東方狸囃子   作:ほりごたつ

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EX その42 遊ぶ相手の向かう先

 屋敷の地下で一騒ぎ。

 遊ぶとお返事してからテンション高めの妹を筆頭に、まったりしていた姉もまた遊び始めて、近距離ショットを撮ろうとしていた出歯亀に姉妹揃って水をかけ始めて、何をするんですかと煩い天狗が更に煩くなってしまって、あたしはゆっくりと寝ていられなかった。

 誘われたのに寝ていて良かったのか、そう問われたらいいと正面切って言い返そう。

 あのお願いがもっと面倒な、例えば、きゅっとしてドカーンさせて、とか、あからさまに厄介なお願い事だったとしたらどうにか言い包めて逃げ切るけれど、ちょっとした水遊びの誘いなど好ましいもので、一度いいと言った手前もあるし出来ればお付き合いしたかったのだが‥‥生前苦手としていたものはやはり苦手、というか血肉を失いほとんどを精神面に寄せてしまった今は、以前よりも余計に水中が苦手となってしまったらしい。

 

 幼女と遊んでどうなったか、結果から言えばまた消えかけた。

 それでも溺れるだとか、泳げない、潜れないとかそういった事はなかったが。

 風呂にはあたしも入るし、泳ぐ事も狸らしく苦手ではない、足のつく深さしかないプールで溺れるほど⑨でもない。潜るのも、他の人よりは短時間だが出来なくもない。

 が、それでも苦手なのは煙混じりの妖怪だからだろう、元より火の立たない水中、重ねてあたしは煙草の煙を元にした身体である。火事の煙が水に溶けるかはわからないけれど、煙草の成分はよく溶ける、それ故薄れて消えかけた、というのが大きな理由だろう、多分。

 最初はフランと一緒に遊んで、レミリアの足を引っ張って沈めてみたり、二人で前後から司書殿の水着を再度狙ってみたりして、それなりに楽しんではいたけれど‥‥少しした頃に、アヤメちゃんなんか薄いよ、と言われて、腕やら見返してみれば確かに透けてしまっていた。

 

 そんな事があって、付き合えなくて悪いと思いつつ、本来禁煙である大図書館だというに、書庫の主とメイド長に無理を言って灰皿を持ってきてもらい、吸っては吐いて吸収してを繰り返したのが今日の昼間のお話だ。日も落ちた今ではすっかりと体も戻り、屋敷の庭先に、これも無理を言って出させた小さめのテーブルと揃いの椅子を並べて、そこで一服しながら持ち込んだお酒とお月見団子をつまんでいる。

 

「で、何時ぐらいに始まるんだ?」

 

 綺羅星がゆっくりと巡る空を眺め、頭を持ち上げたままの姿勢で聞いてくる。

 どれくらいだったか、それを思い出すようにあたしも屋敷の主様に習って空を拝む、そうしていると視界の先でひらひらと飛んでいた宝石っぽいのがこちらに戻ってくるのが見えた。

 待つのに飽いたかね、戻ってきて人の盃からお酒を吸って喉を潤し、近くにあった団子をつまむ悪魔の妹。今回はタレを中に仕込んだらしく、見た目は無味な団子だが、噛んで味わった後に愛くるしい顔で羽をパタつかせたフランちゃん。

 

「これ、美味しい! ね! ね!?」

 

 あたしもこのタレは美味しいと思うけれど、見た目でわかるくらいに騒いでくれるとは、年増な兎詐欺にからかわれつつ、イヤイヤながらも搗いてきた甲斐があるものだ。

 先に摘んだ妹が騒いでいると姉もどれ、と、手を伸ばすが、伸ばした先で積まれている団子は再度妹の手中に収まった。姉妹らしいお戯れなんて可愛いじゃないか、そんな風に眺めていると、ソレ以上に愛くるしい場面に出くわした。

 

「はい、お姉様、あ~ん」

 

 プニッと、人形のような親指と中指で摘み上げた団子が、姉の口元へ運ばれる。

 仕草も可愛らしいものなら、その表情はもっと愛くるしい妹様。皮膜があればこの辺り一帯が暴風域にでもなりそうな勢いでパタつく羽、それに負けないくらいに瞳も輝かせて、見た目から口を開いてと語ってくれている。

 が、姉は別の理由で口を開いた。

 

人前(ひとまえ)よ、フラン」

 

 ズズイと出された妹の手を少し押して、自らの身体から遠ざける姉。

 人前、屋敷の者ではないあたしや文がいるからと、人を断る理由に使って妹を遠ざける。 

 

「なんで!? なんでダメなの! いっつも咲夜にさせてるじゃない!」

 

 レミリアが断るや一転、別の意味で光り輝くフラン。紅一転とはこういう事か、なんてくだらん思い付きを浮かべている空気ではないな、さすがに。

 そうして意味が変わると、含まれる色合いも変わってしまって、つい先程まで嬉々とした明る色合いだったというのに、一瞬にして屋敷の壁っぽい赤さに飲み込まれていった。

 なるほど、これが触れているって部分か、噂として流れる通り激しい部分もあったのだなと、フランに同じく親指と中指で煙管を咥え眺めていた。そうしていると聞こえる悪魔の囁き、小さくて聞き取りにくいが『咲夜はいいのに、なんで』と、拒否されて俯く金髪から声が漏れた。

 あたしに聞こえたのだからレミリアにも当然聞こえているだろう、それでも動かず、話さない姉。そんな態度を見飽きたのか、いや、呆れたのか、レミリアからあたしの方へ伸ばす手の先を変える悪魔の妹。こちらも別の意味で赤さを増してしまっただろう眼を見つつ、差し出されたお団子を悩まずに頬張り、姉を放って会話をしていく。

 

「ね? 美味しいよね?」

「当然、あたしの持ち込みだもの」

 

 返事をするとどういう意味?

 そう問われたので、これは気に入ったモノだから気に入ったモノの為に持ってきてみたと、そんな風に正面から伝えてみた。返答を受け一瞬考える素振りのフラン、数秒停止してからすぐに、漏らしている魔力の色を赤からオレンジへ変えていく少女。

 少しはゴキゲン取りが出来たかね、子供をあやすなどいつ以来か、四足だった頃以来か?

 覚えていないがそれならもう記憶の彼方だな、なんて考え事は頭に感じた重さにかき消された。

 

「これってアヤメちゃんが作ったの?」

「作ったといえば作ったんだけど、盗ってきたって答えの方が質問の答えには正しい気がするわ」

 

 頭の上の頭と会話。

 背中側から覆い被さるように乗った子供の身体と頭、その顎が話す度に動いてあたしの頭皮を刺激する。そんな刺激を受けたからか、この屋敷の魔女殿みたいに問いかけに含まれる内容と、そこから繋がる大元までをするする話す事が出来た。

 

「何処から取ってきたの?」

「お月様からよ、ちょっと前に行って盗ってきたの」

 

「そうなんだ、お姉様も行ってきたけどお土産なんてなんにもなかったわ」

 

 ちょっとの会話で機嫌が戻ったからか、顔は見ないが、お姉様と言葉にするくらいには怒りを鎮めて沈めてくれたらしい。全く、なんであたしが姉の尻拭いなんぞせねばならんのか、というのは考えるだけで言わずにおく。

 プールでも考えたが、この子らは若い、あたしや文からすれば半分も生きていないようなお子様だ。それなら少しの癇癪くらいは大目に見てあげて、ついでに尻拭いも‥‥してやってもいいかなと思えた、本当ならあっちの門番辺りがすべきだろうが、ここでもサボりか、それとも目を開けて寝てるのか?

 そうだとしたら器用だな、本当に。

 

「それは残念ね、でもお土産はあったって聞いてるわよ? 咲夜とレミリアの焼き物が月から届いたって聞いてるけど」

「負けて散々に焦がされたと、聞いた通りに言ってくれても構わんよ」

 

 拭うだけではつまらないので、少しばかり悪態を擦り付ける。

 それでも過去の火傷の傷口だから傷まないのか、構わないと返されてしまった。けれど、そう言われると言いたくなくなるのがアマノジャクな乙女心ってやつだ。

 こうやって捻くれてみたりすると、前とは考えている事が違うなどと窘められそうな思考だけれど、乙女心は今時期の空模様と同じく変わりやすいものだ、。なら毎回都合よく変わったとしても当然だろう。生憎と今の話し相手である乙女から受ける問いは変わらないようが、こいつらはまだ幼女だし、変わらなくとも致し方ないな。

 

「それでアヤメちゃん、まだ待ってるだけなの?」

「聞いた通りなら後半刻もすれば始まるはずなんだけど‥‥まぁ、視た人が視た人だし、お姉様が運命でも弄んでくれた方が早い気がするわ」

 

 戻ってきた妹に誰の事か問われ、少し顔の角度を変えてメガネのレンズを光らせた。

 そのままクイッと、レンズの横をのフレームを薬指で持ち上げて治す仕草。あの男が静かな店内で読書中にやっている仕草を真似てみせると隣の姉が、あの男か、と、何やら納得するような事を言い、お姉様が諦めるような奴なのねと、こちらも納得してくれた。

 そうしている間に図書館組や従者の二人にも、引いては妖精メイドや、まだ残っている天狗にまでちらりと見られてなんとも堪ら‥‥気まずくなってきたので、再度メガネの位置を直す。鼻に掛かる部分のフレームに中指を当て、あたしのよくやる直し方を見せ、言われた事と今出来る最善の策を話してみた。

 すると、視線の集まる先があたしからレミリアに移り、その視線に気が付いたお嬢様が立ち上がってすぐに飛んだ。浮かぶお月様を背にして、小さな体には不釣り合いな白の翼を大きく広げ、仰々しい面持ちとなると、天狗の放つフラッシュにたかれ一層姿を白く見せた。

 

「よし、皆に期待されているならお見せしようか」

「今晩は見られるようにやってくれるの?」

 

「茶々を入れるなよ、アヤメ‥‥ふむ、そうだな、時刻は僅かに早まる程度だが……少し増やすくらいは出来そうか?」

 

 語りながらその小さな右手を天にかざす、こっちから見ている限りは何をしているって言えるような状態ではなく、例えるなら夜空にあるお星様を掴もうとしているような姿勢、というところか。なんだ、やっぱり操ってる姿は見せてくれないじゃないか。

 なんて軽口を叩こうとした時、僅かながら夜空に変化が見られた。十日余りの月を過ぎ、半分よりもちょっと大きくなったお月様をメインに、回りで輝いていただけお星様の中にポツポツと、降り始める星が混ざり始めたのだ。思わずおぉと、感嘆の声を漏らす、その声が聞こえたのか満足気な顔で降りてくる運命の操者。

 

「やるじゃない」

「偶には格好いいところも見せておかんとな」

 

「誰に対してよ?」

「皆だよ、フランも、屋敷の者達にも。ついでに来ている厄介な友人にもな」

 

 フラッシュに焚かれながら降りてきたところで素直に褒める。

 褒めて返ってきたのはレミリアらしい減らず口だったが、今回は素直に驚いて、それからの賞賛だったのでこんな軽口も聞き流せる。というか、実際軽口だけで済ませるには勿体無い仕事をしたというのに、それでも大袈裟にどうだと言わない姿勢が良いものだと思えたので、仕事よりもそちらや、つれない素振りだったがちゃんと妹を見て考えている部分を讃えたつもりだった。

 友人と面と向かって言われ、少しうれしく感じた心もついでに乗せているが、それが伝わったかは別にどうでもいい。

 

「それは私の事ですかね? そんなに親しみを持ってくれていらしたとは、常日頃から新聞を配り歩いてきた甲斐があるというものですねぇ。さっきのレミリアさんもいい表情をされていましたし、次回の新聞にも期待していてくださいよ?」

 

 煩い。

 今までは静か、でもないな、屋敷内で撮ったあられもない司書殿の写真や、魔女殿の写真を扇のように開いて、どれで一面を飾ったらいいですかね、などとわざとらしく言っていたというのに‥‥あたしは魔女殿をおすすめするぞ、パレオを取ろうと追いかけてプールに落ちた瞬間、ちらりと片側が零れたのは見逃してない。

 清く正しい記者なら、そういった縦縞魔女の正しく邪な部分も見逃してはいないだろう?

 って、こいつの事はもういいか、話が逸れてしまって先に進まん。

 

「歩かず飛んでるからあんたの事じゃないと思うわ。余計な事はいいから、撮影しなさいよ」

「そうだな、お前も仕事をこなせ、天狗」

「あやや、随分な言われようです‥‥けれども良しとしましょう、仕事には期待されているようですしね。では参りましょうフランドールさん、次は私達のお仕事ですよ」

 

 キラリ光るカメラを携え、夜の空に飛び立つ文。

 滅多に出さない翼まで見せて、それなりに真面目に仕事をしますと姿で見せてくれてわかりやすい。そんな相手に感化されたのか、背中の宝石群を揺らし、輝かせながら行ってきま~すと出て行ったフラン。

 あたしやレミリアに手を振った後は、少し後ろで見上げていた屋敷の連中にまで愛想を振り撒いてから飛び立っていった。文とは違って夜空に映える羽、少し離れた位置で滞空するのに羽ばたいたのか、夜空に輝石の軌跡が綺麗に生えた。

 そうして待つとすぐに降ってくるお星様。

 どこまで操ったのか知らんがわざわざ屋敷に向かって降ってくるようにするなど、器用なものだ。火+水+木+金+土+日+月を操るここの魔女や、時間を操るメイドに比べれば曖昧で、使いドコロが難しい力に思えたが‥‥なんでも壊す妹の姉らしく案外強力なのかもしれないな、姉の運命を操る程度の能力ってのも。

 そうしていると聞こえる声、いくよ~と、幼子の元気な声が夜空に響く。

 それに対して頑張れと返すのは門番と司書殿、隣の姉は笑って見ているだけで何も言ったりはしなかった。愛する妹の見せ場くらい何かしら言ってあげたらいいのにね、態度で冷たくあしらったのだから、言葉では姉の優しさを見せてあげてもいいのに。と、思いつつ口に出した。聞こえるか聞こえないか、わからないくらいの小さな声で、視線も姉には向けず、友人を見つめたまま。

 

「そう言わないでもらいたいな‥‥今までそれらしい事なんて言った事がないんだ、フランも、今何かを言われては集中出来んだろうよ」

「言い慣れないから恥ずかしい、素直にそういえば可愛げもあるのに、ね」

 

「一城の主ともなると素直なだけではやってられんのさ、アヤメにはわからんだろうがな」

「ここでは一番偉いはずなのにしたい事が出来ないってか、主様は面倒なお立場であらせられるのね‥‥わかりたくもないわ」

 

 視線を交わさないままの会話。

 何を知っているのか知らないが、あたしの事をわかったかのように語られて、そう思われるならと、それらしい返事をしてみた。わかりたくもない、そう言い切った後で、浮かぶ妹からチラリ、横目で姉を探ってみる。

 こちらからの悪態など言われ慣れてしまった、そう見えるくらい変わらないレミリア。雰囲気も表情もよく見られる、偉そうで小生意気そうな様子だけれど、トントンとテーブルを突く指はいつもなら見ない仕草だな。卓を突く行為なんてのはなんだろうな、突かれたくなかった部分を突かれたから自分も突いているのか?

 そうやって同じ場所ばかり突いてると、そこだけ塗料が剥げたりしてしまって色褪せてしまいそうだ‥‥何かを語ってあげるべき相手は夜空に七色振り撒いているというに、姉は褪せていくとか、気に入らんな。

 

「さっきの物言い、立場があるから言えないって事でいいのよね?」

「うん? あぁ‥‥まぁ、なんだ、皆も気にはしないが……今更過ぎてって事よ」

 

 テーブルを突く小娘を小突く、先程は濁されたが二度目の問い掛けには少しだけ素直さを見せて、今更接し方を変えるのは気恥ずかしいとでも含ませたような物言いをしてくれた‥‥のはいいが、素直さを見せるべき相手はあたしではないだろうに。回りの皆も気にしないと、自身でもわかっていながら言ってあげないなんて、これは本当に恥ずかしいだけって事か。

 それならもうちょっと突いてあげようじゃないか。大概は偉ぶって傍若無人なお嬢様モードばっかりで、メイド長にしてやられた時ぐらいしか可愛いところを見せてくれない相手なのだから、こういったチャンスだと思える時には存分に突いていこう。結果もっと面白いものになればそれでいいわけだしな。

 

「今更、ねぇ。ならちょっと練習させてあげるわ」

「練習だと? 素直さでも見せろと? お前に対して? そういう事なら御免こうむるね」

 

 さっきは素直さを見せたくせに、まぁ、見せたというかついつい出てしまったってところなのだろうが、あたしが見た事には変わりないのでレミリアから見せてくれたとしておこう。

 しかしなんだ、真っ向から拒否するとは、そんなに恥ずかしい事かい?

 身内に頑張れだの、愛してるだの言うくらいどうって事はないだろうに。今考えている事、遠くに浮かぶ綺羅びやかな妹の背に語りかけたい事を口に出して、ちょっと応援するくらいの事が何故出来ないのか?‥‥いや、案外出来ない事だったりするか、400年だか500年だか覚えてないが、それなりの時間を一緒に過ごしていながら言ってないと先に語っていたな。

 こちらから見ればちょっと前くらいの年月だけれど、それが生涯だという相手にすれば長い時間だと思えるだろう。それでも話し、言葉にするくらいは簡単だ、と思えるのはそれなりに達者なお口を持つあたしだからだろうか?

 わからんな、そういった相手があたしにはいないし、今更と考える事もあまりない。

 そんな風に、先に言われた通りわからない状態になる頭の中、これはこうなる運命になるように操られでもしたかと少しだけ思いに耽る。そうしていると視界が明るくなり始めた。

 

「派手にやるわね」

「そうだな、随分と派手だ」

 

 ド派手に響く破壊の音、遠くに浮かぶフランが降り注いでは流れてくる流星を、片っ端からきゅっとしてドカーンし始めた音が鼓膜に響いて屋敷を揺らす。

 

「綺麗なものだ、上手に扱うようになったな」

 

 ドカーンの音と被せるように言ったらしい、隣の呟き。

 本来ならば聞こえない音量で、あたしでも破壊音を逸していなければ聞き逃してしまうくらいの声量。随分とか弱くて繊細さの伺える声で、今の妹を見つめる感慨深げな顔には似合わない声色だと思えた。褒めるならそんな暗い顔ではなく、もっと微笑むなり、満足気な表情だったりして見せたほうがいいんじゃないか?

 ならそうなってもらうか、見つめる先も暗い夜空からお星様が弾けて明るくなったのだし、見通しが明るいのだから、それを眺める者も明るくあるべきだ。

 

「さっきの、もう一回だけ言ってみない?」

「なんの事だ?」

 

「綺麗なものだ、ってやつ。音は逸らしてあげるわ、そうすれば回りの連中には聞こえないはず」

「それは‥‥フランも聞こえないんじゃないのか?」

 

「かもしれないけど、届かなくてもそれはそれでいいじゃない。レミリアがフランに向けて言った事実には変わりないわ、そういう結果を残せれば、今後は言いやすくなるんじゃない?」

 

 レミリアに見える側、片側だけの口角を僅かに上げての物言い。

 逆にいるだろう図書館組や妖精メイド達には見えぬように笑い語る。主様の後ろに控える従者組にはばっちりと見られているが、こちらに対しては声も聞こえているだろうし、隠すよりも一緒に組んで丸め込んだ方が手っ取り早いだろう。

 本当なら魔女殿にも手伝って欲しいところだが、パチュリーもフランから見ればお友達枠で、咲夜や美鈴とは違って姉に仕える立場ではない、その為今回はお言葉だけを拝借して結果が大事だと伝えてみた。

 

「そう、か。そうだな、一度でも言えれば後が楽か、悪くない提案だ」

「それだけ? お願いしますとか、ノッてあげるとか、キチンとした返事が聞きたいわね」

 

「アヤメから言い出した事だろう? それなら‥‥」

「あたしは案を出しただけ、するかどうかは提案された主様の心持ち次第って事よ‥‥するもしないもレミリア次第、さぁ、どうしましょ? 悩んでくれてもいいけれど、フラン(あっち)流星(こっち)も待ってくれないわよ?」

 

 何やら言いかけていたが気にせず遮って、こちらから伝えたい事を全て言い切る。そうしてどうしましょと、屋敷の地下で見せたように、両の手の平を開いて見せた。

 あの時は面と向かって何かを寄越せと手の内を見せたが、今はどうしますかお客さんって風合いで伺うように手の内を曝け出す。別にノッてこなくとも構わない、これは唯の思い付きで、ついでのお戯れに近い事だ。

 もしノッてきて上手く伝われば御の字で、夜空を彩る綺麗な妹と、それを想う情け深い姉の美しい姉妹愛も見られて面白い。これでノッてこなくとも、夜空で始まった花火大会のおかげであたしとしては十分満足出来るって塩梅だ。

 

 ここからさあどうすると再度の問いかけ。

 はせずに、開いた手で煙管を取り出し普段通りの姿を見せて空を眺む。 

 もうすぐで秋も終わりという季節で、花火をするには少し外れた頃合いの中、ドカーンする隕石群に負けないくらい明るい、朗らかなフランの声が聴こえる宙を望んでいると、隣の姉が口を開いた‥‥が、何も言えなくて開けただけで止まった。

 そこまで来たなら何か言えよ、そう考えていると後ろからたまや~と聞こえた、ここまで無言で聞くだけだったのに良い合いの手を入れてくれて、やっぱり気を使うのが得意だと示してくれる門番さん。声のした方を盗み見ると目が合い、何やら言いたげな視線を放られた。

 こちらからも何かしろ、そんな催促が込められているように思えて、あたしも見上げかぎや~とノッていく。あたし達の声が聞こえたのか、まばゆい羽を羽ばたかせてドカーンの勢いを強めてくれる妹蝙蝠。流れに乗るなら今だろう、そう分かるように姉蝙蝠に視線を移す、そうしてやっと何かを言い出す。

 

「フラァン! 素敵よ! もっと‥‥もっと見せて!」

  

 どこまでも届いてしまいそうな大きい声、右手を握っては開いてを繰り返している妹が思わず止まるくらいの声量が響く。回りの視線もレミリアに集まり、フランに向いていた天狗のカメラまでが叫んだ姉を正面に捉えてしまう。言いたくとも言えなかった応援を叫び満足した顔から一転、何故逸らさないのかと言うような睨みを効かせてくれるお嬢様。

 そんな目で見られても困る。

 あたしは『いつ』とは指定していないし、逸らすモノも音としか言っていない、だから声が良く通るように周囲の雑音しか逸らしてはいないぞ?

 

「アヤメ!!」

「なに?」

 

「これは!‥‥その、約束と違うんじゃない!?」

「約束なんてしてないわ、あたしはこうしたらどうかって案を述べただけよ。破ってばかりのあたしが悪魔と約束なんてするわけないじゃない」

 

 ちょっと前には天を掴むようにしていたお手々。それを握り締めてフルフルと、なんだか力いっぱいにニギニギしているけれど、何か言い返したいことがあるのならきっちりと言い返してみてはどうだろうか?

 何を言われたところであたしもきっちり返してやるぞ?

 なんなら運命を操ってくれても構わんぞ?

 したくともそうはしないのだろう?

 あたしに対して言葉遊びを仕掛けてくるくらいに敏いお嬢様だ、(めぐ)りを操って少し先を見たところで、その運命はどっかしらに逸れていってしまい、見たモノには辿り着けない。そんな結果になると理解する頭はあるはずだ‥‥それに、今流れる運命から抗うような暇はないはずだ。

 

 真っ直ぐに、羽の切っ先で火花を引いて、全力で姉に向かって飛んでくる悪魔の妹が、目に痛いくらいの光度を背負ってそのまま姉にダイブした。派手に吹っ飛ぶ吸血鬼姉妹、姉に向かってドカーンとしてからきゅっとして、二人仲良く、というか妹に抱きつかれた姉が背中で地面を抉っていく。ちょっと形は違うが、見たいものが近くで見られて良かったなと、土埃に消えた姉妹を眺め薄笑いを浮かべた。

 

 一人笑っていると見ている先からも笑い声が聞こえた、後ろで騒ぐ従者組に何かを言われて笑う声、少しだけ漂う土埃の奥から聞こえたそれは、よく似た雰囲気の幼女達のもの。これはまた盛大で面白い流星だった、考えていた甘い姉妹愛は見られなかったが、飛びつきたい相手に向かって真っ直ぐ落ちる花火を見るのも乙なものだろう。

 笑い声にノセられてあたしも少し声を漏らす。

 そうしていると魔女殿からこれは『なにや』になるのかしらと問われた。

 ふむ、玉屋鍵屋に続くならなんだろうか?

 悩みつつ、未だ降り続く流星群を見上げていると、お星様に混ざって空に浮かぶナニカが見えた。あれはなんだと少し目を細めると、先程まで空にいた妹と近いが、フランよりも白の多い衣装と、同じく烏天狗よりもエプロンや帽子のフリルなんかに白が多く見られるツートンカラーの人間コンビが映る。

 今頃顔を見せるとは読みが外れたか、流行らない店で流星鑑賞をしているから今夜は騒いでも安心、あたしに酒の肴を作らせるくらいだから長居するだろう、そういった読みでこちらは騒いでいたのだが……ふむ、これはあれか、もしかしなくとも異変扱いにされたって事だろうか?

 香霖堂の店主が観測した流れとは異なった流星群、それが向かうは妖かしが屯する真っ赤な屋敷。ついでに言えばドカーンの余波で空には結構な粉塵が舞っていて、昔を思い出して言えば黒い霧が空を覆っているような状態だ‥‥思いついてしまった考え、そこから繋がる今後の流れ。

 逃げるなら今しかない。

 あの距離でこの人数ならまだ間に合うな、そう思案し席を立つと、再度門番が呟いた。

 

哎呀(アイヤ)~……」

 

 なるほど、続く『なにや』は『あいや』だったか。

 そう感心している間に距離を詰められ、すっかり逃げ時を失った。

 それからは語る必要もない流れ、異変の場でツートンカラーと出会った際のお決まりが、流星に代わり夜空を彩ってくれた。眺めるあたしは早々に黒焦げだったけれど、ね。


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