楽器の姉妹と一寸の姫、三者からじっとりねっとりと見られつつ、こういった視線も案外気持ちが良いものだと、覚えちゃマズイ味を僅かに覚えながら飲み回したあたしの徳利。
人の事をあからさまに厄介者で見てくれる、好ましい和合の衆と回し飲みをしながら更けていった昨晩。和合それぞれがで三合くらいを空けた辺りで帰ってきたもう一人の付喪神、そいつも混じえて酒盛りとなった。5人、とは言えないか、大きく見積もっても4.5人位で呑むには少なすぎる白徳利。愛しい酒虫が拵えてくれた飲み慣れているお酒はすぐに尽きて、代わりに雷鼓が夜雀屋台に買い出しに出てくれた。
ん? これも正しくはないな、出てくれたといえば聞こえはいいが、実際は買いに出したってのが当てはまるのかもしれない。銭を預けてよろしく、帰ってきたばかりの雷鼓にそうお願いしてみると、じゃあ荷物持ちでついて来てよ、そんな風にも言われたが飲まずに帰って来た場所にお酒を買いに行くのはちと格好が悪い。それに今のあたしは姫のお付きであって、おいそれと側から離れられない、股ぐらでほろ酔う姫を眺めつつ話すと、幸せの逃げる一息をついてから買いに出てくれた。帰ってきて一息つかずに一息吐くとは、やっぱり出来る太鼓様で面白い。
そんな面倒なお願いから戻った雷鼓を猫なで声で迎え入れ、改めての酒の席。チビチビ呑みつつ、そういえば用事とはなんだったのかと改めて付喪神連中に問掛けた。ちょっと聞けばあたしに対しての用事だったようで、以前に一度人里でセッションした騒霊三姉妹ともう一度組んでライブをしたいのだそうだ。
互いに楽器中間として気があったのか、あの人里での騒ぎの後にも一度組んで演奏したことがあるらしい。そんな楽しそうな事を黙ってやる奴等のお願いなど聞けない、ちょっと拗ねて見せて語ると、勝手に死んでいなくなったのが悪いと言い返されてしまい、返す言葉も立つ瀬もなかった。
自宅にいながら座りの悪い思いを感じたし、出来ればあたしもその演奏会を見てみたい、今は別件があるからそれが終わってからと話すとバンドメンバーたちはそれでいいからお願いねと、こちらの意図を組んでくれた。
そのお願いの話が済むと、それからはダラダラした酒宴となった。ガールズトークに花を咲かせてみたり、咲いたついでに隣に座る太鼓に頬ずりしてみたり中々に楽しい酒宴の場となって、静かな我が家が賑やかになるのもたまにはいいかと思わせてくれた。
そうして皆で飲み明かして、布団も敷かずに雑魚寝した‥‥のだけれども、あたしは少しだけ寝付きが悪かった、原因は花開いた会話のせいで煽られた雷鼓。姉妹の煽りにノセられたのか、雰囲気と酒に酔い偶にデレてくれたのか、そこんところは読みきれないが、場のリズムに任せ皆の前で押し倒されてそのまま唇を奪われた。あっちから来ることなんぞあんまりないというのに、求められたのがちょっと嬉しく‥‥同時に少しだけ絡んだだけで終わってしまったせいか、一人悶々としてしまい、どうにも寝付きが悪かった。
ちょっとまさぐりスッキリと、なんてのも脳裏をよぎったが、皆が寝静まってしまった我が家でそれはどうだろうなと思い直し、一人で火照り覚ますわけにもいかず、本当に焦らし上手になってくれたな、なんて思いに耽っていたらいつの間にか寝こけていた。
暖かな日差しで目を覚まし、寝ぼけ眼で回りを見渡す。どうやら一番最後に起きたらしい、付喪神連中は既にいなくなっていて、我が家で動いているのは、あたし達の口吻を眺めておぉ~と騒いでくれたお姫様だけとなっていた。
卓の上に正座しお猪口に注いだお茶を啜る針妙丸、あたしが起きた事に気が付いていないのか、どこかのんきな巫女に似た風合いでズズッと音を立てていた。目覚めの一服でもしているのだろうと思い、それならあたしの分もと考えて、今起きたと尻尾を振ってみる。
「あ、起きた? おはよう」
「おはよう、あたしのお茶は?」
ちょいと微笑み片手の指先を上げる姫、あたしの尻尾と同じように右手を振ってくれて、何となくだがこれも嬉しい。
「雷鼓達が湯は沸かしていったから自分で淹れてよ、私にはここのやつおっきくて」
当然だろうな、お猪口があの鬼の盃サイズに見えるのだ、我が家においてある物のほとんどが大きくて使いにくいものなのだろう。
それでもあの神社と同じような物しかないはずだ、人様の家庭事情を例えに使うのはあれだが、あっちもこっちも対して物なんて置いてない、暮らすのに必要な物があるだけなのだ。あっちの仮住まいで働かざるもの食うべからずなんとやらしているのなら、我が家の物も扱えそうなものだけれど‥‥案外姫サイズの食器とかもあったりするのかもしれないな、あの紅白もあれで案外優しい所があったりするし。
「それもそうね、姫用の大きさの物なんて‥‥やっぱりないわね」
身体を起こして周りを見ても当然小さな物はない、致し方なしと自分でお茶を淹れ、流しに寄りかかって目覚めの一服を済ます。
2度3度くらい啜り音を立てると、姫と目が合う。
「なんか言われるかと思ったけどなにも返ってこなかったわ」
「意外?」
「ううん、アヤメでも寝起きだと頭が回らないんだなって思っただけ」
「少し寝不足ってのもあるけれど、寝起きから考えるのも面倒なのよ」
言い切ると湯の身代わりのお猪口に自分の顔を移す姫、そのままくっと持ち上げて飲みきった。
こちらもそれに合わせて湯のみを傾ける、雷鼓達が沸かして言ったと語った通り少しぬるめのお茶を飲み切ると、流れで煙管に火を入れた。ポヤポヤと朝もやのように煙を吐くとなんだかむず痒さを感じる気がした。
寝ぐせと少しのテカリが見られそうな髪をポリポリかくと、姫も自分の前髪を摘んで見上げている‥‥そういや昨日は風呂に入らぬままだったか、朝に迎えに行き、そのまま埃っぽい古道具屋で過ごして、鰻の脂が混じる煙を浴びた後だったなと頬を撫でた。
自分の頬の滑り具合から、これは出かける前に風呂に入った方がいいなと思いつき、湯船を見ると僅かに覚めたお湯が張られているのが見えた。
雷鼓達も湯浴みしてから出て行ったか、それもまぁそうだろうな。
「目覚めついでにひとっ風呂浴びるけど、一緒に入る?」
「お、ありがたい。春とはいえさすがに雑魚寝だとね、ちょっと気にしてたの」
ならおいで、そう伝えるとお猪口抱えて飛んでくる姫。受け取り流しに浸してから、姫を担いで風呂場に向かい歩いて行く。とはいっても台所のすぐ近くで、数歩も歩けば移動は済むが。ピチョンと湯船の蓋についた水滴を落としつつ指を浸す、普段浸かるよりは少し微温い、それくらいの温度かなと浸す指先から感じ、ならこのままでいいやと咥え煙管で雑に脱いだ。
ササッと脱いで先に洗い場に座っていると脱いだ着物を持ち込みの小さな衣紋掛けに通す姿が見える。普通の着物であれば脱いでばかりならああするべきで、そうしないとシワが目立つようになる、あたしみたいに撫でれば終わりじゃないのは大変だなと、飛んで来た姫を眺め思った。
「なに? よく見て?」
「出るとこは出てるんだなって思っただけよ」
普段着物だからあまり見られない姫の肢体。一寸のなんとかにも五分のなんとかってのとは逆で、全体的なサイズが小さいだけで体つきは女性らしいモノの針妙丸。これならあの人形遣いにでも頼んで洋装とか、ラインが見られそうな着替えを作ってもらってもいいんじゃないか、そう思えたほどだった。
「ちょ! そんな目で見ないでくれる!?」
「さすがに姫には手を出さないから安心しなさい、出しようにもサイズが違いすぎるわ」
どうでもいい会話をしつつ、手桶にお湯を汲み頭から流していると、あたしの髪を伝って垂れるお湯を頭から浴び始めた姫。ちょっと待っててくれれば流してあげるのに、そう考えて先に姫の方を流す。右手で桶を傾けて左手を経由させてから流していくと、水の動きが変わった事を気にした姫が見上げてきた、目が合ったところで言われた言葉『ありがとう』これもまた嬉しく感じて、素直に気を使うことが出来ていた。
汗も脂も綺麗に流し二人揃って湯から上がり、大きめのタオルで髪をバサバサとしているとその横で小さな姫も同じく動く。身の丈十寸くらいの針妙丸が使うには丁度いいくらいのタオルを眺めていると、魔理沙がくれたと笑顔で教えてくれた。
住まいのドールハウスもそうだがこのタオルや他の鞄などもあの黒白提供らしい、良くも悪くも常に真っすぐな彼女らしく準備をするならきちんと真っ直ぐ、といった感じだろうか。仄かな想いを寄せる相手に手閭里を振る舞うこともあったりして、意外と女子力の高い魔法使い、あれで手癖が良ければいい嫁になりそうなもんだが‥‥無くて七癖あって四十八癖というし、一つくらい目立つものがあっても問題はないのだろうな。
小さな姫が着替える姿を眺めそんな事を考えつつ、あたしもあたしで隣に習い着物美人となっていく。かっちりと帯を結んで背で流し、振り袖を同じようにフリフリと振っては左右の長さを確認する姿、やっぱりコイツは可愛らしい。そんな愛らしい物を眺め自身も着物に袖を通す、春先となり暑くないのか、暑いからこそ洋装を買ってもらったんではなかったのか?
知る相手にはそう言われそうだが今のあたしの着物、これから向かう地の底の主がくれたこれには対策をしてあった。
「あれ? アヤメ? 着物仕立て直した?」
「さすが少ない着物仲間ね、亡霊さんになってから暑さに更に弱くなったから少し直したわ、
先に身支度を終えた姫が見上げ問うてくる。
見つめる先は当然あたし、緋色の長襦袢の上に刺繍の施された白の長着を羽織ったあたしの丁度袖付け部分、脇の下辺りを見つめて覗きこむようにしてくれる。
「ついでにバチ衿に仕立て直して
ほれほれと身八つ口を広げてみたり、両手を上げてみたりして、その存在をアピールしてみる。
男にはわからないかもしれないが女物の着物には身八つ口って開放部がある、ちょうど姫が見ている辺りに空いている穴というか、手を差し入れられるスキマのような穴が空いていると思ってもらえるとわかりやすいか?
着ている側からすれば『おはしょり』という、一言で言ってしまえば着丈に対する着物の余り布って感じだろう、それを直すのに手を入れられる穴が脇の下辺りに空いているのだが、もうちょっと涼を取りたいと思って地底のあの店で仕立て直したのだ。
ちなみに着る側だけでなく、着物を着た女に手を出す側にも魅惑的だ、着物を着たまま、女の襟元を崩すことなく胸元に手を伸ばせる穴にもなってしまうのだから。
対丈ってのは逆で、男の着物だけ着物の長さが余らないようになっている長さの事、首から足首までの長さきっちりに仕立て生地が余らないようになっていると思ってくれていい。
「涼しいって‥‥見えても知らないから」
開放感があって涼しいんだぞと、かっちり着こむ姫にチラチラと見せつけていたら窘められた。あたしの場合襦袢の下には何も着ない為あまりやり過ぎると横から下側くらいが見えてしまうが、これもまたチラリズムって奴だろう、見られたところで減るもんじゃないし場合によっては懐が潤う事となるので良い仕立てになったと思えた。
姫で遊んで満足し、とりあえずさっさと着るかと細帯押さえて、最早飾りにしかなっていない帯紐を咥える。
「あに、見あいの? あっき全部見あにゃない」
帯紐咥えたままニヤリと嗤うと、半幅帯を押さえて再度窘めてくれる着物仲間、折角押さえてくれているし、その動きに甘えて前で緩く締めていると姫が見ながら話しかけてくる。
「でも涼しいって重要よねぇ‥‥かといって見えるのは……う~ん」
見えても構わないあたしは別段気にしないし言われても効きはしないが、自分のが見られるのはさすがに嫌なのだろう、右の袖を伸ばしながらうむぅと悩むお姫様。
まぁなんだ、この忠告は素直に受けておこうと思う。地底に行くということは変な輩の巣窟に行くというのと同義だ、声をかけてくる男連中は大体がそっち目当てだし、以前より物理的に色香を見せられるようになった事は忘れずにおこう。
「なんかあれね、こうして見ると帯だけ地味ね」
「帯だけ昔のままだしねぇ、あっちで買おうかしら? 姫の着物も見てもらわないとならないし、行くついでに物色するわ」
取り立てて目立つ所のない灰無地の帯を二人で見つめ、取り敢えずそろそろ出ようかと二人並んで家を出た。
~少女移動中~
方や清潔さの見える小さな大和撫子、方やどこぞの鬼ほどではないが、ほんの少しだけ肩口を広げて着た
普段なら入山する過程に仕事一筋で男っ振りを上げていく可愛い狼と絡んでいくのだが、今回は姫の着物を早めに見せるって急ぎの用事もあったので、能力使って気を逸し、どこか遠くを見ている椛を横目に地底へ続く穴を降った。
椛に習いキスメも放置し進んだが、なんでかヤマメはいなかった。ここを通れば大体いるし、会えたら先日の道案内に対するお礼でもと考えていたが、今日は顔を合わせない日だったらしい。
どうせ橋にでも行けばいるだろうと思い気にせず進む‥‥が、ここにもいないどころかあのパルスィすらいないという始末。いるべき所にいるべき輩がいない、これはまた異変でもあったか?
なんて考え歩く旧地獄街道、そういえば誰からも声を掛けられないなと思ったが、そういや能力使ったままだったと、馴染みの仕立屋近くに来るまで気が付かなかった。
それもまぁいいかと気楽に考え、細帯に括りつけた、和服に似合わない革のバッグからゴソゴソと姫の畳んだ荷物を取り出す。袖から僅かに香るお酒の匂いを嗅いで、まだすえた臭いはしないし大丈夫だろうと仕立屋の戸を開いた。
戸を開くと視界に収まる金髪二人の並び姿。
片方はポニーテールで、もう片方は尖り耳の上辺りから髪を後ろに流して結っている頭、これも尻尾のように見えなくもないがこういう髪型はなんというのだろうな、よくわからんし別にいいか。
「あぁ、ここにいたのね」
「アヤメ? いつの間に?」
「今し方よ、それより店主はいないの?」
「少し前に勇儀に呼ばれて出て行ったわ。お陰で私達が待たされているのよ、勇儀専属でもないのに好きに呼び出すなんて、我の強さが妬ましいわ」
よくわからない髪型をした橋姫さんの右肩に手を起き、左の肩には頭を乗せる。目だけを傾けてきた橋姫を挨拶代わりにとっ捕まえて、そのままの姿勢で店内に姿の見えない猫の主を訪ねてみるが、どうやらタイミングが悪かったらしい。
「それよりそっちの小さいのは‥‥一寸法師のお姫様とやらか」
「私の事知られてるのね、あぁ鬼がいるって話だし、あの鬼からかな?」
見知らぬ相手とは余り話さないパルスィとは真逆で、よく見る晴れやかな笑みで姫を手に乗せ話すヤマメ。二、三話して名乗りまで済ませると毎回連れる相手を変えて、本当に怒られろとこっちに話が飛んできた。
「それなら問題ないわ、昨日も見せつけたばかりだし」
斜め上の緑眼見ながらそう話す。
少しだけ瞳に色を込め、うっとりとした目線でパルスィを見るとその緑眼が揺れ始めた。
「なに、その思わせぶりな言い草と目は? また妬んで欲しいの?」
「珍しく妬んでくれるの? それならもうちょっと、ねっとりとしたモノでもすれば良かったかしら? ねぇ?」
言葉だけでは伝わらないかも、そう感じて、話しながらゆっくりと舌を出す。
ナニカを絡めとるようにわざとらしく動かしてみせると、久しぶりにパルスィの瞳が正しい意味で揺れ動いた、妖しく揺れる緑眼にちょっとだけ灯る深い緑の光。
真っ当に妬んでもらう事などないあたしがこの目を見るのはあまりない、込められる感情も瞳の色合いも好ましいなと見つめ合っていると、ねぇと振った方で話が進んでいく。
「そっちの金髪さんって?」
「嫉妬の権化橋姫って怖い怖い妖怪さんさね。パルスィが何かを察してあんな目になるってこたぁ冗談ってわけでもないんだねぇ‥‥あぁ、ちなみに私は黒谷ヤマメって土蜘蛛さんだ、よろしく頼むよお姫様」
あっちはあっちで明るく自己紹介してて、仲よさげで妬ましい気がするが、こっちばっかり構ってくれる嫉妬の姫様。
ありがたいがそれでいいのか?
あたしよりもあっちの方が妬み甲斐ありそうだぞ?
「その顔をやめなさい」
揺れる嫉妬心を瞳に宿しあたしにソレを放ってくる橋姫さんだったが、見せてくれたソレは食らわないようにちょいと逸らしてニヤついてやる‥‥と、両手を伸ばされムニッと頬を引っ張られた、心を弄べないからって物理的に顔を弄ばないでほしい。
能力も性格もよく知られた相手だ、当然あたしに届かないと知っているが、種族としては正しく妬むネタがある以上、ナニカの形にして表わさないと気に入らないって感じだろうかね。
「橋姫は兎も角、聞いてた通りの妖怪とは思えない明るさだね、ヤマメって」
「そりゃあそうさ、ただでさえ暗い地底なんだ、いる連中くらい明るくないと面白くないだろ?」
「そんなものなの?」
「そんなもんさ、パルスィも、いつまでもアヤメにからかわれてないでこっちを構ってやれよ」
振った話が返ってくると、人のほっぺたを引っ張っていたパルスィがそうねとそちらに混ざり始める。妬み姫様が折角構ってくれていたのに、振った話が元の鞘に戻ると共に棒に振られて放置されるあたし。
なんだ、このつまらない冗談のような状況は?
「何を悩んでいるのよ?」
「状況がおかしな事になったなと思って、それはまぁいいんだけど‥‥それよりも店主はいつ戻るのよ?」
「さぁ、勇儀の用事なんて知らんしそのうち帰ってくるだろうさ」
「そのうちね、ならいいわ、姫を預けるから見ててもらえない?」
「私らも店番しているようなもんだし、構わないけど、今度は何しに出るんだい?」
「何ってわけでもないわ、姐さんの所にいるのなら呼びに行けば早いって思っただけよ」
「行くのなら客が待ったままだって伝えて。待つのに慣れてはいるけれど、待たされるのは嫌いなのよ」
ヤマメとパルスィそれぞれと話し、ついでに土蜘蛛の手の平にいる姫にも手を振って店を出る。
後頭部に置いていくなとぶつけられた気がしなくもないが、姿に似通って声も小さい気がするのであたしの耳には届かなかった事とする。バタンと店舗の扉を閉じると聞こえなくなったし、元よりついでだ、それでいいだろう。
外に出ると聞こえるのは旧地獄の楽しい喧騒、メイン街道から一本入った通りでそれを聞き、腰元で揺れる革のバッグに手を伸ばす。中に収まる酒臭い包を軽く撫でてから煙草を取り出し煙、煙管の先に込め火を入れた。
そうして歩き煙草で動き始める、向かう先は旧地獄繁華街。
歩みながらポツリと呟く、探し物が増えたなと。
この騒ぎの何処かにいるだろう店主と、騒ぎを何処かで聞いているかもしれない天邪鬼を思って、煙と同時に独り言を吐いた。
浴衣などを着た事のある女性ならご存知でしょうか、身八つ口。
浴衣を着た女の子と花火大会に行って、その帰りにちょっと抱きとめ、着付け出来ないからやめてと文句を言われ、それなら身八つ口からすっとこう、ね‥‥非常に魅惑的なモノだと思います。