちの大将と同じくあたしに甘いのかもしれないね。悪戯に、口の端っこ持ち上げて人の事を笑うだけ、このちびっ子大将の割に甘い感じがするけれど、と、そこまで考えて後は深く考えなかった。

 今日の瓢箪の中身は八塩折の酒でも入っているんだろう、そう思い込む事にして頷く。

 あたしの頭が下がると当然下がってくる幼女の頭、顔。

 上目で見なくとも見られるくらいずり落ちてきて。

 それから人のおでこに手をついて、どうにか身体を持ち上げ、また笑う。 

 

「ほらまた出た、やっぱりついでか」

「敢えて言ったのよ。しつこく言えば触れてこないかと思ったのに、失敗したわ」

 

「私はお前ほど捻くれてないよ。全く、ちょいと気遣いするのについでの用事が必要だってかい。相変わらず面倒臭いやつだな、お前」

 

 言い返すと笑ってくれる。

 その笑い声に対してうっさいなんてお返事をぶん投げてみたが、全く以て気にされず不羈奔放の鬼らしい返事と笑い方で返されてしまった。

 カンラカンラ、天気を例えた冗談下手らしい、明るく乾いた笑い声を響かせる幼女。

 相変わらずと言われたが、こいつもこいつで相変わらず喧しいままだ。

 けれどそれもいいか。変わらずにいてくれる友人を見るのもいい、そんな事を考えた過去もあったわけだし、昔を回顧して話すのも酔っ払いにはよくある事なのだから。

 紅灯緑酒に染まる町ではなく、蒼灯悪酒に染まる自分達から考えるにはいささか下手な気もするが、相手も下手だしあたしも下手って事でいいだろう、今日のところは。

 

 下手だが下戸ではない者達が列を先導し進む。

 時折二人で自前を煽り、徳利と瓢箪をぶつけ合いながら、駆けつけながらの乾杯をしつつ暖かな狸火目指して酔い歩く。軽く酔ったふりをして、浮ついた気分でふらふら進むちょっとだけ育った百鬼夜行。いつの間にか最後尾についてた、頭にバッテン貼り付けた妖精と、コイツと同じ格好で伸びていた二人もついでに拾って、宵を歩いた。


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