東方狸囃子   作:ほりごたつ

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EX その36 扱い悩む秋の日

 暦の上では移り変わったというに、未だ元気なお天道様。

 そこから頭頂部に向けて感じる陽光もジリジリと暑いもので、葉月から長月に入っても残暑厳しい幻想郷だと我が身の天辺に感じながら、長い階段を一段ずつ登っていく。登る途中の参道でふと目に入った緑色、日差しと同じく夏の装いを残している周囲の林の葉を眺め、稲刈月(いねかりづき)には入ったけれど、景色はまだまだ穂張月(ほはりづき)だなと、手持ちの網籠に入る緑色と色みを見比べた。

 籠に収まるは深い緑の夏野菜。度々我が家を訪れるイタズラ好きな連中が、何故か(こぞ)って持ってきた胡瓜や茄子の最後の残り。最初の頃に持ってきたあの兎詐欺やスキマの分は美味しく戴けた。

 それでも後から来た記者達や妹妖怪も大体両方、よくてもどちらかの野菜を持ち込んで来て、その度にボリボリとかじったり、皮を引いて焼いたりするのに飽きたのがちょっと前だ。

 

 どいつもこいつも笑いながら言ってきたが、最初の二人がやはり厄介だったか。

 最初の一人は『アヤメの乗り物を持ってきてやったウサ』

 次いで来た二人の内、背の高い方は『暑いし、さっぱりと浅漬辺りが食べたいわね』

 などとそれぞれのたまってくれたが、あいつら、そんなにあたしに成仏してほしいのだろうか?

 前者には、あたしの乗り物はアレだと赤い髪を指差したが、『乗られる事もあるんだから言い切るには弱いね』と返されてしまったし、後者の甘やかしてくれる奴からは、酸っぱい物は好まないから作らんと言っても『酸いも甘いも味わうから甘味が美味しく感じられますのに』なんて返されて、口の減らない輩ばかりで随分と面倒だった。

 

 天狗に対しては河童に渡せと追い返しただけだ、こいつらが一番清く正しくてチョロかった。

 最後に持ってきた妹妖怪もあしらうのは簡単だったが、ちょいと自爆したのがまずかった。皆と同じく茄子やら持ってきた妹に、野菜は食い飽きたから本物の馬か、牛でも持って来いと軽口を叩きつけたが‥‥『馬乗りになるの、好きでしょ?』なんて奥で笑っていた雷鼓を見ながら言われてしまって、それをキッカケに住まいの中で夕立を起こされる事態となり、割りと大変だった。

 まだ覗きがいたと息巻く太鼓を宥めるのに気力を使い、その日の晩は溜まっていたフラストレーションを晴らすが如く、人の事をドラム代わりにしてくれて‥‥それが案外悪くなくて、目覚めてしまいそうでこちらもこちらで大変だった。

 兎詐欺の時みたいに例えで言うには構わないが、見られるのは嫌らしい。

 

 なんて春めいた事をもうすぐ秋の入りって頃合いの中考えていると、いつのまにやら階段は終わっていて、端の欠けた石段から所々が割れた石畳に踏み石も変わっていた。考え事をしながら動いても、転げもせずに上ってこれるとは、我ながら中々器用なものだ。

 そうして着いた妖怪神社、いつもの様にお清めをして柄杓を立てて左手を流し終えた頃、いつもの様にお賽銭を入れる‥‥前に、いつもいる場所にいつものがいない事に気が付いた。

 また気まぐれに掃き清めているのかと思い、賽銭箱の中から聞こえた物悲しい音を背にして、神殿の中や社務所の脇などを覗いてみたが人気がない。巫女さんの代わりに見つかったのは、地上の太陽に暖められて昼寝する地獄の八咫烏。烏姿で船を漕ぐ地底の太陽は見られたが、本来いるはずの巫女さんは見当たらなかった。

 お茶飲み娘がいないのもそう珍しくはないし、単純に出かけているのかなと、特に気にせず縁側に座り、お空を眺めつつ煙管に火を入れると、神殿の裏手、池近くの蔵辺りで物音がした。

 

「霊夢? そっちにいるの?」

 

 口から煙を漏らしつつ音のしていた方に呼びかけると、返事代わりのガタゴトとした何かを動かすような音が聞こえてくる。声を出さずに物音だけが返ってくるなんてなんだろうか、まさかの物盗りでも入っているだろうか?

 この幻想郷で、この神社に物盗りに入るような豪胆な奴があの黒白泥棒以外にいるのかと、どんな奴なのかお姿拝見してみたく、身体を薄れさせ気配を逸らしつつ近寄ってみる。地底に続くらしい洞穴を横目にしつつ向かってみれば、いたのはなんてことはない、ここの巫女さんだった。

 小さな少女に向かって斜めに傾いている荷物達を両手で抑え、左足を後ろに伸ばして頑張る姿。見た目からここは私に任せて先に、といった様子の紅白が羽毛バタキを口に咥え何やら頑張っていた。面白い泥棒なんていなかった、ちょっとだけ気を落としながら能力も解いて気配も戻しみると、首だけ動かして横目で見てくる博麗霊夢。

 

「なにやってんのよ、というか返事くらいしたら?」

「できああっあの!」

 

「ん? なんて?」

 

 顔半分だけ見せて、左目だけで見てくる巫女さんに何をしているのかと聞いてみたが、はたきを咥えたまま喋ってくれるものだから何を言っているのか、あたしにはさっぱりだ。舌っ足らずな物言いで返事は出来なかったと見た目で言ってくる巫女さんに、意地の悪い笑みを浮かべてしつこく聞いてみると、紅白の黒い眼が耐える瞳から少し強めの瞳に変わる。

 

「出来なかったって言ってんのよ!」

 

 ニタニタと眺めていると瞳と同じ剣幕で口から言葉が飛んできた。返事はキチンと飛んできたが、咥えていた羽毛バタキまで飛ぶようなことはなく、土埃の目立つ三和土の床にカランと落ちた。何を思ったのか蔵の掃除でもするつもりだったのだろう、そうして普段は開けない扉を開いたら積み上げただけの荷物が倒れてきたと、今はそんな状況なのだろうな、きっと。

 

「あぁもう、掃除する物が増えたわ」

「そうやって横着してばかりだから今みたいになるんじゃないの?」

 

「あんたに言われたくは‥‥いいから、ちょっと手貸してよ」

 

 落ちて汚れた掃除用具、それを見ながら悪態を吐いて床の埃を動かす霊夢。小さな吐息で流れるくらい溜まった埃や汚れを掃除するなど、元よりそのはたき一本じゃ無理な話だろうに。

 そんな考えを含めて話してみると、なんという事だろうか、あの博麗の巫女が妖怪に助けを求めてきた。普段は顎で使ってくれるか退治するくらいしかしてこないというに、コレは何だ?

 また異変か?

 煙管を支えていた左手で、次は顎を支え悩む。

 その姿が傍観する姿にでも写ってしまったのか、支え代わりに伸ばしている左足をあたしの方に振り回して、どうにかとっ捕まえようとしている巫女さん。尻尾代わりに振って甘えてくれている、そう解釈してもいいが‥‥手助けようにも既に遅いだろうな、抑えている荷物の上辺りが今にも転げてきそうだもの。 

 

「もう手遅れだと思うわ、崩れるのが早いか遅いかってだけに見えるけど?」

「え‥‥って、ちょっとま……」

 

 顎に当てていた左手の人差し指だけを上に伸ばす、ついでに目線も上げてみるとそれに釣られて霊夢も仰ぎ見る。その視界に映るのはひとつふたつと崩れ始めた荷物という名のガラクタ達。

 小さな箱が霊夢の頭に落ちてくる前に、ぶつかりそうな物、というか倒れこんでくる物全てを逸して一応埋まらないようにはしてやる。それでも身体に触れないだけで廻りには落ちてくる結構な数の荷物。舞い立つ埃とランダムに積み上がった荷物の山で霊夢の姿が見えなくなった。

 

「大丈夫? 綺麗に整った顔が凹んだりしてない?」

「厭味な一言が余計だけど大丈夫、でも動けないわ」

 

「動けないの? こけて怪我でもした?」

「袖が挟まっちゃって、抜いたらまた崩れそうなのよ」

 

 なるほど、身体は無事だが服はダメだったと、そこまで気を使ってはいないからそうなっても仕方がないな。なんて一人納得していると、挟まる袖でも動かしたのか少しグラつく荷物群。

 袖だけ挟まって動けないのなら袖だけ抜いてどうにかすれば、と考えたが両袖挟まっているとしたら白袖を縛って止めている赤紐も解けないか、と再度考えつくことも出来て、それならそろそろ手伝うかと、端から荷物を寄せていった。 

 荷造り用の紐で綴じられた天狗の着火剤(新聞)やら、中身がなくて箱だけが残っている河童の手が収まっていた箱やら、後はなんだ、付けて取り外した跡が見られる太めの注連縄に供物台と、使うのか使わないのかわからないようなものをそこらに寄せて掘り進んでいく。そうして下の方、焼き物のくせに割れなかった酒虫柄の壺をどかしてみると、ようやく見えた少女の可愛らしいお顔。

 

「あ、いたわ」

「いたわ、じゃなくて出して、これ、どかして」

 

「もうちょっと顔に似合う物言いをしてくれれば退けてあげるわ」

 

 言う通り袖やら赤いリボンやらが挟まっただけのようで、汚れちゃいるが他はなんともなさそうな人間少女。博麗の巫女とはいっても普段はただの人間で、つれないだけの可愛らしい女の子だ、傷物になっていないならなによりだ。が、それはそれとて、そろそろ本格的に引っ張り出すかね。感じる視線が助けてというものから今に見ていろって雰囲気になったし、寝ていた地獄烏も音で起きたのか、人型になって飛んできたし。

 

「うにゅ! アヤメだ!? いつ来たの!」

「お空が寝ている間にね、それより少し手伝って頂戴。霊夢堀りするから」

「なんでもいいから、早くして」

 

 はいはいと、軽く笑ってから猫の友人の手も借りて二人で荷物を退けていく。人手が増えたせいか、寝起きで元気なせいか、その辺はどうでもいいがおかげさまですぐに掘り出せた紅白の獲物。手を差し出すと素直に取ったのでそのまま引いて起こし、ついでに髪やらスカートやらについた埃を軽く払う。

 

「普段やらない事をするからこうなるのよ」

「あんたに言われたくないわ」

「うにゅ? アヤメん家は綺麗だよ?」

 

「ああん? そうなの?」

 

 その台詞は霊夢が退治したあれ(ぬえ)のモノだろうに、口が悪いぞ人間。

 それはともかく、綺麗だと言ってもらえて悪くない気もするけれど、なんでお空が知っているんだろうか。この子を我が家に連れてきた覚えはないし、仲良しお燐も知りは‥‥あぁ、妹からでも聞いたのか。

 

「こいしがそう言ってたの?」

「うん! こいし様が何にもなくて掃除いらずだって言ってた!」

 

 問いかけてみれば読み通り、覗き魔妖怪から聞いたと元気な返事が返ってくる。言いながら人の背中に乗っかって、あたしの右肩から制御棒を、左の肩には先ほど忙しく動かしていたお手々をついて、頭の上には軽そうな頭を乗せてくるお空。

 烏の時と違ってそれほど身長差がないのだから気軽に乗らないでほしいところだが、あたしとは結構な違いがある胸の瓜二つと八咫烏様の瞳が後頭部で温かいのでよしとしよう。そうして背中に焦げない太陽をおぶりつつ、正面の紅色に聞いてみる。

 

「物がなくはないんだけど、まぁいいわ。それよりなにしてたの? 大掃除するには早過ぎると思うんだけど?」

「ちょっと思い出した物があって、蔵にしまったはずなんだけど見つからなかったのよ」

「霊夢も何か忘れ物? 私とおんなじだ!」 

 

「あんたは鳥頭ですぐに忘れるだけでしょ、私のは胴忘(どわす)れで、偶々よ」

「うにゅ? 頭と胴だから違うの?」

 

 顎をのっけたまま傾けないでくれ、頭皮がゴリッとされて少しだけ痛い。

 しかし違いがあるのかね、お空は確かにアホの子でオツムも軽そうではあるが今みたいにゴリッとされればそれなりに重さを感じる、霊夢の方も違うといえるほど重そうな、豊満に育っているとは思えない体つきだ。まぁどうでもいいか、前者はその軽やかで明るいのがいいところだし、後者も成長はこれからだろうさ。

 

「どっちも軽くて似てるから一緒だと思うわ、それでさっきの思い出したのって何? 手助けしてあげたんだからちょっとくらい教えなさいよ」

「私の何が軽いのかはいいわ、めんどくさそうだし。あんた、あっちから来たのに気が付かなかったの? 洞窟あったでしょ?」

 

「あったけど、あれって地底に続くっていう穴っぽこでしょ?」

 

 来た方向、先ほど横目にしてきた洞穴の辺りを煙管で指して問いかける。すると聞いていた霊夢とは別の、あたしの肩から生えていた制御棒が煙管とは逆側、あたしの指した西側とは真逆の東側を指しながら地底はあっちと教えてくれた。

 

「うにゅ? 違うよ? うちに続いてるのはあっちだよ?」

「そうなの? それならあの洞穴は何よ?」

 

「知らない!」

「あれは偶に開くのよ。遺跡に繋がってるから、興味あるなら行ってきたら?」

「遺跡って初耳だわ、そんなところがあったのね」

 

 頭の上で知らないと言い切るのは捨て置いて、巫女さんが言うには偶に開いているらしい。遺跡があるって話だが花見やらで何度もお邪魔しているが、今の今まで見た事も聞いた事もなかった。初めて耳にする面白そうなところだ、言われずとも行ってみるつもりだけれど、潜っている間に入り口が閉まったり、もしくは閉じられてしまったりしないか?

 つい最近何かを閉じるべきか、なんて考えた事もなくはないが、これが閉じてはいさようならとなるのは困る。ふむ、気になるし、そうなる前に少し聞いておくか。

 

「入ってる間に閉じたりしない? 出てこられるなら閉じてもいいけれど、そうじゃないならちょっとねぇ」

「多分大丈夫よ、閉まってもまた開くし、その時に出てくればいいだけよ」

「うん! 結構偶に開いてるね!」

 

「結構なのか偶になのか、微妙なところだけど、お空が覚えてるくらい頻繁に開いてるのか‥‥放っておいていいの? 結界まで開いたりとか‥‥していたら今頃ここにいるか」

「そういう事、だからそっちも大丈夫。行かないんなら掃除の続きするから、手伝ってって」

 

 掃除の手伝いなど勘弁願いたい、そう言う前に捨て置いた方がわかったと返事をしてしまい、あたしをとっ捕まえたまま蔵の中へと飛び進んでしまう。首を突っ込むなら一人でしてくれと思わなくもないが、中に入ってしまった以上は已むを得ないか。あたしから飛び立って、奥でガサゴソ言わせ始めたお空。地底でも地上でも働き者な烏が鳴らす音を聞きつつ、そういえばと再度問うた。

 

「で、何探してるの?」

「あぁ、人形よ、人間サイズの」

「お人形さんか! 霊夢も可愛いの持ってたんだ!」

 

「確かに可愛い顔してる人形だったわ、でも、あんたと一緒で危ないみたいなのよね。だから奥にしまったんだけど」

「お空と一緒って、鳥頭なお人形さん?‥‥芳香みたいな感じ?」

 

「あのゾンビとはちょっと違うわ、どっちかというとアリスの‥…」

「うにゅ!! 私と同じのあったよ!」

 

 奥に突っ込んだお空とは別の辺り、手前の荷物を退かしながら霊夢と二人家探し?

 いや、蔵探し?

 なんでもいいか、そうやって探し物をしていると奥で声だけ聞かせてくれていた地獄烏が何かを見つけたと叫んでくれる。何を見つけたのかと暗がりを覗きこんでみると、どこぞの花妖怪がどこぞの従者みたいな給仕服を着ているお人形さんが出てきた。

 埃と蜘蛛の巣を被りながら、人形と共に出てきたお空。

 パッと見た感じお空には似てないが、どの辺りが同じなんだろうな。

 

「あんまり似てないわ、似てるのは可愛いってところだけね」

「おぉ! 霊夢! 私可愛いって言われた! 可愛い!?」

 

 頭を習って軽く褒めると八咫烏様の目が輝く。この子のテンションが上がり過ぎるとその身に宿す神の火まで熱くなってしまって、この季節にそれは悩ましいから是非ともやめて欲しい‥‥そう考えてジト目で見るが、それが飼い主の真似にでも見えたのか、人形をぶん投げて薄汚れた格好で飛びついてきた地底の太陽。胸元の第三の目がギラギラとして、纏うマントが風を遮ってくれてこれはどうにも暑苦しいが、キラキラとした目は可愛いからもういいか、諦めよう。

 

「ちょっと、雑に放らないでってば! 危ないロボットだって言ったでしょ」

 

 宇宙柄と黒い翼、ついでに暖かな瓜二つに視界が包まれてしまい回りが全く見えない中で耳には巫女さんの声が聞こえた。ちょっと焦るような、普段では聞くこと叶わない声色でちょっとだけ面白いが、それを言った顔が見られないのが残念だ。

 ズリズリとお空の乳を楽しみつつ持ち上げ、視界を塞ぐマントも捲って見るがもう遅かったらしく、地面に落ちる前に抱きとめられたらしいお人形さんが霊夢の上に乗っかっていた。両足開いて跨って、あたしが妹妖怪に見られた時のような状態の一人と一体。あれで人形側が舐めるなり弄るなり始めればまんまあたしか、なんて人形の背中見れば確かにあった、お空との共通点。

 黄色で書かれた放射能マーク、八坂様が仰るにはハザードシンボルとか言うんだったか、確かに霊夢の言う通り、危ない代物だったな。

 

「アヤメくすぐったい!」

「どうせなら違う感想を言いなさいよお空、自信失くすわ。核人形なんて、随分なものがあったのね」

「だいぶ前にもらったのよ。忘れてたんだけど、そいつとあの穴を見てたらふと思い出したの、壊れたりしてなくてよかったわ」

 

「貰ったって、アリスか神奈子様にでも貰ったの? そんなものを作れるの‥‥が、あそこにいるのね」

「前はいたの、今もいるのか、同じ所につながってるのかなんて知らないわ……探し物は見つかったしもういいわ、ありがと」

「うにゅ!? 霊夢がお礼言った!!!」

 

 知らなかった場所に知らなかった者がいるかもしれない、それがわかって思わずそちらを見たが失敗したな。あのツンツン霊夢が、退治する側である博麗の巫女が、妖怪であるあたし達に向かってお礼を言う顔などおいそれと見られるものじゃあない。

 お空はその顔を見られたようだが、また見逃すとは、あたしとした事が笑いどころを逃すなんてなってないな。ならば仕方がない、もう一回言ってくれるように突いてみよう、幸い嘴持ちもいるし。

 

「聞き間違いかもしれないわよ、お空」

「うにゅ?」

 

「だからもういっか‥‥」

 

 言い切る前に口が止まってしまった、懐に利き手を突っ込んで針か札でも飛んできそうな雰囲気がまるわかりだからだ。これ以上言えば間違いなく飛んでくる封魔の弾幕、ちょっとかわいいところを見せてと、おねだり代わりに軽口を言っただけなのに随分な態度でやはりつれない。

 巫女に睨まれ固まる表情、橋の方で横たわるロボットと似たような、無表情な顔で止まっていると、クスリと笑う楽園の素敵な巫女。

 

「その真顔、似合わないからやめてよ」

「笑うなと言ってきたり、真面目な顔をするなと言ってみたり、どんな顔ならいいのやら」

 

「そうやって悪態ついてる顔のがなんぼかマシだわ、ねぇ、烏?」

「うにゅ?」

 

 誰かのような胡散臭い顔をするなだとか、今のような無表情をするなだとか、その都度で何かしら文句を言ってくれて悩ましい。顔を合わせる度に悪態をついているのはどちらの方なのか、言い返しておきたいところだが‥‥似合いの顔があるのだからと遠回しに褒めてもらえたし、それならばもういいか、これも諦めついでって事にしておこう。お空に諦めさせられて、霊夢にまで諦めを提供させられて、本当に悩ましいところだけれど、何も考えていなさそうな、熱かい悩む神の火娘に悩みを移されたって事にして、あたしはあたしであっちに行くか。

 そうして行ってみるかと考えた場所を望んでいると、視線を外した辺りでカチャリと鳴る音。なにかと思い振り向けば、人形抱えて蔵へと潜る巫女の背中が見えた。

 

「また奥にしまうの? 出した意味ないじゃない」

「確認したかっただけだって言ったでしょ、本当に話聞かないわね」

「うん、霊夢はそう言ってた! アヤメも忘れてたね! 私とおんなじだ!」

 

「三歩以上歩いてるからお空よりマシよ、あたしは」

「うにゅ? 三歩? 勇儀がどうしたの?」

 

「変な事だけ忘れないのね、都合のいい記憶力だわ」

 

 覚えがいいのか悪いのか、よくわからないお空をからかっていると『くっちゃべってないで、手伝うか、お茶でも淹れてよ』なんて誰かの声がする。あたしは巫女の小間使いじゃないんだが、他にする事もなしヨシとしておいて、テキトーに終らせて可愛い二人と茶でもしばくか。その為にまずはお片づけを済ませよう、転がる荷物を手にとって、お空と二人ホイホイ積んでいく。二人でやれば進みも早く、崩れる前の荷姿と同じような形で再度積み終えた。

 そうして気付く現状と、訪れるだろう今後の展開。まだ霊夢が中にいて、出てくるスキマがない状態だ。怖い巫女はまだ奥にいるらしく、気が付いていないのが幸いだけれども、これからどう逃げれば退治もされず、積み直しもせずに済むのだろうか?

 暫くの間その場で固まり、どうしたものかと思い悩んだ。


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