東方狸囃子   作:ほりごたつ

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EX その38 キヘンの頃を愛でる

 春夏秋冬、そのうちの三番目。

 秋深き、隣は何をする人ぞ、という詠に習えば、隣人の動きが気になり始めてもいいかなと思えるようになってきた幻想郷。椿によく似た山茶花や柊辺りはその枝ぶりに小さな蕾を見せ始め、榎も(ひさぎ)も夏の緑から黄色へと衣替えをしようかなという頃合い。

 その小さな四季の移り変わりをいつもの様に楽しむあたし、毎度毎回タイミングよくお花見だの、今日のような紅葉狩りだのに出くわせて、考えも都合がいいなら訪れる場所でも都合がいいな、とあたしの動きを知る者に言われそうなくらいだと思えるが、これにはそれなりの理由ってのもあったりする、言えばなんて事はない、蟲の知らせを聞いているだけだがね。

 これ自体はただの故事成語だが、幻想郷ではこれがサービスとして運営されており、あたしはそれを不定期で利用している。何故不定期か、そう聞かれたら相手が蟲だからと言っておこう。どうあがいても冬は動けないし、あたし自身も飽きっぽければ運営する蛍の少女も飽きっぽくて、毎日運営されてたり唐突に休止されたりする事もあって、それ故の不定期利用となっている。知らせをお届けする者が知らせなく休むとか、商売としてやる気がなさそうに思える辺りもあたしは気に入っていたりする。 

 

 そんな葉を食む蟲達から段々と秋めいてきたと知らせを受け、生命力を感じる緑の景色から、今年の終焉を迎え始めた朱や橙混じりの山木を眺めようと、今日は午前中から妖怪のお山にお邪魔している。邪魔とはいっても右を見ては立ち止まり、左を見ては立ち止っているだけだから、さして邪魔げにはなっていないと思うが。

 ゆるゆると歩き動いてはいるものの、大して前には進んでいないあたし達。

 口について出たので語っておくが、隣を歩く御方も何をするでもなく一緒に歩いているだけで、なんともおおらかな時間が流れて好ましい。目に彩を与えてくれる木々、妖怪のお山名物の紅葉をやることもないからと見物しに来たところで見つけたお隣さん。お姉様がせっせと絵の具を作る季節となり、ご自身は定例の収穫祈願を済ませて、後は稔りを授ければお仕事はオシマイという頃合いで、ご自身の季節が来たというに何故か暇する秋の神様。いや、準備期間が過ぎ去って後は収穫だけとなったのだから暇にもなるか、この御方は秋本番になる前の方が忙しい御方なのだし。

 並んで歩く季節の神様と少し早い紅葉狩りに洒落こんでいる現状が非常に心地よく、ただ歩を進めているだけというのに、自分でもわかるくらい柔らかい顔をしていると、木々からあたしに見るものを代えて何かを仰る豊穣神。

 

「さっきから楽しそうね」

「楽しいわ、目にも鼻にも好ましいモノが届くんだから」

 

 少し歩いて立ち止まり、そうしてからのちょっとの会話。

 出会って一緒に過ごし始めてからずっとこんな感じだ、足を動かせばついてきて、あたしが止まれば一緒に止まる。それから楽しそうだとか、珍しく静かだとか取り留めもない事を仰って下さる妹様。一言二言話しては無言になるってのがさっきまでの流れだったが、鼻にもなんて言ったものだから今度は少し長話となりそうだ。何やら嬉しそうな顔をしてお言葉を掛けて下さる、このお山の一柱、秋穣子様。

 

「鼻にも?」

「そうよ。目には彩りを、鼻には美味しそうな匂いを。穣子様のお陰で秋満喫中だわ」

 

 大袈裟に鼻を鳴らして少し顔を寄せる、姉の静葉様に比べれば頭半分小さな背、あたしと比べても同じくらいに低い頭に鼻を寄せて髪を嗅ぐ。上目遣いで見られつつ、そのお召し物に描かれる実った稲穂に似た髪色を嗅ぐと、掘りたてのお芋さんを蒸かしたような甘く芳醇な匂いがして、二つ名の通り、甘い匂いのする神様だと感じる。

 そうして秋の匂いを楽しんでいると、さすがに長く楽しみすぎたのか、あたしの鼻先に人差し指を押し付けて笑ってくれる。

 

「いい匂いだって言ってくれるのは嬉しいんだけど、近い近い」

「いいじゃない、減るもんでも枯れ落ちるもんでもないんだから」

 

「そうだけど、また誤解されても知らないからね」

 

 誤解と言われ思わず止まってしまった、この誤解というのもなんちゃない。少し前にカフェーでサボっていた姿をこのお山に住む天狗に撮られ、記事にされた事から始まったちょっとした思い違いというやつで、あのマッチポンプ記者が赤髪なら誰でもいいだとか、付喪神の次は見知らぬ人間が相手だとか余計な事を書いてくれたものだから‥‥あたしは今日朝から一人だったのだ。

 特に触れ合ったりせず珈琲と会話を楽しんでいただけのはずなのに、取られた写真はあたしとあの赤い他人が伝票手と手を取り合っているように見える写真まで新聞に載せられてしまった。

 実際には伝票を取ろうとしたあたしと、先にソレを取ったあの人間って絵面だったのだけれど、新聞の二面に映るあたし達は何やら仲よさげに手を触れ合わせる瞬間となっていて、角度によってはこう映るのかと思わず関心までさせられてしまった。

 

「既に遅いしもういいわ」

「いいの? また出て行っちゃうかもしれないよ?」

 

「そうしたらまた恋しいのって泣きつくわ。それに、どうせ怒られるなら一で怒られるのも十で怒られるのも一緒よ」

「怒りの度合いが変わるでしょ」

 

「それは雷鼓の方でしょ? あたしは変わらないわ、ごめんなさいは一回のほうが手っ取り早いから、これでいいの」

 

 人様の色恋沙汰なんて甘い話題に乗って心配までしてくれるなんて、さすがに甘い匂いを身に纏う神様だ、それでもその心配は杞憂に終わるから安心してもらいたい。というのも実際怒られたり出て行かれたりはしていない、寧ろこっちが気にするくらいになんとも思われなくて拍子抜けというか、不安というか、そんな気にまでさせられていた。

 

「ふぅん、余裕ねぇ。実って熟したら後は落ちるだけなのに、落ちないと自信たっぷりなのはなんでよ?」

「本気で浮気するならバレないようにするでしょ? なんて言われたら開き直ることも出来るでしょ?」

 

「あぁそういう、変な信頼のされ方をしてるのね」

「変とは言わずらしいと言ってほしいわ。それよりいいの、あたしと遊んでて。静葉様のお手伝いとかしないの?」

 

「いいの。私は私の仕事をしたし、お姉ちゃんも自分の仕事は自分でするの、それに今は山にいないから手伝いようもないの」

 

 そう言う割には楽しげというより侘しげな笑顔の穣子だけれど、その表情の後ろにはどんな思いが隠れているのだろうか。こういった寂しさなどはお姉様が司るものだったと記憶しているが、さすがに姉妹だけあって妹君の方も物憂げな表情というのが存外似合う。

 

「だから近いって」

「切ない表情が似合いだからつい、ね」

 

「そんな顔してた?」

「してたんじゃなくてしてるのよ、気になる事がありますって顔に書いてるんだもの」

 

「そう? まぁ気にしてる事がないわけでもないけど、毎年の事だから気にしても仕方ないの」

「毎年の事って、静葉様の事なんだろうけど‥‥毎年心配するくらいなら原因を断ったらいいんじゃないの?」

 

「それも出来ないから困るって感じなの」

 

 言い切ると最後に漏れた短い笑い声、顔色自体は物悲しいような風合いだけれど聞き取れたフフって声色からは、心配だなって感覚よりも仕様がないなぁといった様子が読み取れた。顔と声が一致しなくてなんだか難しいご尊顔を見せて下さるが、こういった小難しくて他愛もないモノは非常に好ましい難題だ。

 姉を気にする妹の心情、それが気になるところなのだからそこについて少し考えてみようかね‥‥なんて風に穣子様の顔をメガネのレンズに映し込む、すると思案する前に問いかけられてしまった。

 

「アヤメってお姉ちゃんと仲良しよね?」

「静葉様がどう見て下さっているかは知らないけど、あたしはお慕いしてるわよ?」

 

「じゃあさ、聞いてる? お姉ちゃんの絵の具の話」

「絵の具って、葉を染めるあの絵の具?」

 

 問うてきた顔から周囲に視線を流す、見るのは自分達の力で色づき始めた山の色。

 夏場の色から薄っすらと秋の色合いに染まり始めた葉や草花を眺め、後は静葉様が最後の仕上げと称して顔料を塗りたくり、お山の紅葉らしい斑模様を指し入れれば完成といえそうな山の一枚絵を見つめる。

 そうしていると続く神託。

 

「あれの赤色の元ってなんだか聞いてない?」

「虫だって聞いてるわ。リグルちゃん達のお陰で今年も綺麗に染まったわ、なんて事をいつだか仰っていた気がするし」

 

 人里で子供ら相手の花札勝負をしたいつかの日、読み通りにあたしが綺麗に負けて面倒なおやつ作りに興じながらのお話、だったと思う。カフェーで流行りのホットケーキを作りつつ話していたのがこれだったはずだ、食紅でケーキに顔を書き出した子供を眺め『あれが虫だと知ったらどう感じるんだろうね』と、同席していたリグルの触覚を指で弾きながら仰っていたのを覚えている。

 けれど、穣子様の言うものはまた別のようで、紅色を差し始めた紅葉(もみじ)や楓を指差して、また別の顔料が悩みの種だと教えてくれた。

 

「それも赤なんだけど、朱色の方がね。鉛丹(えんたん)なんて使うから冬に入る前はいつもお腹が痛いって寝こむの」

「へぇ、赤にも色々あるなとは思ってたけれど、鉛丹なんてのも使ってたのね」

 

 溜息ついて何を仰ってくれるのかと思えば、結構危ない物を使ってたんだな秋神様ってば。

 光明丹なんて言われ方もするが、実際は名の通り、鉛の成分を多く含んだ赤っぽい石っころが原料で、あんまり多く取り込み過ぎると人間なら身体のあちこちを壊すような物だ。

 それでも上手に使えば便利で綺麗な物で、大昔、竹林の若白髪がまだ黒髪だった時代には人の住まいの塗料だったりしていたはず、ついでに言えば博麗神社の明神鳥居はまだこれで塗っていた気がする。危ないとわかっているものだが、あの神社の蔵にはもっと危ないのが寝ていたし、裏手には有毒ガスが沸き立つ場所もあるし、そこから引き算して考えれば鉛程度そう怖くはないか。

 

「毎年お腹抑えて青い顔するからさ、看病するのも大変なの」

 

 頭の中を別の考え事一色に染めていると、ご自分の腹を両手で抑え嫋やかに笑う穣子様。

 人里で姿を見る場合は大概テンションが上がりきっていてもっとはっちゃけている事ばかりだが、仕事を終え、役割を努め終えた後はこのようにお淑やかな女性らしさを見せて下さる。お姉様よりも豊満な身体を小さく曲げて、両手でお腹を支える仕草。その格好がなんだか可愛らしくて、信仰すべき相手だというのに()い人だと思えるのはきっと妹だからなのだろう。

 なんだかんだと喧嘩する事もある姉妹だが、どちらも大事に思っているような感覚。何処の姉妹を見ても感じるが、こういった姉妹愛というか家族愛というのは悪くない気がする‥‥から、ちょっと口出ししてみるか。

 

「ならやめさせたらいいんじゃないの」

「言って聞くわけないじゃない、楽しみにしてる人がいるの! って言われておしまいよ、楽しんでるアヤメに言われる事じゃないわ」

 

「それもそうね、染めては蹴り散らしていく静葉様を見るのが毎年の楽しみだし」

「そうやって期待するから中毒になるまで頑張っちゃうのよ、それがいいところなんだけどね」

 

 仲も良いが喧嘩も多い秋の姉妹、互いに理解しているから言う事も多く言えないことも多くあるのだろう。だからと言ってあたしからやめろと言うつもりも枯れ枝の葉程もない、言ってしまって万一取り止めとなってしまったならば毎年の楽しみが減ってしまう。それは非常につまらないし、静葉様をからかうネタまでなくなってしまって輪を掛けてつまらない事になる。

 ならば別の事、腹痛の方をどうにかしたらいいんじゃないのか、と見つめる先に映った物から思いつく。

 

「じゃあアレでも煎じて飲ませれば? 腹痛なら効くでしょ、多分」

 

 染まり始めた木々の中、その内の柏のような葉をつける木を煙管で指して話してみると、そんなのがあったなと思い出したように頷く妹神。

 

赤芽柏(あかめがしわ)かぁ、煎じて飲むんだったっけ?」

「確かそうよ、人間みたいに腹痛起こすんだから、こっちも人間みたいに効くでしょ、きっと」

 

「きっとに多分って、慕う神様に対して雑じゃない?」

「お体を案じている事に違いはないわよ?」

 

「そうだけどさぁ、もうちょっと仰々しく言うとかさぁ」

 

 ニヘラと笑って話していくと、口ぶりがなっていないという神のお裁きを鎖骨辺りに言い渡される。言われついでにペシンと、いつかのお姉様みたいに身体を叩いてくれるけども、こんなのがあたしなわけで、それを窘められても改めるつもりも改められる気もしない。

 それに、静葉様も別段気にしないだろうし、他の神様、厄神や神社におわす二柱も対して気にされる素振りはない。というか穣子様も普段であれば気にしないような言いっぷりのはずだが、姉の身体を気にするなんてちょっと真面目な話だから叩かれたのかね。

 ならばいいだろう、なっていないというのならそこだけ直して言い直そうか、そういった物言いはあたしの好むところだ‥‥本気で言い返すのなら祝詞の一つでも奏上仕るのが筋だろうけど、生憎とうろ覚えだったあれは綺麗さっぱりと忘れてしまった、だからいいな、テキトーに恭しく(うそぶ)こう。近くに垂れる赤芽柏の葉っぱをもぎり、ちょいと差し出しつつスラスラのたまう事とした。

 

「愛し、慕ってやまない秋の一柱、その大前に立ち祈りたもう。貴女様の分身(わけみ)で在らせられまする秋神様の御身が気に掛かり食事も喉を通りませぬ、このままでは日々を生きるのが辛うございます‥‥どうかこの懇請(こんせい)を聞き届けてはくれませぬか? 何卒何卒我が悲願の為に、この情願(じょうがん)聞き入れたもう事あれかし」

 

 頭に乗せた葡萄の飾りが傾いている穣子様に、同じく頭を傾けて煙管を口に宛てがいながら語る。態度が普段通りの失礼なモノなら、表情の方もいつも使いの眠そうな顔で、仰々しく且つ恭しく言い切る。

 口ぶりがなってないと言われたのだからこれで正解だろう、そうわかるように胸を張り、穣子様からのお返事を待って見せるが‥‥返ってきたのは色好い返事ではなく、口から漏れる透明な吐息。それでも捧げ物を手に取ってくれる辺り、話自体は聞いてくれたらしい。

 

「あのさ、そういう事じゃあ‥‥」

「なによ、言い草が気に入らないって言うから頭を捻ったのに」

 

「捻り過ぎよ、心配してますって一言だけでいいの」

 

 捻り過ぎ、その一言を発して笑うだけの穣子様。

 言ったあたしとしては生きてないだろうだとか、結局は自分の為のお願いじゃないのかだとか、そういったツッコミに期待しての長台詞だったわけだけれど、その辺りには一切触れずに頬を緩める御姿を見せて下さるだけで終わる。

 拍子抜けとも言える空気がその笑顔から感じられるが、まぁいいか、伝わったのならそれで良しとしよう。そう頷くと、あたしの思考と被せるように、穣子様からもまぁいいかなんてお言葉が聞かれた。 

 

「ま、いっかな。少ない信者の一人だし。お姉ちゃんには言っておくから、今年も期待して待ってたらいいわ」

「いいの? 痛みに耐える静葉様を見るのが辛いんじゃないの?」

 

「辛いって言ってもあれよ、ちょっと食べ過ぎた時と同じくらいのものだもん。目くじら立てて止めるような状態じゃないの」

「なんだ、あたしはてっきりうなされたりするのかと思ったわ」

 

 なるほど、その程度だから困り顔で笑うくらいだったのか、それもそうか。元より人外どころか自然を司る神様なのだから、自然物である鉛の毒程度でどうにかなるものでもなかったな、心配して損をした。ちょっとだけ真面目に、長台詞を考えるくらいには真面目に心配したのだけれど要らぬ心配だったようだ。

 

「それもあるわよ? 季節柄ね。今時期はまだ早いけどもっと深まれば美味しいモノがもっと増えるわ、そうなると別の理由でうなされる日が出来たりもするの」

「ふむ、秋を司る神様が食い過ぎて腹痛起こす、か、悪くない冗談だわ」

 

 不意に言われた好ましい冗談、思わず微笑んでしまう。すると同じく笑んでくれた秋神様、笑われるのは嫌いなあたしだけれど今のような感覚で笑われるのは悪くない。

 こういった感情というか考え方も誤解の一つと言えるのだろうか?

 そんな小さな悩みを含み、ついでに煙管に火を入れた。煙と共に吐き出してしまうといった意味合いはなく、単純にニコチン中毒者として正しい姿を取っただけなのだけれど、話していた内容から口さみしいとでも映ったのか、珍しく誘ってくれる豊穣神。 

 

「そういえば暇?」

「聞かなきゃわからない?」

 

「そうよね、それならこのまま来なさいな、偶にはご馳走してあげるよ?」

「あら珍しい、恵みをくれても振る舞ってくれるなんてないのに」

 

「そろそろ昼餉だし、お姉ちゃんに食べさせないとならないからね」

「それが誘う理由なの?」

 

「そうよ、今時期のお姉ちゃんって人の話を聞かないで、篭って顔料ゴリゴリしてるの。一人でどうにかしようとすると手間が掛かるの」

 

 手渡した葉をひらひらとさせ明るく笑う、稲田に実りを授ける神様。

 つまりは厄介な姉に飯を食わせるのを手伝え、そのついでにあたしも食べて行けって事かい、姉に向かって手間が掛かるとか言うのはどうかと思うがそこは聞かなかった事にしよう。なんたって穣子様が何か食わせてくれるというのだ、美味しそうな匂いを纏う御方の飯が不味いはずがない、先の食い過ぎって話からも期待できるし。ここは美味い話に乗りつつ、ついでに矛盾している部分を突いておこう。

 

「さっきはお山にいないって仰ってなかった?」

「手間が掛かるって言ったでしょ? 探すところから手伝ってって事よ、どうせ暇してるんだからいいでしょ?」

 

「構わないけど、あんまり使うと高くつくわよ?」

 

 お手伝いはやぶさかじゃない、お慕いする秋神様からの託宣なのだ、断る理由などはないし、楽しみにできるご飯まで食わせてくれるというのだから素直にお手伝いをしてもいいけれど‥‥というかそうするつもりだったのに思わず出た減らず口。

 神様相手に恩を売るつもりなどなかったというに、どうせと言われて自然と口から出てしまった買い言葉。自然の神様相手に自然に吐けるくらい達者な自分の口が少しばかり煩わしい、が、楸を手にした神様だ、なら相手は物売りの販女(ひさぎめ)だったと見ておく事として忘れよう。

 そう考えると急に近しく思えて、足も自然に動いていく。ふらりと側に寄り添って後ろから肩に手を掛ける。素敵な香りを嗅げる距離まで寄ってみせると、両方の意味で再度の売り言葉を並べてくれる秋の販女様。 

 

「そうやってまた。亡霊になったのに神様相手に(たか)るの?」

 

「そりゃ集るわよ、霊なんだもの、取り憑く相手がいるなら集るわ。でもそうね、探し人なら人手が多い方がいいし、本来の取り憑き先も呼ぶ? あれも閑古鳥を鳴らしてるわ」

「鳥じゃなくてドラムの妖怪じゃなかった? 呼んでもいいけど、アヤメの取り分減っちゃうよ? まだ秋本番には早いからそんなに材料もないし。取り敢えず行きましょ、お姉ちゃん昨日の夕餉から抜いててさ、そろそろ何か食べさせないと本番前に倒れるわ」

 

 取り分が減るのは困る、なら内緒にしておこうと一人考えていると、先に歩き始めて行くわよと、振り向く穣子様。その後を追い掛けて、道すがら手渡した葉の大きめの物を摘んでいく。神様から振るわれるご飯だというのなら御菜葉(ごさいば)菜盛葉(さいもりば)が必要になるかな、なんて思い付きと、使わなかったら煎じて飲めばいいなという小さな企み事。

 悪い事ではないから企み事ではないのかな、と思う心や、神様のくせに一食抜いただけで倒れるのか、なんて悪態を楸の葉に隠すように、摘んでは顔の前にかざしたり、片目を隠してみたりしながら甘いお芋の匂いに続いた。


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