東方狸囃子   作:ほりごたつ

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多分三本仕立てになります


~ちょっとした騒ぎ~
EX その40 遊びに出る先


 少し前に考えた人里での思い付き。

 それを実行しようかなと、日が傾き始めてから目当ての屋敷を訪れている。

 本当ならもうちょっと早い時間に来るつもりが、住まいの近くやら魔法の森近くやらと、こちらに来る前に先に寄った場所で、教えてやるから酒のあてを作れだとか、分けてやるから搗いていけなどと言われ、それに付き合っていたら余計な時間を取られてしまって、なんでか夕暮れ時になってしまった。

 それでも上手い事手に入れたモノもあるし、深くは気にせず、搗いたソレを包んでいる、強く握れば飛んでいってしまう羽衣を吹く風に揺らしながら屋敷の正面に降り立ってみたが、いるべき場所には誰もいない。

 時計塔や壁を掃除し終えた外来種の座敷わらし達なら数人姿を見かけたけど、彼らも今日の仕事は終わりのようで、灰色がかった緑色の身体にちょっとした汚れなんかをくっつけて屋敷の中に消えていった。相変わらず働き者だなと同時に相変わらず可愛くない風貌だなと思ってしまったが、仕事を終えてスカーフで汗を拭う姿だけは、どこか美しく少し格好良い様に見えてしまった。

 

 まぁ、アレはアレとて、別のを探す。

 本来いるはずの別の緑の置物が今日はいない、まだ日は落ち切っていないのだから門にいるはずだと思ったけれど、定位置にいないのならばあっちかなと、よくいる門柱の辺りに一言お邪魔しますと断り中へ進む。

 園庭の真ん中にある噴水に沿って右回りで歩んでいくと読み通り、最初に門で会えるはずの番人が奥の庭先で屈んでいた。どうやら今日は門柱に咲く含羞草(おじぎそう)にはなっておらず、門の守護者以外にも任されているのか、または趣味なのか、分からないが庭いじり姿でいるのが見えた。

 小さくて赤い、先が少し錆びたシャベルでせっせと何やら植え替える門番の丸い部分、鍛え抜かれて締りの良さそうな尻を軽く撫で、来訪の挨拶をしてみた。女性らしい丸みを帯びるライン、あからさまに暇と書かれているそれに沿って四本の指を這わせると、長く赤い髪が揺れて、誰の仕業かと辺りを探す紅美鈴。

 

 今日は霧の湖どころか寄り道先から全力全開で逸らしている為、いつの間にか後ろにいる妹妖怪と同じように認識されない状態で遊びに来たあたし。こちらから触れたり存在アピールをしなければバレようもないのだけれど、先のように自分から触れてはすぐにバレてしまい、プリっとした弾力の尻はすぐに固めの物になってしまった。

 そうして触れている物の高さが上がり、あたしの視線も見下ろす形から見上げる形へと変わっていく。同時にあたしの銀の瞳に映すものも変わったな、西から穏やかに吹く中秋の風、金風(きんぷう)に揺れていたドレスっぽい華人服、そこから伸びる手も、優しく苗に添えていた形から、やや固めに握られたグーになった。

 

「全く、困った人だ。また可愛い悪戯をして。コラ! って叱ればいいんですかね?」

「それじゃいつも通りでつまらないわ。叱られるのは常だから、もっと別な、変わった反応を見せてくれてもいいわね」

 

「うん? 悪戯されて叱る以外に何かあります?」

「あたしじゃなくて美鈴の方よ。こう、イヤン、とか。キャッだとか、色々あるじゃない」

 

 片手にシャベル、片手に拳骨を見せるチャイナ娘。

 深いスリットから覗くカモシカのような足がまた淫猥で目に良い。

 先に触れたし次は見たい。

 そんな思考に走ってしまい、それならばと、ソレを拝みつつ、同じような開き具合のスリットがあるスカートからこちらの生足を晒し、身体をくねらせながら持ち上げて、イヤンと。そうしてから胸を抱えてキャッと、心にもない、言葉通りの仕草と声色で伝えてみるとその拳は解かれた。

 真似て欲しい仕草はしてくれなかったがこれはこれでいいか、ついさっきのような硬い気は漂わせず、もっと緩い空気を纏っていたほうがここの年長者らしくていい気がする。今日撫でたりした部分は緩み切ってしまぬよう、日々動かしていて欲しいがね。

 

「そういうのはちょっと。柄にないですねぇ」

「ないからいいのよ、ギャップって必要よ?」

 

「ギャップです?……それなら私にもありますよ」

「そう? いつも寝ている門番、それ以外思いつかないんだけど?」

 

「そこですよアヤメさん、あれは眠ってはいないんです。視界に入る俗世と自身の心を切り離し、その先で開かれる境地を目指して瞑想しているだけなんですよ」

 

 赤髪族らしい立派なやつを張り、前を綴っている紐かあれ、まぁそこはいいか、その紐っぽいのがはち切れんばかりに胸を張ってくれる。

 そうやって主張されるとやっぱり触れてみたくもなる、そう思考するに同じく両手を伸ばしていく‥‥が、今度は触れる事が出来ず、心を鎮めているらしい閉眼状態でサラリと躱す拳法家。

 瞑ったままで動きを読まれ避けられる、これは地底の読心妖怪もびっくりな動きだ、なんて褒めたりしないぞ。気の流れでも読むか、自身の気を撒いてあたしの動きを察知したってだけだろう。

 こうやってあたしが予想出来る内はギャップとは言えないな。

 

「中々にらしい事を言うわね。でも、それって美鈴にしかわからないし、ギャップを感じるほど意外って感じもしないわ」

「ごもっともです。実際そうしているから、私から見ても意外だって事もないんですよね‥‥ちなみに、どうしたら寝てないって理解してくれますかね?」

 

「さぁ、そこを考えて納得させるのは美鈴のお仕事でしょう? 今のままなら居眠り門番ってイメージを払拭しきれないわね」

「うん、これはあれですね。理解しようとしてくれないアヤメさんに聞いたのが間違いなんですね」

 

 気の利く門番らしく理解が早い、が、これも妬ましくもないな。こういった機転の良さや読みの早さも美鈴らしさといえばらしさだといえよう、ならばギャップには成りきれず、褒め称えるには少し足りない気がする。

 けれど、別に狙って探すような事でもないのか、普段のその人からは見られない一面ってのがギャップってものだろうし、今のようにあれやこれやと探していると、これはアレだと勝手にこじつけてしまってギャップになりようもない気もする。

 ではその辺りの考えは忘れた事にしてあたしも普段通りにいこうか、今までの流れも普段通りだと言われればそれまでだけれど、意識して気を入れ替えるという事は何事でも大事な事だろう、会話相手はそれを操るのに長けた相手なのだし。

 

「そういうことよ、本人がどう言おうとあたしの価値観は変えないわ。だってその方が‥‥」

「面白い、と。久しぶりだというのになんにも変わりませんね」

 

「相変わらず可愛い狸さんのままでしょ?」

「それなんですけどね、アヤメさん。一つ気が付いた事があるんです」

 

 あたしが普段の物言いを始めると打って変わって、美鈴の方がいつもとは違った雰囲気を纏う。表情や仕草なんかは大人のお姉さんらしい落ち着きのあるモノ、普段使いの雰囲気そのままだが、口振りがいつもの調子ではないように感じられた。

 なんというかこう、毎度の事であればここで肯定してくれて、それを聞いて満足した後に屋敷に入るってのが通例なのだけれど‥‥この言いっぷりは否定するような、言われっぱなしではなく言い返す事もあるんだといった空気に思えるが‥‥一体何に気が付いたというのか?

 流れからすれば……なんだ、このあたしが可愛くないってか?

 自画自賛じゃないが、これでも一緒に客を取らないかと地底の遊女共から誘われているし、一晩いくらかと尋ねられる事もあるくらいには端正な顔立ちで、体つきも悪くない方だと思うぞ?

 煙草臭くて煙たくて、ついでに口も態度も悪いって部分を見なかった事にしてもらえれば、十人並みよりはちょっと上くらいにいるはずだろう、多分。

 

「聞いてます?」

「聞いてるわ、理解はしてあげないけど」

 

「はぁ、またそうやって余計な一言を。それでもそういった物言いもそうなんですよね」

「減らず口が可愛くないって事? ならそこは見て見ぬふりでもして頂戴、あたしも聞かなかった事にするから」

 

「そういうの、なんて言うんでしたっけ?」

「うん? あぁ、聾の早耳とか言うはずよ、こっちの言葉だから詳しくない?」

 

 自分に都合の悪い事は耳の聞こえない振りをして、悪口だとか悪態だとか、別の意味で自分に都合の悪い事には敏感に反応する事いう昔の人のお言葉。何時頃の誰が作ったのかなんて知らんが、あたしにとっては非常に都合の良い言葉だ。

 正しくは慣用句ってやつになるんだとは思うが、昔の人の言葉なんて諺も格言も慣用句も、全部ひっくるめりゃお言葉だろう。どれがどれだと細かく括るのも面倒だし、これも都合よくお言葉とまとめて言っておく。

 言い切り笑うと相手も笑う、朗らかにいつもの笑顔だけれど、先の言いっぷりから鑑みれば何か裏のありそうな明るい笑顔。何を思っての表情なのか、気になったのだからそこもいつも通りに問うてみる。

 

「その笑み、なんか気に入らないわ」

「あ、わかってもらえました? ちょっとだけ厭味を含ませてみました」

 

「その表情が気に入らないってだけよ、含まれた中身まではわからないわ」

「でも聞きたいと、そういう事でいいんですよね?」

 

「? 歯切れが悪いわ。そんな意地悪さや思わせぶりな態度なんて、柄……」

 

 言いかけて止まる。なるほど、何も普段と変わっていない、笑顔の通り、いつも通り彼女だったらしく気を使ってくれていただけのようだ。

 気を使った上で美鈴のキャラにはない含みのある言い回しなんてのをしてくれて、そこにギャップを感じてしまった、勝ち負けの勝負なんてしてはいないが、上手い事引っ掛けられたって感じてしまった。こいつはどうしてやり手だったな、面と向かって正直に、真っ直ぐに言葉でも拳でも語るのが彼女だと思い込んでいたが、それ以外の面も持ち合わせていたらしい。

 口八丁でハメられるとは、歯がゆいが小気味よい。

 

「ふっふっふ、やっと一本取れましたね!」

 

 痒い歯を僅かに噛んでいると笑う門番。 

 軽やかな笑い声、先ほどまでは含んでいただろう厭味ったらしい様子のない、健やかな笑顔と声を見せてくれる。その笑みがあまりに眩しくて思わず目を細め顔の角度を変えてしまう、ちょっとだけ俯いて、銀縁眼鏡のフレームに笑う彼女の視線を隠した。

 

「なんです? 何か言いたげな上目遣いですよ? そうやってお伺いを立てられても待ったは無しですよ?」

「待ったなんて言わないわ、してやられたから睨んでるだけよ」

 

 こちらが下から見ているのをいい事に、ちょっとだけ、筋の通った鼻が目立つような角度にしながら問うてくる。別に睨んでいたわけでもないのだけれども、そう見てくれるのならそうだと素直に返して、後者の理由も素直に返す。

 

「憎まれ口を吐く時はもっと上から言ってくるのに、今日は上目遣いで返してくるんですね。そういった変化は出来なかったりするんです?」

「身長差はこれでいいの、出来るけどしたくないのよ、爪先立ちになる今が丁度いいの」

 

 誰との身長差を考えて言ったのか、それをすぐに察したのか、なるほどと頷いて顔の角度をこちらに向けた。この赤髪とあの赤髪、並んでいる所を見た頃がないから曖昧だが、見上げる角度からすれば同じくらいの身長なのか?

 方や帽子ありで方や何もなし、細かな差はあれどそうかもしれないな。ついでに言えばあの彼岸の赤髪も同じくらいの大きさだし、背も出かければ乳もでかいのが赤い髪をした連中の特徴だとでもいうのか?

 悩みつつ爪先立ちになってみせる、それなりに顔が近づくが、あとちょっとが届かないお陰で美鈴の方が大きいと理解できた‥‥届かない原因のもう一つ、支え代わりに手をついた柔らかな部分も多分デカイな。

 

「考えている相手次第では口も態度も可愛いのに、出し渋ってばかりですね」

「お生憎様、誰にでも愛想を振り撒いたりはしないの‥‥それで?」

 

「それで?」

「さっきのよ、別の方で理解しちゃったからついでにさっきの話も理解してあげるわ、聞かせてみなさいよ」

 

「あ~‥‥言わずに済む流れに出来たと思ったんですけど、言わなきゃダメですか?」

「その返しでなんとなくわかるから聞かなくてもいいんだけど、しっかりと理解してあげたいから是非共に聞いてあげたくなったわ」 

 

 再度ダメかと聞かれるが、ダメだと、姿勢を変えずに甘い声で返す。 

 そうやって返事をしても言葉は出てこないが、それでもここは弄り時だと理解している。

 これはあたしを肥料に芽吹いてくれたからかいの種だ、折角芽吹かせてくれたのだからこれを枯らしてなるものかと、少し距離を取ろうとした美鈴の服を軽く摘んだ。

 払われれば振りほどけるくらいのか弱さで摘み、返事をくれない美鈴に、もう待てないと呟いて、再度の追撃もしてみせる。

 

「怒りません?」

「多分、ね」

 

 こちらを見ずに上の空を見つめての疑問、そうやって真上を向かれるとこちらからは顎くらいしか見えやしない。今どんな表情をしているのか、ちょっとこっちを向いて見せてみろ、人と話す時は相手の目を見て話すのが筋ってやつだろう?

 能力で逸らせば上から下を向く、かもしれんが場合によってはもっと上か別の方を向かれてしまいかねない。ある程度の指向性があるあたしの能力だけど、そうしようという考えからも偶に逸れるのが厄介なとこで、今そうなると顔が見られない。

 それは厄介だと結論付けて、今は動きだけで振り向かせてみよう。

 摘む手から体重を預け、精一杯の爪先立ちで顔を寄せる。顎先に鼻がつくかつかないか、ソレくらいにまで近寄って、整った顎にフンスと息を吐きかける‥‥これ以上待たされ焦らされると飽いてしまい、もうどうでもよくなりそうだったので、そうなる前に鼻を鳴らし興味津々だと伝えてみた。

 

「じゃあ‥‥怒らない方に賭けて‥‥あれですよ、さっきの仕草にしろ、早耳にしろ‥‥ちょっとだけ古臭くて」

「あん?」

 

「いえ、悪い意味じゃないんですよ? ただほら、妹様に仕込んだ仕草は可愛らしいのに、自分で取るのは年季が入った仕草というか。言う事も古めかしい事ばっかりだなというか、なんというかですね」

「あぁ……ババ臭いって事ね?」

 

 言いたくなさそうなので代返してみる。

 すると、それですってのと言うんじゃなかったというのを半々に、ここのお嬢ちゃんが愛飲させられているお茶でも飲んだような顔、苦々しく笑う顔になる門番。その顔のあちらこちらに自爆したと書いてくれて、なんともわかりやすい顔を見せてくれた。

 それでも言うに事を欠いて、とは思わない。

 いつだったかも老獪さを見せてズルイだとか言われているし、偶に見せる素直さがここのお嬢ちゃんのお友達としては良いものだとも言われている。今の言い草も良く捉えれば古い妖怪だと見られ、オツムの方もそれなりにあると理解されているから言われる事だ‥‥と前向きに考えておくが、気分がいいかは話が別だ。

 最近遊びに来てなかったから、偶には顔を出してあの子(フラン)に文句の一つでも言われよう、ついでに門番で遊んだり、屋敷の主で遊んだり出来ればいいかな、と思い訪れたというのに、中々に効くお言葉を聞かせてくれる守護者。

 さて、この気持ちどう晴らそうか、晴れては困る煙の霊らしく鬱憤だけを晴らすなら‥‥怒らないかと問われ、そこはぼやかしているし怒って見せてもいいとは思うが、この程度で怒髪天になる程裁量が狭いわけではないし、まだ二つしか言われてないから死んだ仏さんとして怒るには一つ足りないし‥‥ふむ、ならここも素直に、少女らしくしようか。

 摘んでいた服から手を離し、顎から(したた)かに付いた皺に視線も落として、ちょっと大きめの声でぼやく。

 

「帰る」

「え? 遊びに来たのでは‥‥」

 

「来たけど、美鈴にいじめられたから帰るわ」

「いやいや、ちょっとした冗談で‥‥」

 

「冗談で婆扱いされたから、もう帰る」

「怒らないって言ったじゃないですか」

 

「怒ってないわ、拗ねてるの」

「拗ね‥‥ソレも可愛いですよ? だから、ね?」

 

 ダメですか?

 そんな風に言われながら肩を揺らされるけれど、頑なに顔を背け抗う。

 そうしていると高い背を屈めてこちらの顔色を伺ってくるが、全力でその視線を頭ごと逸らし、明後日の方向を向いてもらう。今顔を覗かれてはマズイ、泣くどころか真逆、笑いを堪えるのに忙しく、どうにか肩を揺らす程度で我慢しているような状態なのだ。

 こんな顔を見せれば折角作った空気が壊れる、美鈴自身も遊び半分だというのは理解しているだろう、それでもどうにかあやし引き止めねばなるまい。主の遊び相手が自分の行いのせいで帰ったともなれば‥‥ちょっとは叱られて、飯抜きか、あたしの代わりに妹と戯れざるを得なくなるだろうよ。そうなれば、壊される事はないだろうが、それでも翌日の仕事に残るくらいに疲れはするはずだ。疲れもすれば眠くなる、そこから読めるのはあたしの言った通り緑の置物になるというギャップのない姿。見せてくれたキャラにない言い草を聞いて、そこからギャップの感じられない姿をとらざるを得ない状況に持っていく、なんとなく思いついた意趣返しだがそれなりに気に入ってくれたらしい、こちらを伺う様子が必死だ。 

 

「ダメ、取ってつけた言い方が気に入らない、ヤダ」

「ヤダって、妹様も会いたがってますよ?」

 

「あたしも久々に会いたかったけど、泣かされて帰ったって言っておいて」

「泣くってまた、大袈裟な‥‥ちょっと、顔を上げましょうよ」

 

 肩を震わせ、無言で笑う。

 大した事はなにもせず、単純に気に入らないから拗ねただけでこうもやり込めるなんて思っていなくて、それが存外面白くて、耐えつつ肩も心も躍らせ思考する。

 謀る事はやはり奥が深い、大真面目に何かを企んで仕掛けるよりも、ちょっとだけ素直さを覗かせてみただけで焦る顔が見られるとは、何がとっかかりになって笑える事に繋がるのかわからないな、何事も往々にして読みきれないものだ。

 もう少し時間に余裕があればこのまま遊んでいたいくらいなのだが‥‥なんて思考を読まれたように現れる、時間稼ぎが得意な少女。正しくは稼ぐというより止めるだが、止まるのに稼げるとか語感がおかしく思えるけれど、実際稼げるのだからそこはいいな。

 何やら平たい輪っかを持って登場してくれて、その手に持った物はなんだい?

 

「美鈴、またお願‥‥何を遊んでいるの?」

 

 問う門番に荷物を押し付けつつ、こちらはチラ見のメイドさん。

 相変わらずのぽっと出具合だな、なんて俯いたままで感心していると、仕事はどうしたのか、と、輪っかを膨らませ始めた美鈴に季節風より冷える視線を投げかける。白より青の方が多い格好だというのに目つきは白けていて、そこでバランスでも取っているのかね?

 まぁいい、門で笑ったからか福が来たのだから。新しい遊び相手が来てくれたと思い、ビニールの輪が形になるまでこっちをからかうかと考えた、が、数度の呼吸だけでパンパンに膨らんだビニール製の輪っかっぽいの。何かと思ったら浮き輪だったのか、人間ならもうちょい時間がかかるはずだろうが、妖怪ならこんなもんか。

 兎も角、それを預けてあたしのおもちゃと話し始めてしまう中華小娘。あたしはまだ拗ねているはずなのだけれど、後から来た小娘の方にすぐに見る先を変えてくれて気移りが早いな。

 なんだ、あたしよりソッチの方がコワイってか?

 まぁ、怖いな。

 

「遊んでないですよ、寧ろ遊んでいって欲しくてこうして捕まえてるんです」 

「遊んでないわ、いじめられてるの」

「そうやって茶化さないで下さい、それを遊んでいると言っているのですわ。全く、真面目に取り合って時間を割かれるくらいなら無視でも、放置でもしたらいいのよ」

 

 出てきたそばからまた酷い言われように思えるがそれが正解だろう、こうやって構ってくれる美鈴には嬉しく思うが、職務に従事すると考えるならばあたしは放っておくのがいいだろうよ。

 ここで放置されたところでどうせ帰らん、わざわざ出向いて遊びに来たのだから、目的を果たすまではダメと言われても居座るつもりだ。門番はちょっとだけ慌てているようでそこは忘れているみたいだが、さすがにこっちのメイド長は冷静だ。

 

「本日は‥‥遊びにいらしただけなんですね」

 

 美鈴の言い訳と手荷物から察したのか、来訪理由は語らずに知ってもらえた、まだ年若い女子だというに理解が早くて妬ましい。先にも思いついたが、本当は時間を止めるよりも頭の回転を早めたり、なんやかんやしたりするして思案する方が得意だったりするのだろうか?

 それとも時間を止められるからこそじっくりと長考出来たりするんだろうか?

 後者なら面白いな、自身の世界に閉じこもり、これはなんだあれはなんだと首をひねる姿はきっと愛くるしいだろう。他のツートンカラー連中よりも少しだけ年上で、それ故冷静さを窺い知れるメイド長がそんな姿を見せてくれたらいいけれど、生憎止まると咲夜一人の世界になってしまって見られないんだったな、それはそれは残念だ。

 

「また思考が逸れていらっしゃるようで。お入りになられるならご案内致しますが?」

「そうね、浮き輪があるなら水着なんだろうし、あっちこっちに気が取られる前にソレでも眺めに行きましょうか」

 

 僅かに右手を上げて引き止めるような、先の流れはなんだったのかって顔の門番は放置して、歓迎に出てくれたメイドに答えるとこちらからも片手を差し出される。お荷物お預かりします、もしくは不審な物でもないか見ますって雰囲気の手だけれど、それには渡さず並んで歩き出す。

 渡してもいいのだけれど、これは折角持ち込んだ悪戯のための道具だ。これを見せるのであれば適した頃合いに見せたいし、そうした方が多分面白いだろう。それ故今晩までは内緒だと、ウインク決めつつやんわり断ると、また察してくれたようで、手を引いて先を進み始めた。

 紅魔館の石畳をカツカツ鳴らして、少し長めのエプロンの締まり目を揺らして歩く従者。不意に目に入った揺れるもの、それにじゃれつきたい心を今は抑え時だと己に理解させて我慢する。

 そうして気を紛らわせるように、こちらも遊び道具の入った包みを揺らして後に続いた。 


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