東方狸囃子   作:ほりごたつ

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EX その31 辛酸を舐める

 僅かに覚えた苛つきは主流煙と共に吐き流した、浅く掘られた眉間の渓谷も今では綺麗に消え失せた。見慣れただろう眠たげな顔を取り戻し、さとり達のいる書斎へ戻った。

 先に出て行った天邪鬼、あれは顔を出したりはしなかったようで、こっちの部屋にいた相手は色味が変わっただけで、そこ以外はなんら変わらず座ったままだ。黒い頭が一匹分増えているが、この子はもとよりここの住人、いてもさして不思議ではない。

 机に向かうここの主、その手前にあるソファーには鬼が一人とペットが一匹。来客の多い屋敷ではないためこちらのソファーはそれほど大きなものでない、その為あたしの席がない。

 それなら机の端でいいかと、片足上げて片尻を角に乗せた。

 そこは座る場所ではありません、そう語ってくる真っ赤なお目々。

 どうせ赤いのならもっと色のある赤の方がいい、目と目を合わせてそう思考すると、長い睫毛が絡んでしまいそうな程に細められた。ここに来る前の自宅でそんな目も悪くないと感じたばかり、なんとなくキュンとクルものがあるなと、覚えちゃイケない感覚を下っ腹の辺りに覚えると大きな溜め息がつかれた。

 

「さとり様、溜め息? 幸せが逃げちゃうよ?」

「漏らすほど多幸だと思わないから、大丈夫よ」

「ふむ、地底(ここ)の管理なんてさせられてんだ、どちらかと言えば薄幸だわなぁ」

「薄いなら尚の事だと思うけれど、漏らしたら無くなりそうね」

 

「漏れたら大変だよ? ホウシャノウが汚染でどうこうって神様が言ってた!」

「それを漏らすのはお空だけよ、でも覚えてて偉いわね、後で話を覚えてたって伝えておくわ」

 

 座ったままで右手に付けた足をブンブンと、大袈裟に振っていかに漏れると危ないのかを体全体で現す地底の太陽。ちょっと褒めると二つ名に相応しいくらい瞳を輝かせた、ナニかが融合してキラキラと反応するようなその目に見られ、相変わらずの愛らしさだと手招きすると飛んできた。

 こっちに来る途中で姿を変えて、黒羽輝く烏の姿となるお空。お燐やあたしと一緒でこの子も自由自在に姿を戻せる。するどいツメ足が三本あるのと緑のリボンが特徴的だが、宿している御方を考えればコレで当然と思えるので気にしない、寧ろリボンを何処で結んでいるのかって方が気になる。 靭やかで少し短い羽毛に縛るには随分デカイお空のリボン、本当にどうなっているのかと端を摘むと、腕から肩に逃げられた。

 

「なくなるほど強い息でもありませんし、貴女相手に漏らすなというのも難しいですね。あちらの者とは‥‥会えたけど逃げられたと、まぁ当然でしょうね」

 

 席が空いてもそちらにいかず、机に座ったままのあたし。乗っけたままのその尻を普段は使わない、新品同様の羽ペンで突いて、あっちに座れと促しつつ言葉では別の事を話すここの主。

 行けと言われると行きたくなくなる、天邪鬼という意味合いではなく誰でもこれくらいは思うだろう。必然あたしもそう考えて、突かれながらもその場に居座る。

 

「また逃げられたのか、逃げ足だけは本当に早いねぇ、あいつ」

「逃した、と訂正しておくわ。何故あれがいたのか、聞いてもいいかしら?」

 

「聞いてきてもいいが教えてはやらん」

「あら、あたしに甘い姐さんがいけずだわ、つれないなんて珍しい」

「どの口が、誰に向かっていけずなんて言うんですかね」

 

「そう言ってやるなよさとり、そうさなぁ‥‥前みたいに物々交換といこうじゃないか、あっちに行く前に言ってたアレ、どういう意味だい?」

 

 なんだっけか、肩に止まる地獄烏を見つめつつ考える。

 何かをいった覚えはあるが、特に思案して話したことでもない為、何をどう引っ掛けて言ったのだったかぼんやりとしか覚えていない。それでも少し考えれば思い出せそうだ、肩に乗せるこの子のような鳥頭ではないし、見てくるさとりの視線が意地の悪いモノになっている。

 ということはそういった物言いをしたって事だ、それに引っかかれば思い出せそうだ。

 しかし姐さんが物々交換なんて言い出すとはね、去年か一昨年くらいにあたしが言った事を返してくるとは、大酒飲みのくせに記憶力が良くて妬ましいとも思うが、たかが数年でごく最近の話しだし、忘れるほど古い記憶でもないのか。

 あぁ、これか、言ったのは。

 

「直近の話で、来年の話じゃないから姐さんが笑えない、だから教えなかったってだけよ」

「来年って、あぁ、そういう事かい。なんだい、どうでもいい事で意地はっちまったなぁ」

 

 答えを話すと軽く笑う鬼、ついさっきの事を話したのに笑うとは、誰が考えたか知らんがことわざなんてのも存外当てにならんな。そう考えつつ同じように薄く笑う、声は出さずに表情だけで笑んでいると、肩のお空を見ている三つ目がちょいと口を挟んできた。

 

「アヤメさんが言う事でどうでもいい事以外は少ないのですし、勇儀さんは遊ばれていただけですよ」

「遊ばれてたか、辛辣だがご尤もだ、真面目に考えたあたしが馬鹿だったな」

「勇儀姐さんこそ辛辣ね。偶には真面目に語る事もあるのよ?」

 

「先ほどの天邪鬼とのお話、ですか」

「思っただけで言っていない事を言うな、あたしはそう言わなかったかしら?」

「ハハッ! 誰も彼も辛辣だなぁ、おい。お陰で口が塩っ辛い感じだ、帰って酒で流すかね」

 

「ちょっと姐さん、質問の返答がまだよ」

「なんて事はないよ、あいつが来たからいたってだけさ、ここを何だと思ってるんだい?」

 

 背中で答えを語る鬼、後で来いと言いながらそのまま外へと進んでいった。

 パタンと静かに閉じるドア、破滅的な金剛力だがこういう時には静かに出て行く、やっぱり気立てが良くて妬ましいがそれはそれとて、さも当然と言って消えたが言われる通りだと思えた。ここは地底の旧地獄で、流れ者や忌み嫌われる者達の住む地だ、反逆者一人が来たところで追い返しもしなければ歓迎もないようなところだった。

 あたしとしてはそういう意味ではなく、何故地霊殿にいて採寸なんてしているのかを聞きたかったのだけれど、それを聞くなら姐さんではなくこっちの三つ目か。全部話さず帰ったのも街の顔役ではなく、姿の見られた場所の主に聞けって事だろう。

 そう思い込みさとりを見つめる。

 

「それもなんという事もありませんよ、来たから滞在させた、それだけです」

「地上で騒ぎの種になったあいつを匿う、ここが荒れるとは考えなかったのかしら?」

 

「元々荒れているから問題ありません、理解した上で問わないでもらいたいですね」

「再確認よ、それ以外にもありそうだしね」

 

「それ以外とは? 来る者は拒まず去る者追わず、ここはそういう世界ですが……だから居心地がいいなど、変なところで褒めないでいただきたいですね」

「変でもないわよ? 地上を追われたお尋ね者に対して、業者呼び出し衣服の提供までしてあげる優しい主がいる屋敷だもの。居心地いいわ、本当にね」

 

 遠回りな会話に飽いたのか、つぶらな瞳をしっかり瞑って、すっかり眠ったお空を撫でる、そうしながら思った通りの事を口にするとここの主の閉じない瞳に見つめられた。覚妖怪じゃないと否定したばかりだが、この姉妖怪が今何を考えているのかはあたしにもわかる。

 不意打ちで素直さを見せるな、そんな事でも考えているのだろう?

 正解か?

 なんだよ、偶に褒めたら恥ずかしいってか?

 目を逸らすなよ、なんか言えよ。

 

~少女嘲笑中~

 

 ケラケラと笑い、背中に刺々しい三つの視線を感じつつ、姫を迎えに店まで出向く。

 着いてみたらば面白い、ヤマメの肩の上ですっかりと玩具になったお姫様がそこにはいた。いつの間に仕立てたのか、姫サイズのフリフリドレスを着てまんざらでもない顔の針妙丸。

 見て欲しい着物を取り出して渡しつつ聞けば、能力を行使すれば短時間で仕立てられるのだそうだ。猫店主が持つのは『縫合する程度の能力』だそうで、衣服より医療に向いてそうに思えるが、重たい命を縫うよりも軽やかに着飾る物を縫っている方が性に合っていると、軽快な猫足持ちらしい言葉で考えを否定されてしまった。

 なるほどと頷いてヤマメの隣のパルスィを見る、その腕や指には大きめのスカーフと、袖を通した跡の見られる黒いスーツやら艶やかな着物やら色々掛かっているようだ。

 置いていかれて、押し付けられて可哀想なんて言われたが、こうしてみれば皆楽しんでいるようにしか見えない、寧ろ楽しいお着替えショーが見られなかったあたしの方がやっぱり可愛そうだったと思いつつ店舗内をぶらつく。

 あたしに気が付いても遊びに夢中だったお姫様、肩の上でくるりと回ってから見せた朗らかな笑顔を可愛いと、一言褒めると、巻いたネジが切れたように固まったおやゆび姫。正邪といい、さとりといい、誰も彼もさっきからこれだな、これなら素直さなど見せるべきではないな、固まる姫を眺めそう感じた。

 

 宿は開店させたから飽きたら行くわ、仏頂面でそう伝えると、金髪二人に笑われながらいそいそと脱ぎ始めた。グッと衣服を下げた頃、その姿はスカーフのカーテンに遮られ見えなくなる。

 それはそう使う物だったのか、コイツもコイツで気立てが良くて妬ましい、緑の瞳を見ながら妬んでいると、さらっと着替えて見慣れた姿に戻った。

 そんな姫を右肩に、忘れて連れてきた地獄烏を左肩に、重さのバランスを取りながらやじろべえのように歩いて戻る。偶に思うが、あたしの肩はそんなに乗り心地がいいかね。

 今もそうだが、天狗記者の妹も止まってくれるし、いつだかぬえも肩から頭を生やしてきたな。自分では感じられない自分の乗り心地、それは後で雷鼓に聞いてみよう、意味が違うと叱られそうだが。

 

~少女帰宿中~

 

「ただいま」

「おかえりなさい、そちらの方が針妙丸さんですか、初めまして、古明地さとりといいます。歓迎はしませんが、部屋は提供させられましたのでどうぞ、ごゆっくり」

「え? あ、どうも」

 

 ゆらゆら戻って玄関開くと、すぐにいたジト目妖怪。

 自己紹介からちょっとした嫌味まで、言いたい事を全て言い切ってからいつもの書斎の方に歩き始めた。声で起きたのか、肩の烏はそちらに飛んでいき再度バランスが悪くなる感じがした。

 致し方なしと白徳利の紐を左肩に掛けて歩く、最早自室と呼べる部屋に着くと姫を下ろして軽く一服。

 

「開店させたってそういう事だったのね」

「どういう事かしらね?」

 

「提供させられたって言ってたじゃない」

「いつもの嫌味よ、気にするだけ無駄。それより着物だけど、袖だけは替え袖にしろって言われたわ」

 

「あ~、やっぱりダメだったのね」

「そう気を落とさないで、鬼の着物で丁度いいのがあるみたいだから、それほど悪いものにはならないはずよ」

 

「それは、ご先祖様に対してどうなのよ?」

 

 そういや真っ当な子孫だったなと、被ったお碗を下ろす姫を見て思う。

 言われるまで完全に忘れていたが、気にするほどの事だろうか?

 そんな事を言い出すのならばあの打ち出の小槌だって元々は鬼の秘宝だろうに、それを使ってご先祖様は甘い汁を吸ったのだから、子孫もそれに習ったらいいんじゃないのか?

 

「でもまぁそれもいいかな? ご先祖様はご先祖様、私は私って事で」

「それでいいならいいんじゃない、あたしの思い付きとは別だけど」

 

「なんか面倒臭そうだから聞かない事にするわ、そういえば正邪の話って何処かで耳にした? 土蜘蛛も橋姫も正邪の事は知らないって言ってたわ」

「いたみたいよ、すれ違っちゃったようだけどね」

 

 そうかぁ、としょんぼりする姫。

 地底世界への出入口である大穴と、旧都の出入口である朱塗りの大橋、その二箇所にいるあいつらが知らないわけはないと思うが、何故知らないと白を切るのか?

 知らないというだけで見てないとは言っていないし、二人の証言も嘘ではないのだろうな。ならなんだろうか、庇う理由など見当たらないが‥‥まぁいいか、地上と不可侵条約を結ぶ地の妖怪さんだ、一応は地上の妖怪さんであるあたしが踏み込むこともないだろう。考えるのも面倒な気がするし。ちなみにあたしも嘘は言っていない、今は姫のお付きとしてあちこち動き回っているわけだし、出来れば嘘偽りは少なめにしておきたいというのが心情だ。

 会ったかと言われれば会ったと返したかもしれないが『正邪』って固有名はここの誰からも聞いていないわけだし。

 実際ここにいて、すれ違って部屋を出て行くところも見た、それを含ませて少し話すのはちょっとだけ漏れた優しさって事にしよう、そんな話も確かしたはずだ。

 

「でもいたって事は近くにはいるのよね!」

「でしょうね、次は何処に向かおうか?」

 

「う~ん、振り出しに戻っちゃったしなぁ」

「ならあたしの考えに乗ってみる?」

 

「考えって、目星がついてるの?」

 

 確信はない、がなんとなく当たりはつけていた。次は多分妖怪のお山だろう、単純に近いからだとか出入口があるからというわけではない、ほとんどがあたしの思い込みだがそれでも動いてもいいかなと思える理由はある。

 あいつはまだ諦めていない、二度目の狼煙を上げると言った。それをひっくり返せば完全に諦めて反逆する意思はもうない、ともとれるがここは返さずに素直に考える、これを言ったのは針の姫様の話をして揺れ動いた後の言葉だ、多分素直な物言いだろう。

 それで考え、というか読みだが、二度目の反逆をするために必要なのは何か?

 当然振り上げる拳だろう。

 けれどもあいつは非力な天邪鬼だ、自分の力だけではひっくり返せないと、異変からもその後の逃走劇からも学んでいるはずだ。

 ならば何を使うか?

 これも当然、使い慣れた打ち出の小槌だろう、一度使って味をしめているしアレがあれば一人でもどうにか凌いですきを突くことくらいは出来る、かもしれない。

 それでも本物は姫にしか扱えない、それなら求めるのは贋作だが、あれはあたしが破壊した‥‥というのは広まってはいない、目の前で踏抜き風に消えたのを知っているのはあたしとお山のエロジジイだけのはずだ。

 奪われた贋作はまだ残っている、あたしが正邪ならそう考えて、それを奪いに行く。

 ってのがあたしの読みだが、実際どうかは知らん、でも何もなく動くよりはいいか、明確な目的地がある事で姫がやる気を見せるなら、雑多な思い込みで振り回しても何ら問題ないだろうし。

 しかしあれだな、どこかしらにヒントを残して言ってくれるなあの天邪鬼。舌は(わざわい)の根というらしいし、それが二枚もあるからこうやって会いたくない、厄介で面倒なあたし()に思考を読まれるのだろうか?

 違うか、三下の小悪党同士で考えが似るだけなのだろうな。

 

「なんで黙るの? ただの思い付きで言っただけ?」

 

 この考えをどう伝えるか、どう話せばネタバラシせずに誤魔化せるか、悩んでいると真面目な声で問われる。こんな声色で言ってくれる辺りそれなりに信用されているのだろう、全面的に信用されると困ると伝えてあるはずだが‥‥まぁいいか、素直に問われたのだ、素直にらしく返そう。

 

「そうね、ほとんどは勘と思い付きよ。残りは‥‥空気を読んだって事にするわ」

 

 ポリポリと左耳を掻きつつ返答する。

 あたしらしいただの思い付きに、八口つ広げたお陰でちらりと見える、何処かの腋巫女らしい勘という物言い、ついでに親近感の湧いたここの主の言い草を混ぜて、混ざり物の妖怪らしく返すとそれで納得してくれた姫。それでいいのか、素直に問うと考えた結果なんでしょ、とこちらも住んでいる神社の巫女っぽい事を言ってきた。あの子もこの子も思案した結果だけは信用してくれるらしい、なら口だけ妖怪らしくどうにかアイツをやり込めるよう考えるかね。

 そのためにはまず飯か、お燐は書斎で寝たままだろうし、さとりが向かった先を鑑みれば今日はさとりが作るのだろう。お燐が上手というらしいその料理に舌鼓を打ちながら、舌三味線の楽譜でも起こすか。先ほどとは違って然程悪くない冗談を思い付き、また姫の乗り物となって食堂へと向かい歩む、酸っぱいおかずでなけりゃいいな、辛辣なのは言葉だけで十分だとか考えながら。


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