東方狸囃子   作:ほりごたつ

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第二話 もんぺと夜雀時々蛍

 少しぬるいが暖を取る風呂でもない、全身洗えればよしとしよう。

 今は風呂より屋台屋台、女将の手料理を肴に軽く酒を引っ掛けるのが出かける前から楽しみだ。

 

 ここ数年の楽しみのひとつを思う。

 通い始めは豪勢に頼んでみたり多少見栄をはったものだが、それを続けられるほど懐に余裕もないし長くは続かなかった。そんな、ちょっと前を思い出し、全身さっぱりと洗い終える頃には山の彼方にお日様が落ちる頃となった。このくらいの時間になれば通い先の女将ミスティア・ローレライも屋台の開店準備を済ませ、客の入りを待つだけになっているだろう。

 

 そういえば以前に開店前からミスティアと話し込んだ事があったのも思い出せた。

 今と同じ時間帯、日が落ちて開店時間が迫る頃、いそいそと準備に追われるミスティアを眺めていたことがあったがあれはダメだ。体躯の小さな女将がせっせと準備に勤しんでいる所を眺めていると、待っているだけなのが心苦しくなり、ちょっとのつもりがきっちり準備を手伝うことになってしまった。その日、ミスティアからは感謝とお礼のおでん種を2・3品頂いた、いつも通り旨い飯ではあったのだが‥‥その日以降開店前に向かうのは控えるようになった。

 手伝うくらい苦ではないしわけないことだが、あの子はきっと手伝ったあたしになにかしらご馳走してくれるのだろう。素直に嬉しいしありがたいことだと思うけれどそれはちょっとご遠慮したい、食いにいっているのであって施しを貰いにいっているわけではない。少し食って、ちょっと酔って、軽く払って、またねとおあいそ。そんな気安い感覚で飲み食いする場所が欲しくて通っているのだ。

  

 辺りもすっかり暗くなり人の時間から妖かしの時間に変わる。

 身支度も終わり、いつもの格好でいつもの屋台の場所まで竹林をふらふらと歩いて行くと、遠くに見慣れた赤もんぺの妖怪が歩いていた。

 

「お~い、妹紅! 妹紅や~い」

 

 ふくらはぎに届くぐらいの長い白髪を揺らし、不良のように少し背を丸め、両手をポケットに突っ込むスタイルで歩く少女があたしの進む先にいる。声に気付いた少女が振り向く。

 藤原妹紅 赤いもんぺの妖怪と言ったが本人曰く人間で、いいとこのお嬢様だったらしい。

 もんぺ、正確には指貫袴というものらしいがそれにも平安の貴族が使っていた八藤丸の文様らしき柄が描かれている辺り、本当に貴族の娘さんだったのだろう。だった、とは正確には妹紅は普通の人ではない、どこかで不老不死の薬を飲み蓬莱人になったそうだ。

 人であった頃は綺麗な黒髪でその姿をあたしは見たことがあるらしい。自分の事なのにらしいというのも変だが、その頃は寺巡りで忙しく都での記憶が薄いのだ。本人に覚えてないと伝えた時には少し拗ねられたが、親の後ろに隠れ会話をすることもない程度の、妹紅から見たとても一方的な出会いだったらしく、覚えていなくてもしょうがないわね、と軽く笑われて流されてしまった。拗ねられ損に思えるのは気のせいだったと思わないが、まぁよしとしよう。

 

「お、アヤメか、これからミスティアの所? 私達も行くとこなんだ、一緒にどう?」

 

 私達? と前を見れば少し先に見慣れない人影が見える。

 カブトムシ等甲虫を思わせるような、燕尾状にわかれたマントを羽織り、頭には二本の触角がピコピコと動いている女の子。上は少しゆったりとした白いブラウス、下は紺のキュロットパンツなんて姿で、新緑の髪色と格好から活発な印象を受ける少女。

 あたしと妹紅を交互に見つめてくる際に触角がピコピコと揺れる、なんともいえずかわいい動きである。ふと目が合うがそらされてしまった、緊張でもしているのだろうか?

 こういう時は話しかけて、会話の引き出しをこじ開けてみたくなる。

 

「こんばんは、その触角は虫の妖怪? 初めましてかな? 以前に会っていたらごめんね、人の名前と顔を覚えるのが苦手なの」

 

 自慢だが人の顔や背格好を覚えるのは早い方だ、二三会話でもすればその相手の特徴を覚えることができている。化かしたり馬鹿したりするには相手をよく見るのが重要で、その培った経験からきているのだろうか覚えが早い。

 名前も忘れることはあまりないのだが、互いに自己紹介を済ませた相手以外を名で呼ぶ事はない。その辺も小馬鹿にする材料になりえるからだ、話のタネはいくつあってもよい。そう思う。

 話が少し逸れたので戻そう。

 

「こ、んばんは。あ、初めまして‥‥ですね リグル・ナイトバグと言います。仰る通り虫、蛍の妖怪です」

 

 やはり緊張しているのか辿々しい挨拶をしてくれた、リグルという蛍の少女。 自己紹介くらいでここまで緊張されると少しやりにくい気がする。まぁ紹介も済ませたし蛍と聞いて思うこともある、素直に質問してみよう。

 

「そんなに緊張しなくてもいいのよ、取って食うわけでもなし。あたしは囃子方アヤメ、狸さんさ‥‥ところで ねぇ、やっぱり光るの?」

 

 蛍と聞いてやはり気になるのはそこだろう。

 マントで隠される事なくキュロットパンツを見せているその部分、そこを覗きこむようにを見ながら聞いてみる。

 

「!……いや、そのですね‥‥」

 

 素直な疑問をぶつけてみたのだがこまらせてしまったらしく、あたしの視線の先を両手で隠しながら妹紅の影に逃げてしまった。もじもじ困ったように縮こまる。

 するとあたしから匿うように妹紅が前に立つ。

 

「あぁ、すまないリグル こいつはこんなやつなんだ 悪気はないから、な。アヤメも初対面でズケズケ聞くのもどうかと思うわよ?」

 

 困らせるような質問だと思わなかったのは本心だ。

 もじもじとする姿を見て中々愛らしいとも思っているのも本心だが。

 

「困らせるつもりはなかったんだけど、気に触ったなら申し訳ないね。お詫びにミスティアのところであたし『達』がなにか奢るからさ、それで勘弁して?」

 

 さらりと『達』と言ってみたが、あたしからリグルの方に気が逸れていたのか、妹紅には気が付かれなかったようだ。それはそれは丁度いい、見た目華奢な子だし、手持ちで足りなくなることはないだろうが、ここは妹紅にもご機嫌取りを手伝ってもらうことにしよう……気付かれ怒られたら、後で筍掘りでも手伝えばいいだけだろうし。

 

「いつまでも立ち話していても腹が減るだけよ、後は道すがらに話しましょ」

 

 二人を促し先に歩き出す。

 てゐに起こされてから食事を取っていないから、それなりに腹も減っている。

 ここで話を膨らませるよりも、屋台で腹を膨らませた方がいいだろう。

 

「あ、待ちなさいって、リグル行くわよ。とりあえずそんなに緊張しなくても大丈夫だから、ね」

 

 困るリグルをなだめるように話す妹紅。

 輪廻から外れた者の割には人付き合いするし人の面倒もよく見る。

 色々大変だと思うこともあるがこれが彼女のいい所の一つだ、言うだけ野暮だろう。

 

「はい、みすちーも待っていますし行きましょう」

 

 妹紅に促され歩み出す。

 少し傷つけたかなと思ったが困った程度だったようだ。

 ならもうちょっとからかってもいいかもしれないと考えたが、妹紅に焦がされる未来が見えたので今日は諦めるとしよう。

 

 そんな二人を見て歩き出す。

 三人並んで、とはいかず、一人だけ少し離れて通い慣れた竹林を歩いて行く。

 後ろから眺めるとやっぱり尻も気になるけれど、言いたくないなら言わなきゃいいし今後聞かなければいいだけだ 女なら少しの秘密しぐらい持ってるほうがいいと思う。

 

~少女達移動中~

 

 少し歩いて目的地が見えてきた。

 リアカーに調理用設備を載せ屋根を付けただけという、シンプルな造りの屋台が目的地。八つ目と書かれた提灯が四つほど屋根の角に下がっており、屋台の周りだけをほのかに照らしている。竹林の中でそこだけが明るく小さな灯りでも十分に目立っていた。

 のれんをくぐると聞き慣れた声で迎え入れてくれる、可愛らしい女将がいつものように微笑んでいた。

 

「いらっしゃい、二人はともかく一緒にリグルがいるのは珍しいわね。さ、掛けて掛けて、いつも通り白焼きからでいいかしら?」

 

 歓迎の言葉を言うと、返事を待たずにヤツメウナギを三尾焼きだした。

 

「こんばんは、リグルは竹林近くを飛んでた所を私が声を掛けたのよ。こっちは途中でいっしょになったの」

「元々みすちーの屋台に向かってたんだけど、どうせならと誘ってもらって」

「いつも通り歩いていたら妹紅を見かけてね、声をかけたらこの子もいたのさ」

 

 三人とも律儀に答えなくてもいいかと思ったが、二人を見た後こっちを向かれたら答えざるを得ない。

 

「なるほど、それで変な組み合わせだったわけか。なんかリグル今日は静かね?なにかあったの?」

 

 ミスティアからそう言われ少しだけ戻った表情がまた困ったような顔に戻るリグル。普段はもっとちがう子なのか、あたしの前ではこんな風に静かな面しか見せてくれないが。人見知りというやつかね、まるで出会った頃の妹紅のようだ。

 

「あたしと初めて会ってそのままって流れだからさ、緊張してるんだと思うよ? ねぇリグル、たまには知らないお姉さんと飲むのもきっといいものさ、緊張はどっかに捨てて楽しく飲もう?」

 

 酒宴好きとして酒の場でつまらそうな顔をされるのも嫌なのでゆっくり促していく。

 最初は仕方ないとして、そのうちいつもの顔ってのを見せて貰えるようになれば上々だ。

 

「お姉さんかどうかはともかく、緊張してたら美味い物の味もわからないわよ。気にせず飲もうよ」

 

 フォローだが少し引っかかることを言う、が緊張を説く軽口へと繋げてみるのもいいだろう、酒の席での笑い話なんてそんなもんだと思うし。

  

「まだおばさんやおばあちゃんになったつもりはないんだけど、あたしがおばあちゃんなら妹紅も婆さまだな」

 

 互いの髪を見比べて言ってみる、あたしも灰褐色で若々しい黒髪とは程遠いがこれは狸としての毛の色そのままの色だ、手入れにもそれなりに気を使っているし気に入ってもいる。

 

「おばあちゃんと婆さまって言い方になにか悪意を感じるけど、気のせい?」

 

 そう言いながら自身の白髪を撫でる妹紅。

 言ってやった婆さまに近い色合いだが光を透かす綺麗な髪だとも思う、所々に結っているリボンもキャラに似合わず可愛い趣味だ。

 

「気のせいよ。さ、お年寄りは放っておいてお姉さんと飲みましょう」

「口喧嘩で勝てるとは思ってないからもういいわ、さぁ乾杯よ乾杯」 

 

 なんやかんやと言いながら二人でリグルに向かいコップを突き出す。

 気心知れた相手だとこいう場合に掛け声もいらず楽だ。

 

「はい、いただきます…乾杯」

 

 一瞬戸惑ったようだがすぐに破顔し、あたし達とグラスを合わせた。

 

~少女酒宴中~

 

 そこそこ飲んで、ほどほどに酒が進み、会話が弾むようになった頃。

 手が空いたミスティアが話をぶり返した、話題は掘り返しほしくないものだったが、酒の席だし気にせずに乗っていく。

 

「で、実際どっちがお年寄りなの? 髪の毛だけみたら妹紅さんの方なんだけど。あ、でも若白髪って人もいるみたいだしどうなのかしら?」

 

 つまみもほどほどに出し終えた女将が頭の三角巾を外して隣に座り、あたしの髪を撫でながら聞いてくる。

 

「みすちー、私たち緑やピンクだし、髪色で判断はできないと思うよ?」

 

 そう言いながら自身の緑の前髪を撫でる、若葉のようにつやつやしていてこっちも綺麗な髪だ。

 若々しくて羨ましいなと思いつつ、似た髪色の妹紅と向かいあい見つめ合うこと数秒、こっちの年寄りはいくつだったか訪ねてみる事にした。

 

「あたしは千から先は数えてないから覚えてない、確か妹紅は藤原さんだ、藤原で貴族って言うとあれだ、大化の改新だーって騒いでた頃の人よね?」

「私の言う藤原はそれよりも後よ、あいつがまだ都にいてチヤホヤされてた頃の藤原家。ついでにいうならその藤原は私の祖父にあたる人よ」

 

 確かそんな藤原さんがいたなと口に出してみるがあたしの知る藤原さんではなかったようだ。

 あいつと言った時に少しだけ真顔を見せる、あいつとは姫様の事だ、今までもこれからも永いお付き合いをしていく間柄だというのに何が気に入らないのか。殺しあうほど仲がいいように見えるのだが。

 

「あー‥‥ってことはあたしのが婆か、その頃にはもう化けてたわ」

 

 言われて少し考える、妹紅の祖父にあたる人が宮中で力をつける頃にはすでに人を化かしていた頃だ、その時代は妖怪としてそれなりに楽しんでいた頃で、話を合わせてみれば妹紅よりはあたしの方が年上だろう。

 

「てことはアヤメさん、いくつのおばあちゃんなの?」

 

 髪を撫で続けるのに飽いたのだろう、妹紅のリボンを使いあたしの髪に小さなおさげの二本目を結いながら聞かれる。

 

「んー、あぁ当時のあたしを知ってる人がいるわ、この幻想郷に。ほら人里の、妖怪寺の下に埋まってた太子とか」

 

 当時は周囲からの呼ばれ方が少しちがったと思うが当人は変わらずあり続けている、耳なのか髪なのかよくわからないあれが揺れる様を思い浮かべながらそう答えた。

 

「豊聡耳神子か、あの人なら私より随分前の時代の人よ。あの人の虚構説唱えたのが私の父上だったし」

 

 妹紅の父親、藤原不比等。

 藤原氏の始祖と言われ一族隆盛の基礎を作った人である。

 豊聡耳神子虚構説も藤原氏の権力保持の為飾り立てられたものだったという説があり、これを行った候補者の筆頭に藤原不比等が上げられる、って話だったか、そんな事を里暮らしの人間から聞いたような気がする。

 

「……妹紅、あまり広めないほうがいい話だと思うわ」

「そうね……聞かなかったことにしておいて‥‥」

 

 いつか現世で復活出来る、そう信じて眠りについた聖徳太子が聞いたら怒りを買っても当然の話、それをサラリと言う妹紅に少しばかりの注意をする。言ってから気がついたのか、目を細め言うんじゃなかったと愚痴を吐いた。

 

「話を戻しましょ、豊聡耳神子さんと同じ年代って事かしら?」

 

 おさげを結い終え満足したのか、ほくほくとした表情で質問を続けるミスティア。

 

「いや、確か太子が寺立てるって言うんでさ、化けて見物しようと材木持っていったのさ。で、建立予定地で本人と会ってしまって、太子の能力で化け狸だとばれちゃってさぁ。あれって親しげに話すじゃない? その時もさ、昼間に妖かしは珍しいですねとか言われて」

 

 あたしを見ながらにこやかに話す神子さんを思い出し苦笑しながら答えた。

 

「アヤメさんってその頃から化け狸なんですね、結構な大妖怪なんですかね‥‥扱い方考えたほうがいいのかなぁ?」

 

 口ではそう言いながらもおさげを揺らして遊ぶのをやめない女将。

 そのつもりがないのなら言葉にしないほうがいいと思うが、こんな無邪気さが良くて通っているのだ、何も言わずに酒を煽っておくだけとした。

 

「大妖怪かどうかはともかく、婆なのには違いないわね」

 

 少し流れが変わっていたのにそれを言い出す当たり年寄り呼ばわりされたのを気にしていたのだろう、妹紅に意趣返しされてしまった。

 

「まぁ、あたしはいつまでも若若しくあるつもりよ? まだまだ肌の張り艶もあるし‥‥幻想郷だと周りもそんな年齢だし、むしろ年上の方が多いし、下から数えたほうが早いかもだし」

 

 気付けば寝ていた幼く見えるリグルを視野に入れつつ、色々と口篭もっては酒を飲む夜になった。本人がざっくりと記憶していたよりも多めに年齢を重ねていた事がわかり、少しだけ肌の手入れを気にするようになり、生活改善に乗り出すのはもう少し先の事。


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