東方狸囃子   作:ほりごたつ

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~EX日頃~
EX その34 霊騒起、菖蒲枯、愚者鳴


 振り振りと袖を揺らしての追いかけっこをそれなりに楽しみ、連れ回した小さなお姫様との約束も守ってから暫く。朝方の、少しずつ白くなっていく稜線が綺麗な季節から、あたし達魑魅魍魎が跋扈する時間帯が素晴らしい季節へと流れた頃、今日も今日とて暇を潰すために幻想郷の結構高い所を漂っている。

 緩々と飛行ドラムの高度を上げて向かうのはアチラの世。

 死ぬ間際に世話を焼いた相手とも再開し、お墓参りをしてくれてありがとうと伝えたから、未練なく成仏でもするのかと思われてしまいそうだがえてしてそういうわけじゃあない。というよりも、未練がなくともこの世に葉ばかり続ける事は出来る。いつかも再確認したけれど、死ぬには死んだが、妖怪カテゴリーの中の『幼獣』から『亡霊』へと立場を変えるだけの事だ。ちょっとばっかり身体が薄れてしまったり、ちょっとばかり今のような夏場が辛くなったりするだけで、それ以外は全く変化のないあたし。

 ナントカは死んでも治らないなんて世間では言うようだが、自分ではそれほど愚かだとは思っていないし、見方によっては先に考えたデメリットが変化とも思える、自身では変化したとは感じられないが何処かしらは変わっているのだろう。このデメリットは言葉に含まれる意味の変化ではない部分だが、その辺はなんでもいいさ、そのナントカには愛おしい地獄烏なんかも含まれるわけだし、ナントカな子程可愛いとも言うし‥‥置いて逝ったらまた泣かれるのだろうし。

 

「ん? なに?」

 

 隣に座る付喪神がこっちを見てぼやく。

 あたしとは違って自分の乗り心地が体感できるドラムセットの妖怪が、もふもふに埋めた顔の半分から鼻より上だけ見せてきた。

 

「なんでもない、綺麗だなと思っただけよ」

 

 可愛い相手(お空)を思いつつ雷鼓の事を考えたからか、ふと視界に入れた二人共通の赤い瞳。あっちはたわわな胸の谷間にあって場所も数もちょっと違うが、どちらも沈む夕日の色合いで、綺麗なその色が今の景色に映える。同じく青空に映える前を留めない白ジャケットと、瞳と同じ色の髪を靡かせて漂う姿はやはり絵になる、なんて想いを抱きつつ眺めていれば気付かれる。

 

「え? あぁ、雲ひとつ無くていい天気だもんね」

「……空模様ではないけれど、まぁ、いいわ」

 

 言う通り、雲ひとつないようないい天気の今日。藍天、とでも言うような濃い青がどこまでも広がる中随分目立ったあたしの紅白。それを綺麗と言ってみたが伝わらないならまぁよかろうよ、素直に考えを言えたおかげであたしの気分も上天気となったしな。

 どこまでも抜ける蒼の中、ゆるゆる飛んでふと思う。

 何を考えていたんだったか?

 ただの会話をしたくらいで、ついさっき考えていた事が思い出せないとは、これでは本格的にナントカってやつになってしまいそうだが‥…風邪を引かないらしいしそれもいいか?

 いやいや、あたしが病気にかからないのは別の理由だって、そういやこれか、行き先か。そんなこんなで思い出し向かう先はあの世って場所だ。正確な地名を述べるなら冥界、のちょっと手前。涼を求めて向かうってついでの魂胆もあるにはあるが、枯山水と桜が美しいお屋敷の手前に今は用事があったりする。

 理由は簡単、隣の奴からのお誘いがあったからだ、以前に頼まれた騒霊音楽家とのセッション、あれのお願いに行くから暇なら一緒にどうと誘われたのが今日のおでかけ理由ってやつだ。

 

「ちょっと涼しくなってきたわね」

 

 人の尻尾を抱きながら涼んでいる誰かさんとは違って、こちらは夏場の体温を移されている今、こうやって涼しさが感じられるようになると非常にありがたい、おかげで移ってくる温かみが心地よく感じられる。

 

「高度が高いからか、あの世が近いからなのかわからないけど、どっちにしろ過ごしやすくていいわ」

「そうね、おかげで払われなくて済んでるし、心地いいわ」

 

 フフっと声を漏らしてから尻尾に顔を埋める太鼓。地上というか我が家であれば、あたしが暑さに耐え切れなくなりそろそろ尻尾を袖にする頃合い、だというのに振り払わないからか珍しくデレる雷鼓さん。これはまた、別の意味であたしが熱くなりそうだ、折角涼しい所に来たというのに大変な事だが‥‥うむ、顔が火照るから別の事を考えようか。

 そうだな、暑さといえば外の世界は暑かった。季節は春だったというに、日差しと照り返し、周囲の建物に貼られたガラスの反射が酷く、あたしではあっちでの夏は過ごせないだろうなと、あちらに好きに行ける様になってからそう感じられて、悪くない皮肉となった。それでも『外は大概冷暖房完備で、幻想郷よりも過ごしやすい場所もあるのよ』などと、あの隙間は語っていたが‥‥暑さ寒さは耐えたり体感するもので、比べるなんてのはおこがましい事だとあたしは思う。

 他所と比べればアチラは暑いだとか、あそこに比べればここの寒さはマシだとか、そんな事を言い出しても今あたしは暑いのだ。他と比べれば涼しく過ごせる様になるというなら、愛用の銀縁眼鏡で凝視してああだこうだと駄々をこねるが、騒いだところでそうはならず、寧ろ頭の中まで熱くなってしまうことばかりだ。それならばあるモノをあるように感じて文句を言った方が、自分にも相手にもいいような気がしている。

 

 そうやってダラダラとした独白に思考を委ね、身体の方は盆東風に委ね空を登る、そうしているとやっと見えてくる顕界と冥界の境。空を支えるように立つ四本の柱が視界に収まり、そのまま進めばここからあの世ですよと教えてくれる魔法陣が見えてきた。

 いつも通りならこの辺りに浮かんでいる、赤白黒の誰かしらに会えたりするのだが‥‥なんて思っていると柱の上にキーボードが見える。アレがあるならいるだろうとたらたら寄るといた赤いやつ、二人足らなくて三姉妹勢揃いとなってはいないが、三つの音を調和させる末妹を見つけられた。あの世に向かう魂を眺めぼんやりとしている感じだが、演奏していないと暇そうだなアイツも。それでも思った通りにいてくれて、予定調和で手間いらずだからよしとしよう。

 

「いたいた、久しぶりね、今日は一人?」

「お姉さん達は? 一人なんて珍しいわね」

 

 柱の上で一人佇み、明後日の方向を眺めている赤いヤツに、赤いのと揃って遠間から声をかける。呼びかけに気がつくと、振り向きながらの大欠伸を見せる騒霊。

 

「お? おぉ、誰かと思えば。久しぶり! 私達に訊いてるの?」

 

 久しぶりと伝えてみればオウム返しで戻ってくる挨拶、調子の良い拍子で返ってきた言葉に尾を揺らして見せると、浮かぶキーボードを撫でつつ私達に訊いているのかと問うてくる末っ子。

 こいつが付喪神なら間違ってない姿なのだろうが、お前さんはポルターガイストだろうに。

 

「達って何? 今はリリカしかいないでしょ、姉はいないの?」

「何だろ? まぁいいじゃん、気にしないでよ。姉さん達なら今は太陽の丘に行ってるよ」

 

「ルナサさん達が風見幽香のところ? なんでまた?」

「ルナサ姉さんはまた別のとこよ」

 

 他に誰がいるのか、聞いてみても答えはない、が、確かにまぁいいな、気にすることでもない。姉達は向日葵畑に向かったらしいがなんだ、またあそこでライブでもやるのだろうか?

 いつぞやの花の異変後にやったらしい向日葵に見られながらの好演奏、あの時はどこぞのサボり魔とその上司にとっ捕まってしまってあたしは聞くことが出来なかったが、結構な名演だったと噂や新聞では見聞きしている。この末妹がその日の為に作った曲もあったと聞くし、次はキチンと聞けるかね?

 

「ちなみに私は一人で待ち合わせ中、偉いでしょ!」

 

 偉いか偉くないかは別として、羽の生えたキーボードをふわふわさせる姿は良い。黒い姉にも白い姉にもない浮ついた感じというか、良く言えば天真爛漫な雰囲気ってのが感じられて良い。

 体躯も姉妹の中で一番小さいし、そういった小柄な少女が浮ついているってだけで何やら楽しそうに見える、そうさせてくれるのは次女の音だというのにおかしなもんだ。

 

「打ち合わせの方が楽しいでしょうに、はずれクジを引かされたわね」

「そうでもないよ? 待ち合わせの相手とは違うけど、会いたい相手と会えたしね」

 

「嬉しい事言ってくれるわね、褒めても口ぐらいしか出さないわよ?」

 

 多分あたしに対してではない、が、そこは気にせず思ってもみない事を言ってくれたと喜んでおく。良いところに来たとか、いるならついでにちょっと手伝えとか、地獄に落ちてほしいだとか。何処かで誰かと会ってもそんな風に偶々いたからなんかしろと言われる事が多い自分だというに、真っ向から会いたいと言われるとは思っていなかった。これは存外嬉しくて結構恥ずかしい、だから誤魔化す。言いっぷりは普段通りから変えずに、態度だけちょっと前に追いかけていた奴を習って舌を出す‥‥が、いつも通りとはいかないか、普段よりも目が起きていて、頬の締りも少し緩いと自分でもわかる。

 ならいいな、隠せないなら出していこう、ナントカにでもなったつもりで可愛さアピールでもしてみる事にしよう、下心があっての褒め言葉ならこっちも褒めてくれるはずだ。

 バスドラムからヒョイッと降りて、瞳に十字の光を宿し高度を少しばかり下げる、そうしてちびっ子騒霊に上目遣いを浴びせてみた。 

 

「なに? あざといよ?」

「狙ってるからね、あざとくて当然よ?」

 

「わかっててそうするの? それも褒めたらいいの?」

「褒めるだけ無駄だとお思うわ、中身はもっとあざとい事を考えてそうだから」

 

 素直な疑問を投げ掛けてくる赤いのとは違って、あたしの事をよくわかっている赤いのが余計な事を言い放つ。それでも瞳に込めた愛想を尻尾で振りまき見上げてみた。

 

「なにそれ、めんどくせ」

 

 結果飛んできたのはいつものお言葉だけ、だったがまぁいいだろう。あざといと言われたのだからしっかりと可愛さアピールは出来ているはずだ、それならば褒めてもらえた事としておいて、下心ありだったと決めつけておこう、その方が会話の流れが掴みやすい。

 この子に限らず三姉妹のどれと話しても拍子を取られる事が多く、そうなると口だけでどうにか渡ってきたあたしとしては些か面倒なのだが‥‥リズムを取ってくれるのがいるとそうもならず、存外楽だな、ありがたやありがたや。

 

「さっきからなんなの? 顔、気持ち悪いよ?」

 

 言われるまではそれなりに可愛い顔、をしていたつもり、だというのに追加ささてあたしに谷間が出来上がる。立ち位置も気付かぬ内に同じ高度になっており、指摘された部分とは別の谷間辺りにある妹の頭からそんな事を言われた。そうやって素で見上げられる小ささもいいな、何もせず愛らしさを振り撒いていられそうで、手間いらずで妬ましい。

 なんだろう、こういった陰鬱な思いを感じさせてくれるのも姉のはずだけれど、こっちの妹相手にも感じる事があったか‥‥少しはあるのかもしれないな、あの姉二人の調べを調律するのがこいつなのだから、あれらの扱うモノも多少は心得ているのかもしれない。

 見上げてくれるちびっ子を見下ろし、煙管咥えて深めに呼吸。これもいつの間にか取り出していたがこっちは無意識で咥えていても当然か、そうなるくらいには共にある物だから。

 

「あのさ、話、進めていい?」

「そういえばそうね、褒めてきた理由ってのは何?」

 

「ちょっとお願いがあったりして」

 

 話しながら愛用の楽器を動かすポルターガイスト、あたし達の間に割り込ませるとそれに両手をついて飛び乗る。おねだり顔は雷鼓に、愛用楽器の上に乗り調子よく動く尻はこっちに向けて話す三女。上から押されているのに鳴らない鍵盤がちょっとだけ面白いが、それはそれとして無視しよう。可愛いのが折角目の前にあるのだし、お願いってのも気になる、というかあたし達もそのつもりで来ているのだった。言われついでに言ってみるか、もし読み通りなら互いに話が早くて済む。

 

「お願いか、それって一緒にライブしよ? って話だったりする?」

「あれ? ひょっとして姉さん達と会った?」

 

「会ってないわ、ただの勘よ。というかあたし達もそのつもりで来てみたのよね」

「そういう事、だからお姉さん達もって思ったんだけど、話が早そうね」

 

 雷鼓と二人、リリカを挟んで頷いてると察したのか、雷鼓に詰め寄るちっちゃい騒霊。活発そうな両足をパタパタさせて元気がいいが、こいつもこいつで霊だというのに元気な事だ。

 

「お、これはもしや‥‥お願いする手間がなくなった感じ?」

「そういう事よ、あんた達も待ってないで来たら早いのに」

「まどろっこしい言い方しかしないアヤメさんが言う事じゃないと思うわ」

 

「その通り! てかさ、アヤメちゃん家って竹林じゃん、迷うじゃん」

「ふむ、そうね、普通なら迷うか。ならあっちの城にでもいけば良かったんじゃない?」

 

 遠くに見える逆さ城に尾先を向け、あそこに行けば多分楽器の姉妹か太鼓もいると促してみせるが、あそこは酔うから嫌いなんだとさ。雅な調べに酔わせる相手がいる場所なのに、同じく美しい旋律に酔わせる輩が酔うとはいい皮肉だ、中々に好ましい。

 悪くない思い付きにかこつけて緩い頬を更に緩ませる、ニタニタと少しだけ胸が悪くなるよな顔で笑んでいると、尾っぽの方から飛んでくる黒いのと、南東の方から上ってくる白いの。

 回りに音符を漂わせゆらゆらと向かってきた侍女と、静かに飛んできた長女二人。姉はいつも通りだが妹の方は‥‥これもたまに見るか、一人遊びだし注意することでもないと、飛んでくる音符を逸し三人で待つ。そうして物理的に見える音符を音吐朗々(おんとろうろう)とさせた状態、俗にいうスペルカード発動状態なんて息巻いた姿でこっちに来た侍女と、それを諌める長女が合流した。

 

「三姉妹勢揃いね」

「あ、雷鼓さんと非常食だ」

「誰かと思えば、宴のネタがいるわ」

「幽々子じゃないんだからやめて。相変わらずの口の悪さね、メルラン。ルナサも、それに合わせて具材扱いしないでくれる?」

「たぬきにく、たぬきにく~」

 

 やれやれ、合流した瞬間から姦しい姉妹だ、末妹まで冗談に乗っかって狸肉などと言ってくれるし。リズミカルにほざいてくれるが、今のあたし出汁も出ないだろうし多分マズイぞ?

 言い出しっぺの白い次女も見た目通りに随分騒がしく非常食などと口が悪いが、これはただの冗談で話してみると一番穏やかだったりする。ちょっとだけ躁の気が感じられて今のような事も言うが、冗談が通じて、言ってもいいと思われるのは悪くないので気にしていない。

 黒い長女の話し口調は淡々としたもの、ちょいとキツ目のつり目に似合う、静かな物腰のお姉ちゃん。キツイのは目だけでなく言いっぷりもちょいとキツイが、こいつにも悪気がないのは知っているし、会えば会釈してくれる素直さというか律儀さがあるのも知っている。

 だから気にせずいつも通り、普段の自分の拍子を崩さずに言い返す‥‥と、ちょっと暗くなった雰囲気を和ませるように、朗らかな妹が割り込んできた。 

 

「あ、姉さん、ネタと言えばね、お願いしなくても済んだよ」

「うん、知ってる、九十九姉妹からよろしくって言われたばっかりだから」

 

「そうなの? ついさっきその話もしてたのよ」

「ルナサが輝針城(あっち)方から来たってのはそういう事なのね」

 

 上と下の姉妹会話に口を挟んでみると、上の方からそういう事だと肯定され、そのまま視線を流された。見ている先は姉妹の真ん中、そっちもそっちで雷鼓とお話中だが、どうなったのか気になるんだろう。そちらには口を挟まず耳を立てることにした。

 

「メルランさんの方は上手くいったの?」

「それがフラワーマスターがいなくってさ、まだ会ってないのよ」

「いないって何処行ったんだろ? 雷鼓さん心当たりとか、ない?」

「さぁ、普段は付き合いないし、私はわからないわ」

 

 ふむ、向日葵が咲き誇るこの時期だというに幽香が花畑にいないか。リリカの言いっぷりじゃないが何処に行っているんだろうな、種の買い付けにでも出ているのなら人里辺りにいるかもしれないし、それ以外だとすると‥‥

 

「なに? 四人して見つめてくれて。そう見られても幽香の居場所なんて知らないわよ?」

「それならいそうな場所は?」

 

 思考の途中で気が付く視線、色取り取りの八個の瞳で見られればすぐに気が逸れるあたしでも気が付く。そうして少し邪推して言い返すと、それなら頭を貸してあげたらと寄り添ってきた太鼓に言われた。それほど難しいことでもないし、雷鼓に言われるならテキトーにこじつけて見るかね。

 

「いるなら‥‥多分香霖堂ね」

「魔法の森近くの? なんであんなとこに?」

 

「ただの思い付きよ。あんたらを見てて思いついたのが幽香の言ってた踊る花の玩具だったってだけ、あの店ならありそうじゃない?」

「あ~フラワーロック? 異変で言われたけど、あんなの買うキャラかなぁ?」

 

「さぁ? でも幽香が言うならあれも花なんだろうし、興味を持っても不思議じゃないでしょ?」

「う~ん?‥‥まぁいっか、時間あるし、あの店にいないなら人里にでも行けばいいんだし」

 

 傾いだり前のめりだったりする姉妹それぞれに素で話す。

 らしくないと言われればらしくないのかなと思える言い草だけれど、こうしておかないと姉二人の能力がばら撒かれてしまったりする事もあり、そうなると手間なので素でテキトーにあしらっておく。持ち得る能力からか、ルナサの場合あまりつつくとすぐ凹む、逆にメルランはやたら賑やかになる。凸と凹な姉妹で面白いがそうなると凹も凸もやたら長い為、それを浴びせられる前に裏で手を打っておく。

 あたしだけなら逸らせばいいが、付喪神連中に移されでもすればまともな演奏会にならない事必死だし、まかり間違ってあの花にでも移されれば‥‥微笑みながらそこらを蹂躙するような事になるだろう、あんまり変化がなさそうだがソレもマズイと今は考えておく。雷鼓なら明るいリズムにノセられなくもないのだろうが、明るさを発する前に凹んでしまわれては暗いリズムを操ることになるだろう。

 それは困る、先に考えた通り次のライブは結構楽しみにしていたりするし、ソレを暗い、しんみりとしたモノだけにされてしまっては客として困ってしまう。

 

「そうね、ここでアヤメさんにからかわれているよりは探しに出たほうが有意義だと思うわ」

 

 テキトーのたまいニヤついていると、考える素振りの姉妹ではなく別の相手から合いの手が入ってきた。ここという間でそれっぽい事を言ってくれて、頼りになる太鼓様で素晴らしい。

 あたしの放った根拠の無い言葉にそれらしい意義を作ってくれ、そのまま姉妹に語りかけるとそれもそうかと雷鼓の口車に乗せられた三姉妹。動き出す素振りを見せ、探しに言ってみると降下し始めたのでそれならと、言い出しっぺを押し付けてみる。

 

「雷鼓も一緒に行ったらいいわ、言い出しっぺの法則って言うし」

「ん? それならアヤメさんじゃないの?」

 

「いるかもとは言ったけど行けとは言ってないわ、自分の言葉には責任を持つべきよ?」

「アヤメさんには言われたくないけど‥‥言うだけでしないからいいわ、それで」

 

「ついでにライブの話でも纏めてきなさいな、期待しててあげるから」

 

 雷鼓の座るバスドラムではなく、腰に指すドラスティックにに煙管を当てる。カツンと軽快な音を鳴らして見るとちら見してから動き出すドラムの妖怪、〆を打つなら尻だが開始を知らせるならこっちの方がわかりやすい。そうしてせっつくと動き出した音仲間、それを眺めつつ足場代わりの柱に座り一人一服‥‥していると、不意に感じる誰かの視線。そういや誰かと待ち合わせしているなんてリリカが言っていたなと思い出しつつ、視線の主を探し見渡す。

 すぐに見つかったのはまたも赤い頭。

 

「お、妙なところにいるね。成仏する気になったんならこっちじゃなくてあたいの方に来なよ」

 

 視線の先にいたのは話題の出た太陽の匂い香る相手、ではなくて爽やかな曼珠沙華の香りを漂わせるやつ。死線の先にいる相手、いや、ちょっと違うか。死線を超えた者達をあるべき場所へ誘う水先案内人ってのが正しいな、大概サボっていてまともに案内してないともっぱらの評判だが。

 そんな相手を眺めていると、早くはないのにパッパと、数(けん)飛びつつ距離を詰めてくるサボマイスター。飾りの大鎌と赤いツインテールを振りながら、幻想郷の死神様が気だるげに寄ってきた。

 四音(しおん)の後に見るのが数間(すうかん)飛ばす輩と会うか、数間四音なんてこんな字面の格言もあったような気がするが、今はそれっぽい季節じゃないなと、くだらない冗談に一人笑みを浮かべて言い返す。

 

「その気があったら会いに行ってるわ。待ち合わせなんて誰との逢瀬かなって思ってたけど、死神と待ち合わせするなんて。あの子の方こそ彼岸を渡る気があるんじゃないの?」

「あれは生まれから死んでるし、お前さんとは違って迎える枠にゃいやしないよ。それで、何処行っちまったんだい?」

 

「人を連れ去るなんて怖い事を言う人には教えないわ」

「冗談だっての、四季様からも連れて来いとは言われなくなったしね」

 

 なんだ、そうなのか。

 いつだったか怖がってくれないと困るなんて言ってきたから、折角口だけは怖がってやったというのに甲斐のない死神様だ、がそれならそれでいいな。はなっから怖がるような相手でもないし、どちらかと言えば取っ付き易い友人だしな。

 それなら問いにも答えておくか、別に隠す事でもなし。

 

「なら教えてあげる、香霖堂か人里か、それともまた太陽の丘に行ったか、どっかにいると思うわ」

「ありゃぁ、聞くんじゃなかったかね? 折角待ち合わせしてたってのに探し回らにゃならなくなっちまったね」

 

 ポリポリと頭を掻いて苦笑する小町、あからさまに面倒だと顔に書いているが、お前さんの能力なら追いかけるのに苦労はないだろうに。何処に向かったとしても距離なんてあってないようなものなのだから、ちょっと顔を出していなきゃ次に行くだけだろう?

 

「そういやなんでまたこんなとこにいるんだい?」

「ちょっとした用事よ、もう済んだから一服したら幽々子の顔でも見に行こうかと思ってたところ」

 

「なんだいホントに冥界に行く気だったのか、盆にゃまだ早いよ?」

「お盆に還るならあっちからこっちにでしょうに、小町こそなんの用事があったのよ?」

 

 あの三姉妹の迎えじゃないなら何をしに来たというのか、ただ顔見せに来ただけのいつも通りのサボりだと言うのならわざわざ行き先を聞いたりはしてこないのだろうし、その辺りを鑑みれば今日は一応はお仕事なのだとは思える。

 それでも『私』ではなく『あたい』と言うくらいだ、聞いたところで話してもらえる感じはしないが、売り言葉に買い言葉だ、ちょっとくらい探ったところで別に不自然でもないだろう。

 

「あぁ、次のライブはいつなのかって、ちぃっとばっかり確認をね」

「雰囲気から近くやるって話よ、場所はあの花畑」

 

 吸いきった煙草の葉を落としつつ、煙管で黄色い地面を差す。

 遠くからでも鮮やかに映る地上で揺れる太陽の花々、地面から見ると緑の葉や茎と合わさって良いコントラストに見えるが、こうして見下ろす形でも緑色の幻想郷に目立つ差し色となっていて中々に美しい。遠間から見るのもいいなと思いつつ、視線を小町に戻すと、ほんのちょっとだけ真面目な船頭さんの顔つきが視界に収まった。

 

「近くかぁ、出来ればもうちょっと後だとありがたいんだが、その気はなさそうだしまぁいいかね」

「なにその言い草、突いて欲しいの? 蛇出ない?」

 

「アヤメは出ても喰う側だったろう? お盆時期にあそこで騒がれるとちょっと手間が増えるかもってだけさ」

 

 そういや四足の頃はわざと突いて喰う側だったなと思い出し、それなら気にせずに突いていこうと問いかけてみた。そうして聞くが、出てきたのは蛇ではなく棒、お盆時期と向日葵でなにか関連するモノなんてあったのか?

 彼岸やら無縁塚でライブ、だというならわからなくもない。死に果てた者達がたらふくいそうな場所で騒霊が騒げば、ましてやそういった能力持ちの相手が愉しめばどうなるのかは想像に難くもないが‥‥彼岸花でもない花がなんだってのかね。

 送迎の馬が道草食んでしまいそうだ、とか?

 いや、無縁塚に住んでいる賢将辺りなら向日葵も好きそうだが、茄子の牛やら胡瓜の馬が向日葵の種を食む姿ってのも似合わないし、よくわからんな。

 

「手間なんてなにかあった? 無縁塚でもないのに、盆だからって小町が忙しくなりそうな事なんてあるかしら?」

「あそこの向日葵はちょいと特別でさ、霊魂を宿しやすいんだよ。ほら、いつだったかの花の異変でも取り憑かれちまって、後始末が大変だったからね」

 

「ふぅん、あの異変って冬だった気がするけど夏場でもそんな風になるのね」

 

 あの時は手間だったのさ、と大鎌を優雅に女性らしい振る舞いで回転させてからこちらに差し向けてくるこまっちゃん。仕草と言いっぷりから何が手間でどう大変だったのかよくわかる。

 しっかしそんな事もあるのか。花なんて一度枯れて新しい芽が出れば別の生き物だろうに、一度取り憑かれたからって別の個体となっていれば慣れたりはしなさそうなもんだが。その辺りを聞いてみればなんでも土地自体に根付くものってのがあるそうだ。

 花自体には憑かないが、一度地に根付いたモノを頼りに集まったり、その地に芽吹くモノ、この場合は向日葵たちに取り憑いてしまうような事があるらしい。言われても中々実感が得られない事だったが、その地に根付くって辺りをどこぞの祟り神に置き換えて考えてみればなるほどと、納得できなくもなかった。

 そうして頷いているとカラカラ笑う船頭さん。

 楽しそうだが、なんだろうな。

 

「ふむ、お前さんが知らない事ってのも珍しいねぇ」

「何にでも首突っ込んでると思ったら大間違いよ? その頃は今ほど回りを気にしていなかったし、小町のとこのお偉いさんに叱られて自棄酒するのに忙しかったしね」

 

「そう、貴女は少し我が強すぎる、だったかね?」

「やめてよ、似てるから滅入るわ」

 

 鎌を両手にクドい顔、そうして言うのは上司の言葉。モノマネといえるようなものではなく声色も小町そのものだったのだけれど、その拍子や態度がまんま閻魔で、お叱りを受けたあの時にとても似ていて気が滅入る。

 幻想郷の何処に行っても見られた色取り取りの花、それらを眺め朝から晩まで花見酒やら煙草やらを楽しんでいた時に出くわしたヤマザナドゥ。あのお人から言われたのが今のお言葉だったが、説教だけなら良かったが弾幕ごっこにまでなってしまって‥‥ちょっとやり返しても数倍になって返ってくるクドさの弾幕が酷くて……あんなのにどう勝てというのだろうな。

  

「そう嫌な顔をしなさんなって、今は言うほどじゃあないみたいだよ?」

「我の強さは変わらないつもりだし、今はってのも引っ掛かるわね」

 

「自分で言っておいて何言ってんだい? その気無い素振りで世話焼いて、結構な徳を積んでるじゃないか」

 

 そんなつもりは毛頭ない、こう思うのは何回目で何人目に対してだろうか?

 それを考えるのも面倒になるくらいで、もういい、そこについて言い返すのはすっぱりとやめて、別の部分で言い返していくことにしよう。これからはもうちょっと意地の悪さを見せられるような物言いで返せるように、コイツで少し練習をしておく。

 

「もう言い返すのも面倒だからそれでいいわ、そう見てくれる事で監視の目が緩むなら都合もいいし」

「特別監視なんてしちゃいないさ、偶に会って話して終わりだろうに」

 

「それを様子見と言わないでなんていうのか、聞きたいわね」

「あたいだよ? 当然、サボりさね」

 

 真面目なお仕事の話をしておきながら、最後には自分でそう言うのかサボマイスター。不意打ちで折られた話の腰に合わせてカクンと頭を横に倒すとケラケラ笑う江戸っ子気質な死神さん、これは笑われたのか、笑わせたのか。よくわからなくて傾いだまま考えるが、悩んでいる間に肩を組まれ、傾く頭を赤い頭で押し戻された。

 

「狸から一本取ってやったね、いい肴も出来たしちょっと付き合いなよ」

「構わないけど小町の奢りね」

 

「お、幽霊らしく人に(たか)るってかい?」

「取り憑いてきたのは小町でしょ、それにもう直稼ぎ時なんだからいいじゃない」

 

「一律一回六文で、儲からない商売なんだけどねぇ」

「なら数をこなしなさいよ。それで丸く収まるわ。ついでに上司も部下が働いて嬉しい、小町も潤って嬉しい、あたしも奢ってもらえて嬉しい。なべて世は事も無しってなるわ」

 

「事があろうがなかろうが、あたいに払う連中はあの世行きで無関係だっての‥‥仕事中に聞いてたら聞き逃せないが、あたいの耳も休憩中だし、奢りでいいから行くよ」

 

 堂々とサボるマイスターに結構な皮肉を言ってみても解かれない肩、この感じからすれば監視してないってのも強ち嘘ではなさそうだ、これがお仕事中で監視中だってのなら何かしら用事を作っていなくなっているだろう。そうはせず、人の事をとっ捕まえたまま竹林までの距離を操る死神小町、そのままいつもの屋台に向かってみればまたも営業準備中で、さっさと開店してくれと二人で手伝い女将を追い立てた。

 準備にかかる手間を省き、ある意味で距離を操りつつ、本来の営業時間の枠から逸れた頃合いから二人並んで酒盛りを始めた‥‥までは良かったが、すぐに背に感じるようになった重たい感覚。

 そこからは当然の流れで、ペシンゴスンと鳴るあたしと小町の頭。

 元祖がきゃんと鳴いた横でいつかの異変の時と同じく、あたしもキャンと鳴かされた。頭が凹むんじゃないかという勢いで振り下ろされた閻魔様の折檻棒。その音と痛みから多少積んだところでやはり変わらんと実感出来て嬉しく、涙目のまま僅かに微笑んでみたが‥‥そのせいで先に始まるあたしのお説教、誘われついてきただけなのに何故こうなるのか?

 ナントカなあたしにはわからなかった。




ようやく出せた虹川三姉妹。

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