東方狸囃子   作:ほりごたつ

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寒くなってきたので、こんな話


EX その47 都合をつける

 ほろ酔いで、うすうす蠢く宵の頃。

 明けの明星だけが美しく見える暗い夜空、その下に姿を見せ、進むは寂れた雑木林。

 変哲もない雑多な林に向かって寂れたなど、そんな事を思っていると知られればこの地の何処かにあるらしい木に宿る三体の妖精や、その林に入る手前にある池の主、なにやら喋る亀の爺さん辺りに苦言を呈されてしまいそうだが、この林は寂れた神社の敷地内だ。例えとしてはそんなに間違っていないだろう。

 相も変わらず参拝客のいない本殿を眺め、来たついで、というかすっかりお決まりになってしまっているお賽銭を、重いが軽い博麗と彫られた箱に放ってから、裏手の林を進んでいる。

 

 つい最近『多くの人と関わって、それらの話を聞かせてほしい』なんてお仕事も引き受けたというに、なんでまた人気のない妖怪神社になど足を運んでいるかと言えば、今日はここが賑やかになる滅多にない日だったからである。少し前から慣例化している酉の市、あれが催されたのが今日の明るい内だったって事だ。今現在も市は続いていて、それなりの人数が出店(でみせ)を出し、それなりの人数がそれらの出し物を楽しんでいるはずだ。

 

 どんなお店が並んでいたのか、ちょっと紹介するのであればそうだな、まずは石段を登り切ってすぐにあった店から述べておこう。

 博霊酉の市の顔、とでも言うような位置に出店(しゅってん)していたのは、八つ目と灯る提灯の明かりと香ばしい匂いが人を引き付けるお店、あの夜雀女将の名物屋台。相変わらずの盛況ぶりで、一人ではまかないきれず、相方の山彦ちゃんまで連れ出して二人でどうにか切り盛りしていた。始まる前は参道の掃き掃除までやらされて、始まってからは鰻を捌く女将に変わり客をさばく響子ちゃん。巫女さんに文句を言いつつ笑い、忙しそうにお客を流す姿は大変そうではあったが、楽しそうだったので何より、か。

 

 そのお向かいは閑古鳥が鳴いていて、夜雀屋台とは真逆の様相だったと言えよう。手水舎の軒下に敷物を敷いて、マジックアイテム大放出中と書いた立て看板だけが目立つ店、と呼べるかいかがわしいゴミ置き場に近いナニカ。店主が誰かなどは置かれている物から察する事が出来るだろうし、割愛しようと思う。ついつい顔を合わせてしまい、今日も売れ残ったんだとクズアイテムを押し付けられそうになったが、自分から売れ残りのお面を一枚買う事でそうされるのは逃れる事が出来た。こうした難癖だけを考えているのがバレたら、また馬鹿にしやがって、と退治される羽目になるので、見つけて褒めるなら盗品は並べていなかったってところを褒めておこう。

 

 それ以外にも、天狗記者が出していたハズレ無しの的当てなんてのがあった、景品は彼女達の新聞のバックナンバーという話で、それなら当たりが出る事はないな、だからハズレもないのかと思える店もあったし、人里の寺から出開帳しに来ていた、妖怪寺のご本尊様なんかも姿を見たな。

 出張ってきた御本尊様、星自らが調理したらしいおでんもあり、厚揚げ大根こんにゃくに串を打ち、いつも持ち歩いているはずの宝塔に似せたおでん串が評判だった。うっかり塩加減を間違えた、なんて事はなくて評判通りに美味しく、出汁の旨味を味わう事が出来たのだけど、あれはきっと端の方でうっかり煮えていた本物から出汁でも出ていたのだろう。薄味で厳かな風味を感じたのはきっとそのせいだ。

 後は紅い屋敷のメイド店長が淹れるコーヒーショップといった定例のお店や、あの月の頭脳が弄くり回し悪戯兎詐欺が持ち込んだ、本当にその色のままで育つカラーひよこなど、結構楽しめるお店が色々とひしめき合っていた。 

 

 そんな酉の市、最早縁日か、なんでもいいがその場の景色に溶け込んで、元お山の総大将が営む酒屋で冷酒を引っ掛けながら眺めていただけでも面白かった酉の市。いつかは火事騒ぎとなってしまって市自体が中止となったようだが、今年はその辺りに対策を講じたようで、小火こそ起きていたがどうにか盛況なままに進んでいたようだ。

 因みにその対策というのも妖怪だ、いつぞや見学に行った河童の秘密基地、あの中で見かけたネッシーとかいう建造物が放水車代わりに動いていた。出し物にしろ鎮火にしろ、妖怪を巻き込んで、顎で使いながら騒ぐ職業巫女さん。相も変わらず妖怪使いの荒い少女だと感じると同時、相も変わらず愛されているなと、騒がしく面白い市の風景を、音楽妖怪組をバックに背負って舞い踊った面霊気がいた舞台上から見つめ、満足してから姿を消した。

 

 別に残っていても良かった。

 このお祭りが終わった後はいつもの通りの宴会になるだけなのだから、それに参加し笑っても良かったのだが‥‥別の部分、布教を終えて一汗掻いた現人神を連れて消えた二柱が気になったので、そちらを追ってみる事にしてみたのが、宴会には顔を出さず藪の中を進む理由だ。

 そういったちょっと前を思い出し、足を動かし奥へと進む。

 道すがらに見られた、背が低く横に広がる木から紅い果実をもぎり、シャリッと瑞々しい音を鳴らして咀嚼し、足元の雑草は裾ごとを払っていそいそ歩む。そういえばこれもお酒になるんだったな、シードルとか言うのだったか林檎の発泡酒。名を知っているだけで味わった事はないが、あの目に痛い屋敷のセラーにでも行けば現物を見られるのかね?

 発泡性で軽い口当たり、そんな事をあそこの小さなお姉ちゃんは言っていた気がするが、まぁそれはいいか。機会があればメイド長に伺ってみる事として、今はこの先にあるだろう場所へと急ごう、でないとタイミングを逸する事になってしまいそうだ。

 口元でシャリシャリ、足元でも葉をシャリシャリ鳴らして藪の中。

 抜けるとソコは、湯けむりが上り、硫黄が香る桃源郷。

 

「ひぃふぅみぃ、読み通りの御方しかいないわね」

 

 揺れる湯気の中にある頭、横から金緑紫、高さで言えば小中大な頭を数える。

 声を掛けると揺れる影、真ん中の緑色は双葉っぽいのを左右に跳ねさせて、そばに置いてあったバスタオルを湯船に突っ込んでいる。そんな事するとタオルに色がついてしまうし、あたしが眺め、舌なめずり出来ないからやめてくれ。

 そんな思いを脳裏に浮かべ、何やら端の金色っぽい方へと寄っていく。

 すると振り向く、愛すべき二柱。

 

「今は私達だけさ」

「そうなのね、てっきりあの仙人様や死神でもいるかと踏んだんだけど、読み違えたわ」

「私達だけじゃ不服と言うか、傲慢だなぁ、アヤメ」

 

 愛する土着神に向かって、場所柄もしかしたらいるかもしれないが九割方いないだろうな、という相手の事を伝えると、もう一人の愛すべき祭神様からも傲慢だと評される。

 不服など一言も口にしていないというに、そう仰られるのはなんでだろうな、多分あたしが目を細めていたからだろう。睨んで不服と示していたわけではない、寧ろ各々の濡れ姿をねっとり眺めようとした結果からの薄目だったのだが‥‥ 

 

「そんな事言ってないじゃない、三柱のあられもないお姿を見られて重畳よ?」

 

 言いながら一人バスタオル姿の奴に視線を落とす。

 豊満さを楽しむのなら山の神であらせられる御方を、奔放さや腹黒さを眺め、満たすというのなら逆側におられる祟り神様を見つめるべきだが、今宵はそうする気にはなれなかった。

 そもそも今日は、松明の明かりに照らされた汗姿の早苗が艶めかしく見えたから覗きに来たのだ、それならば目当ての相手を眺めるのが正しい行いと言えるはず‥‥それに見るなら若手、肌で水玉を弾くような若々(初々)しさを宿す相手を見つめた方が反応が楽しいはずだ。

 頭の先から湯船に沈む足先まで、舐めるように見定めてから、あの黒白や紅白よりも随分と発育がいいなと感じ、口に出す。そうするだけでまた騒いでくれる、お山の風祝。

 

「その品定めするような目! やめて下さい!」

「折角の上物なのに、そうやって隠さないでくれる? それに、湯船にタオルは無粋よ?」

 

「人の話を聞いてくださいってば! 痴漢ヤローは退治しますよ!!」

「あぁそう、なら野郎じゃないあたしは問題無いわね」

 

 生えてないから問題ない、そんな減らず口を漏らしていると飛ばされる飛沫。

 当然濡れるあたしの着物。

 着ているあたし自身も水は苦手としているが、この着物も濡らされると縮んだりして傷んでしまうのだからやめてほしい。さっきからやめてほしい事ばかりをしてくる現人神を軽く見据え、濡らされた袖を撫で戻していると、聞こえる二柱の穏やかな笑い声。

 

「温泉に姿を見せたのに、いつまでも脱がないからそうなるのさ」

「なるほど、場にそぐわないままでいる不心得者に、早苗から神罰が下ったんだな」

 

 戻した着物の袖を軽く振り、取りこぼしはないかな、なんて探していると、なんとかの冷水のように、そぐわないからそうなるのだ、などと言って笑う二柱。

 暖かな湯に浸かり冷水浴びせてくれるなど器用な事だが、あたしよりもよっぽど年寄りな癖に、二柱から見ればまだまだ若手なあたしに対して浴びせないでほしいものだ……いや、若いからこそ浴びせてくれたのか、ならまだまだあたしもイケるな、うむ。

 それにしても神罰、ね。これくらいの罰であれば可愛いものだが、そうやってからかわないでください、と、二柱に対してもお湯を跳ねさせてはしゃぐ一人娘。その水飛沫のおまけがまた飛んできて、再度小さなシミを作ってくれた。

 これは可愛い拗ねっぷりだが、いつまでもこれではキリがないな。取り敢えずだ、ここは場に混ざれるような状態になるべきか、そうすればいくら温水ひっかけられても問題なくなるな。

 ならばと細帯を解いていく‥‥が、敢えてゆっくりと脱いだ。

 何故か、何やら奥の茂みが動いた気がしたからだ。

 あたしの視線が流れると、それを追って二柱の瞳も動く。

 そうして見つめた場所からは数羽の鳥が飛び立っていった‥‥なんだ、野鳥か、やたらと闇夜に馴染む色、何処かの誰かの髪色に似た鴉が偶々飛び立っていく。鴉位どこにでもいるし、それほど不自然でもないって、んなわけないな。鳥目な連中がこんな暗い夜に飛ぶわけがない、なら飛ばされたのか。という事はいるんだろうな、きっと。

 黒いのが飛んでいった空を見上げていると、散切りな頭の端を掴まれ、こっちを見ろと顔を下げられる。

 

「なんだ、覗きに来たんじゃなくて浸かりに来たのか?」

「両方よ、浸かって眺めれば二度オイシイでしょう?」

「ははっ傲慢ではなく贅沢だったか、少し間違えていたな」

「もう! 八坂様も諏訪子様も、笑ってないで叱って下さいよ!」

 

「女同士で気にする事でもないだろうに。それにだ、言って聞くような相手ではないよ」

「言えば増長するのがこいつだ、もし退治するなら自分の力だけで、叱るなら自分の言葉だけでしてみせるんだね、早苗」

 

 何やら二柱から失礼な事を言われるも、大概あっているから何も返さず残りを脱ぐ。

 解いた帯を近くの枝にかけ、長着をはらり落としていく。仰られた通り女しかいない場所でしなりと脱がなくとも良いのだが、敬愛するお歴々や野次馬に見つめられていると思うと、その視線の期待に応えねばなるまいと思ってしまって、襟を崩し、科を作って脱いでいく。

 そうして残るは緋襦袢一枚、その内紐に手をかけて、解く最中に気がつく視線。

 感じる物はやたらと賑やかな雰囲気を帯びた、浴び慣れた鳥目な熱視線。

 なるほど、やはり、同じ穴のムジナ(覗き魔)はあたし以外にもいたらしい。

 

「固まってどうした? 焦らしても声援など送らんよ?」

「そんなの、はなっから期待してないわ」

 

 親愛なる祟り神様より届けられたご神託(皮肉)、それに言い返しつつ、素っ裸になる前にちょいと一服を済ませておく。ぷかり吐き出した煙を纏い、自分の頭へと伸ばし化かす。煙が髪に触れると色合いや質感が変わる、揺蕩う白はくすんだ灰色に、風に巻かれる形は流れる長髪へと変じさせ、それを纏って襦袢を脱いだ。

 足元に届くかどうか、それくらいにまで伸ばした髪、神様を見て思いついた神隠しならぬ髪隠しと洒落こんでみる。見た目からすれば毛羽毛現(けうけげん)、いや、体毛はそのままで髪しか伸ばしていないし、頭のモッサリ具合からすれば毛羽毛現よりもおとろしって感じだろうか?

 どうでもいいが、まぁなんだ、こんな事ばかりしているから狸以外の妖怪だと言われるのかもしれない‥‥けれども、そこには気が付かなかった事として、今はこちらの景色を楽しもう。

 蓄えた棘髪(おどろがみ)で下腹部やら胸元やらを隠し、先に温まる三柱の横、温泉蛙となっている祟り神様の側へと、かけ湯を済ませて並び浸かる。

 

「湯処で髪の毛お化けなど、洗うのが手間になるだけじゃないかい?」

「なんのつもりだい? 髪なんか伸ばして」

「早苗の濡髪が艶っぽいからね、真似てみたのよ。ちょっと伸ばしすぎたけどね」

 

 生やした長いのを掻き分け、耳にかけつつ少しの会話。

 けれど話題に出した当人は静か、でもないか、先の痴漢云々の流れから、ほんのちょっとだけご機嫌斜めといった風合いに見える。なんだ、折角艶っぽいと評してやったのに、ツンと澄ましてそっぽを向いたままの緑色。これは厄介な状況だ、このままこの子のご機嫌が戻らずにあれば、親御さんの御心も少しは陰ってしまうだろう。

 目に入れても可愛いような大事な大事な一人娘だ、怒りのあまり荒魂(あらみたま)となられる事は流石にないと思うけれど、ちょっと痛い目見せてやろうか、なんて神罰やら祟りやらが降りかかってくるやもしれん。

 どうやって機嫌を釣り上げたものか、そんな考えを巡らせ、湯船から空を拝んでいると、隣の神様がお立ちになられた。スレンダーな体に似合いの胸を張り、鎖骨には綺羅びやかな金の御髪(おぐし)を貼り付けて、何やら悪い顔をしているが、何かする前から立有(たた)りなど、やめてくれ。 

 

「さぁて、どうやって機嫌を取るのか。まぁ頑張るんだね」

「そうだな、退治されずに済むのか、楽しみにしておくとしよう」

「あら、二柱はもう上がるの?」

 

「年寄りには長湯がこたえるのさ、後は若者同士で好きにしなよ」

「そういう事だよ、それにやる事も出来てしまったようだ‥‥覗く程度なら良いが、姿を収められては信心に関わってしまいそうでな、ちとお灸を据える事にしたのさ」

 

 湯から上がって軽く指先を払う八坂様。

 そうするだけで二柱のお側の風が舞い、身体や髪を撫でるように(そよ)ぐ。

 器用なものだと眺めていると、乾いた肢体にそれぞれのお召し物まで現れて、よく見るお姿を形取られた。だが、身体は兎も角髪は流石に乾き切らず、普段の横に広がる髪型ではない神奈子様と、双葉など生えているかと、わざとらしく人に頭の天辺を見せて振るい、髪から冷えた飛沫を飛ばしてから市女笠を被る諏訪子様。

 飛んできた飛沫が目に入り、思わず瞬きの回数を増やしてしまう。

 そんな一瞬で、ざっくりと水気を飛ばした二人の神様はお姿を隠されてしまわれた。

 そうして残る人間と亡霊、現人神、というか荒人神か、今は。

 二柱を見送る時だけこちらを振り返り、いなくなったらすぐにプイと、背中と後頭部しか見せてくれなくなった早苗ちゃん。そろそろ機嫌を戻してほしいものだけれど、全く、どうしたものかね?

 

「帰った、のかしら?」

 

 帰ってないと、あのパパラッチ連中に神罰という名のお灸を盛りにいったのだとわかっちゃいるが、なんとなく理解していなさそうなこいつに合わせて話を振る。

 それでも未だ傾けた機嫌らしく、見てはくれない皮相浅薄な人間。

 もうそろそろいいだろう、そんな思いを込めて、バスタオルの端をちょっと摘み引く。

 しかし、その手も払われた。

 

「知りませんよ!」

「そうツンケンしないでよ、もうそういう目では見てないから」

 

「今は、ですよね!? それ!」

「そうよ、さっきはさっき、今は今で流しなさいよ」

 

 ね、と促すが早苗の顔はこちらを向かない。

 もういいや、ご機嫌伺いなど慣れない事には飽いてきたし、ここは放置して湯を楽しもう。そう思考を切り替えて、回りの景色を眺め始めた頃、視界の端でまたナニかが飛び回る。

 巻き上げられる枯れ葉に混ざり、大きくて長い手と足が現れる。追い立てられて逃げ惑う何か者、ってもういいか、天狗記者の二人が神の操る風に巻かれるも、どうにか空へと逃げ切っていく。

 

「見つかった!?」

「あやや! これはマズイですね!」

 

 消えていく最後に聞こえた二人の会話。

 本当に、バレたらバレたですぐに煩くなるが、はたても文も余裕の色を崩さないままで、少し焦った演技をして見せてくれた。それもそうか、この場から本気で逃げるだけなら二人に追いつける者などいない、そこからの余裕なのだろうが、巣に帰ってからやらかしたとは‥…思わないのだろうな、そう思うくらいならこんな事はしないだろうし、他の天狗連中も何を非礼な事を、なんて言い出す事はないだろう。

 それどころかあの天狗の天辺は喜んで見せろと言うかもしれない、元々がエロ爺というのも勿論あるが、相手が相手なのだ、目の上のたんこぶが晒すあられもない姿など、おいそれと見られるものではない、弱みを得るには丁度いいくらいだろうよ。

 しかし流石に空の覇者だな、乾と坤を司る二柱が相手でも、臆する事なく逃げきって見せてくれた。二柱が本気ではないにしても、軽やかな逃げ足が妬ましい。と、逃げた二人を褒めていれば、コレは理解したらしく、諏訪子様? 八坂様? といなくなられた二柱の御名を呼ぶ巫女さん。

 

「お灸、据えられなかったみたいね」

「そうですね……ってイヤに冷静ですね? もしかして、知ってました?」

 

 愛する二柱が何かした。

 そんな映像を見たからか、気を入れ替えてこちらを見てくれた山の新人神様。

 見慣れないだろうあたしの長髪姿を眺め、問いかけてくる。

 

「知りはしないけど、いる気はしてたわ」

 

 問いに答えるついでに、だからこんな頭なのだと、長く生やした髪を掬い上げ、毛先を少し遊ばせる。タバコの煙で化かした割に水に溶けずによく保つな、自分でもそう感じるが、これはあたしが髪に触れる水分を逸らしているからどうにかなっているだけだ。そんな湯船の中で濡れない髪が不思議なのか、ピロピロさせている毛先を摘む元現代っ子。 

 

「やっぱり気がついてたんですね! なんで教えてくれなかったんです!?」

「なんでと言われても、口にする前に二柱は察していたようだし、早苗はタオル巻いて隠してたからいいかなって」

 

「よくないです! よくないですけど‥‥そうするように仕向けてくれたので今日は許してあげます」

「そんなつもりは毛頭ないわよ?」

 

「またまた、そうやってツンデレですか? シンちゃんからも口は悪いけど親切だって聞いてますよ?」

 

 人の毛で遊ぶ少女に毛頭ないと、本心をひっ掛けて返してみるも、よくわからない相手の名を出して、あたしの事を許してくれるが‥‥シンちゃんってのは誰の事だろう?

 悩むように頭を傾げ、引かれる毛先を引っ張ってみる。そうすると脳裏に誰かが浮かんできた。

 サイズこそ大分違うが人の髪の毛を手綱代わりに、肩乗りしながら同じく引っ張ってくれた針ちゃんがいたなと思いついた。

 

「姫がそう言ってたの?」

「そうです、秋姉妹も似たような事を言ってました」

 

 フフン、鼻を鳴らして教えてくれる。

 自分の事ながら、改めてこう言われるとこそばゆい、思わず頭を掻いてしまう。 

 それが照れにでも映ったのか、軽く笑って突いてくる風と湖のテウルギスト。

 まぁなんだ、バスタオルは完全に勘違いで、寧ろ上手く撮影出来たなら焼き増しを頂こうと考えていた為、敢えて教えずに黙っていたのだが、こうして良い行いとして捉えてくれるなら、このままでもいいのかなと思えた。少し前には都合が良すぎると、数時間に渡るお叱りを受けたあたしだけれど、今都合よく解釈しているのは早苗のはずだし、この流れに甘んじても都合良い考えではないだろう。

 そんな風にあたしも都合良く捉えて、残された若手の神様と、しっぽり湯けむりを楽しんだ。


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