東方狸囃子   作:ほりごたつ

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EX その37 引かれるモノ

 妖怪神社でお片づけ、その後は巫女を謀って、烏をからかいつつの作業。

 あの後はどうすれば逃げ切れるのかを悩んでいる間に、閉じ込めてしまった紅白は己の力だけで出てきてしまって、可愛いお顔の真ん中に深い筋彫りが見えてしまった為、結局荷物の再移動となった。いそいそと動きながらも、そんな顔は似合うけど見たくない、そう思ったままに伝えるとニコリと笑って色々とあたしに放ってくる巫女さん。

 雑多なゴミは逸らして事なきを得たが、後から放られた白黒の陰陽玉、普段使いの紅白ではなく、どこぞの魔法使いに似た色合いの玉っころは、逸らしても壁や床を跳ねてスレスレを掠めていくばかり。当たりはしないからこのままでも構わないけれど、キリがないし、片付けで多少喉も乾いたように思えたし、何より戯れに飽いてしまったので、途中で逸らすのをやめ両手を広げて降参すると見せてみた‥‥が、どうにも退治しないと収まりがつかないらしく、問答無用で陰陽玉を蹴りこんでくれた。

 ちょっと遊びすぎたのか、蹴られた玉っころには真面目な封魔の力が込められているように見えて、まともに貰えば払われそうだと、正面から来た時にはどうにか避けたが……避けて跳ねた陰陽の跳弾が、蔵の暗がり利用し返ってきて、後頭部を凹ませた後で綺麗なたんこぶを作ってくれた。

 

 つんのめり顔面から地に伏せると、ケラケラとあっけらかんな笑いを響かせる人間少女。

 これで成仏でもしたら祟ってやるところだったがそうはならず。引いてくれる人があんまりいない、あたしの後ろ髪が生える辺りを凸凹にするだけに留まった。

 そうしておつむに一撃貰った後は、慣れてしまった社務所の(くりや)でちょいと一服しながら湯を沸かし、十番茶くらいの出涸らしでもと考えたのだけれど‥‥出涸らしどころか使い古しの茶葉すらなくて涸らす事すら出来なかった。大概の事には頓着しないといってもさすがに無頓着が過ぎるなと、茶葉ぐらい切らすな、なんて文句を言ったのが数刻前で、そこからはさも当然の流れのように、今のあたしは人里にいる。

 博麗神社の小間使いとして里に降り立ち、ちょっとしたお買い物をさせられて、なんとも歯痒い扱われ方だと思えるけれど 茶葉ぐらい自分で買いに行けと言い返せなかったのは、妖怪使いが荒いってのが彼女の十八番だからだろうな。

 

「苦い」

 

 十八回くらい淹れてもお茶の味はするだろうか?

 色すら出なかったりしそうだな。などと、戯言を頭の中一面に広げて、深煎りで苦味が強い、飲み慣れていない珈琲の水面に文句を含ませた昼下がり。通りを歩く里の人を眺めながら、優雅でもないコーヒーブレイクに興じていると、あたしの視界に人影が映り込む。

 

「お席、空いてます?」

 

 最近流行りの里のカフェー。

 陽だまりのテラスに備え付けてある四人がけのテーブル、その椅子にカウンターで買った茶葉や、着ずに持ち歩いているだけのコートを掛けて置き、左手の管から煙を撒き始めた頃。手にしているコーヒーカップから薄い湯気を立ち上らせていると、不意に声をかけられた。

 お昼時なら混み合っているが、今の時間はおやつの時間というよりも少し早い頃合いで混雑とは言えない、寧ろ空席が目立つというに、わざとらしく人の正面に回る誰かさん。

 頭の先から爪先まで、どこぞのお屋敷が擬人化したような真っ赤な奴。やたら目について目立つけど、こんな派手なの見慣れない。一体全体どちら様だろうか?

 

「隣は空いてるけど、正面は予約席よ」

「待ち合わせでも? 人里で妖怪の貴女が誰と会うのでしょう?」

 

「白馬の王子様って言っておくわ」

 

 待ち合わせなんてしていない。それに、あたしに会いに来るとすれば赤い太鼓のおひい様がお相手って感じだが、あいつも格好は白いし、テキトーに濁すにゃ悪くない返しだろう。

 しれっと言い切り煙草を吸うと、そんな相手を待っているなら奪ってはマズイわね、などと話に乗りつつ隣に座る赤い女。

 匂いから正真正銘の人間だって事はわかるが、本当に何処のどなたなんだろうな?

 思うだけで口にせず、動きを眺めて伺えば、注文聞きに来た店員さんにあたしと同じ物でいいと言った彼女。注文した物が届くまで、入り口のコートハンガーに掛けた赤いマントやら、店の時計やら、周囲の景色をやおら見て、何かを伺うような女。

 

「こんな店も出来ていたのね、久しぶりにこっちに来ると新しい発見があるわ」

「いつ以来なのか知らないけれど、言うほど変わってないと思うわ。この店が出来たのも少し前だった気がするし」

 

「少し前ってどれくらい?」

「さぁ、気がついたらあったから覚えてないわ。知りたいなら天狗にでも聞いて、ここの事をネタにして新聞書いてたはずだから」

 

 こちらを見てくる人間をよそに、口について出た新聞が収まる棚を眺める。

 卓を共にし、あっちからは見られているというのに、顔を合わせないまま会話を進めていく。

 初対面で失礼な気もするが、あたしが失礼なのは今更だし、この人間の雰囲気からはこうしても気にされない空気が感じられた。

 何故そう感じるのか、尋ねられたら髪型からだと答えられそうだ。色合いこそ違うけれど、長さも纏め方もどこぞの銀髪お医者様に似ているようで、あれに似ているなら頭の方も良いのだろうし、細かな事も気にしなさそうだと勝手に思い込んで対応していく。

 

 そうする中で注文の品が届いた、置かれたカップを横目で見ると靭やかな指が取っ手を摘むのが見える、あっちも午後の一時を楽しむ事にしたようだ、あたしを見る視線は逸らさぬまま、見知らぬ隣人が静かにカップを口にした。

 それでいい、席や時は共にするが付き合う気はない。

 相席相手が一人で味わい始めた頃、あたしも味わい切った煙草の葉を安い銀色の灰皿に落とすと、安っぽい金属音が鳴った。

 

「へぇ、天狗も人間の里に来るのね‥‥貴女もその天狗も、フリークスとしての自覚はないの?」

 

 カランとなったのを皮切りに再度絡んでくる人間。

 静かに頼んだ品を楽しんでいればいいのに、あたしに構ってくれるな、とは言い返さず聞きなれない単語がなんなのか、顔を眺めて聞き返してみる。

 

「ふりーくすがわからないからどうしてあげようにも、ね。フリーに楽しんではいるんだけど」

「化け物よ、化け物。妖かしだというのに昼間から人里に紛れてお茶の時間だなんて、それで問題ないのかと聞いているの」

 

 目と目が合うと持ち上げていたカップを置いて、両手の指を組む女。そのままテーブルに両肘ついてあたしに向かって問うてくるが、あたしがこの女の考えるような化け物だったならば、そうやって隙だらけの姿を晒すべきではないと思う‥‥が、まぁどうでもいいか、人間など喰ったところで好みじゃなし、あからさまに隙だらけでは襲う気も逸れるし。

 そもそも襲えばまた退治されるのだろうし。

 小突かれた後頭部を撫でつつ、なんと返答すべきか考えていると、席を立ち上がり、先に示した文々。新聞を手にして戻ってくる。そうして足を組み直して座り、バサリ一面を広げる赤女。何かを読み解く仕草も竹林の天才がカルテを眺めるような、堂に入っている所作に見えて、姿から賢いのだと語ってくれて妬ましい。

 

「お返事はもらえない?」

「あぁ、なんだったかしら」

 

 余計な事を妬んだからか、素で抜け落ちた先ほどの話。

 何を言われたんだったかな、それが伝わるように口を半開きにして待つと、すぐに察して再度問うてくる。嫋やかに微笑みながら気まで回せて、こっちもこっちで妬ましいが、この辺にしておかないとまた忘れはぐるので、思考を切り替え答えようか。

 

「出入り自由、天狗のように商売するも自由ってのがここのお約束ってやつよ。ついでに言えば里に隠れ住む妖怪もいるし、人自ら住まいに囲う妖怪もいるわ。そいつらに比べれば外で喰ったりしている分、あたしは妖怪前としているはずよ」

 

 例えに出した烏天狗達も新聞撒いては購読料をもらったりしているし、いつだか話題になっていた座敷童ちゃんもそこいらの家々で大事にされていたりするのがこの里だ。

 あの太陽のような香りを纏うお嬢さんも花屋で買い物していたりして、里の流通に一役買っているとも言えそうだし、あたしもこうして銭を落としたりしている‥‥因みにあたしのは貰ったお小遣いだ、以前は葉っぱのお金やだまくらかして儲けた銭を溜め込んでいたが、今はライブで貰ったおひねりを少しだけ分けてくれて、それを元出に遊ぶ毎日である。

 足りなくなって偶に泣きつく事もあるが、そういった日には普段以上にご奉仕したりして、それなりに頑張ったりするからそれでトントンだろう。

 

「ふぅん、なんだか曖昧なお約束ね」

「考えた奴が曖昧なんだからそうもなるわ。詳しく聞きたいなら他の誰かに聞いて、これ以上は面倒臭いわ」

 

「そう、答えも得られたし、そちらは十分に聞けたからもういいわ。聞きついでにもう少しいい? 着物の綺麗なお姉さん?」

「構わないけれど、答えられる事しか答えないわよ? 派手な人間?」

 

 それで十分だと笑う女。

 初対面だというのに気軽に話しかけてきて、あたしを妖怪だと認知しながらも態度を変えない見知らぬ人間。こうも乗せられ話してしまうのは知性的な雰囲気を見せつつも気安いからか、話しやすいからだろうか。それとも髪色が好ましい相手と同じ色合いで、振る舞いがどこぞの飼い主様に似ているからだろうか?

 よくわからないがまぁいいな、巫女さんの使いっ走りにも慣れてしまって、新たな発見がなくて暇をしていたところでもある。稀にしか来ないカフェーで偶さかにもいない人間、興味を引いてくれる相手と出会い語らうのも一興だろう。何が聞きたいのか知らんが、聞かれたら言った通りに答えよう。

 

「で、後は何が知りたいの? あまり多いとお代を頂くわ」 

「後一つだけだからサービスしてくださいな、それに知りたいというわけでもないの」

 

「失礼。聞きたい、だったわね、それで?」

「聞きたいのは私が与えたロボットに関わる事よ。大事にしまわれているようで少し嬉しかったけど、どうせなら仕事をさせてほしいところね」

 

 ふむ、こいつがそうだったか。

 今までの物言いから分かる通り、こいつが神社の穴っぽこにいるとかいう相手だったらしい。

 行こうか行かまいか悩み固まり、そうしている間に退治され、余計な事で時間をとられていると閉じてしまったあの洞穴。閉じてしまったのなら仕方がない、またそのうちに開いた時にでもと、さして気にせずにいたのだけれど、あちらの方から出てきてくれるとは手間が省けて話が早い。

 

「ロボット? あぁ、あのお人形さんか。あれって貴女があげたのね、物騒なマークが見えたけどあれって平気なの?」

「あの子の他にも核の反応を示していた者がいて、そちらで問題ないのだから大丈夫なはずよ」

 

「ならいいけどね。いつから見てたの?」

「荷が崩れたあたりから。久々にこっちと通じたかと思えば、長く感じられなかった放射能まで測定出来たものだからね。その波形と懐かしさに惹かれてしまって外に出たんだけど‥‥途中で追い切れなくなってしまったの。これってどういった原理かしら?」

 

 少し前の出来事を知るか。

 視線も気配も、匂いすら隠してこちらを観察していたと、言わないままに教えてくれる彼女。

 聞きたい事を言い切ると、指を解いてカップに手を伸ばした赤いの。

 あからさまに余裕綽々と見せつけてくれて、ただの人間だというのに大物の匂いまで発してくれる面白い手合。睨んだ通り稀にもいない人間で、中々に好ましい女だけれど……こうやって見下されっぱなしは気に食わないと、あたしの小さな天邪鬼部分が燻り始めた。

 それが空気に出ていたようで、突くように追加してくる話し相手。

 

「途中まで感知出来ていたのは間違いない、でもすぐに途切れて、いえ、一瞬だけ明後日の方向から感知したというのが腑に落ちないのよ、知りたいのはその部分よ」

 

 話しながらゴソゴソと、真っ赤なスカートのポッケを探り、なにやら機械らしき物を取り出した。手のひらサイズの小さな十字架っぽい物で、覗き見る限り何やらボタンと数字の表示があるだけの物。なにやら外で見たような、進んだ文明の様相が見て取れるが、あれをどう使うのかは知らないし、知る気もないが、流れからすれば核やら放射能やらを感知するなり測定するなり出来るのだろう。

 それをあたしの頭や肩に向けるとボタンを推した、ピピピっとランダムに鳴る機械音。それが外の世界で聞いたような耳につく音で、思わず眉根を寄せてしまう、そんな顔を見られクスリと笑われた。悪戯して笑うとは、こいつも失礼な女だ。こういう相手にはつれない態度をしておくに限る、似たような事をして他者を笑う誰かさんは、そんな態度しかされてこなかったのだから。

 

「核反応には心当たりがあるけれど、求める答えには心当たりがないわ」

「そう、ならそれでいいわ」

 

 あっさり、取り出した物やら追加した物言いやら、なにかと興味があると教えてくれた割に引き際が良すぎて気持ちが悪い。手に入らないならもういらない、あたしはそう考えるがそれは割り切れる妖怪だからこそで、匂いも雰囲気も人間、欲深くてキリがない人間のこいつがそこまで割り切れるだろうか?

 

「諦めの早い人間ね、本当は聞かなくてもよかったんじゃないの?」

 

 思案した事を問いかける。

 話してくれるかくれないか、そこまでは読みきれないがこっちもこっちで話しついでだ。付き合ってやったのだから少しはこっちにも付き合って見せろ、そう示すように右の平手を向けた。

 これで何かしら引っ掛けるネタでもあればいい皮肉だが、ふとした出会いで懐を探ってもいない相手に対してだ、態度通り手の内がなくて狸としてはちょっとやりきれない気もするが‥‥まぁいい、ただの茶飲み話だ、深入りするような事でもないだろう。

 冷めて余計に苦く感じる深煎りの珈琲を含み、渋い顔して返事を待つと、開いた手の平を見つめるお嬢さん。視線に気づいて指を少し動かしてみる、中指一本ちょちょいと折って、返事はまだかと催促してみた。

 

「ネタバラシをしろって事かしら、それ」

「ハメるネタがないって事よ、バラしてくれるなら聞いてあげるけど」

 

「教えてあげないって言ったら諦める?」

「すっぱりと、ただの世間話にそれほど執着しないわ」

 

「そうかしら? 別の貴女は気にしたみたいよ、しつこく聞いてきて面倒臭かったわ」

 

 寄越せと促してみれば余計な事まで言ってくる、長いお下げを肩に掛け、それを撫でつつ語る人間。別のあたしをしつこくて面倒臭いなどと評してくれるが、しつこいって聞く限りではまるっきりあたし本人ではないな、というかあたし自身に覚えがないのだからそれで当然なのだけれど。

 ふむ、別のあたしとは誰の事だろうな? 

 この世に自分に似ている者は三人くらいはいる、なんて話を誰から聞いたんだったか?

 覚えていないが多分霊夢か幽々子辺りだろう、何処かのスキマと見比べて胡散臭い笑顔がそっくりだとか、のっぺら坊に近い語感の事を言われた覚えがある。その時だったか、自分に似ているそれぞれが顔合わせすると死ぬとか死なないとか言っていたな。

 とすれば是非とも会ってみたいものだ、顔を合わせたところでこちらに失う物はないわけだし、恐れる事など何もない状態で別の自分と軽口を吐き会える気がする‥‥ん、この世に三人いるというのなら、本来はあの世にいるはずのあたしを含めると四人になるのか?

 別のあたしも事切れていたら更に増えるのか?

 それはまた厄介な事だな、と思考の筋が綺麗に逸れて、なんで別の自分の事なんて考えていたのかと再度悩み始める始末。頭も肩も、火を入れず咥えているだけの煙管までいつの間にか傾けていたようで‥‥上がっていた煙管の先を指で弾かれ、脳内世界からこちらの世界に戻される。

 

「やっぱり聞きたい? 思い悩んでいたようだし」

「考えてはいたけれど、多分貴女の思うモノとは別の考え事よ」

 

「別の自分の事を考えていたんじゃないの?」

「ちょっと違うわね。そっちはどうでもいいわ、聞いたところでどうなるわけでもなし」

 

 弾かれた煙管をピコピコ上下させつつ言い切ってみせる、すると何やら楽しげに笑われた。興味が無いとつれない素振りを見せたのに嬉々とした顔で笑うとか、よくわからない人間だ。

 こいつはあれなのか、こうやってつれなかったりそっぽを向かれたりした方が好ましい手合なんだろうか。そうだとしたらそういった弄り方をしてあげるのが良いと思えるが、素直に聞くのもどうだろうな、いくら失礼なあたしといえど不躾ではないし……

 

「興味が無いか。顔には知りたいって書いてあるわよ?」

「書いてあるのは聞きたいって文字だと思うわ、言った通り知る気はないもの。訂正するなら書いてあるのもさっきとは別の内容よ、全身赤いし、そういう風にされたいと思っていたりする?」

 

「話が逸れてばかりに思えるけど、いきなり何の話?」

「さっきの話よ、これでも本筋から逸れてない質問なんだけど?」

 

 自分で言いながらわからなくなってきた、さっきとはどれの事だったか?

 相も変わらず逸れる思考でこういう時に結構困るが、これが性分で持ち味なのだし、気にしたところでこれも今更ってやつだろう。まぁいいさ、あたしがわからないなら相手に察していただこう、あの医者に似ている人間だ、それなら勝手に推測か考察でもして話してくれるはずだ。

 

「はぐらかされてはいそうだけどね、逸れていないというなら答えましょうか」

「何もはぐらかしてはいないんだけど、聞かせてくれるなら聞いてあげるわ」

 

「別の貴女とはそのままの意味よ、別の世界にいる貴女の事を指しているの」

 

 語り口調で指差す女、悪戯に先っぽを回す人差し指が示すのは、当然正面に座るあたし。

 別のあたしの話をしながら今この場にいるあたしを指す、中々気の利いた仕草で好ましく、言い草も遠回しな気がして、面倒な言いっぷりまでも可笑しなモノに思えてきた。先程は興味ないと言い切ったが折角惹いてくれたのだし、話を振られて振るのは野暮だ、ここは少し聞いてみようか。

 

「別の世界、ね。外や冥界辺りを指しているって事ではないのよね?」

「そういった『別』ではないわ、平行して進む世界って言い換えれば伝わる?」

 

「言いたい事は伝わるけれど、だから何というのが正直なところね」

「もう少し驚いてもいいでしょうに、興味を惹けないと本当に飽きっぽいわね、その部分はあっちの貴女と共通しているように思えるわ」

 

 別の世界線にいるらしいあたしも飽きっぽいのは変わりないか。あっちでも自分を見失わずにいるようでそこはなによりだけれど、人間相手に驚けとはまた無理を言ってくれる。あたしは人間を化かし驚かす側の者だ、それが驚かされていては商売上がったりで困ってしまう。

 それに、言われると逆の事をしたくなるのがあたしの性だ、どこぞの二枚舌ではないがそれが性分なのだから致し方無いだろう‥‥と思う部分もあるけれど、こいつの話はそれなりに面白く、驚くほどではないが意外性はあった。そこに免じて今日はやめておく事とした、そろそろ神社に戻らんと、襲ってもいないのに退治されそうだってのもあるわけだしね。

 

「言ったでしょ、聞くだけだって。語り損にしてしまって申し訳ないけど、知れたところで意味がないからもういいわ」

 

 こいつが聞かせたい事とやらは聞いてやった事として、話はこれでまるっと終わり、それがわかるように荷物を手に取り席も立つ。何やら仕草を見られているがこれ以上言うことも時間もないし、相手にはせず、テーブルの端に置かれた伝票に手を伸ばすが‥‥

 

「良ければ私が持つわ」

 

 あたしが手にするよりも先に取られ、ピラピラと揺らしながら奢ってくれると言う女。

 ただの相席相手で名も知らぬ輩だ、勘定を持ってもらういわれがなくて、素直に怪しく思える‥‥から、聞こう。さっきの話の代わりじゃないが、こっちの理由くらいは知っておいてもいいだろう。

 

「奢ってくれるのはありがたいけど、裏がありそうで怖いわね」

「何もないわよ、これはちょっとしたお礼代わりって感じ」

 

「礼を言われる筋合いもないんだけど、そうしてくれる理由は知りたいわね」

「こっちは知りたいのね、些細な事よ。収穫があったってだけ。同一の存在に同じ質問をして、別の答えが返ってくる可能性もあると知れた、それだけでも十分な収穫って事」

 

 不意に出た知りたいって言葉、流れから口をついて出ただけだったけれど、それを先の質問に引っ掛けて揚げ足でも取ったように言ってくる。まだ若さの強い人間相手に揚げ足を取られるなど口惜しいが、惜しまなかったから揚げられたのだな、それならそれで気にせんでおこう。

 しかしなんだ、知りたいかと問われいらんと返したつもりだったが、その返答だけで十分だったって事か。振る舞ってくれるなんて気前の良さに続いて、つれない返事を収穫だと言うとは、羽振りが良いのか謙虚なのかわからなくて悩ましいが、その悩みは忘れよう。ここで突っ込んで聞けば答えてくれそうだけど、そうしていては本格的に時間がかかり、そうなれば頭の凸凹が増やされるはずだもの。

 

「得たモノがなんなのかよくわからないし、それが収穫と呼べるのか知らないけど、貴女がそれでいいならいいわ。ともかくご馳走様、こっちのあたしとも縁があ‥‥」

「あ、ちょっと待って。これ、あげる」

 

 またねと別れを言い切る前に寄越される紙ッペら。

 伝票とはまた違ったモノに見えるが、流し読みする限りチラシのような物か。

 

――いにしえの遺跡♡――

――夢幻遺跡、繋がった時に開店。

――この遺跡に訪れた方には、あなたをしあわせにする何かをプレゼントします。

――皆さんのご来店を心よりお待ちしております。

 

 書かれているのはそんな内容。

 これを寄越して何だというのか?

 来いって事か?

 会ってみたいと考えた相手とは会って話して絡めたし、貰ったところで今更だ。なんて思いを表情に浮かばせちらりと女の顔を眺める、完全にやる気のない表情を見せるとあげたものだから隙にしてと、こちらの思いを読み取ってくれた。

 そう言われると急に捨てたくなくなるのが天邪鬼ってやつだ、そう感じる心の通りスカートのポッケに大事に仕舞いこんだ。幸せを寄越してくれるらしいが、あたしはこんな風に好きにしているだけで十二分に幸せだ‥‥と言ってもいいが、この言葉は飲み込んだ。

 見知らぬ誰かからのプレゼント、折角の贈り物にケチを付けるのも野暮なものだし、貰えるものは貰っておくとして、中断されたご挨拶を再度してから失せるとするかね。

 

「もうない? あってもいらないけど。また袖振り合う事でもあれば、その時に話しましょ。じゃあね」

 

 これ以上はいらない。そう言い切りつつ、縁あればって心を含ませて、お別れの挨拶を告げる。

 置いていた荷物を摘み、コートのフードに手をかけたあたりで、また、と、後ろ髪を引かれる事を向こうからも言ってくれるが、それには返答せずに上着を肩から掛けて去る。

 テラスから離れ、赤い女が小さく見えるかなという頃にふと振り向いてみたが、あたしが座っていた近辺には、変わらず赤いのと、ソレと話す白いお嬢さんがいた。自前らしい折りたたみ式の椅子に座り、やんやと赤いのに話す少女。雰囲気から叱っているような風合いだが、言われる方は気にしていなさそうで、寧ろやっと来たのかというような空気に思える。

 ふむ、どうやら白のお姫様を待っていたのはあたしではなくてあっちだったようだ。

 人に待ち合わせか聞いておいて、その実あっちが待ち合わせだったとは、なんだか化かされているような感覚を覚え、ほんの少しだけ悔しい気がする……けれど、すぐに思い直し、気にしない事とした。赤の他人を妬んでも致し方ないし、楽しげに話す二人を僻んでも、何処かの誰かさんのようにあたしの糧と出来るわけでもないのだから。

 

 キャイキャイと聞こえそうな景色から目を逸らし、背に掛かる髪を靡かせて博麗神社に向かって飛ぶ。そう遅くはなっていない、だから退治はされない、なんて思案しながら。

 ついでに、備え付けの椅子に座らず、持ち込んだパイプ椅子に何故座るのかを考えながら。


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