東方狸囃子   作:ほりごたつ

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本当に何もない日、そんな日常風景


EX 閑話  徒然なるままに

 ぼんやり視界を(けぶ)らせる煙、愛用煙管から上るそれ。

 少し長めの筒先には込めたばかりの煙草が詰まっているが、大して吸いもせずに、なんとなく火を入れては、咥えているだけの無駄遣いをしている。

 ちょっと前までは有限でなくなったら買い足していた煙草だが、鬼に貰った秘宝のお陰で吸っても吸ってもなくならなくて、とてもとてもありがたい。減らずの物は元々持っていたが、あちらは減りはするか、一応。今日も肩から下げている白徳利、これも一日に湧く量の限りはあれど無限に酒が湧く、煙草もそれに続いてバッグをなくさない限りは限りなし。

 ついでに持ち主であるあたしもいつの間にか終わりが見えなくなってしまった、というか終点の先からとんぼ返りしてきたのが正しいか。お天道様が急に沈むようになった空の中、止まったり動いたりする番いの秋赤音に習えばそのような言い方になるだろうな。

 そんな風に徒然と、人里の一角にある甘味処で暇に弄ばれる午後の一時。

 

 何かをしよう、どこかへ行こう。

 そう考えて動く日の方が少ないから、今日のようにただただ時間の大安売りをする日も多くある、それ故何をしない事にも慣れた。あたし自身は何もせず無言で腰掛けているだけなのだけれど、瞳に映る風景は色々と変化を見せてくれて、それを眺めているだけでも面白い。

 例えば一番近くに見える煙草の煙。

 風もない秋の日だというに、何かに流されるように揺れ、真っ直ぐには立ち上らない。火元にあるだろう上昇気流に乗って空に上るなら直線でも良さそうなものだが、なんでか揺れながら上っていく。これが何故かと考えているだけでも、存外暇は潰せるものだ。

 何故こうなのか、そう問われたらあたしがたたえる煙だからって事に今日はしておこう。真っ直ぐではない不届き者が灯す火で、そこから立ち上る煙で、ついでにあたしは煙たい要素たっぷりな妖怪さんだ。そんな輩が扱う物なら真っ直ぐに上るわけがないだろう。

 他人の煙もこんな動きをするだとか、余計な部分には目を瞑るとして。

 

 それから瞑ったお目々を開き、誰にでも無くウインク決めて、次はそうだな、町中を歩んでいく里の住人でも眺めて、空きっぱなしのあたしの予定を埋めていく事としようか。

 今視界に入ってきたのは里の警備をするようにと、ここの石頭守護者に言われた頭の多い赤いやつ。東西南北の入り口に各一首ずつ配置され、基本的には人の眠る夜中に警らしていたりするのだが、本体が暇そうに歩いて行くのを見る限り今日は非番のようだ。

 あたしと目が合うと少し歩行速度を下げて横目で見ながら過ぎる、こちらは軽やかに手を振っているというのにあちらからの挨拶はなし。相変わらずの取っ付きの悪さだと感じるけれど、無視されず横目では見てくれるのだから、それはそれでいいとしよう。

 

 次いで現れたのは里の人、こっちは正しく人間だ。何やら買い物かごを肘に掛け霧雨の大道具屋に入っていった、あの店なら大概の物は揃うし、何を買うのだろうね。眺めていると先に店内に消えた者の面影を宿す女児が二人、後を追って駆け込んでいく。

 そのまま見ていると、入店時には付けていなかった(かんざし)を髪に通し、三人で繋がりはしゃいで出てきた。真ん中の母の髪で揺れる燻した色合いの金簪とは違った、玩具のような明るさの鼈甲(べっこう)が姉妹の黒髪に似合っているように見えて、ああいった物が似合うなら将来別嬪さんになりそうだなと思えて、後の目の保養が増え楽しみだ。

 

 こうやって何かしらを見つけてはどうでも良さ気な事を考える。

 何もない日によく見られる、あたしの過ごし方の一つである。

 大概はこのくらいの頃合いで誰かが顔を出したり、いたいた、なんて言いながら要らぬ面倒を持ってきてくれたりするのだが、今日は静かで過ごしやすい。

 これはきっと隣に座るお嬢さんのお陰だろうな。

 里の通りに面した甘味処、その入口にある長腰掛けでまったりとしていたら現れて、何も言わずに座った彼女。秋の神様とは違う、けれども同じくらいに芳しい香りを身体に纏い、常に持ち歩いている日傘を揃えた腿の上に抱え、傘を持つ手にはちょっとした買い物をしてきたとわかる手提げ袋が下がっている。こいつもマメに姿を見るが今日も花屋にでも行ったのかね?

 思いに耽つつ手元を見れば、靭やかな手で隠される。

 なんだよ、見るくらいはいいじゃないか、減るもんじゃなし。

 そんな考えを顔に出し、片眉を上げて見続けていると、残っていたお茶を飲み切り無言のままで立ち上がるお隣さん。非番の飛頭蛮と同じくコレもつれないな、なんて高くなった顔を見上げていると、傘を携えたままの手の指先が小さく上がった。

 会話もなく荷物の中身も教えてくれないが、お別れの挨拶はしてくれる花のお嬢さん。

 顔色変えずにあたしも指先を上げ振る、それを合図に飛び去った花妖怪。仕草で挨拶するなら一言二言くらいはあっても、そう考える部分もあれど、あいつは高嶺の花だったとでも思って気にしないでおくとしよう。

 

 そうしてまた一人になると、景色の方に視線を戻していく。

 幽香が高嶺を飛び超えるくらいの高さまで上がったのを見送り、視点を飛んでいった空から北東へと流していく。高嶺なんて思いついたからなんとなく見たくなった妖怪のお山、その稜線を望んでいると、そちらから妖怪神社に向けて飛び去る黒いのと茶色いのが見えた。

 前を翔ぶ黒天狗の少し後を茶天狗がついていく、幻想郷最速の後をついて回るしかしないなど、空の覇者としての矜持がないとも見えるが、偶にカメラを向けてスカートの中を狙う後者と、風を操り腿から上は取らせない前者。二人して遊んでいて、相変わらず仲が良くて妬ましいが、そんな妬みは兎も角としてだ、またネタ探しにでも出かけたのか。

 有る事無い事を面白おかしく書いて、幻想郷一早くて確かな真実の泉だとかどうとか言ってばら撒いている瓦版。言うとおり偶には面白い記事もあるけれど、一番おもしろかったのは号外の意味を勘違いして、むりくりに押し付けて回る文の姿だった気がするな。合ってるけど合ってないとはツートンカラー達の弁、それが言い得て妙で関心出来た出来事だった。

 

 そんな感じでマッチポンプな行いをする煩いほうだけども、一緒に飛んでいった喧しい方はそういった事はあまりしないように思えるな。というか、そもそもお山から出る事が少ないから何処かでしていたとしても目につかない、って事だろうか。

 ふむ、多分そうだろうな。ちょっと前に始まりすぐ終わった大戦争、私より強いやつに会いに行く、と幻想郷内では最強の妖精が他の妖精に喧嘩を売って回るって事があったが、あの妖精を誘導して黒白に喧嘩を売らせたのがはたてだったはずだ。

 妖精や妖怪と仲の良い人間に力のある妖精をぶつけるとどうなるか、なんてネタの為にそうしたらしいが‥‥んなもん、調べる事もなく、弾幕ごっこになるって結論以外にないだろうに。

 その後の勝ち負けや流れが気になるって事ならわからなくもないが、結局は異変でもない妖精のお戯れ、結末が気になるほどの事でもない気がして、結果どうなったのかはよく覚えてない。

 文末のケツの方に、いつのまにやら人間は強くなった、古い妖怪達の持つ人間は被害者だという古い考えを捨てるべき。そんな事も書かれていたが、あたしにとっては余計な一言だった。そりゃあそうだ、ツートンカラーには毎回退治されてばかりで、あの子らの強さは体感しているもの。

 

 弾幕ごっこに付き合わず、本気でやればどうなるか?

 それを考える前に、またケツなんて言って、はしたないわ。

 と誰かに窘められる妄想をしてしまい、一人笑って目を細めた。そうしていると狭まった視界の下の辺りで振られる手を見つけた、厄介者であるあたしに誰が手なんて?

 そちら方面にピントを合わせていくと、市松模様の袖を振り振りしながらホクホクと笑む小娘が見えた。相手はあたしが甘味処に立ち寄る前に寄った貸本屋の主殿。手元にあった外の世界の本、歴史物の書物や妖怪図鑑を買い取ってくれて、あたしに種銭を持たせてくれてビブロフィリアが、並ぶ求聞持の娘っ子と挨拶してから歩いて去って行く。

 少しの種銭にでもなればと売りに行ってみたが、あたしが考えていたよりも結構な高値で買い取ってくれてありがたい事だった‥‥どこぞの太子に似たおじさんの絵を始め、妖怪土蜘蛛や妖怪つるべ落としの挿絵に落書きをしてしまったせいで、安く買い叩かれるか、買い取り不可なんて言われるかと思っていたが、逆にそれがいいらしい。

 太子の頭にはそれっぽい耳を書き足して、土蜘蛛には紅葉の神様からくすねた黄色の絵の具を使ってポニーテールを追加し、つるべ落としの額には同じ絵の具の赤でケロリンと書いたいたずら書き。あたしからすれば本当にただのいたずらだったが、嬉々と書き足したせいであたしの色々が篭ってしまったらしく、どちらの書物も妖気を纏った妖魔本に成りかけているのだそうだ。どうやって騙そうかと企んで、本気で人間に化けて店を訪れたというのに、変に化かす事などしなくとも、あの程度でそうなるのなら小鈴の好む稀覯本なんてさして稀でもないな。そう感じた商取引の一幕で、あたしは詳しい事を語らずに(かた)る事が出来て、銭は上々心も重畳といった面持ちだ。

 たった数冊で良い儲けとなったが、紙幣を弾く指が何度か逸れて、真剣に数える意識までも何故か逸れてしまった事が随分と多い買取額に繋がったとか、そんな事もあったりなかったりするのだろうが……あたしは着ていたスーツに埃がつかぬよう場の流れを逸していただけで、そうしろとこちらから仕向けたものではない、言うならその雰囲気の中で勘定をした小鈴が悪いってところだ。

 それにあれを売ったのはあたしに良く似た人間であって、巻くための尻尾も、寝かして閉ざすための獣耳まであるあたしではないし、気にならんからこれは忘れてしまうとしよう。

 

 あぁ、あの隣にいた物忘れずも物書きだったな。

 あの天然求聞持も一辺見たら忘れられないとか厄介な授かり物を持っている気がするけれど、転生しては死んでを繰り返してごっちゃになったりしないのだろうか。そうならないように転生時には記憶が飛ぶとか、飛ばされるだか言っていたような気もしなくもないが、どっちにしろアイツも都合のいい記憶力だな。

 そういえばいつだったか、種族が幼獣から亡霊に変わったのだから、あの紹介本の項目も書き直してもらおうと思ったが、その思い付きは未だに出来ておらず、というかどうでも良くなってしまっているので直してもらいにも行ってなかった。

 あれにどう書かれようとあたしはあたしで変わりようもないし、変わるとすればまた嘘ついていたのかと騒ぐだろう阿求の顔色と口の勢いくらいだろう。それを楽しむのも良いだろうが、今生は今のままにしておいて、来期生まれ変わった際にまた書き直してもらい、笑ってあげる事にしようと考えている。

 

 阿求の書いた書物の事を思い、何度目になるのかわからない一服をしているとその著者が住まう屋敷の隣が煩くなった。

 時間帯からすればそろそろ小腹の空く時刻、この時間帯になると稗田の屋敷の隣に面した、あの石頭が教鞭を執っている寺子屋が賑やかになる。いつかお呼ばれした際にちら見したが、確か、あそこで教える内容のどれかに稗田の誰かが書いたらしい書物が幾つかあって、それを教本代わりに使っているのだったか。とすれば、あの幻想郷のガイド本みたいに一々阿なんたらの注釈が入っていたりするのだろうか、それなら一度読んでみたい。

 先生さようなら、けーね先生また明日、もこたん先生もまたね。

 考え事をしていると聞こえてきてくるそんな声。

 最後の一言を聞いた辺りで思わず笑ってしまった、軽く吃るような声も聞こえたが、それでもまたねと返す声も聞こえる、あたしにはそう言うなと喚いておきながら、慧音が面倒を見るガキ相手にはそうは言えないか。こいつは中々に小気味よいな、ガキ大将にそう言ってみろと仕込んだ甲斐があったいうものだ。

 それにしたってまだここにいたのか、誰かさんに煽られて灰燼に帰した掘っ立て炭焼き小屋。正確には何もないボロ屋だがそう言うと怒られるのでこっちに言い直すとして、それを建て直したはずだというにまだ里にいたのかあいつ。人に再建の手伝いをさせておいて、炭焼きも道案内も変わらずにやっている蓬莱人が先生と呼ばれているとは。そう呼ばれるのだから何かしら教えているのだろうが、何を教えているんだろうか?

 焼き物上手で焼き鳥は旨いし料理とか?

 それとも藤原流忍術でも教えているのかね、だとしたら一度見てみたい。

 

 ぷかり、口から煙を吐き出して、空に向かって漂わせる。

 そうして両手の指を合わせ、それらしい印を組みながらその流れを眺めていると、漂う煙に似た御仁があたしの視界に収まった。色合いこそピンク色で顔もあったりするが同じく不定形の御仁、話さず黙したままの親父殿だが、その下でじゃれ合っていた尼公と尸解仙の勝負に決着が着いて表情だけを変えていた。

 今日は布都の勝ちらしく、こんな時代遅れの奴に負けたー、なんて一輪が叫ぶ。その声を聞いて何やら難しげな顔の時代親父殿、遅れているのはきっと貴方の事ではなく、対戦相手であるアホの子の頭の回転速度だと思うからそんな顔をしなくともいいのに。

 

 対戦相手の方も、生前は皿と同じくらい高速で頭を回せていたはずなのに、復活してからはすっかりと鳴りを潜めてしまって。好ましかったしたたかさや狡猾さがなくなって、あたしとしては至極残念ではあるが、傾いでそうであろう? と問うてくる可愛さを代わりに得たのでトントンか。

 飲んだ丹のせいでそうなったのか、生まれ変わってしまったからああなってしまったのか、そこはわからんしどうでもいい部分だが、あれにつける薬はあるけど効かないというし、心配するだけ無駄な事だな、きっと。

 

 そうであろう、とは思わないか、薬売りの兎さん?

 同じように空を眺めて立ち止まっていた兎を眺む、いつだったか扮装していた人っぽい格好で、波長を操る瞳に空の者達を映す鈴仙。波長が短いと短気で長いと暢気だという話だけれど、今見えている二人の波長はどのように見えているのだろうか?

 争ってすぐだから二人共短いのか、それとも、ハイカラじゃないかと慰められて頭巾を解いた美人と肩組むアホ、もとい可愛い少女の空気は暢気な光景に映っているのか、聞いてみたいがやめておこう。人里に来る時は人の扮装をしていろと師匠に言われているようだし、妖怪であるあたしが話しかけるのも気が引ける。

 確実に何を今更と言われるだろうが、ただ話に行くのが面倒なだけで、その為に思い付かせただけの理由だ。これを掘り下げて、深く突っ込まれたとしてもあたしはきっと困るだろう。

 因みにこの姿で持ち歩かされていたあの月の羽衣だが、穢れの満ちる空気に触れさせても問題ないかどうかってのを見る為に持たせたらしい。本物なら問題ないがレプリカだから少し心配だったとあの飼い主様は言いやがったが、そんな不安定な者で月面旅行に行かせるな、無事だったから良いものの。

 

 まぁ事が起きる体などないがな、と、そうこう考えている間に薬売りの姿は消えた。

 後は見るモノもないかなと、火の消えた煙管から葉を落とし、再度の煙草に火を入れる。ついでにおかわりのお茶をお願いして、これを味わい切ったらあたしも昼餉にするか‥‥って頃合いに川を流れていく誰かが見えた。

 大きなリュックを沈ませて、背面を水面に浸けた姿の河童ちゃん。河童が川を流れていく最中、時折頭を撫でまわし何やら気にする素振りだが、なんだ、山童のチャンバラにでも巻き込まれ、ぶっ叩かれたか?

 それとも、そうやってあるのかないのかわからないお皿を磨いているのかね、帽子の中を見た事は未だないが、それなりに気になる事案でもある。後で聞くか、もしくは不定期で興行されているあの怪魚の演し物でも見るついでに、河童の巣でも覗き見しに行ってみるか。邪な仙人様が仰るには、私が抜けるのに適当に空けた穴は埋められてしまいましたわ。って事らしいが、出先を選んで掘ったせいか試しに、テキトーに空けただけの穴は今でもあると言うし、そこらから忍び込めばどうにか覗く隙もあろう。

 それでも用心深いにとりの頭は見られないだろうが、他のおかっぱ河童ちゃんや眼鏡仲間の河童ちゃん辺りなら覗き見るチャンスもありそうだ‥‥バレたら何しに来やがったと囲まれてしまいそうだが。

 

 ふむ、そうなったら逸らせばいいのか。

 振られるだろうサバイバルゲーム用の刀や、建造途中の大型水棲生物の起動テストだとかに付き合わされそうな気配もするけれど、何をされてもあたしの場合は逸らせばなんちゃないし、丁度見えてきたあの人間にもきっとなんちゃないだろう。

 あたしは逸らして、事象をあたし以外のそこいらに向けられるが、あっちの二人組もなんやかんや躱すのに長けた二人だ。片方は時間を止めて咲夜の世界に引き篭る事が可能なメイドさんで、自分しか動けない世界に閉じこもる事ができるらしい、己のみって辺りがミソで止まった物には干渉できないようだけど。門番の乳を突いてみたり、あの魔女や司書殿のスカートを捲ったりも出来ず、悪戯するのに便利そうで手が出せないとかやきもきする能力に思える。

 最近顔を出していないし、そろそろあたしのお友達の様子でも見に行ってみるか。季節柄庭で咲くあたしの花は見られなくなったが、花咲くような妹の顔と、面倒なのが来たなと見てくれる姉の顔を拝むのも楽しかろう。

 

 話しついでに、もう一人の人間少女もその現人神の御業を以って常識に囚われない奇跡でどうにかするだろう。何がどうなって大丈夫になるのか、なんてのは奇跡を信じていないあたしにはわからないし、自分で扱う事も出来ないのだから気にするだけ無駄だろう。目下気になって仕方ないのはあの風祝の能力よりも、頭で揺れる双葉の方。

 どこぞの蛍やどこぞのミミズク神子に同じく、あたしの視界に入ってしまうと気になって仕方が無くなるアレ。早苗のモノはただの髪と理解しているから耳なのかといった疑問はないが、どうしたって揺れて、どうしたって気になる。

 前はなかった気がするけれど、ある程度育つと芽吹くのかね?

 ともすればあの神様にもあるのか?

 河童に同じく、先祖である祟り神様の帽子の下を見た事がないから、もしかしたら同じく双葉が生えているのかもしれないね、もう一柱であらせられる表の祭神も、上っていうか横に広がり芽吹く髪型をされているしな。

 

 二人が別れてそれぞれが霧雨の大道具屋、橋の手前の通りの端に置かれた、守矢神社って踏み台に別れ進んでいく先の片方。信仰集めに頑張る方を眺めていると、外の世界の街頭広告で見たモノを思い出す。

 姿形こそ違うが、今の様に目立ちながら、町中を歩く人間に清き一票をお願いしますなんておじさんやらおばさんやらが語っていた姿。今の諏訪祝よりも高いところから声高に何やら話していたがうるさいだけで、内容は全く覚えていない話。

 

 人に話すならもっと身に沁みる言葉を選んで語るべきだと思えるな、例えば空の高いところを飛んでいる誰かさん、今日も今日とてやる事がないのだろう天人様の様に、語る相手を理解したようなお言葉でも言うべきだろうよ。

 あんまり言いたい放題を続けると、その少し後ろを飛んでいるパッツンパッツンから雷が落ちるのだけれど、それも最近なくなったな。我儘さは未だ残るが、素直に謝ったりと前よりは可愛くなった天子ちゃん。ちゃんなんてつけると、やめてよっなんて言われるから、これも言えない、残念である‥‥が、ちゃんが似合うのだから仕方ないな、隣の衣玖さんはなんでかさんと付けてしまうがこれはなんだろう、パッツンパッツンだから?

 イヤイヤ関係ないだろうさすがに、とすれば別の部分からそう思うのか?

 だとしたらどこだ?

 あの帽子で揺れる触覚か?

 それもないだろうが、あれもあれで気になる揺れっぷりだ、別の所、もうちょっと下で揺れる2つのパッツンパッツンもいつか突いてやりたいが、そう言う空気にでもすれば読んでくれて、揉むなり、突かせるなりさせてくれるか?

 

 これもないだろうな。と、清くも正しくもない事を、清く正しいらしい引き篭もり達やペッタンパッツン達が飛んでいった方向を見つつ考える。龍神様の使いに対して随分失礼な考えで、お偉いさんに知られればこの罰当たりと叱られそうだが‥‥窘めてくれそうな相手はきっとあたしよりも先に叱る相手がいるから大丈夫だろう。

 いつの間にかに現れて、あたしの座る店舗入口から一つ奥の席で横になった赤いの。

 赤髪族の象徴らしいたわわな胸元を少し横に溢れさせて、その口からもムニャムニャという念仏を漏れさせている死神さん。こいつもこいつで相変わらずのサボりマスターっぷりを発揮しているけれど、こんなに油断していていいのかね。ちょっと気を抜くとすぐに寒くなり、その油断から高齢の人間がぽっくり逝ったりする季節ってのがもうすぐに来るってのに。

 いや、その季節が来たら忙しくなり始めてサボれない、だから今のうちにタップリとサボり貯めをしているんだろうね。閻魔様も同時に忙しくなるだろうから叱り貯めもしないとならないし、部下と上司だけで需要と供給を賄うなんて、仲睦まじくて妬ましい。

 と、妬んでいる場合ではないな。

 時間的にそろそろ逃げておかないと巻き込まれるだろう。

 ちょっと前にあたしまでキャンと鳴かされたばっかりだ、ここで逃げ時を謝りボヤボヤしていると、貴方まで懲りない人ですねアヤメ、なんてありがたい文言の放出が始まってしまって、そうなったら逃げる隙がなくなってしまう。

 縁は円、輪廻の内にある者達が出会いと別れを巡らせるもの、なんて事を仰っていたというに、あたしが輪廻の輪から逸れた今でも変わりなくお叱り下さるヤマザナドゥ様。ありがたい事だが、巻き添えで受けるにはちょっときついからココは逃げて、別の説法でも聞きに行くかね。

 

 お茶を味わっていただけなのに多めの銭を席に置く、代金から逆算すれば丁度団子の串三本分くらい多い金額。いくら贔屓のお店と云えど食ってないのに払うとか、そんな大盤振る舞いをするわけではない。ただ単純に頼んだものをあたしが食えなかっただけだ。

 最初に頼んだ二本は気がついたらなくなっていた。これは無意識のうちに自分で食ってしまったかと思い、追加でもう一本頼み、それが届いて手を伸ばすと、あたしが触れる前に浮いて何処かの誰か、路傍の石のような相手の腹に消えていったお団子。

 食いきった後あたしのお茶にまで手を出してくれてからに、逃げ際に可愛い声でご馳走様なんて、抱きついて耳打ちされていなければ奢ってなんぞやらんのに‥‥まぁいいか、食い逃げせずに姿を見せて、それから逃げてくれたから今日は奢ってやるとしよう。

 

 ちょっと減ったがまだまだ潤うあたしの懐。

 借金返しても余るだろうし、これをもう少し軽くしないとイイ女とならんし、行こうと思った寺にお布施してもいいのだけれど、あそこは御本尊様の能力もあってか何かと潤っているんだったな。それならあたし程度の小銭はいらんか、ならどうしようか?

 そうだな、一番寂しい場所のお賽銭にでもするか。

 さもしいあたしの金ならば寂しい場所が似合いだろう。

 行けば記者達や天人様達に一寸の姫も、それよりデカイがちっさい鬼もいるだろうし、皆が集まればやることはひとつだろう。今日のあたしは長着姿で都合よく徳利も持ち歩いている、これを振る舞うついでに袖も振るって、里で暇してる非番きっきにでも擦りつけてから拉致して行くか。

 思考を逸し、目的地も逸し、ブレブレの頭を揺らして、里の長屋に向かって歩み始めた。


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