東方狸囃子   作:ほりごたつ

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EX その32 はやりモノ

 美味しい夕餉はなんだろか、美味けりゃ褒めてマズけりゃ嗤おう、そんな企みを腹に込めて姫と二人、地霊の宿の晩餐を味わった。今日の料理長は読み通りここの主人で、普段は羽ペンを奔らせるか、愛しいペットを撫でるくらいしかしない手を振るってくれた。その手腕はいかほどかと、さとりが作ってはハシビロコウさんが運んでくれる料理を眺め考えていた。

 正直に言えば口にする前から結果だけはわかっていた、冷えても味わいに問題ない副菜数品から出始めて、それから暖かな主菜、湯気立つ白飯と御御御付(おみおつ)けといった順に出てくる料理達。順番待ちでもしていたのかなってくらいに出揃う料理からは手際の良さが感じられて、これでマズイわけはないなと見た目から既に結果を読んでいた。

 それでも何かないものか?

 食べる前はそんな事を企んでいたが、腹においしい食事が入っていくとそんな悪巧みはソレに押されて何処かへ消えた。ご馳走様とお箸を揃えて置いた後、いかがでしたかと聞いてきたさとり。

 これで意地の悪い顔でもしていればそこを突いたのだが、普段通りのじっとりとした目で聞いてきてくれてそれも言えず、素直に美味しかったと褒めた。

 褒めてもあまり変わらない表情だったが、サードアイだけ普段より薄めになってくれて、それがなにかうっすらと微笑んでいるように見えた為、出来れば白味噌よりも赤味噌か合わせの方が好ましいと、嗜好の部分で軽く突くと、素直に褒めるだけにしてくださいと窘められた。

 酸っぱいおかずなど何もない、寧ろ食材の甘みなどがわかるような淡白な味わいの料理達。書斎を出る前に、甘やかすとか、甘えるとか考えた意趣返しかなと思った頃に、そうですよと含み笑いで話された。やってくれるじゃないかと、ソレも言わずに褒めた。

 

 予想以上に美味しかったもので腹を満たし、沸き立つ温泉で心も温めた。

 身も心も朗らかとした後で姫を連れて再度外出、ちょっと出てくると伝えると、ちょっと出ようでいいと言ってくる地霊殿の主。肩に烏を腕には猫を抱いて、姿も風呂上がりの寝間着ではなく普段着でいるさとり様。言いっぷりと見た目からわかるし、それならいいかと自分も狸に姿を変えてさとりの空いた右肩に乗る。主に連れられ夜のお散歩、向かう先は鬼の巣窟。温めた後にするのなら次は満たす事だなと、来いと言われた酒場へ向かう。

 いらっしゃいと迎える鬼店主にニャ~と鳴き、よく来たと迎えてくれる鬼の大将にはカァと鳴くそれぞれ。これはあたしも鳴いとくべきかと狸らしい、犬が飼い主に甘えた時みたいな声を出す。愛らしい今の姿を見せたのも久しぶりな相手に鳴き声まで晒すと、盛大に笑われた。鳴き損だったと拗ねてみせると、お前が鳴くなら嫌味な声色でポンポコだろう、わざと鳴らすのも三味線だろうと言われ、それもそうかと思えたので頭と共に傾けていた機嫌も戻した。

 

 そうやって遊んでから少し呑んで、珍しくすぐに帰った、というか帰してくれた。針妙丸の姿と少し膨んだままのあたしのバッグから察した勇儀姐さんが、まだなら忘れる前に行けと追い出してくれてありがたかった。そうして仕立屋に着物を預け、翌日に受け取りに行った後、すぐに地霊のお宿を出立し、向かった先は妖怪のお山‥‥向かうというのか、帰るというのか、そのあたりが曖昧だが、もう一つの出入口がある神社住まいの姫からすれば、こっちは向かうでいいのかなと思い、向かった事とした。

 出てきてみればお湿り天気、お山の新緑を静かに濡らす春雨が降る空模様。一人であればしっとり濡れていい女となるのが常だが、あたしは兎も角姫の着物は濡らしたくないし、蛇の目もないしと、能力使って雨粒を逸らしていた。そんな中現れたのはいつものあの娘、白い天狗の衣装を僅かに透かして、頭巾や髪の先から水を滴らせる色っぽい女の子。頬を僅かに春色にさせる生真面目な番人と出くわし、少し立ち話をしている。

 

「……と、そういうわけだったのよ、ねぇ?」

「だからなんで‥‥もう! そういう事よ」

「あの、そう言われても……どういう事でしょうか? 地底であった事を話されても、ここに侵入していい理由には‥‥」

 

 お山に入った、戻った?

 そこはもうどちらでもいいか、大穴から出てきてすぐからこちらに向かってきた哨戒天狗、いっつも生真面目白狼天狗に事の流れをダラダラ話した後ってのが今現在だ。

 あっちでこう過ごして今ここにいる。当然正邪の事は話さずに、遊び笑った話と新しく買ったりした物、仕立て直したりした物の自慢話をメインとして話し、土産話をしたのだからちょっと通してとお願いをしているのだけれど……話を聞いても疲れたって感じしか顔に貼り付けてくれない山のテレグノシス。話を振っても乗ってこなかった姫はどうにかノッてくるようになったのだし、ソレを見習って少しはノリよくなってくれてもバチは当たらないと思うぞ。

 

「ダメ? ちょっと目を瞑ってくれればいいのよ」

 

 姫の着物を預けた時に視界に入った黒い帯、一目見て気に入りその場で買って締めたばかりの細帯。黒地に薄紫の紫陽花が描かれ、その紫陽花に留まる小さな蝶々を撫でくりつつ、椛に向かって猫なで声を叩きつける。

 

「そう言われましても。それに、今は囃子方様に付き合っていられるほど暇ではないんですよ」

 

 弄りながら話したからか、あたしの指の動きに合わせその千里眼を動かす椛が、お山の今の状況を大真面目に話してくれる。あたしに付き合うほど暇じゃないというが、普段から構ってくれる事なんてないだろうに。

 こちらから絡みに行かねば付き合ってくれないくせに、普段は真面目に対応していますと聞こえるその言い方は何かこう、引っ掛かるような気分になるな‥‥が、そこはいいか、今は構ってくれているのだし、会いたいアイツと帯の花に引っ掛けて、言葉の意味をひっくり返し、今は暇で遊んでくれると聞いてこう。

 

「それはあたし達以外にも侵入者がいるって事ね」

「はい、大穴を抜けて山へ入った誰かがいたのは見たんですが、私の目でも追えなくなってしまったんですよね」

 

 馬鹿正直に話してくれる山の警戒レーダー。部外者で侵入者候補でもあるあたし達にそれを話していいのかと思わなくもないが、身に宿す警戒心はどこかに逸れていっているらしい。千里眼を自称する椛には悪いが、あたしの能力は相手が千里であろうと万里であろうと問題なく逸れてくれる、形として見えない能力はこういう時に便利だとつくづく思う。

 が、同時にこういう時に感じる不便さもあるな、行きは全て逸らして入った為、椛にはあたし達が地底に向かった姿は見られていない。お山に入ったところを確認できていないのだからこの場にいないのが当然、だというのにいるのだから、先の侵入者とは逆で突然現れたと思われても致し方無いだろう、そういう面では些か不便だが、これくらいのが面白い。

 出る時も逸らせと言われればそれまでだろうが、この娘と話すのもここを訪れる理由の一つと考えている為、そうはしないってのもあたしの常だな‥‥今日はそれが仇となっているがまぁいい、この娘の口ぶりからすればあたし達以外にも侵入者がいるようだし、それがあたし達の追いかける相手、ここの記者のスカート柄に似た布で消えたあいつだというのもわかるし。

 

「出てきた一瞬は見えたって事でいいのかしら?」

「足元だけですね、なにかつっかけのような物が見えただけです」

「それって‥‥」

 

 肩で大きな声を出す小さなお姫様。

 何を言わんとしているかわかる、声高に言いたくなる気持ちもわからなくはない。が、今騒がれると非ぬ疑いを被る事になるからやめておけ、主人役にしている姫まで逸らしてはいないのだから、姫から言われればそう感付かれる。言わずに右手で頭を覆う、普通サイズなら唇に添えるだけでいいが、そうするにはこいつはちと小さい。なので代わりに被るお碗と手の平で顔を隠すと、何すんのと騒がしくなった。主題で騒がずこっちで騒ぐなら構わない。 

 

「お二人の言動と態度、何か知っているという事でいいんでしょうか?」

 

 さて、なんと返答したものか。

 素直に言えば大捕り物、何も言わねばお目付け役が離れない。

 今から逸らしてもいいけれど、そうすればこの娘は血眼になってあたし達を探すだろう。逸し続ければなんちゃないが一人で無理ならまた遠吠えするだろうし、そうなれば(いぬ)のおまわりさんが増えてしまう。それは困る、あたしではなくもう一方の侵入者が困ってしまい、また何処かへと逃げ去るだろう。そうなるとあたしが困る。全く、あの二枚舌に関わると帯に短し襷に長しというような事ばかり起きるな‥‥まぁそれもそれでいいか、これはこれでやり甲斐のありそうな難題だ。 

 

「返答なしですか‥‥いいでしょう、侵入者として扱います!……出ていくか、白状するか、決めてもらう」

 

 返答というか弁解に悩んでいると焦れたらしい、腰から下げた白狼の剣、抜身で持ち歩くそれを真っ直ぐに構える椛。口調まで変えてしっかりと侵入者として見てくれる千里眼、あたしにそれを向けても無駄、それがわかっていながらも、そうせねばならないのが勤め人の悲しい性か、本当に仕事に一途で妬まし‥‥くはないな、気苦労が多そうで御苦労様な事だ。

 余計な事に思考力を割き、向けられる切っ先を見つめる事数分。無言で睨み合ったままでいると、携える肩からほんの少し震える切っ先の雫が刀身へ流れ、鍔へと伝って垂れては再度溜まる。

 握る剣と同じく、乾いていればふわふわしている白髪、その前髪からも雫を垂らす狼さん。こうなると出ていくか、実力行使するかしないと梃子でも動かなくなるのがこの哨戒天狗だ、致し方なしと帯に差した煙管へ手を伸ばす‥‥が、抜いても切れないあたしの刃が抜かれる前に、姫が口火を切った。

 

「別れたけど追いかけてるのよ、邪魔しないで」

「邪魔? お山に入り込み我々の邪魔をしているのはお前達の方だ。別れたというのは共犯者だと捉えて良いか?」

 

 二人して真剣な眼差し、そういった視線はもっと好ましい雰囲気で見せるべきだとあたしは思う。今の天気に宛てがえば一つの蛇の目に二人で入り、腕を絡めてゆるゆる歩く最中だとかね。 

 いや、この二人じゃ無理な話か。サイズが違いすぎるし、椛が差すのならば蛇の目より妻折笠の方がきっと似合いだ、なんて考え込んでいると姫の顔色に陰りが見え始める。

 

「お願い‥‥いえ、お願いします。邪魔しないから、邪魔しないで」

「立ち入ること自体がそもそも邪魔だ、このまま出て行くなら目を瞑る、居座るのなら‥‥」

 

 愛刀に溜まった雫を振り払う白狼、会話をするだけで打って出ず、目に力を込めて居座るのだけというのはなんなのだろうな。言い切らないって事は伝える気がない、これ以上の問答はいらないから好きにしろとでも言ってくれるのだろうか?

 完全にない事を思いついていると、表情に眼差しで見せた以上のモノを込めた姫が椛に願う‥‥けれど、それは聞き入れられないようだ、当然だろう。彼女は職務に忠実で上から言い渡された仕事をきっちりとこなそうとしているだけだ、侵入者からの言葉など聞き入れるはずもない。

 ならどうするか、ふむ、上司を使うか。

 

「椛の上司はそうは言わなかったけど?」

 

「上司とは、どなたの事を言う‥‥いや、それ以上は聞‥‥」

「文よ、荒らさず居るだけなら目を瞑ると言ってくれたわ、嘘だと思うなら確認してきなさいな。瞑ってくれないその眼ならすぐに見つかるでしょ?」

 

 今ではなく前回の追いかけっこで語っていた事、朝っぱらから我が家に来て、朝飯食らって話していた事を勤め人に押し付ける。ソレイジョウキなんてよくわからない、キだし鬼の誰かか? まぁそれはそれでどうでもいいとして、椛が言いかけた言葉を遮り、一方的に言い分を叩きつける。真面目で忠実だというのならそこを利用するまで。二人の仲はそんなに良くないが、あの新聞記者も上司には違いないし、実力だけをみれば仕事を申し付けてきただろう大天狗よりも文のほうが上だろう、それならおいそれと無視はできないはずだ‥‥と、言い切ったおかげであたしが思い込める。言って椛がどう感じるかなど知った事ではない、この場に居座る理由を作れるのならそれでもう十分だ。

 

「確認しに行かないの?」

「いないとわかっている相手をダシに使うなど‥‥」

 

「出汁なら鴨のが好みよ、朱鷺も烏も匂いに癖があるからあたしはあまり使わないわね」

 

 いきなり何を言うのか、抑えた指のスキマから見える姫の視線がそう語るが何を言っても今はいい、ただ流れをあたし好みのものにしたいだけなのだから。お仕事モードになったこの娘は手強い、頑なで強情で‥‥いや、強固な信念があると言っておこう、真面目に働く相手を小馬鹿できるほどあたしは出来た者じゃない。

 言わずに語る姫じゃないが椛の方もほんの一瞬だけ同じような目になってくれた、それでもすぐに警戒の色を取り戻していたが。まぁいい、取り戻したってんなら一度失っているのだ、もう一度手放すように仕向けるのは容易いだろうさ。

 

「誤魔化して濁し続けるのも少しだけ悪い気がするし、真面目にお願いしてみるわ。その目、少しの間だけ瞑っていてもらえない?」

「見逃して何をするつもりなのか、内容によっては‥‥少し、考えますが‥‥」

 

 笑みも見せず真面目にお願いしてみれば、かたっ苦しい態度のままで言葉だけ少し柔らかくなってくれる山の番犬。見る目は未だ開いたままだが聞く耳は持ってくれたようだ、それならば話は早い、一度揺らした手を使いもう一度ふっかけておこう。

 

「椛の上司との約束を守るってだけよ、文とは別の、ここでふん反り返っている爺との約束ってやつを、ね」 

 

 先ほどまでのクソ真面目な顔からはひっくり返して、ここの爺の本性のような、じっとりねっとりと視線だけで舐めるようなイヤラシイ目線で言い切る。場を逃れるための嘘、そう思われても致し方ない状況だけれど、どう思われようが構わない。

 あたしからすれば偽りのない真実だ、小槌を狙う誰かが狼煙を上げた時にはその際の火消しをしてあげる、そんな約束をあのエロジジイと取り交わしている。この話はあたし達しか知らないが、真意が気になるなら確認してもらっても構わないものだ‥‥が、それは難しいだろうな。あの爺に問い正したところであいつから言い出すことはないだろう、側近にすら隠している話なのだから、一介の哨戒天狗に話すわけがない。

 

「……天魔様との約束事?‥‥あの時にそういった事を?」

「そんな話をしていたから椛を長く待たせてしまったのよね、年を取ると話が長くて、付き合うだけでも嫌になるわ」

 

 今のはここの長に向けての言葉であって、独白の長い自分は当然棚に上げての発言だ、あまり気にしないで欲しい。それでその話だが、明るいうちにこの娘に捕まって、日が落ちた頃合いにこの娘に出所するところを迎えてもらった。あの時は確かそんな流れだったはずで、あの場での椛はあたしの事を気にかけてくれていたはずだ、思い違いでなければ。

 その辺の優しさと立場、それらをテキトーにこねくり回して話の流れを手元に寄せる。爺やら年寄りやらと、アレをそれなりに見知っている事も付け加えると、色々と考える事が増えてしまったからか、戦利を見通す眼を困惑一色にし始めた椛。

 

「いきなり現れた理由は伝えたし、そろそろどうしてくれるのか聞いておきたいんだけど?」

 

 フリフリと袖を揺らして問いかける。

 伝えた事に嘘偽りはありませんよ、約束自体は存在しているしそれを守るつもりもありますよと、ある袖を厭味ったらしく振り揺らしてその千里眼にちらつかせる。

 言わずに理解しろ、遠くまで見通せるめがあるのなら察してみせろという意味合いも含ませた仕草、八割以上はただの気分でお遊びだが、それをしながら返答を待つと雨脚が弱まる。

 雨脚が弱まると代わりに強くなり始める風脚、椛も風の流れてくる先を睨み始めたし、これはまた、面倒なのが来たもんだと空を見上げた。

 

「あんた達なにしてるのよ? 二人‥‥じゃないのね、三人でしたか。針妙丸さんを神社以外で見かけるなど、珍しい事ですね」

「射命丸‥‥いらぬ時に姿を見せて……」

「新聞記者か、いたのね」

「確かにそうね、出かけずにいるなんて珍しいわ、流れからいないと思っていたのに」

 

 右手に持った羽団扇をパタパタと仰ぎ少し操り、周囲の雨雲をかき消した幻想郷最速の天狗。緩く組んでいる両の手の左側には、何やら丁寧に包まれた物も見られる。濡れ雨を飛ばすと降りてきては椛の半歩前に立つ上司天狗さんだが、そう庇うように割って入られてもだな、今日はいつかのように争っていたわけではないぞ?

 しかしなんだ、椛も嘘をつく事があるのか。いないとわかっているなんて言い切った割にすぐに姿を見せた射命丸文、普段はいる事が少ないこいつがお山にいたから雨が降ったんだな、きっと。

 

「今日も出てたわよ、今し方帰ったばかり。今日はちょっと、用事があったのよ」

「用事ねぇ、どうせ新聞のネタ作りでしょ?」

 

 空を見上げて語る文、自分で飛ばした雨雲が再度集まり始めたのを確認して、それも吹き飛ばした。二度も奔った天狗の風を受け雨の匂いも掻き消えて、後は自然に任せていてもお山の辺りだけは晴れていきそうだ、ならばもういいかと能力を解除し文を見る。

 必要のなくなった団扇を腰のベルトに差し、見つめる先を空から下、部下へと移した烏天狗。ふむ、こいつってば、こうまで気にするほど雨が苦手だっただろうか、どこぞの式でもあるまいし。

 

「今日は別なの。偶には記事作り以外の事もしてるのよ」

「別の事ねぇ、なんでもいいけど来たなら助けてほしいわ。ちょっと椛を黙らせてよ」

「黙ら‥‥私が悪いような言い方は」

 

「聞き分けは悪いでしょうに」

 

 文を見ながら助けを求め、追い払って欲しい部下を指差すと、その指に小さくカチンと歯音を立てて反論してくる椛。先程よりも不機嫌そうに思えるのは反りの合わない上司が姿を見せたからだろうか?

 そんな事はないか、この娘の剣に鞘はない、なら合おうが合わまいがしまわないのだから反りがどうであろうと関係などないな。それはそれとて、いらない時に来てくれた文をどうにか使ってこの場を収めたいが、何をどう使ったら上手い事丸め込めるだろうか?

 呼んじゃいないが来たわけだし、なにかネタはないかね、記者さんよ。

 

「とりあえず、なんの話をしてるのか教えなさいよ。というか椛も、いつまでも濡れたままじゃ貴女まで流行病にやられるわよ」

 

 なんの話か教えたくないから目を瞑ってくれと願っているのに、そこを突いてネタを拾おうとするとは、鼻が利かない烏のくせに記者としてはいい鼻を持っているじゃないか。ちらりとコチラを見ながら話す文に首を振り、あたしからネタ振りはしないと見せると次に部下へ小言を付け足した。流行病とはなんだろうかね、椛の頬が赤いのは季節柄発情期にでも入って、それを我慢しながらのお仕事だから顔色に出ている、なんて思っていたが‥‥これはもしや、いいネタか?

 

「流行病って? お山で何か広まっているの? なら病気を移される前に退散すべきかしら?」

「死人が病にかかるならそうすべき、って言いたいけど、生憎あんた達は患わないわ」

「私も大丈夫って事?」

 

「そうですね、針妙丸さんも大丈夫でしょう。今マズイのは私達だけですので」

 

 組んだ腕を解いてちらっと肘の内側辺りを見せる天狗記者、羽も髪も真っ黒な烏の白肌部分に小さくぽつんと紅一点が見える。飛んできた方向とその跡、ついでに言いっぷりから考えればなるほど。あの新聞に書かれていた季節とはがずれているから思いつかなかったが、またお山で流行ってるのか、悪性インフルエンザとかってのが。

 足が早くて元気な、どこぞの土蜘蛛を啄んでも病気をもらいそうにないくらい元気な最速烏がいつだか記事に書いていた話『注意! 鴉の間で悪性インフルエンザ大流行中』なんてやつが今年は今時期に流行の兆しをみせているって事か、ならばあの包は薬で永遠亭にでも行ってきたのだろうな。あの記事を書いた後で文も患っていたし、そうなる前に予防接種をしてきて、ついでに家にいるだろうあの子の分の薬を手に入れてきたと、そんなところだろうな。しかし話しぶりからすると椛にまでかかるようだ、この娘は鴉天狗ではなく白狼天狗、鳥ではなく四足から成ったと思っていたが‥‥

 

「天狗なら患う事もあるのよ」

「おねえちゃんのサードアイは何処にあるのよ?」

 

「だからそう言うなと‥‥あんたの面倒な思考なんて読んでないわ、顔に書いてあったのを朗読しただけ」

「あぁ、そう。それじゃついでに聞くけ‥‥」

「いや、囃子方様? そうやって話し込ま‥‥」

 

 地底のジト目に続き、また空気を読まれて話されてしまい、それならついでに他の相手。はたてやこいつの妹は元気にしているのかと聞こうとした辺りで、文の後ろから言葉を挟んできた椛が一歩踏み出し、そのまま間に割って入って‥‥ふらっと前に倒れかけた。

 支えに伸ばしたあたしの手よりも早く上司の手が部下を支えると、言わんこっちゃないと顔に書いて息の上がり始めた椛に肩を貸す形になる。まったく、雨の中体調崩してまで仕事をするからそうなるのだろうに、不調な時くらいは苦手な上司を見習いサボるべきだ。 

 

「辛辣な言葉が額に見えるけど、そんなに気楽に構えていて大丈夫なの?」

「そのうちこうなる気がしてたから大丈夫よ、処方箋も多く出してもらってるしね。倒れたのがあんたら相手で良かったわ、別の相手だったらそのまま、なんてなりかねないしね」

 

 心配をしてみれば問題無いと返ってきた、発症したてホヤホヤの椛を見てそう語るのならあっちの記者も妹も大丈夫なのだろうな。そうとわかればもういいや、慣れぬ心配などやめておこう。

 別の相手と言う方が気になる、もしや気が付いているのか?

 帰ってきたばかりのくせに。

 なら少し誤魔化しておくか、時既に遅い気がするが。

 

「あんた達も、感染しないからって、いつまでもここにいないほうがいいわ」

「要らぬ助言ありがと。亡霊でも風邪を引く、なんてなったらインタビュー受けてあげるわ、取り敢えず連れて行ってあげなさいな」

 

「今のはアヤメに向けてじゃないわ、そちらの小さなお姫様宛よ。インタビューなら後で、別の事で聞いてあげるから、そのつもりでいなさい」

「風邪かぁ、お大事にね」

 

 姫への気遣いを話す文にはいはいと手の甲振ってみせると、あたしが言ったモノとは別の事で取材をしてやると言ってきた、清く正しい幻想ぶん屋。どこまで気が付いているのか知らんが、椛が剣を構えていた辺り頃合いから見ていたのだろうな、そこから察してカマかけてきたのだろうが、さすがに目のいい鴉だ、相変わらず目聡くて妬ましい。

 お大事にという言葉を受けて軽く飛び上がる黒羽少女、あたしに対しては最後まで口が減らなかったが、普段見せないその姿を見られたため、あたしから言われるだろう返答を待っていた鴉の羽に姫と同じくお大事にとしか言わなかった。珍しく翼を広げ、これから急ぎますと見せてくれた幻想郷最速の天狗。目の上のたんこぶだとか言われる割には部下思いでお優しい文ちゃんだが、無関心ではなく、たんこぶとしてキチンと見られているから相手をしてやるのだろうな。

 嫌い、というか文にはツンとした部分しか見せない部下だけれど、可愛い部下が危なくなると真っ先に飛んでくるのは決まって文だ。上司とは違って仕事熱心で真面目な、可愛い子がもつダメな部分ってのがあまりない椛だが、今のような体調管理などをそのダメな部分として見てあげよう。愛でる部下が櫛風沐雨(しっぷうもくう)と働いて、毎日巣の安全を守ってくれているとわかっているから、いつも好き放題に疾風少女となって飛び回る事が出来るのだろうしね。  

 

「さて、ありがたい事に邪魔者は自分達から消えてくれたわ。要らぬ忠告までくれたし、あたし達もあの邪魔者を探しに行きましょうか」

「確かにありがたいけど、いいの? このままここにいて?」

 

「いいのよ、ここの門番役が侵入者扱いしてくれたんだもの、それなら堂々と侵入者らしくしましょ」

「いや、そっちはもういいんだけどね、本当に私には移らないのかなって」

 

「そうね、正邪を見つけて上手く捕まえられたとしても、姫が調子に乗ったりしなければきっと大丈夫よ」  

「? どういう事よ、それって」

 

 さぁね、肩乗り姫にそう話し天狗の消えていった空を見る。

 心配症な誰かさんがかき消したせいで光芒(こうぼう)、というにはあまりにも大きな雲のスキマ、そこから漏れる日差しを拝みつつテキトーに話を返して歩み始める。歩く最中の耳元でどういう意味かと騒がしいお姫様だが、そうやって天狗の誰かさんみたいに煩くなると本当に患う羽目になるぞ。

 上手くいっても天狗になるな、気を(はや)らせるなと、遠回しにそう話してあげたのだから、真似るならもう一人の、倒れた真面目な方を真似て殊勝な態度で追いかけっこに興じるべきだ。そう考えると聞こえるクシュンという声、早速かと思ったがこのくしゃみは別だろうな。

 大方噂でもされているんだろう、アイツ辺りに。




お盆休みまで更新はないと言ったな、あれは嘘だ。
というのは冗談として、不意の休みが出来たので小咄を一つ。

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