東方狸囃子   作:ほりごたつ

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前後編、その後編です


EX その50 著者不明を容易く盗む ~後~

 ふと出会っただけの人間がお礼代わりに見せる小さな親切、そんな(てい)で貸本屋の娘を謀ってから数日、今日の人里では結構な騒ぎがあったようだ。

 賑やかしい理由、それは低気圧妖怪が本格的に目覚めたせいで降らせた初雪に騒いでいるとか、それ故雪かき用具を引っ張り出して皆で朝から作業していたとか、その作業に当たっていた寺の連中に捕まってあたしもやらされただとか。朝方の早い時間から色々とあったのだけれど、騒ぎの理由はこの雪景色ではないらしい。

 薄暗い空越しに聞こえるのは妖怪が出ただとか、巫女さんが追いかけたぞ! だとか、深く聴き込まずとも荒事が起きているんだろうってのが分かる喧騒の声。何かあったのだから見に行けば、というかあたしも見に行きたいところなのだが、すぐには動けない理由が今のあたしにはあった。

 

「ここいらだった気がするんだけど‥‥あの並びだったっけか?」 

 

 帳面に描かれた地図を見つめ、歩きながらポツリ呟く。

 当然返事をしてくれる相手はいない。

 人がいないわけではない。

 周囲には薄汚れた着物に身を包み、寄って嗅げば鼻を刺激しそうな姿の人間もいたりする。

 俗に言う浮浪者、乞食、かどうかは知らないが、格好や雰囲気からは物乞いをしていてもおかしくなさそうな人間が掘っ立て小屋の壁に寄りかかり、シケモクを吸ったり安酒を煽ったりする姿が見える。

 

 この界隈にいる人間は汚れ具合に多少の違いはあれど大概こういう類の人間で、ここはそういった連中が集う里の暗い部分って場所だ。中央を分かち流れる川を中心にして、四角い敷地ながらも丸く発展しているこの里。真ん中の一番流行っている辺りは霧雨の大道具屋やカフェーなど、大きな店や華やかな装いの建物もあるのだが、今訪れている端の方は、そういった見目の良さとは真逆な建物が肩寄せ合って建っていたりするのだ。

 お世辞にも綺麗とは言えない長屋、貧民街と言っても過言ではないここに住むのは元外界の人間達なんだと。(何か)の│仕業《拍子》に神隠しにあってしまい、この幻想郷に引きこまれた連中が住み着いているのがここいらだという事だ。伝聞する限りだが、引っ張りこまれた│理由《餌》になるのはどうにか免れ、命からがら里にたどり着き、戻れもせず、真っ当に生きられもしない連中というのがこの辺りの住人の大部分だと、けーねが言ってた気がする。

 いつだったか、あの天狗記者が記事にしていた秘密結社とかいう団体もこの辺りを根城にしているそうだが‥‥まぁ、ここいらの事はもういいか、あたしからすればだからどうしたという程度の事で、興味のある場所でもないからこの話はここで切り上げる。 

 

「‥‥やっと来た、伝えた時刻からは随分過ぎてるんだけど?」

 

 視界に収まる人間を眺め進むと奥の方、賭場として賑わう長屋の軒下から聞こえた声。 

 通りの雰囲気にそぐわない明るい色合いの誰かさん。纏う前掛けに描かれた茨のように、トゲトゲした空気を周囲に巻いて、お迎えの言葉を吐いてくれる。

 目が合うとはよ来いって振られる包帯、一応右腕と言っておくか、中身はないらしいが。取り敢えず今日の待ち合わせ相手と出会えたので振られた包帯の端を真似て、ふらふら近寄っていく。

 

「遅い、どれほど待たせれば気が済むのよ! あんまり遅いと騒ぎが収まってしまうわ!」

 

 プンスカ膨らむ頬、となれば可愛げもあるが膨らんでいるのは角隠しならぬシニョンが二つ。

 遅刻だと顔に書いて、自称行者と言っている割には悟りからはかけ離れた姿の仙人様、あたしの帳面に地図と、ここに来いって書き殴ってくれた茨木華扇さんがいた。

 わかりやすいくらいのお怒りモードで、怒髪天を衝くような勢いが声色に見られるが、今日は叱られても仕方がないと思える。午前中に寺での雪かきを済ませ、その後は逃げ出すつもりが捕まって禅を組まされ、どうにか午後の修行からは逃げ切って、疲れて冷えた身体を癒すのにちょっと地底で一杯引っ掛けようかな、なんて考えていた時だ。

 修行の鬼からは逃げられたけれど今度は説教の鬼にまで捕まってしまって、地底に行くならまた酒のランクを上げてくれるように頼んで来てくれ、なんて頼まれてしまったのが正午くらい、待ち合わせ時間はそれから半刻後くらいで、今はおやつの頃合いなのだ。

 

「そんなに待たせた? 怒られるほど遅れてないと思うんだけど?」

「時間通りに来るとは思ってないからそこは諦めるんだけど‥‥見物しに行くには遅すぎだわ」

 

 怒りの理由は遅刻じゃなかったか、やはり他者の心など読めたものではないな。

 しかしだ、見物とは、見に行きたいのか‥‥何か気がかりな事でもあるのか?

 大して面白くもない捕物だけだぞ、多分。

 

「あの騒ぎを見に行くの? わざわざ? 放っておいても収まるわよ?」

「いいから行くのよ、仙人として人間達が困っているのなら放ってはおけないの!」

 

 空の手で生身の腕の肘を持ち、立てた腕の先では人差し指が尖っている。

 これがこの人のガミガミ言う時のお決まりのポーズってやつだ、大昔は握りこみ対峙する相手を張り倒していた掌だというに、今ではすっかりと柔らかになったものだ、と振られる指を目で追い思う。

 

「あたしは興味ないから一人で行ってきてよ」

「ダメです、ここで逃したらまた捕まえるのが手間だから」

 

 右に左に揺れる指、それを追って言い返せば、その手がするりと伸びてくる。

 さあ行きましょう、そう言いながらあたしの首根っこを掴み上げるパワフルな仙人。先には困っているのなら放っておけないと言いながらあたしを困らせるとは、なんというか辻褄の合わない仕草に思えるが、今の立場からすればこれで意外と合っていたりするのだろうか?

 いや、これはこれで正しいのか。摘まれ引きずられ、現状困っているあたしは人間じゃないし、華扇さんが救う範疇にはいないって事なのだろうな。

 

「ねぇ華扇さん」

「なに?」

 

「付き合うから。そうやって摘むのも引きずるのもやめて。あたしは猫じゃない」

「そう、なら離してあげます‥‥気まぐれ具合は猫っぽいけど、あんなに可愛くないわね」

 

 一言余計、とは言わず無言で睨むと離された。

 それでも首から離されただけで、代わりにあたしの袖を引く腕。ジャラジャラと繋がる先のない鎖を鳴らし引かれ、早く行くわと強めに引っ張られる度にあたしの耳から下がる鎖も揺れた。

 

「さて、何があったのか、キチンと見聞しましょうか」

「妖怪が出たとか、霊夢がそれを追いかけたとか、そんな事を耳にしたわね」

 

「妖怪? 出たっていうのはどういう事?」

「さぁ? 通りで耳にしただけだから詳しいところはなんにも」

 

「そ、まぁいいわ、行けばわかるし」

 

 そうですね、厭味ったらしく敬語で返す。

 するとようやく神妙になったか、そんなフフンってな顔で笑われた。相変わらずの上から目線、慣れているから気にはしないが、修験者だっていうならもう少し謙虚さとかを見せるべきではなかろうか?

 無理な話か、謙虚になろうにも昔より謙虚な体つきはなくなったのだったな。人を言い負かせたつもりなのか、意地悪気な笑みのままでちょっとだけ胸を張って歩く元ヤン。

 そうやって張られると紫色の冬服の上からでもたわわなモノを拝むことが出来て良い‥‥なんて機嫌を入れ替えて、並び歩んだ。

 

~少女行動中~

 

 少女二人で向かう先、そこは人集りが目立つ場所。

 つい先程までは占ってもらいたい客だった人間が集まり、今は気を失って残されたここの主と、それを介抱しているらしい黒白魔法使いの姿を眺めに行くだけだ、今は。

 

「お邪魔しに来たわ」

「同じく、お邪魔するわね」

 

 手のひらに『占』と焼き印押された立て看板を撫で、人垣と蕪の暖簾を掻き分けて話題の場所へ顔を突っ込んでみる。ちょろっと屈んでヒョコッと入り口から顔を生やすと、その上、あたしの背中に乗っかって華扇さんも同じく顔だけ生やす。

 重くはないがあたしの尻尾に包帯を巻き搦めて身体を支えているらしく、その締め付けがちょっと刺激的で心地よくて、思わずアンと声を漏らしてしまった。

 

「ちょっと、何甘い声出してるのよ」

「華扇さんが締め付けるからよ」

 

 遊び半分、いや、九割?

 心中の割合なんぞどうでもいいか。

 賑やかな周囲に負けない勢いでキャイキャイと、そぐわない雰囲気ではしゃいでいれば、この言い合いを店内にいる少女、本屋の主に肩を貸して今まさに動こうとするちっこい魔法使いに見つめられた。

 

「煩いな‥‥って、なんだよ、仙人とアヤメか」

「なんだとは何よ、魔理沙が忙しそうだっていうからこうして覗きに来てあげたのに。ね、華扇さん?」

「一緒にしないで、私は何か手伝える事があればと思って来たのよ。襲われたのは店主さん? 無事なの?」

 

 目が合った人間少女に二人揃ってご挨拶。

 異変解決組の中では一番身体が小さくて華奢な黒白にあたし達二人らしい挨拶を言ってみると、担ぐ小鈴の逆側の手に愛用の魔道具を握りしめて、あたしだけに向かって突き付けてくれた。

 

「気を失っただけで、怪我はないみたいだ」

「そうなのね、なら良かった」

「あたしは良くないわ、物騒な物向けないでよ」

 

「向けられるような事を言うのが悪いんだぜ? 小鈴ちゃんを寝かせた後できっちり退治してやるから待ってろよ?」

「またそうやって。荒っぽい事ばっかり言ってないで、年頃の少女ならこっちの仙人様でも見習って色っぽい話でもしたらどうなの?」

「私を見習ってとはどういう意味よ?」

 

 だって格好が卑猥、そう言おうとした口は左手で覆われた。

 あまり茶化してばかりいるな、話が進まないだろう、思わず舐めた手の平からはそんな風味が味わえたので、ここは黙っておく事としよう。冷やかしが収まると始まる二人、いや、もう一人増えての三者面談。

 

「魔理沙さん、お布団敷けまし‥‥アヤメさんに山の仙人?」

「稗田の、貴女もいたのね」

「お、サンキュー。寝かせてくるからさ、逃げないようにちょっと見張っててくれ」

 

「誰をって、聞くまでもないですね」

 

 奥の部屋へと進む黒白を横目にして、それからコチラを見つつの会話。

 誰に対して聞くまでもないのか交わした視線だけで教えてくれる小煩い娘っ子。

 なんだよ、珍しく静かに、素直に捕まっているというのに、そんな呆れた目で見られると意地でも逃げ出したくなってくるじゃないか。

 

「それで、これは何がどうなってるんです?」

「小鈴がやらかしちゃったんですよ、この本を使って‥‥いえ、今回の場合は使われてというのが正しいですかね」

 

「使われてとは?」

「この本には呪いが仕込まれていたみたいなんです」

 

「呪いですか、どういった――――」

 

 茶々を入れずに眺めていると話される事の顛末。

 阿求が言うには本、先日中身に目を通したあの易書には読んだ者の読み方次第で発現する(しゅ)が掛けられていたようで、小鈴はその呪いまんまとはまってしまったらしい。なんとか言う江戸時代の学者の名前やら、その学者の著書名やらが話題に出され、そこから二人で頷きながら話す景色が暫く続いた。

 話を要約する限り、本の中身を利用するだけなら問題はなかったらしい。自身の益としながら著者に対して敬意を払わなかった事が今回の騒ぎの発端になったようだ。

 ふむ、この呪を組んだ者も相当な変人だな、用意周到というか回りくどいというか、下手をすれば発動せずに終わる呪などかけて……と感じてしまうのはあたしが人ではないからか、人外の力を持つあたしらからすれば遠回しに思えるけれど、ただの人間が行うのであればこうもなるのかもしれない。

 

 そうして二人の会話を聞いて、互いが頷き何かに納得した頃。店の外が別の意味で騒がしくなった、聞こえてきたのは奥にいったはずの黒白の声。勝手口からでも出たのだろう、外で誰かと話しているようだ。

 

「この声は‥‥霊夢さん、戻ってきたみたいですね」

「そうですか、では追いかけたという相手は」

 

「きっとどうにかしてるはずです、聞きに行ってみましょう」

「‥‥ならお先に、私は少し考える事がありますので」

 

 何を、紫髪で隠したおでこにはきっとそう書かれている。あたしでもそう読めるのだから華扇さんにも読めるはず、だというのに考え事があるから先に行っててなんて、阿求を促し道を開けた。

 あたしと仙人二人を見比べ少し戸惑った阿求だったが、処分するだの、薪を持ってきてだのと、薄っすら外から聞こえるツートンカラー達の声に引かれ、いそいそと店の裏へと消えていった。そうやって見送ってあたしも視線の先を変える、見る先は口を塞ぐ手の持ち主。目止めが合うと何やら問われた。

 

「ねぇ、アヤメ、さっきの話聞いていたわよね?」

 

 問いに頷くと漸くお口の縛が解かれる。

 結構な時間抑えられていたからか、ただの呼吸でも新鮮な空気を久々に味わうような錯覚があった。深く吸って大きく吐いて、やっと得られた自由を味わっていると、返事はどうしたと叱られた。

 

「聞いてたけど、だからなに?」

「あの本……どうにかならない?」

 

「どうにかって、なんで欲しいの?」

「それは‥‥今は言いたくないわ」

 

「ふぅん……後で聞いたら教えてくれる?」

 

 そうね。

 何やら暗い顔で頷く片腕有角。

 ない方の腕を強く、見た目だけ形取っている部分が崩れてしまうほどの強さで握りこんで、見た目から真面目で深刻なお話だと告げてくれる。

 何を思ってあの本を欲するのか、気になる部分だったから問うてみたが話してくれず、後々で教えてくれるかも今は怪しく思えた。けれどまぁ良しとしよう、古い知人からのお願いだし、あたしに対して真面目な顔を見せる事など仙人を語り始める前ですらなかった事だ。そんな姿を見せてまで頼んでくるのだから、やるだけやってみてもいいかもしれない‥‥処分のされ方によってはどうにか出来なくもなさそうだしな。

 

「で、返事は?」

「出来るも八卦、出来ずも八卦。それでいいなら試してみようか?」

 

「それは掛けて言ってるの? それとも本当に‥‥そうなの?」

「偽りは今のところなし、よ。そうねぇ、上手くいったらあたしも写しをもらうって条件でならちょっと働いてあげる」

 

「写しなんて何に使うのよ」

「あたしは使わないわ、占いなんてどうでもいいし。ちょっと別件で使えそうだって思っただけよ」

 

「……わかったわ、悪用しないならそれで構わない、お願い」

 

 はいはい、気怠げに返し店を出る。

 出て行く背中に頼むわと、再度願いをぶつけられ、それに押されて足を動かす。

 てっきり華扇さんも一緒に出るかと思っていたが、考え事というのはブラフではなく本当にあったらしく、一人残ってなにやら呟いていた。店外へと進む寸前まで立てていた耳には外の世界を覗くだとか、そんな言葉届いていたが、華扇さんも外の世界を見てみたいのだろうか?

 神妙な顔つきでそう悩まなくても案外簡単に出られるぞ、あたしのように死んで霊となり、オカルトスポットに遊びに行けばいいだけなのだから。

 

 それでは早速お仕事と、気配を逸らして出てみれば屯する四人とご対面。

 そう言ってもあたしは空気のような状態で見られたり、話しかけられるような事にはならない。普段から思考が逸れてしまったりして、我ながら厄介な力を持ったものだと稀に感じなくもないが、こういう時には便利な能力なのでトントンってところかね。

 

「復活した人間は退治してきた、だから心配要らないよって事でいいんですか?」

 

 考え事をしながらトントン肩を叩き、さてやるかと意気込みを貯め始めた頃、目覚めた小鈴が帰ってきた霊夢に問う。

 どうやら被害者も目覚めたらしく、枯れ木を積んだ山を中心に、会話の輪っかを作ってのガールズトークが始まっていたようだ。それに対して堂々と真横、で聞くには少しばかり巫女の勘が怖いので、四人が佇む建屋の裏手に回り、近くに置いてあった瓶と同じ姿に化けて、あるだろう機会を伺った。

 

「そういう事、というわけでそれ処分するから」

 

 静かに、狙う獲物に視線を集中し、早く投げろと内心で願っていると、巫女さんに願掛けが届いた。

 店内で耳にした処分という文言が霊夢の口から漏れて、わかりましたと素直に手渡す小鈴が見られるが、あの本の虫にしては諦めが早過ぎる気がする‥‥あれほど占いにご執心だったのに、そうも思えたが小鈴が求める書物《妖魔本》じゃないからと、それ以上に危ないからいらないと、手放す理由も聞く事が出来た。

 

 そうして渡された易書は黒白の越した焚き火の中に投げられた。

 パチパチ、乾いた音に焼かれ、端から焦げ始めていく本。

 ふむ、処分方法も聞けた通りのやり方か、お陰様であたしにはありがたい。投じられ、黒く変色した部分が白へ、そうして崩れて煙となり立ち上っていく‥‥その煙を少しずつ操り、目に映らない粒子サイズになった段階で、地図の描かれた帳面の二枚目以降に写していった。

 僅かずつ、つい先程荒事をこなし、妖気や妖術などに敏感になっていそうな勘の酷いやつに見つからないように、焦らずゆっくりと文字を写し込んでいく。 

 

 そうやって過ごして暫く、焚き火の赤が周囲に積もる白で消された頃合いには、なんとか写し終える事が出来ていた。

 懸念した巫女さんに勘ぐられる事もなく、取り敢えず本としての体裁を保てるくらいになった帳面。それを眺めてほくそ笑み、そそくさと尻尾を巻き始める。これ以上ここに残る理由がない、いてもまたなにかやらかしてるなと人間カルテットに突っつかれるだけだ、そうなる前にさっさっとトンズラするとしよう。

 

 気配を逸し、意識を逸し、考えだけは逸らさずに。

 どうにか逃げ切り藪の中。無事に複写し終えた易の本を再読する‥‥が、少しばかり苦笑いしてしまった。

 確かに写しは出来上がった、燃やしてくれたもの全てまるっと転写する事は出来ていたのだが、どうにもこれは使えないような気がしてならなかった。帳面に書かれているのは『占術の類』とソレに似た『落書き兼呪の文言』後は『ピタリと当たる』なんて宣伝札やなめくじのぬいぐるみの絵。

 ふむ、これはこれはやからした。どうやら後から小鈴が追加したゴミまでも一緒に拾って写してしまったらしい。これでは元の易書とまるっきり同じとはいかず、頼んできた仙人が使えるような物ではないように感じられてしまった。

 まぁいい、華扇さんには八卦云々なんて言ってあるから問題ない‥‥が、もう一人の御方に対してはどうやって報告しようか。

 あちらの説教の鬼もこの騒ぎ事態は知っているだろう、華扇さんが里にいたのだから監視しているあのサボマイスターもどっかで見聞きしてるはず。であれば当然映姫様にも話が上がり、そうなれば、その場にいながら何故見てこなかったのか、そんな風に叱られる事請け合いだろうよ。

 

 おかしい、困らない為に先日は動いたのに、結局はお説教される流れが変わらない、それどころかガミガミ言われそうな相手を増やすだけで終わってしまった。どうしてこうなったのか、この易書さえなければこうもならなかったのではないか、と拵えた複写本を眺め愚痴る。

 そうして、こうなったのは全部お前のせいだぞ、と、帳面の中に描かれたブロマイド、微笑む彼女のデコを指で弾いた。


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