東方狸囃子   作:ほりごたつ

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EX その33 永遠の三下

 噂をすればなんとやら。

 方方を眺め、妖怪のお山を散策していたら不意に見つけた天邪鬼。

 見つけた場所は天狗の集落近郊の外れ、お山の中道を逸れた陰りのある辺り。陰りというかまんま影か、今は住むものがいない洞穴だもの。大昔、地底で盃を煽る豊満な蟒蛇(うわばみ)姐さんや、幻想郷のアチラコチラに広がっている慎ましやかな蟒蛇幼女が根城としていた頃の住居、その入り口に消えていくところを不意に見かけた。ただの穴蔵だが一応住居と考えておこう、でないと後で話題にでもした時に、嘘を語ってしまいそうだ。

 あの連中に成りきれないとか言われているから居場所くらいはそれらしくしたりするだろうか、そんな事を思いついてなんとなく向かった場所で、いると考えて覗いて見たわけじゃない、だからいると思っていなかった。天邪鬼らしくいないと思う場所にいる、それを体現している姿を見られてほんの少しだけ可笑しく感じ、一人笑んでの二人行脚‥‥実際歩いてるのはあたしだけだが、まぁ、それはそれとて。

 

 鬼さんどちら、音鳴るほうへ。

 そんな拍子を靴から鳴らし、辺りを眺め、たらたら進む穴の中ってのが今現在。

 ちなみに、くしゃみ姫にはまだ教えていない。見かけたような気がすると洞穴に潜る為の言い訳は言ったが、あいつの姿を見つけたと教えてはいないし、逃がさないように追ってもいない。足早に追いかける理由もそれほどないからだ。そりゃあそうだ、この穴蔵はあたしが以前押し込められた穴で、最後には天狗の集落に通じている場所なのだ。

 壊されていない、大事にしまわれて山の何処かにある、そう思われているだろう正邪の贋作打出の小槌。あたし達が破壊したアレを探してソレらしい場所に潜り込んだのだろうが、確証もなしに(こじ)虎子のいない虎穴に自ら入るとは、やっぱりあいつも後先考えない奴だなと思えた。

 

「静かなとこだね」

「昔はそうでもなかったけどそうね、住人()が引っ込んでからは静かになったわ」

 

「あの鬼がいた頃の話かぁ、どれ位前の話?」

「さぁ、千年くらいじゃない? 覚えてないわ」

 

 洞窟内で声を響かせながらの会話、あっちこっちに反響して、二人だというのに大勢いそうな風合いに聞こえる姦し娘の与太話。下手すればあの天邪鬼に聞こえてしまいそうなものだが、あたしはこれを逸しはしなかった。変に逸らして姫に気が付かれればこの先にアイツがいると教えているような物で、それはマズイと、それならば敢えてアイツにも聞こえるように、声は逸らさず自然に任せていた。感付く注意力とか、そう考える意識を逸らせばなんちゃないが、ご主人様に向かってそれは出来ないだろう、そうであろう。

 と、ここまで来ていながら意地が悪いと思わなくもないが、地底での会話から二人が素直に顔を合わせてもきっと‥‥なんて考えてしまって、今会ってもらうわけにはと、少しだけ躊躇した結果が今のありのままの状態ってやつだ。

 

「雑な記憶力ね‥‥まぁいいや。さっきの檻とか、最近使ったような感じだったけど、ホントに誰もいないの?」

「雑ってのは傷つくわ。都合がいいとか、もう少しマシな言い方で言ってほしいわ。誰かもいないってのは確かよ、あの檻に入れられてた人が言うんだから間違いないわ」

 

「‥‥何したの?」

「ここの天狗と一緒になってちょっと火遊びをね、それだけよ」

 

 正邪を追いかけていた頃あたしが連れ込まれた穴蔵の牢屋。大昔は食事用の者達を攫っては閉じ込めていた場所。そこを過ぎ、横目にしながらの質問にそれっぽく返していく。

 実際に意地悪をした相手は正邪とあの大天狗だったが、結果的には天魔の邪魔をしていたわけだし、今の物言いも嘘って事にはならないはずだ‥‥そう思って意地悪と可愛く言ってやったのに、姫の視線はちっとも可愛くない。例えるならそう、ここにいた連中が引き篭もる先を管理してるアイツ、あのような目で見てくる姫。 

 

「なんでそんな目で見てくるのよ?」

「いや、どこにでも顔出してどこでもやる事変わらないんだなって思って」

 

「そうでもないわ、これで弁える事もあるのよ?」

「本当にぃ?」

 

「これも本当、禁煙だというのならそこでは吸わないし、入っちゃダメというのなら、そこからは入らないわ」

 

 これも嘘ではない、外の世界の資料館では建物の外に出るまで吸わなかったし、立入禁止の札がある地底への大穴も札のある場所からは入らず、その脇から降るようにしている。

 本来なら反論にもならない屁理屈だが、説法を説くような徳の高い人間がこの橋渡るべからずと言われ、橋のど真ん中を堂々と渡る事もあるのだから、徳も何もないあたしがそうしたところで何も問題ないはずだ。あの僧侶も実際は破戒僧だったと聞くし、人が猫を被るのだから、化け物が化け物の皮を被っているあたしの方がまだマシというものだ。

 バレたら狸らしく皮を剥がされれば済む話でもあるしね。

 そうやってテキトーに屁理屈こねて返してみると、何か納得したのか、被るお椀を前後させる針の姫。迎えに行った際の思い込みの激しさを再度見せてくれて、やっぱりこいつは可愛らしい。

 

「でもさ、ここならいても不思議じゃないって思わない?」

「今は誰もいないから?」

 

「そう! 正邪が逃げるならこういうところって気がするのよ!」

「いい考え方だと思うけど、そう思っているうちは会えない気がするわ」

 

「私が会いたいと思っているからでしょ!‥‥それが、今はそこまで強く思ってないのよ?」

「あら、もういいの? 泣いてまで想った相手でしょ?」

 

 これはまた随分な、空の見えない洞窟の中で青天の霹靂みたいな事を言ってくれるお姫様だ。追いかけっこの最中に正邪を一人にしたくないと泣き腫らした針妙丸がこんな事を口にするとは思いもしなかった、ここに来て心変わりとは‥‥何かそうなる事でもあったか?

 ずっと一緒に動いている気がするが、別れた時は‥‥あの店くらいか?

 あの時にいたのは、ふむ、嫉妬心でもどうにかされて飽きたのだろうか?

 いや、妬み嫉みを操ってどうにかなる想いだとは思えないな、ならなんだ?

 

「そんな、真剣に悩むほど?」

「これでも真面目に考えてたのよ、それを崩されては真剣にもなるでしょう?」

 

 人の揉み上げ摘んでくれて、そのまま悩み顔を見てくる姫。あたしの真顔をがそんなに珍しいのかってくらいに見てくれるが、まぁ珍しいだろうな。自分でも感じるくらいに真剣な顔で、思わず笑えてしまいそうなほどだ。それでも、ここで笑えば空気が乱れる、口調こそ朗らかだが話される内容は大真面目な事だ、それなら今の顔のほうが似合いだろうし、もう少し真顔で耐える。

 

「あのさ、その気持ちは嬉しいけどさ‥‥無事だってのは分かったから、もうそれでいいのかなって思い始めただけよ?」

 

 ニコリと笑って嬉しいなどと、これもまた思いがけない言葉だ。今のあたしはどうにか遠ざけようと考えている、言わば姫の想っていた気持ちとは真逆の事を考えているわけで、そんなやつに笑いかけて、嬉しいなど言われるとは、言ってくれるとは思っていなかったわけで。

 これはいかんな、自然と表情が緩む。

 

「無事って‥‥椛の言ってたあれね、つっかけしか見えてないと言ってたけど、足だけで判断していいの?」

 

 笑みを見られ割りと本気で気恥ずかしい、それを誤魔化すようにぱっと思いついた姫の理由ってのを述べてみるが、明るく微笑んだまま見上げそうじゃないわと否定される。

 これじゃないなら後はなんだ?

 ダメだな、照れが勝って頭が回らない。痒くもないのに頭を掻く、わざとらしく左手上げて左肩にいる姫を視界から消してポリポリとしてみると、耳の辺りでチャラチャラとなるあたしの枷。

 どうにか自分を誤魔化す、話し相手がいるというのに、そういった思考をして、それに囚われているからって今は鳴るな、気が逸れてしまって集中できん。

 

「アヤメには言ってなかったけどさ、今朝ちょっとだけ聞けたの。着物預けた店の人がお代はもらってるって、鬼っぽいのが一緒に払っていったって」

 

 着物を預けた時に聞いたのか、受け取りに行った時に聞いたのか、そこはわからないし追求するところでもないからいいが、そんな話をしていたのならあたしの耳にも入りそうなものだが‥‥その時は怪力乱神の事を考えていたし、よくわからない力にでも邪魔されてあたしの耳に届かなかったって感じかね?

 都合がいい考えだがまぁいいか、姫がそう話すのならきっとそうなのだろうし、そうだったほうがきっと良い。

 

「袖を落とした私の着物見て嫌な顔をする鬼っぽいのって、地底にいる?」

「いるかも‥‥いえ、いないわね。いないって事で納得してあげるわ」

 

「何その言い方、人が真面目に話してるってのに」

「あたしに真面目さを求めるほうが間違ってるのよ」

 

 言い切ると数秒考えた後、それもそうかとまた独りでに納得してくれる姫。

 耳の近くで大きな声を出してくれてからに、唯でさえ響き渡る洞窟の中なのだ、奥の方まで聞こえてしまって、きっとあたし以外のやつにもその声は聞こえているぞ?

 そう思った頃遠くでカランと鳴る、軽めの木が硬い何かに触れて鳴るような、洞窟内を動く誰かの足音に思える音がした。

 

「何の音?」

「天狗の下駄でしょ、もうすぐ出口も近いし。ここを出ると‥‥」

「儂等の住まう地よ。堂々と話してくれおって、相変わらずじゃな、古狸」

 

 姫と語らい歩き進むと暗がりに差す光が見える、アレを過ぎれば天狗の巣、そう言い切る前にその地の住人から声を掛けられた。本当に、今日は思いがけないことが多い。特に逸しちゃいないし誰かしらに会うとは思っていたが、一番面倒くさいのが出てきてしまった。

 見た目通りの嗄れ声で語る天狗、お山の天辺の天辺であるエロジジイとここで会うとは。暗がりで会う男ならもっとこう、好ましい奴のがいいのだけれど‥‥破戒僧の話なんて思い出すんじゃなかったと、天狗大僧正を睨みつつ思う。

 

「誰!?」

「天魔様よ、このお山の現大将、天狗の総大将って烏様。俗に言うお邪魔虫ってやつよ」

「どの口でほざきおるのか、ここを騒がし邪魔をしているのは誰かのう?」

 

「それは‥‥」

「あたし達じゃないって事は確かね、別のお邪魔虫でしょうよ」

「でしょう? わかっておるのに白々しいのう。人手不足といえど出張ってみるもんではないな、またここでお前様と会うとは思いもせなんだわ」

 

 説明すると笑みを消し凛々しい眼差しとなるお姫様、涼やかな顔も可愛いなと横目に見つつ前も見る。文といいこいつといい、何故にこうも厄介な相手ばかり続くのか、厄介な相手を追いかけているのだから道中くらいは楽させてくれ。

 などと言いそうになった愚痴を飲み込み、代わりに別の言葉を吐く。ぶっかける相手は当然セクハラ爺‥‥いや、吐きかけると思い直そう、こいつの性根に合わせてやる必要はない。

 

「あたしもよ、てっきり風邪引いて鼻でも垂らしていると思ってたのに、読みが外れたわ」

「別のをたらし慣れておるのでな、この程度の流行病など患わん」

 

「姫の前で下品な事を言わないでほしいわね」

「何と勘違いをしておるのかのぅ? 儂がたらしとるのは女じゃ、邪推するお前様の方こそ痴女ではないかの?」

 

 立場を笠に着て若い娘にセクハラしかしないエロジジイがどの口で痴女など言ってくれるのか、そう反論してやりたいが言ったところで時間の無駄だ、それに言い返せば認めたようでそれは癪だ、だからもう相手にしない。

 何も言わずに横を過ぎる、過ぎようとした瞬間に手を伸ばされるがソレは逸らす。発動が少し遅かったせいかあたしの長着と爺の着物の袖が触れるが、こいつに縁なんぞ感じたくはないな。

 

「手も取らせんとは、つれない女じゃのぅ」

「か細い(おうな)は触り心地が悪い、そう言ったのは何処の小僧っ子だったかしら?」

 

 自分から嫗と言うのには非常に抵抗がある、この爺じゃないがあたしも未だ現役で見た目だけなら可愛い少女、のはずだがコイツ相手に偽ったところで意味が無い。それなら年齢通りに上から目線でからかってあげよう、酒の席で勇儀姐さんにひん剥かれ全部見せたコイツ、体に似合ったモノまでさらけ出し、そのまま泣きついてきたコイツを小馬鹿にするなら、あやしてやったお姉さんとして言った方が楽だ。

 

「本当に口の減らぬ媼じゃ、やはり好かん‥‥どこぞの痴れ者なら集落から参道を抜ける頃合いだろうよ、捕まえるならさっさと行け。そしてそのまま山から去れ」

「自分からネタバラシなんて何の冗談? やっぱり病気なんじゃないの?」

 

「フンッ慣れぬ心配なぞするな、鳥肌が立つわ。安寧を願ってと話した心に嘘などない、病に伏せる者が多い今、少しでも早く静寂を取り戻したいと思うておるだけよ」

 

 誰がどの口で減らず口を叩くのか、鳥肌などと言う烏に向かってその部分を突いてやってもいいがそうしてはあげない。こいつの事だ、儂のは嘴だとかい言い返してくるに決まっている。

 それでも言い返さないのは面白くない、口だけで生きていた古狸が嘴を一丁前の髭で隠している鴉なんぞに負けるてやるわけにはいかない。それでも初見だろう姫もいるから、こいつの立場を考えてエロジジイとは言わずにいてやっているのだし、立つ瀬は流さずにどうにか別の部分でその鼻を折るとしよう。

 安寧と言いながら見逃しているわざらしい部分を小突いてもいいが、そこはあからさまな突きどころ過ぎて面白くはないし、そっちは正邪の華奢な体つきが好みじゃなかったから手を出さなかったんだと断定しておこう。他に突くなら‥‥そうだな、も鳥肌が立ったのだろうし、その辺から突いていくかね。

 

「鳥肌なんて、寒いの? やっぱり病気なんでしょ? なら大人しく寝ていたらいいのに。静寂ってのも、昔なら自分から騒いでいたのに、立場を得るというのも大変そうね。先を考えるならいっその事代替わりも案じたら? 耄碌してからじゃ遅いわ」

「よう言うわ……体が弱れば心も弱る、齢を重ねたからか、そう感じる事も増えてきてな。それに、また手遅れになるのは勘弁願いたいからのう」

 

 弱るほど軟な性格をしていないだろうに、嘴持ちのくせに突かれるのは弱いのかこいつ。それもそうか、同姓には硬い言葉と拳を向けて、若い雌に対しては優しく、尻やら乳やらを撫で回すのが大好きという輩だしな、突かれる事に慣れちゃいないだろうさ。

 いつだったか記者二人をとっ捕まえてからかい半分に聞いてみた事があった、長の手にかかった身内はいるのかと。結果結構な数の女が撫でられたり突かれたりしてるってのは分かったが‥‥確かこいつには連れ合いがいたはずだ、この爺を尻に敷く大した女だったけれど、そういやいつからか姿を見ないな。

 またってのはそういう事か?

 こいつもそうだがあっちも一応旧知だ、そうだというのなら墓参りの一つくらいはしてやりたいし‥‥聞いてみるか、デリケートな部分だが、こいつが自分から言い出したのだし、そこもあたしに突かれてもいい部分なのだろう?

 

「また‥‥ね。そういえば見ないわね?」

「もうおらん、お山に還って久しいわ」

 

 すっとぼけた顔をしてそう聞いてみれば、久しく見なかった瞳が拝めた。睨むというものではない、別のモノを強く秘めた男の目、歳を重ねたからか、冬場の澄んだ空色には若干白い雲も見えるが、曇空にも曇らない気持ちをその瞳に見てしまった。若いのを追い掛け回して揉みしだいては嗤って、それでも手篭めにするほどは責め立てない中途半端なエロジジイだと思っていたが、気持ちだけは未だにあれにあって一途だってか?

 本来の意味で妬ましいが、それでもまぁいいか、古い知り合いの悪くない部分を見られたし、口を挟んできそうな姫の顔を抑えるのにも飽いてきた。そろそろ別れの捨て台詞を伝えて先に向かうとしようか、あれを見失っては元も子もない。

 

「いつ?‥‥って、やっぱりいいわ、今聞いても遅いわね。山に還ったならその辺にもいるのだろうし、手が空いたら拝んであげるわ。手を合わせてもらうのも案外嬉しいものよ」

「嬉しいなどと、死んでも憚りおる輩が言いよるわ‥‥もう行け。お前様と会っているところを誰ぞ見られれば面倒だ」

 

 はいはいと、右手と袖を揺らして横を抜ける。これで袖でも振り合わせればこいつともっと長話をしそうに思えた為、少し大袈裟に離れて通り過ぎる。完全に背中合わせになった頃、そこらに転がる路傍の石を、爺の足元目掛けてわざとらしく蹴飛ばしてやった。

 穴蔵の中なら当然ある石っころ、わざわざ視界に入るように飛ばしたからか小憎らしい顔でそれに足を伸ばす爺、高めの一本下駄がそれを踏もうかという頃に不意打ちで逸らしてやった。踏むに踏めず躓くようによろめいた天魔の下駄音が響く。躓く石も縁の端と思ってこちらから引いてやったのだから、これくらいの悪戯はいいだろうと薄く嗤い、差し込む薄明かりの方へと歩みを進めた。

 

 洞穴を抜けると、そこは天狗の集落でした。言われているし見知ってもいるから当然過ぎてなんの感動もない。それでも肩の姫は違うようだ、抜けた先の集落を眺め、ここの何処かに正邪がいるのかと瞳に真剣さを見せて、先の白狼天狗のような目つきで辺りを見回している。穴の中で言っていた事と矛盾するようだが実際はそんなもんだろうさ、無事な姿を『聞けて』安心したのなら、次は元気な姿を『見たい』となるのが心情ってやつだ。

 それならばと能力を行使して、全てを逸し路傍の石となる。後は飽きるまで眺めるなり、先に行こうと促すなりしてくれと、外に出たついでに一服をしつつちょいと話す。

 

「多分ここにはいないわよ」

「もう参道って辺りにいるんでしょ、わかってる。でも、正邪なら引き返して来てもおかしくないとも思うの」

 

「そうね、よくわかってるわね‥‥そこまで理解してやれるならアイツの言った『悪い』の意味もわかってるんじゃないの?」

 

 ポツリと言ってみると動かしていた頭を止める姫。普段なら嘲笑う為の嫌味として言うような物言いだが、ちょっとだけ真面目さを匂わせて口にしたからか、そのように聞いて考える素振りを見せてくれた。実際は考えておらず既に答えは決まっていそうだが、問いに対して思考する姿を見せてくれるのだ、そうやって理解しようとしてくれる姿というのは悪くない‥‥そうは思わないだろうか、正邪。あの爺は参道を抜けると思っていた、けれど姫はそれをひっくり返してこちらに戻ってきていると読んだ。どちらが良き理解者なのかは既にわかっているのだから、あの謀反好きが今何処にいて、何を見ているのかも見当がつく。

 いるだろう辺り、穴蔵の出口が見える集落の端を睨み姫からの返答を待つ。

 

「わかった事にしたの、考え方なんてそれぞれって言われたし。だからもう、いいの」

「随分優しいのね、延々騙される事もあるかもしれないわよ?」

 

「いいのよ、それでも。正邪は異変の最中に姿を消したんだもん、あの後も最後まで姿を見せなかったし‥‥多分正邪の中ではあの異変は終わってないんだわ」

「終わっていないか、そうかもしれないわね。宴会の場で酒に流しても、謝ってもいないわけだし。それならどうするのよ?」

 

「終わってないなら私達は共犯者のままって事でしょ、て事は一番近くにいてあげられる仲間って事なのよ、だからキチンと終らせてあげる! 裏切られたんだから私だって裏切ってやるわ!」

「そう、いい覚悟だわ。あいつに聞かせてやりたいわね、キチンと、正面から」

 

 静々と語り凛とした姿勢を見せるお姫様、普段であれば可愛らしいとしか思えない小さな姫だけれど、今は違う。いつぞや正邪に撃ち落とされた時にも感じた格好良さ、気を失っても小槌を手放さなかった矜持の見られる今の言葉を、今度は面と向かって真正面から聞かせてやれ。

 煙管に多めの葉を詰める、そうして吸わずに盛大に吹かす。モヤモヤと漂わせ、そこいらに這い寄らせた。センサー兼トラップをばら撒いてから能力を行使した。あの布に包まれて姿が見えないのは粋じゃない、そう考えてソレを逸らす。アイツが強く握りしめているから逸らせない、そんな事はない。強く握っているからこそ、そうしたい意識が強く出るはずだ、手放したくないものを思う意識を逸し、そこら中に向けて放つ。

 そうするだけではらりと落ちる隠れ蓑、に見えるは矢印柄のワンピース。

 

「正邪!!?」

 

 あたしよりも早く声を発した針妙丸、その声と同時に飛び上がる正邪の動き、方向を逸らす。天邪鬼のくせに真っ直ぐに逃げたい、そう思っていたのか、地霊殿でのあたしのようにこちら側に向かって飛んでくる逆徒。

 途中であたしの仕業だと気が付いたようだがもう遅い、あたしの煙は既にお前を捉えた。あからさまに憎いと顔に書いてくれるがお前が悪いんだぞ、あたしはやる時だけはやるとこの口でお前に伝えている。

 拳を握ると集まる煙、姫がようやく見つけた相手を少しキツメに握っていると肩から飛び立つ針妙丸。真っ直ぐに飛び進み、そのまま正邪に突進かました‥‥そのタイミングで縛鎖を解く、自身の手で捕らえたのなら横槍はもういらんだろう。あたしも含め全てを逸らしてやるから、後は二人でお好きにどうぞ。

 

「正邪!」

「……なんだ、こんな所まで追いかけて来やがって! 騙してやったお礼参りにでも来たか!? このまま天狗に突き出せばそれも出来るな!」

 

「突き出すなんて! 私は‥‥」

「煩いよ! 黙れよ! お前と話す事なんてない! 聞く耳も、語る舌もないな!!」

 

 ひっつく姫に真っ向から口悪く言うが、今日は随分と素直だな。

 黙るな、もっと大きな声で話してくれ。聞く耳も用意するし語らうための舌も準備するから、そのようにしかあたしには聞こえない。そう感じるのは姫も同じなのだろう、正邪の胸元で揺れる逆さまリボンにくっついて離れない、振り払われているが以前のようには剥がされない針妙丸。

 

「くっつくなよ! 今更寄って来やがってなんだってんだ! 一度は襲ってきやがったくせに、今更何をしようってんだよ!!」

 

 白黒混じりの髪を振り乱し、天邪鬼が離れてくれるな、来るのが遅いと、目にも耳にも騒がしいが、騒ぐだけ。まぁそうか、距離を置いてほしくないと言うくらいだし、これで当然か。

 引き剥がせないと悟ったのか、振り払うことはやめて顔だけを背けるようになったが、そうやって真っ直ぐ見ないのもひっくり返した結果だろう?

 姫に対しては本当に素直で愛らしいな、ん?

 ……あたしに対してもこんな感じか?

 いやいや、ここまで素直さを見せて話してはくれないな。あたしに対して言う時はもっと小憎らしい感じばっかりで、まるで誰かを見ているような気分になる‥‥が、それもいいか、地底で反逆仲間だと思い込んだばかりだし、白メッシュ仲間ってのにも気がついたし。

 場にそぐわない緩んだ顔で新たな共通点を眺めていると、あちらはあちらで場にそぐわない顔、姫に向かってこれ以上ないくらいに小憎らしい顔をし始めた鬼人正邪。いや、そぐわない事もないな、あれを逆さまにすればいいのだから。

 素直だがわかりにくいとか、複雑で読むのが手間で面倒臭い。

 

「あれは‥‥あぁしないと正邪を止められないって思ったから!」

「止めるだぁ!? 反逆者を止めてどうしようってんだよ! そうか、八雲に突き出して、褒美ってのをもらうつもりだったか!? そうだよな、私のせいで小さくなったんだ! 私を使って力を取り戻してやろうって思うよな!!」

 

 一段と大きな声で響く正邪の反論、言われた内容から少しだけリボンの皺を薄くする姫‥‥だったが、すぐに先程よりも強い力で握り返した。細い針だというのに折れない力強さ、それを見せる輝く針のお姫様にあたしも正邪も視線を奪われた。

 

「あれは正邪の仕業じゃないわ」

「あん? 騙してやった結果だ‥‥」

 

「私達の仕業よ、正邪は私を連れ出して使い方を教えてくれた、私はそれが嬉しくて、だから小槌を使ったの! 自分の意思で小槌を振るって、その結果があの姿であの異変よ‥‥だから!」

「そうかよ、ただの自爆だって言いたいのかよ! だったらなんだ! それこそ私は無関係って事になるんじゃないか?! なら出てくんなよ! もう、放っておけよ! 一人にしてくれよ」

 

 だからに続く言葉は言わせずに自分の言いたい事だけをのたまう、自爆ではない私のせいだと、関係を切ってほしくないと、一人にしてほしくはないと。稀代の反逆者が随分と女々しい言い分に聞こえる‥‥が、気持ちがわかるから何も言えんね。

 一人を楽しむと言った事があるあたしだが、実際は誰かしらに会いに行ってそこで構ってもらってばかりだ。一人は寂しい、それを知っているし、雷鼓が来てからというものそれを実感する事も増えた。あの世話焼き兎詐欺にも先日そこをつつかれたし、自覚も‥‥なくもない。人の振り見て我が振りを鑑みれば、軽快な音が響く。意識を今に戻して見ると、頬をその舌と同じ色合いに染めた天邪鬼、姫は右手を振りぬいた形。

 

「なにしやが‥‥」

「黙って! 聞いてよ、ひっくり返してもいいからこれだけは聞いて‥‥」

 

「……なんだよ」

「許すとか許さないとかもういいの、もういいのよ」

 

 もういい、か。なかなか上手い事を言うものだ。何がもういいのか、それがわからないなら返しようもない。許すとか許さないとか明確に返せる言葉は使わずにただ許容するとだけ伝える針妙丸、やっぱり器が大きいな、このお姫様は。

 

「だからさ、正邪も、もういいって事にしよう? お互い失敗したって、笑ってお終いにしようよ」

「何がもういいんだよ‥‥下克上は失敗した、ひっくり返す事は出来なかったんだ。目の敵にだけされて追い回されて、小馬鹿にされて‥‥そうして反逆者として追われる事もなくなったんだ、私にはもう反逆者としての立場もない。一人の小物で、ただの雑魚だ‥‥」

「それで十分じゃないの? 出てきてもやられるだけの三下、煙たがられる小悪党、それでいいでしょうに」

 

 眺めているだけのつもりだったが思わず口が動いた、三下の小悪党で何が悪いのか、そのものズバリな自分としてはそれを否定にされるのは少し違うと感じたからついつい口が動いてしまった。

 折角逸らして混ざらずにいたのに、これでは自爆したのはあたしだ。が、いいか、既に混ざってしまったし横槍も入れてしまった。ならテキトーに誤魔化そう、そうするのが小悪党らしいと思えるし。

 

「あ゛!? どういう意味だ!」

「そのままの意味よ、何かを起こしては退治され、それでも懲りずにまたやらかす。そう出来るのは三流のやられ役だけ、一発屋の大物には出来ないわ」

 

「何が言いたいんだよ‥‥また無様に負けろってのか!? 這い蹲って恥を晒せってのかよ!?」

「そうよ、それでこそ悪者でしょう? 前にも言ったわ、悪は悪らしくって。小悪党なら小悪党らしく、諦めの悪さに磨きをかけて意地を通してみせなさい」

 

「また屁理屈こねやがって! それが出来るのは‥‥」

「強者ではないわ。今の幻想郷で、今の弾幕ごっこなら誰でも出来る事でしょう?」

 

 いかん、話し始めたら止まれない。ちょっとだけ横槍の先を見せるつもりが、主題である姫を弾き飛ばしてダラダラ語ってしまった。けれどもこれでいいのか、聞いていた針妙丸も少しだけ微笑んでくれたし、正邪も何やら理解するような素振りを見せ始めた。

 いつもなら見える眉間の縦線二本が今日は薄い、睨んでいないと愛くるしい顔にしか見えないのだからそんな顔をするなよ、あたしを見るお前の顔はそれではないだろうに、そんな可愛い顔のままでいるとまた味見するぞ?

 それは嫌だろう?

 あたし個人としては好ましいが‥‥姫に見られているし、告げ口でもされると困るんだぞ?

 少し気恥ずかしい気もするので普段の顔を取り戻してもらおう、つつくならなんだろうか?

 やっぱり針か? 話の本筋で主役なのだから。ふむ、終らせると言っていたし、それも混ぜ込みつつ形だけでもそうしておくか、丁度良いのも手持ちにある。

 

「次に何かするならまた誘いなさいな、その時は話にノってあげるかもしれないわ」

「かもってのはなんだよ? また棒に振るってのか?」

「楽しそうなら乗るって事だと思うけど、違う?」

 

「姫が正解ね、正邪はもうちょっと理解力を鍛えるべきだわ」

「あ゛! 誰がおま‥‥」

 

 姫を使って釣り上げて、軽口吐いていつもの調子、そうしてリズムを頂いて、それにノせるは愛用徳利。チャポンと鳴らして視界に入れて栓を外してそれを煽る、くぴっと鳴らして呑んでから正邪に向かって差し出してみた。

 

「なんのつもりだよ、お前と酒を飲み交わすなんて‥‥」

「相手を知るのに手っ取り早いのは素を視る事でしょう? 酒でも入れば素も出るわ、その気があるなら一献どう? 姫も一緒にね」

 

 正邪を横目に手を伸ばし、姫のお碗を引っぺがす、少しだけ注いで一度回し綺麗に清めてから再度注ぐ。自分の頭といえどもさすがに脱ぎたてホヤホヤはあれだろう、そういった気遣いをして見せ、手渡す。特に迷いなく受け取ってくれる姫、そうして正邪にウインクかまして徳利を突き出した。あたしと飲み交わしたくないなら姫としとけ、そんな風に見えるように、意外と気遣いも世話焼きも出来ますよと、酔ってもいない、素でもない気がする状態で促す。

 少し戸惑いは見せたが徳利をひったくり、姫より先に煽った正邪。普段から煽り慣れているからか意外といける口らしく、徳利に口をつけると数度喉を鳴らしてくれた。後は姫が飲み干せば、と考えている間に綺麗に空けたようだ、想い人と呑む酒だし、味も格別で喉の通りがいいってか。コイツもコイツで妬ましいな。

 なんて妬みを覚えつつ微かに微笑む姫を眺めていると突き返される白徳利、後はこれを‥‥ 

 

「おい!!‥‥おま!! おい!!!」

 

 徳利の口をペロリと舐め、もう一つを味わってから酒を含むと騒がれた。

 眉間に皺寄せいつもの顔で姦しくしてくれる天邪鬼、その顔が見たかった。やるとマズイ、見られるとマズイ、そう考えている事をするだけで普段通りになってくれるとか、やっぱり素直なのかこいつ?

 捻くれ者の思考はよくわからない。

 

「なに?」

「地底でもそうだったが、お前……そういう目で‥‥」

 

「見てほしいならそうするわ、二枚舌が楽しみってのは(あなが)ち嘘でもないのよ?」

「おま……ちょっと合わせてやればつけあがりやがって‥‥ホント、気に入らないな!」

 

 言い切ると逃げるように飛び立つ天邪鬼、少し浮いて振り返った。そこからどうしてくれるのかはわかる為左手を正邪に向ける‥‥と、同じく姫も手の甲を向けた。そうしてあたしより先に中指立てて小さな舌を出すお姫様。これで同じように中指でも立ててやれば良い流れになりそうだが、ここでそうしないのが厄介者って奴だろう。姫に向かってお返しの決めポーズが決まるのを眺めた後、正邪に向かって親指立てて逆さまに落としてみせる、形に少しの違いはあるがこれだって意味合いは一緒だ。

 挨拶代わりの煽りが済むと、あたしに向かい舌打ちし例の布を纏い消えていく小悪党。あれだけ想った奴に会えたのにこのまま別れていいのか、とも思うが、姫は追わないしこれでいいのだろう。それに、あいつらしくひっくり返せば遠けりゃ遠いほど近いって事になるんだろうさ、苦しすぎる発想だが、これも返して楽しい発想としておこう。

 しかしなんだ、考えていたシナリオとは随分と違う出会いと別れだった。けれど、これも脚本をひっくり返されたとでも思っておくとしよう、何やら返されてばかりだが、そうして見た方がきっと面白いのだから致し方あるまい。

 

「ねぇ‥‥ありがと」

「今回は感謝される覚えがないわ、あたしの我儘に付き合ってもらったんだし」

 

「それじゃなくて、さっきの。あれって宴会のつもりでしょ?」

 

 感動的、でもないな。らしい別れを済ませたからか、先ほどまでの真剣さをひっくり返し、普段らしさを取り戻した姫があたしの悪戯を突いてくる。ただの立ち飲み、それも一度徳利煽っただけで酒宴の席とは言えないものだったけれど、後で隙間に突かれでもした時には『酒で水に流した』と言い訳としてこじつけられる。そんな名目の悪戯だったが、気が付くとは目敏いな、妬ましくて好ましいお姫様だ。

 それでも否定はしておこう、世話を焼いたと知られればまたお節介だの世話焼きだの言われてしまいそうで、そうなればきっと、もっと恥ずかしく感じるのだろうし。

 で、ここで言うならなんだろうか?

 大元の話でも振れば誤魔化せるか?

 

「違うの? 酒で水に流せばそれでお終い、霊夢は私にそう言ったよ?」

「違うわ。あの天狗にしろ、正邪相手にしろ、少し話し過ぎた気がするから舌を濡らしただけよ」

 

「私も、正邪にまで呑ませてもそう言うの?」

「言うわ、あんたらはついでよ」

 

「あっそ‥‥それでも、ありがと」

 

 指定席である肩には戻らず、正面に浮かんだままで頭を下げる針の姫。被っているお碗が落ちるんじゃないかってくらいの礼だが、そうされても今回は困る、此度の宝探しは言った通りあたしの我儘って(てい)だ。

 だというのに感謝などされてしまってはある意味で立つ瀬がなくなってしまうが‥‥それもいいのか、爺相手には気を張ってみせたが、(あるじ)役にまで気を張る必要もないだろうし、偶には素直な謝辞をもらうのも悪くはないけれども……

 

「それとさ、聞いていい?」

「なに? 答えられる事であれば答えてあげるわ」

 

「地底でってどういう事? 『でも』ってのは、あっちで会ってたって事よね? なんで黙ってたの?」

 

 言われると思った、というかバラすつもりであぁしてやった。

 姫の付き人役としての心情、出来れば嘘偽りは少なめにしておきたいという思いは未だ携えたままだ、それに黙っていた事に対してはちょっとした悪かったかなとも思う。言うなれば懺悔に近い感覚か、探しながら遠ざけようと考えた事に対しての懺悔、誰かを見習いその心情を返して仕掛けた悪戯だったが、うまく伝わり心地よい。

 

「内緒にはしてないわ、すれ違ったって話したじゃない。『誰が』って部分を端折っただけよ」

「また誤魔化して……じゃあもう言わない、代わりに私も端折って伝えるわ」

 

 うむ、心地良いのは先の一瞬だけだったな、テキトーにはぐらかしてからかうつもりが恐ろしい事を言って下さるお姫様だ。人の徳利眺めつつ省略して伝えるとあたしを脅す針の姫。やっぱりやるんじゃなかったと思わなくもないが、六日の菖蒲(あやめ)十日の菊ってことわざにも名があるあたしだ、これは致し方ない部分だろう。

 誰に? 何を? どれを?

 視線と言葉だけですぐにわかる。あんな、間接的に舐めたくらいで他の奴に手を出したとは思われないだろうが、それでも独占欲の強い太鼓様なのだ、これを聞いて良い気分になるわけがない。

 叩かれるくらいであればいくらでも引っ叩かれてやるが、泣かれると面倒でそれは非常に困る。

 自前の酒で酔うほど飲んじゃあいない、それでも悪くないと感じる相手と呑んでそれなりの酔い気分でいたというに、これでは台無しだ。どうにか言い逃れておきたいけれど、何をどう言えばもういいと思ってもらえるだろうか?  

 ダメだな、思いつかない。ならここは素直にいこう、いつかの瞑想で達したからか、諦めの境地には立たされ慣れた気もするし。

 

 浮かぶ姫にそれだけは勘弁してと、素直に乞うと笑われる。

 小憎らしい顔で、私も黙ってたからおあいこだと、冗談だと微笑まれる。

 冗談にしては質が悪い、そう感じなくもないがそこには気が付かぬ振りをした。

 酔い気分は覚めてしまったが、良い気分なのは変わらないから。

 仕立て直し既にないお端折り、それにしてやられるというのがいい皮肉で堪らないから。

 本音を言えば姫の顔、泣き顔とは真逆の顔で正邪を見送った針妙丸を見られて満足だという心もあるが、これもこれで伝えない、なんとなく気恥ずかしいから。今回のお宝探しは主役にやられてばかりの小悪党が偶にする良い事、その程度の事で、言うなれば悪者の見せる気の迷いってやつだ。騙して嘲笑う事を第一と考えていたあたしが見せた気の迷い、その最中に思いがけない形で出してしまった優しさ‥‥と、思い込んでおけば悪くはない。袖振り仲間と共に合縁奇縁の者を追う、これもまた楽しいモノと思えたのだから。




着物の袖を揺らしての鬼ごっこもこれにてお終い。
縁って漢字には、布や飾りなどの脇に垂れた端・(ふち)って意味合いもあるのだそうですよ。


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