東方狸囃子   作:ほりごたつ

19 / 218
~地霊組小話その弐~
第十八話 釣り桶と橋見物 ~壱降~


 そういえばこの妖怪の山は大昔は荒ぶる火山だったと聞いた。

なんでも、外の世界でブサイクと罵られ耐え切れなくなった女神様が移り住んでからは少し落ち着き、煙が燻ぶる程度の山になったとか。

 里の人達は河童が工場建てて何か怪しい物を造って出している煙で、体に悪いんじゃないかと言っていた。気持ちはわからなくもないが、そんな大きな物建ててドンドコ生産していたら山の土地も川も汚れるだろうし、自身の住処を汚すほど河童も馬鹿ではないだろう。

 発明馬鹿ではあるけれど。

 

 そんな事を考えていると目的地で足を踏み外しそうになった。最近考え事をしながら歩くのが癖になってきたな、少し改めるべきだろうか。

 まあ今はそれは置いておいて目当ての底へと向かうとしよう。

 どこまでも落ちていきそうな穴を降る、相変わらず土の壁が続く景色だ、毎日毎日これを眺めて過ごすのはあたしにはきっと無理だろう。

 大概の物を楽しむ余裕は出てきたが、さすがに土味酒とは洒落込めない。

 娘々辺りなら土の楽しさを知っているのかね。

 天から注ぐお天道さまの優しい光が少しだけ届かなくなって来た頃、一瞬だけ光を反射させて揺れ動く物が目についた。

 キラリと光る鎌を手に、何処から釣られているのか根本が気になる木桶がこちらに突っ込んでくる。

 

「そぉぉのぉぉお首もらったああぁぁぁ。。、、」

 

 叫びと共に現われて叫びと共に過ぎていった木桶、ここを通る度に毎回これだ、場所も行動もまったく変わらない。

 随分前の面倒なお使いの時にヤマメやパルスィと共にいた木桶の妖怪少女、キスメだ。

 本人の前で木桶の妖怪なんて言ってから毎回毎回首を狙われるようになった、見た目そのままだから間違ってはいないはずだが彼女曰く釣瓶落としなんだそうだ。

 木桶に収まり首を狙う辺り正しく釣瓶落としをしている今の姿、知り合った地底の妖怪の中で噂通りに恐ろしい地底の妖怪を体現しているのは唯一彼女だけかもしれない。

 

 

「ぁぁぁああ待あああてええぇぇぇぇ。。、、」

 

 振り子の軌道であたしを狙ってくるのはいいんだが、何度やっても逸らされている実感はないんだろうか。交差する瞬間しか狙い目がないのに今まで一度も近くをすれ違う事がないんだ、そろそろ気がついてもいいだろうに。

 何時だか上から眺めていたヤマメは笑っていただろう?

 なんで笑っていたのか考えず、一途に頑張る姿を見ると一回くらいはと思ってしまうから困る。

 さて、いつも通りならそろそろ振れが収まり静かになる頃だが‥‥

 案の定止まったか、今日も拾って行くことにしましょう。

 

「いつもありがとう、ヤマメがいればヤマメにお願いするんだけど」

「別にいいわ、ついでよ、ついで」

 

 止まると急に大人しくなる、桶と感情の振れ幅が比例しているのかねこの子。この辺のギャップがヤマメが可愛いがる要素なのだろうか、だとすればわからなくもない。

 自分で歩くことも出来るらしいがどうやら桶の中がお気に入りらしい、落ち着くのだと。それこそ出て歩くよりも中に居たいほどには。ヤマメやあたしがいない時はどうしてるのかと聞いたことがある、転がるのだそうだ。

 徹底してるわ。

 

 木桶抱えてゆるゆる降ると途中で気がつく、ヤマメが出ない。

 いつもならキスメと同時に来るんだが、話を聞けば旧都で用事だそうだ、いつも暇しているくせに来た時に用事だとは、来た時くらい遊んで欲しい。

 キスメに遊びに来てると伝言を頼み、そろそろと先へ降りていく。

 こうやってキスメを抱え旧地獄の繁華街に行くのももう慣れたわけだし、これ以上余計な事考えていると時間ばっかりかかってしまう。木桶を町に置いてきて今日の本題、目当ての相手のところへ向かう。いつもの所にいないのが珍しいが、ゆっくり腰掛け待つとしよう。

 

~少女待ちぼうけ~

 

 葉を踏み消して三回目、人待ちしながら煙管を灯す。

 化かす相手を待つのにゃ慣れたが、なにも仕掛けず待つのは稀だ。

 それでも別段つらくはない、ただ待つだけでも楽しいと、少し前に教わった。

 それに会話がないわけでもない、少しだけだが知り合いも出来た。

 いつかの過激な弾幕ごっこ、あれのおかげで街を歩けば、狸の姐さんなんて呼び止める連中が少しだけだが出来た。名が知れた原因の相手となったあの鬼は、こっちでも顔が売れてよかったじゃないか、これで暇も少しは潰せるだろう。

 なんて言っては笑っていたけど、声をかけて来るのは血の気の多い勝ち気な女と、鼻の下が伸びてしまっている男くらいで暇を埋める相手にはなり得ない事が多い。女の方は威勢はいいが強めに睨むと押し黙る、黙るくらいなら喧嘩を売るな、それでも男共よりは幾分マシだが。

 男の方は二人ほど、ニヤニヤと声をかけてきた。

 今のあたしは人待ちだ、客待ちじゃない。

 声かけられて悪い気はしないがそこまで緩くはないつもり。 

 いらぬ相手はすぐに来るが想い人は中々来ない、少し焦れったいような気分になるが、彼女はこれよりも強く重い気持ちで待ち続けたのかと思うと、気の長い人だったのかねと一人で頷き川を眺めた。

 そうして望まない持て囃され方をされているとやっと登場、待ち人来る。歩く動きに金髪揺らして、緑の眼はもっと揺らして。

 

「風呂敷敷いて私を待つなんて、憑り殺されたいの?」

「衣敷いて待ってたわけじゃないんだ、妬む程度で勘弁してよ」

 

 今日の本題、水橋パルスィ。嫉妬の権化橋姫さんだ。

 嫉妬にかられとらわれて、生きながらにして鬼神になった。妬んだ相手とその縁者、ついでに橋姫を嫌った相手全てを憑り殺した恐ろしい妖怪。元は公卿の娘さんだかどこぞの高貴な娘さんらしいけれど、思い一つで人の身を捨て妖怪になるんだ大したものだ。

 これだから人間の感情は恐ろしい。

 それでも一番の想いを向けた相手だけは憑り殺せなかったというあたり、人間だった名残が見える。

 

 相手を想って殺さなかったのか相手から想われたくて殺せなかったのか、真意は本人しかわからないだろうが。

 

「わざわざ妬まれに来るほど余裕があるのね、妬ましいわ」

「むしろ余って困るほどさ、それに今日は遊びついでにお礼に来たのよ?」

 

 少し前、妖怪神社の宴会で思い出してから度々使っている言葉。

 パルスィがいなけりゃ面白い使い方が判らなかった妬ましい。

 中々応用が聞いて面白い言葉を教えてくれた、お礼でも一つ。

 そう考えての今日の橋姫参り。

 

「礼を言われる事なんてなにもしてないわ、勝手に感謝しないで」

「言いたくなったから言いに来ただけよ、勝手にするわ」

 

「貴女のそういうへこたれないところが妬ましいのよ」

 

 さすが本家だすぐに出てくる、ここまでになるにはまだまだなあたし、もっと使い慣れていかないとダメだね。まあパルスィの場合は性分だ、慣れどうこうではないと思うが。

 

「あら、パルスィの方こそすぐに言葉が見つかって妬ましいわよ?」

「どういう意味かわからないけど、褒められてはいない気がするわ」

 

「感がいいのね、妬ましい」

 

 クスクスと笑いながら返答していくとなにか察したようで、パルスィの顔に面倒臭いと出ている。そんなに怖い目で睨まないで欲しい、唯でさえ恐ろしげな、もとい神秘的な眼をしているのだから。

 

「あからさまに面倒な者を見る顔されると悲しいわ、涙で袖を濡らしてしまいそう」

「そのままで袖が朽ちるほど泣き通すといいわ」

 

 自前の小袖で涙を拭って見せるけれど歯牙にもかけられない。

 けれど言葉遊びにはのってくるあたりさほど面倒とも思われてはいないらしい。

 本当に面倒ならこうして相手はしてくれないか。

 

「ノリが悪いわね、妬ましい」

「使うなら正しく使ってほしいわね、何にでも使わないで」

 

 今日はいつもの相方がいないのにつっこみも冴えているじゃないか。

 

「厳しいのね、目敏いわ妬ましい」

「まあ、それくらいならいいわ」

 

「いいの?」

「言ったところでやめないんでしょう?なら止めるよりも使い方を間違わせない方を選んだだけよ。嬉しそうな顔しないで」

 

 なるほど、建設的な物の考え方だ。

 長いこと建造物の守り神をやっていたのは伊達じゃないな。

 今は鬼神としての在り方が目立つが、一度は守り神となったのだから、それが消える事などもそうはないのか。

 

「思いがけず公認してもらえたわ。今日はいい日ねパルスィ、こんな日は酒よ、酒」

「勇儀みたいに言わないで、鬱陶しいわ‥‥おごりよ」

 

「それくらいなら喜んで、姐さんにおごるほど余裕はないが一人くらいならなんとかなるさ」

「喜ばないで妬ましい、私も一応鬼神で鬼よ。アヤメの懐、少しは軽くしてあげるわ」

 

 嫉妬に狂った女神様と調子を狂わせる化け狸。

 二人で向かうは旧都の酒場、多分話を聞きつけてうるさい鬼もやって来る。

 そうなったならキスメも呼んで、ヤマメも探して宴会だ。

 知らぬ間に一人増えるだろうが、そこは気にせず楽しもう。

 知らぬ間に増えるのは瞳を閉じた妹妖怪、毎度毎回たかりに現れてくれてあの娘はまったく、どうせ来るなら姉やペットも連れてくればいいのにね。

 顔を合わせて飲むのなら、人数増やして、笑顔増やして。

 そうした方が、きっと楽しい。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。