東方狸囃子   作:ほりごたつ

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EX その26 得を納める

 姦しく笑い、それなりに楽しめた神社でのお花見。

 人間や半分人間、それと人間離れして幾久しい連中しかいなかった妖怪神社の桜見物、楽しく騒ぐ最中で異変に気が付いていしまい思わぬ弾幕勝負となったが、あの時の人間が多すぎる異変は一匹の妖怪が退治される事で幕を閉じた。

 あたしの能力を知っているからか、天上に住まう胸元つるぺったん二人が起こした異変の時と同じように、針や御札主体ではなく徒手空拳で迫ってきた異変の解決者。

 霊力の込められた掌底や蹴りを食らいつつも衝撃だけは受けて、退魔の力は肌の表面を沿うように流れを逸らしてどうにか逃げていたが、埒が明かない弾幕勝負に飽いたのか、途中から解決少女が増えてしまって、最後にはツートンカラー軍団にとっ捕まって目出度く南無三された‥‥のはいいが、青金の人形遣いはまだいいとして、赤青マントを着た元人間の現仙人にまで追い掛けられたのは未だに納得出来ていない。

 

 それはそれとて、その異変から数日した本日、再度神社を訪れている、巫女さんに南無三された旋毛(つむじ)辺りの痛みがやっと引いた今日の来訪はその時の一節が理由だ。あの場で交わした小さき姫との小さな約束、あれはただの思いつきだったが他にする事も行く所もないし、嘘吐き妖怪から真を出してやろうかなと、再度神社を訪れて輝く針の姫をお迎えに来てみている。

 いつもの如く鳥居を潜り清めと賽銭放る流れまで済ませ、満開となった桜の下で例の如く一服まで済ませていると、何やら旅支度を済ませたような、常日頃乗っているお碗の船に人形遊び用のバッグを詰めて登場した少名針妙丸。

 大割れ(トランク)手堤(てさげ)の丸型(かばん)が一つずつ、それと肩掛け鞄まで準備して、見た目から長旅しますといった様相だけれど、そんなに荷物を大きくして、一体何処をどこまで探しに回るつもりなのか?

 素直に問掛けてみたら、数日分は詰め込んだからこれで大丈夫! なんて小さな身体を仰け反らせて返答されてしまった‥‥暇な日の時間つぶし程度に考えていたあたしだったが結構な温度差があるな、これは。

 

「そんなに詰め込んで、重くないの?」 

「ちょっと重い、アヤメは荷物少ないけどそれでいいの?」

 

「あたしは煙管とこの身があれば十分よ、贅沢を言えば徳利もって思うけど、今の格好には合わないしね」

「ふぅん、着替えとかはどうするのよ?」

 

 春告精と共に幻想郷に暖かさを知らせる花嵐(はなあらし)を受け、ひらひらと靡いているあたしのスカートやら羽織っただけのコートやらを見て、着替えはいらないのかと訪ねてくる針妙丸。

 そのつもりもなかったし何の準備もしていないが、何か準備をしたところであたしの場合は変わらないか、言った通り煙管があれば十分だ。代えの下着くらいは、と思わなくもないが‥‥垢に塗れる肉体はとうに失っているし、万一何かで汚れたならばちょっと撫でればすぐ元通りになる、便利ねとここの巫女に言われるくらいには自分でも便利だと思えてありがたい在り方だ。

 それよりもだ、人の心配をする前にまずは己を顧みては如何だろうかお姫様、何処まで探しに出るつもりだったのかは知らないが、さすがに持ち出し過ぎだろう。

 パンパンに膨らむ肩掛け鞄の紐を整えつつこちらを見やるお姫様、合う視線から感じられる瞳の純真さとテンションの高さから日帰り前提で来たとは言い出せず、どう誤魔化すかと言い噤んでいると‥‥

 

「あ、そっか、撫でればいいのか」

 

 と、一人で納得までし始めてくれた、からかう事ばかりで姫と深く話す機会はあまりなかったが、この子ってば随分素直で結構思い込みが激しいな、これならば正邪が騙したくなるのもわかるが、ここで日帰りのつもりだったと期待を裏切るような事を言えばその天邪鬼と似たような立場になってしまうか?

 それは少し困るな、あいつに似るほど無鉄砲ではないし天邪鬼でもない、あたしは後先‥‥をあまり考えないところは一緒だったか。

 

「まず何処から行くの? 宛はあるの?」

「宛があったら探しに行くとは言わないわね、何処から行こうか?」

 

 宛は当然ない、宛があるならすでに行ってからかっているだろう、それを伝えるように質問に質問で返すと、行く先はアヤメに任せたと仰ってくれるお姫様。やんごとない御方らしく自分の準備だけは済ませて、後の成り行きは下々のあたしに任せてくれるらしいが、なにやら流れがおかしい気がする‥‥これは元々あたしのお願いだったはず、暇つぶしに付き合えと言ったつもりだったのだけれど、場の雰囲気からすっかりとあたしがお供側になっている気がするな。

 フンスと気合を入れ鼻息荒い針妙丸、二度ほどカバンを叩いてさぁ行くぞと、身に宿るやる気を姿で見せてくれて非常に愛らしい、からいいか。誰の願いだったとかつまらない事は忘れたつもりになって、ここはお姫様のお付きって(てい)でぼんやり探しに出るとしますか。

 フヨフヨと視界に浮かぶお碗を見つつ、僅かに舞い飛ぶ桜の花びらと共に神社を離れると、境内を掃き清める体でいた巫女さんが僅かに微笑んだ、気がした。

 

~漆器飛行中~ 

 

 二人並んで飛ぶ最中、何処へ行けば会えるかと話す。

 追いかけっこをしていたあの頃を鑑みて、天邪鬼らしい逃走経路を思い出していると、隣にいるお姫様が最初に会ったのはあの城だったなと空の高いところに浮かんでいる屋根を見上げた。

 今も沈まずに浮かんだままの逆さ城。

 天辺である地盤の部分は崩落し、地上のどこかに落ち崩れているが、建物自体は未だに残ったままの輝針城、今では九十九姉妹くらいしかいないはずの異変跡地だが、もしかしたらあそこにいるかもな、いないだろうってところにひょっこりいるのがあの二枚舌だ。

 小さな頭の見つめる先を一緒に眺め、天邪鬼っぽい思考に切り替えようとしていると、あそこにいたら早かったのにな、なんて考えを全否定されるお言葉が姫から吐出されてしまった。

 否定を受けそれもそうかと思い直す、針妙丸も霊夢の目を盗んでそれなりに探し歩いてはいるようだし、正邪の性格を読んで初めて出会った場所に向かってみたりもしたのだろう、(なり)は小さな小人だが異変を起こすくらいに器の大きなお姫様だ、頭の方も大き‥‥いのは被るお碗のせいだった、まぁいいか、そこは大事なとこでもない。

 取り敢えず針妙丸の言う通りだと考えを改め、再度頭を巡らせた。

 

 しばし悩むが具体的な目的地を思いつけず風に吹かれたまま漂っていると、今は何処に向かっているのかと問いかけてくる一寸法師、そう言われてもまだ考えがまとまらない、これは全ての意味合いで途方がないかな、などと遠くを眺めて悩んでいると、舞い飛んでくる白い花びらから何となく目につく場所があった。

 ふむ、時間潰しと情報収集、それと顔出しついでにこれも売っぱらってしまおう、未だコートの内ポケットに入れたままだった『すまーとふぉん』を外から小突いて、ついでの姫と一緒に下降し始めた。正面に降り立つと同胞の焼き物が迎え入れてくれる店、あたしとは性別が違うけれど、焼き物と厄介者で少しだけ語感が似ているから、何となく親近感のある招き狸の陰嚢を撫でつつ入口の戸を叩く。下の方に誰かの蹴り後、主に朱鷺っぽいのや黒白の靴跡が残る戸を叩くが店内にいるはずの誰かがいる気配はしなかった。 

 

「香霖堂って潰れたお店じゃなかったんだ」

「屋号は上げたままのはずよ、一応ね」

 

「じゃあお留守?」

「あの男が出かけるなんてそれこそ異変よ、最近は物拾い(仕入れ)にもあまり出ないって言っていたし、多分いる‥‥はずなんだけど? いないの?」

 

 店先に停められた赤いバイク、外の世界で見たようなソレにお碗毎乗って聞いてくる姫に返しつつあたしも訪ねてみた。店の玄関口で上の空を見つめる狸さんにいないのかと問いかけるが当然返事はない、突いてみても当たり前のように動かない狸さん、店主に似て返事も動きもしない相手を眺めていると何やら店の裏手で音がした。

 生物の足音らしいソレを確認しようと『ボンタンアメ』と書かれた千社札のようなものやら、『藍』とデカデカ書いてあるだけの板っぱちを横目に二人で店舗裏へと回る、するとそこにいた、動かない古道具屋。

 

「外にいるなんてどうしたの? ここでも異変?」

「僕だって花見くらいはするよ、ここでもとは、また何か起きたのかい?」

「起きたけどすぐに解決させられたよね」

 

「余計な事は言わなくていいの、それよりも森近さん、少し話があるのよ」

 

 博麗神社の桜とは随分と違った様子の真っ白な桜、それを見上げる大きな背中に声をかけるが振り向かない香霖堂店主、彼が言うようになんでか白い桜を拝むのも楽しいのかもしれないがこっちの華二人を見ても面白いと思うぞ?

 方や小ぶりで可憐な一寸金花(いっすんきんか)、もう片方は懐に話の種を蓄えた艶やかな菖蒲だぞ?

 そう思った通りの事をデカイ背にぶつけてやろうと思ったが、あたしではなく聞き慣れない針妙丸の声が気になったのか、ゆらりと振り向いてくれる森近霖之助、なんだよ、こっちに対しては見飽き、聞き飽きているって態度だったくせに。

 

「ふむ、見慣れない方だね、お客様でいいのかな?」

「第一声で潰れた店だなんて言うやつをお客様扱いするの?」

「な! なんでバラすの!?」

 

「……君の連れを客だと思った僕が悪いね」

 

 隣で喧しい姫を見る金の瞳があたしを見てくるものと同じ雰囲気になる、これは小気味よい。

 森近さんが顔を背けた所為か、一瞬だけ見えた瞳はいつもの通りメガネの奥に隠されてしまい、今見られるのはレンズに反射する白い桜吹雪だけとなる。さて、見慣れたつれない店主の姿を眺められたし、そろそろ今日の来訪理由を話しておくとしよう。

 

「そう邪険にしないでほしいわね、今日は商売の話で来たんだから」

 

 普段は冷やかしてばかりで商取引をしない相手、売買があったとしても顰蹙(ひんしゅく)か反感くらいしか買わせてくれないこの店主に珍しい事を言ってみる。話しながら縞尻尾の先だけを小さく振って、心付け程度に媚を売ってみると、振った分くらいの反応を返してくれるメガネ男子。

 

「生憎だけど、君に売るような物はもうないよ」

「物でなくともいいわ、仕入れの話がしたいだけだもの」

 

「仕入れ?‥‥そうかい、なら中で話そうか」

「あら、やけに素直ね。いつもなら相手にしてくれないのに」

 

「いつもの冷やかしなら無言で終わりだろう? 物有りげに話して僕を釣ろうとするんだ、何かしらはあるって事だと思ったんだが?」

 

 ニタニタと気色の悪い笑みで語っていると、それには触れずに言うだけ言って先を歩き始める強欲店主‥‥いや、ここは慳貪(けんどん)店主と言っておこうか、売れない古道具屋の主人に宛てがうのなら古めかしい言葉の方が似合いだろうし、この笑みも慳貪と評したあの寝坊助(スキマ)妖怪に似ていると言われるし。

 背丈に似合った広い歩幅で歩く森近さん、大きな背中はすぐに裏口へと消えていった。

 

「あたし達も入りましょ」

「流れで入るけどさ、ほんとにここに何かあるの?」

 

 隣に浮かぶお椀を促し、正面に回って店内へと向かう。

 店舗入り口を開ける前に、ここで何かわかるかなぁ、なんて気弱な事を再度口にする針妙丸、あるかないかなど聞いてみるまではわからないし、聞く前から心配する事か?

 何か足掛かりに出来るものがあれば当たり、なかったらなかったでまた別の所を探してみるだけだ、当たるも八卦当たらぬも八卦だと思ったままの事を返してみると『そうよね、探し始めたばっかりだもんね』と、落ちかけた気を持ち上げる姫。

 これはチョロいというよりあれだ、雑な感じがする‥‥が、乗ってるものから鑑みればこれで意外と似合いなのかね、食事用のお碗と言うにはデカイ漆器に収まるお姫様、浮き沈みの激しいどんぶり勘定な感情を宥めつつ、薄暗い店内に歩を進めた。

 

 あいも変わらず静かな店内で好ましい、本来であれば売手と買手が交渉する景色を見られるのが商店だとは思うけれど、ソレがないこの店独特の静寂と雰囲気をあたしは結構気に入っている。

 右を見れば用途の分からない物が乱雑に置かれていたり、左を見れば動作するのかわからないような物が雑多にしまわれた棚が見える香霖堂店内、物に溢れていて目に煩い様子だというのにそれでも静かなこの店。

 古い書架には外の世界で見たような宇宙に関する本があったり『すてんれす』とかいう材質の棚には刻む仕事を放棄した置き時計が置かれていたりと、静かなちぐはぐさが拝めて中々に居心地が良い店だ。

 そんな過ごしやすくて暗い店内に入ると、いつもの椅子には座らずにカウンターにもたれ掛かり、先ほどの話の続きを求めてくる姿勢を見せる店主殿‥‥そう焦るなよ、急いては事を仕損じるし、女を焦らすくらいの甲斐性はあるだろう? 

 

「まずは買い物から済ませても?」

「仕入れの話ではなかったのかな?」

 

「そうよ、情報があれば買いたいなと思って」

「情報? 出不精な僕よりも君のほうが色々知っているんじゃないか? さっきの異変だって僕は知らなかったくらいだよ?」

 

「そこを逆に考える、いえ、逆に考えたい相手の事を知りたいのよ」

 

 カウンターに両肘ついて上半身だけ傾ける伊達男、その横に同じく上半身を預けて語る、並ぶといっても身長差から見上げる形になるがこれはこれで良い景色だ‥‥それもそうか、黒白の恋慕の相手でなければつまみ食いしたいくらいの美丈夫だもの。

 いいオトコを近くで見上げ、目の保養をしながら小出しで話していくと、少し考えた後で組んでいた腕をゆっくりと解く商売人、スッと左手だけを上げ顎に当てると、思いついた事を話してくれた。

 

「お連れ様と話しぶりから何を欲しているのかわからくもないが、そういった話は一切聞いていないよ」

「そう、じゃあ別のモノを買ってもいいかしら?」

 

「まだ何かあるのかい? 無駄話は好まないんだが」

 

 年経た冷静さが伺える瞳で見られ、その冷たさがよく分かる言葉も言われてしまうが、この程度で折れて諦めてしまうほど物分りの良いあたしではない。それにあたしが買いたいものはその冷静さってやつだ、森近さんの返答を受けて隣で浮いてる姫様の顔色も沈んでしまったし、もう少し掘り下げてどうにか表情を浮かばせたい。掘って浮くとかちぐはぐだが、この店で感じるのならば妥当な事だろう、我ながら強引なこじつけ方だとは思えるが、それくらいの強引さがないとこの店主からネタは買えないとも思えなくない。

 

「では無駄なく要点だけ、天邪鬼が隠れるなら何処だと思う?」

 

「その話は聞いていないと言ったつもりだよ」

「聞いた事ではなく森近さんの考えが聞きたいのよ、大事なところが抜け落ちた推理小説を好んで読むくらい好きなんでしょ? ちょっと推理してみなさいよ」

 

「それこそ無駄な時間だと感じるね」

「そこで外での話よ、森近さんの時間を買うわ。コレで買える分だけでいいから偶にはあたしに付き合ってよ、ね?」

 

 ゴソゴソと内ポケットを弄って、渋る店主のついた肩肘、そこに向かってツツッと代金を滑らせる。カウンターに残る右腕にすまーとふぉんがコツンすると、一瞬だけその瞳に興味の色が宿るがすぐに普段使いのつれない色合いに戻った‥‥けれど、餌としては十分だったらしいな、動かない古道具屋の瞳が光るところなど中々見られたものじゃあない。

 気がついたその色には気がつかない振りをして、カウンターの横、非売品が多く並ぶ棚の、何か綺麗な、窓から差し込む光が屈折して七色に輝く棒を見つつそれでどうかと交渉を進める。

 

「それでは買えない、そう言うのならいいわ、にとりにでもあげるから返してくれる?」

 

「どこでこれを? 傷はあるが新しい物だ、視る限り外の世界で現役の機械だというのもわかるが‥‥そんな物が幻想郷に流れ着くはずは‥‥」

「持ち帰ってきた、それだけよ?」

 

「外に出たのかい? 妖怪の君が……いや、今の君なら出られるのか、少し羨ましいね」

「羨んでくれるのは嬉しいけれど、それで? 買えるの? 買えないの?」

 

 態度は平然と構えたまま、口だけで羨んでくれる森近さんに再度交渉してみる。

 コレで代金として適正なのか?

 それが伝わるようにすまーとふぉんに向かって伸ばされる手を逸らして、あたしの方から焦らしつつ問いかける‥‥すると数度のまばたきの後で少し時間をくれないかと聞き返されてしまった、変わらない態度を見て静かな姫はダメかなと感じたようだがあたしは逆だ、先ほどの瞳もあるし、今のこの言い方は考えるから時間をくれって言い方だと捉えることが出来た。

 

「どうぞごゆっくり、思いついたら声をかけてくれると助かるわ、それまでダラダラしているからそのつもりでね?」

「いつもなら追い返すところだけど、今日は僕から望んだ事か。君たちこそ、どうぞごゆっくり」  

 

~店主思案中~ 

 

 午前中の早い時間に訪れた香霖堂、その店内で少し小腹が空いたかなと感じる時間になった頃、今日の昼餉は何にしようかなと別の方向に思考を巡らせ始めた時だ、いつもの椅子に腰掛けて、絵になる悩み姿を見せてくれていた男から声を掛けられた。

 納得してくれるかはわからないが、そんな保険の枕詞を言いながらあたし達に向かって話し始める香霖堂店主。 

 

「結論から話そう、地底にいると僕は考えるね」

「旧地獄ね、当たり障りのない返答に思えるけれど、そう考える根拠は何かしら?」

 

「そうだね、一度は注目を浴びた者だ、姿を隠すのなら陽の目に当たらない場所にいると考えるのが一つ。それに地底の住人はあの騒ぎとは無関係だったはずだ、こちらで名が広まっていてもあちらでは無名なままかもしれない」 

「前者は納得出来るけれど後者はダメね、地底の鬼に知られているから、その読みは外れている気がするわ」

 

「そう急がないでほしいな、まだあるんだ。確か最後に姿を見たのは幻想郷の空だったはずだ、天界近くの空であの笑顔の不吉な娘と争っていたと聞いている‥‥君ならそれは知っているだろう?」

「そうね、あたしが死んだ場所だし、鮮明に覚えているわ」

 

 あんまり思い出したくはないがはっきりくっきりと思い出せる記憶、末端から薄れ霧散していくあたしの事を焦り顔で見てくれた誰かさんの顔、この男は不吉な笑みと言ってくれるがあたしはあの顔が嫌いではない。裏があるのかないのかよくわからない胡散臭い笑み、曖昧で白黒つけないあの笑みをあたしは好いている、それがあたしの在り方に似ているような気がして好ましく思っている。あっちは白にも黒にもならない曖昧さが売りだが、こっちは白と黒が混ざりぼやける灰色具合が売りだ、近いようで同じではない、似ているようで似ていない、そんなちぐはぐさを感じられるあの恩人の事をあたしは‥‥恥ずかしいからコレ以上はやめておいて話の筋を戻そうか。

 

「それで、あたしの死に場所がなんなの?」

「君の死所ってところはあまり関係しないね、場所だけに掛かるんだ‥‥『空』という方に関係があると僕は見立てたよ」

 

「……なるほどね、最後に見たのは空の上、ならば次に見られるのは」

「地の底‥‥どうだろう? 天邪鬼らしい考え方にはなっていないかな?」

 

「十分よ、納得も出来たし合点もいったわ、ありがとう森近さん」

 

 クールさを匂わせて饒舌に語った色男、目を合わせて少し語らったがこれはこれは、非常に有意義な時間を買い取れたなとほくほく顔で笑んでみた。あたし達のやり取りを見ていた姫も、次の目的地が明確になったからか、お碗とともに表情も浮かばせてくれた。

 売り物のない店などと言ってばかりいたが、偶にはここで買い物をしてみるものだと笑んだまま店主を見つめ続けると、納得してくれたのならコレをどうにかしてくれないかと、手元で逃げるすまーとふぉんを見ながら話す店主殿。

 買い取った時間が終わったらそうやってすぐに別のモノを見るのか、なんて事も考えたけれど、強く想う黒白には釣れない態度しか見せないし、あたしにも素っ気ない態度しか見せない伊達男が頼み事をしてくる姿も悪くない。

 そう感じた事にして、能力を解除し携帯電話を手渡した。

 求める物を手に取れて幾分顔が明るくなる男。

 いい女が二人もいるのに、女より物か、そんな事だから朴念仁なのだと内心で思いつつ、いささか遅くなってしまったが今日の昼餉は独活(ウド)にしようと決めた。

 いつだったか思いついた時には出回らない季節だった為食えなかった物だが、春まっただ中の今時期ならば人里にでも行けば食えるだろう‥‥食生活の乱れきった店主を眺めて季節の食を思いつくのも皮肉に思うけれど、そんなちぐはぐさが好ましいのだったと自分を納得させ、好ましい空気が篭もる店を後にした。


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